初陣の風   作:翁面

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お待たせいたしました。まずは艦これ2周年おめでとうございます!
私の着任は2013秋でしたが、もうそんなに時間が経ったのかと驚きです。あの時選べるサーバーがパラオしかないやんけ! 漢字の鎮守府は! とか思いましたが、今はなんだかんだパラオが好きです。特徴無くて(

ともあれ、今回はちょっと難産でしたがお約束通り一週間程度で更新することができました。
今回は少しだけ、お話が進みます。艤装に関することもほんの少しですが判明します。受け入れてもらえれば良いのですが……。
ともあれ、第三話です。どうかお楽しみいただければ幸いです。





三 平穏に潜む陰

 便器に流れていく自分が吐いたものを、もはや何の感情もなく見送る。ごぼごぼと騒がしくうなる便器を眺めながら、一体もう何度目だろうかとため息を吐く。

 夕張と一緒に眠ったあの夜から、三日過ぎた。あれから体調は改善するどころか、悪化しているように思う。日に何度も吐くようになってしまい、いくら食事をしてもまるで無意味になってしまう。

 段々と諦めに近い感情が湧いてきて、とりあえず空腹を感じるから食べる、しかし戻すというのを繰り返している。このたかだか三日でずいぶん身体が軽くなってしまったように思う。

 最初こそ辛くて仕方がなかったものの、人間やはり慣れるものでそろそろ来るなと感じれば平然とトイレまで行き、用でも足すかのごとくうえーとやっている。もちろん気分が良いものではないが、原因もわからないこの症状には対応しようがない。

 それに加えて、なんだか身体を動かすことが非常に億劫になっている。体重は間違いなく軽くなっているのだが、しかし動かそうとすると妙に重く感じるのだ。栄養不足で筋力が落ちているのだろうか。

 特に艤装が重い。それどころか、軽くなる私を尻目にどんどん重たくなっているような気さえする。もともと歓迎していないというのに、これではもう恨めと言っているようなものだ。簡単に切り離すことができたらどれほど楽か。

 ベッドに戻り、壁にもたれかかる。こうして艤装のせいで横になれないのも原因であるような気もするが、ともあれ日がな一日こんな様子で、いよいよ病人になってしまった気分だった。いや、いよいよも何も実際これは病人だろう。健常な人間が毎日何度も吐くはずがない。

 体がだるい。吐いた直後なので気分も良くはない。今は夕張が何かと気を遣ってくれるし、助けてもくれるので気持ちの上ではそう辛くはない。だからといって不安がなくなるわけでもなく、私はこれからどうなるのかと不安ばかりが募る。

 艤装が外れる云々よりも、現状この状態が治るのかどうかが気にかかる。何しろたとえ艤装が外れても、毎日がこの調子ではまともに生活できたものではない。寝たきりに近いものがある。

 それと、妙によく眠るようになった。体がだるいからというのもあるが、本当によく寝る。自分が赤子になってしまったのではないかと思えるほど、眠気が取れない。

 そう思っているうち、再び眠気がやってきた。うつらうつらと、ベッドの上で船をこぐ。このまま目が覚めなかったらどうなるのか、などと益体もないことを考える。

 すると、病室の扉が開く気配。縫い付けられそうな瞼を開きそちらを見れば、そっと様子をうかがうような夕張の姿。私が妙に眠るようになってから、起こしてしまうのを嫌ってか夕張はいつもそっと入ってくる。別にそこまで気を使うほどではないのに。

「起きてるわよ、入って」

「そっか、良かった。調子はどう?」

「眠い」

 その返答に夕張はくすりと笑う。

 夕張は今日もあのツナギ姿だった。結局夕張はこのツナギを着て何をしているのか聞いていないが、おそらく艤装の修理やら改修やらを行っているのではなかろうか。この格好でまさか食堂で食事を作っているとは思えない。

「今日は暖かいねー。ツナギってちょっと暑くてさ」

 そう言いつつ夕張はツナギの上半身部分だけを脱ぐ。中は黒無地のTシャツで、袖から伸びる細い腕は健康的な肌色だ。大きめのツナギにこの細い体はどうにも不釣り合いに見えるが、不思議と可愛らしくも思える。

 いつも通りベッド脇の椅子に腰掛けると、水差しから勝手にコップへ水を注ぎ、一気に飲み干す。こちらまで水を飲む音が聞こえてきそうなほどの勢いだった。

「いい飲みっぷりねー、ただの水が美味しそうに見える」

「っふー。あ、ごめんね勝手に飲んで」

「いいのよ、別に私だけのものってわけじゃないもの」

 そこから続くのは他愛無い会話。話し相手がなぜだか夕張しかいないというのももちろんあるのだが、やはりこの娘はいい意味で他人との距離感がない。すぐに自分の懐に他人を受け入れることが出来るのだ。不躾に入り込んでくるのではなく、あくまで相手を受け入れる。これはそう簡単なことではない。

 自然、笑顔になっていた。お世辞にも今の私の状況は楽しいものではないが、夕張と他愛ない会話をしているときはそんなことも忘れられる。旧知の友達みたいに、ただなんでもないことを話せるようになっている。ありがたい人と出会ったのかもな、と笑いあいながらどこかで思う。

 瞬間、世界が揺れた。

 驚く間もなく轟音。鼓膜を直接殴りつけるようなそれは私から一瞬にして聴覚を奪い取り、身体が硬直する。

 呆けたような顔で辺りを見回していると、夕張が私をかばうように抱きついてくる。そして再びの揺れと轟音。その衝撃で窓がはじけ飛ぶ。その様子が異様にゆっくりと見えて、きらきらと陽光を反射するガラス片が何かとても綺麗なものに見えた。

 降り注ぐガラス片。その大半は私をかばう夕張を傷つけ、私はといえば何が起きているかわからず呆然とするだけ。ただ目を見開き、固まった身体で夕張にかばわれるまま。

 そこから揺れと轟音は激しさを増し、何度も何度もそれは繰り返される。ひどく時間の流れが緩慢に思えて、窓の外の景色を眺めてさえいる。

 海はいくつもの水柱が絶え間なく上がり、窓の端から見えていた建物は何かを強くぶつけられたように崩壊しかかっている。燃えているようにも見えた。

 なんだ? これは。

「お願い伏せて初風ちゃん! しっかりして!」

 悲痛な夕張の叫び声が、ようやく私を現実に引き戻した。

 意識とともに戻った恐怖心が、私をめった刺す。氷を丸呑みしたように腹の底が急速に冷えていく。

 なにか考える余裕もなく私はわけも分からず叫び、頭を抱えるように小さくなる。そこに夕張が覆いかぶさってきた。

「なんでこんな時に……! 初風ちゃんもう少しだけ耐えて!」

 夕張は相当大声で叫んでいるようだが、麻痺した聴覚では遠くで何か叫んでいる程度にしか聞こえてこない。それどころか平常心を失った私には、そんな言葉はまるで届かない。

 目には涙が浮かび、ただ歯を食いしばってがたがたと震えて小さくなることしか出来ない。私をかばう夕張の感触と体温だけが、唯一私を支えている。

 永遠とも思える時間が過ぎ、ようやく静かになった頃、夕張が私から離れた。

「大丈夫? 怪我はない?」

 両手で自分を抱く私は首を振る。

「そっか……良かった」

 自分は夕張に守られ、どこにも怪我はない。だが当の夕張は目につくだけでも頬と腕に切り傷が見える。鮮やかな赤色の血が、つうと白い肌を這う。

 まだ心が落ち着いていないのか、夕張の血が赤いという当然の事実にひどく安堵した。艦娘とはいえ、夕張も人間なのだ。そうだ、人間なのだ。

 じっとその傷を見る私に気付く夕張。

「私は大丈夫、艦娘だしこれくらいなんてこともないわ」

 ポケットから取り出したハンカチで腕の傷を縛りながら、事も無げに。艦娘だからといって怪我をして大丈夫であろうこともない気はするのだが、しかし今はそれどころではない。

 埃っぽい臭いが漂う。おそらくこの揺れで砂埃が散っているのだ。割れた窓からは何かの燃える臭いや、火薬らしきそれも混じっている。

「ここにいつまでも居られない……初風ちゃん、動ける?」

 声帯がどこかに行ってしまったのか、まだうまく喋ることが出来ない。しかし身体を動かすことは出来そうだ。足が震えてしまうのは、我慢するしか無い。

 かろうじて頷くと、伸ばされた夕張の手を取り、ベッドを飛び降りる。サンダルを足に引っ掛け、夕張に手を引かれ足早に部屋を後にした。

 

 

 

 久しぶりに吸った外の空気は、火薬と砂埃の臭いに満ちていた。

 この数日まともに動いていないのがたたり、息が切れてろくに走ることができない。夕張に手を引かれていなければとうの昔に足を止めていただろう。

 鎮守府の敷地はそこかしこに大穴が空いている。建物は崩れ、火の手が上がり、まるで戦争のよう……いや、これは実際に戦争なのだ。相手が人間ではないというだけで。

「わかってるとは思うけど、深海棲艦の襲撃よ。今のうちに地下に逃げるわ」

 病室を出た直後、夕張はそう言っていた。勝手にここが安全だと思っていたが、そうでもないようだ。

しかしこの惨状、おそらく敵は少なくない。潰しに来ている。

「もう少しよ、頑張って!」

 今にも足を止めそうな私に夕張が発破をかける。呼吸は荒くなる一方で、汗は止まらず、煮えた血が身体中を暴れまわる。だが攻撃が落ち着いている今以外に、逃げられる時間はない。足を止めるわけにはいかないのだ。

 私のいた病室は地下室がある司令部から歩いて数分の別棟にある。建物自体は見えているが、しかし今の身体であの場所まで走ることは思った以上に辛い。

 足がもつれ、転びそうになったところを夕張に引っ張られて助けられる。謝ろうとしたが、呼吸が追い付かず声が出ない。

 そこで遠く聞こえてきたのは、再びの砲声だ。

「っ! 伏せて!」

 今度は夕張が私に覆いかぶさるように倒れ込む。なんとか受け身はとったが、腕から鈍い痛みがする。すりむいたらしい。

 直後、地面が揺れる。どこに着弾したかわからないが、近い。

 ふと蘇る記憶は、嵐の海上と、私が殺した深海棲艦。

 奴の口から吐き出された砲弾。ろくに視認もできない恐ろしい速さで撃ち出され、その暴力をぶつけられれば絶対に無事では済まない。

 あの時は避けられた。だがあの時と今では、何もかも状況が違いすぎる。

 今ここにあの砲弾が飛来すれば、あの時のように避けられる気がしない。

 腹の底が冷える。

 歯を食いしばると広がる土の味。口の中に土が入り込み、じゃりじゃりと不快な感覚。

 今は海の上ではない。海の上ならば、もっと速く動くことができるだろう。きっとこの艤装の力を使うことができる。しかし地上では艦娘といえどただの少女に変わりない。

 それは夕張も同じだ。それどころか夕張は今、艤装をつけていない。

 今ここにいる二人は、あまりにも無力だ。

 こんなところで無残に死ぬなんて、絶対に御免だ。

「熱っ……」

 気付くと背中の艤装が熱い。こんな時に一体何なのだ。異常が起きるなら、もっと後にしてほしい。今はこれに構っていられない。

「哨戒部隊は何してるのよ! このままじゃ鎮守府が潰されちゃう……!」

 苦々しげに夕張が叫ぶ。夕張の口ぶりで仲間がいることはわかっているが、この状況でありながらまだ人っ子一人見ていない。

 まさかこの鎮守府は、かなり人員が薄いのではないかという予感。

 もしそうであれば、このままやられる。

「夕張、行って!」

「え?」

 渾身の力で夕張ごと無理やり立ち上がり、驚く夕張を突き飛ばす。

 私がいるから、今夕張は海へ出られない。夕張の艤装がどこにあるのかはわからないが、どこにあるにしろ今すぐに艤装をつけて迎撃に出なければならないはずだ。私に構っている場合ではない。

 砲撃は続いている。このままでは二人ともやられる。

「私だって艦娘なんだから大丈夫。早く海に出て、深海棲艦なんて追い払って!」

「でも、それじゃ……」

 夕張は迷っている。私の言っていることは間違っていないのだ。だが、私を一人置いていくことが不安なのだろう。

 でもこのままではいけない。私が自分の身は自分で守ればいいのだ。

「早くして! 私だって怖いけど、このままじゃ一緒に──」

 私の言葉は、途中で遮られることになった。

 ひゅるひゅると気の抜けた音に空を見上げようとすると、血相を変えた夕張が再び私に飛びつこうとする。

 砲弾はもう目前だった。

 

 

 

 飛来する砲弾。それは本来、そこに立つ二人を直撃する軌道だった。

 だが着弾した場所は、そこから大きくずれていた。いや、ずらされていた。

 初風が迫る砲弾を振り払うように腕を一閃すると、何かに弾かれるように砲弾は急激に軌道を変え、まるで明後日の方向へ着弾したのだ。

 初風に表情はない。初風に飛びつくはずだった夕張は、突然のことにその場から動けずにいた。

「は、初風ちゃん……どうして?」

 初風にその声は届いていない。先ほどのおびえた表情は消えうせ、氷のように冷え切った顔で、彼女は海を見据えていた。

「初風ちゃん……?」

 砲撃は止んでいない。だが夕張はそんなことは忘れ、異様な雰囲気を放つ初風に呆気にとられている。

 それをよそに初風は、ゆっくりと海へ向けて歩を進め始める。

「そっちは駄目!」

 我に返った夕張が初風を引き留めようと近づく。

 振り返った初風の眼は剃刀めいて鋭く、そして光がなかった。

 その視線に夕張は射すくめられ、伸ばした手が引っ込んでしまう。

「邪魔をしないで」

 斬り捨てるようにそれだけ言うと、初風は走り出す。先ほどまでの息が上がった無様な走り方ではなく、力強く地面を蹴り飛ばすような軽快な走りだった。

 初風に何が起こったのか、夕張には理解できなかった。

 砲弾を弾いたのは、艦娘が持つ斥力だ。艤装を持つ艦娘が海上を自在に疾走ることができる理由はこれだ。艤装から発される斥力で、海面からほんの少しだけ浮遊して移動している。その斥力が発生する理由は、まだ解明されていない。

 その斥力の向かう方向を制御することで迫る砲弾を弾いたり、弾くことができなくとも速度を落とし損害を少なくさせる。艦娘にとってその技術は、海上で生き残るために必須だ。

 だがその技術は、最初から誰もが持っているわけではない。数多くの訓練や演習、実戦を以て習得するものなのだ。それをまだまともに航海に出たこともない初風ができるとはとても思えない。

 しかし実際に初風は砲弾を弾いた。一体何が起きているのか。

 立ち尽くす夕張に、再びの至近弾。着弾の衝撃で夕張はたたらを踏むが、なんとかこらえる。幸い怪我はない。

 夕張は初風を追いかけるか迷うが、しかしこのまま追っても海上に出ることはできない。あの様子では、きっとそのまま初風は海上に出て戦うつもりなのだ。

 いくら砲弾を弾いたといっても、彼女にまだ戦う力はないはずだ。

 夕張の艤装は今、工廠にある。ここからは近い。

 判断を下し、夕張は工廠へ向けて走り出す。

 初風を守らなくてはならない。

 

 

 

 自分が何をしたのか、よくわからない。

 火傷しそうなほど艤装が熱いと、どこかでは思った。目の前に砲弾が迫っていると認識した瞬間、自分でも驚くほど冷静に腕を振った。

 するとあの、艤装に何かを奪われるような感覚。そしてその結果、砲弾が弾かれ私は助かった。

 そして今、自分の足で地面を蹴り走っている。

 艤装にまた何かを奪われたせいなのか、目の前が霞む。なのに身体はしっかりと地面をとらえていて、あまつさえ海に向かってさえいるのだ。

 夕張に対して何か言った気がしたが、意識がはっきりせずよくわからなかった。まるで自分を自分ではない誰かが動かしているような、気味の悪い状態だった。

 今もそれは続いている。頭と身体が分断されたような、記録映像を見せられているような不思議な感覚。

 どんどん海が迫ってくる。もう港のような場所は目前で、私の眼はそれより遠く、海上に浮かぶそれを見ていた。

 深海棲艦。真黒な堅い表皮に、巨大な魚のような外見。今度は一体ではない。見える限りでは十体はいる。

 それどころか、それらが囲む中央に人型をした三体の影。一瞥してわかる。あれも深海棲艦だ。

 セパレートの水着めいた衣装に、巨大な盾のような両腕、それに砲を備えたものが一体。仮面を着け、まるで自分の艤装に乗るように移動する者が二体。いずれも艦娘と似ているが、しかし別物だ。

 あれは、敵だ。

 そう認識すると私の足は更に早まり、とうとう港から海へ飛び出した。

 海面へと落ちるかという瞬間、また艤装が私から何かを奪う。果たして私は水飛沫と共に海面へ着水し、その勢いのまま滑るように疾走る。

 一人飛び出してきた私に気付いたか、魚めいた深海棲艦のうち一体が私に身体を向け、すぐさまこちらへ砲撃。

 私の身体は海面を蹴って横っ飛びにそれを避け、勢いを殺さずまだ肉薄する。

 背中から動く気配。それは私の艤装から伸びる砲で、私の意思とは無関係に砲口を深海棲艦へ向けた。

 衝撃。鼓膜を破らんばかりの砲声と共に砲弾が撃ち出され、そしてまた私の意識は艤装に食い散らされ、視界が歪む。

 放たれた砲弾は一瞬のうちに深海棲艦へ肉薄すると、そのまま深海棲艦を上顎から貫いた。

 飛び散る肉片と緑色の体液。撃ち抜かれた上顎は原型もなく吹き飛ばされ、悲鳴のようなものも発することなく深海棲艦は水底へ沈んでゆく。

 私と深海棲艦は距離にして五〇メートル近い。この距離で正確に当てたこともそうだが、その威力にも驚くしかない。この前はここまでの威力はなかった。そしてこんなにも距離があるというのにここまで正確に見える自分の眼は、一体どうしたというのだ。

 だがなによりも、この快感。下腹部から突き上げるような快感が私の身体を駆け巡り、次は次はと獲物を求めている。頭の中が快楽で満たされていく。

 一体がやられ、深海棲艦は揃ってこちらを向いていた。突然現れた小さな影が、自分たちの仲間をたった一撃で屠ったのだ。驚かないはずがない。

 さあ、もっと、もっと私を楽しませてほしい。

 私の身体はもはや、私のものではなくなっている。この快感に飲まれて、じきに意識も全て飲まれてしまいそうだった。

 艤装が、熱い。燃えているようだ。

「初風ちゃん下がって!」

 背後からの声。

 振り返るとそこには、その小柄な身体に不釣り合いなほど大きな艤装を背負った夕張の姿。服装はツナギのままだが、黒無地のTシャツは胸のあたりまでたくし上げられている。

 ああ、夕張が来てくれたんだ。

 そう思うと突然、身体の感覚が戻ってきた。さっきまで手足のように動かしていた砲は沈黙し、立っていることもできなくなる程強烈な疲労が私を襲う。

 私の足が、海に沈み始めていた。

 何度か深海棲艦に向けて発砲したと思うと、夕張がこちらに疾走って来て私の身体を支える。

 身体全体が鉛のように重い。だというのに背中の艤装と下腹部だけは燃えるように熱く、急激に気分が悪くなる。

 夕張は私を支えながら後退し、その間も砲撃を止めることがない。

 私たちのすぐそばに弾着。高く水柱が上がり、そしてそれはを次第に数を増やしていく。

 大量に水飛沫を浴びつつ、私たちは鎮守府へ向けて後退していく。だが敵の砲撃は強まるばかりで、いつ直撃するかはもう時間の問題だった。

 夕張は歯を食いしばり、私の肩に腕を回して懸命に陸地へ向かう。だが私は身体に力が入らない。支えられて沈まないようにするのが限界だった。

 まだ陸地は遠い。いつの間に私は、こんなに沖まで来てしまっていたのだろうか。降りかかる飛沫を払えず、ずぶ濡れの私は顔を拭うこともできない。

 突如、砲撃が止んだ。

 何事かと緩慢に目をやると、深海棲艦のうち一体が吹き飛ばされているのが見えた。胴体の真ん中に直撃したようで、その身体を二つに分断されて海面を何度か跳ねたと思うと、そのまま海中に消えた。

 ……援軍か?

「やっと来てくれた……!」

 夕張を見ると、弾けんばかりの笑顔だ。その眼には小さく涙も浮かんでいる。

 霞む視界を動かして、深海棲艦が吹き飛ばされた方向とは逆を見る。その海上に立つ影は六つ。

 その先頭に立つ影が、こちらに向かって手を振りながら叫ぶ。

「わーりい! 遅くなっちまったなあ夕張!」

 乱暴な口調だが、どこか人の好さを覚える声だ。ぶんぶんと大きく手を振る様は、何かとても頼もしく見えた。

「おっそいわよ摩耶! やられるところだったんだから!」

 摩耶と呼ばれた少女は、返礼のようにもう一度砲撃すると、また一体の深海棲艦が吹き飛ばされる。私の砲とは比べ物にならない威力だった。

「そのお姫様を離すなよー! すぐ行くからよー!」

 そう言って摩耶は後ろに続く艦娘らしき五つの影を率いて、深海棲艦へと向かってゆく。

 助かった。私は生きている、生きて帰れる。

 そう思うと、とうとう私の意識は暗闇に落ちた。





いかがでしたでしょうか。久しぶりの戦闘シーンです、書いていてやっぱり戦闘シーンは楽しいですね。心躍ります。
前書きやあとがきでのネタバレは好きではないのであまりお話しできませんが、次回より登場人物も増えてきます。
援軍に来た摩耶と、5隻の艦娘。史実の絡みもなければ(一部を除き)一般的な組み合わせでもないので、たぶん予想はつかないんじゃないかなーと。

まだ私の中で迷っている部分も多いのですが、面白いものが書けるよう頑張ります。次回更新も、一週間程度を予定しています。
では、これからもぜひ初陣の風におつきあいください。

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