提督が初めて携帯電話を買ったというから、操作を教えるついでにアドレスを教えてもらった。
「お前が初めての「メル友」というやつだな」
そう笑った提督の顔が、今でも忘れられない。
入渠から帰ってくると、提督からメールが入っていた。
珍しい。
提督からメールしてくることなんて、今までなかったのに。
『今日はご苦労だったな。ゆっくりと休んでくれ。』
今回の作戦に参加した艦娘全員に送っているらしく、他の艦娘のアドレスも並んでいた。
「……このアドレスって、あの子のかな」
自分の知らないアドレス。
提督は、このアドレスの子ともメールしたりしてるのかな。
『おつかれ~。ご褒美は間宮のパフェね~(笑)』
返信はなかった。
きっと、私以外の誰かとのメールで忙しくて、返信なんて忘れているのか、それとも、面倒くさがられているのか。
「寝よ……」
もしかしたら返信が来るかもしれない。
そんな淡い期待をしながら、マナーモードを解除して眠りについた。
朝になってもメールはなかった。
ちょっちショック。
「……間宮のパフェ……本気にされちゃったかな……」
いや、それか、冗談と分かっていて返信に困ったのかな。
提督のメール、質素だし。
そんなことを考えていると、携帯が鳴った。
提督からのメールだ。
『すまん、寝てしまった。間宮のパフェだな。分かった。後で食堂に来い。』
死ぬほど嬉しかった。
「鈴谷が馬鹿みたいじゃん……」
そして、いろんなことを考えてた自分が馬鹿らしくて、そう零した。
食堂には、昨日作戦を遂行した艦娘たちがいた。
まあ、そうだよね。
鈴谷だけとか、ありえないしね。
「おう、来たか」
「チーッス」
「ほら、好きなの頼めよ」
「うん」
提督、相変わらず人気だな。
提督の隣には、いつも艦娘がいる。
本当に、いつも。
鈴谷が隣に行く隙なんて、一度だってない。
皆、どうやってるんだろう。
「提督? あの~……もう一個……」
「赤城、お前はもう駄目だ」
「そ、そんな~……提督~……。昨日のメールではいっぱい食べていいって言ったじゃないですか」
え?
「いや、もう十分食べただろうに……」
「あら、私にもメールで言ってたわよね?」
「う~ん、陸奥は……まあ、あと一つなら……」
「やった」
「ずるいです!」
「赤城、お前は陸奥の二倍はもう食ってるんだよ」
赤城さん、陸奥さんにメールね。
それも昨日。
あー……そっか……。
鈴谷のメールは、後回しだったわけか。
そっか……。
「ごちそうさま!」
「鈴谷、もういいのか」
「うん、ダイエット中なの」
「ならパフェなんか頼むなよな」
「いいじゃん別に! じゃあね!」
そっか……。
馬鹿みたいに喜んでた自分は、本当に馬鹿だった。
たかだかメールじゃんって言われたらそうかもしれないけど、鈴谷にとっては、提督に近づける唯一のツール。
それも、提督最初のメル友。
「だからなんだっての……」
最近、こんな独り言が多くなってきた気がする。
熊野にこんなこと、相談できないし。
自分でも、よく分からないし。
多分、好きなんだろうな、提督の事。
でも、どうしていいのかもわからないし、どうしたいのかもわからない。
気丈に振る舞ってはいるけれど、本当は訳も分からず、日常を演じることしか出来ないだけ。
「めんどくさい女……」
こんなに悩むなら、どうしようもないのなら、逃げてしまおう。
ずっと、そうしてきたじゃん。
見たくないものは見ないように、聞きたくないことは聞かないようにしてきた。
ずっと、ずっと。
だから……。
「……えい」
アドレス帳から提督を消した。
それから数日。
最初は色々考えて、自分のやったことにちょっとだけ後悔したりもしたけど、今は吹っ切れた。
「鈴谷」
「熊野、お帰りー。入渠帰りっしょ?」
「えぇ」
「じゃあさ、間宮行こう?」
「え、でも、ダイエット中なんじゃなかったでしたっけ?」
「え?」
「提督がそう言ってましたわ」
ああ、そう言えば、そんな事言っちゃったな。
「ああ、もうやめたんだー。鈴谷にはマジ無理。だから、行こう?」
「はあ、貴女らしいと言えばらしいですわね」
「やっぱ間宮のパフェはちょー美味いわ」
「そうですわね……」
「ん? どうしたの熊野? なんか元気ないじゃん」
「こっちのセリフですわ。鈴谷、貴女なにかあったのではなくて?」
「え?」
「なんだか無理をしているように見えますわ」
「は、はあ? 誰がどう見ても元気じゃん?」
「そうは言っても、お肌は嘘をつきませんわ」
そういうと、熊野は私の肌を撫でた。
「ほら、お肌に元気がないわ。何か悩んでいるのではなくて?」
「……ダイエットしてストレス溜まってたから、それが肌に出てるだけっしょ!」
「本当はダイエットなんかしてなかったのに?」
え?
「提督が言ってましたわ。鈴谷は嘘をついていると……」
提督が……?
「貴女はダイエットなんてしないし、する必要がないでしょう?」
「……別に、鈴谷だってするときはするし……」
「貴女って、嘘が下手。ずっと、そうして来たのでしょうけれど、バレバレですわ」
「……」
「ダイエット、嘘ですわよね?」
「……うん」
「フフフ、やっぱり」
「どうして提督は分かったんだろ……」
「嘘ですわ」
「へ?」
「提督がそう言ったのは。鎌をかけたのよ?」
「な……!」
「貴女は本当に分かりやすいですわ。どうせ、提督の事で悩んでいるとは思ってたけれど……。そうなんでしょう?」
「……やるじゃん」
「私に相談してくれればよかったのに」
「……だって、鈴谷にも分からないんだもん」
「聞くまでもないのでしょうけど、一応聞いておきますわ。鈴谷、貴女は提督が好きなんですの?」
「……多分」
「多分?」
「恋とか……本当は分からないし……。好きっていうのが、何なのかも分からない。どうしようもなくて、提督から逃げちゃったし……。そうまでしちゃったってことは、そんなに大切じゃなかったのかもしれないし……」
「それでも、貴女をそこまで追い詰めた存在なんでしょう?」
「!」
「私は、それだけでも十分だと思いますわ。正直、貴女が羨ましい。私も、自分をそこまで追い込んでくれるような人が欲しい。そういうのが恋だと思ってますし」
「……」
「……なんて、そこまで悩んだことのない私が言うのもなんですけど」
「熊野」
「?」
「あのね……」
今まで悩んできたことをすべて熊野にぶちまけた。
溜め込んできたものを吐き出すたびに、楽になってゆく心と体。
そして、辛かったことを、辛かったことだと受け止めてくれる熊野。
否定もせず、ただ受け止めてくれる。
それが嬉しくて、辛かったことを思い出して、少しだけ泣いた。
「ごめん……」
「いえ、よく分かりましたわ。貴女の気持ち」
「どうすりゃいいのかな……」
「貴女はどうしたいの?」
「……」
「提督とメールしたい?」
「したい……」
「隣にいたい?」
「いたい……」
「……答え、出てるじゃないの」
「だとして……」
「なら、そうしたいと言えばいいのですわ」
「え?」
「言えないで駄目なら、言ってしまえばいい。どうせ悩むのならば、進んで見てはどうかしら?」
「進む……」
「貴女の好きな提督は、それを受け止めてくれない人ですの?」
「!」
「ね?」
「うん……そうだよね。うん! 熊野、サンキュー! 鈴谷、頑張ってみる!」
「はい、これ」
そう言うと、熊野は紙切れを渡した。
「提督のアドレス。消しちゃったんでしょう?」
「熊野……」
「成功したら、間宮のパフェ、奢ってくださらない?」
「提督に頼んでみる」
「フフフ、頑張って」
「うん!」
『ちょっち話があるんだけど、外出れる?』
『分かった。堤防にて待つ。』
すっかり夜になってしまったけれど、提督は承諾してくれた。
こういう時の返信だけは早いんだから。
堤防へ行くと、すでに提督が星空を見ていた。
「お待たせー。ごめんね、急に呼び出しちゃって」
「構わんよ」
「うわ、星、凄いじゃん」
「今日は月も出てないし、綺麗に見えるな」
雲一つない星空。
風は比較的穏やかで、波の音も静かだった。
その中で、私たちは二人っきり。
こんな時間じゃないと、二人っきりになんてなれないんだなぁ。
「それで、話とは?」
「……うん、あ……ちょっと待ってて……」
心臓の鼓動が速くなる。
急に緊張してきた。
落ち着かなきゃ。
そんな私を、提督はいつまでも待った。
「ふふふ、まるで告白するみたいだな」
「へ?」
「なんてな」
メールではあんなに質素なのに、そんな冗談言うんだ。
っていうか、ますます言いにくくなったじゃん。
「こ、告白だったら……どうすんの……?」
「そんな勇気ないだろ、お前」
よく知ってんじゃん。
でも、今は違うんだよ。
「鈴谷ね、提督といっぱいメールしたい」
「おう」
「あと、二人っきりでいたい。ずっと隣にいたい」
「おう。……ん?」
「提督が好き。マジで好き。提督の初めてのメル友になれたのもちょー嬉しかったし、提督からメールを貰えるのも、死ぬほど嬉しかった」
それからは、もう自分の気持ちをなにも隠さず話し続けた。
自分でもびっくりするほど、ペラペラと。
提督は少し驚いた表情だったけど、鈴谷が辛かった事とか話すと、徐々に真剣な顔になっていった。
「だから、鈴谷は提督が好きで好きで、どうしても、伝えなきゃいけないって思ったんだ」
「……そう……だったのか」
ここまで来ると、もうどうにでもなれと思った。
でも、清々しい。
いつもいつも逃げてきた。
それは間違ってたんだ。
今になって分かるなんて、誰かに言われないと分からないなんて、鈴谷って本当に馬鹿だよね。
「お前の気持ちはよく分かった」
「うん……」
「その……俺にも時間をくれないか? まさか、本当に告白されるとは思ってなくてな……」
「あ、うん……」
「すまない……」
そう言って提督は部屋に戻っていった。
終わった。
でも、これでいい。
すっきりした。
振られても、すぐに立ち直れそうだ。
部屋に戻ると、メールが入った。
提督からだった。
『さっきはすまない。
実のところを言うと、凄く嬉しかったのだ。
だが、俺はお前と違って、勇気があるわけでもないし、面と向かって返事が出来なかった。
だから、こんなメールですまないが、返事させてもらう。
鈴谷、俺もお前が好きだ。
これからは、お前の望むとおりにメールもするし、隣にもいてくれ。
俺もお前のように、面と向かって好きだといるように努力する。
その時は、笑わずに聞いてくれ。』
メールの着信音で目が覚めた。
『おはよう。食堂で待つ。』
「……まだ6時じゃん」
「やっと来たか」
食堂には、まだ提督しかいなかった。
「チッス……」
ちょっと照れくさかった。
昨日の昨日だし。
「隣……いいよね?」
「……おう」
提督も恥ずかしいのか、いつもより帽子を深く被っていた。
「……朝、早くない?」
「やっぱりそうだったか? いや……他の艦娘に見られるの恥ずかしいと思ってな……」
「なに? 鈴谷が隣だと恥ずかしいってわけ?」
「そうは言ってないだろう」
お互いにギクシャクしていた。
目を合わせることも出来ない。
「……昨日のメール、見たよな?」
「うん……」
「返信待ったんだぞ」
「あ、ごめん……」
「お陰で一睡も出来ずに、今だ」
「……プッ」
「何がおかしい?」
「鈴谷に勇気ないって言ったくせに、提督も意外と小心だよね」
「……」
「あ、怒った?」
「鈴谷」
「ん?」
「俺もお前が好きだ」
世界が静寂に包まれた気がした。
それと同時に、全身が熱くなり、手に汗を握った。
「うん……」
それから他の艦娘が来るまで、私たちはお互いを見つめることが出来ないまま、喋る事が出来ないままでいた。
告白できた時のあの勇気は何だったんだろう。
これがメールだったら、もっとペラペラ喋れるだろう。
「……お互いに頑張らないとね」
「ああ……」
小さくそう言って、他の艦娘に見えないように、手を握った。
気が向いたら続編でも作ろうかと思います。