狭い密室の男三人で押し込められて三日間。
※途中視点変更複数、珍しくあの人視点も
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(――シギュンさん……敵の私に優しくしてくれてありがとう――セフィちゃん……こんな私と友達になってくれてありがとう――あと鳥さんも、最後にちょっとだけモフモフさせてくれてありがとう……)
素晴らしい青空が広がる、ここクリシュナ中央部のアラカン荒野で私は心地良い風を感じています。こんな広々とした空間に出るのは久しぶりです。
私はクリシュナの捕虜として南側の陣営に他の捕虜の皆さんと一緒に周りを兵隊さんに囲まれています。……私の他にもこんなに捕虜にされて人がいただなんて、全然気が付かなかった。みんな怪我とか無くて元気そうだし、やっぱり野蛮なことされた人なんていないよね?
正面の北側のアテネスの陣営には、アテネスの捕虜になったクリシュナの軍人さんたちが居るはずです。
アテネスとクリシュナの二十日間の停戦協定と、それに伴う捕虜取引が成立し、私がアテネスに帰れることを聞いたのが昨日の夕方の話……朗報に跳び跳ねて喜んだ私でしたが、その事を私に告げた後いきなり泣き出してしまったシギュンさんに大慌てしちゃいました。
私がいくら何があったのか聞いても、シギュンさんは何も答えてくれなかったし……どうしたらいいのか分からなくてシギュンさんをぎゅーっと抱きしめたのだけど……本当にどうしたんだろう……
結局、シギュンさんはただお礼と祝福だけを私に言って昨日は一緒におやすみしました。心配だなぁ……大丈夫かな……
「……腕を出せ、拘束を解く」
「は、はい!」
クリシュナの兵隊さんに言われ、私は慌てて腕をお腹から離す。細い鍵を一本差し込む――それだけで、重い手錠はあっさりと私の腕から外されました。
「では、アテネスの陣営へ歩け。他の捕虜たちと歩調を合わせて、ゆっくりとな……慌てて走ると撃たれても知らんぞ」
「はい、ありがとうございます」
手錠を外してもらった腕をさすっていた私は、兵隊さんに促されて他のアテネスの捕虜の方達と一緒に歩き出します。
あとは……リィやアルガスさん達の遺体と遺品も私達と一緒にアテネスに帰ることになっている。イリオスに戻ったら、改めて二人のお墓参りに行こうと思う。うん、絶対に行こう!
(でも、本当に私開放されたんだ……)
今、こうして荒野を歩いて改めて実感が湧いてきました。捕まった時、アテネスにはもう戻れないとかすごく痛い尋問をされたりするかも……とか考えていたのが嘘みたいだった。
それどころか、敵である筈の私にシギュンさんはとても親身になって優しくしてくれた。……初めてあった時は、脱走の人質にしちゃってごめんなさい、シギュンさん。
セフィちゃんも、彼女の名前を付けてあげたのが切っ掛けで仲良くなったし、いろんなことを勉強したり遊んだりしたし……それにリィ達のお墓にも案内してくれた。今じゃ私の第二の親友だ。ライガットさんと一緒に戦場に行っちゃっているらしいけど……
特にお世話になった二人の事を思い描いていると、北側のアテネス陣営からクリシュナに帰る捕虜の人達の姿が見えました。そしてその中の一人に、私の目が釘付けになります。
(あれ……もしかして、ライガットさん?)
そうです、あのブロンド癖っ毛の男の人……セフィちゃんが墓地で私と引き合わせてくれた、黒銀のゴゥレムの搭乗士さん……シギュンさんとゼスさまのお友達。あの人も捕虜になってたんだ……じゃあ、あの黒銀のゴゥレムが負けたってこと?
(……ということは、あの人と一緒に行軍してた筈のセフィちゃんも捕虜に? 大丈夫だったのかな?)
シギュンさんみたいないい人、アテネスにも滅多にいないし……痛いことされてないといいけど……
それにライガットさん……なんだかぐったりした長い髪の毛の男性を背負って歩いてるし……目がちょっと恐いような……
「……ライガットさん、ちょっとぶりです」
「……」
丁度ライガットさんとすれ違ったので声をかけてみる。ライガットさんも私に気がついて顔をこっちに向けて立ち止まってくれました。……何も言ってくれないけど。
「あの……シギュンさん、すごく心配してましたよ……?」
シギュンさんは本当にこの人の事を心配していた。この人のことが絶対に大好きなんだって、私でも分かるくらいに。
「私……墓地でお会いしてからシギュンさんに貴方の話をたくさん聞いたんです……昔の士官学校での話とか……無事で少し安心しました……」
仲間の仇でもある人だけど……不思議なことに、私は今本当にこの人と再会できたことを喜んでいる。たぶん、その方がシギュンさんが喜ぶからだ。
「……それと……セフィちゃんは何処に――ッ!?」
――その時、私は初めて気が付きました。
ライガットさんが背負っている男の人は、顔色がとても悪くて……そして、呼吸を全くしていなかったのです。
……この人は、ライガットさんの仲間で、そして戦死したんですね。
そして、セフィちゃんのことを尋ねた瞬間に激しく歪んだライガットさんの顔も見てしまいました。
その表情はとても辛そうで、そしてその目は心の底から寒気がするほど憎しみを感じられる恐ろしいもので……
それはつまり……彼女は……セフィちゃんは……もう……そんな……
「あ……あの……」
「…………」
なんとかその場で踏み留まった私でしたが、ライガットさんは視線を切るとクリシュナ陣営へと歩いて行ってしまいました。
「あ……」
荒野の真ん中に立つ私の目元に、涙が浮かびます。それは次々と溢れ、私の頬を伝って流れていきます。
私は昨日シギュンさんの様子がおかしかった理由を知ってしまいました。
私はリィに続いて出来た二人目のお友達までも、同じ戦争で失ってしまったのです。
そしてもう彼女との再会は、いつか天国でしかできないことも――
――――――――――
「――結局、私は何もわかってやれなかったか……」
俺が背負ってきたジルグの遺体を抱えたバルド将軍は、その死に顔を見ながらそう言った。
荒野の真ん中に立つ俺達二人を、大勢のクリシュナの軍人や兵達が遠巻きに眺めている。いや……観察しているというべきか。皆一様に固唾を呑んで俺達のことを見ている。
「……ライガット、お前は王都で待機だ」
将軍はただそれだけを俺に告げると、踵を返して歩き去ろうとしている。
「……待てよ」
「……」
「……何故だ? どうして俺を責めない……? ……俺が勝手に動いたから……俺のせいでジルグは死んだんだぞ……?」
俺はバルド将軍を呼び止め、自らの罪を晒す。全て本当のことだ。俺が一人隊から離れなければ、ジルグが命を落とすことなんてなかったのだから。
……だが、将軍は何も言わない。ただ俺に背を向けて佇んでいるだけだった。むしろ、辺りの兵士の方がざわついている。
「いや、ジルグだけじゃねぇ……俺のせいで死んだ人間が、一人だけに留まらないことだって察しが付いてんだ……クリシュナの偵察隊の奴らが何人か死んだって敵が話していたのも聞いたし、俺の部隊の仲間がもう一人谷底に落ちて死んでる……それもまだ小さな女の子だぞ……それ以前にだって俺はダンの奴を死なせちまった……それなのに俺は王都で待機だと!? ふざけんな……それで周りの人間が俺を許すものかよ! 普通極刑だろ!! 俺を殺さないのか!?」
「……いや、王都で待機だ」
「……おかしいだろ……いくらなんでも……何故だ……? どうしてだ……!? どうして俺を罰しない!? どうして誰一人俺を責めないッ!?」
そうだ、バルド将軍だけじゃない……一緒に捕まったナイルも、ロギンも……なんでこの場にいる誰も俺を糾弾しない!? 罪を問わない!?
「……ジルグが生きて将軍になったら……何百――いや、何千人ものクリシュナ人を助けられたかもしれないのにッ……!! なのに俺にはお咎め一つ無しか!?」
「……」
「どうしてだ!? 答えろバルド将軍ッ!! 俺がホズルとシギュンの
「……まだお前はわかっていなかったようだな……お前は既にこの国と、この国に生きる人間にとって特別な存在になっている」
バルド将軍は俺に向き直り、口を開く。何を馬鹿なことを……俺が……俺みたいな人間が、既に特別な存在だと!?
「……故に罰しない……だから私はあの時、他人の死を背負い過ぎるなとお前に言ったんだ……無駄になってしまったようだがな……」
言った……確かに俺はアンタにそう言われた……だけど……!
「……それにお前は自分の命を絶つことで罰しろと私に言うが、それは本当にお前が罪を贖うためか?」
「な……に……ッ!?」
「死は決してお前にとっての安息とはならない……少なくとも今は、そのことだけは弁えておけ……そうでなければ、本当に誰一人報われないし、救われることもない……無論、お前も含めてな……」
「……あ……う……」
「少し頭を冷やせ……王都で待機だ」
バルド将軍はそれきり、俺の方を見返すことなく去っていった。
(俺は……どうすれば……ジルグ……セフィ……)
力を失い、罪を贖うために死ぬことすら許されず……俺は皆を死なせちまった責任をどうやって果たしていけばいいってんだ……――
―――――
「――ねえ、ナイル兄~! ナルヴィ姉ちゃん泣いてた……どうしたの?」
「……ん……まあ、しばらくそっとしといてやれ……」
アテネスの捕虜となった後、それほど時間をかけずに運良くビノンテンまで帰還出来たのが俺は、戦時休暇を取得して孤児院に一時的に戻っている。ナルヴィと、ロギンも一緒だ。俺は木陰でノンビリさせてもらっているが、あの二人はさっき孤児院に入っていった。足元がおぼつかない危なっかしい様子だったが……無理も無いか……
ナルヴィはライガットが言うように、アテネスの連中に捕まることも殺されることもなく、俺達より一足早くビノンテンに帰還していた。
俺が帰還した昨日王城で顔を合わせた時は……まあ、なんつーか照れくさいもんだったな。お互い生きてるかも死んでるかもわからない状況だったし。あとあいつの髪の毛がバッサリ短くなっていたのには驚いた。自分で切った訳ではなく、敵に襲われた時に銃弾で絶たれたらしい。……あいつも俺と同じく、死にかけてんじゃねーか、それも頭に銃を撃ち込まれるっていうお揃いの状況かよ。
俺は孤児院の弟分の言葉に、閉じていた目を開いた。孤児院の開いている窓を見ると、院長先生に取り縋って泣きじゃくっているナルヴィが見える。
……あいつにしてみれば慕っていた実の親父そのものと、逆に慕われて色々面倒見ていた可愛い妹を一度に亡くしたようなもんだしな……それは俺も同じだが、幸か不幸かショックはあいつほどじゃない。
(……昔っからあいつは、あの部屋で勉強ばっかしてたっけな……)
俺らがガキの頃のクリシュナでは、平民が幾ら頭良かったってせいぜい石英の採掘業くらいにしか就けなかった時代だ。王政府や軍人なんて花型の職は、貴族連中以外は軒並み門前払いされていた。
それなのに将来に備えてよく読書なり勉強をしていたナルヴィ……その様子を窓の外から見ていた俺は、一緒に遊んでいた周りの男共と妹をバカにしてたもんだが、その度にトゥルの親父に拳骨貰ったもんだ……
(……「いずれ、貴族の為だけの社会は終わる、その時お前はそれでいいのか?」か……そん時は夢にも思っていなかったけどな……)
――そしてそれは、現実になった。貴族だけじゃない、平民にだって広く開かれた社会ってやつだ。
切っ掛けは……そうだ、今のクリシュナ9世国王陛下が急逝した兄でもある先王の後を継いで即位したこと……確か今から四年前の事だったっけか?
国王陛下は当時若いお人だったが(今でも若いが)、即位した後は精力的に動いた。肥えに肥えまくっていた当時の貴族連中の既得権益を削り、平民に還元しまくってガチガチに鈍化していたクリシュナの経済を活性化させた、とか……俺達平民にとって大層ありがたい政策だってのは当時の俺でも分かった。
まあ、当然ながら貴族連中はそんな王の政策に不満を抱いて、三年前に内乱を起こしかけやがったわけだ。……未然にそれを察知したらしい陛下が手を打って、血を一滴も流すこと無く事を納めたんだが。
(その方法が、まさかゴゥレムを使っての貴族連合対平民連合の御前試合とはねぇ……そのせいで陛下が温厚な性格って話は一気に危うくなったよな、一時期……)
戦好きの過激な王だったんじゃないかってな。それ以来、過激な言動は控えめらしいが……実際どうなんだろうか? 一兵卒の俺にしてみればあくまで噂のままであってほしいところだ。
結果的にその御前試合は平民代表だったナルヴィ達が優勝して、俺達平民にだって戦う力があることを貴族共に示して牽制することに成功した。一応、あくまで余興ってことで国民に対しては予防線を張られちまったが、それでも十分だ。
(そういや、その頃にロギンとも知り合ったっけな……)
ロギンは貴族共が内乱を企んだ際に、自分が貴族であるにもかかわらず平民側についた、実に奇特な奴らの一人だ。そんな奴らの助力もあって、貴族連中の内情も陛下は把握できていたらしい。
あとは……トゥルの親父とバルド将軍のクリシュナ二大将軍が両方共平民側についたのが決定的となった。国家守護の要たるあの二人の意見はやはり貴族連中にとっても重い。
結局、貴族連中の反乱計画は頓挫……今では平民の生まれであったとしても、俺みたいにゴゥレムの搭乗士や戦術士官、政務を取り仕切る城の高官にだって試験をパスすれば就くことができる。……俺は座学が苦手なんでこの辺りがせいぜいだろうが、ナルヴィは将来もっとお偉い地位に就くだろう。
(そう考えると、本当に世の中どうなるかわからんもんだ……俺がゴゥレム乗りとは、ガキの頃の俺に言っても笑われてバカにされるだけだっての……)
この辺の知識は全部ナルヴィとトゥルの親父が話しているところを横から聞いた時の受け売りだったりする。ああ見えて、昔からあの二人は本当に頭が良かった。
ここ最近だと新しく孤児院に入ったあの子がナルヴィと色々と盛り上がっていることが多かったが。時折ライガットや俺まで無理矢理歴史なのなんだのの座学に付き合わされて参ったもんだ。全く、俺は昔っから勉強なんてしてこなかったってのに、何で今更……
――そのトゥルの親父が先日戦死していたことを、ナルヴィはついさっき知った。俺が教えた。
セフィちゃん――セフィが崖からデルフィングごと落ちた瞬間を見てしまったあいつに追い打ちを掛けるようで気乗りはしなかったが……いつまでもあいつに黙っている訳にはいかなかった。
そのままナルヴィはおぼつかない足取りでフラフラと孤児院まで歩き、俺とロギンはその後を着いて来ていた。
ナルヴィとは、トゥルの親父の死を伝える前に少し、戦場で離れ離れになった後の事について話をした。俺が敵将と一騎討ちで下手打って負けたことを話したら、馬鹿にされつつも生きてて良かったと言われた。その後処刑されかかったことを話したら顔を青くしやがった。……そっちは黙っておけばよかったか?
なんでもナルヴィはライガットが言っていたように、ライガットとジルグの二人がアテネスに捕縛される寸前で岩場の陰に隠れ、なんとか息を潜めながら崖下に降りて難を逃れていたとのことだった。
――勿論、あの子の最期がどうであったのかもその時見ていたらしい。救助がどうあっても間に合わなかったとも言っていた。
その後、遭遇しちまった敵の軍人と殺り合ったり、少数のゴゥレム部隊を率いて救助に来ていたバルド将軍と落ち合えたらしいが……まあ、そこはいい。結果的にナルヴィは生きて怪我もなくビノンテンに帰れた訳だしな。
(動かないデルフィングの中に残ってたって……そんなん、どうしよーもねーっての……馬鹿じゃねーの、あいつ……)
あいつとは、ナルヴィではなくライガットのことだ。
セフィの奴が崖からデルフィングごと落ちたことについて、ライガットは自分があの子を見捨てて安全な所に避難したとかぬかしてやがったが……全然状況がちげーじゃねーか!
ナルヴィの話を聞く限り、あの子が転落死しちまったのはライガットが言っていた内容とは若干の食い違いがあって……それを聞いた今の俺にとっては、それはあいつ直接の責任とは言い難いもんだ。
ナルヴィとライガット……二人の言葉に矛盾が存在するとき、俺が信じるのは当然ライガットではなく妹のナルヴィだ。
だって部隊長だし、ジルグの処刑以来ライガットは危なっかしいからな……正直今のあいつに命を預ける気は微妙だ。
いや……ライガットだけじゃない。今じゃナルヴィだって精神的にギリギリだ。それにロギンもジルグの処刑以来テンションガタ落ちだったな……今も孤児院の書庫に籠もって出て来ねーし……そうなるとミレニル部隊でそこそこ万全なのは俺だけか? おいおい、勘弁してくれよ……
元を正せば撤退中の部隊から脱走したライガットが悪い……それは間違い無い。間違い無いが……
(だけど、デルフィングを稼働限界まで動かしたのは、そもそもナルヴィとジルグを助けるためだって話だし……はあ……)
一応、唯一の肉親でもある妹を助けられたという恩義は大きい。大き過ぎると言っても良い。
この前ライガットに対して俺が怒り心頭したのが若干筋違いじゃねーか……いやしかし、俺としてはあいつが言ったことをすんなりと許す訳にもいかない。
……
(「俺が……俺が死ねば良かったんだ……あいつらじゃなくて俺が……」)
(「……」)
(「っ!」)
(「皆……ここで死ぬような――死んでいい奴らじゃ無かった……」)
……
――いっくらなんでもあれはねーだろ! しかも、あいつを殺されないが為にボルキュスに処刑されかけた俺のいる場所でよ! あー、腹立つ……普通そう思わねーか!?
そりゃあ、ジルグはメチャクチャつえー奴だったし、セフィは可愛かったし……それだけでも死んでいい人間じゃないってのは同感だっての。
そもそもボルキュスみてーな奴じゃなかったら、死んでいい人間なんてこの世界の何処にも居やしないってんだ。……いや、ボルキュスみてーな奴でもあいつの味方にとっては必要だったりするのか? くそッ、碌でも無えこと考えちまった! 胸糞悪い!
……まあ、いい。問題はそこじゃなくて最初の方だ。
ライガットがあんな事をいつまでも考えてるようじゃ、それこそジルグが身代わりになって自分から処刑された意味が無くなっちまう。
あいつを守る為に黙秘を貫くように判断したロギンや、それに従って命張った俺の行動も……それを何だと思ってるってんだ!
セフィだってデルフィングの中に居たのは、副搭乗士としてあいつを手助けするためだ。稚拙だったとは思うが戦場で死ぬ覚悟だって、逆に敵を殺す覚悟だってちゃんと持ってた。
脱走したライガットを救助しに行く決断をしたナルヴィやバルド将軍にしたってそうだ。わざわざ敵の大群が押し寄せている所に寡兵で突っ込むなんて死ににいくようなもんだった。
――要するに俺が言いたいのは、俺達は皆、あいつの為に動いていたってことだ。それもただ上からの命令だからってことだけじゃなくて、ちゃーんと自分自身の意思で、だ!
それがクリシュナや家族、ダチや仲間、それに自分自身の為になると思ったからこそだぞ……? それをあいつはちっとも理解してやがらねぇ!
……いや、やっぱ自分の命は惜しかったが。処刑されかかった時すんげー恐かったし、命あっての物種って言うしな。
(……よし、決めた! あいつが俺らやジルグやセフィに詫びるまでは最低限のことしか話さねー! そんでもって謝ってきても一発ボコる! それで仕舞いだ!!)
そしていつまでもウジウジしてるようだったら、宣言通り俺があの馬鹿を拳で半殺しにしてやる。あの世にちょっとだけ旅行に逝かせて、ジルグとセフィとついでにトゥルの親父に説教してもらえってんだ!
「……お?」
内心憤慨していた俺の足元に小汚いボールが転がってきた。手を伸ばし拾い上げる。
「ナイルにーちゃーん! ボールこっち投げてー!!」
……まったく、無邪気なもんだ。
この孤児院のガキ共もトゥルの親父が死んだことはまだ知らされていないはず……それどころか、知っているのは国の中枢や一部の軍人だけだ。
親父の死が国民に知れ渡るのは、クリシュナがひとまずの危機を乗り切れた後か、それかアテネスに敗北した時だろう。
絶対こいつら大泣きするだろうな、そん時……はぁ……
「よっしゃいくぞ……とッ!!!」
「うひゃー!!」
「たっけー!!!」
「わぁー!」
俺が思い切りぶん投げたボールを追いかけ、ガキ共が走って行く。俺もそいつらと戯れる為に歩き出す。
いずれにせよ、俺がやることはこの国を守る為に戦う――ただそれだけだ。
先に逝っちまった親父達や、この孤児院で暮らす人間の為にもな。
▼今回のまとめ・追記事項
1.クレオ、失意の帰国
2.ライガットの荒れっぷりはまあ酷いもんです
3.先日漢っぷりを発揮したナイルが珍しく難しい事考えてます
次回、よろしくお願いします。