壊剣の妖精   作:山雀

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▼前回のあらすじ

 ライガット氏、訓練初日に昏倒。


015. 鬼人不知

――――――

 

 

 新生部隊での訓練期間が始まってから、色々とやることが山積みとなっている今日此頃です。ライガットさんを始めとする部隊の皆さんはひたすら訓練に勤しんでいます。

 ……ですが今の私には、それらを後回しにしてでも早急に為さねばならないことがあるのです!

 

 ――それは、鬼畜眼鏡ことジルグ殿の調査でございます。

 

 訓練開始初日のあの訓練の後から時に密やかに、時に大胆に彼の情報を集めて回りました。正直あの人よりはクレオさんやナルヴィ義姉様の個人情報を集めたいものです、とその途中でしみじみと実感しました。

 

 まずは当然シギュン様に突撃して、いつものおねだりをさせてもらいます。即ち、ちょっと仲間のこと色々調べたいので許可ください、と言うか教えて下さい――である。

 普通はそんなことを言われたら渋るか断るものと思われますが……プライバシーの問題とかありますから。ですがまあ、そこはそれ。相手がシギュン様だということと、調査対象がジルグ殿ということで首尾良く許可を貰えました。

 上手く話を進めてゲットしたジルグ殿の情報に、手近な人達に聞きこみを行って少しばかり捕捉、それを大雑把にまとめたものを現在読み直しております。

 ふふふふ……、クリシュナで使われている西大陸語とかいう文字の習得は順調に進んで、今ではこんな読み物もなんとかこなせるようになっているのです。我ながら今のミニサイズボディの頭脳の出来には驚かされるばかりですよ。さてさて……

 

 ――本名、ジルグ・ジ・レド・レ・アルヴァトロス

 ――現在十九歳

 ――独身、恋人もいない

 ――文武を問わず、学生時代から多分野で他者を圧倒。

 ――特にゴーレムの操縦技能は天才的。

 

(……クレオさんとゴーレムで勝負したらどっちが勝つでしょうか?)

 

 私としては大好きなクレオさんを応援しますが、クレオさんは射撃苦手だって本人が言ってたような気がしますので、その分はジルグ殿に分がある勝負となるでしょうか。あとジルグ殿はちゃんと搦め手も駆使しそうなので、どちらかと言うと正面から戦うと思われるクレオさんは不利になりそう。

 

(おっと、続き続き……)

 

 ――投獄される以前、軍在籍時の兵種は遠距離銃兵(ロングガンナー)

 ――父親はバルド・ジ・アラン・アルヴァトロス将軍。母親は彼が幼い頃に死去。兄弟無し。

 ――今回の入隊については、バルド将軍の友人である参謀長殿が友人の息子であるジルグ殿の軍籍復帰を慮って、という思惑があるのではとの噂がある。

 

(へー、なるへそ……って、はい? いえ、驚くべき事実ではあるんですが。……くっ、バルド将軍ってば、もうとっくにビノンテンから出陣しちゃってるじゃないですか! ライガットさんを通して何か裏話を聞けるかもしれなかったですのに!)

 

 そんなこと今更言っても、もう遅いのです。諦めてさらに読み進めましょう。今度は彼の投獄理由について、なになに……

 

 ――今から一年前のゴーレムを使用した行軍訓練中、突如仲間の一人をゴーレムごとプレスガンで殺害し、その後自ら投降。

 ――仲間を殺害した動機は不明。投獄された後は何も語らず。

 ――その訓練に同行していた仲間八人もゴーレムを破壊され、負傷はしたものの結果的にジルグ殿に見逃された形で生存。事件の詳細が判明したのも彼らの証言が元となっている。

 ――ジルグ殿本人と被害者、同行者達に主だった関連性無し。

 

(……ここだけ見ると完璧に気が狂れた人間の所業に見えますが……はて?)

 

 ――学生時代から周囲の期待を一心に集める存在であり、あのトゥル将軍すら同様だった……これはナルヴィ義姉様から聞いた話ですね。なんだか個人的に確執のようなものがあって、その点でも彼女はジルグ殿の事が苦手っぽいです。

 そんでもって、『軍学校在学中はとにかく女性に人気があった。でもずっと付き合っている人はいなかったようです』……まあ顔も良いしなんでもこなせる逸材となれば当然でしょう。きっと男性の人気もあったんじゃないかな、と思う。……でも誰なんでしょう? この情報元は。

 

(うむむむむ……味方殺しの一件が不可解過ぎる……なんでぇ……?)

 

 関係者や事の次第を知っている人達の意見としては、突然気が狂っての犯行との見方が多いようなんですが……でも私が知ってるここ最近のジルグ殿は一応理性的に見えるし、話は通じるし、一年経って落ち着いたと考えても……納得がいかないですね。

 

(……もっと突き詰めて、事実だけを抜き出して考えてみましょうか。えーと……)

 

 ・結果としては訓練中に軍人一名が死亡

 ・事が終わった後、ジルグ殿が自分から投降

 ・他同行者八人は生存し、ジルグ殿の犯行について証言

 

 これだけ、ですね。事件後のゴーレムの状態に関する資料とかあればよかったんですが。無い物ねだりしても仕方ありません。

 

(うむむむ……その事件があった際、ジルグ殿に悪意がなかったという仮定を行って、その犯行理由を勝手に想像するだけならいくらでも思いつきますけど……)

 

 一番分かり易いので言えば、突発的にジルグ殿をプッツンさせるようなことをしでかしてしまった被害者がその報復として殺された、とか。実は貴族とか上級軍人の陰謀に巻き込まれてしまって罪を着せられてしまった、とかです。

 ……ですが、そんなことははっきり言って妄想でしかありません。

 この一年間でジルグ殿に対し、既にその手の説得や事情聴取の類は散々やっていると思われます。おそらくバルド将軍も彼の真意を確かめようとしたことでしょう。それでも何も詳細が掴めていないということは、今更私みたいなのが首突っ込んでも何も変わるとは思えませんよ。

 

(困りましたね……手詰まりです……)

 

 これ以上の個人情報はここにいないバルド将軍に聞くしかありませんね。つまり万事休すです。

 ……となれば、あとはもう私に出来る事は一つだけでしょう。私は意を決して立ち上がりました。

 

 

 ――そう、私が最後に挑戦しようとしているのは、あの鬼畜眼鏡ことジルグ殿と直接対面しての相互理解である。

 

 

――――

 

 

 どんな人間でも食事は摂るだろう、と安直に考えて城の食堂までなんとなくやって来たのですが、実にタイミングが良い事にジルグ殿の食事シーンに遭遇してしまったのです。そう言えば彼がここにいるところ初めて目撃しましたよ。

 そこそこ食事中の人達で埋まってる食堂のテーブルですが、彼の周囲だけぽっかりと誰もいなかったので非常に目立ってます。そりゃあ、何の理由も無しに味方殺しをやらかしたなんて言われてる人の近くには寄りたくないでしょうねえ……

 係のお姉さんに少しばかりのスープを配膳してもらって、杖を突きながらひょこひょこと歩いてジルグ殿のお側に近寄ります。

 ……あ、ジルグ殿に会話すら拒絶された時のこと考えてなかった。ええい、どうとでもなれ!

 

「――おや? わざわざこちらを見つけて近寄ってくるなんて、酔狂なお嬢さんだ。直接顔を合わせるのは……これで二度目ですね」

 

 まるで道化か紳士か判断がつかない飄々としたジルグ殿の物言いに早くも心が折れそうですが、今度こんな機会がいつ来るか分からない。気を持ち直してなんとか話を繋ぎます。

 

「…………ここ……いい……?」

「ええ、どうぞお構い無く」

 

 了解も貰えたのでジルグ殿の正面に座る。その途端に食堂が静まり返ったのはたぶん気のせいだと思いたい。

 暫くは自分のスープを少しずつ口に入れながらジルグ殿を観察していたが、二人で黙々と食事をするだけで終わるわけにもいかない。

 

「……あの…………訊く……いい…………?」

「……ええ、何でもどうぞ。答えられるものには答えますよ」

 

 よっしゃ、言質頂きました。ならば訊いてみましょうかと意気込んで、色々確認してみましたよ。

 以下、簡単な会話の流れである。

 

……

 

 問:其の一、鹵獲したエルテーミスとかいうゴーレム、使ってみて実際どうなんでしょう?

 答:あれ作ったアテネスの奴はどうかしてる。クリシュナ側でデチューンして幾分使い易くなってる筈なのに扱い難し過ぎ。でも合計十日も訓練期間があれば十分なんとかなるから任せてくれていい。そこそこ余裕もあるし、万全に仕上げてみせる。

 

 これは素直に頼もしいですね。ですがあんまり普通じゃない物事の考え方をしていると思われるジルグ殿にさえ、イカれてるって評価されたアテネスのゴーレム技術屋って一体……

 

 

 問:其の二、実戦訓練(?)の意味って何?

 答:いろいろ。あの時言ったように、エルテーミスの慣らし訓練やライガットさんとデルフィングの現状確認だとかを兼ねてやっちゃった。一応、反省はしている。

 

 普通、一年のブランク後に初めて乗る異端のゴーレムですることじゃない。それに確認というか……見極め? あとこの人絶対反省していないです。本人の中で何かしら納得できる理由が出来れば、またやらかしそうです。

 

 

 問:其の三、ライガットさんをどう思う?

 答:興味ある。ディフェンスは上手だった。城や牢獄の中でも色々噂になってるのを聞いた。内心期待してる。

 

 これでも一定の評価はしてるみたいです。ライガットさんの何に期待してるのかは秘密だそうです。……自分と並んで大暴れとか?

 あと噂ってなんの噂ですかって尋ねたみたら、「いつも王妃様と行き過ぎなスキンシップとってる。以前から友人同士だという話だし、実は二人は昔からただならぬ関係だったのではないか」という事実に則した根も葉もありそうな噂だとか、「いつも幼い少女と一緒に行動してる。時々その色々と訳がありそうな女の子を抱えて運んでいたり、密着されたりしているし、実は不埒でただならぬ女性嗜好を持っているのではないか」という、私がライガットさんに全力で土下座しなければならないような噂でした。

 ……いや、本当にごめんなさいライガットさん。最近はそういう機会が多少は少なくなっていますし、他の部隊員の皆さんにもひっついてるので、きっと七十五日後くらいには「子供に優しいナイスガイ」あたりに評価が変わっていると思いますので。

 思いの外、この話題は結構弾んだ気がしますね。話に乗って「ライガットさんは特に自分の恋愛事とか深く意識していないと思う」だとか、「実は体つきが豊満なタイプの女性が好みだと思います」だとか、「自分はどちらかというとトゥル将軍派、ライガットさんはバルド将軍派」だとか教えてみたら、意外とジルグ殿は興味を惹かれていたようだし。「へぇ……」とかいって薄く笑ってたので間違い無い。

 

 

 問:其の四、デルフィングをどう思う?

 答:興味ある。よく跳びよく動く。活動時間が長ければとりあえず言うことは無い。

 

 実は推定千年以上前の古代ゴーレムだって言ったらニヤリと笑ってました。よくそんな骨董品が現役で動くものだ、とか。同感です。

 

 

 問:其の五、私をどう思う?

 答:ノーコメントで(ニヤリ)。

 

 なんでこれだけ回答拒否なんですかね!?

 

……

 

 ――以上、上から目線での回答が殆どでした。気付いたら結構なお時間になっていましたよ。

 一年前の事件については敢えて触れません。さっきも言ったように今更訪ねても意味ないだろうし、どうせ何も答えてくれないだろうし。

 

「殊の外楽しい食事でした。時間なので失礼しますが、また機会があればご一緒しましょうか?」

 

 若干フレンドリーになったような気がするジルグ殿がそう言ってきましたので、軽い気持ちで承諾して食堂を出て行く彼を見送る。

 食堂のあちこちから溜息が聞こえてくるのは無視して、私は引き続いて今の会話から出た彼の人柄について脳内会議を開始したのである。

 

 

――――

 

 

「――それで、その結果が『絶対そのうち何かしら事を起こすだろうけれど、当面はエルテーミスの訓練に注力するだろう。あとライガットに何かしら興味があると思われる』……ということ?」

「…………はい……」

 

 ジルグ殿に関する私の個人的な調査結果を聞いたシギュン様の表情が若干険しくなる。そりゃあ危険人物が自分の大切な人に興味持ってるなんて知ってしまったら穏やかじゃないか……

 所変わってここはハンガーの一角、シギュン様への事後報告中である。結果が出たら私にも教えろって言われてましたからね。

 ジルグ殿の興味が、ライガットさんとデルフィングどちらに対して大きく向いているかと私が問われたら、純粋に話題に登った時間からして前者だと思うと答えます。会話に花を咲かせた私がいうのも変な話ではありますが、ジルグ殿の反応も良かったんじゃないですかね?

 

「……分かりました。私の方からもライガットに注意を促しますが、貴方の方からもジルグ殿に対して注意を払うよう、彼に伝えておいて下さい」

「――(コクリ)」

 

 了解です、と頷く。なんだかこの遣り取りも久々ですね。

 

「それに加えてですが……」

 

 ん? まだ何かあるのでしょうか?

 

「……あんなことがあった後でジルグ殿に会いに行くなんて、いくらなんでも冒険し過ぎよ……」

 

 そう言うとシギュン様は私の頭を優しく撫でくれます。おー、最近はシギュン様からされる機会がなくなっていたので久しぶりですよ。ほくほく。

 ……そんなに突飛でしたかね? どうせ部隊で出陣したらどちらにしろ会話なりする機会はあるでしょうに。

 でも無茶をしてしまったように見られたのは仕方ないのかもしれません。今後は気をつけましょう。

 

「それでいいわ。あまり周囲の人に心配をかけないようにね」

 

 シギュン様にも念を押されたので、ちゃんと肝に銘じることにします。

 

 

 ――次の日、早速部隊員の皆さんに滅茶苦茶心配された。たった一日で目論見が崩れました。なんでー!?

 どうやら昨日ジルグ殿と私が食堂で会食していたのを風のウワサで聞き及んだそうです。ああ、それでかと納得せざるを得ない。

 理由をなんだかんだと聞かれたので、一応部隊の仲間だけどなかなか会って話す機会が無く、いいチャンスかなと思ったと説明、そしたら案の定呆れられた。その評価は甘んじて受けます。

 そのまま皆さんに、「なんだかライガットさんに興味ありそう」って伝えたら、ナイル義兄様は露骨に安堵した表情になってから、ご愁傷様って感じの視線でライガットさんを見てました。

 ……で、当のライガットさんはと言うと、ちょっと驚いた様子になってから何か考え込むといういつもの流れですね。

 ライガットさんもライガットさんで、ジルグ殿には興味を持っているようですので、ある意味両想いですね。私としては血生臭い展開にならないことを祈るばかりなのです。

 

 




▼今回のまとめ・追記事項

1.結論:良く分からなかったけどまあいいか
2.評判が良くないライガット氏


次回、よろしくお願いします。

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