壊剣の妖精   作:山雀

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▼前回のあらすじ

 
 ジルグとの三者決闘。
 紆余曲折を経て凌いだものの、問題山積中也。


029. 鬼神傲濫

―――――

 

 

「――あの……何を……」

『見たままだが、何か問題が?』

「……いえ……」

 

 ジルグ殿との殴り合い……というか一発カウンターを受けてそのまま悪態をつきながら気絶したライガットさん。その後ライガットさんをジルグ殿は捨て置くと、そのままエルテーミスに戻ってナルヴィ隊長のファブニルをひっくり返し始めたのです。どういう心境の変化でしょう?

 私達と殺しあった後でライガットさんをボコってスッキリしたんでしょうか。いと素晴らしきかなライガット効果。

 

(でも、ジルグ殿に『父親を超えて将軍になれ』って……)

 

 ライガットさんがジルグ殿に勝利した際の条件として要求したアレです。結局、勝負の結果は有耶無耶になってしまいましたけどね。

 むむむむ、バルド将軍をも超える軍人として大成することは、これまでジルグ殿が他人から求められ続けてきた将来の理想像ですよね? それを嫌がっていたっぽいジルグ殿に対する嫌がらせ? ……ライガットさんに限っては有り得ませんね。

 でもジルグ殿のお父君であるバルド将軍……あの人を超えるというのなら、同じ将軍位かそれ以上の元帥だとかの地位を目指すという話は大変分かりやすい。元帥なんて地位、この国に無いっぽいのは置いておいて。

 ライガットさんは何事にも無気力なジルグ殿に、とりあえず目標を作ってあげた……それも身近でちょっとやそっとでは超えられない人を――ってのも、どうも違うっぽいです……

 

(うーん、疎遠になってるバルド・ジルグ親子の仲を取り持とう、とか?)

 

 ……これはあり得るかもしれません。ライガットさんは親しくなった人には親身になる人だと思うんです。

 それとも……他人の考えなんて関係なく、自分の意志で軍人としての道を歩めということでしょうか? どちらにしろ、真意はライガットさんしか分かりません。

 

「あの……」

『何だ』

 

 ……どうにも手持ち無沙汰ですし丁度いい、少しジルグ殿に話を訊いてみましょう。

 話題は……そうですね、今私が気になって仕方がない、あの人達の事でも。

 

「ロギンさん……どう――」

『適当にゴゥレムを無力化して武器を頂戴した後、そのまま放置した……まあ、運が良ければ生きているだろう』

「……ナ……ナイルに――」

『知らん。大破した奴のゴゥレムなら見たがな』

「…………エルテ――」

『戦闘に支障は無い』

「…………あう」

 

 取り付く島もない――いいえ、私が島の波打ち際に取り付いてはその度にジルグ殿に放流されているようなやりとりです。

 とりあえず、ロギンさんやナイル義兄様を殺害したという訳ではないようですが……いずれにせよここに居ない部隊員二人の安否が分からないというのは落ち着きませんね。どうにか生き延びていてほしいものです。

 

(……それにしても、この人本当に味方殺しなんてやらかしたんだろうか?)

 

 結局ミレニル部隊員に手を出していないみたいですし……ナルヴィ隊長を串刺しにしようとする際どい場面は有りましたが。

 

「……一年前……本当に?」

『さあな、今更語ることでもない』

 

 “さあな”ですって! しかもジルグ殿、語らないとは言ってません。こ、これは何気に進展と言っていいのではないでしょうか? 

 よし、やっぱり当初の予定通り、王都に帰ったらもう一度あの事件の詳細を調べてみましょう。今ならジルグ殿もライガット効果で微妙に協力的になっている筈ですから、何か新しい事実がわかるかもしれません。

 

 私が悶々と今後のことを考えている中、ジルグ殿はゴゥレムを降りてナルヴィ隊長を外に引きずり出していました。まだ気絶しているようです。

 

「……無事?」

「打ち身程度はあるかもしれんが目立った外傷は無い。そこの馬鹿と同様、気絶しているだけだ」

 

 軽く触診したジルグ殿がナルヴィ隊長の容態を教えてくれます。ほっ……良かったです。勿論、個人的にナルヴィ義姉様の心配もしていますが、隊長であるこの人が健在というのは私達の御旗が無事ということでもあるので、単純に一兵卒が生存するという話よりも重要な話なのです。

 

「――……ぁ……ッ!? ジルグ!?」

「……目が覚めたか」

 

 お、丁度ナルヴィ隊長が目を覚ましたようです。ジルグ殿の顔見て盛大に吃驚しています。私達が周りで散々ドンパチ五月蝿いことやってましたし、何もしなくてもいい加減目を覚ましてもおかしくありませんでした。

 

「わ、私を助けたのか……? お前が!?」

「不満か?」

「い、いや、そういう訳ではないが……」

 

 心底納得いかないという表情のナルヴィ隊長。そりゃそうか……あのジルグ殿に助けられたってのは、彼女にしてみればほとんど有り得ないレベルの奇跡なのかもしれません。

 

「……この……私のファブニルの下にある穴はなんだ?」

 

 ナルヴィ隊長が、自分が寝ていた直ぐ側に倒れるピンク色のゴゥレムを見て言います。あ、それはライガットさんが一生懸命掘っていた穴ですね。結局時間が全然足りなくて中途半端な深さしかありません。

 

「……あそこで転がっている馬鹿の成果だ、一応礼でも言っておくんだな」

「何? ……!? ライガット!!」

 

 ジルグ殿の言葉を耳にしてその辺りを見渡したナルヴィ隊長は、ずっと地面の上で潰れていたライガットさんを発見して慌てて駆け寄ります。

 そのまま息を確かめたりゴソゴソと身体を弄って、怪我がないことを確認してホッとしています。まあ、顎にイイ一発貰っただけですから当然です。

 

「それにしても、あれから一体何があった……」

「お前らが相手していたゴゥレムはご覧の通りだ。その馬鹿については俺も知らんが……動けなくなった古代ゴゥレムから跳び出した時に足でも滑らせたんじゃないのか。気付いたらその有り様だった」

(んなわけあるか)

 

 エルテーミスによじ登りながらナルヴィ隊長の疑問に素知らぬ顔で嘘をつくジルグ殿。やっぱ鬼畜だわこの人。

 それにしてもどうしてあんな所に――ああ、デルフィングの頭突きで損傷を受けた頸部パーツの応急修理してるのか、なるほど。

 

「それと念の為に言っておくが……そこの古代ゴゥレムは稼働時間が尽きている。丸一日は動けない……だったか?」

「はい……その通り……」

「何!? くっ……いや……そうか、分かった……」

 

 私達の私闘について、私もジルグ殿も何も言わない。今は言う必要がないので。

 ナルヴィ隊長は一応その説明で納得した様子で、ペチペチとライガットさんの頬を叩いています。直ぐに目を覚ますかな?

 

「起きろ……ライガット……」

「う、うーん…………んー、いいかほりが……」

 

 ――やっぱ駄目だ、この人。

 

「んがッ!? ~~ッ!?」

 

 起き抜けの脳天にナルヴィ隊長の拳骨を受けたライガットさんは、両手で痛む頭を押さえながら身体を起こしました。無意識下のセクハラの対価としてはこんなもんでしょう。

 

「……え!? あ! ナルヴィ!!」

 

 ようやくナルヴィ隊長の存在に気付いたライガットさん。隊長も呆れた顔をして仁王立ちしています。

 

「お! あ、あれ? 助かったのか? どうやって?」

「……ジルグが救出してくれた」

「! …………へえ~~」

 

 ナルヴィ隊長から救出の経緯を聴いたライガットさんは、嫌なニヤつき顔でエルテーミスの肩の上で素知らぬ顔をしているジルグ殿を見つめます。大方、照れ隠しでもしてると思っているんでしょう。

 私に言わせれば、ジルグ殿自身がナルヴィ隊長をそう簡単に救出できない状況に追いやった後なので、ただのマッチポンプにしか見えません。

 

「…………ライガット」

「ん?」

「逃げろと言ったのに……またお前は命令を無視したな? しかもあの子を付き合わせてまで……!」

「は? え? ――あ!」

 

 少し怒った表情のナルヴィ隊長に詰め寄られて泡耐えるライガットさん。 え? ナルヴィ隊長が逃げろって言った? いつ? わ、私達退避命令なんて――

 

……

 

(『――二人はデルフィングから降りて退避しろ! 出来るだけデルフィングから離れろ!!』)

 

……

 

 ごめんなさい、言ってましたね。それも敵の襲撃を受けた直後に。

 

「……そ……削ぐの? ……去勢? 無くなっちゃうの?」

 

 ライガットさんは顔を真っ青にして股間を両手で隠しています。去勢どころか処刑の危機なんですよ、貴方は。

 

「……まあ……今回は……執行猶予だ……二人共……あ、ありがとう……助かった……」

「へっ? あ、ああ……どういたしまして……?」

(なんとまあ……珍しいこともあるもので……)

 

 肌の色が濃くて若干わかりにくいですが、ナルヴィ隊長が照れております。そんでもって特別にライガットさんにお許しを与えています。

 これは……あれですか? 吊り橋効果? 自分の絶体絶命のピンチに颯爽と現れた姿を見たもんだから白馬の王子様的な。

 

(うん、それは有り得ませんね。純粋に助けられたことを我が身の恥と思っているのか、ライガットさんへのいらぬ借りを作ってしまったとでも思っているのでしょう)

 

 ひとまず自分の男の象徴を喪失する危機を脱したことを把握したライガットさんは、冷や汗を拭って一安心って表情です。やれやれ。

 

「ところで……ライガット、セフィ、ジルグ……敵は退却したようだが……ナイルに――ナイルとロギンを知らないか?」

「うッ!?」

 

 当然というか、ナルヴィ隊長はこの場に居ない残りのミレニル部隊員の所在を尋ねてきました。ライガットさん、慌てない慌てない。

 

「……ナイル義兄(にぃ)……ゴゥレム……大破……」

「何!?」

「えっ!?」

 

 私は先程ジルグ殿から聞かせてもらった情報を共有します。ドヤ顔で。

 なんでライガットさんまで驚くんでしょうか? 貴方もちゃんと聴いて……なかったんでしたね、寝ていたので。イオ大佐の発言もスルーしたのでしょう。

 

「ナイル殿のゴゥレムはここから北西約六百メイルの地点で大破・行動不能、生死未確認。ロギン殿のゴゥレムはその手前二百メイルで同じく大破・行動不能。生死未確認で、頭部パーツが何故ここにあるのかは不明だ」

「……そ、そうか……」

(こ、この人はどの口で……)

 

 私の発言を補足するようにジルグ殿はお二人の情報を口に出します。前半はともかく、後半は自分でやったことでしょうに。

 

「……ジルグ! ロギンとナイルの生死確認および救助を! その後速やかに王都に帰還する!」

 

 ナルヴィ隊長はお二人を見捨てず、回収して撤退する方針のようです。そうですね、まだゴーレムが大破しているからといって搭乗士が死亡しているとは限りません。元々六人しかいない部隊仲間ですので、一人ひとり大事にしましょう。

 

「断る」

(ジ、ジルグ殿ぉぉぉ……)

 

 ジルグ殿はナルヴィ隊長の命令を即座に拒否。それを受けてナルヴィ隊長は緊張、ライガットさんはジト目、私は白目。

 

「またか、という顔をするな。別にやらないと言ってるんじゃない」

 

 え? そうなんですか? でも断ったじゃないですか。

 

「もうそんな余裕など無いからな。正直この四人が生き残れるかどうかも微妙な状況だ」

「……な、何?」

「……なぜ?」

「……どういう事だ、ジルグ」

 

 消息不明の二人の安否確認をする余裕すらない、それでいて私達四人の命すら危ういと?

 なんだか、雲行きが怪しくなってきましたよ……

 

「……俺がベクトリア峠(ここ)王都()方面から登った直後に三、四十台のゴゥレムが麓に到着していた……勿論敵のだ。それとお前らが北から連れて来た三十台――つまり峠の出入口を、合計六十台以上の敵の大部隊に囲まれてるって事だ、把握したか?」

(……げ)

 

 ちょっと想像するだけでも、王都ビノンテンへの退避どころか生命の危機だってのは私でも分かります。

 我らが最大戦力であるデルフィングとエルテーミス、そして三台のファブニルが揃って健在なら辛うじて撤退出来る可能性はありましたが……デルフィングはこんな有り様で丸一日の強制待機中だし、他にまともに動くゴーレムってエルテーミスしかないし。どうしろと?

 そしてつまり、現在のこの一時の平穏は決して敵を全て追い散らした訳ではなく……

 

『――そして、だ。そろそろ奴らも詰めに入ってくるだろうよ』

 

 エルテーミスの搭乗席に戻ったジルグ殿がそう締めくくり、私達との勝負で使わなかったロギンさんのロングプレスガンを地面から拾い上げ、残っていたシールドを構える。

 

「――ッ!?」

 

 次の瞬間、指一本すら動かせないデルフィングにプレスガンの銃撃が次々と襲いかかりました。その内の何発かが右肩に辛うじて残っていた追加装甲に命中し、その衝撃でデルフィングは地面に倒れ込んでしまいます。

 

「ぐっ……う……」

 

 私は転倒のショックで息を詰まらせる。地味に痛い。

 重い石英を軋ませる悪魔達の響きが、いつの間にか私達の周囲に響いていたのであった――

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 ――俺がナルヴィに上着の襟首を掴まれて近場の岩陰に押し込まれるのと、暗闇からゴゥレムのプレスガンの発砲音が響いたのはほぼ同時の事だった。

 狙われたエルテーミスが素早く伏射体勢をとるのと、強制停止に陥っているデルフィングが激しく転倒したのもその直後。

 

「ぐッ! セフィ!! デル――」

「馬鹿! 今は身体を出すな!! 死にたいのか!?」

 

 身体を起こそうとした俺の頭をナルヴィが上から押さえ付け、強引に地面に伏せさせられる。俺達の頭上を、プレスガンの銃弾が飛び交っていた。あ、あぶなかった……

 

「だ、だけどよ……」

「あのまま倒れていればデルフィングは攻撃されない!! それにあの中なら例え流れ弾が当たっても下手な障害物の側より安全だ!!」

「く……くそッ!」

 

 そう言われては納得するしかない。ゴゥレム戦闘の領域に生身で取り残されてしまっている自分達の身こそ危険だった。

 

「駄目だ、敵が見えない……ロングプレスガンか!!」

 

 ナルヴィが少しだけ岩場から顔を出して銃弾が飛んでくる方向を確認するが……既に時刻は夕刻から夜へと移り変わりつつある。そちらの方角は薄暗く、肉眼ではどこから弾を撃ち込まれているのかすら分からない。

 

 ――そんな状況下であっても、ジルグの戦闘は常軌を逸していた。

 ゴゥレムには微々たる暗視機能があるとはいえ、暗闇の中の遠く離れた標的を一台につき一発できっちり仕留めているのが発砲音と弾幕の濃さの変化で分かる。しかもエルテーミスは一発たりとて攻撃を受けていない。

 

「す……すげ……」

「ジルグは元々、遠距離銃兵(ロングガンナー)だ……」

「……ああ……そういえば……」

 

 確かにジルグの経歴にあったな、そんなの。昔とった杵柄ってやつか……腕は錆びついていないらしい、あいつなら当然か。

 

『――退がれ!!』

 

 その時、暗闇の中から次々と現れた、新手のゴゥレムの内の一台が叫んだ。

 ……何だあいつは? やたら派手な重ゴゥレムだからその異様な全体像がここからでもはっきりと分かる。指揮官機か!?

 

『し、しかしッ、援護の必要は――』

『ふん……私は貴様らのその援護とやらで死にたくないと言っているんだ。ここは我々スペルタ部隊に任せろ。貴様らは麓にいる六十台をここに連れて来い』

『了解!』

 

 居丈高なその搭乗士の言葉に従い、何台かのゴゥレムを残して他の奴らは撤退していく……スペルタ部隊だって? 一体なんだってんだ!?

 

『……バデス殿、後続を待ちますかな?』

『いえ、ダフネ隊長。――さあスペルタ部隊の皆さん!! 獣になりましょう!!』

 

 バデスと呼ばれたその男の号令と共に、一斉にスペルタ部隊と呼ばれたゴゥレム共が散開した。暗くて数台以外の移動先が把握できない。

 その内一台は遠距離銃兵(ロングガンナー)だったのか、ジルグが素早く反応してプレスガンを発射したのと同時に遠方から発砲音が響き、エルテーミスの背中のパーツが欠ける……あの距離から初撃で当ててきた!?

 

「お、おいッ!!」

「ジルグッ!! 敵に地の利があるぞ!!」

 

 俺とナルヴィがエルテーミスに声を張り上げる。助言されるまでもないとばかりにエルテーミスがその場を離れ、再び発射されたロングプレスガンの弾を避ける。動いていなければ直撃していた。あ、あぶねぇ……

 エルテーミスはステップを踏みながら別の狙撃ポイントへと移動していくが……その道を塞ぐように別のゴゥレムが姿を表す。

 そのゴゥレムからエルテーミスにプレスガンが連射された。武器は二丁拳銃――連射による制圧力で、射撃武器ながら近中距離戦闘に強い戦闘スタイル……だったっけか? なら近寄ったらやられる!!

 ジルグは盾で直撃する銃弾だけを弾き、ロングプレスガンで攻撃しつつそいつとの距離を離す。……今、あいつら両方共とんでもない姿勢で跳躍してなかったか?

 

『――ふ! 跳躍中にゴゥレムの姿勢を横にできるとはな……』

 

 二丁拳銃のゴゥレムはそのままジルグから距離を取る。あの跳躍力とスピード……まさか、あいつ――

 

『……速い! このゴゥレムの亜種だな……だが武装は短銃のみだ。遠ざけておけば問題無い』

 

 やっぱりエルテーミスと同類のアテネスの新型か! ジルグはそう言うが、あのスピードで一気に距離を詰められたらヤバイんじゃないのか?

 ジルグは二丁拳銃のゴゥレムを追撃せず、逆側の上方向にプレスガンの銃口をむけて発砲する。そこには最初に偉そうな事をぬかしていた派手な重ゴゥレムが居る。

 

『ほう!! 確かに背後・高所の死角をとったはずだが……まあいい、どちらにしろ貴様が死ぬことに変わりはない!』

 

 そいつは両手のプレスガンをエルテーミスに向ける――また二丁拳銃かよ! あの距離から撃ってくるってことは短銃ではなく普通のプレスガンなんだろうが……

 

『エルテーミス――失敗作が!! 多少動ける程度で調子に乗るなよ! このアキレウスは我がテュペル家の私財を投げうち、最高素材の石英によって創られた――この世で至高のゴゥレムだ!!』

『……』

 

 ジルグはゴチャゴチャと喚いていたそいつにロングプレスガンを向けると、ただ一発の銃弾を放つ――それで終わりだった。

 アキレウスとかいう重ゴゥレムは胴体に大穴を穿たれ、そのまま無様に地面を転がる。搭乗席に命中している……あのやたら偉そうな搭乗士は即死しただろう。

 

『何て奴だ、あの旧式エルテーミス! プレスガンでゴゥレムを貫通さえる事が出来るのか!!』

 

 さっきの二丁拳銃ゴゥレムの搭乗士から驚愕の声が上がる。俺もジルグ以外ではあんなことを出来るのはゼスの野郎しか知らない。

 しかも最高素材の石英ってことはあの重ゴゥレムはかなりの防御力だったはず――それを容易く撃ちぬくなんて……一瞬集中してたように見えたけど、魔力を追加してプレスガンの貫通力を上げたのか? あいつあんな事までできるのか!

 ………しかし、ようやく一台か。先は長そうだ。

 

『ダブネ隊長! テュペル家の当主がやられたよ!!』

『ふん……所詮はコネでこの栄えある隊に入った男……元より私はヤツを隊員とは認めていない! それにヤツはこの中でも最弱の男――死んだところでどうということはない! 行くぞテルトン!!』

『了解!!』

 

 ひ、ひでえ言われようだな、死んだテュペルとかいうやつ……

 隊長呼ばわりされていた男のゴゥレムはジルグの後方へと回り込み、プレスガンをジルグの進路上に重ねるように連射して確実に追い詰めてくる。ジルグもなんとか攻撃を躱しつつ応戦しているようだが、相手が素早く動き回る為一発も当たっていない……隊長と呼ばれているだけのことはあるようだ。

 

『……こいつもエルテーミス系か、足を止められたか――!』

 

 愚痴を零すジルグの前に、先程散開していたゴゥレムが一台迫っていた。あいつの武器は槌――じゃない! か、鎌一本きりかよ!? 見たことねーぞあんなの!

 大鎌ゴゥレムは得物を右肩にのせて疾走する。ジルグはそいつに振り向いてプレスガンを――何!?

 

「あ、あいつらまたあんなもんを!! 汚ねぇぞ!!」

 

 エルテーミスが発砲する前に響いた銃声に俺は罵声を上げる。また仕込み銃だった。それもゴゥレムのパーツにではなく、あの大鎌の柄に仕込まれてやがる!

 幸い頭部狙いのそれは、エルテーミスの首元の装甲を軽く剥がした程度で済んだようだが……

 

『ふんッ!!』

 

 大鎌ゴゥレムは横薙ぎに武器を振るい、エルテーミスがそれを避けて距離を離すと小脇に抱えた仕込み銃で追撃してくる。エルテーミスのシールドが割られた……くそッ!

 

『テルトン! そいつから離れろ!!』

『了解!』

 

 隊長ゴゥレムから大鎌ゴゥレムに指示が飛ぶ。足音に気付き振り返ると、近接戦闘を行う二台に向かって二丁拳銃のゴゥレムが接近していた。

 それだけではない……最初に狙撃をしてきたゴゥレムが、より近場の岩場でロングプレスガンをエルテーミスに向けている。

 

「やばいっ! ジルグ! 狙われているぞ!!」

 

 ナルヴィが声を張り上げるが――ジルグはそこで逃げなかった。いや、前に逃げたというべきか……

 

『お――お――む――な――何ッ――!?』

 

 エルテーミスから離れようとした大鎌ゴゥレムにピッタリと付き添うように移動し、そいつを盾にするように動いているようだ。……ああいうの、クレオの奴がやってたってセフィが言ってたな。なんて度胸だよ、あの巨乳捕虜。それにあんなの、相手の動きを正確に読まないと出来ないだろ。

 

『テルトンさん! ちゃんとそいつから離れてくれ!! これでは撃てない!!』

『そうは言ってもなッ! チィ! いい加減ッ! 離れろッ!!』

 

 強引にエルテーミスから離れようというのか、ジルグに張り付かれていたゴゥレムは大鎌を一閃させるが……それを避けると同時にジルグは接近していた二丁拳銃のゴゥレムに銃口を向けて発砲する。

 

『くッ! 片腕を持っていかれたか――』

 

 ジルグの放った銃弾は胴体ではなく、腕に命中したようだ。あいつが急所を外すとは……いくらジルグでも、やはり多数に囲まれつつある状況は苦しいのだろう。

 

『やるな、クリシュナのエルテーミス。付かず離れずでテルトンを人質にしたか――やむを得ん! テルトン!! 腹を決めろ!!』

『了解!! さあ殺すがいい!! エルテーミス!!』

「な……」

 

 な、なにやってんだあいつ!? 大鎌を抱えて、自分からゴゥレムを仰向けに寝かせやがっただと!? 死ぬ気かよ! エルテーミスも状況に驚いて動きを止めているが……いきなり後ろを向いた!?

 

(違う、あれは囮か!)

 

 ジルグの動きで俺も気付いた――どこからかまたロングプレスガンで狙われて――ッ!

 

「ジルグー!!」

 

 俺はジルグに向かって叫ぶ。エルテーミスの左足首のパーツを一発の銃弾が貫いた瞬間だった。

 

 それはジルグが――あいつの乗るエルテーミスが初めて受けた、そしてこの状況では絶対に受けてはいけなかった、致命的な損傷だった。

 足を失い、機動力を失ったゴゥレムはもはやプレスガンがあっても固定砲台と変わらない。あの状況では、囲まれたらどうあっても対応しきれない。 

 なんとか足を失う前にジルグが放った銃弾が、敵の遠距離銃兵(ロングガンナー)を仕留めたようだが……

 

「ジ、ジルグッ……」

 

 こうして俺達が無力にも見ているしかない間に、ジルグの状況は刻一刻と悪くなっていく。

 左足を失って立ち往生していたエルテーミスに敵の隊長機が背後から接近し、プレスガンの銃剣で左腕まで奪い去ったのだ。

 腕一本、足一本――駄目だ! もうあいつは戦えない!

 

「や、やば――」

『――そこまでです!! 全軍停止しなさい! 両軍動かぬように!!』

 

 俺がもうダメかと思った矢先、エルテーミスのほど近くに一台のゴゥレムが着地し、搭乗士の男の声が戦場に轟いた。

 

『話を聞いてください! クリシュナのエルテーミスの搭乗士よ!』

 

 いきなり現れたそいつは持っていた槍を傍らに放り投げてジルグにそう呼びかける……攻撃する意思が無いだと? 他のゴゥレムも動かないし……ど、どうなるんだ……?

 

『……私はアテネス連邦主席将軍補佐、バデス』

 

 バデス……将軍補佐……ってことは、あいつボルキュスの部下か!? 敵の大物じゃねえか!

 

『その武勇、しかと拝見させていただきました……貴方をこんな所で失うのは、この大陸の歴史にとっても大きな損失となる……さあ、私の手を取ってアテネスに来なさい!! 是が非でも私達は貴方を迎え入れたい!』

「な……んだと……?」

 

 ジルグをアテネスに迎え入れるだと!? 確かにあいつのゴゥレム乗りとしての技量は言うまでもなく化け物並だが……

 

(ま……まずい……ここでジルグをアテネスに奪われたらクリシュナはもうどうしようもなくなるんじゃ……)

 

 い、いや! しかし今のこの状況……もしここで降伏しなかったら、ジルグはやられる……もうどうしようもない!

 

「降伏しろジルグ!!」

「ラ、ライガットッ……お前何を!!」

 

 ナルヴィは俺を咎めるが……あいつが助かるにはもうこれしか――

 

『断る』

 

「なっ……」

 

 断る……だと……? あいつ、降伏しないってのか!?

 

『……クリシュナのエルテーミス……その返答はどういう意味を持っているか、貴方は理解しているはずですが。あえて……そう、ここはあえて言わせてもらいましょう。貴方の死です!! それを――』

 

『ああ……知ってる……だからさっさと再開していいか? 最後の殺し合いを』

 

 ジルグはそれが至極当然のこととばかりに自分の死を受け入れ、徹底抗戦すると言い放った。く、くそ……このままだと本当にジルグが殺されちまう!

 

(何か……何か無いか!? このままみすみすあいつを見殺しにしてたまるか……)

 

 俺の手に武器は無い。銃は俺には使えない。仮にあってもゴゥレム相手に対人武器なんて意味が無い。

 そもそも、ゴゥレムに対抗出来るのはゴゥレムだけだ。だけどナルヴィのファブニルは壊れて動けないし、それに武器も無い。デルフィングは強制待機に入っているし、もう何も出来な――

 

(――そ、そうだ!!)

 

 これしかない……俺に出来る事……俺に残された手はもう、これだけだ!!

 上手くいく保証なんてない……だがやるしかない、そう! やるしかないんだ!

 

『…………わかりました。交渉決裂ですね……残念です!!』

 

 バデスとかいう敵将が怒気を滾らせ、ジルグの要望通り戦闘の再開を告げる。今なら敵の目はエルテーミスに集中しているはず……チャンスだ!!

 

「お、おいライガット!! お前何処に行く気だ!?」 

 

 急に岩陰から走り出した俺の背中にナルヴィの声が投げかけられるが、彼女に俺がやろうとしていることの説明をする時間さえ惜しい。すまん、今は俺に任せてくれ!

 頼むから、俺の準備が整うまで死ぬなよ……ジルグ!!

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 ――状況は非常に良くありません。

 戦力比はゴーレム換算でこちらが1、あちらが4……ですが、エルテーミスは既に腕と脚を失っています。私は動けないデルフィングの中で歯噛みする。

 

『よっしゃ! そう来なくっちゃな!! その命――刈り取ってくれる!!』

 

 物騒なセリフに驚きそちらに視線を送る。寝転んでいた大鎌ゴゥレムが起き上がって、得物を構え直しているのが見えます。まな板の上の鯉が跳ねたみたいな動きです。

 エルテーミスの左腕を奪った隊長機がジルグ殿から距離を取り、プレスガンを構えます――が、エルテーミスは右手に持ったロングプレスガンをトリガーガードを中心にくるりと半回転させ、そのまま逆手に持った状態で発砲――隊長機のプレスガンに命中させ破壊。本当に器用な奴ですね……

 隊長機は得物を失ったかに見えましたが、腰裏にナイフを温存していたようです。さっき離れた道筋を逆に戻り、エルテーミスに突進しています。

 

『……脚を失った軽量級ゴゥレムに何が出来ると言うのですか……クリシュナのエルテーミス!! 残念ですよ……本当に……』

 

 バデスなる敵将が呆れと哀しみを混ぜたような声色でそう告げ、先程放り出したランスを取り上げようとしている。

 

 

 ――そこからの流れは圧巻といいますか。

 これまで戦闘でジルグ殿の強さを知っていた……そう思っていた私が、まだまだ彼の強さというものを見くびっていたのだ、ということを思い知らされる結果になりました。

 

 ナイフを構える隊長機と、大鎌を上段に振りかぶるゴーレム二台に挟まれる形となったエルテーミスは、一瞬だけ何かを溜めるような挙動を行うとその場にすっくと立ち上がります。

 ――ええ、立ったんです。左脚無いのに。残っている右脚だけで。地面につけていた左膝をひょいと浮かせて。

 右腕に抱えたロングプレスガンも使ってバランスをとっているようですが……生身ならともかくゴーレムであの不安定極まる体勢――もはや人間技ではありません。

 

 大鎌を振り下ろしてきたゴーレムの左脇をすり抜けるように跳躍したエルテーミスは、すれ違いざまに右脚と残った左の膝下で敵の頭部を挟み込み、そのまま捻り取ってしまいます。

 そのまま一旦大鎌ゴゥレムの背後に着地し、再度片足で跳躍――露出していた半球状の透明な石英ドームで覆われている搭乗席を踏み潰しました。敵の搭乗士は言うまでもなく足の裏で圧殺されています。

 

 搭乗士の制御を失い、その場に両膝をついた大鎌ゴーレムの胴体に乗ったまま(・・・・・)、エルテーミスの背後に迫っていた片腕の二丁拳銃ゴーレムに発砲――一撃で搭乗席を撃ち抜き無力化。

 

 さらに大鎌ゴーレムの胴体を踏み切り、足元に突き出されていた隊長機のナイフを回避。再びロングプレスガンを半回転させ、目下のゴゥレムに照準を合わせます。

 しかし、これには隊長機から待ったが入りました。左手のシールドでロングプレスガンの銃身を横から殴りつけ、強引に照準を外して右手のナイフを振りかざしています。

 

『エルテーミス――沈め!!』

 

 隊長機が吠え、ここまでの奮戦も虚しく搭乗席をそのナイフで一突きにされジルグ殿は肉塊に……

 

 ――なんて展開、あるわけがない。

 

『――近接武器が無いとでも思ったか?』

 

 エルテーミスは先程大鎌ゴーレムを踏み切った右脚を後ろに引き、それと入れ違いに破断した左脚を前に出す。

 

『折れたフレームは、よく刺さる――』

 

 そのまま鋭く砕けた左脚の先を、隊長機のナイフが届く前にガラ空きの胸部に深々と突き刺し、そのまま着地。

 

 

 ――以上、敵将バデス以外の三台を撃破完了しちゃいましたよ、ジルグ殿。

 エルテーミスが立ち上がってから全部終わるまで、五、六秒くらいの出来事でした。ええ、本当に。

 

『――さて、降伏するなら命だけは助けてやるぞ?』

 

 さっきとは真逆の形です。ジルグ殿に先程勧誘を行っていた敵将に降伏を迫っています。

 ほんの暫く……ランスを拾い上げて呆然としていた敵将ゴーレムでしたが、ジルグ殿の降伏勧告に弾かれるようにランスをその場で前に突き出し、そしてジルグ殿と同時に発砲――またプレスガンを仕込んだ武器ですか、芸が無いです。

 結果、ジルグ殿の攻撃は敵将のガンランス(仮)のマガジンを破壊し、敵将の射撃はエルテーミスの残った右脚に命中。両足を膝下で失ってしまったエルテーミスは地面に両足を突き刺してなんとか姿勢を確保しています。ですが、これでもうエルテーミスは跳躍すら出来ませんね……

 

『さあ、勝負といきましょう!』

 

 敵将ゴゥレムはマントを翻すと、両肩のパーツに仕込まれたプレスガンを連射しつつエルテーミスに接近――もうやだ、この仕込み銃のオンパレード……

 エルテーミスは非常に苦しい姿勢のままロングプレスガンを敵ゴーレムに連射して応戦しますが……流石のジルグ殿でも姿勢のせいで照準がまともにできないのか、盾を構えて接近してくる相手になかなか致命傷を与えられません。

 なんとか右肩、左肩と順番に仕込み銃を破壊することには成功しましたが……最後に盾を粉砕した時点で敵にプレスガンを持っていた右腕を取られ、そのまま引き倒されてのしかかられてしまっています。なんかすごい体勢です。

 

『ふふふふふ、さすがにこれは動けんでしょう?』

『ちっ……』

 

 あ、あら……これはひょっとしてすんごくまずいんじゃないでしょうか?

 

(あの不敵なジルグ殿が舌打ちなんかしちゃってますし。どどどど、どうしましょう――)

 

 ――その時、ずっと開きっぱなしだったデルフィングの搭乗口からあの男が登場したのです。

 

「セフィ! デルを動かす……手伝ってくれ!!」

 

 言うまでもなく、ここぞという時に頼れるはずの男――ライガットさんです。

 

「……でも……時間――」

「デルが動けなくなってもほんの少しだけ動ける時があるって……俺はそれに賭ける!」

 

 ライガットさんはそう言うと慌ただしく搭乗席に着いて操縦桿を握りしめる。私の言葉なんて聞いてくれやしない。

 で、でも強制待機中のデルフィングを、そのまた強制稼働させるなんて――

 

……

 

(「――いい? 二人共、デルフィングは一度動力が落ちてしまったら、基本的に二十四時間稼働不能になる……でも、僅かながらリザーブされている動力が残っている時があるみたいなのよ」)

(「……?」)

(「……そんなこと、今まであったっけ? それに稼働不能なのに動けるって、矛盾してないか?」)

(「今までの訓練中での挙動を細かく観察した結果よ……これまでにたった二回だけど、稼働不能となった後でもデルフィングが動いていた形跡があるの……ほんの少し、ワンアクション程度の挙動だけど」)

(「……びみょー……」)

(「う、うーん……一応その事は頭に入れておくけど……本当に動くのか?)」

(「ええ……ライガット、もし限界を超えてデルフィングを動かしたい時はトリガーを長押ししてみて。貴方達の想いに応えて動いてくれるかどうかは――」)

 

……

 

(――デルフィングが決める、でしたっけシギュン様……私は正直、古い家電を叩いて直すようなあてにならない話だと思ったので忘れかけてましたが……)

 

 本当に分の悪い賭けですね……ですが、今この時に至っては、頼れるものはそれしかありません。

 

「その賭け……乗ります……!」

「よし!! 頼むぞ、デル――」

 

 祈るような面持ちでライガットさんはトリガーを押し込む――お願い……動いて!

 

 

 ――そして、私達の必死の祈りはちゃんとデルフィングに届いてくれました。

 

(やった……!)

 

 デルフィングはライガットさんの操縦に従ってゆっくりと動き出し、地表に転がっているある物を左手で拾い上げる。

 それは、あの凄まじい硬度を誇ったエクスキャリバーの刃の欠片……それを指二本で挟み込み、デルフィングは沈めていた体躯を持ち上げていきます。

 

『――クリシュナのエルテーミス……最高の女を犯す喜びですよ! これは!!』

 

 奇しくも、今まさに敵将のゴーレムがランスをエルテーミスに突き刺そうとしている場面。下劣漢めが――死すべし!

 

「……させない!」

「ジルグー!!」

 

 投擲武器(ネイルダーツ)の訓練がこの土壇場でも生きる。デルフィングは、刃を握りこんだ左手を振りかぶります。

 

「悪いが――そいつは俺との先約があるんだよッ!!」

 

 そのライガットさんの裂帛の気合とともに、一欠片の刃が敵将に向かって放たれました。

 会心の投擲によって投擲された刃は、エルテーミスに覆い被さるゴーレムの搭乗席目掛けて飛んでいきます。

 

(――()った!)

 

 私は思わず感嘆の声を心中であげます。絶対に当たる――そう思った上でのことです。

 

 ――しかしこの絶体絶命の場面において、敵将は一枚上手でした。

 飛来する物体を目の端で捉えたのか、ランスをエルテーミスに突き刺す寸前でのけぞらせたのです。私達が投げた刃片は敵将ゴーレムの胸部装甲を掠めるに留まります。

 剥がされた胸部装甲の下には、一部が露出した搭乗席の透明な半球ドームが見えており、その中で禿頭の男がこちらを見て笑っている。……無傷ですね。

 私は……そして、ライガットさんもその顔に悲壮感を滲ませていたことでしょう。もうデルフィングは泣いても笑っても動いてくれません。もう……何も出来ません。

 

「ジッ……ジルグー!!」

 

 ライガットさんの慟哭が響く。敵将のランスがエルテーミスの胸部に深々と突き刺されてしまったのです。ジルグ殿……し、死んだ……

 賢明の援護も虚しくジルグ殿が戦死し、私達は絶望に叩きこまれ――

 

「……あ……」

(……へ?)

 

 そこで少々間抜けな声を出しながら、ライガットさんは何かに気付いたようにエルテーミスを注視しました。あれ、首元から何かが出てくる……?

 数秒後、そこには敵にトドメを刺した感動で目を閉じうっとりとした表情を浮かべている禿頭(ハゲ)と、そんな男にプレスガンを向ける少々ボロボロになったジルグ殿のお姿が。

 どうやら、ランスが叩き込まれる寸前で搭乗席を離れ、安全な位置に退避していたようです……あのクリシュナ改修仕様のエルテーミスの搭乗口って、首の後ろだけじゃなくて首元の胸部パーツにも存在したんですね、初めて知りましたよ。

 

 ここで一つ補足をば。

 搭乗席を覆う透明な石英の半球ドームは、頭部で観測した外部の視界を投影する特殊な石英で構成されているのですが、実はそれ単体の硬度は低くて容易に対人用のプレスガンでも貫通させることが出来ちゃったりします。

 

 そう、つまりはチェックメイトです。

 あれだけの至近距離……ジルグ殿が外すことなどありえません。敵がゴーレムを動かそうとしても、その前にジルグ殿は銃弾を撃ち込むでしょう。

 

『……不思議な気持ちですよ。クリシュナのエルテーミスの搭乗士。貴方が生きていたという少しの安堵感……自身の死に対する少々の絶望感……』

 

 自分の敗北を知ったバデスが、最後の言葉を口にします。命乞いをする気配がないのは、武人としての矜持があの人にもあるということの証左でしょう。

 それにジルグ殿が生きていたことにホッとしているってことは、本気の本気で彼を欲しがった……いえ、そうでなくとも、敵意を通り越して敬意を抱くほど認めていたのですね。

 

『やはり貴方はこの国に属するべきではありません……クリシュナはどうあっても滅亡します』

 

 さらにバデスの言葉は続く。この国は必ず滅ぶと予告し、そこに留まるであろうジルグ殿が惜しくてたまらない、といった口調です。

 純粋にアテネス連邦の強さを信じているのか、時の流れによってクリシュナがそうなる運命である、と言いたいのでしょうか……

 

『私を殺した後でいい――アテネスに来なさい! 大陸を分断する最終決戦に……貴方の力は存分に発揮されることでしょう』

 

 最後の最後まで、ジルグ殿をアテネスへと誘うバデス……どこまでも筋金入りですね。

 それに最終決戦ってことは――やはりアテネス連邦は、クリシュナを征服した後には残るオーランドをも平らげるつもりなのですね。つまりクリシュナが滅べば、近い内にそうなることは確定するということです。

 この大陸全土が血を血で洗う闘争で満たされることになります。アッサムという小国のクーデターから始まったこの騒動、いつの間にかクリシュナの運命が、そのまま大陸全土を巡る争いの鍵を握ってしまっているというとんでもない状況になっています。

 誰の思惑か、どんどん大事になっていく……そしてそれは、もう誰にも止められない。止まらない。

 

「……ああ……考えとく……」

 

 ジルグ殿が口にしたその返事を聞いて、「今はそれで構いません」とばかりに笑顔を浮かべたバデス――彼は笑顔のまま、ただ一発の銃弾を額に受けて死んでいきました。おハゲで下劣な人でしたけど……最初から最後まで芯が通っていた点だけは凄い人でした。流石はボルキュス将軍直下の補佐役といったところでしょう。

 ジルグ殿がその場を離れ、体躯を支える力を失ったバデスのゴーレムがエルテーミスを巻き込み、大地に崩れ落ちます。ライガットさんは喜び勇んで搭乗口から外に飛び出して行っちゃいました。

 

「……バカな奴だ、お前は……あんだけ欲しい欲しいって評価されてんだし、向こう(アテネス)の方が待遇いいぜ? きっと」

 

 おどけたようにライガットさんはジルグ殿にそう言います。あーあ、嬉しそうな顔しちゃってまあ……

 

「……バカ共との先約があるみたいだからな、そっちが先だ」

 

 ジルグ殿は、そんなライガットさんにそう返します。いかにも無気力そうに、いかにも適当そうにですが……ほんの僅かだけ微笑みを浮かべて。

 

「馬鹿な部下を持つと大変だ……」

 

 疲れ果て、奇妙な友情を交わす男二人に呆れたような口調ですが……ナルヴィ義姉様も嬉しそうに笑っています。

 

 そして、勿論私も(心の中では)笑顔を浮かべています。案外、ここに居る四人は皆どこかしらお馬鹿なところがあるのかもしれませんね……

 私はいい子いい子と、中からデルフィングを撫で上げます。この土壇場で、しかも限界を超えてジルグ殿のことを助けてくれたこの子には、本当に助けられましたから――

 

 

 

 

 

 

 ――私がそんなことを考えていた時でした。デルフィングの後ろで、何か不穏な物音がしたのは。

 

(……あれ――?)

 

 続いて一際大きな振動と崩壊音が響き、私の目に映るデルフィングの視界が何故か上へ……この子は動いていない、動けないのに、なんで?

 更に視界は上へ動き、真っ直ぐ夜空を見上げた時に至り、私は何が我が身に何が起こったのかを漸く理解しました。 

 

(崖……崩れ……ですッ!?)

 

 そう……四方八方手を尽くして危難を切り抜けたこのタイミングで、戦場となっていた断崖の一部が崩落してしまったのです。

 それも運が無いことに、最後のエクスキャリバー投擲の際の踏み切りがトドメになったせいか、崩落地点はデルフィングの直下……今更私が外に脱出するには遅過ぎて――

 

「う、うおッ!?」

「ライガット! 走れ!!」

 

 崩壊しかけていた地面に立っていたライガットさんはジルグ殿の言葉で事態を悟り、慌てて無事な地面へと逃げる。

 どうにか際どいタイミングでジルグ殿の側まで退避したライガットさんは、崖下に落下する私――デルフィングへと視線を向けています。

 

「ライガットさん……」

 

 

 ――ああ、良かった。

 

 私とデルフィング諸共崖下に、とはならずに済んだようですね。

 

 

 

 




▼今回のまとめ・追記事項

1.長い
2.やっとフルでライガットさんの名前を呼べました


次回、よろしくお願いします。

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