壊剣の妖精   作:山雀

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▼前回のあらすじ

 襲い来る鬼畜眼鏡


014. 鍛錬調練

――――――

 

 

『――次ッ、青!!』

 

 ナルヴィ義姉様による合図の後、私の視界がデルフィングの腰元に移る。そこにある物の位置を確認しつつ、デルフィングの左手で器具を操作し、ガキンという音とともに飛び出た物を右手で掴み取る。そのまま右腕を振り下ろし、掴んだ物を指定された色の的目掛けて放り投げる。複数の衝撃音とともにそれらが土壁に突き立つ。着弾点は……目標とした的の上方だ。おしくない、大ハズレです。

 

『リリースのタイミングが速い!! 姿勢を低くしろ! いい的だぞ!!』

 

 ……なるほど、デルフィングの姿勢までは私も意識がいっていませんでした。外から見て頂いてアドバイスを貰えるのはありがたいです。

 ナルヴィ義姉様の合図、ガキンという作動音、巨体が風を切る音、土壁に重い物がぶつかる衝撃音、ナルヴィ義姉様による評価――という一連の音声が連続して野外演習場に響き渡ります。

 現在はナルヴィ隊長監修教導による、デルフィングの攻撃訓練の真っ最中であります。ライガットさんに機体の操縦はお任せして、私はただ身動きせず見聞きするだけですがね。

 

 

 いよいよ本日から、本格的にライガットさんのゴーレム操縦訓練が始まりました。基本的に私は一緒に乗ってデルフィングの動きに慣れるか、私だけ機体から降りて見学となる予定です。以前シギュン様がおっしゃっていたように、今はライガットさんの技量を上げることが先決ですから、仕方ありません。

 昨日の一件で、基本的なゴーレムの動きである“歩く”“走る”“起きる”“跳ぶ”“持つ”等の動きは一先ず問題無しとナルヴィ義姉様から判断されたのでしょうか。今日のライガットさんの操縦訓練は、デルフィング用の新開発装備の一つである投擲武器“ネイルダーツ”の練習をすることから始まりました。

 ふふふ、荒野に並べられたデルフィング用の新しい武器を目の当たりにして目を輝かせてしまいました。ほぼ全てがシギュン様謹製のデルフィング専用武器。夢が広がるというものです、あれは……

 

(うーん、そう考えたらわくわくしてきましたね! 今度さり気なく使えそうなアイディアを提供してみるとしましょう)

 

 もっとも、私にしてみればこの世界は常識外れもいいところなので使えそうなものなど無いに等しいと思われます。

 閑話休題、それら新しい武器の中でも、事情があり遠距離武器であるプレスガンが使えないデルフィングとライガットさんの為にシギュン様が考案したと思われるこのダーツ……というよりは投げナイフか飛苦無か、といった武器ですねー、これは。

 今まで私達は距離があって銃を撃ってくる相手に対しては、逃げるか距離を詰めるしか選択肢がありませんでした。それを改善するためにプレスガン以外で何か遠距離攻撃用の武器を――というのが開発経緯と思われます。

 ほぼ使い捨ての上、威力が安定せず厳密に狙いを付けるのも難しい印象がありますが……仕方ありません。威力はデルフィングの膂力ならそれなりのものが期待できますし、命中率は練習で向上させるとしましょう。

 

 ……にしても、このネイルダーツ用のホルスターが凄く便利です。

 腰の左右にそれぞれ一基ずつ備えられたこの円盤か自転車のタイヤのようなホルスター……正確にはネイルダーツ三本×八基の計二十四本分のホルスターを一つに纏めたものとなっています。

 腰元の“チェンジャー”と呼ばれるレバー状の器具を反対側の手で少し引いて保持すると、ネイルダーツを収めている収納部分の蓋が開き、一度に投げる分量である三本分が取り出しやすいように中からニョキっと生えてくるんです。それを指の間で掴んで投擲、ホルスターを少し回転させて次の収納箇所を用意する、と。こんなものを短期間で考案し実際に作らせてしまうシギュン様はやはり只者ではない。 

 

「くッ……」

 

(……ライガットさんは歯ぎしりしつつもなんとかこなしてる、ってとこですね。確かに色々ストレス溜まりそうな動作です……)

 

 ……ただ、当然ながらデルフィングの馬鹿げたパワーでは慎重に扱う必要があります。特にチェンジャーの部分なんてちょっと力の入れ加減間違えたらすぐ壊れそうです。それ故繊細な制御が操縦士には求められるのですが、今までに経験が無かった、連続した細かい動きをこなさねばなりません。その為、ライガットさんが操作に手間取って苛ついているのも分かります。操縦桿とトリガーをちまちま動かすのは本当に見ていてハラハラするというか、よくそんな細かい動きができるものだと感心しますね、ホント。

 そして案の定、ネイルダーツを投擲する一連の動作がぎこちない……人体という訳ではないのである程度は仕方ないのですが、もっと流れるような動作じゃないと無駄な動作が入って速度と威力が出ないのではないでしょうか? そうなると命中率も落ちそうです。

 

『次ッ、赤!! ――リロードが遅い!! 敵が先に撃ってくるぞ!!』

 

 そうですよね、プレスガンは連射出来ますけどこっちは基本連射出来ませんからね。解ってるけどイライラするんでしょうね。ライガットさんファイトー、頑張りましょう。

 

『遅い! 片腕はリロードのためにはじめからチェンジャーに添えておけ!!』

 

 い、イライラ―― 

 

『遅いっつってんだろ! 死にたいのか!!』

「ッ~~~~~~!!」

(うわぁ……)

 

 ライガットさんの苦行は続く。

 

 

―――

 

 

『――投擲武器(ネイルダーツ)訓練終了!!』

「ッだあー! 終わったぁー!!」

(お、お疲れ様でした。ライガットさん……)

 

 デルフィングの活動限界時間まで続いたネイルダーツの訓練がやっと一区切りつきました。三十分も無かった筈なのに凄く疲れてしまいましたよ……

 

「ふぃ~、飯にすっか。行くぞセフィ!」

「…………はい」

 

 ライガットさんに抱えてもらい、私はデルフィングから地面に降ります。いろいろと自力で乗り降りする方法は模索中なんですが、どうしても貧弱な握力腕力脚力がネックとなってしまっているのです。

 

「どこに行く?」

「あ?」

「…………ぁぅ?」

 

 私達がお城の食堂のメニューに思いを馳せていると、ナルヴィ義姉様からストップがかかります。どうしてですか!? さっき訓練終了っていってたじゃありませんか!

 

「デルフィングはもう動かねー。城に帰って飯だ」

 

 訓練のストレスもあって、若干苛つきながら質問に答えるライガットさん。隊長にとる態度とは言い難いですが、今の私は許します。

 

『“投擲武器(ネイルダーツ)の訓練”が終了だ、馬鹿め!!』

「げ……」

「…………はぅ」

 

 ここに鬼が居りました。

 それはさておき、この場での待機を命じられた私達。次は何をさせられるのでしょうかね。デルフィングは動かせず、外でやることといったら………肉体鍛錬? 私も?

 暫くして、演習場に一台の白いファブニルが姿を現しました。ど派手な登場ですね。

 

(んー、シールドや頭部に描かれているパーソナルペイントはハートマーク――じゃなくて………さ、桜の花………? 久々にこういったの見ますね………)

 

「サクラ近衛大隊長! ご指導宜しくお願いします!!」

(あ、第一日本人発見)

 

 白いファブニルから降りてきた年配の女性を見て私はそう考えました。 

 だって………長い黒髪と黒い瞳といい、肌の色と顔立ちといい、あとついでにお名前といい、この世界に来てから始めてみた日本人らしい日本人ですよ! ここクリシュナですけど。

 そして近衛大隊長って言いましたよね、ナルヴィ義姉様? とすると、即ちこの人こそあのトゥル・バルドの二大将軍に並び立つ存在とされるクリシュナの近衛大隊長なのでしょう。うひゃー、この人に訓練付けてもらうなんて、いささか贅沢なんじゃないでしょうか!

 

「敬礼!!!」

 

 いろんな感動で呆けていた私と何故か散漫になっていたライガットさんに怒鳴るナルヴィ隊長。ライガットさんはだらけた敬礼を、私は遅々とした敬礼を返します。駄目な二人ですみません。

 ……にしてもこの人――

 

「お前がライガットか。ゴゥレム越しに一度会ってるね」

「!! で、でけ………」

 

 ええそう、サクラ近衛大隊長ってすんごく身長が高いんです。ライガットさんも身長百七十センチ以上はあると思うんですが、それでも彼の正面に立つ彼女の肩に届くか届かないかというほどだから………二メートル超えしてるんじゃないかな?

 

「で、こっちの初対面のお嬢さんがセフィとか言ってたっけね」

「……あぃ」

 

 サクラ近衛大隊長は自身の身長が子供に与える圧迫感を理解しているのか、わざわざ腰を落として視線を合わせてくれました。そのまま撫でられたのでお辞儀しておく。日本人相手ならお辞儀しておけば間違いはないでしょう。

 

「……さてライガット。お前の戦闘指南役に就く事になったサクラだ。どうやらお前と私は戦闘スタイルが似ているらしいな。あと九日しか無いから付け焼き刃の教え方になるが我慢してくれ」

 

 おお、本当にライガットさんに稽古付けてくれるそうです。戦闘スタイルが似ている? ――接敵したら距離詰めて武器を振り回していくあのスタイルでしょうか? 付け焼き刃とは言え、ゴーレムの近接戦闘訓練なんてやったことないライガットさんには大きなプラスになるでしょう。

 

「ライガット、サクラ近衛大隊長は王国軍最重量を誇る多重シールドを扱える接近戦のスペシャリストだ」

 

 ナルヴィ義姉様の言葉を受けて視線を上に上げると、確かにサクラ近衛大隊長のファブニルの両腕に、通常のものより大きいシールドが装備されています。詳細は省きますが、基本的に重量のある装備を扱えるゴーレム乗りの人はそれだけで希少で凄いってことなんですよね。

 

「へぇ……でもあいにくデルフィングはお休み中だ。明日からよろしくな、オバさん。いくぞー、セフィ」

 

 ええ、今日はもう活動限界まで動かしてしまいましたから、明日までデルフィングは動かせないのです。でもライガットさん、ちょっとその物言いはフランク過ぎないでしょうか? それからホントに帰っちゃうんですか!?

 

「オッ……!! ライガット!!!」

「はっはっはっは!」

 

 失礼なライガットさんに憤慨するナルヴィ義姉様と笑い飛ばすサクラ近衛大隊長。対照的な反応です。サクラ近衛大隊長は細かい事を気にしない性格のようです。これだけでもライガットさんとは結構相性が良さそうかな。

 

「石英を切断した武器――イーストシミターに興味を示していると聞いたのだが――?」

 

 そのセリフがニヤリと笑うサクラ近衛大隊長の口からでた瞬間、ピタリとライガットさんの足が止まります。おお、相手の興味を引く話題で上手いことやるもんですねー。

 

「……あの……ジルグってのが使った武器だな?」

「ジルグ……ああ、奴なら使いこなせるだろうね。ゴゥレムの近接戦闘は生身と違い、基本『叩き・削り合い』だ。『斬る』という概念は不要とされている。敵を圧死させるのが目的だからね」

 

 そう……だからゴーレム乗りの人はまともな人間の死に方は出来ないって言われるんですよね。これは戦闘距離に関係のない話題ですが。

 

「我が軍に標準装備されているセミスパタも刃を少し丸くした、いわば棍棒と剣の合い子だ」

 

 うーん、剣でゴーレムを攻撃するとなると鋭い刃は欠けやすいですし、刃を薄くすると折れやすくなりそうですからそんな武器になったんでしょうか。

 

「だがイーストシミターは『斬る』ための武器……! 耐久性は低いが「速さ」がトップクラスだ。上手く扱えればどんな武器よりも先手をとれる」

 

 ふむ、“東方片刃刀(イーストシミター)”って感じでしょうかね。名付けの由来が色々興味を引きますが、日本刀がこんな形で評価されているのは素直に嬉しいです。

 

「――だがそれ故にゴゥレム戦で使うのは至難……どうだい? その気があるなら教えるが……」

「……ほぉ」

 

 お、ライガットさんのやる気を引き出したようです。その誘導術が素晴らしいです、サクラ近衛大隊長。

 不敵に笑うと、サクラ近衛大隊長は剣――練習用の模造剣のようです――をライガットさんに放り投げました。あ、やっぱり生身で剣術訓練ですか。

 

「? これは」

「まずは生身で訓練だね。間合いと腕の使い方はゴゥレムにも応用できる!」

 

 そう言いながら上着を脱ぎ捨てるサクラ近衛大隊長。うおー! 腕の筋肉がすごくムキムキしています! 相当鍛えてますね、あれは!

 

「どうせ当たらんから全力で打ってきな」

「……ふっ、舐めるなよ……そこで見てろよセフィ!」

 

 ライガットさんも同じ様に上着を脱ぎ去り、姿勢を低くして剣を構えるサクラ近衛大隊長の正面に立ちます。

 ハラハラしながら見つめる私の傍には、ナルヴィ義姉様やナイル義兄様、そしてロギンさんの姿があります。いつの間にか私達の周りには二人の勝負を見物しようと人だかりが……やはりこれほどの人物がたったひとり相手に鍛錬を施すのは特別な機会なのでしょう。

 

「……確かに俺は能無しだ……プレスガンも撃てねぇしお湯も沸かせね……だがなッ……親父とともに農業で培ったこの腕っ節だけは――」

 

 ライガットさんは剣を肩に担ぐ用に構えます――鍬を振り下ろす時の格好に似てる。確かに彼の本業である農業に勤しんだ成果が生きています。

 

「――本物だッ!!!!」

 

 そして思いの丈を込め、サクラ近衛大隊長に力一杯剣を振り下ろし――

 

(ああ、やっぱりこうなったか……)

 

 ――それを躱され、カウンターを額に貰ってしまったライガットさんは一撃で意識の海に沈んでしまいました。うーん、訓練が始まるまでのセリフはとても格好良かっただけに残念。ですが気合は十分です。リベンジ頑張りましょう!

 

「……あそこまで気迫とウデが比例しないとは思わなんだ。ナルヴィすまん」

「問題ありません」

「…………嘘……です…………」

 

 担架に乗せられて城の医務室送りになるライガットさんを見送るサクラ近衛大隊長とナルヴィ隊長、そして私の会話である。ちょっと酷くないですかねー、義姉様?

 私はジト目で二人を見ます。訓練対象がノビてしまっては、間違い無く訓練もクソもないだろう。剣の腕の違いをライガットさんに分からせるという意味でだと上出来かもしれませんが、残念ながら我々に残されている時間は有限なのでありますよ。

 ……でも、これでライガットさん本人の剣術・体術の向上は図れることでしょう。ゴーレム同士での近接戦闘訓練も然り。サクラ近衛大隊長は以後はいい師匠となって、ライガットさんを可能な限り鍛え上げてくださるでしょう。無事、この目論見は成功しそうですね、たぶん。

 

 私は杖を突きながら歩き、ライガットさんを乗せた担架の横に付きます。ああ、すいませんが移送はもうちょっと遅くお願いします。ええ、私が置いていかれてしまうので。

 暫くそうやって歩いていると、なんとこちらを見ながら意味有りげな含み笑いを漏らすジルグ殿とすれ違ってしまいました。昨日聞いた話だと、彼は今日エルテーミスの操縦訓練だった筈です。

 あの赤いエルテーミスは、やはりというべきか鹵獲したゼスさん達のゴーレムを元に、修復と何点かの改造が施されているらしいです。それも性能を上げる為ではなく、わざわざデチューンするため。そうしなければ急場でクリシュナの誰にも扱えない――そうシギュン様に判断させるほどの問題児で、その搭乗士として白羽の矢がたったのがジルグ殿だったという……

 幸か不幸か彼から話しかけられはしませんでしたが、内心ドキドキです。流石にまだ彼の対応マニュアルが脳内でも完成していませんので。

 うーん、早々になんとか解決しなければならない問題でしょうか。少なくとも無意味な緊張はしないようにしないと……

 

 そして漸く戻った城内では今度は担架で運ばれるライガットを目撃してしまったシギュン様に事の次第を問い詰められてしまう始末。

 

 

 ああ、もう少しだけこんな日々が続きそうです……

 




▼今回のまとめ・追記事項

1.ライガット氏の訓練二日目の出来事
2.ネイルダーツくんは主人公のお気に入り


次回も宜しくお願いします

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