壊剣の妖精   作:山雀

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▼前回のあらすじ


 主人公、ライガット氏とクレオ嬢を精神的にいたぶる。


 ※前半は珍しいあの人視点


020. 出陣前日 後編

――――――――――

 

 

 

 ――クリシュナの現状は極めて厳しいものであると言わざるをえない。

 先のアッサム陥落からの立て続けの凶事、こちらとしても出来うる限りの策は施してきたつもりだが、民の負担は増す一方だろう。

 さらに少数とはいえ、アテネスゴゥレム部隊のビノンテン襲撃までも許してしまっている。その部隊をゼスが率いていたと知った後はその鮮やかな手際にも納得したが。

 それに加え、オーランドに援軍要請は行っているものの、一向に良い返事は届かないときている。

 ……苛立ちと焦りが募るが、ここで焦ってはクリシュナを救うことなぞ望めない。辛抱強く交渉を――

 

「――ぃ……おい! ホズル!」

「……む……?」

 

 ふと顔を上げると、酒精によって若干赤らんだ顔をしているライガットが目に入る。

 いかんな……久々に心休まる穏やかな時間が訪れればこれだ。折角のコイツとサシでの酒と語らいだと言うのに……

 

「……そんなツラすんなって。俺は死なねぇし……必ず帰るよ!」

 

 俺の自失を、ライガット自身が出陣することへの不安ととったのか、そんなことを口に出す。あのライガットにまで気を使われるとは……我ながら情けない。

 ゆったりと酒を呷る友人を見る。心無しか、ここに来た時よりも顔色は良くなっているようだった。それまでは顔を青褪めさせて何か悩んでいた様子だったが……ふむ、そろそろ尋ねてみるか。

 

「そういうお前こそ、さっきまでは随分と気落ちした様子だったじゃないか」

「……そう見えたか?」

「ああ、何があった?」

「……はぁ……なんと言うか、な……」

 

 ライガットは手元のグラスを揺らしながら溜息を吐き出し、何事かを思い出すかのように話しだした。

 

「――今日の夕方にな、セフィに“お願い”されて、俺が倒したゼスの部下が埋葬された墓地に行ってきた。セフィと――あの巨乳捕虜と一緒にな」

「何?」

 

 俺はグラスから口を離し顔を上げる。ライガットはさっきと変わらずグラスを弄っている格好を崩さない。

 

(……どうしてあの娘はわざわざそんなことを……コイツの精神的不調を望んでいる? いや、そんな様子など今まで一度も無かった、むしろ逆だ。……ならば理由は、あの娘の目的はなんだ?)

 

 そんなことを考える俺に気付かず、ライガットは語り続ける。

 

「おまけにその二人と合流したのが墓地の前。俺は捕虜まで連れてくるとは事前に聞かされてなかった。……何の嫌がらせだって思ったよ」

「……何故だ?」

「知らね。セフィは何も言わなかったし、俺もそん時は訊く気すら起きなかったし……その後捕虜女と少しゼスの思い出話をしてから墓を参ったんだが……案の定二人分の墓石の前であの娘はわんわん泣いてさ、俺は後ろでただ突っ立ってるだけだぜ? 全く不甲斐ないったらありゃしねぇ……」

「……無理もないだろう。普通は敵国の軍人の墓前になど出向かん」

「はは、そか……」

 

 ライガットはそうやって薄く笑うだけだが……大丈夫なのか?

 

「……そんで散々泣いたあとでその娘は俺に言ったんだ。「貴方の事を恨んでた、でももう止める。シギュンの為に生きて帰れ」ってさ……俺はみっともなく喚いて、そこから逃げ出してそのままこの部屋に来たんだよ……」

「成程……」

 

 道理であんな顔をして悩んでいた訳だ。

 

「……捕虜の娘の方は、大方仲間の墓参りをさせたかったという理由だろうが、お前の方は――」

「……」

「……ふむ、少なくともお前を追い詰める為にしたことでは無いだろう。何かしらの意図がそこにはあったはずだ」

「意図ねぇ……」

 

 シギュンからも、あの娘については聞き及んでいる。時たま無茶を仕出かすが彼女なりの理由がそこにあるということも。頭が鈍い少女ではない……従ってそう考えるのが自然というものだ。

 

「ゴゥレムの中では相変わらず二人きりなのだろう? 一緒に過ごす時間が長ければそれだけ相手の不調にも気付きやすいものだ。以前もあの娘なりにお前のことを心配していたからな」

「いつの間にそんなことを……一体俺の何を見抜いているんだか……」

「そこは信じてやれ。お前がこの国の為に戦うと決めたあの時、頼りすることを望んだ娘だろう?」

「……そうだな」

 

(何より、あの娘が信頼出来る人間は少ない。お前はその一人だからな……)

 

 恐らく、俺はあの娘に信頼などされていないだろう。

 俺はこの国の王としてあの娘を……そしてライガットを利用せねばならない。そうして利用しながら思い遣るのは、果たして偽善と呼んでいいものだろうか。

 こうしてライガットと些細な事を駄弁り合ったり、今や自分の家臣たる少女の為に助言をしたり出来るのも、他に人目のないこの場限りの事……国王ではなく俺個人として振る舞える間だけでの話だ。

 

(俺は無力な王だ……それ故、争いを嫌う友人や子供までを戦に駆り立てる羽目になっている。本当に……自嘲せざるを得んな。アテネスに侮られるのも道理というものか……)

 

「――ついでに一つ約束してくれ、ホズル」

 

 ライガットは俺の目を真っ直ぐ見つめながら話しだす。何時に無く真剣な顔だった。

 

「少なくとも、俺が戻るまではあのクソ条件での降伏は絶対にするな……」

 

 クソ条件、か――今一度、アテネスが示してきた和睦の条件を思い起こす……

 

 

 一、クリシュナ全土の自治権をアテネスに移行

 二、五等爵など全ての爵位の剥奪 ……

 

 

 ――ここまでは、俺としても受け入れることはやぶさかではない。これでも貴族たちの意見を退け、平民を官職につけるよう采配した過去もある。多少の圧政は覚悟せねばならないが、それでもこの国が戦火に見舞われるよりはマシだと言ってもいい。

 問題は最後、使者が口頭でのみ伝えてきた最後の一項目……

 

 

 三、クリシュナ王族の全員処刑

 

 

 依りにもよって王族全員の処刑。平民出とはいえシギュンも処刑の対象となっている以上、俺はその場で答えを出すことができなかった。

 

(俺の首一つならば差し出す覚悟はあったが、こればかりはな……)

 

 アテネスのロキス書記長は極めて優秀だと言っていい……向こうとしては和睦など望むべくもない、ということだ。この三つ目の条件だけで和睦を受け入れようとしていた俺の意思を縛り付けたのだから。

 

 この国を治める王として、民を救う確実な方法は一つ――降伏だ。文句を言う者達は少なからず出るだろうが、俺が決断すれば最終的には皆従ってくれるだろう。

 ……だがそれには大きな代償が伴う。俺は誰にも内心を明かせぬまま迷い続け、そして降伏を望まぬが故にライガットを王都まで呼び寄せることになってしまった。

 和睦に関しての意見を訊くという理由もあったが、魔力無者であるライガットの力を借りてあの古代ゴゥレムの解析を行えれば、アテネスに対抗できるかもしれないという……それはもう淡過ぎるにも程がある希望だったのだが。

 

 ――だがそんな予想とは裏腹に、半ば偶然ではあったもののライガットによってあの古代ゴゥレムが完全稼働を果たすという、思いもよらない幸運が舞い込んできた。

 しかもその力は我らの持つゴゥレムと比較して驚異的と言っていい性能……少し前まで夢物語だった希望が、今や“もしかしたら”という可能性が見えるところまで来ている。

 そしてそれをより確実なものとする為には、どうしてもオーランド(あの国)の協力が必要となる……

 

「……わかった! 俺も腹を決めよう……お前が戻るまでには、オーランドとの外交軋轢を埋めて、軍事支援を取り付ける……!」

 

 そう、この大陸でアテネスに対抗できる唯一の国家。彼らの助力さえ得られれば…… 

 

「大丈夫なのかよ?」

「上手く事が運べれば、お前の言うクソ条件を飲まなくて済む。クリシュナの将兵達の力を疑う訳ではないが、相手はアテネスだ。王としての務めを果たすに過ぎん」

「いや、それくらいは分かるけどよ、俺が言いたいのはオーランドにも用心しろって話だ。お前にとっては今更な事なんだろうけどさ」

「……どうした? お前らしくもない」

 

 ライガットはやけに不安気にこちらの様子を伺ってくる。いつもなら、「よく分からんが、お前に任せる」くらいは言ってきそうなものなのだが……

 

「いやな、少し前にセフィの奴が『オーランドには期待できない』『援軍を寄越されたら逆に食われかねない』とか物騒なことを我らが隊長殿と言い合ってたからな、その時の受け売りみたいなもんだ」

 

 ……最早一介の軍人が語る範疇を超えている内容だな。一体これまでに何をあの少女は学んできたのやら……

 だが、その言葉は的を射たものではある。言わずもがなではあるが、先の合同演習での一件については周囲の者達も腹に据えかねている。

 勿論それは俺も同じ事なのだが……しかし今はこの国難を乗り切るのが先だ。でなければそのオーランドに文句を言うことすら出来なくなる。

 

「外交軋轢を埋める、と言っただろう? なに、俺は国王として若輩の身であることは確かだが、幸い心強い部下が大勢控えているからな。オーランドとの交渉で隙は見せんさ」

「……フ」

 

 ライガットは薄く笑いながら俺に酌をしてくる。注がれた酒はこれまでと一味違う格別な味だった。

 こうも気の持ちよう一つ酒の味が変わるものか……やはりいいものだな。友と語らい盃を交わすというのは。

 ライガットと言葉を交わすのも当分はお預けとなる。今日くらいは、もう少しこいつと会話に興じるのも構わないだろう。

 

 夜空の星々を肴とし、俺達はその日夜遅くまで語り明かしたのだった――

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

(――ナイフですか。ま、妥当なところでしょうね)

 

 いよいよ出陣当日を迎えた今日、私は自分の部屋に戻り戦準備を整えていました。

 陽の光に照らして状態を見ているのは、私の希望内容でシギュン様に手配していただいた武器であるナイフ。どちらかと言うと鋭さより丈夫さを優先したものです。当然石英製ですよ。

 ……いいですね、ナイフ。野山でのサバイバルには一本あるだけで難易度と生存率が全然違うと聞きます。クリシュナ国内は緑が少ない土地ですので役立つ機会は少なそうですが。

 私はうっとりと刃を暫く眺めて一通り満足した後、ナイフをシースに収めて腰の右側――通常ならプレスガンのホルスターが着いている場所に固定します。

 本当は胸部の左側に装着してみたかったのですが……固定するサスペンダーのようなものは持っていないし敬礼をするときに見栄えが悪そうだしで、泣く泣く諦めました。いいんです、どうせ左手では杖を持つのでナイフ使わないし。

 

(それにしても、昨日は張り切り過ぎたかなぁ……)

 

 背嚢を担いで集合場所へと歩きながら、昨日の出来事を思い返します。

 いくら出陣前日だからといってはっちゃけ過ぎてしまった気が……

 

―――

 

 昨日、孤児院をそそくさと離れた私はそのまま帰城しました。クレオさんを迎えに行くためです。グラムのモフモフを虎視眈々と狙っていたところにお邪魔してしまって申し訳ありませんでした、クレオさん。

 クレオさんの身支度を整えて貰った後、私は彼女を連れて城内を練り歩き、城を出て、目的地である墓地へと向かったのです。女性守備兵さんお二人にもご一緒してもらっていましたけれどね。

 急にシギュン様のお部屋から連れ出されてクレオさんは戸惑っている様子でしたね……出来れば彼女には事前に外出の旨を伝えておきたかったのですが、一応捕虜の身である彼女に必要以上の情報を与えることは出来なかったのです。

 むしろ、彼女に施されたのが両腕の拘束具のみだったということが意外でした。てっきり私は目隠し耳栓とかもセットかと……でもよくよく考えたら相当危ない絵面になりそうなのでやっぱりあれで正解でしたね。

 

 そうして辿り着いたのは王都の裏側の端に位置する一角。で、その場所の入口には訓練の時にお約束した通り、ライガットさんが待っていてくれていました。

 案の定、全く気乗りはしていない様子ですが、とりあえず来てくれてよかったと思いましたね。

 クレオさんもライガットさんにすぐ気がついたようで……激昂して突撃するかとも思っていましたが、シギュン様の根気強い説得が効いていたのか無闇に襲いかかったりということもなく落ち着いていたのは幸いでした。

 

(「げ、あん時の巨乳ほ――と、違う違う……アテネスの捕虜まで連れて来たのか? セフィ」)

 

 ……ああ、少し思い出したことが。ライガットさん、変な事言いかけてましたね。ホホホホ、今度オシオキを決行せねばなりません。

 その時、クレオさんが果敢にもライガットさんに近付いて行ったのですよね。どうなることやらと思っていましたが、意外とクレオさんは普通そうに話していました。

 一方、ライガットさんはいつになくぎこちなかったですねー、本当にらしくない態度ですよ。ま、二度も命を狙われた相手を前にして平静でいられるのも変な話ですか。

 

 私があの場所に彼女を連れて来た目的の一つは、クレオさんをライガットさんと会わせることにあったんです。何故そんなことをと思われるかもしれませんが……

 

(「…………ゼス……さん……」)

(「ゼス様?」)

(「ゼス――そうだ! お前、ゼスの野郎と一緒にクリシュナに来たんだよな!?」)

(「は、はい! 確かに私はゼスさまが率いる部隊の一員としてここまで来ましたけど……」)

 

 ――と、いう感じにかなりわざとらしい誘導を駆使して、話をゼスさんに関するものに無理矢理変更。そしてあっさり食いついたライガットさん。そうです、その理由の一つがこうしてゼスさんの情報を手に入れて、ライガットさんと共有するためだったのですよ。

 

 いやね、どうにもライガットさんは敵になっちゃったゼスさんに気を揉んでいる様子ですし、何かあの人について手がかりとかないかなーってところで、クレオさんの存在に行き着いたんですよね。ここ最近あの人と一緒に活動していたと思われる彼女なら間違いなくゼスさんの情報を知っていると思われましたので。

 問題はそれを素直に教えてくれるか、ということだったのですが……

 

(「――変わった様子? ゼ、ゼス様のですか? えーとそうですね……せっかく私が作った海藻料理、最近食べてくれなくて……あとあと、私がゴゥレムでヘマしちゃった時なんか格好良く助けに入ってくれたり……」)

 

 ……若干返答がズレてましたが、意外と教えてくれるものなのですね。

 

(「他には――そういえば、何か時間を気にしてらっしゃるご様子だったような……」)

(「時間?」)

(「はい、王都にアタックをかける前の話ですけど」)

 

 ……ふむ、それはあれですよね。ビノンテンが保有する戦力(=ゴーレム)に打撃を与えて、被害がクリシュナ全土に及ぶ前にホズル陛下に速やかな降伏を迫る為ですね、たぶん。

 結局、クレオさんには申し訳ないんですが、彼女のお話は私的には正直あまり参考にならない情報でした。まだライガットさんと対面して話していた時のほうがゼスさんの心情が如実に現れていたように思えます。残念。

 ゼスさんも隊長を務めているなら変なところを部下に見せる訳にもいかなかった筈ですし、そこは仕方がありませんか。

 

(「……そういえば、ライガットさんは昔のゼス様のこと、ご存知なんですよね!」)

(「ん? ああ、昔と言っても五年程前の話だ。アッサムの士官学校で同期生だったんだよ、俺達」)

 

 ……そうですね、その後はなし崩し的にではありますが、ゼスさんの話題を通して盛り上がっていたお二人をじっと眺めてたんでした。私の目的其の二、お二人の和解は特に問題無く進行中でしたから。

 

 殺し殺されの関係だったので当然ですが、ライガットさんとクレオさんの関係って微妙なんですよねー……お互い顔とどんな役目を負ってるかということは大体知ってたはずなんですが、ああやって顔をつき合わせて話す、という機会はそれまで一度もありませんでしたからね。

 

 敵同士で、しかもクレオさんにとっては仲間の仇であるライガットさんの前に連れてくることは、ちょっとした賭けではありましたが、刃傷沙汰にはならない運びだったですし、結果オーライです。ゼスさんさまさまですよ。

 

 ……当然のことですが最初シギュン様もいい顔はしませんでしたけどね。確かに下手すれば二人の一生もののトラウマになりかねなかったことではありますし。

 

 ですが少し前に部屋からライガットさんのことを覗いていたクレオさんの目から、綺麗に憎しみの光が消え失せていたことや、彼女が毎夜事としてシギュン様からライガットさんの事を聞き及んで軽く洗脳されている今なら大丈夫だと私は判断しました。

 

 あとは仲間を失い捕虜になってから時間が経ち、落ち着きを取り戻したのか……その時のクレオさんはライガットさんのことを、“デルフィングの搭乗士”というよりは、“シギュン様やゼスさんの友達”として見ていたようです。

 

(「――あの鳥さん、ゼス様が世話を?」)

(「ああ、始めは猫に弄ばれてたのを見逃せとか言ってた割には、その内自分から率先して世話をするようになったり、肩に止まらせて敷地内を歩きまわったり……」)

(「はー……想像したら少し和んじゃいますねー」)

(「和むのか? 俺としては笑いを堪えるのに必死だったんだが……」)

 

 ゼスさんとグラムのエピソードを語り合っているお二人は和気藹々という感じでしたね。良きかな良きかな――じゃないですよ!

 うううう、短時間とはいえお二人からすっかり忘れられてたのにはショックでしたよ……しかもその後はもっと心が痛くなるイベントが控えてましたし、ああ、胃が痛かったなぁ……

 それ故私は、シクシクと痛むお腹を擦りながらクレオさんの上着の裾を引っ張って気を引いて……

 

 そして私は墓地を指さして彼女に告げたんです。「――ここには、私が殺したあの人達が眠っている」って。……鬼か、私は。

 

 

………

 

 

 名前の無い墓石の前でクレオさんが膝を付き涙を流すのを、私はその直ぐ後ろで地面に座り込んで見ていました。彼女の拘束されている両腕が、見ていて凄く物悲しかったんです……

 私はこの世界の故人を偲ぶ作法を知らないので、両手を合わせて仏式で彼らの冥福を祈ります。ライガットさんは私達の背後に佇み一言も話してませんでした。どんな顔をしていたのかは容易に想像がつきますけれど。

 

 私がクレオさんを外に連れ出した一番大きな理由は、彼女のお仲間さんたちの墓参りをすることだったのです。

 例え捕虜であっても、自分の仲間の冥福を祈る機会くらいあっても罰があたることはないと思いますので。

 墓地――正確には、身元の分からない人間や外国人兵士達が埋葬されている無縁塚とでも言いましょうか。ビノンテンにいくつか存在する集団墓地の中でも、真っ当なクリシュナの人間ならまず用は無い一角。

 私が王都ビノンテンを離れる前に連れて来なければ、ライガットさんとクレオさんがあの場所に行くことは無かったでしょう。

 

 そして私は、私が殺した二人のお名前を知ることが出来ました。リィさんとアルガスさんです。

 私の目の前の墓石には簡素ながらも埋葬日時と性別、外見年齢などが彫られておりましたので、どちらがどちらのものなのかも直ぐ分かりました。

 左側が先に埋葬された――デルフィングと死闘を繰り広げた果てに頭を撃ち抜いて自害した女性軍人、リィさんのもの。右側がデルフィングの突進をまともに受けてはじけ飛んだエルテーミスの搭乗士、アルガスさんのもの。若い男性だったようである。

 

 ……クレオさんの仲間二人の遺体があそこに埋葬されるに至ったのは、実に幸運なことです。敵地での埋葬というのは彼らからしてみれば不本意なものかもしれませんが……

 彼らがクリシュナへの潜入部隊であり、まだ戦火に見舞われていない王都周辺で戦死したこと。遺体がここまで移送出来る程度の損壊状態であったこと。そして何より、王と指揮官の配慮が存在したことがその要因です。

 

 戦いが進み激戦が繰り広げられるようになると、敵兵に対して手間も時間もかかるような埋葬処置などはまず施されません。せいぜい、死体の隠蔽や精神衛生上の問題をクリアする為に、その場で速やかに火葬・埋葬されることのみに留まるものです。

 おそらく現在の主戦場となっている国境付近の山岳地帯では、語るもおぞましい地獄絵図が広がっていることでしょう。人里から距離がある土地での野戦では、険しい地形が邪魔となって遺体の回収や処理が困難となるため、よほど余裕がなければ放置されます。死んだ人数が多ければ尚更です。

 

 現在の戦況としては、クリシュナはミゾラム要塞で籠城する側、アテネスはそれを攻める側である筈です。要塞側の迎撃で倒れたアテネス軍人たちの遺体は、もし遺体回収の取り決めが為されていなければそのまま打ち捨てられたままになっていると思われます……

 逆に要塞内で籠城するクリシュナ側では埋葬一択である。火葬する薪などの物資は節約するに越したことはないので。

 ただまともな思考判断が出来るなら、クリシュナの軍人もアテネスの軍人もお互いの遺体の処置を邪魔するようなことはせず、わきまえているでしょうけど……そこは戦争のルールの一つとしてちゃんと確立していると思いたいものです。

 

 また、リィさんは頭を撃ち抜いての自殺なのでまだ問題無いとしても、轢殺されたアルガスさんの遺体が埋葬に耐えられる損壊で留まっていたのは正直驚きでしたね。普通ゴーレム乗りの遺体は残骸でグチャグチャに潰されてしまいますので、酷い時は移動させることも出来ずにその場で埋葬もしくは放置、ということもよくあることらしいのです。

 彼らの遺体は戦後か、もしくはアテネスが遺体の取引に応じるまであの墓地で一先ず眠りにつくことになります。

 そしていずれ遠くない内に、別途保管されている遺品とともに故郷であるアテネスへと帰ることも叶うことでしょう。……アテネスの指導者がトチ狂っていない限り、という条件は付きますが。

 

 

 項垂れ、涙を流すクレオさんを私とライガットさんはただただ後ろから見守りました。何かを言うのは無粋というものでしたから。

 ライガットさん――その時のクレオさんを見て、色々感じ取って欲しかったのですが……どうでしょうね?

 

(はぁ……やっぱり無駄だったかなぁ……いや、それどころか逆効果になってないといいんですが……)

 

 私があの日覚醒して以来ライガットさんと行動を共にして分かったことなんですが、どう考えてもあの人は軍人に向いていないっぽいんですよねぇ……他人の痛みに敏感というか、クレオさん曰く“優しい人”ですからね。

 それどころか、本来は他人を傷付けることすら出来ず、争うことを好まない人間だというのが私の結論です。

 デルフィングで戦闘した時のこともそうですが、普段のお城での行動を見ていれば嫌でも分かります。自分を侮辱するようなこと言われても、この人は反論することなくいつも適当にやり過ごしてるんですよ。

 所詮は中身の無い悪口ですし、それはそれでライガットさんの心が強いと言い換えることもできるんですが……相手が敵方とはいえ、この人の性格では殺人の負担をそう簡単には和らげることなど出来るはずがありません。

 

 ライガットさんが軍人になってしまった以上、それは避けられない事態ですし、今更どうこうしてもライガットさん本人が敵の命を奪うことに慣れないと、絶対に解決しない問題ではあると私も思ったんですが……

 今はホズル陛下やシギュン様の為に無理矢理自分を抑えこんで立ち上がっているとはいえ、その辺りをなあなあの状態にしたままこの先戦い続けても、その内破滅しそうで私はとてもではありませんが見ていられなかったんですよね。

 どうにかしてライガットさんが敵を倒すことに慣れることが出来てしまったとしてもですよ? 逆に適応が行き過ぎちゃって、彼が人の命を奪うことに対して何も感じなくなってしまったり、戦いを好むような修羅人間になってしまう、というのも避けたい事なんです。個人的に。それはもう人として真っ当では無くなってしまいますから。

 

 また、死ぬのは敵だけではありません。この先、私達が本格的にアテネスとの戦争に加担するにあたって、多くの仲間の死に立ち会うことになるでしょうし。

 ……ひょっとしたらナルヴィ義姉様達のような、ライガットさんにとって身近な仲間が戦死することも十分有り得ます。

 そして私達の力が及ばなかったその時には、ホズル陛下やシギュン様の命も危うい――アッサムという国の終わりの顛末を知ればそう思わざるを得ません。残虐な将軍とやらもクリシュナにやってくるってゼスさん言ってましたから。

 

 ――そこで私はいろいろと小細工を働いて、この場にでクレオさんにご登場頂いた、という訳だったのですよ。

 彼女はビノンテンに捕虜としてやって来た日こそいろいろやらかしてしまいましたが、その後はちゃんとお仲間の死を受け入れて過ごしていたみたいですから。

 で、今の彼女の在り方を見て、ライガットさんには“軍人”として、人の死に接することに慣れて欲しいなー、なんて私は思っちゃったりしたんですが……

 

(……でもよく考えたらクレオさんってば、相手が敵であっても殺せない優しい人だったんですよね。うわぁ……やっぱりやらかしてた……まずいなぁ……)

 

 時間も無いし、分かりやすい手本になってくれそうな人ってことでクレオさんに白羽の矢を立ててしまったわけですが……墓石に縋り付くくらい激しく泣いちゃったのは予想外でした。

 若干十二歳とは言え、立派な軍人として彼女を見てしまったのが悪かったのか、軍人ではあっても彼女がたった十二歳の少女だということに考えが至らなかったのが悪かったのか……うん、間違いなく両方悪かった。

 

(あんなことになるんだったら、素直にナルヴィ義姉様にライガットさんの指導を頼んでおくべきだった!)

 

 私は内心頭を抱えながらそんなことを考えています。彼女は軍人としての意識がちゃんと確立しているっぽかったですから。

 

(確か……“戦い等に於いて感情・人格を切り離し、理に従い即座に行動出来る事が、軍人として理想的”――という感じの話を誰かに聞いたような気がするんですが、はて?)

 

 誰から聞いたんでしたっけ? ナルヴィ義姉様では無かったはず……前世で見聞きした事でしょうか?

 まあとにかく、私としてはライガットさんにそんなことが出来る人間になってくれればなーとか軽く考えていたんですが、これまたよく考えてみたら、これってあくまで戦闘時の心得なのですよね。戦闘後のメンタルケアの話ではないんです。

 

(なんで私はそれをあのタイミングで……ううう、我ながら自分の思考回路が滅茶苦茶で呆れてしまいます……)

 

 捕虜になったクレオさん()にも相方たるライガットさん(味方)にも容赦せず、精神的ダメージを与えていく私ってばほんと鬼畜……

 あ、ちなみにですが何故か私はその戦闘時の心得っぽいことが出来かけてしまっているのです。行動は出来ずに思考だけは……という中途半端なものでしかないですし、急なアクシデントにも弱いんですが。

 

(……まあ、結果的にクレオさんがライガットさんと一応和解したっぽい展開に繋がりましたし、私も彼女からお礼貰って万々歳なんですが……本当にラッキーパンチでしたね。今後はもっと慎重に動かないと……またシギュン様からお叱りを受ける羽目になってしまいます)

 

 本当に、本当に良かった……

 

 それから、昨日の夜はそれはもう情熱的な感じになりました。やっぱり私達はシギュン様のお部屋で川の字になって就寝したんですが、私も明日には出陣ということでシギュン様とクレオさんにちょっとしたお別れを言ったんです。

 シギュン様からは「ちゃんと無事に帰ってきなさい」という非常にありがたいお言葉を、クレオさんからは「私とお友達になって」という感動的なお言葉を頂きました。

 それにクレオさんがいつ開放されるのか分かりませんので、これが今生の別れになってしまうかもしれないと私は考えてションボリしていたんですが、彼女は絶対にまた会おうとも言ってくれたのです。

 勿論私にも異論は無く、友情成立と再会の誓いをクレオさんと交わしたのです。涙が流せたらガン泣きしてました。その代わりに頭をグリグリしちゃいました。

 

 

 ……ああ、そう言えばもう一つ付け加えることがありましたね。

 孤児院から出て王城にクレオさんを迎えに行く前、私はダンさんのお墓にお参りに行ったんですが……どういう因果か彼の奥さんと鉢合わせしてしまったんですよ。

 未亡人となってしまった彼女から「あら、どなた?」って聞かれたんで、ダンさんに助けられた人間です、と咄嗟に嘘を付いたんですが……

 結果的に――そう、あくまで結果的にライガットさんに似たようなシチュエーションを仕組んだ私が言うのも何なんですが……いやはや、滅茶苦茶胃が痛いったらありゃしない。しかも奥さん妊娠してるじゃないですか。お腹の中のお子さん、父親の顔も知らずに育つこと確定ですよ。

 

 結局、私も心にしこりを残したまま出陣することになるんですよね……はあ……

 

 

 

――――――――――――

 

 

『――新生ミレニル部隊、出陣します!』

 

 ナルヴィ隊長の号令とともに、色とりどりの五台のゴーレムが荒野に足を踏み出します。

 進路は王都ビノンテンから遙か北西へ――十日前に出陣した部隊の後に続くように、西部国境の峡谷地帯を目指して進軍です。

 

 王都の民の皆さんの見送りは無し……そのせいで、十日前と比較して凄く寂しい出陣となっています。

 でもホズル陛下やシギュン様は何処からか見てくれている筈ですから、私としてはそれで十分です。でも欲を言えばクレオさんの見送りは是非お願いしたいところです!

 

 隊員の皆さんの体調も万全。デルフィングに乗り込む前にライガットさんと顔を合わせた時、思っていたよりずっと元気そうで私はホッとしましたよ。昨日私がやらかしたせいでグロッキー状態だったらどうしよう、と心配してましたので。

 

 でもなんでしょう? そこはかとなく後ろの搭乗席に座るライガットさんから漂っている緊張感とラブ臭は……

 緊張感は……ああ、ジルグ殿か。そうですね、仲間とはいえ警戒はしておくべきでしょう。

 ラブ臭の方の原因は私……では当然なくて、十中八九シギュン様ですね。今朝起きた時に彼女だけ消えていたので、その時ライガットさんと密会でもしていたと思われます。

 

(……あ、シギュン様にライガットさんをどう思ってるのか訊くのを忘れてた)

 

 実は前々から気になっていたことだったんですよね。

 もっとも、私から見れば彼女のそれは恋慕以外の何物でもない感情だとは思いますが、直にシギュン様の口から聞いていないんです。

 

(まあ、帰ってから質問すればいいかな。むしろ帰る理由が増えて喜ばしい……?)

 

 ……今は、そうとだけ考えることにしましょうか。

 

 

 

 さて……いよいよです。私が本格的に軍人として戦う戦場が待っています。

 当然私の心中に不安はあります。実はちょっぴり後悔も。ですが今更途中下車なんて叶うわけもありません。

 

 今一度、私は覚悟を決めます。大丈夫、私はちゃんと戦えますとも。

 背後のあの都市には、短い間ではありますが、私がこの世界に来てから培ったものが詰まっているのですから。

 この国と、この国で生きる人々を守るため……そして私の矜持を示すためにも、いっちょ頑張るとしましょうか!

 

 

(――では、行って参ります!)

 

 私達は王都に別れを告げ、一路戦場へと進んでいきます。

 いざ、激戦地であるクリシュナ西部の国境地帯へと――

 

 

 




▼今回のまとめ・追記事項

1.悩める陛下
2.なんやかんやで若干知力補正が掛かっているライガット氏
3.実は美少女を囲っていると思われているシギュン様


次回、宜しくお願いします。

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