パンツ脱いだら通報された   作:烈火1919

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90.曲芸5

 高町なのははこの場にいる局員よりも一番高い場所で、朝に幼馴染が書いてくれた原稿を読んでいた。

 

「これより、海と陸の非殺傷設定本気模擬戦を開催します。 進行、そして救護は六課の私たちが行いますが……くれぐれも死なない程度に頑張ってください。 あ、あれ? ヴィータちゃんこれなんて読むの……? べ、べつに読めなかったわけじゃないよ? ほ、ほんとだからね? えーっと……、ざ、讒謗・罵倒・罵り・怒声・中傷・罵る・漫罵・悪口・誹謗・ 痛罵・雑言・毒突き・嘲罵・唾罵、大いに聞かせて頂きます。 今日は無礼講となっています。 普段の鬱憤をぶつけてもいいですし、逆に相手側の話を聞きそれに対して自分の見解を述べることも大いに結構です。 本日は上層部の皆さんもモニターを通すか直接見ていることでしょう。 この機会に一度、不満や不安をぶつけてみるのも一興です。 時空管理局という組織の上に立つ者が、部下達の不満を呑み込むことができぬほど器の小さな存在ではないことを私はよく知っていますので。 私から言いたいことは一つです。 この“イベント”が終わった後に鬱憤が残っている

ような状態は止めてください。 全て吐き出してもらいます。 この“イベント”が終わった時に、肩を組んでいる光景が広がりますように」

 

 なのはは冷や汗を流しながら宣言する。

 

「それでは──最初で最後の海と陸による全力全開の模擬戦、開始!」

 

 無敵のエースオブエースの宣言を皮切りに、次々と海と陸の両名が罵詈雑言を口から吐き出しながら魔力弾を放っていく。 おおよそ、この姿を管理世界に発信したな

らば信用を根こそぎ失うことになるだろう──そんな光景がなのはの前には広がっていた。

 

 「お疲れさん」 そうヴィータがなのはを労いながら近寄ってくる。 なのははそれに笑顔で返す。 まだまだ始まったばかり、こんなところでへばっていたのなら部下に示しがつかないうえに、エースオブエースとして恥ずかしい。 さらに近づいてきたティアからスポーツドリンクを受け取ったなのはは目の前の光景を見ながらつぶやく。

 

「……怪しい、いつもの俊くんなら嬉々としてこのイベントを見に来るのに……。 今回に限って用事だからいけないなんて、またわたしに隠し事かな?」

 

「心配なのか?」

 

「心配なんてしてないよ。 だって俊くん、前に──『任せてくれ』 そういっていたから。 それに、俊くんがピンチのときってなんかわかるんだよね。 女のカンってやつかな?」

 

「気をつけろなのは、そのセンサー壊れてるから」

 

「ちょっ!? わたしのアホ毛毟り取ろうとしないで!?」

 

 ピンと通常の前髪より跳ねている髪の毛を毟り取ろうとするヴィータになのはは身の危険を感じて後ろに避けた。 その拍子に後ろに控えていたティアとぶつかり、ガ

ッチリと肩を掴まれた。 にんまりとした笑みを浮かべるティア。

 

「ヒップアタックプロポーズなんて……流石なのはさん、私に出来ない芸当をいとも容易く行ってきますね」

 

「そんなプロポーズ聞いたこともないんですけど!? わたしとティアは女の子同士だから結婚は無理だからね!?」

 

「大丈夫です! 魔法で生やします!」

 

「問題はそこじゃないよ!」

 

 大声を上げるなのはに、それを恍惚の表情で見るティア。 華麗にスルーして六課の職員に指示を出すヴィータ。 と、そこにとてとてとて、そんな可愛らしい足音が擬音につきそうなほどの走り方で愛するヴィヴィオがなのはの元に駆けてきた。

 

「なのはママー! みてみてー!」

 

「かわいいよー、ヴィヴィオ。 朝から50回目だけど」

 

「えへへー!」

 

「ガークンハ? ガークンハ?」

 

「うんうん。 ガーくんも可愛いねー。 朝から50回目だけど」

 

 駆けてきたヴィヴィオはなのはの答えに満足したように、照れているような、そんな笑みでなのはの腰に抱きついた。 次いでガーくんもなのはの足元に抱きつく。 なのははヴィヴィオとガーくんの頭を撫でながら、朝から通算50回目のこの一連の行動に苦笑する。

 

 そこにスバルが慌てたように駆けてきた。

 

「ヴィヴィオちゃん……はぁはぁ……急に走り出しちゃダメだよ……。 今回なのはさんにヴィヴィオちゃんのそばにつくようにお願いされてるのわたしなんだから……」

 

「えへへー、ごめんね? スバルン」

 

 まるで悪びれた様子もないヴィヴィオの笑顔にスバルは破顔する。 5歳なんだから、このくらい動き回るほうが正しいのかもしれないとでも思ったのだろうか。

 

「ごめんねスバル。 ほら、ヴィヴィオには今回のイベントはちょっと刺激が強すぎるからあまり見せたくないんだよね。 だからできれば、ヴィヴィオを連れて見えない場所にいてほしいかも。 はぁ……こんなときにお気楽極楽あんぽんたんですかぽんたんなヘタレで話をはぐらかす癖に嘘が恐ろしく下手くそな幼馴染(19歳、黒髪)がいてくれたら便利なのに」

 

『………………………………………………』

 

「えっ? えっ? なんでみんなしてコソコソ話してるの!?」

 

 スバルに申し訳なさそうな顔をして謝ったなのはは、此処にいない幼馴染についてただ述べただけにもかかわらず、なのはを除く四人と一匹は少し離れた場所で何か話し始める。

 

『おいおい、またあいつ地雷踏んだのかよ。 ほんと地雷原を全力疾走するのが大好きな奴だな』

 

『絶対になのはさん怒ってますよ。 いつも以上にフルボッコに言ってますもん。 これ完全に初体験したはいいけど、男のほうが早くイきすぎて満足できなかったパターンですよ。 まぁ、あの人はそんな展開すら持ち込めそうにないんですけど』

 

『ちょっと的確な例えだと思った自分が情けない』

 

 四人と一匹がそうやってコソコソ話をしていると、なのははちょっと面白くなさそうな顔をする。 自分だけ除け者扱いされたのだ、普通の反応だろう。 これで喜ぶのは新人二人くらいなものだ。

 

 なんともなしに携帯を取り出し、とある人物に電話を掛ける──が、電源を切っているようで女性の機械的なアナウンスがなのはの耳に聞こえてきた。 通話終了ボタ

ンを押した後、携帯をポケットに戻しながらなのはは呟く。

 

「ペットのくせに……電源切るなんて……。 ……バーカ、もうしらない。 べつに声とか聞きたくなったわけでもないし、どうでもいいことだし」

 

『なんだ、いつもどおりだな』

 

『えへへー、なのはママかわいいでしょー?』

 

『口ではあんなこと言ってるのに、途端にそわそわしだすなのはさんの可愛さが半端ない。 あれで19歳とか信じられないですよ』

 

『むしろ19歳なのに、あんなことしちゃう所が可愛い』

 

 遠くからなのはのほうをみながら、そんなことを口々に言い合う四人。 ガーくんは既にガールズトークに飽きたのか“イベント”のほうに意識を集中させていた。

 

 なのはの元にナース服姿のフェイトがやってくる。

 

「あれ、なのは。 なにしてるの?」

 

「むしろわたしが聞きたいんだけど。 フェイトちゃんなんでナース服のコスプレしてるの? 似合ってるけど」

 

 上から下までマジマジでフェイトを見つめるなのは。 その視線を受けてフェイトはちょっと困ったような、しかし照れたような顔をしながら答える。

 

「えっと……『絶対に似合うから着てくれ! それで写メを送ってくれ!』 って、頼まれて……」

 

「フェイトちゃん、さっき更衣室で一人携帯のカメラに向かって照れ笑いしながら写メ撮ってたんですよー。 可愛かったですー。 男の趣味はあまりよくないようですが」

 

「しゃ、シャマル!? さっきの見てたの!?」

 

「はい、もうバッチリとみてました。 ちなみに私は写メを撮るフェイトちゃんの写メをバッチリ撮りましたよ。 ほら、これなんですけど──」

 

「いやぁああああああああっ!? 見ないでぇええええええっ!?」

 

 後ろから突然現れたシャマルが白衣を纏いニコニコ笑顔を浮かべながら携帯の写メをなのはに見せる。 携帯を覗き込むなのは。 その後ろに興味津々な様子で覗き込

む四人。

 

「フェイトさん、嬉しそうな表情してますね」

 

「これフェイト教の人たちに何万で売れるんだろ」

 

「フェイトは昔からコスプレ系にあまり抵抗なかったしな。 ほんと、なのはもはやてもだけど、男の趣味が悪いよな」

 

「フェイトママかわいいー!」

 

 スバル・ティア・ヴィータ・ヴィヴィオが携帯を覗き込みながらそんな感想を漏らす中、なのはは──

 

「ナースかぁー……。 わたしのときはバリアジャケットやメイド服が似合うって言ってたのに。 ふーん……、そうなんだー……」

 

『あいつ地雷踏みまくってるぞ』

 

『この場所に居ないにもかかわらず一番の存在感を放ってますよ、あの人』

 

「な、なのは……?」

 

「ふぇ? なに? どうしたの?」

 

「いや……大丈夫?」

 

「全然大丈夫だけど? それにしても、フェイトちゃんのコスプレ可愛い……。 わたしも写メ撮らせて!」

 

 ポケットから携帯を取り出したなのはは、フェイトの返事もまたずにシャッターを押す。 何度も何度も撮りまくる。 フェイトは困惑しながらも、なのはに言われた通りのポーズを取る。

 

「あ、こっちにも目線くださーい」

 

「こっちもお願いしまーす!」

 

「フェイトママー、かわいいよー!」

 

 

 「え!? え!?」 おろおろしながら言われた通りにあっちこっちに視線を向けるフェイト。 いつもよりサービス精神旺盛である。 というか、本人自体が困惑でこの事態に処理できなくなっているのかもしれない。

 

 瞬く間にコスプレ撮影会と化した空間に、ヴィータは一言──

 

「そろそろ仕事に戻れよ」

 

 そう呟いた。 が、そんなことなのは以下5名が聞くはずもなく──と思っていたところで、意外な人物が顔を覗かせた。

 

「フェイト。 兄として一言いいか。 ──そういったことは好きな人の前だけで頼む」

 

 声をかけたのはフェイトの義兄であるクロノ・ハラオウンであった。 この“イベント”を用意した立役者であり、また海の人選を決めた人物でもある。 クロノはフ

ェイトの格好にそれ以上追及することはなく、ヴィータの隣に移動し口を開く。

 

「戦局は?」

 

「正直、予想外の粘りを陸が見せているよ。 あっさり終わると思っていたんだけどな。 おっさんはSランクを墜としてさっさと後ろに下がったけど、それを無視したとしても今の陸は異常だ。 ゼスト部隊を起点に、海と張り合っているのだから。 ──まぁ、その分口も悪いが」

 

「それはしょうがないさ。 海よりも陸のほうが言いたいことが沢山あるんだから。 あぁ、フェイト。 その恰好では色々と心配だから、仕事はしなくていい。 此処でなのは達と一緒にいることだ。 救護のほうは他の人選、ちゃんとした専門役職に頼んできたから」

 

 妹のことが心配なのか、背中を向けながらフェイトに声をかけた。 それになのはと軽く笑い合いながらフェイトとなのはは席に着く。 此処は本日の全てを任せられた六課のメンバー、詳しく言うならば隊長、副隊長、新人たちしか入れない場である。 クロノも兄として心配する必要もなくなるだろう。

 

「で? あいつはどこにいんだ? この“イベント”にあいつが来ないわけないしな。 普段のあいつなら嬉々としておっさんを殺しにくるのに」

 

「あいつの考えはよくわからないからな。 残念ながら、問い詰められても答えを出せない。 それにしても、ヴィータに心配されるなんて、あいつはつくづくヒロイン体質なのかもな」

 

「ヒロイン体質だからこそ、あたし達は困るんだけどな。 知ってるか? 昨今のアニメやゲームは、ぼんくらやれやれ系クズ主人公なんかよりヒロインのほうがよっぽど逞しく、心が強い。 だからこそ、無理をしてしまうんだけどな」

 

 だから困るんだよ、胃薬代もバカにならないんだからさ。

 

 そうヴィータは一人呟き、戦局の末を見守ることにした。

 

              ☆

 

「ヒロインとは女の主人公を指す言葉でもある。 知ってました? レジアス中将」

 

 地上本部トップ、レジアスの私室にて白衣を着こんだ上矢俊は、対面するレジアスに話しかける。 二人とも椅子に座っており、両名の後ろにはそれぞれ女性が一人ずつ控えていた。 俊の後ろには機動六課の部隊長、八神はやて。 レジアスの後ろにはオーリス・ゲイズが控えている。

 

 俊から話しかけられたレジアスは、その言葉を無視する形で問う。

 

「……その白衣の下からチラチラ見える服、こちらをバカにしてると解釈していいのか?」

 

「これはこれは失礼しました。 何分、スーツよりこちらのほうが似合っているといわれたもので」

 

 白衣で前を隠し、俊はにこやかな笑みを浮かべる──が、レジアスは無表情で次の質問をぶつけてきた。

 

「陸と海の茶番劇を提案したのは貴様か」

 

「おやおや、部下が一生懸命戦っているのにもかかわらず茶番劇ですか。 怖いですね~」

 

「大切な部下達なんだ。 こんな茶番劇で怪我を負わせるわけにはいかないだろう」

 

 大切な部下達

 

 その一言を聞いた瞬間、俊の口は思わず綻んだ。

 

「ご心配には及びません。 あくまで“イベント”ですので、終わるころには体の怪我はありません。 あくまで体の怪我の保障だけですが。 それにしても地上本部の人たちも意地悪ですねー、トップにこの“イベント”のことをひた隠しにするなんて。 いったい、誰がこんなことを計画したのやら」

 

 慰めるように、同情するように、俊はレジアスに視線を向けた。 レジアスは舌打ちする。

 

「誰がこんなことを計画したのか? 此処まで来ておいて、随分な言い様だな。 貴様だろ、この“イベント”を計画したのは。 ──いい加減、その仮面を外したらどうだ? 機動六課で出会った小僧が」

 

 俊はゆっくりと、顔につけていたピエロの仮面を取った。 後ろにいたはやてに放り投げる。 素顔を晒した俊は、改めて挨拶をする。

 

「何日ぶりでしょうか、レジアス中将。 まさかバレていたとは。 流石は地上本部トップの方だ」

 

「白々しい挨拶だな」

 

「これは失礼」

 

 俊は肩を竦ませ、怖い怖いとアピールする。 そんな俊をレジアスは鼻で笑う。

 

「こんな時間に何をしに来た? 10年前、管理局のエンブレムとラルゴ・キール元帥に唾を吐いた管理局最大の犯罪者が」

 

「いやはや、そんなことありましたねー。 残念ながら今回は関係ないことで此方にお邪魔しましたよ。 ところでレジアス中将は、いまの管理局についてどう思いますか?」

 

「……どう思う……とは?」

 

 俊の言葉に返すレジアスに、俊は腹を抱えて大笑いする。

 

「あーっはっはっは! レジアス中将、流石にそれはないでしょう? それとも──アインヘリアルを作ったあなたには簡単すぎましたか? この問題」

 

 その瞬間、レジアスは年配にも関わらず素早い身のこなしで俊の胸倉を掴みあげる。

 

「貴様! そのことをどこで知った!? スカリエッティか!」

 

 唾を飛ばしながら、レジアスは怒鳴る。 俊はそれにスカした顔で答えた。

 

 

 

「何をそんなに怒っているんですか?」

 

「貴様……!」

 

「『貴様あれを作るためにどれほどの時間と資金を使ったと思っているのか……!』 とでもいうつもりですか? ──あんな脆くてくだらないガラクタ使わないといけ

ないほど落ちぶれたのかよ、レジアス中将。 失望したぜ、あんた」

 

 底冷えするような俊の声。 新人達にも聞かせたこともないような声。 八神はやてすら2年前に聞いたきりの声。

 

「ゼストさんは言ってたぜ? 『昔のレジアスは違法行為に手を染めるような男では決してなかった。 俺はあいつの理想のためにこの体を酷使してもいいとすら思ったんだ』 そう悲しそうに、しかし誇らしそうにいっていた。 ジェイル・スカリエッティは言っていた。 『彼だって、ただ地上を守りたいだけのはずなのにね……』 後ろの女性も、もしかしたら悲しんでるかもしれないぜ? 父親がバカな行為をしているのを身近で見てるんだから」

 

「何一つ知らない小僧が──知った風な口を聞くなッ!!」

 

 胸倉を掴んだままレジアスはそう叫び、自分も倒れる形で俊の頭を床に打ち付けた。 これにははやてとオーリスも驚き、近くに寄ろうとするが、

 

「気に入らんな……その目……!」

 

 レジアスの心の奥底から絞り出したような声に足を止める。 俊は頭から血を流しながら、それでも眼球はしっかりとレジアスを捉えていた。 睨むこともなく、怒ることもなく、同情することなく、憐れむこともなく、ただ──見つめていた。 それがレジアスには気に入らなかった。

 

「レジアスさん、あんた情けないなと思ったことはないのか? 違法に手を染めて、自分の理想すら曲げて──自分が惨めにならないか?」

 

「貴様に何がわかるというのだ!」

 

 好き勝手に自分の価値観で喋る俊を、レジアスは殴り飛ばす。

 

「理想なんてものは所詮ただの妄想に過ぎないのだ! 二十歳にも満たない小僧に何がわかる!? 私だって若いときは思ったものさ! 『地上を平和で安心して暮らせる世界にしよう』 そのためにゼストと共に誓い合った! そして──その結果がいまの地上本部に他ならない! 海に戦力を取られ、少ない戦力で地上を守る! そんなこと、できると思っているのか!」

 

 レジアスは叫ぶ

 

「私は地上さえ守れればそれでいい! そのためにこれまで違法なことだってやってきた。 それのどこが悪い!? 9を守るために1を捨てるのは当たり前のことだろう!

そうしないと地上を守ることなどできないのだ! 私は間違ってなどいない! 地上を守るためならば──違法なことにだって手を染めよう!」

 レジアスとて、何も好きで違法なことを行っているわけではない。 そうせざるおえなかったのだ。 海に取られていく戦力、0にならない犯罪率、どうしたらいいのだろうか? どのようにしたら地上を守ることができるのだろうか? そして彼がいきついた結論が──いまの彼の姿なのだ。

 

 全ては地上のためである。

 

 レジアスの叫びに、八神はやては何も口が出せなかった。 出すことなどできなかった。

 

 八神はやてとて、想いは一緒なのだから。

 

 管理局員は──守るために存在しているのだから。

 

 しかし、此処には管理局員以外の者が1名混ざっていた。 ミッド市民が1名混ざっていた。

 

 市民は荒い息を吐くレジアスの胸倉を掴む。

 

「ざけんじゃねぇぞ!!」

 

 それは室内が揺れるほどの怒号であった。

 

「苦しそうな顔で、悲しそうな顔で、後悔してるような顔で、諦めたような顔で、進むことを止めた人間に──守ってほしくもねえんだよ!」

 

 先程とは真逆の立ち位置で──俊が上でレジアスが下の体制になる。

 

「地上のトップはそんなものなのか!? 俺たちの平和は、違法に塗れた上でしか成り立たないものなのか!?」

 

「それでいいじゃないか! それで平和に暮らすことができるんだ! 何が不満なのだ!」

 

「不満に決まってんだろ!! ──俺たちの平和を守ってくれている人間を自信満々に自慢できないなんて不満しかねぇんだよ!!」

 

 俊の言葉にレジアスが息を飲む。

 

「レジアス中将、アンタしか地上を任せられる人はいないんだよ! 安心して地上の平和を預けられる人はいないんだよ! くだらねえ違法行為がバレて、アンタが牢屋にブチ込まれたら誰が後釜を継げるというんだ! 俺は絶対に認めねえぞ! アンタ以外に、俺たちミッド市民の平和を託すつもりはさらさらねえぞ! レジアス中将、英雄なら英雄らしく──俺に自慢させてくれよ! 違法行為に手を染めず、地上の平和を守り抜いた漢だって──証明してくれよ!」

 

「それができたら苦労するもんか! 私だって頑張ったさ! それでも理想に届きはしない!」

 

「理想なんてものは、所詮人間の頭で考えだしたものにすぎない! 人はな、実現できる範囲でしか物事を考えることができないんだ!」

 

 ガッシリとレジアスの肩を掴む俊。

 

「はやてェ! モニター映せ!」

 

 慌ててモニターを映すはやて。 俊はレジアスの首を動かし、モニターを凝視させる。 そこに映し出されているのは──

 

「ゼスト……、それに多くの部下達……、どうしてまだ倒れていないんだ……」

 

 音声を切ってあったモニターには、必死の形相で食らいついている地上局員の姿があった。 ボロボロの状態で叫びながら、それでも必死に空を墜とそうと抵抗する者たちの姿が映し出されていた。

 

「一人で理想に届かない? 一人で地上の平和を守れない? 一人なら違法に手を染めることだってありえる? アンタには、こんなにも沢山の部下と友がいるじゃないか。 届かない(りそう)に必死の形相で食らいつく、諦める気持ちを知らない、大馬鹿者たちがこんなにいるじゃねえか。 レジアス中将、確かに俺は市民として地上の平和を望む。 安心安全の暮らしが一番だ。 けどさ──その代償で、アンタを失うというのなら俺はそんな仮初の平和なんかいらないよ。 だから言わせてほしい」

 

 俊は背筋を伸ばし、レジアスに頭をさげた。

 

「今まで地上の平和を守ってくださり、ありがとうございました」

 

 そして、頭を上げ笑顔を見せる。

 

「そしてこれからも、守ってください。 正々堂々と自信を持って誇らしく、このモニターに映っている、戦士達と共に」

 

 その言葉を聞いて、レジアシはつい俊に問いかける。

 

「私は……間違っていたのだろうか……? 違法に手を染めることは……間違っていたのだろうか……?」

 

「それはこれから考えていくんですよ。 あなたはこれまで違法手段で地上を守ってきた。 次は合法手段で地上を守ってみてください。 おのずと答えは出てくるはずですよ。 私は自慢したいので、合法を薦めますが」

 

 クスリと笑った俊に、レジアスは卑屈な笑みを漏らした。

 

「……いまさら間に合うはずもない」

 

「間に合いますよ。 ちょっと寄り道しすぎただけですから。 それに、そんなに心配なら私の理想を教えましょうか? 何故、こんなことをするのかその理由つきで」

 

 俊はレジアスに話す。 自分が何故此処にいるのか 何を成そうとしているのか それを最後まで聞いたレジアスは思わず笑った。 当たり前の反応を見せた。

 

「そんな荒唐無稽のことが、できると思っているのか?」

 

「できますよ。 所詮、私の考えた理想ですので。 現実に落とすなんていとも容易い。 ゲームなんてそんなもんですよ」

 

「…………ほぉ、そこまでいうのなら試してみるか?」

 

「?」

 

 レジアスの言葉に、隣に来たはやてと二人首を傾げる。

 

「手を貸すといっているのだ。 勿論──失敗したら犯罪者として逮捕するがな」

 

 その言葉にようやく合点のいった俊は笑みを浮かべる。

 

「それはいい提案ですね。 しかしながらレジアス中将、手を貸すつもりならば覚悟しておいてください。 私、馬車馬のように働かせますので」

 

「年寄りは労わるものだろうに」

 

 二人は握手し、俊とはやては部屋を後にした。 モニターには地上部隊の敗北が記されているが、レジアスはとても誇らしそうな笑みを浮かべ、拍手を送った。 これから始まる──途方もない理想を目指して歩む大切な仲間に精一杯の拍手を送るのであった。

 

             ☆

 

 地上本部の廊下を俊とはやては仲良く肩を並べて歩く。

 

「それにしても血大丈夫なん? 一応、止血はしたんやけど……」

 

「たぶん大丈夫だろ」

 

「それにしてもレジアス中将、ほんとに大丈夫なんかな?」

 

「べつにレジアス中将は地上の平和のために違法行為に手を染めたんだぜ? 大丈夫に決まってるさ。 まぁ、これからが大変だと思うけどな。 機を見て、自白するらしいし。 意外と真面目な方だな」

 

「真面目だからこそ、……ということやろか」

 

「かもな。 それはそうとはやて──」

 

「ん?」

 

 足を止めた俊に合わせる形で止まったはやては、横にいる俊に振り向く。

 

「お前……いつの間に3人に増えたんだ?」

 

「…………は?」

 

 顔を赤くした俊は、定まっていない焦点ではやてを見ていた。 一目見てわかる、危険信号である。

 

 はやてが何か言葉を発する前に、俊はゆっくりとはやてに体を預ける形で倒れこんだ。 勿論、地上本部の廊下には少なからず人もいる。 しかし、俊の体は既に限界らしく人目も憚らずはやてを押し倒した。

 

 その光景を見ていた局員はこう語る。

 

 『八神はやて二佐、とてもうれしそうな表情で押し倒された自分を携帯に収めてましたよ』

 

             ☆

 

 “イベント”を終えた高町なのはとフェイト・T・ハラオウンに届いた写真つきメールは衝撃的なものだった。 なにせ自分の幼馴染(へっぽこ)が親友である八神はやてを押し倒していたのだから。 しかもはやては乙女の表情で頬を赤らめながらである。 何かあったに違いない。 二人の女としてのカンが囁きかけている。 だからこそ、なのはとフェイトは“イベント”が終了した後、大物たちに挨拶した後さっさと八神家にカチコミにいった。

 そして現在──二人(他数名)は、『俊とはやての愛の巣』とプレートに書かれ下げられている部屋の前まで来ていた。 なのはは無言でプレートを引きちぎり遠くに投げ捨てる。 それを見た瞬間、フェイト以外の面々が一定の距離を置いた。

 

 なのはがドアノブに手をかけた瞬間、室内から男女の声が聞こえてきた。 勿論、俊とはやてである。

 

『しかしまぁ、あの後いきなり血が大量に出てきたのには驚いたで。 俊は知っとったん?』

 

『知識だけなら……あったけど。 本当にそんなことが起こるとは思わなかった』

 

『次からは気を付けなあかんで。 激しくするのはええねんけど、それでアンタがダウンしたら元も子もあらへん。 今度あんなことしたらほんま怒るで?』

 

『はやてのはキツイからなー……、今度からは気を付けるよ』

 

 ブチィッ!!

 

 なのはの頭の血管が切れ、今度こそなのはは怒鳴りこむためにドアを開ける──

 

「あれ? なのはちゃん、なんできたん?」

 

「……なのは? 丁度よかった……、一人じゃ家に帰れそうになかったんだ……」

 

 そこでなのはが見た光景は、ミニスカにタンクトップのはやてが俊の腰より少し下の位置に自分の下半身を押し当てている光景であった。 俊は赤ら顔で少し息を乱しながら無意識になのはに手を伸ばした。

 

 ついになのはの血管が切れた。

 

 そこから始まるキャットファイト、それを守護騎士たちは「やれやれ……」と呆れながら見学し、新人達はただただ恐怖していた。

 

 そんな中、フェイトは俊に近づき、掛布団をたくし上げ確認した後、ほっと一安心して俊に問う。

 

「どうしたの? 元気ないみたいだけど」

 

「……風邪が悪化したみたい……」

 

 上矢俊、ここにきてまさかの体調不良である。

 




レジアス中将はほんとうに頑張ってた

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