甘粕正彦による英雄譚   作:温野菜

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第3話

昼休みの学園、屋上に二人の男女が共にベンチに座っている。一人は質実剛健、文武両道と名高い甘粕正彦。もう一人は陽光で煌めく銀髪、肌は透き通る新雪のよう、彼女の談によればドイツ系のクォーター。学園の裏アイドルと密かに呼ばれている、氷室玲愛。補足すれば表アイドルは綾瀬香純である。

 

「……キミは行かないで良かったの、甘粕君?今日、藤井君の退院日でしょ?」

彼女は答えはわかっていたが、何となく彼に聞いてみたのだ。

 

「ああ。問題はなかろう。そもそも、アレはそれを望まない。俺が病院に来ても顔をしかめるだろう」

 

甘粕はたった二年に過ぎないが友好を結んできた相手だ。それくらいのことはわかっていた。彼の物言いに微笑が玲愛の表情に浮かぶ。彼は相変わらずだと。

「……キミは相変わらず、先輩に対する口の聞き方がなっていないね」

 

そう、初めて会った時からこうだった。いきなり

 

「おまえの顔には諦めが視られるな。人間、表情というものには色々な感情がでやすい。何に対して諦めているのかは解らんが、立ち向かうという気概を持つことは肝心だぞ。やれば出来る。為せばなる。人間に不可能はない」

 

玲愛は呆気にとられた。それはそうだろう。玲愛とて彼のことを知らないわけではなかった。学園の中の有名人。どうしても噂話のなかで耳に入る。だからといって初対面に対して言うことではないだろう。不躾すぎる。だからこそ、その物言いに怒りの念とかが湧く前に疑問に思った。何故と?「そうだな。確かに礼儀がなっていない。親密な間柄ではなく、ましてや初対面だ。おまえの疑問は尤もであり、俺を殴る権利、罵詈雑言を浴びせる権利もあり、俺自身も甘んじて受け入れよう。だがそれでも俺は言わずにはいられない。いま俺の目の前で顔を俯かせている人間がいる。その者は困難な出来事に膝を屈している。しかし、俺の言葉で己の内に火を付けることが出来るかもしれない。前を向かせることが出来るかもしれない。本来、俺は言葉で相手に行動を促すのは苦手だ。むしろ相手のケツを蹴り上げて立たせる。それが俺のやり方だ。だがしかし、言葉で相手を奮い立たせることが出来るのであれば、それが最善なやり方だろう」

 

藤井蓮はそんな、いつもどおり甘粕に苦笑し、遊佐司狼はゲラゲラと笑っている。玲愛はゲラゲラと笑っている司狼に軽くイラッときて肘鉄を喰らわせようとする。――避けられた。またイラッとした。司狼は飄々としている。そんな三人を見渡しながら甘粕は微笑する。そして甘粕は続ける。

 

「まあ、つまるところ俺は我が儘なのだよ。俺がそうしたいからそうする。おまえの都合を考えていない。だからこそ、氷室玲愛。おまえが必要とすれば、おまえの手助けをしよう。俺の願いは一つ。どうかその勇気を胸に留めて眠らせたままにしないでほしい」

 

 

 

甘粕正彦が抱く願いは、ただそれだけ。その為だけに全人類に喧嘩を売る勇者(バカ)である。甘粕の見立てでは氷室玲愛という少女は諦感しきっている。これで更なる試練を与えれば、恐らく何も抵抗せずに終わるだろう。……それはもったいない。磨けば光る原石。将来、煌めく宝石。その素晴らしさ。それを讃えさせて欲しい。甘粕正彦の心境は世界を違えても変わらない。

 

 

 

屋上に吹き抜ける寒風。その寒さにハッと我に帰る玲愛。どうやら、思いの外に物思いに耽っていたらしい。彼はあのときから変わっていない。威風堂々として誰よりも強い意思を持っていて、……勇気を分けてくれている気がした。……何故、初めて会ったときのことを思い出したのだろう?……わかっていた。もうすぐ、この諏訪原市で始まる恐怖劇(グランギニョル)。それを考えるだけで身体が震える。このまま何もしなければ恐ろしい事態が待ち受けていることも。氷室玲愛は友好関係が希薄だ。それは何故なら彼女自身が誰より恐れているからだ。……親しい人間を作れば、どうしようもないほどの痛みを背負うことを。それが嫌で……怖くて……目を閉じていたい……。

怖いものが過ぎ去るのを願う。……でも、でも……リザ、神父様、藤井君、綾瀬さん、遊佐君……甘粕君。

 

もう、たくさん、たくさん、大切なものが出来て、無くしたくないものが、失いたくないものが……。

 

出来るかな?氷室玲愛(わたし)に……。自分に自信が湧かない……。

――だから

 

「……甘粕君。初めて会ったときのこと、覚えてる?キミが私に手助けをしてくれるって言ってくれたこと。……だから、だからッ」

 

甘粕は答えない。それは先を促すように。

 

玲愛は恐ろしかった。これより先は言ってならないのに。彼を酷い目に合わせるのかもしれないのに。……でもね、傍に立っていてほしいの……。それだけで私、頑張れるから。――自分のありったけの勇気を込めて、その一言を叫んだ。

 

「――助けてッッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一言を聞いた瞬間、得も知れない感動が身体を走った。

 

「――ああ……」

 

少女の小さな勇気に心がどうしようもないほどに逸る。これぞッ、これぞッ!嗚呼ッ、素晴らしきかな!この勇気ッッ!

 

彼女の優しさを知っている。身近でより良く知っているからこそ感慨もひとしおだった。今の一言に死地に赴かせるかもしれない、そういう覚悟があった。だがしかしッ!その程度が何だというのだ?今ほどおまえを抱き締めてやりたいと思ったことはないぞ。氷室玲愛。そうか、おまえは俺のことを友だと思ってくれていたのか。女としての情も感じたが、それは仕方あるまい。俺はもてるからな。 ならばこう返そう。

「――ああ、もちろんだとも、氷室玲愛。全身全霊でこの甘粕正彦が力になろう」

 

甘粕正彦は魔王である。だが忘れてはならない。同時にこの男は勇者であることを。信頼を持って差し伸べられた手をこの男は払い除けるだろうか?否である。信頼には信頼を。

 

それにこの世界には魔王役はもういる。

 




なんか書いてたら先輩がヒロインっぽく、なってしまった。そんなつもりなかったのに。どうしてだろう?

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