なんやかんやあって名前がつきました。
今日から『セフィ・ルトナ』です。よろしくお願いします。
※よく原作読んだら設定的におかしかったので、今回の話を投稿する前に前回の主人公の名前を修正しています。ご了承ください。
―――――
――それは、私がクリシュナの重騎士になる少し前の事。
目出度くクレオさんを中心とした活躍で私の命名が完了し、騎士への任命を控えた今日この頃。クリシュナの国境に存在する要塞では、拠点を守るクリシュナと攻めるアテネスの間で現在熾烈な攻防戦が繰り広げられているとは聞いてはいますが、ここ王都ビノンテンでは差し迫った危険性は感じられません。実に平穏なものです。
私の近況としては、騎士たる身分として正式にこの国の軍に所属する予定を控えています。やっと“謎の怪しい無職の少女”身分からの脱却ですよ、長かった……
デルフィングというゴーレムが、『詳細は分からないがクリシュナに属する特別で強力なゴーレム』という程度の認識で軍内部に広められたことに関連して、さり気なく私という存在もセットで軍に紛れさせるのでしょう。
つまりは、“デルフィングの運用に関わる不思議な少女軍人”へとクラスチェンジである。ちなみに俸給はさほど高くないと思われます。
ですがここで問題が一つ――
そうなってくると、今まではいろいろと余裕が無かったという理由で後回しにし続けてきた、我が身の無知と不能が本格的に足を引っ張り始める、ということなんですよね。
クリシュナを含むこの周辺地域の地理・歴史を始めとして、敵味方の戦力や部隊運用をおおまかにでも把握しないことには軍人としてはやっていけません。
それ以前に、ヘタすれば一般常識すら怪しいレベルなのです。よくよく考えたらこの国の貨幣制度すら知りませんよ、私……
誰かに「今まで何してたの?」と聞かれても答えられないし、クレオさんに説明したように記憶喪失と言い張り続けてもいつかはボロが出ます。
何よりも異なる世界からやって来た私にしてみれば、何かがおかしいという違和感が日々大きくなっているということもあります。
(上手く説明が出来ませんが、何だか、他の人には見えているものが私だけ見えていないような……)
そんな感覚です、もどかしい。
不自由な身体も目覚めた当初よりは幾分改善してきているとはいえ、杖無しで歩いたりデルフィングの搭乗席によじ登る位は出来るようにならないと不便です。可能ならば最低限自分一人の身を守るくらいは出来る力も欲しい。
喋れない喉も今は声が出せないというだけで、ちゃんと時間をかけて訓練すれば話せるようになるかもしれない、とも王城の医官さんに言われています。
という訳で、そろそろ身体能力の向上と知識の習得と、その他の私個人の軍人としての地盤固めを本格的に始めようと考えているのですよ。
いくらライガットさんとデルフィングのおまけとしての能力しか求められないとしても、私にだって矜持というものがあるのです。
とりあえず頭は動くし、幸いな事に前世の時より遥かに冴えています。動ける内に動いておくに越したことはありません。
……それに、簡単に言えば怖いのですよ。
デルフィングの事を除けば、身体が不自由、何も知らない、出来ない、おまけに存在自体異質なこの少女(幼女?)の身です。得てして専門的技術者と言ってしまえばそれまでなんですが、それにしたってマズすぎると思います。
デルフィングにしても内部構造や実態は解明できない、言わばオーパーツ的なゴーレムだと聞いています。いつか、どんな事が起こるか分かりません。ひょっとしたら、明日にでも機体に不備が発生して使えなくなっているという可能性が全く無いとは言い切れないのではないでしょうか?
もしそんなことになってしまったら、私はそれこそニート街道まっしぐらです。それは困る。気が早いかもしれませんが、目先の事も大事ですがもっと将来の事もちゃんと考えないと駄目なのだ、と私は思います。
「――そういうことを貴方は言いたい訳ね」
「――(コクリ)」
毎度の事ながら、話が早くて助かります。シギュン様。
私が何かしら行動を起こしたいと考えた時は、とりあえず私の現状を彼女に訴えることから始めなくてはなりません。彼女の時間を奪ってしまうことは心苦しいのですが、今の私が何らかのアクションを起こすには彼女の許可が必要なのである……そういう契約が有ったことを最近は時折忘れそうになるのだけれども。
シギュン様は渋るかもしれませんが、一応はライガットさんのフォローを人知れずしたり、クレオさんと仲良くキャッキャウフフすることで私の信用度も上がっていると思――よく考えたら駄目でしたね、これは。下手すればマイナス印象です。
……ですが、シギュン様ほど聡明な人が幾ら私の事を大勢に影響しない存在だと認識していても、私の教育(?)についてのフォローを全く考えていない筈が無いのですよ。
確かに私個人は大したことのない人間かもしれませんが、私は今後ライガットさんと共に行動する機会が確実に増えます。それも戦場で。
傍から見ていても分かるほど、ライガットさんの事を大切に、それはもう大切に想っているシギュン様のことです。私の中身空っぽな頭を埋めることで、少しでも彼の足を引っ張らない――即ち、ライガットさんの生存率を上げることに繋がる要素を見過ごすはずがありません。
「勿論、いくつか考えてあるわ」
ほらね。
――――――
「――貴方の考えているように、貴方個人の肉体面及び頭脳面での充実を図ることは間違っていないと私は思う」
私の前を歩きながらシギュン様は諭すように私に話しかけます。
先程から彼女の後を付いてくるように言われてこうして歩いているのですが……どこへ向かってるんでしょうか?
「今後は貴方にある程度の裁量を認めますが、何時何処に行き、何をする予定なのかという事前報告は手短にでもいいから私にちゃんとすること。たまにでいいからクレオの話相手になってあげて。それから私達が貴方に期待しているデルフィングの運用については何事にも最優先される、ということは念頭に置いておいてね」
……このお言葉が本当なら私が自分の責任で出来る事が一気に増えますね。喜ばしいことです。
クレオさんとの会話は大歓迎です。一日一回は最低でも顔を出すことにしましょう。出来れば夜から翌朝までご一緒したいですね。
それと、最後のはちゃんと訓練やミーティングを疎かにせず出ろということですね。了解です。
「と、言いたいところですが……」
「――?」
……ん?
「それ以前に、私は貴方にはまだ足りていない、必要なものがあると私やライガットは考えています」
最後にそう言うと、後は無言のままシギュン様は歩き続けます。シギュン様はもとより、ライガットさんまで? 何でしょうか……
後ろを歩いている私には今のシギュン様の顔は見えません。なので最後の言葉も、いつもの仏頂面で言っていると思われるのですが……なんででしょうかね。その言葉が、私には何故か酷く悲しいものであるかのように聞こえたのです。
………………
「――ここよ」
暫く歩き続けて到着したのは、王城のとある一室のドアの前でした。位置としては、先日クレオさんの捕虜としての扱いを決定した会議室に近い。
どうやら誰かの執務室のようですが……
「……セフィ、クレオに話した貴方の過去を覚えてる?」
……ああ、あの壮絶で痛々しい捏造話ですね。
「今後はあれが貴方が実際に経験した過去だとして動くように。……ただし、貴方自身は“そういう過去があったらしいと聞いている、何も知らない存在”だということ前提にね」
んん? えーと、何やら散々な目にあったせいでいろいろ不自由していて記憶が定かでない少女を演じろ、ということですかね。現在とあまり変わらないので問題無いと思いますが……え、あの話を本気で私の背景にするおつもりなのですか?
「それなら分からないことがあっても誤魔化せるし。怪しまれたらこれを見せれば大丈夫だと思うから」
了解です……って、受け取ったのはいいですが、なんですかねこの書類は?
「要約すると、貴方の身元は私が保証するということを書いた証明書みたいなものよ」
おお、それは心強い。この世界に免許証のようなものがあればそれを取ろうと思っていましたが、当面の間はこれでなんとかなるでしょう。
「ただし、それを誰かれ構わず見せびらかしては駄目よ。無くさないように肌身離さず身に付けておいて。あと、悪いことには使ったら……解ってるわね?」
「――(コクコク)」
「よろしい。……さて、話を通した時の感触からすると、たぶん拒否はされないと思うけど……」
シギュン様が呟いた内容にハテナマークを浮かべる私を尻目に、彼女は扉にノックし部屋の中の人物に声をかけます。
「……シギュンです。将軍、少々お時間よろしいですか?」
「――どうぞ、お入りくだされ」
(こ、この声は――!?)
シギュン様に手を引かれて、私は戸惑いながらも部屋の中に入ります。そこに居たのは――
「これはシギュン様! このような場所においでになるとは珍しいこともあるものですな!」
「ええ、先日お話した件を改めてお願いをしに参りました。……セフィ、こちらはトゥル将軍。先日の評議の場で、既にお顔は拝見しているわね?」
そう、中に居たのはいつぞやの評議でクレオさんをとにかく拷問にかけたがっていた、あの小太り将軍ことトゥル将軍でした。
……確か、バルド将軍と合わせてクリシュナの二大将軍と呼ばれている方ですよね。あの試作用大剣の本来の持ち主。
え? まさかこの人が今の私にとって何より必要な存在だと、そう仰るのですか!? この前、この方に真っ向から楯突いてしまったのですが……
部屋の中にはトゥル将軍の他に二人の軍人さん。この前のナルヴィさんはいらっしゃらないようです。
「――して、その
「ええ。この子はデルフィングの――そうですね、副搭乗士といったところでしょうか……」
「なんとあのガラクタゴゥレム――失礼、
トゥル将軍はシギュン様の言葉に軽く驚いた様子で私に視線を向けてしました。他の人達も胡散臭そうに見てます。
……そりゃそうですよねー。誰だって私みたいなちんちくりんがあのデルフィングを動かすような人材とはとても思えないでしょう。トゥル将軍曰く、千年前のガラクタゴーレムですしね、ふんっ。
「常人では動かすことすら出来ないデルフィングを、稚拙ながら扱える稀有な素質をもっています。その為、現在は正搭乗士であるライガット・アローの補佐をさせています」
そう言いながらシギュン様に軽く頭を撫でられる。私はなんとなくシギュン様のお腰にひっついてその背後に隠れています。……だってこのトゥル将軍という人のことよく知らないしなんだかおっかないのです。拷問怖い。
「今までは様子見ということもあり、彼女の事情もありましたので私個人の依頼という形で動いてもらっていましたが、先日の戦闘での成果でこの子も正式に重騎士となることがほぼ決まりました」
「このような幼子がですか……!?」
「はい。そしてデルフィングは現在バルド将軍旗下に属する機体扱いになっていますので、この子も一旦はバルド将軍旗下の重騎士に任命される予定です」
「む……」
ふむ。そのご様子だとトゥル将軍としては、対抗馬のバルド将軍の陣営が厚くなることは面白く無いと思われますね。
「ですが、あの古代《アンダー》ゴゥレムを中心とする国王直属部隊が近々新設される予定なのはご存知ですよね? 将軍の旗下からも何人か人員を推薦して頂くことになっているかと……」
「ふむ、若くて優秀なゴゥレム乗りを、とのことでしたな。確かに聞いております。我が陣営でも現在選定を行っている最中ですが……」
「……この子もその部隊に配属されることになります。つまりこの子は、その部隊の隊員に選出される人間と同様に、当面の間は国王の直臣と殆ど変わらない立場ということになるでしょう」
えっ、私そんなこと聞いてませんよ!? ……あ、失礼しましたシギュン様。はい、後にします。
しかし、なんとまあ……この至らぬ身がもうすぐ国王の直臣とは、世の中分からないものです。
(それにしても、デルフィングを中心に据えた新設部隊ですか……)
トゥル将軍の言葉からすると、デルフィングを始めとして少数のゴーレムを運用する特務部隊ってところでしょう。
クリシュナの切り札たるデルフィングは、確かに強大なスペックを備えている
ならばこれまでの戦果や研究結果を踏まえて、デルフィングを最大限有効活用するための部隊を一つ作って、部隊単位で今後は運用しようという狙いがあるのでしょう。ホズル陛下直属となるのは……陣営を問わず優秀な人材を集めたいという狙いがあるのと、それから――
(……おそらくは余計なものからライガットさんを護るため、かな? はてさて、どうなることやら……)
ただでさえライガットさんはこの城で歓迎されていない雰囲気があります。ここ最近は若干落ち着いたようですが、その程度のことは彼とその周囲を観察すればすぐ分かります。無用な軋轢を生まなければいいのですが。
「……何も世事を知らぬ子供に戦を強いるなど、普通なら断固として反対するところですな! 全くもって宜しくない! そうは思いませぬかシギュン様!」
おー、あれだけ敵国の少女(十二歳)に拷問したがっていた割には随分良識ある言葉です。正直怪しい……
「その点は十分にリスク等を説明した上で、本人の了解を得ています。それにそれは、この子自身の望みでもあります」
正確には微妙に違う気がしますが、とりあえず頷いて同意しておきましょう。話が進まないですし。
「ですが先日お話した通り、この子はごく最近になるまで他人からまともな教育や保護を受けていません。幸い、非常に聡い見識を持つ子でしたので、ここに来てからは特に大きな問題など無く過ごしていますが……」
「……なるほど、それがあのお話に繋がるのですな」
シギュン様の話に何やら納得がいった様子の将軍閣下、白いヒゲを弄りながら“あの話”とやらを思い出しているようです。なんでしょうね?
「はい。無論私の方でも気にかけてはいますが、はっきり言ってしまえば現状不十分だと考えています。まだこの子の意思は確認していませんがやる気はあるようですし、とりあえず一日二日程数様子を見て、本人が希望するようならそれに沿うようにしてあげてくれませんか?」
「ふむ……」
トゥル将軍は少しだけ何やら考え込んでいた様子ですが、シギュン様にはっきりと頷いて胸を叩いて見せます。
「承知いたしました! シギュン様のご要望とあらば、是非ともお受けしましょうぞ!」
「ありがとうございます。ではいつ頃から――」
「ふははは! 早速今日からで構いませぬ! いや実に都合の良いことに、私も今日はもう城での仕事は粗方片付いておりますのでな!」
――いやいやいや、それ絶対嘘でしょう! 貴方の部下らしき人達、今の言葉聞いて「えっ!?」って表情になっちゃってますもの。
何やら自信満々といった様子のトゥル将軍に押されているのか、シギュン様も若干戸惑っているようである。顔にはでてませんが。
「そうですか……では、この子のことをよろしくお願いします。日が落ちる迄に城に送り届けていただければ結構ですので」
「ふははは! お任せあれ!」
「はい、お願いします。……ではセフィ、トゥル将軍の言うことをよく聞くのよ。また夜にね」
シギュン様はそう言うと、ずっと引っ付いていた私を置き去りにして何処かへ行ってしまわれたではありませんか。
えと、どうやら私は今日一日このトゥル将軍に預けられてしまったらしいのですが……どうしましょう? 何を話せば……
「……む、そう言えば自己紹介がまだであったな。うむ。ワシはトゥル・バー・コールウェイ・リムレック。国王陛下からは将軍職を預かり、栄えあるクリシュナ
おおう、この世界に来て私個人にフルネーム名乗って頂いたのは実は初めてです。凄くご立派なお名前をお持ちですね、将軍閣下。
とりあえず一礼します。折角縁を繋いでくださったシギュン様のお顔に泥を塗るような真似はできません。
私は……そうだ、とりあえずシギュン様に貰った身分証をお見せしましょう。早速役に立ちました。
「む? おおそうか、お主は声が出せないのであったな。どれどれ……ふむ、セフィ・ルトナか。良き名を貰えたようじゃな。結構結構!」
……シギュン様は私の事情(捏造)をどれだけこの人に伝えてあるんでしょうかね。何も知らされていないので不安です。ドキドキ……
「心配せんでも、別に取って食ったりなどせん。お主がこれまで色々と難儀している身であることもシギュン様から伺っておるしな!」
どうやら、ほぼ全てであるようです。
「では早速行くとするかの! 諸君、後の事は任せたぞ!」
トゥル将軍は部下らしき方達の悲鳴を浴びながら私の手を取り歩き出します。あのー、行くのはいいんですが何処へ行くのでしょうか?
「フハハハ! なあに、そう不安がることは無い! それなりに距離はあるが、行き先は王都の中であるからして、それほど時を要さん!」
そう言うと、トゥル将軍は私に意外なほど優しい笑顔を見せてきました。拷問拷問口走ってた時を知ってる私からしてみたらえらい違いです。
「何を隠そう、これから向かうのはワシの運営する孤児院の一つでな――」
――――――
――トゥル将軍は、凄くお優しい方だということがこの小一時間で判明しました。あれ、前にも似たようなことがどこかで……
ちゃんと杖をついて歩いている私に合わせてゆっくり歩き、私の様子を見て休憩を挟んでくれますし、退屈しないように話しかけてくれたり、道中で発見した物や施設について教えてくれたり……今までこういう機会が無かったこともあって非常に為になっております。
それに道行く間にすれ違った人達のほぼ全員が嬉しそうな表情をして、将軍に凄く気持ちの良い挨拶をしていくんですよね。大人気です。
こういうの二面性がある人というんでしょうか? いやー、王都で見た物の中でいくつか驚いたものもありますが、それ以上に将軍の意外性にびっくりしてしまいました。私はこの人のこと、拷問好きなおっかない人だとばかり思っていたので。
その道中で簡単にお話して頂けましたが、シギュン様がトゥル将軍に依頼していたこととは、私を孤児院に連れていくことだったそうな。
運動を行うスペースがあり、子供達の教材用等に書籍や資料も備えてあるそうで、一応私が希望していた内容に合致していると言えます。
私がそこで数日過ごして様子を見て、もし孤児院の方達と問題を起こす心配が無く、さらに私が希望するようならばその孤児院が私の後見をしてくれるそうです。はー、ありがたいですね。
……でも、何故シギュン様はわざわざ私を孤児院になんて行かせたがっているのでしょうか?
私自身が孤児扱いの子供であるという点では納得できますが、後見ならはっきり言って今あるシギュン様のお力添えがあれば十分過ぎると言って良いでしょう。彼女はこの国の王妃である上に、ゴーレム関係の実質トップですからね。
王城ならより参考になりそうな資料や運動の施設などもありそうですのに……ひょっとして城の中で私邪魔者扱いされたりしてるんでしょうか。薄々そうかもしれないとは思ってましたが、実際可能性の一端を垣間見るとかなりショックです……
トゥル将軍が話しかけて、私が頷いて返すという遣り取りを続けながら歩き続け、そして到着したのがここビノンテン第三孤児院です。
将軍が敷地内に足を踏み入れるのと同時に、私達を発見した大勢の子供達が津波の如く駆け寄ってきます。
「わー!! しょーぐーんだー!!」
「トゥル将軍、おかえりなさいー」
「あそんでー!」
「将軍遊ぼーぜー!」
「でー」
「フハハハハハハ! いいともいいとも、何をして遊ぶとするかの!」
元気な子供達に至る所を引っ張られながら、トゥル将軍が運動場らしき広場へ連れ去られていきます。
てか、トゥル将軍ここの子供達に埋もれてます。将軍はここでも凄く人気ですね。そして王城に居た時とは全く雰囲気違います。孫子に囲まれた子供好きのお爺ちゃんです。とても拷問したがっていた人には見えません。
私がその光景を孤児院の入り口で内心唖然としながら眺めていると、孤児院の職員らしき女性が近付いてきました。
「あら? そう言えばこの子は……」
「あれー? いんちょーせんせー、このおねーちゃんだれー?」
「どこのひとー?」
「新入りさんですかー?」
「かわいいー!」
「へんなかみー」
「きれー!」
「うっひょー!」
「でもちょっとこわいかも……」
「そーか? オレは可愛いな女の子だと思うが……」
「ねー、おねーちゃんあそぼー!」
「あそぼー!」
私はワラワラと近寄ってきた私より小さい子供達にアタフタするしかありません。あわわわわ、こんなの想定外です!
「おおう、そうだった! その子を皆に紹介せねばならんかったのう! これこれ、ちいっと落ち着くのだお前たち!」
困惑している私を見かねてトゥル将軍が子供達をかき分けて助けだしてくれました。実にいいタイミングです将軍。もう少し遅かったら将軍と同じく子供達に埋もれていたかもしれませんでしたよ。
「あー、この子の名はセフィという。とりあえず今日一日、ここで過ごすことになっておる。この通り身体を悪くしておってな、困っている様子だったら手を貸してやってくれい。決してこの子を無闇に振り回してはならんぞ!」
「「「はーい!!」」」
「うむ。それと事情があってこの子は声が出せん。しかしだからといって仲間はずれにしたり虐めたりせず、仲良くするのだぞ!」
「「「はーい!!!」」」
「よろしい! では何をしてお前たちと遊ぶとするかのー! セフィ! 相手を出来なくてスマンが、暫く子供達と遊んでやってくれい!」
おー、皆聞き分けのいい良い子たちだこと。ちゃんと将軍の言うこと聞いて私にひっつくのを諦めてくれました。
男の子たちは全員将軍の方へ行っちゃいましたね。私と居ても身体を動かせないと判断したのかもしれません。女の子たちは私に興味があるらしい何人かを残して同じく将軍の所へ。
……ふぅ、ようやく落ち着いたので、孤児院の様子を観察する余裕が出来ました。
子供達は全部で二十人弱でしょうか。下は二歳か三歳くらいの小さな子から、上は私よりも(外見上は)大きい十代半ばと思われる子がいるようです。髪や肌の色も様々ですが、特に仲違いするような様子もなく、皆凄くいい笑顔です。
孤児院の職員と思われる大人の方は、トゥル将軍を除くと二人。……といってもおそらくその方達だけではなく、外で遊ばず施設の中にいる子供たちに付いている方も居る筈です。
優しそうな黒髪の女性がさっき院長先生と呼ばれていましたから、彼女がこの孤児院の運営責任者でしょうね。あれ? でもトゥル将軍も自分が運営しているって……共同運営?
施設自体も多少古臭い箇所はありますが、荒れていたり汚れている所は目につきません。
子供達の仲睦まじい様子や施設や備品、子供達の来ている衣類の状態から判断して、孤児院が健全に運営されているのは間違いないですね。これは一見当たり前のことのように思えますが、逆にまともに運営されていないと掃除や洗濯が行き届いていなかったり、子供達が荒んでいたり喧嘩ばかりしていたりするのです。
私はそうやって孤児院の様子を観察しながら、残ってくれた女の子達から質問に身振り手振りで応えたり、私でもできる遊びを教えてもらったりしてます。他にやることも無いので。
いやはや、童心に返って遊ぶというのもなかなか良いものです。性別の差はありますがなんとかなってます。なにより、表も裏もない子供達との触れ合いは実に心地良いのです。こんなに安心出来る時というのは、これまでクレオさんと語り合った時以外無かったですね。
――そうしていましたら、孤児院を見下ろす高台の道に一台の二輪車が止まりました。
「――トゥル将軍! やっぱりここに来てましたね! もー、将軍じゃないと処理できない案件があるんですから、適当なところで切り上げて城に戻って下さい! 担当の人気が困ってますよ!」
二輪車から降りてこちらにやって来たのは……声を聞いた時点で分かっていましたが、ナルヴィさんですね。
トゥル将軍旗下の重騎士さんでかなり出来る人っぽいですが、やはりというべきか仕事をほっぽり出して私をここに連れて来た将軍を連れ戻しに、わざわざここまで来たようです。
「ナルヴィねーちゃんッ、おかえりー!」
「おねーちゃんも遊ぼー」
「はいはい、後でね……あら? 貴方、この前の評議の時の子よね?」
ナルヴィさんは子供達をあやしながら私の近くまで来ると、顔を覚えてくれていたのかちゃんと気付いてくれました。この方もなぜか子供達に人気です。
私は会釈して挨拶しましたが、子供達の攻勢に揉まれている将軍が丁度顔を出しました。
「おお、ナルヴィかッ! 良い所に来た! その子を書庫まで案内してやってくれ、実はシギュン様からの頼み事でな――」
―――――
「ふーん……それでシギュン様に勉強や運動したいと言ったらここを紹介されたってこと? それはまた随分変わった理由ね……」
不思議ね、と言うナルヴィさんの言葉に頷いて同意の旨を示します。
あの運動場での出来事の後、私は彼女に案内されて孤児院の書庫へと案内してもらい、適当な本をいくつか見繕ってもらいました。そしてトゥル将軍はその前にナルヴィさんにお城に戻るよう釘を刺されてた。しょうが無いですね、将軍ですから。
彼女には私のシギュン様手製の身分証明書をお見せしてあります。ナルヴィさんなら問題無いでしょうし。
その証明書をお見せしてから分かったのですが、実はこの書類には私の身体のこととかも大まかに書いてあったようです。呼んだ後、ナルヴィさんが私の事を凄く複雑そうな目で見ていたので分かります。シギュン様、説明の手間が省けて助かりました。
ナルヴィさんは、実はこの孤児院で育った方だそうですね。子供達が懐いていたのはそれが理由だったようで。
この方みたいに孤児であっても、ちゃんと努力すればゴーレム乗りである重騎士になれる出世ルートが用意されてるということでもあります。広く開かれた出世街道、実にいいことです。
ナルヴィさんは将軍を呼び戻したらてっきりそのままお城に戻るとばかり思っていたのですが、時間に余裕があるのか他の子の相手をしながらも私の勉強に付き合ってくれています。発音の確認を子供達と一緒に教えてくれたりするので、凄く助かっています。
ちなみに今読んでいるのはクリシュナで使われている文字の教材です。兎に角、ここから始めないと何も始まりませんので。なんとなく声に出すように口の形や舌を動かしています。繰り返したら、いつか声が出せそうな気がするんですよね……
「何でだろう……貴方、子供らしい遊びとか他の子と遊ぶのが好きって感じでも無さそうだし……」
ナルヴィさんは私をしげしげと観察しながら、シギュン様が私を孤児院送りにした理由を考えているようです。……そうなんですよね。子供達と少々戯れてとても癒やされたのは確かなのですが。
「……貴方、今は王城に住んでいるのよね? 知人や友人はどれくらいいるの?」
その質問を受けて、指折り数えてみます。
ライガットさん、シギュン様、クレオさん、少し迷ってホズル陛下の分まで数えようとして、指の動きがピタリと止まります。
それ以外の方だと、バルド将軍は顔見知りではありますが知人と胸を張って言えるほどコミュニケーションを取ったことがあるのかと問われると微妙な気がしてきました。女官さんや守備兵の人もカウントするのはちょっと悩みます。……やだ……私の知人……少なすぎ!? そして友人と言える人はクレオさんのみである。駄目だこりゃ。
「……成程、何となくシギュン様のお考えが分かった気がするわ」
結局、三本と四本の間で止まった私の指を見てナルヴィさんの表情が変わります。ジト目というか、万事納得できた様子です。
(え、ひょっとして私の人付き合いの悪さが原因ですか?)
そ、そんなまさか……ですよね?
(だって……だって仕方無いじゃないですか!)
あのシギュン様への敬愛を全面に出すような人間か、ライガットさんを蔑む姿勢をとるような人間しか基本的にいない場所で、彼ら以外で私の裏事情を話さずに、個人的に仲良くなれそうな人なんて誰が……
(よ、よくよく考えたらこの上なく良好な人間環境の構築が難しい環境のような……自分のことながら性格も歪みそう……)
この事実に気付いて思わずその場に跪いてしまいましたよ。同年代の子供と繋がりを作っておけ、ということだったのでしょうか?
「――そうだの……おそらくはそのような理由であろうな」
そこへ現れたのは案の定トゥル将軍でした。……まだ王城に戻っていなかったのですね。
「無論、それだけでは無いようだがな。お主を見ていれば分かる」
将軍のその言葉にナルヴィさんも同意している。えっと……円滑な人間関係以外に私に足りてないもので、知識や身体の事以外で、この孤児院で身に付きそうなもの……一体何でしょう? 見当も付きません。
「……シギュン様はお主の事を聡い人間だと言っておったが、その分だとそれは随分と偏った賢さであるようだな」
「あう……」
トゥル将軍にまで呆れられてしまいましたよ……ナルヴィさん、ヒントくらいくれませんかね?
「……して、どうする? ワシとしてはだな、お主は多少なりともここで世話になるべきだと思うのだが。無論、無理強いする訳にもいかぬことだがの」
「……」
「今後ずっとここで生活しろと言っている訳ではないのだぞ? この話を断ったからと言って、お主のやることを阻むつもりは毛頭無いありはせんしな。王城に自分の部屋も持っておるようだし、暇が出来た時にここを訪れる程度で構わん」
「そうね、今の私がそんな感じだし……うん、いいんじゃないかしら」
ナルヴィさんも迷う私を後押しするように笑顔で意見を仰ってくれます。
「……ここは親を失った子であれば例外無く受け入れる。その為にワシが作った場所であるからな。お主とて、王城の他に足を運ぶ場所はこの都市に無いのだろう? 己の居場所――自分が帰れる場所というものを増やしておくに越したことはないぞ?」
トゥル将軍は最後にそう言うと、無言のまま私を見つめています。後は私の意思で決めろ、ということなのでしょう。
私は、今一度考えます。
この提案を受けた場合のメリットは言うまでもありませんね。今までの極端に薄かった私の人脈が広がる切っ掛けになってくれることでしょう。他にも今の私に無いものが得られるらしいですが……そちらは今の私には及び付きません。
逆にデメリットは――強いて言えば、“他人との繋がりを作る”ということ自体がデメリットになるパターンでしょうか? このクリシュナという国の未来に絶望して、私が早々に逃げ出そうとした時のように。
シギュン様やライガットさんは、もしここで私が孤児院のお世話にならないという選択をしたとしてもおそらく何も言わないでしょう。シギュン様はいつもの仏頂面で、ライガットさんは「しょうが無いな」って感じの苦笑いで迎えてくれるような気がします。
(でも……)
私の脳裏には、やはりというべきかあのお二人の顔が浮かんでいます。
(……ええ、そうですね。あの方達の好意らしきものを無下にするのが、今は一番心苦しいですからね、うん)
私はそういう理由で自分を納得させることにしました。……今はその位の心意気で構わないですよね?
トゥル将軍に向かい合い首肯を返すと、将軍はニヤリと不敵な笑みを浮かべました。
「……うむ、よかろう! 我が孤児院はお主を歓迎するぞ!」
トゥル将軍がそう言うと、周りの子供達がキャッキャと喜んでくれています。いつの間にかこの部屋に集まって話を聞いていたようです。おおう、胸の中がほんわかしてきましたよ。
「……そっか、なら今日から貴方は私の妹分ってことになるわね!」
ナルヴィさんは私の答えに大きく喜色を浮かべている様子です。え、そうなるんですか!? 本当に!?
「直接の血の繋がりはないけど、この孤児院で育った子供達は全員兄弟姉妹のような関係だもの。無論、貴方もそうなるのよ?」
ひゃっほーです! これは予想外でしたが、私個人としては大歓迎ですね!
ナルヴィさんのような綺麗なお方と義理とはいえ姉妹関係になれるとは大変喜ばしい限りで御座います!
(……そしてまた一歩、真人間に前進出来たというものです! シギュン様に報告ですね!)
そんな訳で、この世界に私の新しい居場所と家族が出来たのです。
あとそれに加え、もう一つ――
「……ねえ、そう言えば貴方、さっき声出してなかった?」
「!?」
私、実は少しだけまた前進出来ていたようです。
▼今回のまとめ・追記事項
1.周りの大人達はちゃんと見て、利用したり心配したりしてる
2.仕方無いけどトゥル将軍、本編でセリフ少なめ
3.ちょっとくどい
4.ナル「妹分ね」主「義妹ですか」
次回、宜しくお願いします。