壊剣の妖精   作:山雀

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▼前回のあらすじ

シギュン様による主人公観


※文中視点変更有り



019. 出陣前日 中編

――――――

 

「――ナルヴィねーちゃん! こっちパス!」

「くっそー!! 絶対取ってやる!」

「ははははっ!! そうら甘い甘い!」

 

 だだっ広い運動場に元気な子供達とナルヴィ義姉様の声が響きます。

 お察しの通り、ここはビノンテン第三孤児院。出陣を控えているのにこんな所に居ていいのか、と思われるかもしれませんが大丈夫です。

 既に私達のゴーレムは荒野でシートに覆われて待機配置済み。部隊員の全員が、今日の午後から明日の出陣までは最後の休息ということで自由時間となっているのです。

 英気を養うなり、自己鍛錬するなり好きにしろということなのでしょう。ライガットさんは予告通りサクラさんに捕まってビシバシしごかれているようです。

 そして私は、ナルヴィ義姉様やナイル義兄様達と一緒に、孤児院に慰問に訪れております。他に時間を潰せる場所は限られますし、勉強なり遊ぶなりするならやっぱり今はここです。

 活発なナルヴィ義姉様は運動場で腕白小僧達と一緒にボール遊びに興じております。ラグビーボールのような形の球をチームに分かれて取り合う遊びのようです。

 うーん、輝く汗が眩しい……健康的なお身体が麗しい……

 

「ほいっほいっほいっほいっほいっ……」

「はー」

「ふへー」

 

 視線を別の方向に向けると、木の下に出来た木陰でジャグリングを披露して子供達を楽しませているナイル義兄様のお姿。ナルヴィ義姉様と同じ様に身体を動かすものと思っていましたが、ああいった遊びも義兄様は沢山嗜んでいらっしゃるようで、ボール遊びに参加していない子供達の相手をしているようです。

 ……あ、今度は口も一緒に使って芸をし始めた。本当に器用な人です。

 

「ふむ……」

「じゃあ、次はこっち――いや、こっちかな……うーん……」

 

 私の直ぐ傍に居るのは子供達とロギンさん。机を挟んで一対一で向かい合う子供一人とロギンさん、その様子を眺める子供数人という構図です。

 そう、実はこの孤児院に直接関わり合いが無いはずのロギンさんも慰問に訪れているのです。部隊仲間に気を利かせてなのか、意外と子供好きなのか、どちらにせよ有難いことです。

 ロギンさんは義兄様義姉様とは違い外ではなく、こうやって部屋の中で過ごす子供達の相手をしています。

 さっきからそのロギンさんは如何にして子供の相手をしているかというと、『チャリオット』と呼ばれる私が元居た世界で言うチェスのようなボードゲームに興じているのです。

 強面で普通の子供達からは恐れられ、親しみ辛いと思われている傾向があるロギンさんですが、インドア派だったりボードゲーム好きな孤児院の子供達には結構慕われているご様子です。微笑ましい。

 

 時折、ロギンさんは窓の外へと視線を向けています。その先には子供達と戯れる、笑顔が眩しいナルヴィ義姉様。

 む……何か心配事でもあるんでしょうか。ロギンさんは部隊での副隊長的ポジションなので、隊長を務めるナルヴィ義姉様の様子に思うところがあるのかもしれません。

 

「ねえロギンさん? 次の手番だけど……」

「! あ、ああすまない」

 

 考えにふけりすぎて手が止まっていたらしいロギンさん。相手の男の子にせっつかれてゲームに戻ります。

 ……こうして見ると、やっぱり気苦労が多そうな方ですよね、ロギンさんって。

 

(なんていうか、常に胃を痛めてそうというか……)

 

 絶対にあれこれ考えて動いて、余計なことまで気を回して負担にしちゃうタイプでしょう。チームに一人いると安心感が増すタイプですが、適度に周りがフォローしないと挫折しちゃったり崩れ落ちちゃったりする人です。

 ……でも軍人として立派にやれているってことは、その辺りもうまくこなしているのかもしれません。ま、危なそうだったらそれとなくナルヴィ義姉様をけしかける程度でいいかな。

 そんなことを考えながら可愛らしい女の子達と遊ぶ私だったりします。

 ちなみに私はロギンさんと同様に、中で過ごす女の子たちと一緒に遊びに興じたり、本を読んだり、小さい子達とお昼寝したりして過ごしております。結果的に外で二人、屋内で二人と、部隊員で住み分けが出来ていました。

 そして私は折り紙やおはじき、おままごとという、いかにもな女の子の遊びを中心にしています。あとたまにをカードゲームをせがまれたりとか……

 折り紙は大したものは作れませんが、折り鶴や紙ヒコーキくらいなら――ということで孤児院の皆に教えてみました。紙自体がそれほど豊富に手に入る代物ではないので数は作れませんが、それでも工夫していろいろ創作していると結構熱中出来るものです。私はコウモリを折るので精一杯です。紙ヒコーキは男の子たちにも人気あります。

 

 

――――――――――

 

 

「ばいばーい!!」

「お土産ちょーだいねー!」

「また遊んでー!!」

 

 私達を見送りに出てくれている子供達や先生たちに手を振りながら、私はナイル(にい)とロギン、三人連れ立って孤児院を後にしている。

 時刻は既に夕方だ。周囲のあちこちから炊事の煙と匂いが立ち上り始めている。

 

「……ナルヴィ、セフィちゃんどこ行ったか聞いてるか?」

「いいえ。また明日って、別れ際には挨拶しに来たけど……」

 

 ナイル兄が気忙し気に私達に尋ねてくる。生憎だが私も詳しくは知らなかった。

 

「城に戻るとは言っていたが。何やら誰かとの予定がこの後あるらしい」

「ふーん……」

 

 ロギンが断片的ながら彼女の行方を捕捉してくれた。この三人の中では今日一番あの子と同室していた時間が長いので、その時に彼女から聞いていたのだろう。

 

「あんまり詮索すると嫌がられるわよ?」

 

 まだ気がかりそうな表情をしているナイル兄に忠告する。イマイチデリカシーにかけているからね、この愚兄は。

 

「別にそんなつもりはねーよ。大の男でも軽くしばけるお前と違って、可愛い上にか弱い妹分だからな。それなりに気にはしてるだけだって」

「あのね……まあ内容としては納得できることだけど」

「ふむ。妹分、か……」

 

 多少引っかかる言い方だが、ナイル兄の言い分は分かる。分かり過ぎる。

 あの子はあんな身体なのにもかかわらず、普段は他人の手を借りることを良しとせず、自分の力だけで出来る事は時間をかけてでもなんとかしようとしているように見える。

 他人の手を煩わせることに遠慮を感じているのだろうか……だとしたら謙虚なものね。

 

「……ねえ、二人はあの子の事、どう思う?」

 

 私は並んで歩く二人に意見を求める。

 

「どう、と言われてもな……」

「……何を考えているのか分からない、というのはあるな。感情を露わにすることも積極的に意思を示すこともないからそう感じるが。今日だって私のことをじっと見つめながら何か考えていたようだと子供達が言っていたし……」

 

 ……想像すると少し恐い状況かもしれないわね、それ。

 

「それに、だ。いくらデルフィングを動かせる適性があるからと言え、あの歳の子供を戦場に引き釣りだすのはどうかと私は――」

「はいストップ」

「む……」

「それについては散々私もシギュン様にお伺いを立てたし、その結果も教えたでしょう?」

 

 当然のことながら、あんな子供を死地へと誘うようなことをしていいのか、という議論はこの仲間内で幾度も交わしている。

 だが結局はあの子本人の意志やシギュン様の勧めもあり、自分達と同じ軍属の仲間として扱う――そういう結論となっていた。

 

「ま、それはさておいてだな、俺としては色々と変わった子だとは思うが基本いい子だってのは確実だと思うがな」

「え?」

「あの子が立ち上がる時とかにちょっと身体支えてやったりした時にさ、俺の顔みてすげー遠慮がちに礼を言ってくるんだぜ! いや、やっぱりいつもの無表情なんだけどさ、「ありがとうございます、ナイル兄様」って! 分かるか!? あの時の俺の感動が!! “兄ちゃん”とか“兄貴”とガキどもに呼ばれることはあっても、“兄様”なんてお上品な呼ばれ方したのは初めてだぞ!!」

 

 どうやらこの馬鹿兄貴は相当あの子のことを気に入ってしまっているらしい。口数が少ないのを不気味と捉えるかお淑やかに捉えるかという違いがここに出ている。

 お礼にしたって、実際はナイル兄の再現と比較して二十倍くらい時間をかけての内容だろう。

 

「……どうでもいいけど、あんな年下の娘に手を出したりしたら一生軽蔑されるだけじゃ済まないわよ。それに仮にも王家とトゥル将軍の庇護下にある子――どんな代償を払えば手打ちになるのか予測もつかないわ」

 

 勿論、私も愚兄の制裁に加わることはやぶさかではない。

 

「セフィにんなことしねーよ……ただあの子は色んな意味で将来性はあるし、俺達の事を目上として敬ってるって言いたいだけだっての。まあ現状、あの子がライガットに対して特に懐いているってのが気になるとこだがよ」

 

 そうね、あの子とライガットとの関係もよく分かっていない。

 ライガットについて、私は初陣で敵の新型ゴゥレムを仕留めたと聞いたときにはなかなかやるものだと思っていたが、街中で顔を合わせた時には奴はここから逃げ出そうとしていた上に下品な事を言い出して幻滅したものだ。

 だが結局あいつは王都から逃げずに軍人として戦う道を選び、順調に戦果を上げている。あいつがこの国を守るという意思を固めた切っ掛けが何かは知らないが……ここは素直に喜ぶべきなのだろう。

 あれで普段巫山戯た態度をとらなければもっと評価をあげられるというものなのだけれど。

 

(いや、だからこそ国王夫妻と親睦を深められた……のか?)

 

 一応私達が課した訓練にもついてきている。あのデルフィングがまともな戦力として計算出来るならば、この戦に勝てる可能性もあるというものだ。

 

 一方、セフィという少女について分かることは少ない。

 表向きは荒野で行き倒れていたところを保護された少女ということになっているが、そんな彼女の背景をまともに信じている人間はいないだろう。

 デルフィングを辛うじて動かせる適性といい、心身の状態といい、シギュン様がデルフィングを運用する為に何処からか連れて来たと言われたほうがまだしっくりくる。

 あの子をその為だけに無理矢理拉致してきたというのならば、元々孤児の身の上である私としても眉を顰めるしかないのだが、彼女の態度をみている限りそういうことではなく、保護されたというのは事実であるらしいし……

 普通、私達軍人やシギュン様王族の人間に対して会話したりするだけでも緊張感は持つものだが、あの子にそんな雰囲気は微塵もない。ますますもって意味が分からない。

 

 女性としてはシギュン様、男性としてはライガットに一番懐いているのは周知の事実なのだけれど、シギュン様はともかくライガットに懐いている経緯もまた謎なのよね。

 共通点としては同じ魔力無者であることくらいだけど……お互いに傷を舐め合っているという関係でも無さそう。

 

「それに最近あの子について色々聞かれることが多いんだよなー、軍の連中然り城の文官連中然り……」

「ああ、それはあるわね……」

「そうだな……」

 

 良くも悪くも、彼女は注目されているということだ。しかもシギュン様と、国王夫妻双方と親しい上に何かと話題の種に上がるライガットの関係者だ。邪推を働かせるに事欠かない。

 

「……さて、少し早いけど食事にでも行く?」

「おう、そうだな。たまには城の食堂以外でゆっくり飯と酒でもやるか!」

「ほどほどにな、明日に響く」

「わーってるよ!」

 

 どの道、私のやることは一つ――あの子とライガットが駆るデルフィングの最善の使い道を模索し、運用することに尽きる。

 搭乗士にとっては酷な話となるかもしれないが、ある程度積極的にデルフィングは投入する必要がある。

 単純に、あのゴゥレムの打撃力に期待するという意味もあるが、そこから派生する鼓舞効果で味方の士気を上げたり、敵にこちらの戦力を見誤らせることが出来れば尚の事良い。

 戦闘継続時間がやたら短いせいで戦場で孤立する危険は常につきまとうが……だからといって中途半端に自陣に引っ込めておくのは逆に危険だろう。

 既にデルフィングについての情報は多少なりアテネスも手に入れている……ならば敵側も積極的にあの古代ゴゥレムを狙うはず。悩ましいところよね……

 故に要所要所で効果的にあの戦力を投入する。そのタイミングと戦法を見極めるのが私に託された役目だ。

 

(……それに、あの子を見込んだトゥル将軍の顔に泥を塗るわけにはいかない!)

 

 そう……彼女はトゥル将軍が受け入れ、そして孤児院の仲間として認められた言わば私の妹分だ。それならば姉貴分たる私が守ってやらねばならない。

 ナイル兄とてそこは同じだろう。ロギンはよく分からないが、少なくともあんな子供が死ぬことを良しとする人間ではない。

 私達は時として、クリシュナという国のために死ぬことを求められる人間であり、その点はセフィも変わらないことだけど……今はただ、そんな事態に陥らないことを祈るのみよね。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「ど、どうしたのセフィちゃん? まだ明るいのに――」

「脱ぐ」

「え」

「脱ぐ…………あと……着る……」

 

 セフィちゃんが部屋に入ってくるなりそう言って私に押し付けてきたのは、アテネスの軍服……私が元々来ていたのを洗濯したものらしい。

 シギュンさんの私室で鳥さんを撫でようとしていたタイミングでこの子が入ってきた時は本当にビックリした。いつもはシギュン様と一緒に夜になってからこの部屋に来るのに、日が沈む前に一人だけでやって来たから。台詞も意味深だったし……

 私がその軍服に袖を通すと、あれよあれよという間に彼女に続いて入ってきた女の兵士さんたちに手錠を嵌めらてしまいました。

 ……私は驚き、そして落胆しました。思わず、「ああ、これから私は尋問されて処刑されちゃうんだね……」と情けない言葉を零してしまうほどです。

 シギュンさんは私のことを客人として扱うと言っていましたが、それは私を信用させる為の嘘だったんですね。あるいは、あの人の意思が介在しないところで私の運命が決まってしまったのか……

 

「……違う」

「――え?」

「……痛い……無い……」

 

 そんなことを私は思っていたのですが、その考えは独り言に答える形でセフィちゃんに否定されました。

 いつの間にか、私の手錠には布地がかけられて隠されています。晒し者にするという訳ではないようだけど……

 

「…………来て」

 

 セフィちゃんはそれだけを言うと、杖を突きながら歩き出しました。

 私はどうしようかオロオロと迷っていたのですが、女性兵士さんの一人についていくように言われ、やむなく彼女の後を追います。い、いいのかな?

 

 

……

 

 

「――あの、セフィちゃん……一体何処に行くの? 私、一応捕虜だけれど、勝手にお城から出ちゃって大丈夫なの?」

「……だい……じょう……ぶ…………許可……ある……こっち」

 

 セフィちゃんはそう言いながら、地図と杖を片手に私の前をゆっくり歩く。私は言われるがまま、その後をついていく。そんな私達の後ろにさらに二人の女兵士さん達が続く。

 セフィちゃんのペースに合わせて歩いているので負担には感じていないけれど、それでも結構な距離を一緒に歩いている。捕虜の身でお城の中とか一杯見ちゃったけど、本当にいいんだろうか?

 クリシュナの王都であるビノンテンの地理に詳しくないどころか全く知らない私は、今何処に向かっているのか見当もついていない。

 

 やがて、人通りが少ない道を歩き始める。辺りから物音も殆どしないし、なんなんだろうここ……

 

「……着い、た……あそこ……」

「えっ?」

 

 どうやら目的地に着いたようだけど――って、あそこに立っているブロンドの男の人は!?

 

「あの男の人って、黒銀の……」

 

 そうだ……確か、名前はライガット。

 あの黒銀のゴゥレムの搭乗士で、シギュンさんがいつも心配してる人で、セフィちゃんといつも一緒にいるって言われてる人で、それからたぶんゼス様のお友達だったっていう……

 

(ど、どうしよう……)

 

 ちょっと気まずい、かな? この前は弾が入っていなかったとはいえプレスガンで撃ち殺そうとしちゃったし……あ、こっちを見た。

 

「げ、あん時の巨乳捕虜――と、違う違う……アテネスの捕虜まで連れて来たのか? セフィ」

「――(コクコク)」

 

(……きょに……なんて言ったんだろう?)

 

 前半が小声でよく聞こえなかったけど、何となく嫌な感じがしたような……

 

(この人がリィとアルガスさんを……)

 

 私はセフィちゃんの頭を撫でているライガットさんを観察します。……子供好き?

 先日は脱走しようとしていた最中に発見して、つい殺そうとしてしまいましたが、今はそれほどリィ達の仇を討つという考えは浮かんでこない。どうしてかな……時間が開きすぎたせいで決心が鈍っちゃったのかな?

 ……そういえば、シギュンさんにもこの人に手を出さないように念を押されちゃいましたし、そのせいかも。普段は優しいのにあの時は凄く怖かった。

 

「あ……あの……ラ、ライガット、さんですよね! シギュンさんが……よくお話してくれる……」

「お、おう。たぶんそのライガットだが……」

 

 意を決してライガットさんとお話してみることにした。しどろもどろだったけれど、ちゃんと応えてもらえました。

 

「…………ゼス……さん……」

「え、ゼス様?」

 

 唐突にセフィちゃんの口からゼス様のお名前が……それを聞いたライガットさんはハッとした表情に――あれ?

 

「ゼス――そうだ! お前、ゼスの野郎と一緒にクリシュナに来たんだよな!?」

「は、はい! 確かに私はゼス様が率いる部隊の一員としてここまで来ましたけど……」

 

 ライガットさんはさっきまでの挙動不審な態度から一変して、凄く興奮した様子で私にゼス様の事を尋ねてきました! ちょっと恐い……

 

「そう! あいつ何か変わった様子は無かったか!?」

「変わった様子? ゼ、ゼス様のですか? えーとそうですね……」

 

 急にそんなこと言われても……うーん、うーん……あ、そうだ!

 

「せっかく私が作った海藻料理を「後で食べる」って言ったのに食べてくれなくて……あとあと、私がゴゥレムでヘマしちゃった時なんか格好良く助けに入ってくれたり……」

「いや、そういうのじゃなくてだな……」

 

 どうやらお気に召さない答えだったみたい。ええと他に、他にゼス様のことで変わったことって……

 

「他には――そういえば、何か時間を気にしてらっしゃるご様子だったような……」

「時間?」

「はい、ビノンテンに最初のアタックをかける前の話ですけど」

 

 そうです。確かあの時、もう時間がない、とか言っていました! 結局何のことだか教えてもらってないんだけど。

 

「それ以外は……いつもとお変わりなかったと思うんですが……私も余裕が無くて……」

「そうか……」

 

 ライガットさんはそう言うとがっくりと肩を落としちゃいました。ど、どうしよう……

 あ! 折角の機会だからゼス様の事、色々と教えてくれないかな?

 

「……ライガットさんは昔のゼス様のこと、ご存知なんですよね?」

「ん? ああ、昔と言ってももう五年程前の話だけどな。アッサムの士官学校で同期生だったんだよ、俺達」

 

 やっぱり旧知の仲だったみたいですよ! 

 

「じゃあじゃあ、どういう経緯で知り合ったんですか!?」

「経緯?」

「はい、ゼス様って孤高というか……普段は少し近寄り難い雰囲気じゃないですか。余計な人間は近寄るなーっていう感じの。何かお友達になる切っ掛けとかあったりするんじゃないんですか!?」

「そこら辺は相変わらずなんだな、あいつ……」

 

 ああ、やっぱり昔からあんな感じだったんですねー。

 

「まあ、大した話じゃないんだけどな。俺達が魔力無者だってのはシギュンから聞いてるか?」

「……え、セフィちゃんだけじゃなくてライガットさんもそうなんですか!?」

「あ、ああ。そうだけど……」

 

 はー、セフィちゃんが魔力無者だって聞かされたときは複雑な気分でしたけど、まさかライガットさんまでとは思いも寄りませんよ……

 普通に生きていたら一生会うこともない存在ですから、それが二人も自分の前に居ることすら信じられないです気分です。

 ……? 私達の会話に聞き耳を立てていたセフィちゃんがあたふたし始めちゃった。なんで?

 

(……魔力無者……あれ? そういえば……)

 

「でもライガットさん、黒銀のゴゥレムの搭乗士ですよね? 魔力が無いのにどうやって動かしてるんですか?」

「あ、やべ。……でもゼスの奴も知ってるから今更、か?」

 

 ライガットさんは「一応、ここだけの話ってことにしてくれ」と私に念押しして思い出話を続けてくれました。ぶー、どうやってあのゴゥレムを動かしているのかは秘密なんですって。

 ええと、続きですね。なんでもライガットさんが士官学校にいた頃、魔力無者だった為にライガットさんは士官学校の生徒さん達に嫌がらせを受けていたらしいです。

 そこに颯爽と現れたゼス様がその嫌がらせをしていた生徒さん達を一喝して追い払い、ライガットさんと一悶着ありつつも最終的に「自分の傍に居れば厄介事にはならない」って提案したのがお二人の関係の始まりだそうです。

 

(流石ゼス様! 昔から紳士で格好良すぎます!)

 

 でもゼス様、当時はライガットさんみたいなお友達が欲しかったんでしょうか?

 

「ホズルとの腐れ縁も同じ頃からだな、シギュンはもうちっとだけ後につるみ始めたっけな……」

「ホズル……って、この国の国王……陛下のことですか!?」

 

 なるほど……って、あれ? ということはゼス様って、クリシュナの国王夫妻両方と友人関係ってことになるんじゃ!?

 こ、これは凄いことを知ってしまったかもです……じゃあ、ゼス様はお友達が治める国と戦争をするってことに……

 

(どうしよう……こんなこと誰にも言えないよぅ……)

 

 いくらポンコツの私でも、この事はアテネスの誰にも言えることじゃないのは分かる。言えばゼス様のお立場が悪くなっちゃうかもしれない……

 

「ああ、学校の庭木の上でまだちっこかったグラムが猫に玩具にされててな。食べられるならまだしもただ遊ばれるのは見過ごせなくて助けようとしたんだが、背が足りなくて難儀してたんだ。そん時に手を貸して来たのがホズルでな」

「グラム……って、あの黒い鳥さんですか?」

「おう、って言っても当時は手乗りサイズで真っ白だったんだが」

「う、うわあ……見たかったなぁ……」

 

 今も羽毛がフカフカで触り心地が良さそうだけど、小さくて可愛い鳥さんと一緒に遊んでみたかったなぁ……

 

「そんで三人であれこれグラムの面倒見てたんだが、それでも仲間内で一番あいつの面倒見てたのがゼスだったんだよ」

「あの鳥さん、ゼス様が世話をしてたんですか? 意外です……」

「ああ、始めは猫に弄ばれてたのを見逃せとか言ってた割には、その内自分から率先して世話をするようになったり、肩に止まらせて敷地内を歩きまわったり……」

「はー……想像したら少し和んじゃいますねー」

「和むのか? 俺としては堅物ゼスのあんな姿を見て笑いを堪えるのに必死だったんだが……」

 

 そしてその二人の友人関係にシギュンさんやこの国の国王が加わって、当時の問題児グループを結成したって……“堅物ゼス”……失礼ですが、ちょっぴり同感できちゃいますね。

 と、そこで上着をちょんちょんと引っ張られる感覚がありました。見下ろすとセフィちゃんがお腹を擦りながら私の上着の裾を引っ張っていました。あ……セフィちゃんのことすっかり忘れちゃってた。

 

「あ、ごめんねセフィちゃん。そういえばここに来た理由って……」

 

 セフィちゃんは摘んでいた裾を手放すと、その指先を私達が見下ろすことが出来るそこへと向ける。

 

「……墓地?」

 

 そう、そこは幾つもの墓石が整然と並ぶ墓地。

 私はついさっきまで話に花を咲かせて綻んでいた心情が、瞬く間に冷えきっていくのを感じた。

 

 

…………

 

 

「――……リィ…………アルガスさん…………」

 

 私は、セフィちゃんに示された二つの墓石の前に跪く。

 埋葬された日付と短い文言が刻まれた墓石を見て、左側がリィ、右側がアルガスさんのお墓だと分かった。

 

(この下に、二人の――遺体が……)

 

 私の頭の中は、色々な物がぐるぐると渦巻いていました。

 

 リィの顔、アルガスさんの顔、リィの声、アルガスさんの声。……ゼス様のお顔と声、エレクトさんの顔と声。

 エルテーミスの訓練をしていた時の記憶。

 皆で顔を合わせて打ち合わせした時の記憶。

 部隊に入ったばかりの時の記憶。

 リィと一緒に学校を卒業した時の記憶。

 リィと課外授業でふざけあった時の記憶。

 学校でリィと一緒に過ごした記憶

 おかーさんの声、ばーちゃの声……

 

「…………なんで……」

 

 なんで? どうしてこんなことになったの?

 

 あの黒銀のゴゥレムのせい?

 

 それを動かしたライガットさんのせい?

 

 それを命じた指揮官の……この国の国王のせい?

 

 この国を攻めたアテネス(私達)のせい?

 

 それとも、それとも、それとも、それとも――

 

「――……ひく……ぁ……う……」

 

 駄目だ。何も考えられない。私はもう駄目だった。

 

「うわあああああああああああん!!」

 

 悲しくて、辛くて、悔しくて――ただただ涙が溢れて止まらない。

 未熟な感情に振り回されるがまま、小さい子供のようにひんひんと泣き叫ぶことしか今の私には出来なかった。

 

 

……

 

 

「――ひぐ……ぐす……」

 

 泣いて、泣いて、泣き通して……

 ようやく落ち着いたのは、私が泣き始めてどれくらいたった後だろうか?

 

「………ゃむ……」

「………」

 

 後ろを振り返ると、そこには地面に両膝をつき両手の平を合わせてお祈りしているセフィちゃんと、何処か辛そうな顔をして私達を見ているライガットさん。

 二人は、ただ黙ってずっとそこに居てくれたんですね。

 ……それが、その心遣いが何よりも今の私には温かい。

 

「ライガットさん……」

「……」

 

 ライガットさんの顔を見て、私は口を開きました。

 

「私の仲間二人を殺した貴方に対して、何も思ってない訳じゃない……リィが死んだ後、私は貴方を――あの黒銀のゴゥレムを必ず倒すって、そう誓いました」

「ッ……」

 

 そう、私はあの夜にゼス様とエレクトさんとお話しながら、そのことを決心した。

 

「……でも、リィが言っていました。『戦いに私情は持ち込むな』って」

 

 リィが死んだ時に思い出したけれど、その時はあまりに辛くて無視してしまった言葉だ。

 そのことを言われた時は、『戦場でそんなことを考えると死ぬ』と言ってた人も周りに居たけど……でもリィはそのままの意味で、『敵と戦う時は純粋に恨み辛みで人を殺すな、禍根を残すな』って言いたかったんだと思う。

 

 私は捕虜になってから、シギュンさんとお話して気付きました。

 私はリィ達を殺したライガットさんを、哀しみと恨みを根拠に殺そうとしたけど……この人にも私と同じ様に大切にしている人達、大切にされている人達が居る。

 ライガットさんがリィ達を殺した理由も、自分の身を守るため、大切な人達を殺されないため、そして国を守るためだった。

 しかも、先に手を出したのはこちら。やり返されても文句は言えない。

 ……そんな当たり前のこと、自分の目で直にクリシュナの人達を見るまでは考えもしなかった。

 

 友達を殺された恨みは、ある。けど……

 

「……私、アテネスではクリシュナの人間は皆、野蛮人だって教わってて、過去の戦争でも酷いことをして絶対に許せないって、そう思っていたんです。……でも、そうじゃなかった。シギュンさんやセフィちゃんは野蛮人どころか、とても綺麗な人で――捕虜である私のことを色々気にかけてくれるとても親切な人達で……」

 

 この人だってリィとアルガスさんを殺したくて殺したんじゃない。今なら分かる。

 

「ライガットさんはゴゥレムの搭乗士として戦う人ですけど、きっと敵である私達を倒すことにすら苦しんでる、優しい人なんですよね? だって今の貴方の顔、凄く辛そうだもん」

 

 そう……ライガットさんが二人を殺したことは仕方がなかったことなのに、この人は今にも泣くんじゃないかっていう哀しい顔をしている。

 

「だから私は今から、もうライガットさんを恨んだりなんかしません。この前は、ごめんなさい……」

「……ッ」

「……ライガットさん?」

「……俺――俺達は明日、ビノンテンから出陣する。あのゴゥレムに乗って、ホズルの国を守るためにお前の仲間を殺しに行くことになってる。ひょっとしたら、またゼスの野郎ともやり合うことになるかもしれない……」

「――(コクリ)」

 

 ライガットさんの独白に首肯を打つセフィちゃん。あまりに小さいので半信半疑だったんだけど、この子もやっぱりクリシュナを守るために戦う人間の一人だったんだ。

 

「大勢のアテネスの人間に恨まれても無理は無いことだと思う――いや、絶対にそうなる。だけど俺は今更止まれない……俺はホズルの国を守るって決めたからな……!!」

 

 ライガットさんは目の前で硬く拳を握りこんで、私達に言い放ちます。

 私はただその真っ直ぐな青い瞳を見つめる。敵であるこの人を応援することも、やめてくれと懇願することも出来ない。

 

「……シギュンさんの為にも生きて帰ってきて下さいね」

 

 ただ、それだけを言う。

 不思議なもので私はこの人をあれほど殺したがっていた筈なのに、今は逆に生死を賭けた戦いから生きて帰ってきて欲しい――そう思っている。そうじゃないと悲しむあの人が居る事を知っているから、かな?

 

「……それだけだ……じゃあな……」

 

 私達にそう言い残し、ライガットさんは元来た方へ去って行きました。夕日に照らされたその背中は、やっぱりとても辛そうだった。

 

「…………セフィちゃん……」

「……はい」

 

 短く、綺麗な声が響く。私の傍にはセフィちゃんが地面に膝をついて残ってくれています。

 私はその小さくて華奢な身体をぎゅうっと抱きしめます。少しでも私の気持ちが伝わるようにって。

 

「……ありがとう、ここに連れて来てくれて」

「……」

「ありがとう……本当にありがとう……」

 

 そう、セフィちゃんにはお礼をしなくちゃいけない。

 敵国であるクリシュナで、リィとアルガスさんの二人のお墓が作られていたことに、私は考えが及んでさえいなかった。不覚にも捕虜になってからは安穏とした日々に安堵して、二人の遺体をどうしたのかシギュンさんに尋ねることさえ失念していた。

 こうして彼女が連れ出してくれなかったら、お参りに来るのもずぅっと先になってただろう。たぶんセフィちゃんはそんな私に気を回して、二人のお墓参りに連れ出してくれたんだよね?

 捕虜である私をここまで連れ出す許可を貰うのにも相当苦労したはず……本当に、セフィちゃんには言葉で言い尽くせないほどの謝意を伝えないと気が済まない。

 

 

「……リィ、アルガスさん、私――頑張るから!」

 

 私はセフィちゃんの頭を掻き抱きながら、天国の二人にそう宣言しました。

 もうメソメソしたりしない。二人の分も頑張って生きるって!!

 

 

 




▼今回のまとめ・追記事項

1.折り紙コウモリは凄く簡単に作れます
2.ナルヴィ隊長は一見ストイック
3.アテネスの内情をちょっぴり漏らすクレオ嬢
4.ライガットさんハードモード
5.まだちょっぴり前日譚は続く


次回、宜しくお願いします。



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