初陣の風   作:翁面

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結局一ヶ月以上かかってしまいました……大変、大変申し訳ありません。ようやくお届けすることができました。
難産も難産でした……設定はあらかじめしっかりと練っていないと、こういうことになると学習いたしました。次回から気をつけたいと思います。

ともあれ、第四話です。どうにか本作品においての艤装はどういうものなのか、という点について説明することができました。
なるべく説明ばかりにならないよう気をつけましたが、今までと比べると少々退屈かもしれません。ですが非常に大切な部分ですので、どうかお読みいただけると幸いです。
なお推敲が足りていない可能性もあるので、少々の加筆修正があるかもしれません。その点についてはいつも通りの感じでして……。

では、第四話。よろしくお願い致します。





四 艤装と艦娘と

 遠く、波の音が聞こえる。

 それは先ほどとは似ても似つかないほど穏やかな音色で、静かに寄せては返すその音はまるで子守歌のように柔らかい。

 海を漂うような浮遊感と、ちゃぷちゃぷと水の音。重さのない瞼を開くと、私の身体は海の上。四肢を広げて海面に浮かんでいる。視界には雲ひとつない空に太陽が一つ、さんさんと陽光を投げかける。

 カモメの声も聞こえない。海の音だけの清浄な空間だ。

 しばらく波に揺られ、気ままに漂う。ぷかぷかと浮いたまま周りを見渡しても、誰も居ない。陸地のようなものも一切ない。ただ一面に大海原が広がり、広大な水平線が青空と海面を隔てていた。

 ああ、と気付く。これは夢だ。海上で気を失って、そのままこの海の夢に入り込んだのだ。よほど私は海が好きなのか。そこまで思い入れはないつもりでいたのだが、これも艦娘の性というものか。

 私が海上に出て戦った時、いつもの患者服を着ていた。しかし今は違う。紺色のスカートに白いブラウス、その上にスカートと同色をしたベスト。一番最初に目覚めた時、あの嵐の海上で纏っていた衣装だ。そういえば、この服はどこに行ってしまったのだろう。

 しかしそんな瑣末なことを考えるのはやめ、波に身を委ねる。気ままに流される感覚が心地よくて、鼻をくすぐる潮の香りが懐かしくて、このままどこまでも行ってしまいたい気持ちだった。

 あれほど辛かった吐き気も、身体の重さも、何もない。健康そのものだ。ただこうして波に揺られているだけで、何も考えずに青い空を見上げているだけで、こちらの心まで澄み渡っていくようだった。

 久しく感じていなかったような気持ちだった。鎮守府に拾われてこっち、妙なことにばかり出くわしていて、思えば気の休まることもなかった。唯一今残念なことといえば、結局夢の中でも律儀に腰にへばりつくように艤装は残っていることだろうか。海に浮かんでいるから重さは感じないが、しっかりその存在を私に訴えている。

 だがその艤装も、今はおとなしい。ただ静かにそこにいて、不思議と今は私の一部なのだと素直に思うことが出来る。そう、これは私の一部なのだ。邪魔ではあるかも知れないが、しかし結局はこれも含めての私なのだ。

 海の穏やかさが私にも移ったのか、そんなことを考える。心がこの海のように大きな波を立てなければ、きっと大抵のことはこうして受け入れられるのだ。今まではその余裕がなかっただけ。

 すると、突然人のような気配を感じる。

 何か、いる。

 私のすぐそばに、誰かいる。

 さっきまでは誰もいなかったのに、どういうことだろう。一体何なのか確認すべく、海面に浮いたまま上半身だけを起こす。

 たっぷりと水を吸った髪の毛が、私の肩を濡らした。勢い良く首を振り、水から上がった犬のように髪から水を飛ばす。夢の中なのにしっかりと私は水浸しで、髪も服もちょっと重い。

 どうせ夢の中だと割りきって、人の気配がする方に身体を向ける。

 ほっそりとしたシルエット。小柄な人間に思える。

 妙な既視感に視線を上げ、その人影の顔を見る。

 そこには、そっくりそのまま、私と同じ顔があった。

 無表情の私が、海上に突っ立って私を見下ろしている。

 私は呆けた顔のまま、自分の生き写しのようなそれを見上げてしまっていた。

 ぽたぽたと、髪の端から水滴が垂れる。

 さて、どういうことだろうか。

 まるで地面の上で立ち上がるように、私は海面に立つ。私と私が、向かい合う形。

 ざあ、と強く風が吹く。腕で顔をかばい、再び前を向くとそこには変わらず私の姿。縁のない鏡でも見ているような、妙な気分だった。

「貴女は、誰?」

 わかりきっていることを聞く。すると目の前の自分は、やはりわかりきっていることを言う。

「私は、貴女」

 まあ、そうだろう。

「……なぜ、ここにいるの?」

 問えば答える目の前の私は、眉一つ揺るがない。

「私は貴女。でも違う存在。一緒だけど、一緒じゃない」

「うん……そう……」

 よくわからないことを言う。夢の中だからだろうか。

 夢を後から思い返せば、なんとも支離滅裂な内容だったりする。これもその類のものだろうか。

 目の前の私は、鋭すぎるその目で、真っ直ぐ突き刺すように私の眼を見て話す。

「私は貴女と、もうすぐ別れる。でも私と貴女は、いつも一緒」

「へえ……それ、どういうこと?」

「私は貴女で、貴女は私。たとえ私達が離れ離れでも、私は貴女と共にいる」

「わ、わかったわよ……」

 まるで理解の追いつかないことを言うが、いくら聞いても無駄な気がして諦める。夢の中も存外不便だ。

 会話がなくなると、目の前の私は私から視線を外す。そして空を見上げ、呟くように。

「私は貴女から産まれた私」

 そして再び私を、射抜くように見つめながら。

「私は貴女を守り、貴女は私を守るの」

 聞き返す暇もなく、視界が白く染まる。

 あぁ、目覚めだ。夢の世界ともお別れか。

 なんとも支離滅裂で、夢らしいといえば夢らしい。

 でも後から思い出したって、これじゃ笑い話にもなりゃしない。

 

 

 

「初風の様子は?」

 壁に痛々しい大穴の空いた執務室。その大穴の端に腰掛け、煙草をふかす白い軍服の男。

 外に向けてぷらぷらと足を振る姿は力なく、覇気というものがない。まとう軍服もくたびれており、先の襲撃でついたまばらな汚れのせいでもはや情けなさすらも漂う。

「安定していますが、この早さです。正直なところ、どうなるかは」

 男の声に答える、凛とした堅い女の声。

 長い黒髪に質素な眼鏡、きっちりと着こまれたセーラー服様の衣装と、生真面目さをまとめて煮詰めたような顔つきの娘だ。

 名を大淀という、艦娘の一人である。大穴に腰掛けるよれた男……この鎮守府の頂点である、提督の補佐を務めている。

 提督は煙草を口にくわえると、ひしゃげた帽子を脱ぎ指先で弄びながら。

「まあ、そうだろうな。資料をもっと集めておくべきだったか」

「そうですね、少々情報不足です。ここにある資料ではここまで早く艤装卵の動き始めた艦娘の記録はありません」

「うちは全員建造だからな。おかげで士気は高くて助かるが」

 提督は大きく紫煙を吐き出すと、大淀の差し出す灰皿に煙草を押し付ける。そして懐から新たな煙草を取り出すと、再び火を点ける。

「今、初風には誰がついている?」

 煙を吐きつつ提督が問うと、大淀は資料に眼を落としたまま答える。

「明石と夕張がついています。艦娘以外人員がいない今、頼れるのは彼女らだけです」

「不安だが、なんとかしてもらうしかないな。なにもかもカツカツで嫌になる」

 嘆息する提督。現在この鎮守府に人間は提督だけで、他の人員は全て艦娘だ。

 初風がここに来る半年前の襲撃で、提督と一部の艦娘以外は全員戦死。人手不足もここに極まれりと洒落にもならない状況である。

 それ以来、もともと艤装の整備や開発補助をしていた明石と夕張に工廠は任せきりである。

 彼女らも艤装の建造と肉体の艤装適応化処理に関しては経験があるが、あくまでそれは補助の話。また今回の初風に関しては海域発現種、俗にいう天然モノだ。

 身体を艤装に適応させる建造種と、もとから身体に癒着した艤装を機械化処理によって管理を容易にする海域発現種。両者が艦娘として完成されるまでには、手順や方法に違いが多い。

「なあ大淀よ。ドロップ艦の艤装は、ドロップ艦にとってどういうものなんだ?」

「建造種の私に聞かれても困りますが……資料を信じれば、概ね私達と変りないかと」

 経緯は不明だが、海域発現種の場合は艤装が身体に癒着している。どのように繋がっているかだが、艤装と身体が癒着している部分……一般的には背中や腰だ。そこから子宮へかけて通常の人間にはない器官が形成されている。

 それは膣、もしくは産道めいた器官で、そこに艤装核から伸びた艤装管と呼ばれる触手のようなものが挿入されている。それは子宮まで到達しており、あえて下世話な表現をするならば、性交時の挿入状態に近い。そのため艤装を用いることが出来るのは女性だけであり、子宮がなければ艤装は動作しない。

「まあそうかもしれんが、お前も艦娘なら艤装核に思うところもあるだろう。資料によればな」

「資料によれば、ですか。……ええ、そうですね。思うところもあるといえばあります」

 なお艦娘と艤装核の接合部である艤装口は、艤装管と癒着している状態だ。初風の艤装が簡単に取り外すことができない理由はそれで、無理に切り離せば初風自身も危険だという話である。

 過去に無理に艤装を切り離した海域発現種の艦娘が、まるで抜け殻のような精神状態になり結局自殺したという例がある。切り離された艤装核は、その場で『死んだ』という。

 ところで艦娘の子宮の中であるが、そこには艤装卵というものが存在している。

 こちらも詳細は不明だが、役割としては艤装に対して艦娘の情報を登録するためにあるようだ。艤装卵はひと月程度で子宮から艤装管を通って艤装核へ着床するが、着床以後は艦娘がその艤装を自在に使うことが可能になるとの報告が上がっている。

「濁すなよ。はっきり言わないと男って生き物はわからんもんだ」

「……そうは仰りますが、なんといいますか」

 煮え切らない大淀。提督は二本目の煙草を差し出される灰皿に押し付けつつ、その顔はまさしく悪戯の最中の子供と同じだ。大淀をからかって楽しむのは、提督の数少ない趣味のひとつであるという。

 まだ火の消え切らない煙草を持ち上げ、念入りに灰皿に押し付けつつ、目線を逸らせた大淀が答える。

 はああ、と。大淀から漏れた溜息はわざとらしいほどに大きかった。

「そうですね、提督の考えている通りです。実際、艦娘は艤装核に対して子供への愛情めいたものを抱いています」

「ほうー。子供、ね。処女受胎っていうやつか」

 ニヤニヤと面白げに大淀をからかう提督。当の大淀は半眼で彼を睨んでいる。

 しかしすぐ肩を落とすと、諦めたように大淀は再びの溜息。

「……ええ、ええ。そうですね。そうかもしれませんね」

「なんだ、含みのある言い方だな。処女受胎というには経験が多すぎたか?」

 顔を赤くした大淀に、ぱあんと提督の頬がはたかれる。淡く手形のつくほどの強さだったが、しかし提督はといえば楽しげにくくくと笑うだけ。一種のじゃれあいのようなものだろう。

 建造種にしろ海域発現種にしろ、時期が来ると艦娘の肉体から艤装核は自ら分離する。艦娘が艤装核に子供への愛情めいた感情を抱くのは、そのプロセスが妊娠と出産に似ているからとする説もある。

 そして艦娘から離れた艤装核は、海水の中で保管される。海水中に保管せねば、艤装核は『死んで』しまう。『死んだ』艤装核は艦娘に接続しても動作せず、艦娘自身も斥力を失い海上の移動も超人的な機動もできなくなる。

 また長期間持ち主である艦娘が艤装を装着しなかった場合も、艤装核は死ぬ。艤装核は艦娘と接続された際、燃料と弾薬の他に艦娘の血液を吸収して動作することがわかっている。艦娘の血液が長期間供給されないと、艤装核は二度と動くことはなくなるのだ。

 難儀も難儀なモノであることに違いないが、現状深海棲艦に対抗できるのは艦娘だけで、有効な武装は全て艦娘と接続された艤装だけだ。艦娘の持つ斥力がなければ、奴らに傷ひとつつけられない。

「まあ昔の映画だが、自分の銃に名前をつけ本当に愛した男もいる。武装を大切に想うのはいいことだと思うがな」

「そういうものとは少し違いますが……」

 大淀は納得していない顔だが、それ以上話はないという提督の様子に大淀も口をつむぐ。

 そうして提督が三本目の煙草に手をかけた頃、執務室の扉が勢い良く開かれる。

 大淀と提督が何事かとそちらを見れば、そこには肩で息をする夕張。灰色のツナギ姿のままだが、そのツナギにはどす黒く血のような痕がべったりと付いている。

「夕張さん!? その血は!?」

 バインダーで口元を覆いながら、驚きを隠せない顔の大淀。提督も口こそ開かないが、驚きに満ちた表情である。

 夕張は何度か息を飲み込むと、ようやく声を絞り出す。

「いえ、これは私の血じゃないので……ご安心、ください」

「なら、それは誰のものだ?」

 火のついていない煙草をくわえたまま、提督が問う。

 息の整い始めた夕張は、動揺した表情のまま答えた。

「駆逐艦、初風のものです」

「初風? どうした、何があった」

 驚いた様子で提督が大穴の縁から執務室に飛び降りると、くわえていた煙草を懐へ戻す。

 大淀が夕張を促すと、もう一度息を飲み込むようにしてから、夕張は答える。

「駆逐艦初風の艤装分離が、始まりました」

 一人の艦娘の誕生が、始まっているのだ。

 








いかがでしたでしょうか。本作品では艤装を有機的に扱いますが、その理由としては今回ご説明したとおりです。
途中の表現に迷いに迷って、結果ここにいたるまで5回ほど書き直しました……難産というのもそういうことです。ボツになった文量としてはもうニ話分くらい……ああ……(遠い目

ともあれ、次回は初風が艦娘としてようやく独り立ち(?)する予定です。今まではまだちゃんと艦娘にはなっていなかった、という。

次回更新は少し余裕を見て、2週間ほど頂こうと思っています。そんなにお待たせするのは心苦しいですが、更新すると言っておいて伸び伸びになるのもよくないなと……(今回の教訓
では、どうかこれからも初陣の風におつきあいください。それでは。

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