人脈作りに勤しむ。
――――――
――私がビノンテン第三孤児院にてトゥル将軍を始めとする方々の温かい支援を受け始め、そして王城にて正式に重騎士として任命されて数日経ったある日。
この世界の知識を得ていくと同時に思い知らされていく、世のあまりの理不尽さに頭を抱えていた私に号令がかかり、ライガットさんと一緒に王城のそれはとてもとても見晴らしのいいスペースに集合しています。もういっそ盛大にフライハイしようかな……
そんな所に集められた目的は何かというと……
「第一独立戦隊……」
「はい、任務は基本国防です。扱いは国王直属の特別遊撃隊となります。本日から王都にて訓練を開始し――」
そうです。以前シギュン様とトゥル将軍の会話に出ていた、デルフィングを中心とする新設部隊の発足です。ひょっとしたらデルフィングを戦闘には出さずに運用するんじゃないかなーとも考えていましたが、ちゃんと前線に出すようです。
「隊長はナルヴィ上等重騎士が任命されました」
「了解!」
部隊長として任命されたのはトゥル将軍のお目付け役こと、ご存知ナルヴィ
さっき顔合わせた時に「なんでここに!?」って驚いてました。先日お会いした時は、単に頭の中身と身体をどうにかしたいってことくらいしかお伝えしていませんでしたから当然ですね。軍関係者だとは知っていたかもしれませんが、トゥル将軍からそれ以外に私の事は聞き及んでいなかった模様です。
詳しくは知りませんが、トゥル将軍の片腕的なポジションも務めていらっしゃる方のようですし、この部隊をシギュン様から任されるほどですから相当出来る人なのでしょう。
ちなみに私は先日の一件から、心の中で
「部隊員はまず――ナイル一等重騎士! ナルヴィ隊長は貴方の妹さんに当たりますが命令に従えますか?」
「はい! この通り粗末な妹ですが、シギュン様の命令と思い全力で従います!」
このシギュン様に話しかけられて、ビシッと決めている色黒な若い男性がナイルさん。ナルヴィ義姉様から少しだけ話を伺いました。一歳年上ということだからたぶん二十五歳。ナルヴィ義姉様と同じく孤児院で育てられた方のようで、ちゃんと彼女とは血の繋がりがあるそうです。
兄妹揃って平民の孤児というハンデを乗り越えて重騎士に任命されるのは、相当優秀な血筋であると言ってもいいかもしれません。そんな人達を育て上げた孤児院の方達にも恐れ入ります。
一見、キリッとしていて真面目に決めていますが……残念、それでは私の目は誤魔化されませんよ。シギュン様に話しかけられて内心浮かれている、デレデレ顔が私の目には透けて見えます。従って、なんとなく女性に弱そうな人という印象。
そして孤児院出身ということはですよ、この人もナルヴィ義姉様と同じ様に、私の義理の兄ということにもなるんですよね。是非とも彼女と合わせていつかナイル
「ロギン上等重騎士、よろしくお願いします」
「はッ!!」
続いて名前を呼ばれたのは、金髪をオールバック風に流した若干老け顔の男性。“若い”事が招集の条件になっていますからたぶん三十代にはなっていないと思う。
第一印象は……恐そうだけど真面目っぽいというもの。その強面とキチっとした敬礼の仕草がそれに現れています。しっかりと規律を守るタイプかな?
そしてシギュン様が次に視線を向けた先には……一人だけ起立せず、その辺の丁度いい高さのスペースに腰掛けているライガットさん。わざとやっているのでしょうが、こうやってまたそんなお気楽そうな姿を晒してしまうんですね。
「――ライガット一等重騎士……ナルヴィ隊長に従ってください……」
「了解だ! 言う通り動けばいいんだな!」
シギュン様の命令に対してのお返事も、これまたお軽い調子です。もうここまでいくと、これが彼のスタイルだと思うしかありませんかね。
「……ライガット……お互いしこりを残したまま戦うのは面倒だ。 何か言いたい事があるなら今のうちに言ってくれ!!」
そんな彼を横目に見ながら挑戦的に言い放つのはナルヴィ義姉様。あら男らしい物言い――ではなくて、そんなことを言うってことは、この二人実は何か過去に合ったんでしょうか?
とりあえず思い付く可能性としては、彼女がダンさんの関係者であるというパターンなのですけど……でもその割にはナルヴィ義姉様は微妙に笑っている気がしますね。よってそれほど険悪な雰囲気ではないんですが……
「ああ……そうだな……」
ライガットさんはライガットさんで、彼女の言葉を真顔で受け止めた後は、やけに絶妙に格好良い角度で首を傾けて何かを考えこんでいるようですし、いったい何を――
「いやぁ、ナルヴィ隊長がまた私のふぐりが見たいと仰せになられたら、やっぱ脱がなきゃいかんのですかね……?」
……え、えーと、ふぐりって……あれですよね。ちょっと難しい言い方すると陰嚢というか、……ってやつですよね!? しかも“また”って言いましたよ! “また”って!!
つ、つまりこの二人は、おおお大人の関係というか、ぶっちゃけると淫らなお付き合いでもしていたのでしょうか!?
で、でもそんなことを私達の門前で暴露するとは……そんなに性に関してオープンな世界だったりするんでしょうかここ? いえ、ひょっとしたら何かの比喩表現という可能性も――
「ぶわほッ!?」
……という感じで私が狼狽している間に、ライガットさんが私以外の女性陣によって致命的な状況へと追い詰められていました。具体的には頬と側頭部に銃を押し付けられています。言葉通りの意味だったようです。
「――見せたらブレットで潰す……!」
「――そのような出来事が以前あったのですか……?」
言うまでまでもないことですが、熱く怒っているのがナルヴィ義姉様、静かに怒っている(らしい)のがシギュン様です。
うん、意図せずナルヴィさんがライガットさんの裸を見てしまったとか、ライガットさんがいたずらに彼女をおちょくったとか、そういった経緯かな?
……って大丈夫なんですかね。私にとってはライガットさんに詰め寄るシギュン様なんていうのはよく見ている光景なのですが、他の人はそういう訳にもいかないでしょう。実際に心配なのはシギュン様の王族としての威厳とかそのあたりです。気品は怒っていても保たれているのでたぶん大丈夫。
あーあー……、ロギン上等重騎士――やっぱりロギンさんでいいか――は唖然としてるし、ナイル義兄様だって……あれ? ちょっと喜んでる? なんで?
「――ん――……おほん……」
私達の視線を受けて銃を下ろしたシギュン様ですが、もう遅いです。結局、ライガットさんとナルヴィさんの過去に何があったのかは語られないまま次に進行しちゃいます。
「セフィ三等重騎士――部隊行動中は、ナルヴィ隊長の言うことに従って下さい。基本的にはライガットと行動を共にすることになると思われますが……」
「――りょー……かい……」
部隊員紹介のトリを務めるのは私です。覚えたばかりの敬礼をフニャっという感じで決めます。胸の前にグローブ着けた右手を持ってくるポーズです。ちなみに手で握り拳を作っているパターンと開いているパターンが有るようです。
ロギンさんはまた唖然としてる。ナイル義兄様は「ほほぉ……」って零してます。どういう意味なんですかね?
そしてですよ、ふっふっふ……ご覧の通り、ついに私も声を出せるようになりましたよー!! しかも聴くもの全てを和ませるリアル天使の声。
いやーはっはっは、孤児院でのレッスンが思いの外効きが良かったのでしょう。数日でこの成果は凄いんじゃないでしょうか! ……今まで何してたのとか、言わないで下さい。私だって理由が分からないんですから。
……ただ、まだ極短い言葉しか話せないのですがね。音程が拙いですし、語彙の量もまだまだです。先は長いのですよ。
「以上、あと一人を残して計六名が総部隊員です」
「はは……たった六人……」
……私が最後ではなく、ここに居ませんけどあともう一人部隊員が居たようです。ナイル義兄様が茫然自失という感じで呟いております。分かりますよ、ナイル義兄様……
この新設部隊、今クリシュナに存在しているゴーレム部隊と比較して人数が少な過ぎるんですよね。他は何十台でこっちは人数だけ数えても小隊ともさえ言えない規模。使われ方としてはピンポイントで投入される潜入部隊というイメージです。ゼスさんのゴーレム部隊みたいな。
(おまけに私みたいな変なのも居ますしねー、心配にならない人はかなり図太いというか……この人数は戦隊モノのお決まりとしてゴーレム五体分? 流石に笑えません……)
ライガットさんはともかくとして、ナルヴィ義姉様も不満と不安が入り混じった表情してます。私も表情が出せたら同じ顔してる。そしてロギンさんは真面目そうなお顔から変わってないですが、彼も内心不安はあるでしょう。
私とライガットさん以外の三人はトゥル将軍旗下の人間です。従って、普通に考えるならばバルド将軍旗下からも何人か選出されてしかるべきでしょう。一応私達がそれに該当する、とは言えなくも無いですが……
ふむ、ダンさんの件で懸念が残っているのかもしれませんね。彼はバルド将軍旗下の軍人だったとのことですし……条件に合ってライガットさんに怨恨を抱いていない人間が絞り込めなかったのかも。
「……そして六人目の隊員ですが、まだ本決まりではありませんし、私も反対しています」
おや? シギュン様にしては珍しく何やら逡巡するような態度ですね。個人的には一人でも多く人手は欲しいところなのですよ。
「……ですが、参謀長の強い要請で彼が候補に挙がりました……」
腕が悪いとか能力が低い、という訳ではなさそうですね。若くて優秀な人材という条件でこの国の参謀長が推す人間ですし。実戦に出るゴーレム乗りでもあるトゥル将軍の推薦より信頼性が低いから? まさかね。
ようやく、渋々といった様子でシギュン様が口を開きます。
「……その……ジルグを――」
「「ジルグ!?」」
「「?」」
その名前を聞いたナルヴィ義姉様は狼狽して、ナイル義兄様は「げぇッ!?」って苦手な物目の辺りした感じ、ロギンさんは落ち着いているようですが若干表情が険しくなったような……?
どうしましょう。私とライガットさん以外の隊員お三方の反応が不穏です……
(これは……一波乱有りそうですね……はぁ……)
ただでさえ考えることが多いというのに……いっそ全部投げ出したい……けど、そうもいかないしなあ……
――――――
簡単な新部隊立ち上げを終えると一旦私達には解散が伝えられ、ナルヴィ義姉様がシギュン様に何処かに連行されてしまいました。恐らくはデルフィングとその搭乗士についての情報引き継ぎを行うものと思われます。
そしてさあどうしようと考えていた私やライガットさんに声を掛けてくる人間が二人。
「――よう! こうして会って話すのは初めてだよな!」
「――ロギン・ジー・ガルフ・エンサンスだ。今後よろしく頼む。ライガット君」
ナイル義兄様とロギンさんですね。ちゃんとライガットさんに挨拶するためこの場に残ってくれたようです。
「ああ。ロギンに、そっちは確か……ナイルとか言ってたっけ? ライガット・アローだ、よろしくな!」
「おう! ナイル・ストライズだ! ま、こっちこそよろしく頼んどくぜ!」
お互い自己紹介してから軽く握手っと。初対面同士としては悪く無い……むしろ普通の遣り取りのはずなんですが、ライガットさんが絡むとこれもまた貴重な場面なんですよねえ。大抵は「能無し」って品の無い代名詞から始まります。お二人共、今後一緒の部隊で戦っていくにあたって人格的には文句無しのようです。
「んで、将来がとても有望そうなこっちのお嬢ちゃんが――あー……ゼフィちゃんだっけ?」
ナイル義兄様、おしいです。
「……セフィ君だ、ナイル。改めてよろしく頼むぞ、セフィ君」
ロギンさんはちゃんと覚えていてくれてましたね。
「……はぃ……セフィ……よろ……しく……」
差し出された手を握って、かなり拙い言葉でご挨拶する。不思議そうな顔してるが、少しだけ私の説明は後回しにさせて頂きます。ごめんなさい。
「……よろ……しく……ない…る……にぃ……」
「おう。よろしく、セフィちゃん――にぃ?」
ナイル義兄様にはこちらから両手を差し出す。まるで壊れ物触るかのように恐る恐る握手と挨拶してくるナイル義兄様はたぶん女性全般に優しい。
ここで私の身分証明書を二人にそっと差し出した。これさえ読めばあら不思議、数分後には私の境遇(捏造)が丸裸である。
あれからバージョンアップして、王城と孤児院の庇護を両方とも受けている旨が書かれていたり、保証人がシギュン様とトゥル将軍の連名になっていたりする。
「これは……ふむ……!? な、なるほど……」
「ほほー、セフィ・ルトナちゃんね。えーと、生年月日不詳……
この人達の私に対しての第一印象は……たぶん、よくも悪くもないってところでしょうか。色々と疑問は残っているだろうが、それはナルヴィ義姉様の説明があることだろうし。今後の為にしっかりとした信頼関係が築けるといいのですが……
「なあ、ジルグって奴の事、お前ら何か知ってんのか?」
以上、私のご挨拶が完了したところでライガットさんが口を挟んできます。お、ライガットさん丁度いい質問ですね。私も訊いておきたいことでした。彼の名前が出た瞬間、この人達が血相変えた理由は何なのでしょうか?
「あージルグか……なんて言うか……一年程前にちょっとやらかしてな、今は投獄中だった筈なんだが……」
「な、何だって!?」
は? 投獄ですか? 一体その人何やらかしたんです?
「……確かに腕は間違いなく良いと言える程なのだがな、一応君たちも彼には警戒しておくといい」
「ああ、俺としちゃあ一緒の部隊になるのはご遠慮願いたいってのが本音だな……」
これまたえらい嫌われようである。目的の為なら手段を選ばなくなってきた印象のシギュン様でさえも入隊に反対していたし、相当ヤバイ人だということは確定です。
私の中で、ジルグという人は世紀末に二輪車を乗り回している特徴的な髪型とこの世を呪うような目つきをした男という安直なイメージで記憶されました。
(何かされても碌に抵抗できませんし、顔合わせ後は極力ジルグさんには近寄らないようにした方が無難そうですね)
そういう心構えを早々にしてしまいます。
最も、結果的にはそんなもの無駄になってしまうのですが。
――――――
――その日の夜の事。
私は杖を突きながら王城の中を探検していました。
そう、文字通り探検です。何を隠そう、シギュン様からある程度の行動の自由を認められ、歩行能力にもかなりの改善が見られるようになった今、暇な時間があれば積極的に城の中を見て回ることにしているのですよ。
これには日々の勉強の息抜きだとか、更なる肉体改善だとか、城内の構造を把握する為にとかいろいろ理由があります。今までは必要が無い以上はライガットさんとシギュン様にくっついて過ごしていましたから。
時たま私のことを知らない守備兵の方などに呼び止められることはありますが、そんな時こそ懐に忍ばせているこれの出番です。王妃様と将軍閣下の署名入り身分証明書という豪勢な免罪符である。
無論、個人の部屋に侵入したりといった悪事には一切使っていませんよ。明らかに雰囲気がヤバい所とか機密度が高い場所にだって近付いていないようにしているのです。シギュン様から下る制裁が怖ろしいですから。
……そういうわけで、私はクレオさんの所へ行く前に少しばかり城内の散策を行っているのです。
今日は綺麗な月が見えていると小耳に挟んだので、ちょうどいいかと考え城を囲む高い城壁の上に来ています。雲も少なく、綺麗な夜空を鑑賞しながらのお散歩です。
ちらりと下に視線を向けると、明日に控えた西部国境への守備部隊派遣の準備の為に、忙しそうに働いている人達がチラホラ見えています。
(うーん、やっぱり心配だなー……)
私が心配しているのはトゥル将軍のことである。これにはナルヴィ義姉様の影響が大きい。
だって心配だー心配だーってナルヴィ義姉様が密かに漏らしていたのを聞いてしまったし、彼女曰くトゥル将軍は彼女がいないと駄目な人らしいし……
(この前も伏兵に引っかかって全滅しかかったらしいし……)
あれで案外、搦め手には弱いのかもしれない。ただの野戦とかには強そうなのです。
(……まあ、トゥル将軍単独という訳ではなく、バルド将軍と揃って出撃するらしいので大丈夫でしょう)
今回の出陣はなんと、クリシュナが誇る二大将軍揃い踏みで行われます。つまり、それだけホズル陛下も重要視されているということなのでしょう。
一応、王都の守備戦力としては近衛大隊というものが残っているそうなので丸裸になるという訳ではありませんが、それでも大半のゴーレム部隊を王都から送り出すことには変わりありません。
いきなり将軍を二人共出してしまっていいのかと私は思うのだけれど、それには当然ながらちゃんと理由があります。
――単純に、『今この時クリシュナの西部国境を守れなければ後が無いから』です。
このクリシュナという国が敵の進軍に備えるにあたって、当然敵国アテネスの進行ルートを阻む形で西側に戦力を配置することになります。ですがここで問題となるのは、アテネスの予想進軍ルート上には西部国境のミゾラム要塞の他に要塞や砦などが存在しないという事実です。
国境付近には敵に進軍ルートを絞らせる事のできる深い峡谷はあれど、それを抜けられるとクリシュナ中央部に広がる荒野。小さな集落程度はありますが、基本的にこの王都ビノンテンまで彼らの進軍を阻む物は何も無いと言い切れます。当然、敵の進軍速度は遥かに向上し、あっという間にここ王都ビノンテンまで迫られてしまうでしょう。
……そんな状況になってしまったら、クリシュナとしては詰みだと言わざるを得ない。それなりの防衛施設は存在するらしいので暫くは保つでしょうが、一度王都を包囲された後はじわじわと持久戦を仕掛けられつつ敵方には後詰の戦力を補充され、いつか必ず降伏せざるを得なくなります。
(そうなる前に手を打たねばならない。なので敵に現在攻略されている国境のミゾラム要塞が健在である内に、要塞が存在する峡谷地帯へと援軍を送り防衛する、と……)
更に言えば、峡谷地帯ならば地の利があるクリシュナ側が多少有利に防衛戦を展開できるとも考えられますね。
荒野まで出張られて野戦なんてことになったら、人や装備、時間、戦術の差を無視するとお互い五分の条件にしかなりません。
そして実は私達、新設部隊も訓練期間後には西部国境地帯へと向かう予定です。遊撃部隊として暴れ回ることが求められます。
(……ですので是非とも将軍方には頑張って戦果を上げてもらわないと、私達としても後の戦いがキツくなるのですよね――おや?)
私が今後の展望について想いを馳せていると、前方から一人の男性がゆっくりと歩いてきました。
最初は会釈をして道を譲ろうかなーくらいにしか考えていませんでしたが、その人が近付くにつくと、意図せず足を止めてその人の観察を開始してしまいます。
まず第一印象は若いということ。ひょっとしたらまだ十代なんじゃないのかな? それでもって端整な美形だ。ライガットさんとは違った方面で女性にモテそう。
少し傷んではいるようですが、軍服の外套を着ているということは軍人――それもゴーレム乗りの人のようですね。衣裳でなんとなく分かります。
赤い長髪とそれに眼鏡かー。……なんとなく鬼畜眼鏡という言葉が私の脳裏に浮かんだ。
……別に好みのタイプという訳ではありません。その人が今まで私が見たことのなかった人物だということもあるのですが、その人の無表情が何故か凄く怖ろしい雰囲気を放っていたように感じられたからです。
「――おや? こんばんはお嬢さん、こんな場所に何か御用ですか?」
うわっ、びっくりした! そのまま私の横を通り過ぎるかなー通りすぎてくれるといいなーとか考えてボーっとしてたら私に声をかけてきましたよ、この人。
さっきまでとは違って、純朴な女の子がイチコロになりそうな微笑み浮かべてるけど……さっきの表情見てしまった私からするとその笑顔が怖ろしい。
ナンパだったら勘弁してください……とか思いながら、私は空に浮かぶ三日月へ視線を向けます。
「ああ、そういうことですか。確かに月を見るにはよい場所ですからね、ここは」
眼鏡さんが私の視線の意味を解し、とりあえずの危険は無いと私は判断しましたが、同時に私は自身の失敗を悟ります。
(このままだと、この眼鏡さんを視界に入れられません……)
今、彼の位置は私の背後です。このままだと、もし何か良からぬことをされそうになったら相手に先制を許してしまいます。
抜かりました……生憎、武器になりそうなものが手元にありません。この杖を振るおうにも体勢が崩れますし、この体格差では……
「――フ、では近い内にまた会いましょう……」
(……お?)
そんなふうに私は冷や汗をかきながらどうしようかと考えていましたが、眼鏡さんはあっさりと私に別れを告げて去って行きました。
……よく分かりませんが、ふー、何事も無くて良かった。……でも“また”ってどういうことでしょう?
(うーん、今までは何事も無く過ごせてていたので後回しにしていましたが、よく考えると何らかの防衛手段はそろそろ欲しいですね。シギュン様にお願いして護身用の武器を手配してもらいましょうか……ナイフか短剣あたりを携帯できるならそれを――)
私は物騒な事を考えつつ歩き出します。今の出来事で消耗してしまった精神をクレオさんに癒してもらうべく、シギュン様のお部屋に足を向けるのでした。
▼今回のまとめ
1.ライガットさんとは別行動が多くなりはじめた
2.バルド将軍とはとことん縁がない
次回、よろしくお願いします。