壊剣の妖精   作:山雀

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▼前回のあらすじ

 主人公、世界の在り方に悩む。


017. 歴史知集

――――――

 

 

 

 今日も今日とてお勉強である。科目は地理歴史。

 それというのも、ナルヴィ義姉様にどうしてアテネスとクリシュナが戦争をすることになったのか、聞き及んだことが発端だったでしょうか……

 訓練の空き時間を利用して、ナルヴィ義姉様のありがたーい社会科教室が始まったのです。

 

 

 まず最初に、このクルゾンという大陸について簡単な地図を見せてもらいました。

 このクルゾン大陸の形状を誤解覚悟で、なんとか言葉で表現するとするならばですね……

 

 1.地球で言う、北米大陸のみを大洋に浮かべます。ぷかぷかー

 2.そこからメキシコとアラスカ半島とカナダを消し飛ばします。アメリカだけにしちゃいます。ごしごし

 3.さらにハドソン湾を巻き込むように巨大隕石を落とし、大陸の北部中央に超巨大な円形状の湾を作ります。どーん

 4.最後に、その大陸を少々横に引き伸ばします。にょーん

 

 ――以上です。神様の天地創造風に表現してみましたが、いかがだったでしょうか? 細かい違いはありますが大体このような形をしています。

 大陸全体の特徴として、オアシスと呼ばれる淡水湖・淡水池以外では、河川のような水場が非常に乏しいということが挙げられます。従って、地下水脈から水を組み上げられない土地では、大なり小なり規模の違いはあれどオアシスの周辺に集落が形成されることが多いようです。

 地下には化石燃料は無く、その代わりに石英――この話は十分でしょう。

 後は……そうでした、火山が一切存在しないという特徴もありましたね。なんでも大昔はあったらしいですが……

 

 そしてそのまま地図を見ながら歴史のお勉強が始まります。

 キリがいいということで、教わる対象期間はおよそ百年前から。それ以来、各国がどのように歩んできたのかをダイジェストで教わりました。

 

 

 ――当初、このクルゾン大陸は二つの大国によって二分されている状態でした。

 大陸北東部の大国オーランド。それと、大陸の西部~中央部の広大な領土を有する大帝国アテネス。

 この二カ国は当然のことながらお互いを敵視し、しばしば武力衝突を起こしていたそうな。

 

 ところが今から八十年前、大陸全土を巻き込んだ大きな争いが起こりました。これが今日『独立大戦』と呼ばれている戦いです。

 実はアテネス帝国は他の国家を侵攻し、その後圧政支配を行うという――所謂侵略国家として成り立っており、その結果広大な領土を有していたのです。

 当然のことといいますか、アテネス帝国の強いた長年の圧政に対してついに元他国地域は反発。そしてアテネスの拡大を良しとしないオーランドは彼らを支援し内乱を誘発――その結果として大陸中央の北部、大陸中央南東部の一角がそれぞれ独立を果たし、前者がアッサム王国、後者がクリシュナ王国という国として再出発を果たしました。

 ……中途半端に延々と搾り取ろうとするからそうなるんですよ。初めから手厚く扱うか、いっそ皆殺しにすれば後々安泰というものだったでしょうに。

 アッサム王国・クリシュナ王国の二カ国は独立を支援してもらったオーランドと、元宗主国であるアテネス双方に対して以後は宥和政策をとり、再び戦火が起こらないよう腐心することになります。独立はしたものの小国であることに変わりはありませんしね。

 

 ――かくてクルゾン大陸では、アテネスとオーランドという二つの大国がその間に小国二つを挟みながら睨み合う、という構図が完成。以後半世紀以上に渡り、表向きの平和は維持されることになりました。

 ちなみにこの時点での単純な国土面積比率は大体、アテネス6:オーランド4:クリシュナ1:アッサム1。

 実はアテネスの南方の洋上にはソリラ王国という島国が存在しているらしいのですが……全く近現代の歴史に絡んでこないんですよね。海を挟んで遠く離れているので当たり前といえば当たり前なんですが。

 

 

――

 

 ではここで、直近の各国の情報を見てみましょうということになりました。有難いことです。では東側から順番にご紹介――

 

 

 ――オーランド

 古くから続く歴史ある大国であり、宗教国家。現在の宗教上のトップは第百六十二代教帝猊下。なんと十歳に満たない女の子らしい。たぶんお飾りなのでしょうけど、どんな生活をしているのか気になりますね。

 クリシュナ王国、アッサム王国とは隣国関係であり、我らがクリシュナとは同盟国の間柄です。

 首都はバラル。国土は険しい山岳地帯が殆どで、水辺の峡谷周辺を都市として開発しているそうな。

 議会制の政治形態をとっているらしいです。……つまりは意思決定が遅い国である、ということですね。分かります。

 他の国家とは違い、単一言語であるオーランド語が公用語として使用されています。機会があればぜひ覚えようと思います。

 クリシュナのホズル陛下の妹君であるリンディという名の女性が、かの国の将軍閣下のもとに嫁いでいるそうです。普通に考えると政略結婚だと思うのですが、夫婦仲は良好とのこと。

 

 ――クリシュナ王国

 八十年前の独立大戦で当時のアテネス帝国から独立を果たした小国。

 その名の通り王政国家。国王はクリシュナ国王9世ホズル陛下。王妃は我らがシギュン・エルステル様。

 アテネス・アッサム・オーランドの他三国とは全て国境を介して隣国関係である。

 オーランドとはかつて独立を支援された経緯があり、今でも同盟を結んでいます。

 国土は平野……というか荒野が大部分を占める。アテネスとオーランドの国境付近は山岳地帯。

 王都ビノンテンは反応系石英の採掘量が大陸一であり、さらに大オアシスに隣接しているため水資源が豊富。そこから得られる食料も豊富。さらに要塞都市でもある。実はこの大陸随一の裕福さを誇る都市だったんですよね、ここって。

 公用語はかつてアテネスに支配されていた名残なのか西大陸語。

 

 ――アッサム王国

 クリシュナ王国と同様に、八十年前の独立大戦で当時のアテネス帝国から独立を果たした小国。

 中立を掲げている王政国家。国王夫妻に王女が一人居るそうですが表舞台に姿を出さない方らしいです。

 アテネス・クリシュナ・オーランドの他三国とは全て国境を介して隣国関係。

 特記事項としてアッサムとクリシュナ、オーランドの国境には大峡谷という自然の要害が存在するそうなので、それを渡る為に複数の橋がかけられています。クリシュナやオーランドからの陸路でのアッサム入国はここを通らないと不可能と言って良いでしょう。その為、どちらかと言うとアテネス側からは侵入しやすいのが実情。

 国土の特徴としては、山地や荒野の他に、この大陸では珍しく緑が多い地域が存在するのだとか。一度個人的に行ってみたいです。

 首都はティブガル。ライガットさん、ホズル陛下、シギュン様、ゼスさん、そしてグラムが青春時代を過ごしたアッサム士官学校があるのもここだそうですよ。ここの説明の時、ライガットさんがほっこりした顔になってました。昔を懐かしんでいたと思われます。

 士官学校の例でも分かりますが、他国の人間に対しても門戸を開いており、移民を積極的に受け入れてきたという背景があります。

 公用語はクリシュナと同様に西大陸語を使用。

 

 ――アテネス連邦

 八十年前の独立大戦で領土を狭めたものの、依然として大陸一の領土・人口・資源・軍事力を有する大国。

 一応は議会制の政治形態をとっている国らしいですが、アテネス連邦軍の総司令であるロキス書記長という人物が実権を握っているとのこと……このロキス書記長、聞くところによるとあのゼスさんの兄君だそうな。苦労してそうだなあ、ゼスさん。

 侵略国家の定めとして、時折地域独立を求めて内乱が勃発する。

 独立大戦で多少は懲りたのか、支配地域への圧政は弱まったという噂もあるが、定かではない。

 首都イリオスは大陸最大の都市。緑もそれなりにある土地らしく、クレオさんもここの出身だそうです。

 公用語は西大陸語。

 

 

――

 

 

 ――さてさて、一通り国家の情報を確認し、再び内容は歴史に戻ります。……というよりも、もはや今現在アテネスとクリシュナが戦争を始めるに至った経緯と言った方がいいような、極々最近の時事情報です。

 

 事の始まりはほんの二、三ヶ月前の話――アッサム王国でクーデターが勃発したことに端を発します。

 親アテネス政策をとっていた王に対するクーデターは、その首謀者が国王を暗殺してしまった為、通常なら臨時政府なりを樹立する流れとなる筈でした。

 ところがどっこい、同時期に広大なクリシュナ領内の荒野では、クリシュナとオーランドの同盟二カ国による合同軍事演習が実施されておりまして……後は言わずもがな、演習中だったはずのオーランドの軍隊が予告も無しにクーデターによって混乱しているアッサム領へと進軍したのです。

 ……以前ゼスさんのお話にありましたね。要はクリシュナはオーランドによるアッサム侵攻への足掛かりに利用されてしまったのです。国境に軍を進めるカモフラージュに使われたのですね。

 恐らくはクーデターの真相もオーランドの手によるものでしょう。幾らなんでもタイミングが抜群過ぎます。

 

 このことから分かることなんですが、最早オーランドという国は信用なりません。信用してはいけません。妹君をお嫁に出しているホズル陛下には申し訳ないのですが……

 彼らはクリシュナを確かに同盟相手としては認めているかもしれませんが、自分達と対等な国家ではなく、遥かに格下の存在として見ていることは明白ですので。……ホズル陛下にしてみれば、国家規模から見れば否定出来ないのが辛いところでしょう。

 

 そういう訳で陰謀を仕掛けられたアッサム王国は、クーデターの影響による混乱を突かれ、大国オーランドによる支配を――ということにはなりませんでした。

 オーランド軍の侵攻を察知したアテネス連邦軍が数日後、即座にアッサム王国領へと派遣され、アッサム王国領を舞台とした二大国の争いに発展してしまったのです。

 ……この対応の早さからして、アテネスも密かにクーデターの計画を掴んでいたのかもしれません。

 結局その戦いはアテネス連邦軍の勝利に終わり、オーランド軍は敗北することになります。

 

 この頃、クリシュナ王国はアッサム王国に通じる大渓谷の橋を全て破壊しています。

 戦力規模から言ってアッサム王国のクーデター軍が、侵攻してきたアテネス連邦軍を弾き返せる見込みはありませんもの。その為、将来アテネス領になると思われるアッサムからクリシュナへの侵入ルートを封鎖することが急務だったのです。

 

 さて、この時点でクリシュナ王国としては、例えアテネス連邦軍がアッサム王国を攻めても半年は落ちない、という予測を立てていました。クーデター軍が篭もる王都ティブガルは堅牢な要塞都市でもあるため、それだけの時間が稼げるだろうということですね。

 当然、クリシュナ王国としてはその間に対応策を練る方向で動こうとしますよね? アテネス連邦との国境線を固めるため戦力を移動させたり、安全な地域への民間人移動を誘導したり、戦争に備えて戦力増強や備蓄強化を行ったり、あと一応は建前としてオーランドの真意を確かめ援軍を要請したり……やらなければいけないことはいくらでもあります。時間はいくらあっても足りません。

 

 ……そう思われていたのですが、事は怒涛の勢いで進行していきます。

 クリシュナの予測に反して、アッサムの王都ティブガルはなんと一ヶ月どころか数週間も経たない内に陥落してしまったんです。クーデターの首謀者はアテネス連邦軍に殺害されたとみられています。

 哀れ、アッサム王国はそれ以後“暫定アテネス連邦領アッサム”となり、アテネスの支配領域となってしまいました。

 

 ――そして勿論、ここで話は終わったりなんかしません。

 アッサムを支配下に置いたアテネス連邦は間を置かず、クリシュナ王国との国境へと進軍したのです。アッサム領へのオーランド軍の進攻を黙認した、その報復という大義名分のもとに。

 ……オーランドの罪状をクリシュナ王国に挿げ替えてきたんですよね、要は。

 そんなことをされてはクリシュナ王国としてはたまったものではありません。相手はアッサム王国を併呑した大国、単純な戦力差でも三倍から四倍以上の開きがあるとされています。つまり、まともに太刀打ち出来るはずがありません。

 この頃、アテネス軍の進攻を止めようと外交ルートを通じて交渉を行ったりもしていたはずですね。以前ライガットさんとゼスさんが和睦の条件について話し合っていましたから。そしてアテネス側から提示されたそれが、到底受け入れられないものだったのも分かっています。どんだけ無理な条件叩きつけてきたのやら……

 依然としてクリシュナ西部国境のミゾラム要塞では進攻するアテネス連邦軍の足止めを懸命に実施中。ですがそんな中、不覚にも敵の小規模ゴーレム部隊が防衛線を突破してしまい――

 

…… 

 

「――そのままここ王都ビノンテンまで敵のゴゥレム部隊が侵入、幸いその部隊は撃破出来たものの私達は手痛い被害を被り、そして相変わらずクリシュナの西部国境にはアテネスの軍勢が押し寄せている――そして現在に至ります! どう? 分かりましたか?」

 

 普段とは違って、裾の短いスカートと眼鏡という文官らしい格好をしたナルヴィ義姉様が地図をパンパンと指示棒で叩き示しながら一同に確認します。

 部屋の中には私、ライガットさん、ナイル義兄様が生徒席に座り、ロギンさんが壁際、指導役のナルヴィ義姉様が正面という立ち位置なんですが……いつの間にか廊下に見学者が溢れています。普段見られないナルヴィ義姉様の艶姿が見られると聞いて何処からとも無く集まってきたのです。

 疑問というか質問があった私は手を挙げようとしたのですが、そこに風の妖精さんがいたずらを働きました。具体的にはナルヴィ義姉様の短いスカートをめくり上げてしまったんです。

 

「うおおおおおおおおおおお!!!」

「よ、よく分かりました教官殿ぉ!」

「見えた!? お前見たのか!?」

「もう一回頼みます! ぜひお願いします!」

「う……うっぷ……」

「ふむ、薄い青か……よくわかった……!!!」

 

 う、うわぁ……最早収集が付きません。一同大興奮です。ライガットさんなんか、それまで眠気でぼんやりしていたのに目をクワッと見開いてナルヴィ義姉様の下着の色を確認していました。……スケベめ。

 反対にナイル義兄様は妹さんの下着を見てしまいグロッキー状態……彼に妹属性は存在しないようです。女性には弱いみたいですが健全な男性なんですよね、これでも。

 はふー、でも確かにいい物でした。私も表情には出ていませんが良き目の保養になりました。ほくほく。

 羞恥に無言で震えていたナルヴィ義姉様はおもむろに懐に手をやります。――あ、オチがわかっちゃいました。

 

「――さて……一番最初に死ぬのはライガット……お前でいいな!!」

 

 そしてナイル義兄様とロギンさん以外の男性陣は皆、プレスガンを構えたナルヴィ義姉様に追い回される羽目になりました、と……

 

(はあ……結局私が訊きたいことが訊けませんでしたよ。仕方ありません、また今度訊いてみるとしましょうか)

 

 私が訊きたかったことは、そもそも私が一番初めに義姉様に尋ねた開戦理由です。建前でしかない大義名分なんてほっぽり出して。

 アッサム王国でのクーデターという好機が存在したにせよ、独立戦争後八十年もたった今、オーランドとアテネスが国土拡大を図る理由って何なんでしょう?

 そこが解明できないと、仮にこの国が難局を乗り切れたとしても根本的にかの国々の脅威を排除出来ないのですが……

 

(……ま、そんな仮の事をいくら心配しても仕方ありませんよね。何よりも目前に迫っている火の粉を払わないと、未来自体がありませんから)

 

 私は一旦そう結論付けて、男性陣を殲滅しているであろうナルヴィ義姉様の帰りをじっと待つのでした。

 




▼今回のまとめ・追記事項

1.まんま地理歴史回
2.説明会2


次回、宜しくお願いします。

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