大人になるという事は、何でも出来るし、素敵な事なんだと、思っていた。
「出来れば、子供の頃に、戻ってみたいんだ」
司令官のアルバムには、無邪気な子供の写真が貼ってあった。
「どうして?大人の方がいいに決まっているわ」
「暁は、今に不満を持っているのか?」
「そうね。まだ小さいし、暁も司令官みたいに大人になって、沢山の甘味を食べたいわ」
「そうか」
そう言うと、私の頭を撫でた。
「なでなでしないでよね!レディーなんだから!」
「ははは、ごめんごめん」
「もう…」
「でも、私はお前が羨ましいよ。大人になると、何もかもが小さく見えるんだ」
「身長が高くなれば、そりゃそうよ」
「いや、そうじゃないんだ。今まで憧れていたものとか、そういうのも小さくなるんだよ」
「司令官が憧れていたものって?」
「暁と同じ、大人さ」
「もうなってるじゃない」
「自分の思い描いていた大人さ。体も心も、まるで別の大人になってしまったよ」
「司令官は、どんな大人になりかたかったの?」
「そりゃ、女性にモテモテで、お金もあって…少なくとも、今とは逆の大人だ」
「確かに、資材は少ないわよね。モテるかどうかは別として」
「自分はこうなる…そう夢見ていた頃が、一番楽しかった…」
そう言うと、司令官は、何もない天井を、じっと、見つめた。
その顔が、少し、寂しそうに見えた。
そして、冷え切ったコーヒーを、一口啜った。
「まるでこのコーヒーのようだ。苦くて、どこか甘い…そんなのが大人なんだ」
正直、私はコーヒーが苦手だった。
「大人になるには、コーヒーを飲まなければいけないの?」
「まあ、そんなところだな」
そう言うと、司令官は笑った。
「大人になってみるか?」
手渡されたコーヒーは、いつか砂遊びをした時に出来た、泥水の色にそっくりだった。
勇気を出して舐めてみたが、やはり無理だった。
「大人って大変ね…」
「ああ、大変さ」
その時の司令官の顔を見たとき、「ああ、これが大人なんだ」と思った。
それと同時に、自分の幼さを知った。
「どうだ?大人になりたくなくなったか?」
「ううん。暁、やっぱり大人になりたくなったわ」
「ほう」
「司令官を見ていると、やっぱり大人っていいもんだと思うの。だって、司令官は、こんなに大変でも、笑顔でいられるんだもん。コーヒーだって、平気で飲めるし」
「…そうか。やっぱり…大人になって良かったと、今思ったよ」
また、私の頭を撫でた。
でも、今度のそれは、私を子供扱いしているとかではなく、どこか、感謝に近い何かのように、感じた。
「暁、司令官みたいな大人になりたいな」
「お、だったら、ピーマンとか食べれるようにならないとだな」
「…やっぱり今は子供でいいわ」
10年後、20年後の私は、一体どんな大人になっているのだろう。
どんな大人になっていようとも、司令官のように、いつも笑っていられるような、大人にはなっていたい。
誰かが「暁のような大人になりたい」と、思うような大人に。