突撃は……いい……
※視点変更があります。
「――さぁて、報告してもらえるかな? ジルグぅ……!」
無害そうな笑顔を浮かべたジルグ殿に、分かりやすい怒気をぶつけるナルヴィ隊長が相対する。
夕闇が一帯を覆い始める時刻、ミレニル部隊員総出で地べたに降りて何を始めたかというと、なんとジルグ殿の糾弾だったりします。
被告人であるジルグ殿は両手を挙げて降参のポーズ。それを私達他の部隊員や彼にプレスガンを向けるバルド隊の助っ人さんたちが取り囲む、という構図でございます。
要注意人物でもあった彼が先の戦闘で一体全体何を仕出かしたのか? それはご本人の口から語ってもらいましょう。
「えー……――しばらく混乱したまま待機していましたが――気分もよくなったので――ウロウロしていたら敵に発見され――攻撃されたので逃げてきました――以上!!」
ふ ざ け ん な !
……こほん。なんですかその言い草は、絶対一片の誠意どころか真実さえ混ざってないでしょう。
「…………ライガット達の報告と違うな……約七台撃破……内、敵将らしきゴゥレムを二台中破、一台大破……とあるが?」
ええ、実はライガットさんと私は、ジルグ殿の敵陣無双っぷりを目撃してしまったんですよね。ただ敵に攻撃されて逃亡した、という話では片付かない戦闘内容でした。
…………
あの不気味なボルキュス将軍(推定)のゴーレムとのガンの飛ばし合いが終わった後、私達はロギンさんから高所での索敵を頼まれたんですよ。
ロギンさんもバルド将軍配下の部隊員の方から依頼されたらしく、どうせなら近場の一番高い地形まで短時間で辿り着ける機動性と、抜群の性能を持つカメラを搭載したデルフィングならより効果的じゃないか、ってことらしいです。ごもっともで。
稼働時間も残り僅かだしさっさと始めようということになり、そんなこんなで近所の岩山の頂上付近まで登っていったデルフィング。高さは二、三百メートル以上あったんじゃないかな? 高所恐怖症でなくとも恐怖を覚える高さです。実際私もライガットさんも恐かった。
索敵を開始して間もなく、それらしい影を発見したライガットさんなんですが……なんとその視線の先には赤いエルテーミスの姿があるじゃありませんか。
「なんであんな所に!?」
驚くライガットさん。私も驚いた。一緒に行動していた筈のナルヴィ義姉様とナイル義兄様のゴーレムが側にいませんでしたから尚の事です。
そうして発見したエルテーミスの動きを見ていたわけですが……いやー、あの機体の機動性も相まってあっちこっちへ跳び回りながら、剣やプレスガンで確実に敵を排除していくのは感心してしまいましたよ。地形を的確に利用しているようでしたし。
んで、しばらくして岩場の影に居た敵将のものらしきゴーレムと鉢合わせした時の動きも凄かったですねー。
先攻はアテネスのゴーレムがとって、不意打ち気味に突撃槍と肩部の据え付けパーツから銃弾を連射してきたのをエルテーミスは華麗に捌き、直剣と銃剣で組み合うところまで持っていったんです。
流石は大国アテネスというか、運用する装備もクリシュナには無いものがあるものです。プレスガンを仕込んだ突撃槍とかフレームパーツなんて、強度が落ちそうだし作るの難しそうだし、目から鱗というやつです。
そこに割り込む形で側面から別の敵将ゴーレムが戦斧を翳して襲いかかりました。両手を相対しているゴーレムを抑えるのに使用しているので万事休すか……と思いきや、ジルグ殿が使ったのは足技。
割り込んできたゴーレムが攻撃してきたタイミングに合わせて膝蹴りを放ち、振り下ろされた戦斧を防ぐのと同時に武器を保持していた右手を破壊するという妙技を見せてくれました。さらに、そのまま膝蹴りを放った脚部を伸ばし、そのゴーレムの頭部を蹴り上げるという連続技まで繋いでみせます。
そしてそこで終わったりはしないのがジルグ殿――その上その相手を踏み台にして跳び上がると同時に、空中で倒立体勢をとったまま、踏みつけられて体勢を崩していたゴーレムにプレスガンを連射、大破させてしまったんです。
いやはや、クレオさんのアクロバットも凄かったですが、より攻撃的に洗練された機動という意味ではジルグ殿に軍配が上がるでしょう。挙動の一つ一つが相手を攻撃する手段になっているのですから怖ろしい。
そこにエルテーミスの背後から現れたのは――なんと先程私達も見ていたボルキュス将軍のゴーレム。
「――!? 来てるぞッ!! ジルグ!!」
届くはずもないのに大声で注意を促したライガットさんも、ジルグ殿の戦いに夢中になっていたと見えます。
両手に剣を構えたボルキュス将軍のゴーレムはエルテーミスに襲いかかり、ジルグ殿も即座に気付いて応戦したわけなんですが……ボルキュス機が繰り出した武器を見てさらに驚きましたよ。
なんと触手ですよ、触手! 黒くてうねうねと動く触手です! しかもジルグ殿が防御に使った剣をあっさり砕いていましたから見た目によらずかなりの攻撃力があります。
……触手だとなんだか嫌らしい響きなので触腕にしましょうか。おそらくは石英靭帯の賜物なのでしょうが、あんな物まで作れてしまうものなんですね。扱いが凄くややこしそう。
あとはマントの隙間からちらりとフレームが覗けるんですが、かなり大柄な体躯をしているようです。エルテーミスと比べるとよく分かります。
そして始まったのは、入れ替わり立ち代り激しい攻撃の応酬。
ボルキュス将軍が脚部フレームの仕込み銃を連射したかと思えば、ジルグ殿は三角跳びで上から強襲したり……お互い捨て身の勢いで攻撃してるのに、それが一度も相手のフレームに命中しないのかが不思議なほどでした。
かなり長い時間観察していたように思えますが、実際には全て数分の出来事です。活動限界が迫っていたのでやむを得ずデルフィングを地上に降ろしたわけなんですが……
索敵の結果、判明したのは敵部隊ゴーレムの装備とボルキュス将軍・ジルグ殿の実力です。事を構える前に一部でも特殊な武装の存在や、驚異的な将軍の戦闘力を知ることが出来たのは正直僥倖だったと思います。
…………
確かにこれ『だけ』なら“凄いじゃない、良いじゃない、大戦果じゃない”で済むかもしれない話ではあるんです。単独で突出してしまったとはいえ敵部隊の中枢に大打撃を与えることができたのは事実ですし、他の人がやろうと思ってやれることでもないですので。
ただ、ここで問題になるのは、ジルグ殿が作戦行動中に“恐怖で足が竦んでしまって動けない”と言い出して単独離脱した後でこの無双っぷりを発揮したことだったんです。なんでも、「今までは内容を把握して行った訓練だから上手く動けて、本当の戦は初めてなんです」とか二人に言ってたそうで。
ジルグ殿にとってこれが初陣だというのは事実らしく、そう考えるとあながち有り得ない話ではなかったと思います。
私も初陣の時は怖かったですので、そうなっちゃう気持ちも理解できなくはないです。
まあ、嘘だったんでしょうが……
奇襲する直前で立ち止まってしまったジルグ殿とのやりとりに時間を取られ、三人はアテネスの右翼展開部隊に気取られてしまいましてですね。仕方無くナルヴィ隊長とナイル義兄様はジルグ殿を放置して作戦を続行することにしたらしいです。
しかし無駄なやりとりで時間を食い過ぎていたのか、攻撃開始予定地点に辿り着いた時には既にバルド将軍のゴーレム部隊が反撃を開始した後……遠方で退却する敵の追撃を行っている頃合いになっており、結局兄妹お二人の戦果は途中で仕留めたゴーレム二台に留まるという微妙なものに終わってしまったようです。
トゥル将軍の為に戦果を上げようと張り切っていたナルヴィ隊長にとっては、面白い話であるはずがありません。
ふてくされてジルグ殿を回収に戻ったナルヴィ義姉様達でしたが、なんとジルグ殿の赤いエルテーミスはいなくなっており呆然とする羽目に。
仕方無く一旦私達と合流するためにバルド将軍のゴーレム大隊の野営陣地構築現場まで来てみれば、私達の索敵行動で確認した内容を報告されて事の次第を把握し、即お顔真っ赤、と。
そりゃあ余計な手間を取られて戦果を上げ損なってしまった挙句、実は一杯食わされていたと知れば……怒るのも無理ないですよねー。
「……じゃあそういう事で」
ナルヴィ隊長のドスの効いた詰問に申し開きもせず、あっさり前言撤回しちゃっていますよ、この人。
さあ、ナルヴィ隊長はどういう処分を下すのやら……
「……ジルグ、今後お前の銃の携帯と私の許可無しにゴゥレムに近付く事を禁じる!」
うーん、案の定ジルグ殿の軍人としての権限が一部剥奪される……というか本当に囚人兵っぽい扱いになってしまいました。楽しそうに笑ってますけど、ジルグ殿はこれで良いんでしょうか?
「――あの、ナルヴィ隊長……」
そこへ、頭にゴーグルをかけた軍人さんが近寄ってきました。一体何事――
「その……ジルグ殿にエルテーミス修理……の監修をお願いしたいのですが……」
「「「……」」」
き、気不味い……
「ちっ……来い、ジルグ!」
「了解」
ゴーレムに近付くなと言い放った直後のこのタイミングでこんな話が舞い込んでくるとは。そのせいで隊長殿が顔を真っ赤にしながら付き添う羽目になっちゃってます。
まあ、しょうが無いといえばしょうが無いです。この陣容の中であのゴーレムに一番詳しい人間は、実際に乗って担当技師から指導も受けている筈のジルグ殿以外ありえませんからね。
……ふむ。でも戦場での野外陣地でのゴーレム修復作業か……見たことないですし、どんなふうに作業するのかちょっと見学しておきたい気持ちはありますね。いい勉強になるかも。
「……なんだ? お前も見に行きたいのか?」
「――(コクコク)」
いつものごとく、ライガットさんの裾を引っ張ってアピールします。私の意図を正確に読めるライガットさん、今の私の保護者みたいなものなんですよね。
声が出るようになったとはいえ、肯定否定で片付くことはジェスチャーで返すのが常みたいになってます。癖でもついちゃったんでしょうか?
「……まあ構わないか、ナルヴィ隊長の側から離れるなよ! 特にジルグの側とか危ないとこには行くなよ!」
ジルグ殿は危険物扱いですかーそうですかー。
とりあえず許可は貰えたのでお二人に同行しましょう。そうしましょう。
――――――――――
エルテーミスの修理を行うらしい工作兵と一緒に歩いて行く三人を見送る俺は、丁度こちらにやってきたバルド将軍がジルグと一言も躱さずにすれ違ったのを目にした。
将軍はあいつのことを気にしている素振りだったが、ジルグはそれを無視したように見える。
「ライガット、無事で安心したぞ」
「……あんたもな」
俺の姿を見つけた将軍が声をかけてきた。あの混戦でこのオッサンが生きていたことに、自分でも意外なほど安心感があった。
ちょうどいい、ジルグについて話を訊いてみるか……
「……あいつ、凄かったよ。……だけど、死にたがってるみたいだった」
「……そうか」
なんか、そうなることも納得済みだったっていう顔してんな。
「なあ、あいつに過去何があったか聞かせろよ? 俺もジルグについてちょっとした情報はこの前読んだんだけどさ、分からないんだよ。あいつの事……」
「……一年前、ジルグが投獄された原因となった事件については知っているか?」
唐突だな。一年前……ってことは、あいつが参加してたゴゥレムの行軍訓練での話か?
「ああ……理由も無く訓練中の味方を殺っちまったって話だろ? なんでも死んだのは一人だけで、残りの何人かは見逃されたらしいけど……」
「そうか……耳が早いな」
「……別にたまたまだ、セフィがジルグの事をあれこれ調べてた時期があって、そん時にな」
一日ほどの間でセフィはよくあれだけの情報を集められたもんだな、よく考えれば。
そのおかげで俺があいつに狙われてるらしいってのは分かったけど……イマイチ実感が持てないんだよな……初日にゴゥレムで喧嘩ふっかけられて以来、特に衝突することも無いし……
「……あの娘はそんな事を?」
「おう、理由は教えてくんねーんだけどさ」
「……まあよかろう。概ねその通りだ」
「本当だったのかよ……ますます訳分かんねえ……」
あいつが作った資料だと特に裏付けも無いようだったから嘘かとも思ったんだが、事実だったらしい。
「……私もこの一年、今のお前と同じ心境のまま過ごしてきた……わからないんだ、ジルグの事が……」
「な、何か思い当たるフシとかないのか? ある時期から急に人が変わったとか……」
「……子供の頃から飄々としていた。それは今も昔も変わらない……」
昔っからああなのか……それはそれでゼスの野郎とは違った意味で子供らしくない子供だったろうな……
「……ただ――」
そう切り出し、オッサンはいつになく思いつめた表情でジルグとの昔話を始める。
「……ただ、
――それはセフィの調査結果にも載っていなかった、ジルグの過去だった。
オッサンが、まだジルグが子供の時に二人で旅行に行った時の話とのことだが。
二人は旅行の途中で立ち寄ったクリシュナ国境付近の集落が、オーランドからやってきた脱獄兵の集団、約二十人程に襲撃されている場面に出くわした。
その集落は未登録集落――所謂どの国からの庇護を受けていない集落で、防衛の備えは自警団くらいしか存在しておらず、その自警団も全滅していたらしい。
そこでまだ子供だったジルグの提案で、二手に分かれて集落に散らばっていたその脱獄兵達を殲滅することになった……なんつーことを言い出す子供だよ。
ジルグは戦闘訓練は受けてはいたものの実戦経験は無く、オッサンとしては内心襲われている人々を見捨ててでも一人にしたくはなかったようだが……結局はオッサンが折れ、お互い一丁ずつプレスガンを持って別れた。
そして順調に脱獄兵を始末していったオッサン達だったが、そいつらを殆ど殲滅し終えるかどうかという場面で、ジルグが人質に取られてしまった。
ジルグは自分に構わず他の人間を助けに行くようにオッサンに言ったが、よりにもよってジルグを人質にとった脱獄兵は西大陸語を理解出来たらしく、二人が親子関係であることを利用して武器を捨てるよう要求してきた。
その時、オッサンが咄嗟にジルグの左足を撃ち抜いて脱獄兵の混乱させ、その隙にそいつを射殺して難を逃れたらしいが……ジルグは応急処置をしようとしたオッサンに自分を置いて他の人間を救いに行くように言ったそうだ。
なんでも、「僕でもああした」「僕が『父さん』と呼んだのはミスだった」「大丈夫だから」とその時に諭され、やむなくその場にジルグを残していったらしいけど……やりきれんよなぁ。
その後なんとか脱獄兵を全滅させたものの、その時からジルグは以前よりも真面目に、色んな物事に取り組むようになったとのことだ。
その様子を見て、オッサンは自分よりも有能な将軍になれると密かに喜び期待していたらしいが……
「――子供の頃から重責を負わされる、あいつの気持ちなど汲み取ろうともせずにな……張りつめた糸は、いつか切れるものだ……私がもっと早く気付いてやれていれば、ジルグの今も違っていたかもしれん……」
沈痛極まる様子でそう言うと、オッサンはその歪んだ親子の話を締めくくった。
(……どう考えても切っ掛けはそん時だろうな)
少なくとも、今のジルグという人間に繋がる重要なピースであることは確かだ。
……セフィにも、力を抜くことを覚えさせるべきか? まだ会ってから一月も経っていないとはいえ、あいつが何事にも全力で取り組んでいるのは周知の事実だし。
いつかあいつが成長した時に、俺の無頓着のせいでジルグみたいになられては後悔してもしきれんし……
「――ああッ!? トゥルのオヤジが死んだ!?」
そんなことを考えていた俺の耳にナイルの大声が届いた。
慌てて背後に顔を向ける。とてもじゃないが聞き逃がせる話じゃない。
「な、亡骸は何処だッ!?」
「て、敵が持ち去ったとの報告ですが……」
「ッ、あ゛~~……」
頭を押さえてナイルは苦悶している。……確か、トゥル将軍ってこいつの親代わり、だったよな……
「その話だが……ナイル君、君にナルヴィ隊長にどう報告するかを決めてほしい」
そんなナイルに歩み寄ったオッサンが話に割り込む。……そういえばナルヴィ隊長はジルグとセフィと一緒にこの場を離れていたんだった。
「彼女はトゥル将軍を実父のように慕っていた……彼女は今後の作戦行動に支障をきたさないでいられそうか?」
「…………無理……でしょうね。多分まともに動ける状態ではなくなります……」
(おいおい……ヤバいだろそれ……)
あの男勝りな隊長殿がそんなに影響を受けるほどなのかよ……
「そうか……なら選択肢は二つ……彼女にトゥル将軍の戦死を伝え、ロギン君が隊長を引き継ぐか……彼女には知らせないか、だな……」
「そう、ですね……」
オッサンの提案を受けて考えこむナイル。ロギンも顔を強張らせているし……ん? おい、ちょっと待てよ……
「……なあ、確か……トゥル将軍って、セフィの保護者か何かになってたよな……あいつにとって、トゥル将軍ってどんな感じだったか知ってるか?」
どうする? あいつにもトゥル将軍の死を伝えて大丈夫なのか?
面識はあるはずだけど、そう何日も付き合いがあるとは思えない……問題無いか?
でも仮にとはいえ親代わりになった人間をいきなり失って、あの年頃の子供が平静でいられるものか?
「!? あ、あ゛~~そうだった……くそッ! あの子にもンなこと言えるわけねーじゃねーか!! そっちはどうなるか予想もつかねーぞ!!」
やっぱ駄目か。あいつがこの場を離れていたタイミングで良かった……
子供や市民には人気あるって話だったからな……あの将軍……セフィも早々に懐いてたのかもしれん。
「……いずれにせよ、決めるのは君だ。こちらも必要なら支援の用意はするが……」
「……」
俺も、ロギンも、オッサンも……この場に居る一同が、ナイルの答えを待つ。もし二人にトゥル将軍の死を伝えるなら、彼女たちの戦線離脱を覚悟しなければならないが……
皆が注目する中、頭を抱えていたナイルが重々しく口を開き――
――――――――――
(おー、意外とこういうのも見ていて面白いものですねー)
私は今、そこら辺の手頃な岩に座って書類を読んでいるナルヴィ義姉様の隣で、エルテーミスの修理作業を見学しているのです。
と言っても、破損しているのは表面の装甲部分だけですので、それほど大掛かりな作業にはならないようです。損傷を受けた箇所の装甲板をひっぺがして、新しく現場で作った装甲板を装着し直すだけですので。
そう、なんと今この場で新しいパーツを作ってるんですよ! 大岩に背を預けて腰を下ろしている格好のエルテーミスの隣で、工作兵の方が石英工作用のハンドカッターのようなものを使ってガリガリ薄い石英板の形状を整えております。
ちなみに修理箇所は両肩と左足ですね。特に膝蹴りを放った左足の装甲は酷い歪み方をしています。そりゃそうですよね、ゴーレム戦闘で体術を使って戦うならば、それに合わせたパーツを使わないとああなってしまうのですよね……
しかしこれでフレームには一切損傷がないのは、やはりジルグ殿の腕が良かったからでしょうね。致命的な負担は避けているんでしょう。
他にも少し離れた場所では、今日確認したアテネスのゴーレムに合わせた装備変更などもしているようです。
私達の部隊ではナイル義兄様のゴーレムも先程装備の換装をしていました。エルテーミスのような機動性の高い敵の新型が発見されなかったこともあり、減らしていた肩部の装甲を増設して元に戻すそうです。何気に装甲を減らしたり増やしたり改造する機会が多いゴーレムなんですよね、ナイル義兄様の機体って。
「――何? 真面目に働く姿を見て濡れた?」
「くたばれ!!」
(死ね!!)
……ナルヴィ義姉様にジルグ殿が言葉でセクハラをかましやがったのでそちらに顔を向けます。いやに爽やかな笑顔なのがムカつく。
この世界でライガットさん以外に下ネタを言う人、初めて見ましたね。この人ホントに十九歳なんでしょうか?
「……ジルグ」
セクハラに刺激されたのでしょうか、ナルヴィ義姉様が口を開きます。
「私は……お前が嫌いだ……」
おうふ……ぶっちゃけましたね。
「……お前があの時の御前試合に参加していれば私の優勝はなかっただろうし……何よりバルド将軍の息子……」
ああ、以前ジルグ殿についてお訊きしたときにほのめかしていた確執っていうのがそれなのですね。ジルグ殿に御前試合とやらの優勝を譲られたようで、プライドを傷つけられたのかもしれません。
バルド将軍の実の息子、というのもそうですね。自分やナルヴィ義姉様はトゥル将軍の血を分けた実子ではなく、あくまであの人が運営する孤児院で庇護を受けているだけですから。
「それに――」
そこで顔を上げたナルヴィ義姉……? ちょっと雰囲気が変わった?
「皆、貴方に期待していた……トゥル将軍さえも――……」
……うん、ナルヴィ義姉様はジルグ殿に年下ながら敬意を持っているようですね。
まあ、あんな事件を起こさなければ、とは皆が考えることでしょうし、先程見せてくれたあの惚れ惚れとする戦いっぷりには憧れざるを得ないでしょう。
「……期待というより――皆、生け贄が欲しかったのさ……」
「……何?」
(……生け贄?)
それだけをナルヴィ義姉様に言うと、エルテーミスの修理作業に戻ってしまうジルグ殿。
……今、ひっじょーに珍しいことにジルグ殿が自分の意見を言ってましたよね? ちょっとこれはあの人の行動理念を暴くいいヒントじゃないでしょうか!?
(……皆ってことは、ジルグ殿に期待していた人物殆どということでしょう。ということは彼に悪意を持っている人間・いない人間に限定しない話でしょうから、何かの陰謀という話ではなさそうですね……)
宗教的な意味での生け贄では当然ないでしょう。
生け贄……生け贄……将来、ジルグ殿が活躍することで起こる何かを恐がっていた? いや、違いますね……
(……自分達が本来やらなければならない“何か”を無理矢理ジルグ殿に代わりにやらせようとした? 一体何を? 普通に考えれば自分が出来ないことか、もしくはやりたくないこと……それをジルグ殿は嫌がった、もしくは恐れた……)
あまりに多すぎる他人や身内の“期待”は、期待される本人にとっては“強制”にしかならないってことは時々ありますけど……駄目ですね、これだけではなんとも言えません。
ジルグ殿に求められること……おそらくは軍人としてクリシュナ王国の守護に携わり活躍することでしょうけど、その辺りナルヴィ義姉様は何かご存知でしょうか?
「……生け贄……聞き間違いじゃなかったのか……ジルグは私達があいつに求めたことを嫌がったって――貴方はそう言いたいの?」
「――(コクコク)」
そう、だと思うんですけど……何か考え始めたナルヴィ義姉様もよく分かっていらっしゃらないようです。
うーん、王都に戻ったらジルグ殿についてもう一度調べてみましょうか……
▼今回のあらすじ・補足事項
1.セフィは見ていた
2.セフィは聞いていない
3.舞台裏でトゥル将軍死亡
4.苦労人ナイル
5.影が薄いロギン
次回、宜しくお願いします。