パンツ脱いだら通報された   作:烈火1919

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A's8.ヴィヴィオ可愛いよヴィヴィオ

 今日はいつもより30分も遅い出勤となった。 いつも通りの朝食に二人の準備、そこに手間がかかったとは思えない。 やはり朝食前のあの騒動が原因だと考えられる。

 

「だけど嬉しかったなぁ。 二人が俺の横に座って朝食を食べてくれたのは」

 

 いつもは横にヴィヴィオとガーくんがいるだけだもんなぁ。 けど、今日はなのはの寝ぼけ(?)のおかげで二人に抱きつかれるし、二人が横で朝食を食べてくれるしともう死んでも構わないような内容を朝から送っている。 ほうほう……ようやく二人も俺の魅力に気づいたというわけか。

 

「いや~、ほんと照れるなぁ! どうしよっかなぁー、きっと夜にワイシャツ一枚で俺の部屋に来たりして!?」

 

 どうしよっ!? そしたらどうしようかなっ! どうしたほうがいいと思う!? 俺もこのまま結婚ルートに──

 

 ピンポーン

 

『は~い!』

 

「結婚かぁ……」

 

 今朝のフェイトの言葉が脳裏から離れない。 リピートしてる、目を閉じれば伊達メガネのフェイトが俺に向かって、頭をとんとん軽く叩いている。 あれ? これ昨日の記憶じゃね? どんだけポンコツなんだ俺の脳みそ。

 

『あっ! リンディメッシュにももこさんだぁ! おはようございます!』

 

『オイッス!』

 

「いやでもなぁ……結婚資金とか用意してないし……。 その前に職ないんすけど」

 

 資金溜めようがないしなぁ……。

 

『あら、ちゃんと挨拶できてヴィヴィオちゃんは偉いわねえ。 いいこいいこ。 俊ちゃ~ん、なのはから電話もらってお手伝いにきたわよー』

 

「なのはの場合、エースオブエースでトップアイドル、というか宗教のトップ。 局としても絶対に手放さないだろうし、世間的になのフェイで完結してるんだよなぁ。 仮に了承を得ても、それからが問題で──」

 

『ヴィヴィオちゃんはいつも可愛いわねー。 あ、こらバカアヒル止めなさいっ! つけまつげがっ!つけまつげが落ちるじゃないっ!? お邪魔するわよー。 駄犬ー、クロノがいつもお世話になってるからって、子ども達用にジュースの箱を託かってきたわよー』

 

「フェイトの場合、エリート美人執務官としてなのは同様にトップアイドル、というか宗教のトップ。 なのフェイで完結しており、なにより問題なのが──あのリンディさんが絶対に首を縦に振らないことだ。 やはり調教して従順な俺のペットにしない限り──」

 

「誰が誰をペットにするですって……?」

 

「……へ?」

 

 リビングでお絵かきしているヴィヴィオとガーくんを除いて、この場にいるのは俺だけのはずなのに後ろから怒気を含ませた声が聞こえてきた。 それもかなり聞き慣れた、ゆうに3桁は怒らせたことのある俺が断言するんだ間違いない。

 

「──っ!? その声は熟女リンディだなっ!」

 

「なに年上で世話までしてあげた人にタメ口聞いてるのよ」

 

 振り向いた瞬間天井を見ていた。 何を言ってるかサッパリわかんないだろう? 俺は理解したくない。

 

 どすんと音をたてて尻から床に不時着した俺は、目の前にいる人物を見て思わず逃げ出す。

 

「あら俊ちゃん? ママを目の前にして逃げ出しちゃうの?」

 

 モ・モモコの一言で俺はその場に凍りついた。 流石は地球を滅ぼすためにやってきたお方だ。 一言発しただけが俺の中枢神経を乗っ取ったか……っ!?

 

「だめよ~。 ほら、ママに会ったらまず抱きつくのが高町家の掟よ」

 

 ちゃっかりヴィヴィオを抱っこした桃子さんが片手で俺を迎える体制をとる。 いやいやいや、流石に抱きつきませんよ。 なのはみたいに女の子同士じゃないんだし。 それにヴィヴィオだって見てるし、リンディさんだって頭にガーくん乗っけたままだけどこっちを凝視してるし。

 

「ははっ、何を言ってるんですか。 それはなのはが帰ってきたとき用に取ってあげてくださ──」

 

「はい、つーかまーえた」

 

 言い終わる前に優しい香りと温もりに包まれた。 息が出来ないほど強く抱きしめているわけでもないのに、何故かその場所から離れたくないと思ってしまう。 ……なんかいいなぁ、こういうの。

 

「最近、メールの頻度も減ってるわよー?」

 

「うっ……ごめんなさい」

 

「電話もちゃんとすること」

 

「はい」

 

「それと……俊ちゃんは嫌がるかもしれないけど、桃子ママはなのはと同じくらいあなたをこうやって抱きしめたいのよ? ちゃんと覚えておくこと」

 

「……うん」

 

「はい、よろしい。 あら、リンディさんどうしたんですか? なんか羨ましそうな顔してますけど」

 

「へっ!? い、いや何言ってるんですか桃子さん! べつにこんな駄犬相手にそんな表情しませんよ!? ただ……あの子達に勝ち目があるのかと思いまして……(とくになのはちゃんなんて厳しい戦いになりそうね……)」

 

 リンディさんの言葉に桃子さんはふふふと優しい笑みを浮かべるだけであった。 いったいどういう意味なんだ?

 

 為すがままにされる俺、まぁもうしばらくはこのままでもいいかなと考えたが同じく桃子さんに抱っこされていたヴィヴィオがこちらに飛び移ってきたので強制的に離れることとなった。 抱きしめられたままの体制でヴィヴィオを支えるのも困難だしな。 しっかり自分の足で支えないと。

 

 ヴィヴィオを抱っこし、頭を撫でる。 あ、ガーくんダメだぞ。 リンディさんのアホ毛をくちばしで噛んでると北京ダックにされるぞ。

 

 口では言わなかったがガーくんは察したのか飽きたのか、リンディさんのアホ毛をペッと吐き捨ててこっちに飛んできた。

 

「あーこらこら。 肩に乗れ肩に。 飛んでまでこっちに来るなよなー、ちゃんとガーくんも抱っこするから」

 

 ……あれ? 飛んできた…………?

 

「そういえば俊ちゃん。 今日はとろろ大会するんですって?」

 

「え? あ、えぇその予定です。 ちゃんととろろ用に自然薯も用意しましたしすり鉢でスリスリしてます」

 

「懐かしいわねーとろろ。 私も若い頃はとろろを沢山作ったわ~」

 

「へ~、桃子さんもとろろ好きだったんですか?」

 

「そうねぇ……やっぱり若かったし、好きだったわ。 だからこそのなのはよ?」

 

「え? なのはってとろろ好きだったんですか? 気づかなかったなぁ……」

 

「やっぱり19歳の女の子ですもの! ただあの子の場合、俊ちゃんのとろろだけで幸せになれると思うわ! だって私も今も昔も士郎さんのとろろだけだもの!」

 

「士郎さんもとろろ作るのうまいんですね~。 マズったな、昨日の夜にでもコツを教えてもらえばよかったかも。 でも、それにしても嬉しいです。 なのはが俺が作ったとろろだけで幸せになってくれるなんて……っ!」

 

「そうよ! 俊ちゃんのとろろがなのはには必要なの! 精一杯頑張るのよ!」

 

「はい! 俺一生懸命頑張ります!」

 

「……あのー、そろそろ突っ込みいれたほうがいいのかしら?」

 

 突っ込みたいだなんて流石リンディさん。 むんむんむらむらの性欲の権化だな。 それに引き替え桃子さんはやっぱり大人の女性って感じだな。 どっちも大好きだし尊敬できるお方なんだけどな。

 

「……まぁあの駄犬があんな感じならフェイトとの仲も心配なさそうね。 もし報告しなきゃならないようなことを仕出かしたら容赦なく──すけど」

 

 何故だろう、リンディさんの後ろに一瞬修羅が見えた。 そしてなんで桃子さんはあらあらうふふなんですか。

 

 いやーいいね、こういうの。 こうして美熟女二人といい感じにお話ししながら娘を抱っこする。 ヴィヴィオおねむモードに入ったけど。 ごめんなーつまらなかったかな?

 

「あー、ヴィヴィオがそろそろ寝そうなんでとろろ作り再開しましょうか」

 

 俺の言葉に二人は頷き、それぞれのエプロンを身に着ける。

 

「あれ? リンディさん意外と似合いますねエプロン姿」

 

「当たり前でしょ。 素材が最高にいいんだから」

 

「これまた否定できない返答ですね」

 

 あの……桃子さん? わかってますから、わかってますからエプロン姿で俺の背中に指を這わすのは止めてくださいっ!?

 

「も、桃子さんも凄く似合っていて……とっても綺麗ですよ」

 

「うふふありがと」

 

 ……うん、お互いの母親とのスキンシップも完璧だ。 いい関係を築いてるぞ上矢俊。

 

「はぁ……それにしてもなんでこんな腐れかけたゴマ団子みたいな男のことをフェイトが気に入ってるのかいまだに理解できないわ」

 

 ……いい関係を築いてるのか? 上矢俊?

 

 ま、まぁリンディさんはあの極上なツンデレが売りなんだからあれでいいんだ。 本当は俺とドロリッチなことをしたいって欲求でいっぱいなんだろうし。

 

 きゅっと服の裾を摘まんでいるヴィヴィオを起こさないようにそっとソファーに寝かしてから、俺もこの二人のスリスリ大会にエントリーしよう。

 

「(起こさないように……起こさないように……)」

 

 細心の注意と最大限の集中力でヴィヴィオを体をソファーに預ける。 そこをガーくんが無音でバスタオルをヴィヴィオに掛けた。 ガーくんはそのままヴィヴィオを胸辺りでそっと足を折る。 最初は気づかなかったけど、ガーくんのこの状態って警戒態勢なんだよな。 少しでも不穏な気配を発しようものならガーくんはいつでも飛びかかってくる。 ……うわ、いま自分がザクロになるところを想像してしまった。 嫌な気分になったわ。

 

 気を取り直してキッチンに行き、スリスリに参加することにした。 大人三人でも余裕があるこの広いキッチンが俺は大好きです。 なのはとフェイトに駄々をこねた甲斐があった。 えっと……リンディさんと桃子さんは楽しく会話しているし、間に割って入るのは失礼だよな。 桃子さんの隣に行こう。

 

「へー……、あんたはそっちに行くのね」

 

「…………」無言で移動

 

「あら俊ちゃん、記憶に刷り込んでおいた躾を忘れてしまったのかしら?」

 

「……っ!? ……っ!」震えながら移動

 

 桃子さんの隣にいけばリンディさんが、リンディさんの隣にいけば桃子さんが……。

 

 大の大人が二人して青年を苛めるなんて……っ!

 

 そう考えた矢先、リンディさんが呆れた口調で言ってきた。

 

「ほら真ん中きなさいってことよ。 とろろ作りなんて3分で退屈になっちゃうんだから、私達を楽しませなさいよ。 料理や掃除や洗濯の相談でもいいし、ヴィヴィオちゃんの子育てのことだっていいわよ。 ここにはちゃんと立派に娘と息子を育てた親が二人もいるんだから」

 

 とろろを擦る動作を止めることなくリンディさんはそう言った。

 

「母親の前でくらい強がらなくてもいいのよ」

 

「そうよ俊ちゃん。 なのはも自分の教え子のことで悩みっぱなしでメールや電話がしょっちゅうくるのよ。 いまだって教え子にちょっと強く言い過ぎたかもしれないー、とか、何か隠し事をしてるみたいだけどどうやったら力になれる、って相談されてる最中よ」

 

「フェイトもそれは言ってたわね」

 

 たしかにフェイトはなのはの力になるって約束してた。 偉いなぁ二人とも。 真っ先に親を頼ったのか。 本当に偉いなぁ……。

 

 頼る……ねぇ。 ヴィヴィオを預けるかどうかで前にもそんなことを言われたな。 俺ってこれでも色んな人に頼ってるのに。 なのはに頼ってるし、フェイトにだって頼ってる。 はやてはもちろん、ロヴィータちゃんにシグシグミシル、シャマル先生にザッフィー。 それにおっさんにユーノやクロノにも頼ってる。 勿論、お二人にだって頼ってる自覚はあるよ。 やっぱおっさんはいらないや。

 

 そうだ、俺ってかなり頼ってるよな。

 

「何言ってるんですかリンディさん。 俺はかなり頼ってますよ」

 

 スパーンっ!

 

「あらこの自然薯いい音を奏でるわね」

 

「いたいっ!? 自然薯のビンタいたいっ!?」

 

 俺の反応をガン無視で二打目を放とうとするリンディさんに俺は両手を上げて降参の意を示した。

 

「わかりました、わかりましたよ。 どうせスカさんとカリムさんになのはとフェイト辺りには話さなきゃならないことだったし。 え~っと、夏休み前になのはとフェ

イトにプレゼントを渡そうとはやてに頼んで聖王教会ってところでバイトをしてたんですよ、ほんのちょっとだけ」

 

「あぁあれね。 フェイトがデレデレの顔で自慢してきたから覚えてるわ。 私に喧嘩売ってるわけ?」

 

「うんうん、俊ちゃんとっても頑張ったみたいね。 偉いわよ」

 

「どうもどうも。 それで……元々聖王教会でプレゼント代を全部ためれるようにあちら側と相談していたんですが、ちょっとトラブルが起きましてそのことが原因で俺は聖王教会でのバイトを辞めたんです」

 

 スリスリと三人とも手は休まない。 それでいて、俺だけが一人で喋り二人は黙って聞いてくれていた。

 

「その時はガーくんもいなかったし、誰かに家でヴィヴィオと留守番をさせるのもヴィヴィオのためにならないっていうか……ヴィヴィオを残してまでバイトに行くのは間違ってると思い無理を承知でヴィヴィオを同行させながらバイトをしてたんです。 聖王教会側はそれを快く快諾してくれていて……それでいてバイト中は斡旋してくれたはやてが様子を見に来たりして……物凄く順調でした」

 

 いまでも覚えている。 はやてが隣で一緒に仕事をしてくれて、シャマル先生がヴィヴィオの相手をしてくれて。 とっても幸せで充実した時間だった。

 

「でも……それもあっという間に終わりを告げました。 なんというか、聖王教会も一枚岩ではなかったというわけですよ。 カリムさんとは違う一派がいたんでしょうねぇ、そいつらカリムさんにヴィヴィオを聖王教会で預かるよう俺を説得しろと抜かしてたんですよね。 勿論、カリムさんはそれを頑なに拒否してくれました。 そのことが嬉しかったと同時に、ヴィヴィオの安全面での問題とカリムさんのトップとしての立場も危なくなると思い、近くにあった花瓶を床に叩きつけてクビという形で辞めました」

 

 いまでも覚えている。 カリムさんの申し訳なさそうなあの顔が。

 

「カリムさんとはいまだって親交もあるし喧嘩なんてしてませんが、気になってるんですよね。 ヴィヴィオのこと」

 

 ちらりと寝ているヴィヴィオのほうを見る。 一定のリズムで呼吸をするその様はとても可愛らしく、みていて心が洗われる。

 

「聖王教会の事件が怖くてパパとしての自信がなくなった? それともヴィヴィオちゃんのことが怖くなったの?」

 

 桃子さんが顔を覗き込みながら聞いてくる。

 

「自信がなくなったっていうか……ちゃんとヴィヴィオを守ってあげられるかなぁ、なんて思ったり。 それにヴィヴィオのことを怖いなんて思ったことありません。 いつだって可愛いという感想しか出てきませんでした。 だけどたまに思うんです。 ヴィヴィオは何か大きな問題を抱えているんじゃないかって」

 

 ふむふむ、そう声に出しながら桃子さんは頷いた。

 

 なるほどなるほど、そう声に出しながらリンディさんも頷いた。

 

「ヴィヴィオちゃんはあなた達の日常に劇的な変化をもたらしたわよね。 なのはもヴィヴィオちゃんと生活してからちょっとだけ、ほんのちょっとだけだらけなくなったし、ヴィヴィオちゃんと過ごすためにお休みもずっと多くなったわ。 それに生活習慣もヴィヴィオちゃんを中心にまわしてる。 フェイトちゃんだってそうよね。 フェイトちゃんの場合はもっとしっかりしようと頑張って、それでいて時間を出来る限り作るようにしている。 それはあなたにしてもそうよね、俊ちゃん。 あなただってほとんどヴィヴィオちゃんと一緒にいるでしょ?」

 

「そりゃまぁ俺はヴィヴィオのパパですし、ヴィヴィオと一緒にいるのは楽しいし、大好きだからであって──」

 

「そうよね、ヴィヴィオちゃんといるのは楽しいし、ヴィヴィオちゃんことは大好なんだよね。 う~ん……じゃぁそれで問題ないんじゃないかしら」

 

「……え?」

 

 思わず手が止まる。 リンディさんから叩かれる。 なんて理不尽なんだこの人。

 

「きっとね、いま俊ちゃんが抱えていることは時間が経てばあっちから顔を出す問題よ。 いまの話を聞く限りだと個人間で解決する問題でもないだろうし。 確かにあなた達がヴィヴィオちゃんと暮らし始めたとき、私たちも同じことを思ったわ。 ヴィヴィオちゃんは大きな問題を抱えていて、だけどそれはヴィヴィオちゃん自身では解決できない、もしかしたらヴィヴィオちゃんすら知らない問題なのかしれない、そう話し合いをしていたわ。 もしそうなら大人の私達が引き取ったほうがいいと考えあのとき俊ちゃんを呼び出したの」

 

 でもね、そういいながら桃子さんは一人喋る。

 

「子を持った親は子どもの笑顔で理解できるのよ、その子が本当に必要としているのは誰なのかっていうのわね。 その笑顔の先にはいつもなのはとフェイトちゃんとあなたがいるの。 どんな時でも抱きしめてくれる優しいママとパパがいるの。 子育てに必要なものは使命感と愛情の二つだけよ。 あなたはそれを持ってるでしょ? だから大丈夫」

 

 そういって笑顔を向けてくれる桃子さん。

 

「これから先、あんたとなのはちゃんとフェイトには困難な問題が立ちふさがるでしょうね。 あの聖王教会側が欲しいと願ったということはそれほど事が大きいということ」

 

 だけどまぁ……、そう小さく呟きリンディさんは横から俺を抱きしめてくれた。

 

「その時がきたらあなた達はいつも通りにヴィヴィオちゃんを抱きしめてあげればいいのよ。 こんな風にね」

 

 俺の頭を撫でながらもリンディさんのとろろ作りは止まらない。 そんなちょっとぶっきら棒で、それでいて誰よりも当たり前のように俺に力を貸してくれるこの人が俺は10年前から好きなんだよな。

 

「ありがとございます。 でもリンディさん、わざわざとろろを手に馴染ませてから頭を撫でなくていいんじゃないですか? あっちょっ!? 耳の穴にとろろ流し込むの止めてくださいってばっ!? なんか鼓膜に張り付いたっ!? なんか鼓膜に張り付いたっ!?」

 

 10年前から嫌がらせもされているわけなんだが。

 

 ジャンプしとろろを耳の穴から出そうと頑張っていると、リンディさんが面倒そうに話し始めた。

 

「こんなときに一君が居てくれたらあなたの問題事をぱぱっと解決できるのにねー、そのヴィヴィオちゃんを欲しがった一派を消してくれるでしょうし」

 

「え? 父さんがですかっ!?」

 

「そりゃそうよ。 あなたの頼みならね、あの人あなたのことが大好きだもの。 あなたが産まれたときのはしゃぎようなんて凄かったわよ。 後あの人だけね、ラルゴ提督をハゲ呼ばわりしてたのって」

 

「父さん……」

 

 俺も今後ハゲ呼ばわりしてみよっと。

 

「行方不明扱いされてるけど、いまあなたのこと監視してるんじゃないかしら?」

 

 きょろきょろと辺りを見回すリンディさん。 この人本気で疑ってるみたいだけど

 

「あのーリンディさん? 父さんも母さん──」

 

「あの二人が死ぬわけないでしょー。 私達の世代はあの二人の強さを痛いほど味わってきたのよ。 断言する、死んでも復活するわよあの二人」

 

 力強く、これまでにないほど力強くそう語ってくれるリンディさんになんだか少しだけ胸のもやが取れた気がした。

 

「まぁエンターテイナーだからきっとタイミングでも見計らってるんでしょうね。 それか、タイミング逃したか」

 

 そう言って、またとろろ作りを真剣にやり始めたリンディさん。 ふと横を見ると桃子さんは笑顔でこちらのほうを見ていた。

 

 この人なりの励まし方……なのかな?

 

 なんかからかおうとも思ったが、なんとなくいまの雰囲気を大事にしたくてこれ以上何も言わずに俺も作業に取り掛かる。 そうだよなぁ、俺だけで悩んでもしょうがないし頼りになる大人はすぐ近くにいるんだ。 なのはとフェイトが落ち着いたらちょっと話し合ってみよう。 大事な大事な娘のことなんだから。

 

『あふ……あ、ガーくんだ。 おはよー……』

 

『オハヨウヴィヴィオ、ヨクネムレタ?』

 

『うん! なんかねー、おねえさんにだっこされてぽかぽかだった!』

 

『ソッカー』

 

 どうやらヴィヴィオがお目覚めのようだ。 一気にこの場がやかましくなるな。

 

『あ、パパだ! パパー!』

 

 ほーらヴィヴィオが勢いよく近づいてきたぞ。 さて振り向いて抱きしめて──

 

 くるっ(振り向くひょっとこ)

 

 ゴッ(ヴィヴィオの頭突きで股間が粉砕)

 

「おうっ……! おうっ……!」

 

「パパっ!? パパどうしたのっ!?」

 

 いきなり崩れ落ちた俺を心配してかヴィヴィオは必死になって揺さぶり名前を呼んでくれる。 なんとかそれに応えようと手を上げるが、激痛によりすぐに金の玉を元の位置に戻す作業に移行する。

 

「俊ちゃんのとろろ生産工場が……」

 

「あなたって負傷するたびに一番そこにダメージ食らってるわよね。 なにプレイなの?」

 

 二人の声もうまく耳に入らない。 ──が、目の前にいるヴィヴィオがいまにも泣きそうな顔をしているので必死に堪え、最大限の笑顔を向ける。

 

「だ、大丈夫だよヴィヴィオ……。 パパの股間は着脱式だから一晩抱いて寝れば元通りだよ」

 

「お~! よくわかんないけどパパすごい!」

 

 ぱちぱちと小さな手で精一杯の拍手を送ってくれるヴィヴィオ。 そのヴィヴィオの頭を撫でながら立ち上がり、先程までスリスリしていたとろろに少量のダシをかけ、小皿に取り分けヴィヴィオに手渡す。 受け取ったヴィヴィオは小皿と俺を交互に見ながら、

 

「これがととろ?」

 

 小首を傾げながら聞いてきた。

 

「とろろな。 今日はこれをあつあつのご飯にかけて食べるんだぞー」

 

「……」

 

 あれ? なんかヴィヴィオの反応が微妙だな。 いつもなら喜ぶのに。

 

「ま、まぁまぁちょっと食べてみたらヴィヴィオちゃん。 きっとおいしいわよ、私も一緒にスリスリしたのよー」

 

 見かねたリンディさんがヴィヴィオの目線まで膝を曲げて援護してくれた。 桃子さんも両拳を握りこんで『がんばって!』そう鼓舞してくれる。

 

 ヴィヴィオはそんな二人の声援もあってか、小さな口で少量だけとろろをぱくついた。

 

「「「(ドキドキ……)」」」

 

「…………」

 

 ヴィヴィオの無反応に三人揃って生唾を呑み込む。 ヴィヴィオはゆっくりと顔を上げ

 

「……きょうはこれだけなの?」

 

 そう寂しそうに聞いてきた。 うんと首を縦に振った俺にヴィヴィオは落胆したかのようにガーくんを抱き上げてソファーに帰っていった。

 

 先程と同じような恰好で寝始める。

 

 その光景を三人で眺め、

 

「5歳児には厳しかったですかね……」

 

「ちょっと失敗だったみたいね……」

 

 リンディさんと二人、顔を正面に固定したまま話す。

 

 いち早く立ち直ったのが桃子さんだ。 桃子さんは冷蔵庫を物色したのち、あるものを発見して戻ってきた。

 

「俊ちゃんマグロといくらはちゃんと用意してたのね。 それにそこに生わさびもあったわよ」

 

「まぁ一応こんなこともあろうかと今朝準備はしてたんですけど……」

 

「じゃあこれを使いましょうか。 子ども組にとろろオンリーは酷かもしれないし」

 

「……う~ん」

 

「それにヴィヴィオちゃんに泣かれても困るでしょ? 大丈夫、もう少し大きくなったらとろろオンリーでも食べれるようになるわよ」

 

「……そうですね。 確かにいま考えると子ども組にはとろろオンリーはきつかったかもしれないです」

 

「そもそもなんであなたはとろろオンリーにしようなんて思ったのよ」

 

「女の子がとろろを嬉しそうに食べるとか……いいじゃないっすかぁ」

 

 顔面をすり鉢でごりごりされかけた。

 

 なんて怖い人なんだこの人。

 

 リンディさんの魔の手から逃れた俺は、さっそくヴィヴィオを起こしにいくことに。

 

 その間桃子さんはマグロを切り身にしてとろろの上に乗せ醤油を垂らしきざみのりをまぶす。 即興でこれだけのものが出来ればヴィヴィオも満足するよな。

 

 ソファーで寝ているヴィヴィオと俺の気配に気が付き顔を上げるガーくん。 ガーくんの頭を撫でた後、ヴィヴィオを優しく起こす。

 

「ヴィヴィオー、もうおはようの時間だぞー」

 

「うふぁ……おふぅ……」

 

 抱きかかえるとヴィヴィオは言葉にならない声を発しながらもぞもぞと起き出した。

 

「おはようヴィヴィオ」

 

「おあよーパパ」

 

「とろろあるけど食べるか?」

 

「ととろ!? うん! たべる!」

 

 威勢のいい声と共にヴィヴィオはキッチンへと駆けだした。 そこには桃子さんとリンディさんがスタンバイしていてヴィヴィオに小皿を渡していた。

 

「おぉ~! これがととろ……」

 

「違うわよ~ヴィヴィオちゃん。 これはねー、と ろ ろ」

 

「とーろーろ?」

 

「そう。 よくできましたねー、いいこいいこ」

 

「えへへ、とろろかぁ~。 ヴィヴィオちゃんとおぼえた!」

 

 桃子さんの後に復唱するヴィヴィオの可愛さはスターライトブレイカー級だった。 なにこの天使。

 

 それにしても先程までとは打って変わった反応を見せるなヴィヴィオ。

 

 桃子さんからスプーンを受け取り、まぐろの切り身と一緒にとろろを食べるヴィヴィオ。 もぐもぐと大きく口を動かし、ごくんと食道を通して胃に収めた瞬間

 

「おいしいっ! ガーくんこれおいしいよ!」

 

「ガークンモホシイ! ガークンモホシイ!」

 

 笑顔満開でおいしいと連呼するヴィヴィオとリンディさんに往復ビンタを浴びせながらねだるガーくん。 あぁ……やめるんだガーくん……! リンディさんの髪がとんでもないことになっていく……!?

 

 切れそうになるリンディさんをなだめる桃子さん。

 

「そうよね、所詮はアヒル。 争いは同じ土俵でしか起こらないのよ。 私はアヒルになんかにならないわよ」

 

「ハヤクシテヨー、トシマ」(ゲシっと脛を蹴るガーくん

 

「上等じゃないのッ! あなたッ! 今日のレパートリーに北京ダック追加よッ!」

 

 リンディさんがアヒルになった。

 

 エプロンを脱ぎ捨てガーくんを捕まえようとするリンディさん。 それから華麗に逃げながらも煽ることを忘れないガーくん。

 

 一人と一匹のいつもの光景を見ながら、ヴィヴィオは桃子さんに抱っこされて甘えているのであった。

 

 そんな二つの光景を見ながら俺も気合を入れ直す。

 

 よし、皆がくるまで頑張るぞ。

 

 




桃子とリンディ、あなたはどっち派?

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