「戦いを終わらせたら……司令官とは、もう会えなくなるのか……? そんなこと、ないよな……?」
そういった私に、司令官は一言だけ。
「お前が求めるなら、俺はその先に居よう」
クサいセリフだったが、かっこいいと思った。
でも、そのセリフ通り、司令官は終戦後、誰も分からぬまま消えた。
「ここか……」
バスを降りると、そこはドの付く田舎だった。
やけにトンボが飛んでいる。
「もう秋、なんだな……」
曼珠沙華が静かに、風に揺られていた。
司令官の情報を集めるのは苦労した。
なんせ、司令官は誰にも、自分の事をあまり話さなかったようだったのだ。
分かったのは、出身地と通っていた学校の名のみ。
何があるわけでもないと思っていたけれど、私の足は自然と、その学校を目指していたのだった。
「……」
唖然とした。
学校は廃校になっているらしく、立ち入り禁止の札が貼られていた。
「……結局、何もない、か。何をしているんだろう……私は……」
私が求める先にいるのではないのか?
なら、これはどういうことなのだ。
急に寂しさが込み上げてきて、泣きそうになった。
「あの……」
涙を堪えて、声の方を見ると、そこには綺麗な女性が立っていた。
「もしかして……菊月ちゃん……?」
「そ、そうだが……」
「やっぱり」
女性が優しく微笑む。
「初めまして。私、貴女の司令官の同級生で、愛って言います」
「はぁ……え!?」
「んふふ、本当に来たんだね。彼を追って」
「ど、どういうことだ……?」
「家に来て。詳しい話はそっちでしてあげる」
女性の家は、学校のすぐ横にある駄菓子屋だった。
「最近はお客さんも減っちゃってね。好きなお菓子取ってって。お代は貴方の司令官からもらってるから」
「あ、あの……! し、司令官は……」
「……結論から言うと、ここに貴女の司令官はいないよ」
「今、どこに……?」
「ごめんね。私も知らないんだ」
「そ、そうか……」
司令官の同級生。
何か知っていると思ったが、駄目だったか……。
……ん?
「どうして私が探しに来ると……? それに、お代を貰ったって……?」
「……戦争が終わってすぐにね、貴女の司令官が私を訪ねてきたの。菊月って女の子が、あの学校を訪ねてくるだろうから、話をしてやってくれって」
そういうと、愛さんは外の学校を指した。
「白髪の女の子って聞いてたから、貴女だってすぐに分かった。きっと、私の家からすぐに学校が見えるから、私に頼んだんでしょうね」
「そ、それで、司令官はなんて……?」
「これを貴女にって」
そういうと、愛さんは封の開けられていない茶封筒を出した。
「手紙かしら?」
開けてみると、そこには一枚の写真が入っているのみだった。
「桜の木の写真……?」
「何処の桜だろうね? 知ってるところ?」
「いや……何も知らな……」
その時、司令官とした話を思い出した。
「桜の咲く丘?」
「ああ、綺麗に咲くんだ。俺はその場所が好きでな。この戦いが終わったら、そこでのんびりと過ごしたい」
なんてことない会話だと思っていた。
そうじゃなかったんだ。
この場所。
この桜の木が見える場所に、司令官がいる。
「何か思い出した?」
「ああ……この桜が見える場所に司令官がいる」
「何処の桜だろう……」
「……」
「ごめんね、こんな事しか出来なくて……」
「いや、感謝する。愛さん、ありがとう」
「会えるといいね」
「ああ」
そう言って愛さんと別れた。
それから、桜の名所と呼ばれるところに足を運び続けた。
でも、司令官の手掛かりは掴めないまま、時間だけが過ぎていった。
このまま会えないのだろうか。
諦めかけたその時、同じ艦隊だった艦娘から、同窓会の知らせが届いた。
もしかしたら、司令官もそこに……!
「菊月ちゃん、久しぶり」
「ああ……。司令官は?」
「誘おうと思ったんだけど、行方が分からなくて……」
「……そうか」
やはり駄目か。
この様子だと、誰も司令官について知らないのだろう。
「菊月ちゃん、司令官と会ってないの?」
「いや……」
「そっか。ケッコンカッコカリまでしたのにね。戦争が終わったら、もう終わりなんて悲しいね」
胸が痛くなった。
私と司令官は、艦娘と人間。
それだけの関係。
ケッコンカッコカリだって、本当の結婚ではないし、愛を育むものでもない。
司令官にとって私はただの兵器だったのか……?
私は……司令官の事が……。
「何か司令官の手掛かりになるものもないの?」
「……実は」
無駄だとは思ったが、念のために写真を見せてみた。
「じゃあ、この桜の近くに司令官が?」
「ああ、きっとそうだ……」
「菊月ちゃん、この桜の木が分からないの?」
「え?」
「だって、この桜の木って……」
元鎮守府は、今や漁港になっていて、その近くには戦争関連の資料館が新しく作られていた。
ふわりと吹いた風に桜の花びらが舞う。
「すっかり春になってしまった、か」
その桜の花びらを辿るように、私は鎮守府近くの丘に登った。
そういえば、艦娘たちが花見をしてたな。
私はくだらないと参加しなかったが。
あの時、参加していれば、もっと早くこの場所が分かったのかもな。
「おお」
丘を登り切ると、一本の立派な桜の木が立っていた。
桜の木の近くに寄ると、そこから鎮守府のあった場所が見える。
そして、丸く見える水平線が広がっていた。
「綺麗だな……」
しばらく眺めていた。
花見、参加すればよかったな。
司令官と眺めていたかった。
艦娘と人間。
そんな関係であった頃に。
一番、近くにいれた頃に。
「綺麗な場所だろ」
聞き覚えのある声。
幾度となく、想った声。
「久しぶりだな」
気が付くと、司令官の胸に飛び込んでいた。
そして、堪え続けた涙があふれた。
「やっと……見つけた……」
しばらく泣いた後、私たちは桜の木の下で二人、水平線を眺めていた。
「お前なら俺を見つけてくれると思っていたよ」
「……どうして、あんな事を」
「俺たちは艦娘と人間だ。戦争が終わったら、その関係は終わる。お前と築いてきたものは、その中でしかなかった」
また胸が締め付けられた。
「だから、お前が戦後も俺に会いたくなるか不安だった」
「……だからあんな事を?」
「試すようなことして悪かったな……」
「分かりずらかったぞ……」
「まさかこの場所が分からないとは思ってなかったんだ」
司令官は申し訳なさそうに頭をかいた。
「……司令官はどうなんだ?」
「ん?」
「私は……司令官に会いたくて、ずっと司令官を探していた。艦娘と人間の関係が終わっても、司令官が好きだ。でも、司令官はどうなんだ……? もし、司令官も同じ気持ちなら……どうして……」
「俺も同じ気持ちだよ。でも、お前と同じで、俺もお前の気持ちが分からなかった」
「え?」
「さっきも言っただろ。お前が戦後も俺に会いたくなるか不安だって。あれは、お前の気持ちを確かめるつもりだったんだ。お前が、俺を司令官ではなく、一人の男として求めてくれるのかってな」
かっこいいこと言っていたわりに、小さな男だ。
たかが一人の女の気持ちを知る為だけに、こんな事をするなんて。
「こんな事しなくても、司令官を……いや、貴方を好きという気持ちは戦時中からずっと変わらない……」
「そのようだな」
その時、小さく風が吹いた。
桜の木が揺れる。
その陰にあった司令官の顔が、一瞬、日に照らされた。
その頬に、光るものが見えた。
「俺を探してくれて……ありがとう……。俺を好きでいてくれて……ありがとう……」
それを見て、私もまた涙を流した。
赤い空に桜の花びらが舞う中で、私たちは寄り添っていた。
「綺麗な夕日だな」
「ずっと一人で、この景色を見ながら、待っていたんだ。お前が来ることを」
「そうだったのか……」
「菊月……」
「なんだ?」
「これからは、俺と一緒にこの景色を見てくれないか?」
「それって……」
「一緒に暮らさないか? 俺の第二の人生……隣にお前がいてほしい」
司令官の顔は、夕日に照らされて赤く見えた。
私の顔も赤かったと思う。
「私で、よければ」
「ありがとう、菊月」
私たちはもう、艦娘と人間じゃない。
それを確かめるように、私たちは、優しく、だけどしっかりと、手を握り合った。