壊剣の妖精   作:山雀

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▼前回のあらすじ


 ライガット氏に迫る鬼畜眼鏡


028. 二騎三念

―――――

 

 

 

「――これが最後に見る夕焼けになりそうだな……」

 

 遙か前方の山嶺に沈み行く太陽を見てそう独りごちる。さっきから敵の攻撃が小康状態にあることもあり、不可思議な安堵感が我が身を包んでいた。これが嵐の前の静けさ、というやつだろうか……

 

(――と……敵の銃撃が止んだからといって一安心している場合か、私は……)

 

 今一度、ロングプレスガンの弾数を確認する。これまで温存していたお陰で予備のマガジンにも多少の余裕はあった。これならまだ戦える……しかし――

 

(側面に回り込んだナイルは戻ってこない……デルフィングで跳び出していったライガットとセフィ君も…………ナルヴィ……)

 

 次々に目の前から消えていった仲間の安否を思う。果たして生きているのか、それとも死んでしまったのか……戦場に一人とは、かくも心細いものなのか。

 

(……? 何だ、敵の気配が消えただと? 少なくともまだ五、六台は敵が残っているはずだが……)

 

 その時、極度の緊張感から鋭敏になっていた感覚が敵の数が減っていることに気付いた。何だ!? 敵に何があった?

 

「ッ!!」

 

 自機の左側面に突如響いた足音に反応して即座に銃口を向ける――が、そこには搭乗席を破壊されたアテネスのゴゥレムが……足音ではなく、こいつが転倒した音だったのか。

 

「ま、回り込まれていたのか……助かったな……それにしても、一体誰が……ッ!」

 

 銃口を向けていた側面――たった今倒れ伏したゴゥレムの側に歩いて来たのは赤いエルテーミス……ジルグか!

 

「ジルグ……た、助かったぞ……」

 

 エルテーミスに向けていた銃口を上げ、安堵の溜息を漏らす。苦しい状況下ではあるが、此処に来てこの男の存在はかなり心強い。

 残っていた敵もこいつが全て片付けたのだろう。ありがたい……これでナルヴィ達の救援に向かえる!

 

『――ガンはそのまま向けておいたほうがいい』

「…………な……に……?」

 

 ところが不可解なことに、“自分を銃で狙え”と私に言い出すジルグ。何だ!? 何を言っている!?

 

『さもないと……死ぬぞ!!』

 

 ジルグは最後にそう言い放つと見慣れる十字剣を振りかざす。私は半ば無意識にロングプレスガンの銃口をエルテーミスに向け直した――

 

 

 

―――――

 

 

 

『――すぐに戻る。さっきも言ったが、妙な気は起こさずここで大人しくしていることだ』

 

 ジルグがそう言い残し、エルテーミスでどこぞへ跳んでいったのがほぼ一時間前……つまり、タイムリミットが間近に迫っています。すぐ戻るとか言っておきながら一時間戻らないのかよ、あの鬼畜眼鏡め……

 

 ライガットさんが今何をしているのかと言うと、彼は必死こいてナルヴィ隊長のファブニルの下をせっせと掘り進めているのです。そこら辺のゴーレムの装甲の欠片と、私のお貸しした肉厚ナイフをスコップ代わりとして使って。

 “逃げるな”とはあの鬼畜眼鏡に言われましたが、“ナルヴィ隊長を助けるな”とは言っていませんでしたからね。

 エルテーミスでひっくり返せれば手っ取り早かったのですが……まともな道具も無い現状ではこうして搭乗口の辺りを掘り広げるしかありません。一時間でどれだけ掘り進めるかは分かりませんが、やらないよりマシだとライガットさんは判断したのでしょう。

 

(……ライガットさん、元屯田学部生だし、農業で鍛えた腕っ節があるから穴掘りはそれなりに得意だっておっしゃっていましたが、果たして間に合うでしょうか?)

 

 私がそんなことを考えながら何をしているかと言うと、息を殺してデルフィングの中でじっとしているのです。無論、これには理由がありまして――

 と、そこへ盛大な着地を決めてエルテーミスが戻ってきました。キッチリ一時間ですか、余分な時間をくれるつもりはないようです。ちッ……

 

『……何をしている?』

 

 穴掘り作業を中断したライガットさんを見下ろしながら、訳が分からないといった感じにジルグは言います。ライガットさんはただ無遠慮にエルテーミスを睨み返すのみ……

 

『……ナルヴィ隊長を助けようとしていたのか、人の身を案じる余裕があるとは殊勝な事だな』

 

 ライガットさんを馬鹿にするような事を言いながら、ジルグは何かを放り投げます。私達にとって見覚えのあるそれは――

 

「土色のファブニルの頭!! ロギンか!?」

「あ、あう……」

 

 そう、ライガットさんが仰ったように、地面に転がったのは丸みを帯びたファブニルの頭部……それも土色のパーソナルカラーを持つロギン機のものです。

 つまりは、また……一年前のようにやってしまったのですね、ジルグは。まあ、エルテーミスがロギンさんのゴーレムが使っていたロングプレスガンを抱えて戻ってきた時点で薄々気付いてはいましたけどね。

 

 ……これで、ミレニル部隊も残り四人になってしまいました。

 先程エルテーミスに撃退されたイオ大佐とやらが話していた“騎士(ランサー)”とは、十中八九ナイル義兄様のことでしょう。あの人、ランスの扱いがとてもお上手でしたから。

 ナイル義兄様はあの騎士ゴーレムに倒され、そしてロギンさんはジルグに仲間割れに遭い……どうしてこんなことになってしまったのでしょう?

 

「…………ッ!! …………殺したのか……?」

 

 ライガットさんの問いなどどこ吹く風、ジルグは何も答えません。

 

「…………どうしてだ……どうしてこんな事をする!?」

 

 繰り返される問いをジルグは無視します。ただじっとライガットさんを見下ろすだけです。

 

「……何がしたいんだよお前はッ!!」

 

 最後に絞りだすような慟哭を受けたジルグは、ライガットさんにロングプレスガンの銃口を向け――やらせるか!

 私は瞬時に意識を集中し、屈んでいたデルフィングの両足に力を込めます。機体をライガットさんの前に出し、盾にする為です。

 

 ……ですがそんな私の思惑など、ジルグは最初からお見通しだったらしく。

 

(――わきゃッ!?)

「!? セフィッ!! やめろジルグ!!」

 

 銃口の向きをを瞬時にこちらに変更したエルテーミスに撃たれ、右肩の追加装甲を撃たれてデルフィングの動きを止められてしまいました。

 

『……妙な気は起こすな、と言った筈だが? 一秒でも時間を無駄にするようならナルヴィ隊長を潰す……さっさと乗れ!』

 

 ち、ちくせう……あわよくばライガットさんが外に出ている事にあの鬼畜眼鏡を油断させて、隙を見てセミスパタで一撃を、と思っておりましたのに!

 ライガットさんも観念したのかデルフィングによじ登り、搭乗口に入ってきます。

 

「……大丈夫か?」

「……はい……ごめんなさい……失敗――」

「別に気にしてないって……元々お前だけじゃあいつをどうこうしようって方が無理だ……」

 

 ライガットさんにそう言われると、何も言えないではありませんか……

 それに元々この奇襲作戦は私が提案したことだったのです。ライガットさんには素気無く却下されたので一応心の準備だけはしていたのですけど。

 

『稼働時間は?』

「……ッ……五分……」

『よし、十分だ。 さて、始めるとしよう! 安心しろ、遠距離武器は使わん』

 

 ジルグはライガットさんに稼働時間の回復具合を確認すると、ロングプレスガンを放り出しました。……折角確保してきた武器なのに使わないとは、これいかに。

 

「ま、待て!! 俺はお前とはやらんぞ!! 戦う理由が無いッ!!」

 

 この期に及んで……と言ってしまっていいのか、ライガットさんはジルグの説得を諦めていないようです。

 味方同士で争う理由も、個人的にジルグと戦う理由も私達にはありません。

 

『理由……? 了解だ、今から作ってやる』

 

 さも当たり前のようにそう言い放つと、ジルグはエルテーミスの踵を返し、倒れるナルヴィ隊長のファブニルの方へ歩き出しました。何を……って、まさか!?

 

「お……おい……おい!? ま、待てッ! 待て!! やめろッ! ジルグッ!!」

『さようなら、可愛い女隊長さん』

「……駄目っ!」

 

 私達の必死の制止も聞かず、エルテーミスはファブニルの胸部――搭乗席にエクスキャリバーの切っ先を突き込み――

 

「――ッアアア!!」

(止まれえええええええ!!)

 

 咄嗟に前に出たデルフィングのセミスパタで、なんとかエクスキャリバーを跳ね上げます! あ、危なかった。ジルグ……本気で串刺しにするつもりでしたね……

 

『……今度は見殺しにしなかったか……学習したのか……?』

「…………! 今度は……だと……?」

(……げ)

 

 しょ、初っ端から精神攻撃!?

 

『小娘には以前教えたことだが、お前の噂は獄中でも耳に入っていた。何でもわざわざ援護に来てくれた友軍を見殺しにしたそうじゃないか、それもお前が邪魔をしトドメを刺させなかった敵に逆に殺された、と聞いたが?』

 

 以前から噂を聞いてたってのは確かに知ってましたが、後半の不名誉な噂まで獄中に響いているなんて聞いてませんよ、私……

 

『俺とお前は同じ味方殺しだ! 味方殺しの先輩の俺から、ここは一つアドバイスしてやる』

「……いけない……!」

 

 絶対にまともな内容ではない。聞いてはいけない。

 私はライガットさんに警告する、しかし目の前のジルグの口を止めることなんて、出来るわけがないのだ。

 

 

 

『――ま、気にするな』

 

 

(――)

 

 

 

『死ぬ奴は間抜けな弱者だ。弱者は存在自体悪であり、罪だ。弱者共の生き方は足の引っ張り合いに終始するもの……そんな弱者がどれだけ死のうと、例えお前が原因でみっともなく死のうと――毛ほどもお前に責任など無い。至極当然の事じゃないか』

 

 

 

(――この人、ひょっとして一年前もそんな理由で!?)

 

 理由不明の味方殺し――もしかして、その人は弱かったからジルグに殺された!? そんな無茶苦茶な!!

 

『弱者は醜く汚い――お前も見ただろ? あの醜く潰れた汚らしい死体を――』

 

 

 ――黙れ。

 

 

 無言で私達が繰り出したシールドを使った一撃はエルテーミスが構えたエクスキャリバーの腹に防がれ、シールドは彼方へ飛んでいってしまいます。……なんて硬い剣、厄介な。

 エルテーミスからも攻撃が飛んできます。武器を使わず、左の上段廻し蹴り……右腕を上げて本体へのダメージを防ぎます。外部装甲が歪み、フレームが一部露出する。

 

『……腕部が折れんとは外部装甲のフレーム増強を施していたか。王妃様の愛に感謝するんだな』

 

 本体狙いではなく、敢えて防御させて右腕を破壊するつもりだったようです。

 後半の発言は今更すぎて余計というもの。この機体は、全身余すところ無くあの人の“二重の”愛で溢れているのですから。

 

 続いて始まったのは、双方の上半身での攻撃の応酬。

 ナルヴィ隊長のゴーレムが握っていたプレスガンの残骸を即席のナックルダスター代わりに左手に、そしてセミスパタを右手にするこちらに対して、エルテーミスは右手にエクスキャリバー、左手に一般的な十字剣を構える。エルテーミスは両方アテネスの武器使ってます。けっ。

 ジルグのように驚異的なバランス感覚で以ってのキックならともかく、ゴーレムの拳をそのまま武器とする訳にはいきません。強固なゴーレムの装甲を成している非反応系石英をそのまま殴りでもしたら、殴った拳が潰れてしまいます。

 

 初撃は交差させるように腕を突き出し、お互いの肩の装甲を弾き飛ばす。若干武器のリーチが長いエルテーミスが有利です。まずはあれからなんとかしないと駄目か……

 

 続いてエルテーミスが突き出してきた十字剣をセミスパタで受け流し、思い切りプレスガンの残骸を叩きつけて破断させます。まず一本目。

 

 そのままこちらはセミスパタを突き出しますが、これまたエクスキャリバーの腹で防御されました。この剣……デルフィングの膂力での攻撃に何度耐えるんでしょう? 常識外れの硬度です。

 ……しかし、それでも攻撃は止めません。剣先が砕けていくのにも構わずに、セミスパタとナックルダスターを猛烈な勢いでエクスキャリバーに突き出し続けます。何度も何度も――

 都合十合以上叩きつけ、漸く邪魔臭いエクスキャリバーを中程で破壊に成功します。これでエルテーミスの防御力はガタ落ちした筈――

 

『調子に乗るなよ……』

「ぐぅッ!!」

(――がッ!?)

 

 今まで防御に専念していたエルテーミスは十字剣の残骸でデルフィングの頭部を殴打――本体に影響はありませんでしたが、後頭部の追加装甲を剥がされてしまった。

 そのまま柄頭を横にふるって頭部の完全破壊を狙ってきましたが――このまま黙ってやられる訳にはいかない!

 

「ぬああああああッ!!!」「てい――やッ!!」

 

 先程のエルテーミスが連戦の最中で見せた、低姿勢からのカウンター……その部分再現です。

 横薙ぎにされるエルテーミスの攻撃を掻い潜り、そのまま短くなったセミスパタを下から思いっきり叩き込む!

 

「ちッ!」

 

 確実に命中するかと思われたその一撃は、エルテーミスが前方宙返りすることで避けられてしまいます。

 なんとまあ……今のを避けられるとは、流石本家本元といったところでしょうか。こちらの攻撃の軌道を瞬時に見切られたようです。

 

 そのまま二台のゴーレムはボロボロになった両手の武器を構え直します。

 エルテーミスは正面に身体を向け、エクスキャリバーと十字剣を前面に押し出すような構え。

 一方こちらはエルテーミスに右半身を向け右手のセミスパタを伸ばし、弓を引き絞るような格好で左手を引く構え。それなりに相手の攻撃に対応出来て、隙あらば左手のナックルダスターを叩き込もうという、何時に無く攻撃的な構えです。いいな、これ……しっくりくる。

 

『……思った以上に躱すね……まあ、君らは俺の戦闘も覗き見していたしね……』

 

 先日の荒野での話でしょう。今日までジルグの戦いが、ライガットさんにとっては見稽古のような効果をもたらしているようです。

 さっきの回避から一撃の流れなんて、ジルグの戦い方そのままですしね。多少詰めは甘かったのと相手がジルグだったので外れてしまいましたが。

 

「……いい加減ムカつくんだよ、お前は! くっだらねえことをグチャグチャグチャグチャ並べ立てやがって……俺と違って何でも出来るのに……周りの奴らが必死こいてこの国守ろうと動いてるのに……それなのにお前は全てに飽きて何もしようとしない――ただ好き勝手に動き回るだけ――」

 

 苦々しい口調で、ライガットさんはジルグに自分の考えをさらけ出します。

 ……全てに飽きてる? ジルグが? え、そうなんですか?

 

「――お前は……ただのガキだ!! クソガキだ!!!」

 

 ライガットさんは、さらに簡潔にジルグを表現します。お前は只の我儘な子供に過ぎないんだ、と。

 

『――……ああ……知ってる……』

 

 そして、ライガットさんの答えを聞いたジルグ殿の声はどこか穏やかです。

 ……それになんだかジルグ殿、少し嬉しそう? ……気のせい、かな?

 

(子供……あ……)

 

 ああ、そうか。そういえば……

 私もそちらには思い当たるフシがありました。ライガットさんのその一言で、ずっとひっかかっていたジルグという人間に対する疑問の一部が解けかかっています。

 あの駐屯地の夜での出来事……私達に――いえ、ライガットさんに向けたあの悪意はおそらく……実の父親であるバルド将軍と親交を深めていたライガットさんへの嫉妬か苛立ちか何かで――

 

「――ただの……子供として……振る舞えず……愛を欲す……孤独な人…………」

 

 そうだ。感情や意思を表に出さずとも、心の深層では親や親しい人の愛情に飢え続けた子供……それが、私のジルグ――ジルグ殿という人間に対する私の一つの答えです。

 ……それっぽい情報も以前調べた時にあった気がしますし、ね。

 

『は……お前にはそう見えるのか』

「……違う……?」

『……さあ……どうだか……』

 

 ……返事は芳しくない。けれど、一応受け止めては貰えたみたい、かな?

 

「――みんながしゃかりきになってるもの――全てがつまらなく見える――……違うか?」

 

 さらに、ライガットさんのジルグ殿への訴えは続きます。この人は、ジルグ殿という人間の中身に対して大きな確信があるようです。いつの間にそんな考察を……

 

『……古代ゴゥレムの残り稼働時間は?』

「そういう時期(とき)は誰でもあるよな……だけど……お前はそこをどーしても素通り出来なかった……」

 

 ライガットさんは質問に答えず、よどみなく自分の考えを口にします。さっきとジルグ殿と立場が逆になっている。

 

「要するに純粋過ぎたんだよ、お前は……」

 

 ……ジルグ殿について、ライガットさんの考えを自分なりに解釈してみましょうか。所詮推測ということになりますが。

 

 弱者は悪だと断じ、そんな弱者は互いに足の引っ張り合いをする醜悪な物だと見做す。だから潰す。

 才能と努力に裏打ちされた万能感に溢れてはいるものの、そのことに対して何の誇りも、自負も保たない。感じるのは、只々虚しい徒労感のみ。

 世の中の人間が一生懸命になっていることに共感出来ない。そこに自分が何一つ意味や価値を見出だせないから。

 普通の人間にとっては刹那的なものであるその考え方から抜け出せない。その純粋さ故に、その場所にずっと縛られている。

 

 ――そして、そんな自分を理解してくれる人を求めて続けて苦しんでいる。今この時、ライガットさんの前に立っているように。

 少しだけ目を開いて一歩踏み出せば、ちゃんと新しい世界が見えるのに。その手を握ってくれる人がもう居るのに。

 

 ……なんてお人なのでしょう、ジルグ殿。

 

『残り稼働時間は?』

「……二分です……ジルグ殿……」

 

 ライガットさんに先んじて私が答える。些細な事だが、少しだけジルグ殿と言葉を交わしたい気分だった。

 

『くだらん憶測は時間の無駄だ――だが、それだけ御託を並べるんだ。お前達はさぞ高尚な理由で戦っているんだろうな?』

 

 また精神攻撃でしょうか……先程は自分とライガットさんをが同じ存在だと認めた上での話でしたが、今度はライガットさんを持ち上げてる? 随分攻め手を変えてきましたね。

 ライガットさんが戦う理由なんて分かり切っています。この国を――友人であるホズル陛下の国を守り、そこで暮らす大切な人を守るためです。

 ……それに加え、出来れば再びゼスさんとも分かり合える日々、でしょうか?

 

『ライガット、お前は何を望んで戦っている? 国を守るとかのどうでもいい建前は抜きで――お前の本当の望みを言ってみろ……』

「……お、俺の……本当の望み……」

『そうだ、お前の根底にある――隠そうとしている真の望みを言ってみろ……』

 

 そのジルグ殿の言葉で、ライガットさんの動きが固まる。

 ……え? も、もしかして有るんですか? クリシュナを、ご友人を守るという望み以外で?

 

「――無いッ!! ある訳が無い!! 俺の望みはアテネスをこの国から追い払う!! それ以外の望みはねえッ!!」

 

 何故か慌てたようにジルグ殿の言葉を否定するライガットさん。

 ……でも、何だか無理をしているような……ふむ。

 

「……本当に……」

「え……セ、セフィ……?」

「……本当に……無い……?」

「お、お前まで何を――」

 

 ……怪しいですね。顔を見てみれば分かりやすいくらい狼狽してます。

 

『……ふっ……誰にも気付かれていないとでも思っていたのか? 両方とも浮世離れした美貌の持ち主だ。無碍に出来る男はそうはいない。まあ、どちらにせよ俺の趣味ではないがな……』

 

 ――ん?

 

『王妃様と小娘……二人のお前に対する視線や献身は、城内でもかなりの噂になっているぞ? ただの友人、保護者に向けるものではないとな。小娘とは付き合いが短いそうだが……果たしてそれを信じる人間がどれだけいるかな』

 

(――――ん、んー……? ……王妃……小娘……?)

 

 ……?

 …………

 ………………

 ……………………! あ、ああ、成程。そういうことですか、ジルグ殿――って!!

 

(ぎ、ぎゃあああああああああ、ち、違う違う違う違うんですって!! 一体全体何なんですかそれって!?)

 

 なんで私がライガットさんに横恋慕してるみたいな噂が王城に広まってるんですか! ありえまえんって! そもそも私に関しての城内の噂ってライガットさんのロリコン疑惑だけじゃなかったんですか!? なんでそんなことになっちゃってるんです!?

 た、確かについ目で追っちゃうし、普段めっちゃ頼りにしてるし、普段は情けないところも有るけど決める時は決めるお人ですし、近くに居ると妙な安心感が得られる人ですが、それだけは有り得ません! 

 そう……なんてったって、私元男ですし!

 

『――そうだな、こういうのはどうだ? 俺に勝てばお前の望みを叶えてやろう……本当の望みを――』

 

 内心激しく悶絶する私にジルグ殿もライガットさんも気付くことなど有り得ず、話がどんどん進んでいきます。あばばばばばば……

 

『王都に攻め上がって王妃を奪ってお前にくれてやる……そのまま小娘と三人、どこぞで誰にも邪魔されること無く暮らせる安息の地で暮らす……』

「…………」

『どうだ――? 高揚するだろう――?』

 

 まるで悪魔の囁きのような響きですね。いや、愛しい愛しいお姫様をお前だけのものにしてやる、なんてまんまじゃないですか。

 ……でもでも、ライガットさんとシギュン様と私の三人でどこかで暮らすってのは意外と楽しそうかも。出来ればクレオさんとかも一緒に――って、なんで私まで若干『案外良いかな』……なんて気になってるんです!?

 そしてそれに対するライガットさんの返答は当然、否――

 

「………………いいねぇ……そりゃあいいかもな……いい家族になれそうってか……」

(……あ、あら?)

 

 なんか、思ったよりも乗り気なようです。口調が軽い感じなんで冗談として返してるとは思うんですが、ニヤリと笑ってるし目がちょっと本気でかなり恐いですよ……

 え、わ、私どうしたら――

 

『――さて、くだらん与太話も終わりだ。これで最後にするとしよう……』

 

 ジルグ殿のその言葉と共に、エルテーミスが構える二剣の砕けた切っ先がこちらに向き直ります。全く、誰が始めた与太話だと思ってるんですか……

 

「ああ……」「はい……」

 

 私達はそれまでとっていた構えを解くと、その場に左膝をついて両腕を眼前で交差させます。

 何気無くライガットさんの操縦に追従しましたが、この構えって……ああ、成程。これまでのジルグ殿の戦い方からして、もうこれしかありませんよね……ライガットさん。

 

『ほぉ……敵の眼前で膝をつくとは……』

 

 ジルグ殿が至極面白い、という感じでこちらを見ます。

 

『カウンター狙いの守備(ディフェンス)か……それにしても極端過ぎるだろうに……それとも……』

 

 そうは言っていますが、ジルグ殿はこちらを侮ったりはしていませんね。

 さて、上手くいくでしょうか……ここからは半分以上賭けになります。

 

 

 

『――まあ……いい……甲羅ごと潰れて消えろ!』

 

 ――そして、ジルグ殿の最後の猛襲がデルフィングを襲い始めました。

 

 エルテーミスが繰り出したのは、ジルグ殿お得意の蹴り、蹴り、蹴り、蹴り……折角構えた武器なんて使ってくる気配がありません。

 廻し蹴り、側頭蹴り、前蹴り、後ろ蹴り、踵落とし、跳び蹴り……いずれもデルフィングでなければ一撃で沈む威力があります。

 

「ぐッ……がッ……う、腕が……」

「……痛い……でも……我慢……」

「おおッ……」

 

 そして当然ながら、それら全ての蹴り技を受け止めているデルフィングの両腕に深刻なダメージが蓄積していきます。既に外部装甲は限界に近く、一部のフレームにも損傷が発生し始めている。

 

 ……しかしながら、ここで両腕のガードを解く訳にもいかないのですよ。

 今はこうして重心を低くすること姿勢を安定させることでエルテーミスの蹴りを何とか耐えられていますが、仮にデルフィングが立っていたら最初の一撃で体勢を崩されて即転倒……そのまま急所を足か武器で潰されていたことでしょう。

 

(だから……こうして……チャンスを……待つ……)

 

 こちらの防御が簡単に崩せないと判断したジルグ殿が攻め手を変えようとする、との時を。

 それは、私達唯一の勝機。

 

(つまり、ジルグ殿が上半身を使う――今ッ!!)

 

 エルテーミスがついに振るってきた両手の剣に、こちらも両手の武器をカチ合わせて動きを止める。……この瞬間を待っていました!

 

「――俺が勝ったら、望みを叶えてやるってお前言ってたよなッ!?」

 

 ライガットさんが吠える。同時にデルフィングの両手を思い切り跳ね上げ、エルテーミスのガードを開き、僅かばかり体躯を浮かせることに成功します。

 ジルグ殿が瞬時に反応し後退しようとしますが――ほんの少しだけ遅かったですね。

 

「俺が――」

守備(ディフェンス)の為ではなかったか――』

 

 それまで折っていた両足を伸ばし、デルフィング全体を前へ傾ける――

 

「勝ったら――」

『跳躍の――』

 

 そして一息に踏み切り、眼前のエルテーミス目掛けて――吶喊!!

 

 

 

「――将軍になれッ!! 親父を超える!!!」

 

 

 

 ――それは、いわゆる頭突きというもの近い攻撃でした。

 後退しようとしていたエルテーミスより、勢い良く突っ込んだデルフィングの頭部の折れた角が、これまた上手い具合にエルテーミスの頭部をかち上げたのです。

 そのまま着地する二台のゴーレム……ですが、エルテーミスはこれまでに無かった大きな損傷を受けています。その頭部が機体の動きに合わせてガタガタと激しくグラついているのです。

 

『――! ち……首のフレームが逝ったか?』

 

 エルテーミスは頭部を上から押さえ付け、強引に胴体と頭部を固定します。しぶといですが……ようやく作り出せた隙、見逃してたまるものですか。

 

「ジルグ!!」

 

 いち早く着地後に体勢を整えなおしたデルフィングがエルテーミス目掛けて疾走します。これで最後!

 

「歯を食いしばれッ!!」「……覚悟ッ!!」

 

 そしてデルフィングは力一杯左手のナックルダスターを振りかぶり――

 

 

<ビーッ!!>

 

「うッ!!」「わ……」

 

 久しく聞いていなかった甲高い効果音が鳴り響くと同時に、拳がエルテーミスに命中する直前で停止するデルフィング。

 そして私の視覚に映る『緊急停止』のでかでかとした警告表示……か、活動限界……あ、あるぇ? こんなはずでは……

 

『…………』

「…………」

「…………」

 

 ……私達の間に、冷たい木枯らしが吹いているような気がします。心が……寒い……

 

「……くそッ!! ふざけんな!!」

 

 何を思ったのか、ライガットさんが搭乗口を開放して外に跳び出し、エルテーミスに向かって喚き散らします。

 

「ジルグーッ!!! 勝負はまだついてねえ!! 降りてきやがれーッ!!」

「……はぁ」

 

 ついさっきまでゴーレム使って殺し合いしていた人を相手に、何をやってるんでしょうかあの人は。

 ……それにジルグ殿も応じて地面に降りちゃうし。

 

「――お前みたいな理屈馬鹿はなあ!! こうやって一発入れねーとわかんねーんだ!!」

 

 ずどどどど……という足音を響かせ、棒立ちするジルグ殿の顔面に拳を振りかぶるライガットさん。よっしゃ! そのまま一発お見舞いしてやってくださいな!

 

「――!?」

 

 ……と思ったら、綺麗にライガットさんの右ストレートを避けたジルグ殿がカウンターを顎に打ち込みました。……そういえば、あの人なんでも抜群に出来る人でしたね。肉弾戦闘もお手の物なんでしょう。

 そのままライガットさんはゴロゴロと地面を転がり、潰れたカエルのような格好で静止しました。……ああ、格好悪う御座います。

 

「く……くそ……がぁ……」

 

 激しく脳味噌が揺れている筈ですが、それでも悪態をついています。どんだけ悔しがりやなんでしょう、この人。

 そんなライガットさんに、ジルグ殿がツカツカと歩み寄っていきます。……ドキドキしますね。

 

「――お前は――本当に馬鹿だな……」

「…………へッ…………くそ……がぁ……」

(……はぁ)

 

 デルフィングの視点からだとお二人のお顔が見えないのでただの推測というか、言葉の響きから判断するしかないことなんですけど――

 

 

 

 ――きっとこの二人、揃って楽しそうに笑ってるんだろうなぁ……はぁ……

 

 

 

 




▼今回のまとめ・追記事項

1.予想外の事が起こり過ぎてもうダメ
2.聖十字剣エクスキャリバーことクロイサイフォス(職人による一点物。製作期間三年)
3.噂は本当に広まってる。部隊員他関係者の耳に入っていないだけ
4.そして今なお、尾鰭背鰭が付き続いている


次回、宜しくお願いします。

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