壊剣の妖精   作:山雀

8 / 33
▼前回のあらすじ

 主人公、デルの理解を深める。


007. 臨戦一幕

―――――

 

 

「――おいおいおい……あんな重量で動けんのかよ……」

「……立ってるだけでも異常だよ……」

 

 ふふふ、このゴーレムを見たお城の皆さんやっぱり驚きますよね。

 整列したクリシュナのゴーレム――ファブニルという名前だそうですね、その前に集まってるんで彼らもおそらくはゴーレム乗りの皆さんでしょう。彼らにしてみてもこの古代(アンダー)ゴーレムは異質に見えるようです。

 

「バルド将軍より通達!! 古代(アンダー)ゴゥレムのコードネームは『デルフィング』とする!」

 

 ……デルフィングですか、立派でカッコ良い名前貰えて良かったですね。これからはちゃんと呼んであげますよー、名無しの私が言うのもなんなんですが、ね。

 こういう名前ってどうやって決めてるんでしょうね。出典元とかあったら読んでみてもいいかな……その前に文字の勉強しなくちゃです。

 

 そう、黒銀の古代(アンダー)ゴーレムはこの度、デルフィングというコードネームを正式に貰いました。

 戦闘用として運用するにあたって、何時迄もアンダー・ゴーレムって呼ぶのも変ですし。クリシュナが新型のゴーレムを開発したとでも誤解させることができれば、敵の戦略情報を撹乱するのにも一役買ってくれるかもしれません。

 しかもその姿も一変しています。例のシギュン様謹製装備一式を全体に追加された、謂わば多重装甲形態となっているのです。この短期間で(しかも廃材利用品らしい)これだけの物を作り上げるシギュン様を始めとしたこの国の技術スタッフには脱帽です。

 

―――――

 

 そうですね、追加されたデルフィングの装備のことを話す前に、まずはデルフィングそのものについての話をするとしましょう。

 ええとですね、私事ながらまず話してしまいますが、基本的にシギュン様を除いてゴーレムに関する知識を私に披露してくれる方なんていません。私、話せませんし、皆さん「なんだこいつ」って感じで私の事見てきます。若干怪しい視線もたまにありますが……

 そしてそのシギュン様とて凄く忙しい立場で、私の為だけにわざわざ時間を割いてくれる余裕はありません。今はこのデルフィングを中心に某か担当しているようですが、本来はこのクリシュナのゴーレムに関する事柄を一手に取り纏め担っているという……え、王妃ですよね? シギュン様有能過ぎて何か可笑しくないですか?

 ……まあそんな訳でその辺りのことを私が知るためには専ら他の方の会話を盗み聞きしたり、シギュン様とライガットさんの打ち合わせに混じってヒアリングに徹する他ありません。そしてそんなことを繰り返す内に分かったことなんですが、このデルフィングはクリシュナの一般的なゴーレムと比較して色んな方向でぶっ飛んでるらしいです。未だにファブニルが通常の戦闘をしている場面を見ていないせいでピンときていないのですが。ダンさんの時は半分死体撃ち状態でしたし。

 このデルフィングの奇異な特徴を纏めて言ってしまうと、インナーフレームの頑強さ、発揮される高馬力、さらにそれらの要素に裏打ちされた運動性能ということになります。

 まずインナーフレームですが、単純に非常に硬く堅牢です。この硬さのおかげで私とライガットさんの命は繋がっている訳ですな。あの時同じ箇所に二度三度と接射を受けたら普通のファブニル用フレームだったら問答無用で潰されて即死してたでしょう。

 ……とは言え、この素敵フレームには逆に弊害もあって、形成している物体の生成技術が存在しないのでもし壊れたら二度と修復が出来ないそうです。あーありますよね、そういうこと。その為お胸のパーツの損傷はずっと残ってしまうことになります。……名誉の負傷ということで恨まないでいただけるとありがたいです、デルフィングさん。

 次に高い馬力。この前の戦闘でゴーレム用大剣を使用した件がこの特徴点を説明する上で分かり易いエピソードでしょうか?

 実はあの大剣は通常のファブニルが運用することの出来ないほどの重量をもたせてしまった試作品であって、クリシュナが所持するゴーレムの中で最もパワーの有るとある将軍閣下の専用機がなんとか両手持ちで構える事のできる代物だったとのこと。そんな物を片手であっさり持ち上げたり、あろうことか振り回したり持って跳び跳ねていたりしていたと……うん、異常です。

 そして運動性能――機動力と言い換えてもいいでしょう。地面を蹴る脚の力が強くそして動きが機敏であり、その反動や着地時の衝撃を受けても潰れないフレームを備えていることにより、圧倒的な運動性能を誇る、と。跳躍力がアテネスの新型軽量ゴーレムの二倍は最低はあるそうですね、私にしてみればファブニルにしろデルフィングにしろ、推進装置無しでジャンプ可能という事実だけでも驚愕したんですが……

 

 これらの長所の代わりに稼働時間が短い、直せないという短所もあるわけですが、それらをトータルに活かしこの短期間で作成出来る装備。その答えがこの全身多重装甲になったと、ふーむ。

 この装備のコンセプトは……『とにかく真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす』ですね、たぶん。砕氷船の如く、前方にある物を粉砕しながら突破するのです。

 その為か、よく足腰潰れないなーって思うほど全身に厚い装甲を盛っています。壊れたファブニルの装甲を集約して作られ、それこそ足の爪先から角の天辺まで赤茶色になった山のような物体は下から見上げるだけでも相当のプレッシャーです。

 両腕にはクリシュナで運用している既存のゴーレム用の盾を流用し、三重に加工したものを装着。それに装甲を加えてもまだ重量に余裕があり、走行時でも他の部位に干渉しにくい腕部の外側には近接武器を固定しています。右腕に大剣(試作型)と、左に長剣を。ライガットさんの操作で全身の装甲を一部を除いてパージ出来るそうですので、その後使用する為ですね。素手でもいけそうですがやはり長物が手元に有るのと無いのでは安心感が違います。

 ……長物で思い至ったんですが、「ゴーレム用の銃は装備させないのか」ってジェスチャーで尋ねたらライガットさんが苦笑いして「俺もデルフィングも使えない」って仰ってました。なにやらこれにも理由がありそうです。

 そんな装備を全体にてんこ盛りのデルフィング。いざ走るとなると追加装備を含めた全重量が片足一本に連続して掛かる訳ですが……試しに軽く走った様子を見る限り全く問題無いんでしょうね。重量型のロボットって、強くて堅くて遅いってのが定番だと思っていたんですが、そんなことは無かったです。これだけの装甲を盛ってもちゃんとそれなりにスピードを出せるのです。

 

 さらに、この装備一式はパイロットであるライガットさんの技量も考慮されたものでもあります。

 デルフィングの専属搭乗士である彼。実はゴーレム同士の戦闘は士官学校時代に訓練を見たことがあるくらいで、まだ自分でも二回だけしか実戦を経験していないそうです。私みたいに思考制御ならともかく、ぶっつけ本番でロボットを手動操縦してしかも勝つって……。幾分はこのデルフィングに備わっている自動操縦とかパイロット補助機能の恩恵もあるんでしょうが、それだけで何とか出来るものなんでしょうか? まあ、普通は無理でしょうね。少なくとも私には無理です。

 話が脇にそれましたが……さて、そんなゴーレムの操縦経験が浅いライガットさんの為の装備――即ち、「細かい挙動が出来ないのならいっそ走って体当たりするだけで終わらせればいいじゃない」と、なるほど。硬度×体重×速度=破壊力ですね、分かります。え、違う?

 確かにこれだけの重量があるなら突進が命中しさえすれば、一方的に相手のゴーレムを粉砕して吹き飛ばすことが出来るでしょう。相手がカカシ状態なら良いんですけどね……

 

 当然、この形態にもデメリットはあります。重量が上がったことにより機動性が下がるのは仕方がありません。跳躍力が落ち、走行時の急停止、方向転換にもやや手間取るようになってしまいました。それでもまだ余裕はありそうですけど。

 そして適度に可動範囲に余裕がある下半身はともかく、装甲でほぼガチガチに固められている上半身はそうはいきません。従って、相手と向い合いド突き合いするには不向きなのです。せいぜい盾でぶん殴る位でしょう。

 要は、とにかく平地で突進繰り返すことだけに特化した形態でしかありません。そんなことが許されない状況になったら、即座に装甲パージしてそのまま通常の格闘戦に入ってしまえ――ということです。

 

 

―――――

 

 

 そんなこんなで、王都の街並みを見下ろしながら直線道路を物々しいデルフィングが闊歩したのが先日の話。一々デルフィングを見た人々にプレッシャーを与えてしまったのが心苦しい。お騒がせして申し訳ありませんでした、一般市民の方々。

 昨晩斥候部隊が持ち帰った一次情報でアテネスのゴーレム部隊の大まかな位置を捉え、その続報を待って敵ゴーレム部隊の殲滅作戦が開始されます。

 

 そして今現在、我々はここビノンテン郊外の荒野で作戦開始の合図を待っているのです。シギュン様とライガットさんと私で最終確認をしながら。

 わざわざ外で待機するなんて見切り発車感満載じゃないかとは思ったんですが、そこにはちゃんと理由があります。急に「さあ発進しろ!」とか言われても、その重量と図体が仇となって都市内部を移動し難いんですよね。歩く度に石畳が貼られた地面を軽く押し潰してました。

 そして少しでも活動時間を確保するためでもあります。王城のハンガーから外までだって結構な距離がありますから、そこまでの移動だけでもそこそこ時間を浪費してしまいます。

 仮に敵ゴーレム部隊がまたまたビノンテンを急襲してきても、ここからなら迎撃に出やすいですのでその点は良いと思いますよ。

 それから、この過程を経てデルフィングの存在を正式に味方に周知させようというお披露目的な目的もありそうです。今まではなし崩し的に参戦してきた機会しかありませんでしたから、ハンガーで眠っている役立たず的な印象しか持っていなかった人もいるかもしれませんでしたし。

 

「――握力最大トルクでパージ可能……タイミングに気をつけて、それから活動限界が迫ったら余裕がある内に安全な位置まで後退しないと、戦場の真ん中で動けなくなるわ。こっちは貴女の方でも気にしてあげて」

「――(コクリ)」

 

 了解です。必要無いとは思いますが。

 

「この計器の赤い部分と……こっちの残り時間だよな。分かった、気を付ける……」

 

 シギュン様から装備のレクチャーを受けているライガットさんを見ながら、私は彼の操縦技能について考えています。

 

(今はまだ歩く、走る、跳ぶ、腕を振る、物を掴む、向きを変えるといった基本動作のみ可能で、それで何とか戦闘をこなしていたそうですが。本当の意味でデルフィングの戦闘機動が可能になったら……)

 

 とどのつまり、何を言いたいかというとライガットさんのパイロットとしての伸び代はまだまだあるんじゃないか、ということです。いえ、間違いなくあるのでしょう。そしていずれ、デルフィングのパイロット補助が一切必要が無くなるくらい操縦技能が上がったらどうなるんでしょう。

 ……ま、その時こそは私もお払い箱ということになるかもしれません。何かそれまでに手に職をつけておかないと……

 

「……ライガット、貴方に人殺しが出来るとは思えないけどな……」

 

 ……シギュン様、その言い方はどうなんでしょうね。そして私の事は気にしてくれないのです。別にいいです、分かってましたから。一々いじけません。

 

「……もう二人、殺してるよ?」

 

 抑揚を込めない声でそう返すライガットさん。そうですね、とばかりに私も顔を出す。

 

「……お前は気負う必要はないんだぞ、ああなったのは俺の行動の結果だ」

「……(フルフル)」

 

 そうはいきません。それに今更ですよ、ライガットさん。ねえ?

 

「……そうか……」

「――(コクリ)」

 

 ええ、そうですとも。でないとここにいませんとも。

 

「……二人共、それは結果論でしょ」

「……そうでもない、あの時俺は死にたくない一心から――敵に死んでくれと心の底から願った……」

 

 そうだったんですか、私はただ目の前で何が起こっているのか認識するだけで精一杯でした。

 

「……ゼスに対してもそうできる?」

 

 シギュン様も先日の襲撃にゼスさんが参加していたことをご存知だったようです。そう言えば実際ゼスさんのゴーレム戦闘の実力って如何程なのでしょう?

 

「……まさか、全力でやるつもりだが俺がゼスに敵うわけがない……いや――あいつに敵う奴なんていないんだ」

 

 そうしてライガットさんから語られるのは、一対四の不利をものともせずに教官達を返り討ちにしたというエピソード。 

 これから戦う相手が学生時代でさえそれほどの実力を備えていたとなると……失礼なことを言いますがライガットさんが仰るように今の私達では彼の相手をするのも厳しいかもしれません。

 覚悟を決める私でしたが、ライガットさんは少々違う意識をお持ちのようで――

 

(……嬉しそう?)

 

 ほんの僅かですが、私の目にはライガットさんが微笑んでいるように見えていたのです。

 

 

――――――

 

 

『――ライガット! 我が国の密偵が敵の動きを捉えた……作戦開始だ! いけるか?』

「――ああ……」

 

 指揮官機と思われる色違いのファブニルから、外にいるライガットさんに合図が届きました。え? 私はずっとデルフィングの中です。ハンガーと違って荒野では搭乗席に戻るのが手間ですから。

 

『……老婆心から言っておくぞ……敵を捕えるのは殺すより遥かに難しい……殺す事より3倍の徒労と危険を強いられるだろう……戦場で敵を一人助けようとすれば――味方が三人死ぬと思え……それだけだ』

 

 そうライガットさんに言葉を残して出撃していく指揮官機のファブニル。お、おぅふ……これはどういう意図があるのでしょうか。

 老婆心というからには警告? 「絶対に敵まで助けんなよ! 絶対だぞ!」という感じですか? そうなったらむしろ助けに行くべきという意識が……

 ふむ、「敵を皆殺しにする気で征け!」とは言わなかったのでゼスさんを助けたいなら単独でやれってことでしょうか? 味方三人と引き換えに?

 ただの嫌がらせという可能性も無きにしもあらず……ダンさんを死なせてしまった私達に対する――はぁ……

 

(――でもまあ、私が気にすることではないかもしれません)

 

 ライガットさんが敵を生かすにしろ殺すにしろ、否が応でも私はそれにお付き合いすることになります。手を汚す選択を彼に任せるのは酷な話ですが、ライガットさんがここにこうして戦う覚悟を決めている以上、私が何か言うのは余計というものでしょう。

 その代わり私はここで罪を共有する覚悟です。何をするにしても全力でそれを支援するのみなのです。

 ――そしてライガットさんが明らかに間違った手段を採ろうとしたら、思いっきりぶん殴って止めればいいんです。出来るかどうかは別として。

 

 ……お、考え事してたらもうライガットさんが席に着いてましたね。心中は察することができませんが、ここは気合を注入するとしましょう。この顔を見せることしか出来ませんけどね!

 

「――大丈夫だ、頼りにしてるぞ」

 

 流石はライガットさんです。私の意図を(たぶん)理解して、あまつさえ私の気力まで上げてくれます。

 

「ふーむ……」

 

 唐突に私の顔を見ながら唸るライガットさん。なんでしょう?

 

「……そうだな、無事に戻ったらあいつらと相談して、お前の名前を考えてやらんとな……」

 

 薄く苦笑しながらイイコト言ってくれました。嬉しいですね。

 ……あれ、ひょっとしてこれって死亡フラグという類のセリフなのではないでしょうか?

 

『デルフィング! 作戦行動開始!! 発進だ!!! バルド将軍の邪魔するなよ「能無し」!!!』

(ムカッ)

 

 名も知らぬ男性から作戦開始のコールがかかりましたが、「能無し」ってなんなんですかね! 確かに前回の戦いは褒められるものではないでしょうが、馬鹿にすることはないじゃないですか! しかもこの土壇場で!

 幸いライガットさんは落ち着いている――ように見えます。なら一先ずこの不満は飲み込んでおきましょう。とりあえずは、ですがね!

 

 

 内心憤慨する私を置いてけぼりにして、ライガットさんはモニタに映る地の果てを睨み、ペダルを勢い良く踏み込んだのでした。

 

 

 




▼今回のまとめ・追記事項

1.デルフィング、名前を貰う
2.何事もライガットさん任せ状態
3.将軍とは面識が無いのです


次回、宜しくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。