バルド大隊陣地での一幕。
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腹が減っては戦は出来ぬ――シンプルで素晴らしい格言です。そうは思いませんか?
生き物が何をするにも……いえ、何をするわけでもないにしても、食事と空気は嫌でも体内に取り込まなければなりません。
水分と栄養、睡眠等が不足すると人間は須らく身体がまともに動かせなくなりますし、飢餓感は人を無気力・ナーバスな方向へと思考を動かします。あれって本当に苦しいんですってね……
よって、古来より他所様との戦において兵站を軽んじる行為は愚行とされ、兵糧攻めはされる側にとって酷く恐れられる戦法なわけです。
……どういう訳か、私はそこら辺の感覚が今の身体では鈍くなってしまっているようなので、イマイチ実感が沸かないのですがね。
というわけで、私達ミレニル部隊の面々はバルド将軍のゴーレム大隊の野営地にお邪魔させていただき、夕食のご相伴に預かっています。
いやー、ここに来るまで口にしていた保存食もなかなか歯応えがあって美味しかったですが、このシチューも暖かくて美味ですね。
……ところがです。
私達が食事に舌鼓を打っている最中、ナイル義兄様からとんでもないニュースが齎されました。
「え……? ナイル兄……今……何て……?」
ナルヴィ義姉様が一瞬で表情と身体を凍りつかせ、その手から先割れスプーンがこぼれ落ちます。
私も食事を中止して、ナイル義兄様の顔を見つめます。私の聞き間違いかもしれませんから……
「だ、だから……全滅しちゃったんだってさー…………トゥルのオヤジの部隊…………はは、あはははは~……はは……は……」
……笑い事ではありませんよね。
ナイル義兄様の話によると、今から数日前にここから然程遠くない地点で、トゥル将軍のゴーレム部隊がアテネス側に奇襲を受けてしまったとのことですが……
しかし、なるほど……先の戦闘を切り抜けられたというのに、バルド隊の皆さんの表情が優れない訳です。
「――し……しょ……将……トゥル将軍は……無事、なんだよね……?」
ナルヴィ義姉様はいつになく不安そうな表情でナイル義兄様に将軍の安否を確認しますが……その口調も普段より幼くなってしまっている気が……
まあ……そうですよね……義姉様のお顔を見てたら私まで不安になってくるじゃありませんか……
私もナイル義兄様に熱視線を向けます。ど、どうなったんでしょう……なんだかめっちゃ義兄様冷や汗流してるし、やっぱり――
「――残念だが……」
……あう……あう……
「――あのオヤジは悪運だけは強いからな……負傷はしたらしいけど、その後ビノンテンに移送されて現在は療養中だとさ!」
「……ほん……と……?」
「……おう! セフィちゃん、本当だ本当! 冗談なんかじゃねぇぞ!」
「……なら……よし……」
で、ですよねー……ホホホホ。ホッ……
いや、やたら義兄様が勿体振るもんだから、ひょっとしてトゥル将軍戦死しちゃっんじゃないかって、一瞬思っちゃいましたよ。
そうですよね、あれでクリシュナ国内有数の魔力を持つらしいトゥル将軍が、そうあっさりお亡くなりになるわけありませんですもの。あー、良かった良かった。
……それにしても、部隊が全滅したのによく生き残れたものですね。いや、全滅したってバルド隊まで報告しに来た人が他に居るってことだし、結構生き残った人が居るのかもしれません。
それに軍用語で全滅って、損耗率が全体の三割だか四割を超えた時に言うんでしたっけ? あー、なら逃走に成功した人達もそれなりにいるのか。なるほど。
あ、ナルヴィ義姉様が一転して穏やかな笑顔に――大変可愛らしいです。眼福眼福。
む、私達のお話に聞き耳を立てていたライガットさんとロギンさんも心無しか安心した表情になってますね。この方達も言葉にはせずとも心配していたんでしょう。
ライガットさんは私と違ってトゥル将軍とのお付き合いは殆ど無かったと思うんですが、やっぱクリシュナにとって国の柱である将軍閣下が健在だってのは重要なことなのでしょう。
「――たくっ、ビビらせて楽しんでたんでしょ! この馬鹿!」
「はははは……、いやー俺も最初聞いた時はビックリしたんだっての――」
いやいやいや、それでもトゥル将軍の部隊が全滅したってことには変わりありませんし、将軍が生きてたから辛うじて笑い話として成立していますが、通常なら冗談では済まないお話です。
トゥル将軍のゴーレム部隊は……確か全て合わせると五十台を超えていたはずなので、その内半分が生き残っていたと考えても二十台そこそこは失っていると思われます。
さらに元々西部国境地帯に援軍として送り込むはずだった部隊が丸ごといなくなってしまったということは……もはやそこに殺到しているアテネスの軍団を押し返す見込みも絶望的な状況なのでは……
元々戦力に開きがあり、その分不利なクリシュナとしては頭が痛くなる程度どころか、片腕もがれてしまったくらいヤバい話です。
「……でもこれで……次の一戦で全てが決まる……!!」
「ああ……そうだな……!」
……そうでしたね。クリシュナとしてもただやられていた訳ではありませんものね。
今日の一戦でバルド将軍のゴーレム大隊も二十台以上失ってしまったらしいですが、我々ミレニル部隊の支援もあり、結果的に敵のゴーレムを三十台以上は撃破しました。
しかも怪我の功名と言っていいのか分かりませんが、ジルグ殿が敵将と思われる人物のゴーレムを仕留めることにも成功しています。
敵の残り戦力はこれまたゴーレム二十台程度……今の私達なら全て撃滅させることも可能な数です。
しかもそこにはこちらにとって重要目標であるボルキュス将軍もいます。将軍を仕留めることが出来れば、今後の戦いに有利になるどころの話ではありません。
(もっとも敵にデルフィングのような切り札が存在したり、アテネス本国からの援軍を吸収されてしまった場合はその限りではありませんが……)
さらに言えば、ボルキュス将軍の戦闘力も侮れるものではありません。見事にジルグ殿のエルテーミスと互角以上の戦いをしていましたからね。
兎にも角にも、私達が状況的に有利である今のうちにアテネスを一気呵成に叩いておく必要があります。明日以降、より気合を入れて戦いに臨まなければ……
(……あれ? ライガットさんは何処に行ったんでしょう?)
私が今後の戦いに思いを馳せていると、さっきまでそこの石に座って食事をしていたライガットさんがいなくなっていることに気が付きました。
むー、なんとなくあの人が目に入る所にいないと不安なんですが……何ででしょう?
(あ、あんな所に!)
キョロキョロと辺りを見回してみると、少し離れた場所にライガットさんが佇んでおりました。
……どうやら満月を眺めているようですね。珍しく風流なことをしているお人です。
お……ロギンさんがライガットさんの方へ歩いていきますね。丁度いいです、ついて行きましょう。
「む……セフィ君も来るのか?」
「――(コクリ)」
「……そうだな、後で君にだけ話すのもどうかと思う。ライガット君と一緒に聞いてくれるとありがたい」
というわけで、ライガットさんに話があるロギンさんとご一緒します。ちゃんと歩く早さを調整してくれているロギンさんはいい人。
「……ライガット君!」
「……ん?」
……? ロギンさんがライガットさんに話しかけましたが、何処か上の空ですね。
「ロギンと……セフィか。……ジルグは?」
「食事に行ったが……」
ここに居ないジルグ殿の所在を尋ねるライガットさん。何か話すことでもあるのでしょうか?
「それよりも……王都より退避命令が下った。二人も引き上げる準備をしたまえ」
「おッ!! 撤退!?」
「…………え?」
こ、ここまで来ておいて退避命令ですと!? もう一戦で王手をかけられるかもしれない局面なのに、なんで!?
(……いや、そもそも今日の戦果は王都にまだ届いていないはず……王都の人達がトゥル将軍の部隊が全滅したことを受けて戦局を見誤っている可能性もありますね……)
どちらにせよ、命令されれば王都に戻るしかない身の上なのですが……あ、でもシギュン様とクレオさんに思っていたより早く再会出来そうなのは好都合ですね。
ライガットさんも嬉しそうな反応ですし。
(……と思っていたら、何やら険しい表情をしてますね。何か気がかりなことでもあるのでしょうか――って、何処へお行きになるのですかライガットさーん!?)
突然その場で踵を返して走り去ろうとしていたライガットさんのシャツを握り、逃亡を阻止します。おっとっと――
「のわッ!? ――セ、セフィか! 息が詰まっちまったじゃねえか!」
あ、ごめんなさい。
「ライガット君? 何処へ行くんだ?」
「ちょっとオッサンに……いや、将軍に話を訊いてくる」
ロギンさんの質問に、「ちょっとコンビニ行ってくる」という感じでバルド将軍へ質問しに行くと答えるライガットさんは実際かなり大物であろう。
私も退避命令の詳細が気になるところですし、ここは同行させて頂くとしましょうか。杖を背中側のベルトに差し込み、ライガットさんの背中に這い登りながらそう考えます。
「おっと、お前も来るか? ……あー、なんか久しぶりだな、お前をこうするのも……」
そういえばそうですね。何とか歩けるようになってからはなるべく歩くようにしてましたから。
「ああ! そうだロギン、その『ライガット君』ての、やめてくれねーか? なんか気持ち悪いからさ」
え、ライガットさんは君付け苦手だったんですか? 私はちょっと高尚な学校の先生に呼ばれる時みたいで新鮮だったんですが……
「……む……そ、そうか。……では何と呼べばいい?」
「そのまんま、『ライガット』で! んじゃ行くぞ、しっかり掴まってろ!」
困惑する様子のロギンさんにそう言い残すと、足早にバルド大隊の司令部の方へライガットさんは駆けていきます。おー! やっぱり速くて楽ちんです!
こ、この移動効率はやはり魅力的で……おっといけません。自分で努力する事を忘れてしまうのは堕落の一歩です。いつか自力で走れるようにならなければ……
……
――途中、何人かの軍人さん達にバルド将軍の所在を聞いて回り、程なく私達は将軍の居場所を突き止めました。
そこは簡易遺体安置所とされている一角で、中身が入った納体袋が幾つも並べられており、バルド将軍はその中の一つの側に屈んでいました。
ペースを落として歩くライガットさんに背負われたまま、私は将軍に近付きます。
バルド将軍が見つめる納体袋の中には、目を閉じた女性軍人の遺体が納まっています。……バルド将軍の部下の方でしょうか? 私は彼女に黙祷を捧げ、冥福をお祈りしました。ライガットさんは顔を背けています。地味に私と顔が近い近い……
「…………ライガットか……」
こちらに背をむけたまま、バルド将軍が口を開きました。……どうしてライガットさんだって分かったのでしょうか? 足音とか?
「ロギン君の制止を振り切って突撃したそうだな……」
……ああ、昼間の話ですか。
確かに、ロギンさんが単独で突撃しようとしていたライガットさんを止めようとしていましたね。結局は振り切って攻撃に入ってしまったのですが……
「あ、ああ……あいつは上官だから……命令違反になる、のかな……」
……今頃になって心配になったんですか?
ライガットさんは一等重騎士、ロギンさんは上等重騎士。立派な命令違反です。
でもロギンさんは、多分何も言わないんじゃないでしょうか? ナルヴィ隊長も文句は言っても、なんだかんだで許してくれそうな気がしますね。
もっと重大な命令違反を仕出かした輩も私達の部隊にはいることですし。
「……そうだな…………しかし……ありがとう……」
……驚きましたね。この堅物そうな将軍閣下がそんなことを言うなんて。
ライガットさんは神妙な顔付きで、私はいつもの無表情で将軍の言葉を待ちます。
「……私はエルザの死を無駄にしたくなかった。……激昂に駆られ、己を見失っていた。…………お前が加勢に駆けつけていなければ、さらに部下を失っていただろう……」
ポツリポツリと零すこの人の背中が、この時ばかりは凄く小さく見えます。
たぶん、目の前の遺体がエルザさんでしょう。お綺麗な面貌でしたし、バルド将軍も可愛がっていらっしゃったのかもしれません。将軍とされるお人にとって、亡くなられて激情に駆られる人ってのは相当ですからね。
ライガットさんは、目頭を押さえ肩を震わせるバルド将軍を慰めるかのように肩をポンポンと叩きます。私もしんみりしちゃいます。
何気に、人の遺体を見るのはこの世界で初めてですね……いつもゴーレムを蹴散らしているときは敵の遺体なんて見る機会はないので。
うん……思った以上に落ち着いていますね、私。ちょっとは取り乱してもおかしくないかなーって思っていたのです。
(――ッ!?)
な、なんでしょう……一瞬凄まじい寒気が背中に走ったんですが……
思わずブンブンと顔を動かし、周りを確認します。こういう曖昧な感覚も馬鹿にならないっていうのは義姉様と義兄様からの受け売りです。野生型なんですね、やっぱり。
(……げ)
背後に目を向けた私の視界に映っていたのは、こちらに背を向けて何処かに歩いて行く長髪の男性の姿。
暗くてよく分かりませんが…………あれ、ひょっとしてジルグ殿では?
……
「――撤退の理由?」
「ああ、オッサンなら何か知ってるんじゃないかと思って」
落ち着きを取り戻したバルド将軍にライガットさんが質問します。そう言えば私達は王都からの退避命令の理由を確認しに来たんでした。
「……オーランドとの軍事同盟が成立したからな。我々は王都に帰還し、オーランドの援軍を待ちつつ籠城に入る」
は? 援軍!? オーランド!? あのバリバリ怪しい信用ならない隣の大国!?
ホズル陛下、あの国から援軍を引き出す約束を取り付けたというのですか? まだ私達が王都を出てそんなに経ってませんよ!?
や、やりますね陛下……正直うまく行くとは思っていませんでしたし、援軍を寄越されるにしてもかなり後になるのではと考えていましたよ……あの国、意思決定遅そうですから。
うーん、あの国もクリシュナがアテネス領になる事はなんとしても避けたいということでしょうか。複雑ですね……
「…………オーランドか……それしかないんだろうけど、なんか納得いかねぇよな……俺としてはあの国、正直好きになれそうにないし……」
お、ライガットさんそれには同感です。
どうにも、この戦争の引き金であるアッサムでの反乱に一枚噛んでいるようですからね、あの国は。
しかし他に頼れそうな国も存在しません。他にクリシュナ王国が仲良くできそうだった唯一の国であるアッサム王国は、早々にアテネス領になってしまいましたから。
「……ところで、その娘は何故ここに?」
……将軍、今頃私にお気づきですか?
私ってばそんなに存在感薄かったでしょうか……ちょっとショックです――
――――――――――
――翌朝、私達ミレニル部隊とバルド将軍旗下ゴーレム大隊の生き残りは、一路王都ビノンテンに向けて撤退を開始しました。
一応、敵の追撃を懸念してかなりの急ぎ足で走行しているため周囲一帯に物凄い土煙が待っています。このゴーレムの大群の中にいると分かるんですが、これはどうやったって目立ちますわ……
ミレニル部隊のゴーレムは皆、バルド将軍のゴーレムの近くに配置されております。全員凄腕、もしくはずば抜けた性能のゴーレム乗りですから、将軍を護衛する役目は打ってつけというものです。
『――バルド将軍!! ボルキュスが動き始めました!!』
『! 全軍止まれ!!』
撤退を開始して暫くして、斥候の方が二輪車で慌ただしく報告にやって来ました。その内容は、あのボルキュス将軍の行方のようですが――
……
「――これは確かなのか?」
「はい、間違いありません!」
「……直接我々を追跡するわけでもなく、わざわざ迂回しているだと……? むぅ……意図が掴めぬな。これなら楽に退却できるというものだが……ボルキュス、奴の狙いは何だ?」
バルド将軍が斥候から齎されたボルキュス将軍について報告を受け、地図を眺めながら唸っている間、私達は小休止を与えられております。
特にデルフィングにとってはこういった機体を動かさなくてもいい時間というのはありがたいもので、稼働時間を回復するのに持ってこいです。
かく言う私もデルフィングから下ろしてもらい、水分をとったり背伸びをして身体をほぐしたりしています。……ま、一番の目的は遠バルド将軍が聞いているボルキュス将軍の情報を盗み聞きする為なんですが。
その結果、判明した驚愕の真実――
昨日の奮闘であれだけ減らしたはずのアテネスのゴーレムの数が、今朝になって戦闘を行う前よりも増え、現在は百台をゆうに超えてしまっているという――なんで? どうして?
いや、何処かに隠れていた伏兵部隊や本国からの増援が合流してしまったのでしょうが……なぜこのタイミングなのですか……昨日の夜ちょっぴり喜んでいたのがバカみたいじゃないですか……
しかしそう考えると、王都から退避命令が出たのは不幸中の幸いだったというものですね。
もし敵の増援に気づかずに交戦状態に入ってしまったら、いくらデルフィングが存在するとしても我々は数の暴力であっという間に掃討されてしまうというものです。
ここは予定通り王都への籠城策をとって、オーランドからの援軍を待つ方が無難でしょう。……納得はいかないですが。
それにどうやら、敵はこちらを追わずにクリシュナの別地域への迂回ルートをとって移動を開始したようですので、このまま王都への直線経路を通れば追撃を受ける可能性も皆無でしょう。不気味ではありますが、今は無事に帰還できることを喜ぶべきですかね。
「……敵のゴゥレムが百台上乗せとはな、全く昨日散々叩いてやったというのに、これだからアテネスの物量は!」
報告を受けているナルヴィ義姉様も、流石にこの状況には頭を痛めているようですね。顔色がよくありません。
「ああ……こうなっては籠城する以外まともな対抗手段は無い……住民の避難が間に合えば良いんだが……」
「それにしても、ボルキュスはペグー
ペグー山……クリシュナ中央からやや北寄りに存在する小高い山地の名前ですね。王都ビノンテンから見てほぼ真北、ここからは北北東~北東方向に位置します。
私達の現在地から見て、当初目的地としていたミゾラム要塞は北西、ビノンテンは南東の方角。つまりボルキュス将軍の大部隊は北方面に大回りしているということですね。
「――ナ、ナルヴィ!」
「!? ライガット?」
? ライガットさんがデルフィングから慌ただしく跳び出して来ました。何でしょう?
「敵の大部隊がペグー山に向かってるって本当なのか!?」
「な、何だ!?」
「なあ!! 本当なのかッ!?」
……これまた、凄い剣幕でナルヴィ隊長に詰め寄ってますね。ペグー山に何かあるんでしょうか?
「ほ、本当だ!! それがどうした!?」
焦った様子のナルヴィ隊長がライガットさんを突き放しながらそう言うと、ライガットさんが今度は呆然としてしまいました。
「……?」
「……ペグー山の近くには、村があるんだ……そ、その村の住人は退避してる……のか? もし避難が間に合わなかったら……ボルキュスは村を襲うのか? なあ……どうなんだ?」
……なるほど、その村の存在を知っていたから酷く狼狽していたんですね。誰か知り合いでもその村で暮らしているとすれば、ライガットさんにしてみれば気が気ではないでしょう。
「……本隊への報告が優先されるが、村への勧告もされる! ボルキュスが村を襲うかは何とも言えない……何だ!? 何かあるのか!?」
ナルヴィ隊長はそうおっしゃいますが……ゼスさん曰く、ボルキュス将軍はとんでもなく残虐な人物らしいので間違いなく襲撃するでしょうね。
食料や財産を徴発するだけで済むのか、住民を虐殺・拉致するのかは分かりませんが無事に済むとは思えません。胸糞悪い話ですが……
私達に出来るのは勧告が間に合って、無事にその村の人々が避難できることを祈る他ありません。
ライガットさんはナルヴィ隊長の説明を聞くと、顔を真っ青にして彼女に訴えます。
「……ペグー山付近の村ってのは……俺の村だ……弟のレガッツも村の外れに住んでる……」
(んげ……なんということでしょう……)
よりにもよってその村がライガットさんのご出身とは……尽く神様はこの人に過酷な運命を課すものです。
しかも村の外れに家があるってことは、ひょっとしたら勧告が漏れる可能性も……弟さんの安否が気になります。
「……分かった。バルド将軍にも伝える! それに村の外れでも村人が知らせてくれるだろう? とにかく今はゴゥレム内で待機しろ……!」
バルド将軍ならこの話を聞けば何らかの手を打ってくれるでしょうね。あの人もライガットさんの重要性は確実に理解しているので。
こういう特別扱いは正直好ましくないのでしょうが、それにはこの一時だけ目を瞑ってもらうとしましょう。ライガットさんですから、それくらいの役得は許されてしかるべきでしょう。
「――ライガット! ゴゥレム内で待機だッ!!」
「……あ、ああ…………分かった…………分かったよ…………」
弟さんの事を考えているのか、どうにもライガットさんが情緒不安定ですね……今もなんだかフラフラしていてナルヴィ隊長に怒鳴られてますし。
……あ、ということは私もデルフィングの中に戻らないといけないのでしょうか? ……怒られない内に戻っていた方が賢明というものですね、ここは。ではそそくさー……
「……セフィ、ちょっと待て……」
(ぐぇッ!?)
忍び足で歩いていた私の襟首をナルヴィ隊長に掴まれたせいで首が……ひ、ひどいです……そして苦しい……
「よしよし……やっぱりそこで止まれライガット……今はデルフィングに近付くな…………」
(な、何事ー!?)
私の素っ首を左手で押さえたナルヴィ隊長は、反対の右手でプレスガンを抜き放つと銃口をデルフィングに乗り込もうとしていたライガットさんに向け照準……何をなさるおつもりで!?
(……あ、あわわわわ)
どうしましょう……ナルヴィ義姉様の目がメチャクチャ恐ろしゅうございます……これは確実に人を殺す人間の目ですわ……
「……」
「……変な気は起こすなよ……間違っても弟を助けに行こうなどとは思うな……我々に任せろ!!」
(そ、そういうことでしたか……)
どうやらナルヴィ隊長はライガットさんがデルフィングを使って弟さんの救出に向かおうとするのを未然に防ごうとしている模様です。
……デルフィングを擁するミレニル部隊の隊長としてはそうせざるをえないのでしょう。
仮にこのままライガットさんが単独でペグー山に向かったとして、百台を超えるゴーレムに対抗できるかと言えばまず不可能としか言いようがありません。
それにライガットさんが弟さんを助け出す事に成功したとしても、果たしてボルキュス将軍の部隊に蹂躙される故郷の村を見捨てて逃げ出せるのか……私は無理なんじゃないかなーって考えますね。ライガットさんは軍人としては未熟である上に優し過ぎる人間なので。
それ以前に今すぐその村に向かっても救助が間に合うかも分かりませんし、昨日のようにボルキュス将軍が罠を仕掛けて待ち伏せている可能性が無きにしもあらず。
どちらにせよデルフィングを失ってしまう可能性がある以上、ここでライガットさんを行かせるわけにはいかないのです。
でもプレスガンの銃口を向けての説得ってどうなんでしょう? 正直今のライガットさんにとっては火に油なんじゃ……それになんだか、あの人の瞳が死んでる気が……
そのまま睨み合うライガットさんとナルヴィ隊長、そして憐れ囚われの身となった私……私ってば何なんでしょう?
「ん!?」
「なんだ!?」
そんな二人とおまけが醸し出すただならぬ空気を感じ取ったのか、周囲がざわつき始めてしまいました。あああ、どんどん事が大きくなって……
「ッ!! しまっ……」
げ……周囲の喧騒に一瞬だけ気を取られたナルヴィ隊長の隙を突いて、ライガットさんがデルフィングの搭乗口に潜り込んでしまいましたよ!
「ちッ……セフィ! こっちに!!」
(わきゃー!?)
私の襟首を掴んだままその場から離れるナルヴィ隊長。そして間もなくデルフィングが大地を蹴り跳躍するド派手な轟音が荒野に響き渡りました。衝撃波が側に居た私達に……わぷっ!?
「ラ、ライガッ――!!」
『悪い!! 弟を連れて戻るッ!! 先に王都に帰っててくれッ!!』
必死に呼びかけようとするナルヴィ隊長にそう言い残すと、デルフィングはあっという間に北方へ跳んで行ってしまいました。
あの馬鹿ちんが……よりにもよって大音量で脱走を言いふらして行くなんて!
「くっ……!!」
ナルヴィ隊長はどうしようか迷っているようですが、残念ながらあの速度に追いつけるゴーレムなんているはずがありません。
つまり、ただ見送ることしか出来ないわけなんですが……
――あれ? ひょっとして私、ライガットさんに置いて行かれちゃいましたか? デルフィングの副搭乗士なのに!?
▼今回のまとめ・追記事項
1.基本的に親しい人の言葉は疑わない
2.気配察知能力はまだ未熟
3.ライガット氏は脱走前に隊長殿の胸部パーツをじっくり(ry
4.趣味:情報収集が仇になる
次回、宜しくお願いします。