艦これ小話   作:雨守学

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R-15かもしれません。

夕雲の話です。


背徳と純情

「駆逐艦のくせに」

「子供のくせに」

どこかで、私を罵倒する声が聞こえる。

私は大人になりたいの。

貴方と同じような、大人に。

 

 

 

堤防へ行くと、提督が艦娘の演習を見ていた。

 

「提督」

 

「夕雲か」

 

「またいやらしい目で艦娘たちを見ていたのでしょう?」

 

「失敬な。提督として演習を見ているだけだ」

 

「そう。そういえば、陸奥さん、また胸が大きくなったって言ってたわ」

 

「やはりそうか。今見ていたんだが、いつもより胸の弾みが大きいと思ってな」

 

「やっぱり見てたのね」

 

提督はちょっとスケベ。

大人な女性が好きなのか、戦艦の演習にしょっちゅう現れる。

 

「潮さんの胸も大きくなったと思うのだけど」

 

「そうか」

 

胸が大きいからいいという訳でもなさそうね。

 

「本当に戦艦が好きなのね」

 

「見ていて飽きないだろう。よく、美人は三日で飽きると言うが、そんなことはない」

 

「そう。駆逐艦にも美人はいるわよ?」

 

「例えば?」

 

「あら、隣にいるじゃない」

 

「美人ってのは自分では語らないもんだ。故に、お前は美人じゃない」

 

「酷いわ」

 

「それに、俺は子供は好かん。特に、お前のような見透かしたような子供はな」

 

「……そう」

 

提督。

貴方は私が他の駆逐艦と違って、メンタルが強いと思ったからそう言ったのでしょうけれど、今のは結構傷ついたわ。

 

「私の体が大人になったら後悔するわよ?」

 

「心が大人なお前が、いつか大人になっても、心が婆になってるだろうから、何にも感じないだろうよ」

 

「本当、酷い話だわ」

 

もっと遅く生まれていれば、貴方は私を見てくれたのかしら?

ね、提督。

 

 

 

「提督?」

 

執務室で提督は寝ていた。

まったく。

ソファーなんかで寝たら、体を悪くしちゃうのに。

 

「ちゃんとベッドで寝なきゃだめよ。提督」

 

優しく提督を揺らす。

寝息をたてる提督。

私の中で、悪の思想が燻る。

それがやがて、大きな大きな炎となるのを想像し、とてつもない背徳感に包まれた。

 

「提督」

 

鼻からの寝息が生暖かい。

柔らかいとは言えぬ、感触。

自分の心臓の音。

とてもとても大きな、心臓の音。

時間が止まったかのような、緊張感。

 

「……は……ぁ……」

 

唇を離すまで、息が出来なかった。

苦しい。

でも、大きく息が出来ない。

出来るだけ静かに、静かに。

しかし、それに反して、息はどんどん苦しくなる。

 

「……っ!」

 

そのまま、執務室を静かに、だけれど急いで、飛び出した。

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

背徳感。

スリル。

高揚。

どれにも当てはまる。

こんな感情、他には感じたことがない。

 

「やっちゃった……」

 

その言葉とは裏腹に、私の顔は笑っていた。

手に入らないものに、手が届いたような気がした。

 

 

 

もし、私の体が大人だったら、こんな欲望は生まれなかったのかもしれない。

子供の体だからこその欲望。

子供であるのに、大人の心を持っている。

同じ子供の中でも、しっかりとしていて、頼られるような存在。

大人も一目置くような、そんな存在。

私は自覚する。

自分はそういう存在だと。

そして、それを否定した提督の言葉が、私を欲望の中へ突き落したことも。

 

「私はイケナイ女になってしまったのかしら」

 

皆が言う私を、私は、提督の為に、汚してしまいたくなったのだ。

 

 

 

「提督、お茶はいかが?」

 

「熱ければいらん」

 

「ちゃんと氷も入ってますよ」

 

こんな何気ない会話でも、私の心臓は破裂しそうだった。

このスカートがめくれてしまいでもした時、それを見た提督はなんというのだろうか。

 

「今日はストッキングを穿いていないのだな」

 

「え、えぇ……最近、暑いじゃない? 蒸れるのよ」

 

ストッキングだけじゃないけれどね。

なんて。

 

「さて、そろそろ戦艦の演習かな」

 

「あら、掃除がまだよ?」

 

「やっておいてくれ」

 

「はいはい」

 

提督が執務室を出て、遠くで足音が消えたのを確認し、私は、ゆっくりとスカートをたくし上げた。

提督の机の前に立つ。

私の目が、ぼんやりと、提督を映し出す。

 

「……っ……はぁ……っ……」

 

息を抑えなくてもいいのに、自然と抑えてしまう。

窓からの風が、優しく、私の股を撫でる。

そのまま、窓の外を眺める。

遠くに戦艦たちが演習を行っているのが見えた。

その近くの堤防。

そこに提督が見えた。

欲望の火種が、燃えやすい藁の中で燻るのを感じた。

シャツのボタンにかけた手が震えている。

何の震え?

スリル?

それとも、こんなことをしてしまっている自分に対する恐怖?

 

「はっ……はっ……」

 

苦しい。

抑えきれない呼吸。

抑えなきゃいけない呼吸。

そんな二つの葛藤が、私に犬のような息遣いをさせた。

鏡に映る、全裸の私。

お風呂場で見る時の全裸とは、また違って見えた。

 

「提……督……」

 

小さい声。

聞こえるはずもなく、提督は戦艦に夢中だ。

もし、何かの拍子でこっちを見たら。

もし、こんなことをしていることを知られたら。

 

「提督……私は……貴方の嫌いな私じゃないのよ……? ほら、こんなことして……だから……」

 

その時、誰かが廊下を走る音がした。

知っている。

この足音は……。

 

「提督ゥー! ティータイムの時間ネ!」

 

「……って、誰もいないデース」

 

金剛さん。

そうか、演習じゃなかったのね。

 

「あ、もしかして……かくれんぼ? なら、見つけてやるデース! フヒヒ……」

 

かくれんぼな訳ないでしょう。

でも、マズイ。

今見つかったら……。

 

「ここかな~……? あれ、じゃあ、ここ!?」

 

段々と近づく足音。

着替える暇なんてない。

 

「じゃあ……ここ……?」

 

金剛さんの足。

ちょうど、こちらをのぞき込もうとしている。

 

「金剛お姉さま!」

 

「霧島」

 

「こんなところに……先ほど提督が演習を見ているという目撃情報が入りました!」

 

「Oh! そっちでしたカ……。今すぐ行くヨー! 霧島!」

 

「はい!」

 

遠くなる足音。

 

「はっ……ぁ……はっ……」

 

心臓の音が執務室中に響いているような気がした。

 

「馬鹿……馬鹿……」

 

自分を責めた。

こんなことがあることは分かっていた。

なのに、それを承知してまでこんなことをやってしまった。

一時の興奮状態。

それに身を任せていた。

危険になって初めて後悔するなんて。

何が大人よ。

何が提督の為よ。

 

「ああ……」

 

自分が嫌になる。

どうしてこんなになってしまったのだろう。

こんなことをしても、提督は振り向いてくれないって、心の底では分かっていたはず。

とてつもない高揚感、背徳感から、一気にどん底に落とされた。

 

 

 

後悔してしばらく、はっとした。

 

「着替えなきゃ……」

 

気が付くと、もう戦艦の砲撃は聞こえなかった。

提督が帰ってくる。

その前に着替えなきゃ。

そう思って立ち上がった時、提督がそこに立っていた。

 

「お前……」

 

ああ、そういえば、金剛さんが出て言った時、扉が閉まる音を聞いてなかった。

 

「……何をしている? 何故裸なんだ?」

 

そこからの記憶はない。

気が付くと、自室で裸のまま、ベッドに潜っていた。

 

 

 

夏も近いというのに、体は冷え切っていた。

それが裸のせいなのか、はたまた心のせいなのかは分からない。

終わった。

全てが。

どうしてあんなことをしてしまったのか、幾度となく正当化した意見が私の中でグルグルと渦巻く。

だけれども、そんなことをしたところで、何が戻る訳でもない。

これからどうなるんだろう。

 

「夕雲」

 

提督の声。

部屋に入ってきてたのも分からなかった。

 

「夕雲。服、ここに置いておくぞ」

 

服……。

そっか、全部置いてきたのね。

っていうことは、全裸で廊下を走ったってわけ?

本当、馬鹿みたい。

どうして覚えてないのか、逆に不思議だわ。

 

「……服を着たら言え。それまで部屋の外で待っている」

 

そういうと、提督は部屋を出た。

今更何を話すというのだろうか。

……いや、話さなきゃいけないのは私か。

どうしてあんなことをしたのか、正直に話さなきゃいけない。

今考えてた正当化した意見を言う?

それとも、正直に……。

 

 

 

服を着て、少し考えた後、解体される覚悟でいようと、決意した。

 

「……いいわよ」

 

「入るぞ」

 

提督の顔は、どこか真剣だった。

 

「……」

 

「……」

 

お互い、黙ったままだった。

提督は私の目をじっと見つめた。

待っているんだ。

私が、語るのを。

 

「……正直に話します」

 

 

 

事細かに、すべて話した。

キスをしたことも、行為に及んだこと、提督が好きだということも……。

そんな私を、提督は、じっと見つめるだけだった。

なんて官能的な瞳なのだろう。

……ああ、また。

私は最低な艦娘だ。

 

「……そうだったのか」

 

「……ごめんなさい。覚悟は出来ているわ。私を解体して……」

 

「駄目だ」

 

「え?」

 

「逃げるな」

 

「……」

 

貴方って本当に酷い人よ。

どこまでも私を苦しませるのね。

逃げるな……か……。

 

「分かった……罪は償うわ……。何でもするつもりよ……」

 

「そうじゃない」

 

「え?」

 

「お前自身から逃げるな」

 

「私……自身……?」

 

「俺の好みじゃないからと言って、今まで積み上げていた自分を否定するな」

 

「そんなこと言ったって……。提督には分からないのよ……私の気持ちなんて……」

 

「……分かる。俺も、自分の気持ちから逃げてきたからな……」

 

「……」

 

「俺は……お前が好きだった」

 

え?

 

「だが、それはよくないことだ。お前は大人な性格をしているとはいえ、子供だ。子供に惚れるなど……駄目だ……」

 

……ああ、そうか。

 

「俺は……お前と一緒だ。そんな自分を否定し、戦艦を好きになろうと努力し、伝えてきた」

 

提督も同じだったんだ。

 

「だが、俺はもう逃げない。だから、お前も逃げるな」

 

「……本当なの?」

 

「?」

 

「本当に……夕雲の事が好き……?」

 

「……あ……あぁ……。情けないだろう……?」

 

「……本当ね」

 

提督は分の悪い顔をした。

 

「でも……提督が逃げないなら……私も逃げないわ……」

 

「夕雲……」

 

「提督……」

 

あの時、提督としたキスとは、また違った味がした。

 

 

 

「今日は戦艦の演習を見に行かなくてもいいの?」

 

「ああ」

 

「今度は駆逐艦の演習を見に行ったら? ロリコン提督さん?」

 

「……子供は嫌いだ」

 

「あら、この前と言ってることが違うわ」

 

「子供だから好きという訳ではないんだよ」

 

「……」

 

「少しは照れた顔を見せたらどうだ」

 

「大人なのよ……」

 

「そうか」

 

遠くで戦艦の砲撃が聞こえる。

 

「ねえ、提督……」

 

「なんだ?」

 

「私が本当の大人なったら……本当に結婚してくれる?」

 

「俺がロリコンじゃないというのを信じてくれればな」

 

「難しそうね」

 

「おい」

 

そう笑っても、提督は嫌な顔をしなかった。

 

「待ってるからな。夕雲」

 

「……はい」

 

さすがに赤面した。


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