初陣の風   作:翁面

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艦娘が人間であるかどうか。それについて、次回触れることになります(大嘘
そんなお話になりませんでした。物書きはキャラクターが勝手に動くという経験があると思いますが、今回まさにそれでした。予定していなかった展開になったので私自身も驚いております。

ともあれ、ようやく完全新規の第二話「二 海に立つ其の理由」をお届け出来ました。ここに至るまでごたごたし通しでご迷惑おかけしました。
もしかしたらこのお話も後ほど変更があるかもしれませんが、せいぜい誤字脱字の修正程度に収めておきたいと思います。

前置きが長くなりました。どうか初陣の風におつきあいください。
※今回は少々生理的に不快な描写があります。ご注意ください※





二 海に立つ其の理由

 あれから一度だけ夕張は戻ってきて、ちょっと用事があるからしばらく来れない、ごめんねと伝えてどこかへ走って行った。

 その通りそれからは誰もこの部屋へ来なかった。実際に誰か知らない人間に来られても困るだけで、ありがたくはある。

 何度かの浅い眠りを経て、窓の外はもう暗くなっていた。そこからは満月が見え、夜だというのに明るく月光を投げかけている。

 月を眺めていたくも思ったが、あまり夜に窓から光を漏らしたままにしておくのも気分が悪い。そう思い、ベッドから降りてカーテンを閉める。

 辺りは静かなものだった。時折遠くから金属を叩くような音が聞こえてくるが、どこからその音がするのか、また何をしているのかは不明だ。そんな音がするということは誰かいるのだろうし、夕張も仲間がいるようなことを話していた。だが今のところ、夕張以外には私は誰も目にしていない。

 ベッドへ戻る頃には金属音が止み、再びの静寂。

 そこに、微かに聞こえる音がある。先ほどの金属音とは違う。

 耳を澄ませばそれは波の音。昼に見たが、少し離れたところに港がある。海が近いのだ。

 波は不思議と心休まる音色で、それだけで心が平静になるのを感じる。下手な子守歌より、よほどこちらの方が眠るには適していると思う。

 その音を聞いていると、また海へ出たいとすら思うようになりつつあるから不思議なものだ。あんな体験をしたにもかかわらず、よくもまあそんなことを感じるものだ。だが身体が海を欲しているような、そんな気がするのだ。

 そんなことを考えているうち、何度目かのうたた寝をしそうになった時だった。

 突然、猛烈な吐き気が私を襲った。

 内臓全てが巨大な手に握りつぶされるような感覚。こみ上げる何かを嚥下し、耐えようとするが、とても無理だ。耐えられない。

 サイドテーブルに置かれた洗面器を見つけ、そこに顔をもってきた瞬間、堰を切ったように喉から吐しゃ物が噴き出した。

 喉を物が逆流する、耐えがたい不快感。胃にはせいぜい昼に食べた粥ぐらいしかないのに、止まることなく吐しゃ物が出てくる。それは胃液も何もかもすべてを含み、口も鼻も場所を選ぶ余地もない。

 息ができず、目の前が暗くなりかけた時にようやく嘔吐が収まった。激しく咳き込むと、つんとした刺激臭が漂う。洗面器は有機的な気味の悪い液体に満ちて、もはや目を向けられたものではない。

 しばらくして咳は止まったが、呼吸は荒い。目に浮かんだ涙を拭うこともできず、ただ肩を上下させて茫然としていた。

 鼻に残った吐しゃ物の臭いに、再び催しそうになる。なんとかそれは耐えるが、しかしどうすることもできずにいる。

 何だ、一体何が起こったのだ。

 私の身に、一体何が起きている。

 突然の出来事に頭がついていかない。こんなに嘔吐するほど、体調が悪かったつもりはない。むしろ気分がよかったくらいである。

 なのにどうしてこうなったのか、まるで理解できない。

 どうにかして呼吸が落ち着いた頃、ようやく我に返ることができた。サイドテーブルからは恐ろしい刺激臭がするが、そのすぐ側にちり紙の箱を見つけひったくる。

 ちり紙の箱には跳ねた吐しゃ物がこびりついていたが、気にしていられない。数枚を取り鼻をかむと、鼻から直接侵入してくる悪臭は去り、ようやく人心地つけた。

 ベッドの脇にある屑籠へ汚れたちり紙を投げつけ、箱から新たに引き出したそれで口を拭う。その結果に目を向けたくなくて、すぐに捨て去る。

 とりあえずは身ぎれいになると、先ほどとは逆に妙に冷静になってくる。喉に残る吐しゃ物が不愉快ではあるが、とりあえずもう吐き気はない。しかしこの吐いたモノをどうすべきか。

 この部屋にそれを流してしまえそうなものはない。まさか窓の外に捨てるわけにもいかないし、かといってこの建物の構造を知らないので捨てに行くこともできない。

 とりあえずベッドから降りる。裸足に冷たい床の感覚を覚えながら、困り果てた。

 誰もいない部屋で一人、途方に暮れるしかない。

 急に心細くなり、泣きそうになる。せっかく心が落ち着いてきたというのに、一体この仕打ちは何だというのだ。

 背中に妙なものが生えた、化け物を倒す羽目になった、艦娘になった。そして原因不明のこの嘔吐。一体何だ、なんだというのだ。

 もうわけがわからない。私はどうしたらいい。私はどうなっている。私は何者だ。

 拳を握り、涙が溢れそうになる目を乱暴にこする。

 全部こいつのせいだ。この艤装が生えてきたせいでこんな目に遭うのだ。

 行き場のない気持ちが私の怒りを誘う。

 こんなもの、無理やりにでも剥がしてしまえば……。

「ちょ、大丈夫!?」

 そこに聞こえてきたのは、驚きに満ちた声。声の方を見れば、扉を開けた格好で夕張がぎょっとした顔で私を見ていた。

 その瞬間、私の中で何かがはじけたような気がした。

 何を思うよりも早く、気付けば私は大泣きしながら夕張に抱き付いていた。

「ど、どうしちゃったの? 大丈夫、大丈夫だから安心して。ね?」

 嫌がることもせず、夕張は私の頭を撫で、背中をさすっている。部屋は吐しゃ物の臭いがするだろうし、私だって似たようなものだろうに。

 その優しさに余計わあわあと泣く私を、ひたすら夕張はなだめていた。

 

 

 

「どう、落ち着いた?」

「……ええ。ありがとう、もう大丈夫」

 八畳ほどの広さの部屋だった。装飾らしい装飾はなく、必要な家具だけが置かれたような質素な部屋である。

 ここは夕張の部屋だ。寮の一室らしく、この部屋を出た廊下にはずらりと同じようなドアが立ち並んでいた。

 その部屋の中で、床に敷かれた柔らかいカーペットの上に二人向かい合わせで座っている。二人の間にはこれも質素な白いテーブル。

 テーブルに置かれたマグカップを両手で持ち、もう一度飲む。中身はカフェオレだ。先ほど、夕張が淹れてくれた。

 あの後、意外と近くにあったトイレで顔を洗い、喉をゆすいだ後にここへ連れてこられた。夕張には本当に迷惑を掛け通しである。

「ならいいんだけど……ごめんね、ここは海域発現種って実は貴女しかいないの。だから体調とかどうなるのか全く分からなくて」

 頬をかきながら夕張が言う。どうやら頬をかくのは癖のようだ。

「へえ、そうなの。それじゃあみんな建造種なわけ?」

「そうなるわねぇ……」

 その後の夕張の言によれば、正しくは海域発現種を保護した場合、基本的にはすぐに別の鎮守府……これも夕張の言によるが、つまり艦娘の活動拠点だ。そこに移されるそうだ。私は特例でここの鎮守府に残ることになったらしい。

 私が初風という艦娘であると知らされた時、私は相当珍しいというようなことを言われている。きっとそのせいだろう。

「夕張さんは、どうして艦娘になったの?」

 ふと浮かんだ疑問をぶつけてみると、こんな答えが返ってくる。

「さんなんて付けなくていいよー。夕張って呼んでくれたらいいから」

 にっこりと夕張。

 ならばといざそう呼ぼうとすると、存外恥ずかしい。自分の顔に熱を感じた。

「夕張……は、どうだった?」

 詰まった。

「よくできました。で、私の時だけど……」

 顔の赤い私をよそに、彼女は話しだした。

 それによると彼女も建造種とのことだが、元はといえばこの近海で保護されたクチだという。

 それ以前の記憶は無い。ならば海域発現種ではないのかと思うが、彼女の艤装は自然に発生したものではないという。

 何かの事故に巻き込まれたのでは、というのが彼女の推測。

「ここに保護されてしばらくした時にね、選べって言われたこと、すごく覚えてるの。このまま何もなかったことにして世間で暮らしていくか、ここで我々と一緒に戦うのかって。

 私が保護された時、物凄い激戦だったのよ。そんな中私を保護してくれたみんなは必死でここまで私を運んでくれてね。

 私は沢山の人に助けられたの。すごい大怪我だったから、生きてるのが奇跡だってよく言われたなあ」

 懐かしそうに夕張は思い出を語る。私は偶然何の怪我もなかったが、それは運の良いことだったようだ。

 夕張は続ける。

「本当にたくさんの人が助けてくれたんだよ。私の怪我の手当てをして、食事を準備してくれて、不安で不安で大泣きした時も慰めてくれて。だから、私もこの人たちの力になりたいって思ったの。鎮守府の外の人たちも沢山会ったけど、みんな良い人たちだった。その人たちを深海棲艦から守れる力も、私は持てるんだってわかったから。だから、私は志願したんだ」

 そう言って私に向き直る夕張。その眼には強い意志の力が見える。

 彼女は自分の家族のことは話さなかった。きっと行方がわからないのだろう。

 だからきっと、ここの仲間が彼女にとっての家族なのだ。

 彼女の強さの源泉は、きっとそこにあるのだろう。

 自分の仲間を、自分の背後に立つ人々を、守る。そのために身一つで海に立ち、深海棲艦と対峙し、戦う。その覚悟は並のものではない。

「でも、一番の理由はこれじゃないんだ、本当は」

 格好つけて言ったけどね、などとはにかむ夕張。

 若干拍子抜けした。おそらく今の私の顔は相当阿呆っぽい。

「そうなの? じゃあ、一番の理由って?」

 当然呆れて私はそう聞くが、夕張は一瞬迷うような顔。とはいえその表情はすぐに鳴りを潜め、目を閉じ話し出す。

「えっと……私の艤装ね、ある人から譲り受けたようなものなの。艤装の素をもらって、それをもとに私の艤装が作られた」

「艤装の、素?」

「うん、そう。受け継いだって感じ、かな」

 詳しく話そうとはしないが、建造種の艤装はおそらく人工だ。それを造り出すために必要な何かがあるのだろう。

 話の腰を折ることも躊躇われ、何も言わずに聞き入る。

「私を保護した時、その人は艦娘なんだけど、本当にひどい大怪我をしたの。私の怪我よりももっとひどかった」

 どこか悲しそうな夕張。緩く笑ってはいるが、影が差している。

 俯き気味の夕張は、私の視線に気付かず話を続ける。

「私の怪我がだいぶましになった時も、その人は怪我で苦しんでた。私は何度も謝ったんだけど、何にも責めないの。貴女……私のことね。貴女が無事ならそれでいいって」

 もちろん私は、その人のことは見たことがない。だがなんとなく、その人は夕張と似たような人だったのではないかと感じた。

 だがしかし、すぐに思い直す。違う、逆だ。

 夕張がその人に似たのだ、きっと。

「……結局その人、助からなかったわ。でも息を引き取る間際に、私にくれたんだ。艤装の素みたいなものをね。私の生きた証だから、貴女が持っていてほしいって」

 生きた証。その言葉の重みが、私の心にのしかかる。

 深海棲艦と戦う艦娘は、常にその命を危険に晒している。いつ自分が消え去るかもわからないだろう。

 そしてとうとう最期に散り行くとき、きっと誰かに自分を覚えていてほしいと、そう願う。自分はここに居て、自分はここで生きていたと。

 その艤装の素とは、何のことかはわからない。だがそれが彼女らの命と等しく重要なものであることは、夕張の口ぶりからわかる。

 それを託された夕張は、当時どんな気持ちだったろうか。

「だから私は、その人の跡を継ごうって思ったんだ。それが、一番の理由」

 言うと、夕張は私に向き直る。その顔はやはり笑顔だ。

 本当に、この娘は強い。そう思わざるを得なかった。

 もし私が同じ立場だったら、どうだっただろうか。

 艦娘になる。命を賭けて海に立つ。そんな決意をできたろうか。

「ごめんね、話が長くて。今一番不安なのは初風ちゃんなのに」

「い、いいのよそんなこと。私は大丈夫」

「またまたそんなー、不安なくせにー」

 そう言うと夕張はいきなり抱きついてくる。カップの中身がこぼれそうになり焦る。

「ちょ、ちょっと何するのよ! 危ないってば!」

「寂しがり屋の初風ちゃんは今日は私と一緒に寝るんだよー」

「誰もそんなこと頼んでない! 寂しがり屋でもない!」

 夕張を引き剥がそうとするが、存外力が強い。艦娘め。

 今日初めて会ったばかりのはずなのに、以前からずっと友達だったような気さえしてくるほど、夕張には人を拒む雰囲気がない。むしろ私が持つ人を拒否する雰囲気ごと、包み込んでしまうようなおおらかさだった。

 これもきっと、彼女の強さの一部なのだ。人を許し、受け入れられるのは強さと同義だと私は思う。

 ぐりぐりと夕張に頬ずりをされながら、そんなことを思う。落ち着いた娘なのだと思っていたが、結構そうでもないらしい。

 かしましくも、ゆっくりと夜は更けてゆく。

 

 

 

「明石ィー! いるかー!」

 そんな声と共に乱暴に叩かれる鉄扉。潮風に錆び、ところどころ塗装の剥げたその鉄扉は深い年季を感じさせ、長くこの場に鎮座していることを感じさせる。

 重苦しいその鉄扉は叩かれる度に盛大に揺れる。およそ軽いものには見えないが、その鉄扉を叩く少女に軽々と揺らされるさまはいっそ滑稽にも映った。

 薄茶色の髪をした少女はそんなことはお構いなしに扉を叩き続ける。腕は並の女性のように細く、どこにそんな力があるものか軽々とそんなことをする。

 鉄扉の中から返事がないことに腹を立てたのか、勝ち気な瞳を凶悪なそれに変えると、着崩したセーラー服の短いスカートなど気にする風もなく拳を振りかぶる。

「いるんだろ、返事しろってーの!」

 ひときわ力強く振り下ろされた拳に鉄扉が叩かれると、除夜の鐘もかくやというほどの大音声。

 すると、耐えかねたように鉄扉が勢い良く開かれる。

「うるっさいですねえ! 聞こえてますよ!」

 肩を怒らせて現れたのは、桃色の長い髪をしたこれまた少女である。顔の脇で結われた二つの髪房を激しく揺らしながら抗議する。

「前から言ってますけどそんなにここの扉を殴らないでくださいって! 最近曲がってきちゃって開けにくいんですよ!?」

「だーったら呼んだらすぐ開けろよな! 何度呼んでも出てこない方が悪いんだよ!」

「私は艦隊のために必死でみなさんのお手伝いをしてるんです! 貴女の装備だって誰が直してると思ってるんです!?」

「それとこれとは関係ねえだろ!」

 喧々諤々。まさしくそのようなやりとりである。拳が出ないことが不思議なほどだった。

 それからしばらく喧しく言い合いを続けるが、ほどなくしてどちらともなく肩を落とし、同時にため息。

 明石と呼ばれた少女が促すと、不機嫌そうな顔で薄茶色の髪の少女が鉄扉の中へ。少女が後ろ手に鉄扉を閉めると、ふすまのごとく軽々と鉄扉は閉じられる。

 鉄扉の中は作業場のような場所だった。一見すると何かの工場のようで、ずらりと並んだ工具の類は皆、長く使い込まれた風情がある。

 明石という少女が先導し、この工場めいた空間の端にある扉を開ける。扉のプレートにはかすれた文字で『明石工廠』とある。

 二人はその部屋へ。

 内部はそれなりに広く、ここにも工具の類が並ぶ。中央には無骨な作業机のようなものが据えられ、その上には改造か何かを施されているような砲塔が放置されている。

 部屋の端には簡素なベッドとこぶりなテーブル。そして背もたれすら無い適当な木の丸椅子が置かれている。

「相ッ変わらず機械油の臭いがするな、お前の部屋」

「私はこの匂いが好きなんですー。摩耶さんこそ潮の臭いがしますよ?」

「あたしは海に生きる女だ、だからそれでいいんだよ」

「私だって工廠の女だからいいんですー」

 軽口を叩きあうと明石という少女はベッドへ腰掛け、摩耶という少女は丸椅子へ。丸椅子はそれなりに傷んでいるようで、ぎしりと悲鳴を上げる。

「何か飲みます? 珈琲なら淹れますけど」

「いいよ、すぐ済む話だしな」

 大股を開き、その間に両手を置いた姿勢の摩耶。スカートは両手におさえられている。

「お行儀悪いですよ」

「あたしとお前しかいねえよ。そんなことより明石、なんかドロップ艦が来たんだって?」

 興味津々といった風の摩耶。それをよそに明石はテーブルに置かれていた冷めた珈琲のカップを取り、何度かそれを揺らしてから口にする。

「なあ、来たんだろ?」

 予想より苦かったようで、顔をしかめつつ明石は答える。

「ええ、来たみたいですよ。でも残念ですけど、私もまだ見てません」

 その答えに、あからさまに残念がる摩耶。両手を上に投げ出し、つまらなそうに体を反らす。

「んだよーつまんねえな。どんな奴か聞きたかったのによ」

「私だって気になりますけど、夕張に任せろって提督と大淀の指示です。駆逐艦の面倒を見るなら彼女が適任だし、まだ艤装卵が分離してないから刺激するなって話ですよ」

「はーん、まだ艤装はおねんねか。なら仕方ねえな」

 あっさり諦めたような摩耶の様子に、明石は意外そうな顔。

 その顔を見て取ると、睨むような摩耶。

「んだよ、何か変か?」

「いやにあっさりしてますね。ちょっと優しくなりました?」

「あたしは前からずーーっと優しい摩耶ちゃんだよ。明石、煙草くれねえか?」

 そうはぐらかすと、摩耶は明石に向かって手を差し出す。明石は小さく嘆息すると、作業台に置かれた工具箱をまさぐり半ばひしゃげた煙草の箱を取り出した。

「いいかげん私の工具箱に隠すのやめてくださいよー? いつかバレて提督に怒られますよ」

 それを受け取り、取り出した曲がった煙草をくわえる摩耶。手の動きだけで火を求めると、明石が工具箱からマッチを取り出し火を点ける。

 紫煙が立ち上り、煙草の臭いが広がる。

「別に提督にバレたっていいんだよ。うるさいのはかーちゃんだ」

 ベッドの上に位置する窓を開けながら、明石は不思議そうな顔。

「かーちゃん? 貴女お母さんいましたっけ?」

「一応いるけど違えよ。鳳翔だよ鳳翔」

「ああー、鳳翔さん。でもそういう叱ってくれる存在は貴重ですよ? ていうか、鳳翔さんにかーちゃんなんて言ったらまた泣いちゃいますよ」

「この前ついかーちゃんって呼んだら泣かしちまった」

「あー。ちゃんと謝ったほうがいいですよ、それ」

「……だよなぁ」

 そう言って摩耶は煙草を口から離すと、明石の差し出す灰皿にそれを押し付けた。小さな音を立てながら煙草の火が消える。

 煙草の箱を明石に渡しながら、ぽつりと呟く。

「かーちゃんは大事にしねえといけねえしな」

「何です? 何か言いました?」

 摩耶は手を振って誤魔化す。それを明石は気にする風もなく、渡された煙草の箱を再び工具箱へ戻した。

 椅子から勢い良く立ち上がる摩耶。セーラー服についた灰を手で払うと、大きく伸びをする。

「まあ今日はそんだけだ。邪魔して悪かったな」

「いいですよ、気にしないでください」

 そうやりとりすると、摩耶は背中越しに手を振って部屋を出て行った。

 明石をそれを見送ると、ふうとまたため息。灰皿の中身に既に火がないことを確認すると、それを屑籠へ捨てる。

 灰皿を棚の引き出しに仕舞いこみ、何度目かのため息。

「たまには私に、全部話してくれてもいいんだけどな」

 それだけ言うと、明石は作業台へ向かう。

 開かれた窓からは、ぶらぶらと寮へ帰ってゆく摩耶の背中が見えた。








一般的なカップリングはだいたい外れます。何しろ好きな艦だけ出してます。
ともあれお楽しみいただけたでしょうか。昨日宣言したからには更新せねばと身を削る思いでガリガリ書いてきましたが、ようやく人心地ついたような気がします。

来週の予告はとりあえずしません。またどんな展開になるかわからないので……。
毎度のことですが、一週間をめどに更新したいと思います。
それまでしばしお待ちください、よろしくお願いします。

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