改装し、Верныйと名づけられた。
誰もが私を「響」ではなく「Верный」と呼ぶ。
でも、なんだか、あまり良い気持ちではなかった。
特に、貴方に呼ばれる時は…。
「Верный。作戦の方はどうだ」
「順調だよ、司令官。資材を運んだら、すぐに戻る」
「気をつけて帰って来い、Верный」
「了解」
いつもの会話。
ずっと、長い事してきた筈なのに、心に引っかかる。
「Верный」
なんだか、その名前が、自分の事ではない気がして、寂しかった。
「ご苦労だったな」
「他の艦娘は、入渠中だよ。でも、皆、小破で済んだ良かった」
「お前が旗艦だからだ。感謝するぞ、Верный」
Верный…。
「今日はゆっくり休め。ほしい物は何でも言え。出来る限り用意するつもりだ」
「…うん…Спасибо…」
ベッドの上で目を瞑っても、眠る事が出来なかった。
ずっと、考えてしまう。
昔の事…私が、「響」と呼ばれていた頃の事を。
「良くやった。響」
「響、お前を旗艦にしようと思う。経験を積んで、もっと強くなれ」
「もう駆逐艦と呼ぶには惜しい強さになったな。その内、改装の話も出るかもしれないぞ」
「Верныйか…。強そうでいい名前じゃないか。もう響とは呼べぬな」
「Верный」という名が悪いわけではない。
ただ、積み重ねてきた思い出と、今の自分が違う気がして、思い出すたび、辛くなる。
自分は偽者で、楽しそうに司令官と話している「響」は、私では無い誰か。
私は「Верный」として、ただ、戦果をあげるだけの兵器でしかない…。
そんな気がして、寂しいのだ。
「司令官…」
「Верный、Верный」
「あ…」
「どうした?ボーッとして…」
「…すまない。ちょっと、考え事をしていて…」
「お前らしくないな。疲れが取れていないのではないか?」
「…そうかもしれない」
「無理して出なくてもいいぞ。お前が秘書艦を外れても、代わりはいる。響、入れ」
「え…?」
扉が開くと、そこには「響」がいた。
「なんだい、司令官」
「Верныйが不調なのだ。回復するまで、お前に秘書艦を頼みたい」
「了解」
「ちょ、ちょっと待って…。司令官…これは一体…」
「ん?どうしたВерный」
「どうして…ここに昔の私が…」
「昔の私?お前は昔からВерныйだろう」
「ち、違う…私は…私の本当の名は…」
「さぁ、疲れているのなら部屋に戻れ。響、早速だが、この仕事を任せたい」
「任せて司令官」
二人の姿が、遠く離れて行く。
「待って…!」
いくら走っても、追いつけない。
仕舞いには、足が言う事をきかなくなり、踏み込むたびに、何かに足をとられた。
そうして、二人の姿は見えなくなり、暗闇に一人、取り残された。
「!」
目を覚ますと、暗い部屋にいた。
「夢…」
いつの間に寝ていたようで、窓の外は、もう真っ暗だった。
クレーンの赤い光だけが、ゆっくりと、点滅を繰り返していた。
全身、汗をかいている。
それほどの悪夢だったのだろう。
「シャワーでも浴びよう…」
シャワーから帰る途中、執務室から光が零れているのが見えた。
司令官は、まだ仕事をしているのか。
私はノックをしたのち、返事を貰ってから、扉を開けた。
「Верный、まだ起きていたのか」
「こっちの台詞だよ。私は休憩を貰ったから、今起きたところさ」
「そうか」
「手伝おうか?」
「いや、もう時期終わる」
「じゃあ、待ってもいいかな?少し、話をしたいんだ」
「分かった。すぐに終わらせる」
仕事が終わった司令官は、屋上に行こうと言った。
屋上には、一つだけベンチが置いてあった。
私と司令官はそこに座り、他愛の無い会話を、しばらくしていた。
「今日は空気が澄んでいるお陰か、星が綺麗に見えるな」
「そうだね。とても綺麗だ」
「いつだったか、お前とこうして一緒に星を見たっけか。覚えているか?お前が初めてMVPを取ったときだ」
「覚えているよ。大破して入渠したときだよね。あの時も同じで、入渠して戻ったら、夜だった」
「ああ、懐かしいな。お前がまだ「響」の時の話か」
まだ「響」だった頃…。
それじゃあ、今の私は?
「司令官…」
「ん?」
「私…響だよ…」
「え?」
「Верныйじゃない…。私の本当の名は…響…。あの時…一緒に星を見た響だよ…」
そんな事は分かっているだろう。
でも、確かめられずにはいられなかった。
司令官の言う「響」は、私だと、どうしても、伝えたかった。
「今も昔も…私は響…。Верныйだなんて…呼ばないで欲しい…。私が「響」だと…忘れないで欲しい…」
自分でも馬鹿げていると思ったけど、涙を堪える事が出来なかった。
今まで、ずっと我慢して来た代償なんだと思う。
司令官は、何も言わず、ただ、私の涙を拭いた。
「分かっているさ…。私だって…辛かった…」
「え…?」
「お前がВерныйと名を付けられたとき、お前がお前でなくなってしまうのではないかと恐れた…。「響」という存在では…なくなってしまうのではないかとな…」
そうだったのか。
司令官も、同じだったんだ。
「悪かったな…響…。お前はやはりお前だ…。どんなに名前が変わっても…私の知っている「響」にかわりはない…。ただ一人の存在なんだ…」
そう言って、司令官は私を優しく抱いた。
その温もりは、あの日と全く変わってはいなかった。
「司令官…」
司令官の背中は、大きくて、手が周らなかった。
遠くに見える星空は、何度も何度もその形を変えて、キラキラと光っていた。
その光は、そのまま、私の頬を伝って、司令官の胸を濡らした。
「Спасибо…司令官…」
「響、報告をしろ」
「了解」
あれから司令官は「Верный」と呼ばなくなった。
時々、その事で上層部から怒られるけど、司令官は「クソくらえだ」と、影で笑っていた。
「よし、作戦も終わったことだし、飯でも食うか。今日は間宮にロシア料理を頼んであるぞ」
「Ура!」
名前なんて、本当はどうでも良かったのかもしれないと、今では思う。
左手に光る指輪を見るたびに、そう思った。
「司令官」
「?」
「Люблю тебя」
「ん?それはどういう意味だ?」
「内緒」
そう、笑って見せた。