艦これ小話   作:雨守学

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40ノットの心風

速いことはいい事だ。

耳を切るような音。

水しぶきを置き去りにし、まさに風の如し。

誰も私について来れない。

それはいい事だ。

でも、私がいくら速いからって、心まで置き去りにした事はない。

無いはずなのに、後ろを振り向くと、そこにはもう、誰もいなかった。

 

 

 

「ごちそうさまー」

 

お昼を一番に食べ終わり、一番に出て行く。

 

「島風ちゃんっていつも一人でいるよね」

 

「友達いないのかな」

 

そんな声が聞こえたって、関係ない。

私は風。

風はいつだって、誰かの隣に居続けたりしない。

いつだって、通り抜けていってしまう。

風っていうのは、速いってことは、そういう事なんだ。

 

 

 

鎮守府の隣にある小さな崖。

そこは風が強くて、危ないからって、誰も近づかない。

けれど、私はそこが好きだった。

ここは風の音しか聞こえない。

波の音も、草木の揺れる音も、聞こえない。

 

「友達がいないんじゃないもん。皆が遅いだけだもん」

 

そんな独り言を言えるのも、ここだけ。

風が全てを消し去ってくれるから。

愚痴も、悩みも、何もかも。

誰にも言えない、言う相手がいない。

お人形に話しかける女の子のように、私は風に、それらを乗っける。

 

「……寂しくはないよ。ただね、羨ましいだけ。私は風だから、誰も捕まえられないし、誰も捕まえようとしない。雲を掴むようなっていうけれど、風も同じ。風を捕まえようとする人はいない。だから、私は一人。ずっとずっと、一人なの……」

 

遠くの海面がキラキラと光っていた。

目を閉じると、蛍光色の残光が、ゆらゆらと、海の水面のように、揺れていた。

 

「寂しくは……ないよ……」

 

 

 

「島風」

 

鎮守府に戻ると、提督に声をかけられた。

 

「なんですかー?」

 

「お前、いつも食事終わるの速いだろ。ちゃんと噛んで食べてるのか?」

 

「噛むのも速いから大丈夫」

 

「何でも速いのがいいってわけじゃないぞ。食事はゆっくりとるもんだ。それに、ゆっくり食べれば、他のみんなとも話せるしな」

 

「……私は友達いないから。いらないし……」

 

「んー……みんなで食べると飯が美味くなるんだけどな」

 

「食事なんて、何処で誰と食べようが変わんないし……」

 

「……」

 

「もう行っていいですか?」

 

「ああ……」

 

私って嫌な奴。

提督は心配してくれてるのに。

でも、私には、その心配が逆に痛かった。

憐みの目線。

愚か者を見るような、そんな目線。

 

「……」

 

 

 

提督に心配されるのが嫌で、しばらくはみんなより早めに食事をとることにした。

誰もいない食堂。

返って良かったのかもしれない。

こっちの方が、孤独を感じない。

一人でいる時の方が孤独じゃないなんて、変なの。

 

 

 

そんな日が続いたある日。

 

「よう、やっと会えたな」

 

誰もいない食堂……の筈だったのに、何故か提督がいた。

 

「最近見ないと思ったら、こういう事だったのか」

 

提督の目が私を見つめる。

あの目、憐みの目だ。

 

「……だから何?」

 

「そこまでしてみんなとの食事を避ける理由って何だ?」

 

「提督には関係ないし……」

 

そこにいるのが辛くて、食堂を出ようとした時だった。

大きくて温かい手が、私の細い腕を掴んだ。

 

「待てよ。飯、食いに来たんだろ?」

 

「……」

 

「俺と食おうぜ」

 

「提督と……?」

 

「早食い対決だ」

 

「はあ?」

 

「負けた方が何でもいう事を聞く。どうだ?」

 

「……よく噛めって言ってたのは誰でしたっけ?」

 

「それはそれだ。どうだ?」

 

何言ってるんだろう提督は……。

こんなの受けるわけないし……。

 

「それとも、俺に負けるのが怖いのか? 俺より遅いから、勝てないからって逃げるんだ」

 

「……」

 

 

 

「本当はこういうの……駄目なんですからね?」

 

「今回は見逃してくれ、鳳翔」

 

「もう……」

 

私たちの前に、カレーが置かれた。

 

「美味そうだな」

 

「負けた方が何でも言うこと聞く……。私が勝ったら、もう構わないでくださいね……」

 

「ああ、約束するよ。だが、俺が勝ったら、俺の言うことに付き合ってもらうからな」

 

大食いだったらまだしも、こんなカレーだったら、負けるわけないじゃん。

提督、いつも食べるの遅いし、本当になに考えてるんだろう……。

 

「鳳翔、合図頼む」

 

「はいはい。それじゃあ……よーい……」

 

こんな勝負……さっさと終わらせよう……。

 

「どん!」

 

「いただきます」

 

「ふん、暢気にいただきますだなんて、私を舐めてるの?」

 

提督が手を合わせている間に、私は二口を一気に口へ運んだ。

すぐに三口目を口に入れようとした時、口の中に激痛が走った。

 

「お、どうした島風? 手が止まったが」

 

提督はヒョイヒョイカレーを口に運んでゆく。

私の手は止まったままだ。

 

「……凄く……辛いんだけど」

 

「そうか? 今日は5辛だぞ」

 

メニュー表には「今日の辛さ」という欄に「5」と書かれていた。

すっかり忘れていた。

5辛は、本当の辛党しか頼まない。

提督もその一人だった。

 

「もう半分も食べてしまった。ん? どうした島風、全然じゃないか」

 

「……っ!」

 

してやられた。

提督は分かってたんだ。

こうなることを。

 

「さて、今から何をしてもらうかでも考えながら食べるかな。島風が勝てる事はないんだしな」

 

ムカつく。

ムカつくムカつくムカつく……!

こんなに辛くなかったら、私が余裕で勝つはずなのに。

こんなの……!

 

 

 

結局、勝負には負けた。

 

「俺の勝ちだな」

 

「……こんなの無効だし! こんなに辛くなかったら、絶対勝てるもん!」

 

「負け惜しみか?」

 

「違うし!」

 

「だが、負けは負けだ。大人しく俺のいう事を聞け」

 

「ぐぬぬ……!」

 

「お前はしばらく俺と一緒に食事をすること。食事をしている間、俺のいう事をちゃんと聞いて、しっかりと噛んで食べるんだぞ」

 

なんだ、そんなことか。

めんどくさいけど、食事の間だけなら。

 

「……分かった」

 

 

 

艦娘全員の視線が私たちに向けられている。

私と提督、二人向かい合って、二人席に座っているのがそんなにおかしいのか、それとも……。

 

「なんか見られてんな」

 

「私が提督と食事をしているのがおかしいんでしょ……。私、いつも一人だし……。提督はいつも、艦娘に囲まれてるし……」

 

「なんだ、そんな事だったのか。てっきりお前と俺が恋仲に見えたのかと思った」

 

「はあ? そんな訳ないでしょう……」

 

「ならいいんだけどさ」

 

いつもこんな事言ってるのかな。

だとしたら、よくもまあ幻滅されないでいると思う。

いや、この鎮守府の艦娘が異常なのかな。

 

 

 

「お、来た来た。美味そうだな」

 

さっさと食べちゃおう。

そう思って箸をつけようとした時、また大きな手で腕を掴まれた。

 

「いただきますしてないぞ」

 

「はあ?」

 

「いただきますしろよ」

 

「子供じゃないんだから……」

 

「俺のいう事を聞く、そうだろ?」

 

「……」

 

大勢の艦娘が見てる前で恥をかかせるのが目的?

見かけによらずいい趣味してるね……。

 

「……いただきます」

 

 

 

「ごちそうさま」

 

「……」

 

「島風」

 

「ごちそうさま……」

 

食事中、提督は色々注意してきて、結局遅くなってしまった。

こんなに遅くまで食事をしたのは初めてだ。

 

「どうだ? ゆっくり食事をした感想は」

 

「遅い……。最悪……」

 

「だろうな。デザートでも奢ってやろうかと思ったが、もう時間だ」

 

「あーっそうだ! デザート食べてないし! もう……! 遅いって最悪……。子ども扱いされて恥かくし……」

 

「だったら、俺に注意されないようにしろ。そしたら、デザートに間に合うだろ」

 

「そうかもしれないけど……」

 

「次は気をつけろよ。じゃあ、また明日な」

 

「ちょっと待ってよ! これ、いつまでやんなきゃいけないの?」

 

「しばらくって言っただろ」

 

「しばらくっていつまで!?」

 

「んー……そうだな。お前が俺に注意されず、昼の時間内にデザートまで食べ終われば、終わりにしてやる」

 

「な……!」

 

「じゃあ、俺は仕事に戻るから。お前も演習頑張れよ」

 

そういうと、提督は去っていった。

 

 

 

それからずっと提督との食事が続いた。

箸の持ち方とか、肘を突くなとか、本当に細かい。

注意を受けるたびに、恥をかく。

このままじゃ、いつまでたっても終わらない。

どうにかしなきゃ……。

でも、食事の作法だとかなんだとか……分からないし……。

聞ける相手もいないし……。

 

 

 

「あの……島風ちゃん!」

 

声の主は電だった。

他の艦娘に話しかけられるなんて思ってなかったから、ちょっと驚いた。

電の後ろには、第六駆逐隊もいる。

 

「なに?」

 

「あの……あの……」

 

「ああもう、電は駄目ね。ねえ島風、どうやったら司令官と二人っきりになれるの?」

 

「へ?」

 

「食事だよ。私たちは司令官と二人っきりで食事なんてしたことなかったから。どんな魔法を使ったんだい?」

 

「暁も、レディーとして司令官と二人で食事をしたいの。お願いします! 教えてください!」

 

「そんなこと言われても……。私は何も……」

 

提督と二人で食事するって、そんなにいいことなのかな。

私にとっては煩わしいことなんだけど……。

 

「とにかく……私は提督と食事なんてしたくないの」

 

「じゃあ、どうして一緒に食事してるんだい?」

 

「それは……その……」

 

話せるわけない。

それに、こんな事話したところで笑われるだけだ。

 

「い、電は、島風ちゃんが話してくれるまで、ここを離れないのです!」

 

「え?」

 

「じゃあ、私も!」

 

「やむを得ないね」

 

「こういうやり方はレディーらしくないけど……」

 

「ちょ、ちょっと……」

 

この子達、本気?

面倒なことになったなぁ……。

 

「島風ちゃん!」

 

「島風!」

 

「……」

 

……ま、いっか。

言っても。

どうせこの子たちに笑われたって、気にしなければいいし。

そう、いつものように……。

 

「実はね……」

 

 

 

「じゃあ……勝負に負けて……」

 

「そういう事……だから、私は別に好きで提督と食事してるわけじゃないから……」

 

どうせ、くだらないって思ってるんだろうなぁ。

私だってそう思う。

なんであんな勝負を受けちゃったんだろうって。

しかも、食事の作法がしっかりしなくて脱せられないって……。

凄くかっこ悪いし、これが他人だったら、私だって笑っちゃうよ。

 

「なら、食事の作法をしっかり学びましょう」

 

「え?」

 

「鳳翔さんのところに行こう。私も鳳翔さんに教わった」

 

「ちょ……別に私は……」

 

「島風ちゃんが困っているなら、見過ごすわけにはいかないのです!」

 

「それに、私たちだって司令官と食事したいんだもん。利害は一致してるでしょう?」

 

確かに……。

恥ずかしいけど、これを利用する他ない。

それに、私にはこれ以外に方法がないし。

 

「……分かった」

 

 

 

それから鳳翔に作法を教えてもらった。

それを見てた他の艦娘も、混じって教えてもらっていた。

最初はそれが嫌だったけど、みんな私と一緒で、作法の事、あまり分かってなかったようで、一緒にああでもないこうでもないって言いあった。

私は、あまり悪くないなって思った。

みんなといる事。

案外、みんな純粋で、私の事を気にかけているようだった。

だけれど、私がこんなんだから、近づけないし、ちょっと怖いって思ってたんだって。

 

「睦月ね、島風ちゃんって、もっと怖いと思ってたけど、話してみたら仲良くなれそうだって思った。これからも仲良くしてくれるかにゃあ?」

 

素直に「うん」って言えない自分が居た。

ちょっと恥ずかしかったんだもん。

でも、嬉しかった。

そして、気が付いた。

私は風。

誰にも掴めない風。

だからこそ……。

 

 

 

他の艦娘がチラチラとこちらを見ている。

でも、この前みたいに、提督との食事が珍しいんじゃない。

私がちゃんと出来るか、見てくれている。

遠くに座る第六駆逐隊もガッツポーズで応援してくれている。

鳳翔も台所から優しい目線を送ってくれている。

他の艦娘も、みんなそう。

みんなみんな、私を応援してくれている。

 

「どうした? なんだか嬉しそうじゃないか」

 

「別に」

 

「おまたせしました」

 

「美味そうだな」

 

「そうですね。いただきます」

 

「!」

 

「なに?」

 

「いや、なんでも」

 

提督はそんな私をじっと見ていた。

作法の事、何か言いたいんだろうけれど、鳳翔に教えてもらったから完璧だもんね。

 

「提督、早く食べないとデザート食べれないよ」

 

「ん、おう、そうだな」

 

提督、悔しいだろうなぁ。

そう思ってたけど、それとは裏腹に、提督は笑っていた。

なに笑ってるんだろう。

気持ち悪いなぁ。

 

 

 

「ごちそうさま」

 

「ごちそうさま」

 

デザートのアイスは、いつもより美味しく感じた。

いや、食事だってそうだ。

 

「提督、約束覚えてますよね?」

 

「ああ、今日限りで終わりだ。お前の食事の作法、綺麗だったぞ」

 

そう言うと、提督は去っていった。

それと同時に、艦娘たちが一斉に私の元へと駆け寄ってきた。

 

「島風ちゃん、やったね!」

 

「う、うん……」

 

「頑張ったもんね。私も見てたけど、今までで一番きれいだったわ」

 

「鳳翔……あ、あの……」

 

「ん?」

 

「あ……ありがとう……」

 

「島風ちゃん……」

 

「よーし、みんなで島風を胴上げよ!」

 

「え……ちょ……!」

 

こんなことで大げさだなぁ。

でも、嫌じゃない。

みんなが私を見てくれてる。

だから、私もみんなを見なきゃいけなかったんだ。

私は風。

誰にも掴めない風。

だからこそ、私が寄り添っていかなければいけないんだ。

私が、みんなに向き合わなきゃいけなかったんだ。

みんなが遅いんじゃない。

私が速すぎたんだ。

 

 

 

それからはみんなと食事をするようになった。

笑いあったり、ああでもないこうでもないって、くだらない話に花を咲かせながらする食事は、一人で速く食べていたあの食事とは、味が全然違うように感じた。

 

 

 

食事が終わり、ふと中庭を見ると、満開の桜の木の下で、おにぎりを頬張っている提督がいた。

 

 

 

「見ないと思ったら、こんなところにいたんですね」

 

「島風」

 

「隣、いい?」

 

「ああ」

 

芝生に小さなビニールシートが敷かれていて、私はそこに座った。

提督は、お花見でもしているようだった。

 

「最近、みんなと食事するようになったらしいじゃないか」

 

「うん」

 

「どうだ? 飯は美味く感じたか?」

 

「鳳翔のご飯はいつどこで誰と食べたって美味しいし」

 

「ははは、確かに」

 

そういうと、提督は寝転がって桜を眺めた。

 

「食べた後に寝転がっちゃいけないんですよ。食事の作法だけはあんなに厳しかったくせに……」

 

「食後の事は知りませーん」

 

「なにそれ……」

 

遠くから潮風が中庭に吹いたようで、桜の木を小さく揺らした。

桜の花びらが、その風に乗って、どこかに飛んでいった。

 

「提督」

 

「ん?」

 

「ありがとう」

 

「なにが?」

 

「提督のお蔭で、私にも友達が出来た。みんなと食べる事がいいことだって気が付けた。私はもう、一人じゃないんだって」

 

「俺がどうにかしなくても、お前ならいずれ気が付くと思ってたよ。お前は速いからな」

 

「どういうこと?」

 

「速いってことは、遅くも出来るってことだ。大は小を兼ねるじゃないけれど、一番速いお前は、誰にでも合わせることが出来るってことだ」

 

「……分かりにくいんだけど」

 

「あれ? かっこいいこと言ったつもりなんだけどな……」

 

「でもさ……ならどうして私にあんなことさせたの?」

 

「俺が島風と仲良くしたかったから」

 

「え?」

 

「それじゃ駄目か?」

 

「……なにそれ」

 

「でも、結局……俺は悪者だもんな。駆逐艦の中じゃ、島風をイジメた司令官だって、変なレッテル貼られちゃったよ」

 

「……」

 

だからこんなところで……。

 

「まあでも、お前の幸せそうな顔見れて良かった。じゃ、俺は行くわ」

 

「提督」

 

「ん?」

 

「提督は悪者なんかじゃないよ!」

 

「!」

 

「私も……提督と仲良くしたいって思ったもん……。だから……」

 

「なら、俺と友達になってくれよ」

 

「え?」

 

「駄目か?」

 

差し出された提督の手。

ああ、そうなのか。

 

「……いいよ」

 

そう言って、手を握った。

この手は、風さえも掴んでしまう手なんだ。

食事をしようと掴まれた時も、いただきますの時も……。

提督は本当に、私と仲良くしたかったんだ。

風を掴もうとしてくれてたんだ。

そして、本当に掴んでしまったんだ。

 

「ありがとう、島風」

 

「うん……」

 

なんだか恥ずかしくて、提督の目を見ることが出来なかった。

 

「また……一緒に食事……してくれる?」

 

「喜んで」

 

そう笑った提督に、私も、この桜に負けないくらい、満面の笑顔を見せた。


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