初陣の風   作:翁面

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思いついた設定をたくさん詰め込んだお話です。
最初は短編のつもりでしたが……無理そうなので長期連載とします。
ゆっくり進めていきますので、どうかおつきあいください。


※4/13追記※
以前の【序】と差し替えました。大筋は変わっておりませんが、初稿より大幅に加筆修正しています。




序 海の落し物

 激しい雨だった。

 月も見えないほど黒々とした雨雲から、大粒の雨が無数に降り注ぐ。海面を強く叩き続けるそれらから発される音響は凄まじく、もはや雨音だけの大合唱。

 風も収まる気配がない。台風もかくやという強風で、まるで海を飲み込むかのように荒れ狂う。

 激しく波立つ海面を、疾走る影が一つある。それは人型であるが、しかしその背中からは背嚢のようなものと、そこから大砲のような筒が幾本も伸びていた。

 その筒のうち二本が、雨音すら掻き消すような大音声で爆発する。発砲である。

 砲から発せられた二発の砲弾は、狙った先を外れ海面へと着水。巨大な水柱が上る。

 人型の影は何かを追い立てるようにいまだ疾走る。水面を激しく滑走し、航路を曲げる度に飛沫を散らす。

 その人型の影の先には、その影の数倍はゆうにあろう巨大な魚のような生き物。黒光りする表皮は堅く、並の弾丸では傷ひとつつけられそうにない。

 だが現在、その表皮には幾つもの弾痕が穿たれていた。しばし前、先の砲より発された砲弾が、その鋼鉄のような表皮をいとも簡単に貫いたのだ。

 油のような血を流すその生き物へ、人型の影はもはや幾ばくもない距離まで詰める。そこで砲声。今度は魚の化け物からだ。その化け物の口内には人の頭が丸一つ入りそうなほどの巨砲が覗く。

 その巨砲から発された砲弾は、真近くまで迫る人型の影へ。避けられようはずもない。

 しかしその時、どこにそんな力があったか人影は凄まじい跳躍。海面を蹴り飛ばし、背後へ水壁を生み出すほどの衝撃をもって上へ。

 宙を舞う影。そのすぐ真下を甲高い音と共に砲弾が通過し、彼方へ消える。

 影はその勢いのまま化け物へと接近し、手を伸ばせば触れられる距離まで肉薄。そこで両の手足を前へ突き出した。

 その瞬間、いまだ煙の上る砲身全てが化け物へ向く。そしてほぼゼロ距離での発砲、耳をつんざくような砲声の四重奏。

 砲身の内部で強烈極まりない爆発が起こり、背を押された砲弾が走りだす。亜音速で砲口を飛び出した四つの砲弾は外れようもなく化け物を貫いた。

 その衝撃に化け物は仰け反り、そしてそのまま海面にその身を打ち付ける。力なく海面に浮かぶその化け物にもはや息はない。

 一方人型の影は、発砲の衝撃で宙返りし着水。その両の足でしっかと海面を掴む。

 真っ赤に加熱した砲からは大量の煙が発され、また降りつける雨を焦がしていた。

 ようやく煙が晴れた頃、雨に濡れる影の姿が徐々に露わになる。

 それは少女だった。

 空色の髪に、幼さが残る鋭利な顔つき。凹凸の少ないその身には、ところどころが破けたブレザーのような衣装。しかしその背中には、その身に不釣り合いな砲と背嚢。

 ふう、と。やはり幼さの抜けない声とともに、少女は大きく恍惚とした息を吐いた。

 

 

 

 私は海面に立ち尽くしている。

 比喩ではない。頼りなく細い二本の足で、確かにこのうねる海面に立っている。

 正しく表現するならば、海面からほんの少しだけ浮いていた。先ほどまでは自分でもどうやったのか、海面を駆け回っていた。

 背中に火傷しそうなほどの熱を感じ、目を向ける。そこにはまるで、背嚢のようなもの。

 しかし背嚢と違うのは、それが私自身から“生えている”ということ。そして、何本もの砲を備えていること。

 赤く加熱した幾本もの砲は、質感としては骨のようなものに見える。そしてこの雨の中、いまだに細く煙を立ち上らせている。その煙は火薬のような、そして鉄臭い血のような臭いを放っていた。その他にも筒がいくらかあるが、正体はわからない。

 これは一体何なのか。そもそも、私は今なぜここにいるのか。わからない。わからないが、しかしこの器官のおかげで私は海面に立っていることはなぜだか分かる。この背嚢の力であることは感じる。

 本能、なのだろうか。自分の持つ器官が果たしている役目を、自然と理解できているのだろうか。

 めまいがし、耐えられずたたらを踏む。だが海に沈むことはなかった。

 なぜあそこまで海面を暴れ回り、なおかつあの恐ろしい化け物を倒せたのか、自分でも理解できない。だが身体が自然と動き、砲を放ち、疾走り、跳び、あんな間近で化け物を屠った。

 間近で砲を放ったあの瞬間。失禁し頭が爆発そうになるほどの快感だった。どんな自慰ですらあの快感には届かないというほど、下腹部を突き抜けるような凄まじさ。

 あんな化け物とはいえ、目の前で、自分の力で生き物を屠ることを確かに愉しんでいた自分が、ひどく恐ろしい。それでも火照る身体はまだその快感を欲している。

 しかし、もはや立っていることが苦しいほど体力を消耗していた。

 背中の砲から弾を撃ち出すたびに、その衝撃に意識を吹き飛ばされそうだった。同時に背中から身体中の全てを吸われるような、おぞましい感覚が私を襲う。

 きっと背中の器官は、私の体から何かを奪いながら動いている。

 だが、そのおかげで私は生きている。

 私の目の前には、巨大な魚のような生き物が浮かんでいる。動く気配はない。

 もし何もしなければ、私はきっとこれの餌食になっていた。

 深海棲艦。人類から海を奪った生き物の総称。

 目的は不明。突如として現れ、海上を行き交う全てを襲い、それは船舶に留まらず航空機すらもそのあぎとにかけた。

 打ち倒す方法が殆ど無いとは聞いている。しかし私は、それを屠った。

 私は一体、どうなっている?

 雨の止まない空を見上げ、私はそのまま意識を失った。

 

 

 

 鉛でも混ざったかのように重い瞼を開くと、あまりに明るい光が私の目を貫いた。たまらずまた瞼を閉じる。

 再び小さく目を開き、徐々に目を慣らす。そして見えてきたのは、病院の手術室のような狭い部屋。医療器具のようなものが雑然と並び、壁際の棚には薬品らしきものが大量に詰められている。

 そして私は水槽のようなものの中にいた。ハンモックらしい何かに身を預けており、暖かい湯に漬けられているようだ。

 背中には相変わらず背嚢らしき器官がへばりついていた。砲も、その他正体の分からない筒もそのまま。

 何がどうなっているの?

 痛む頭をおさえながら身体を起こすと、目の前にある扉が開く。

 現れたのは、比較的小柄な若い女。少女、といって差し支えない。

「あ、お目覚めかしら?」

 溌剌とした声。歳は私より少し上のように見える。

 若草色の髪をした、活発そうな顔立ち。その身には少々大きな灰色のツナギをまとい、そのツナギは油に汚れていた。

 少女ではあるが、技術者、だろうか。

「いきなりだけど、貴女、名前はわかる?」

 自己紹介もなく、私を覗きこむように少女が問う。

 思い出すまでもないようなことと思えたが、しかし何も浮かんではこない。

 思い出せるのは気を失う前。あの、深海棲艦を屠った場面だけ。それだけで、下腹部がうずくのを感じる。

 それを振り払い、思い出すことを諦める。自分の名前がわからない。

「……わからないわ」

 正直にそう言うと、少女はやっぱりというような顔。

「ま、そうよね。仕方ないわ。海域発現種はたいていそうなの」

 海域発現種とは何かを尋ねる間もなく少女は続ける。

「貴女がどうしてあの海域にいたのか、事情は全く不明なの。でも貴女は北方海域の最深部にいて、気を失っていたところに私達が来て。とにかく救助して、ここまで連れてきたのよ」

「北方海域……?」

 聞いたこともない場所。それは一体、どこのことなのだろうか。

 それに、私達?

 他に仲間がいるのであろうか。

「そ、深海棲艦の勢力がこのあたりじゃ一番強いところ。本当、どうしてあんなところに貴女みたいな娘がいたのかしらね?」

 こっちが聞きたいくらいである。しかし彼女はそんなことを気に留める風もない。

 彼女は顎に手を当てると、私から視線を外してどこを見るでもなく言う。

「いわゆるドロップねー。海の落し物、とでもいえば格好がつくかしら」

 そういう問題ではなく。私は状況が何一つわからないのだが。

 これ以上彼女に話をさせては何もわからない。

 気付けば言葉が次から次へと口から飛び出していた。

「そんなことより、私は一体どうなってるの? 背中から何か生えてるし、大砲は撃つし海の上は走れるし! ていうかそもそもここはどこであんた誰なの!?」

 そう、ここは一体どこなのだ。見たところ病院のような場所だが、それ以外に一切の情報がない。

 それになぜ、私は湯に漬けられているのか。

「待って待って、一つずつ、一つずつ答えるから!」

 若干身体を仰け反らしつつも、笑顔を崩さない少女。こちらがわけのわからない状況に置かれて混乱しているというのに、そのへらへらとした態度に腹が立った。

 しかしそこに文句を言ったところで仕方がないと悟る。今までこちらが質問する間もなく喋り続けた少女だが、悪意はなかったように思う。現にこうして助けてもらっているわけではあるし。

 ため息を大きく吐き、答えを促す。

「それじゃあ、まず自己紹介ね。私は兵装実験軽巡の、夕張型一番艦。夕張よ」

 夕張型は私しかいないけど、と少女は付け加え、柔らかに笑う。

 ……兵装実験? 軽巡?

「細かいことは後で説明するから、とりあえず私が夕張ってことだけ覚えておいてね」

 夕張。それが彼女の名のようだ。人の名前としては、いささか不自然なようにも思う。実際、彼女自身もどうも引っかかるような自己紹介をしている。

 どういうことだろうか?

「貴女の名前は……それは後ね。艤装の検査結果が出てからにしましょ」

 またも質問する暇はない。とりあえず名前についてはいいとして、艤装とやらについて聞いておく。

「それより、艤装、っていうのはなんなの?」

「あっ、そうか。そこから説明しないといけないよね」

 すると彼女は私の後ろに回った。ふわりと香ったのは、ほのかな少女の香りと機械油めいた臭いが同居した、不思議な芳香。

 そして彼女は、私の背中に生える背嚢らしきものに触れる。まるで自分の背中に触れられたように、感触があることが不可解だった。

「今触ってるこれ。これが艤装。私達艦娘が艦娘たるゆえん、ってやつね」

 背中にある、明らかに人間のものとは思えない器官。それが艤装だという。

 艦娘とは……おそらくこの艤装をもつ者を言うのだろう。そういう口ぶりだ。

「貴女は海域発現種だから、今はまだ背中から身体に癒着してる。新しい手足みたいなものと思っていいかな、たぶん」

「…………」

 突然自分に新しい手足が生えたと言われて、納得いくはずがない。あまりにも自然に付いているものだから今のところ大丈夫だが、気味が悪いことに変わりはない。

 そしてまた出てきたが、海域発現種とは何なのか。

「今半分吊るされてるからわかると思うけど、背中にあると不便よね。ちゃんと外せるから、安心して」

 確かにこれでは寝転ぶこともできないものの、外すことが出来るならいいだろう。しかし、まずなぜこれは付いているのか。というよりいつ何のために私の背中に生えてきたのか。

 まだ聞きたいことがたくさんある、という顔を私がしていると、夕張は困ったような顔。

 夕張は少々赤らんだ頬をかき、私から眼を逸らしつつ。

「まあ他にも答えてあげたいところだけど……そろそろ、服着よっか?」

 言われ、初めて自分が裸であることに気付き飛び上がった。

 

 

 

 その後患者服のようなものをとりあえず着せられ、今は病室のような部屋にいる。

 夕張によれば私は、やはり艦娘というものになったらしい。

 背中にある艤装を駆使し、深海棲艦を倒す存在であると。

 正直、実感はない。確かに私の背中には艤装とやらが生えているし、自分ではっきりやったつもりはないが深海棲艦を一体倒している。とりあえず、彼女が言っていることは嘘ではなさそうだ。

 それにしても、私は一体何者だったのだろうか。どうしても記憶が出てこない。

 以前自分がどこにいて、なぜ海の上にいたのか。全てわかっているように艤装を使い、海を疾走り砲を放ったのはなぜか。

 記憶に関しては、海で艦娘化する海域発現種というのは皆そうらしい。等しく記憶が無い。また艤装を自然に使えた理由は、おそらく艦娘としての本能なのではないかと夕張は言っていた。手足を動かすには知識はいらない、ということか。

 ところで海域発現種の他に建造種というのもいるらしいが、あまり詳しくは話してくれなかった。おいおいわかる、と。ならなぜ話したのか。

 それよりもまず、とにかくこの艤装を外して欲しいところである。どうやって外すのかはわからないが、くっついてしまっている現在邪魔で仕方がない。今もベッドに入ってはいるが、艤装が邪魔で壁にもたれかかることしか出来ない。それにこんな姿、他人に見られては恥ずかしいでは済まないだろう。

 改めて艤装を見る。自分の背中から生えているそれは、金属のように堅いがどこか有機的である。骨か何かのようにも思える。

 主砲……つまり大砲らしいが、艤装からはそんなものが伸びている。その他の筒は対空砲だか魚雷だか、そういったものらしい。何のことだかよくわからない。

 ちなみに、艤装とは正しくはこの上に被せる装甲と追加の武装のことで、背嚢にあたる部分が艤装核というらしい。背中に直結しているのだから当然だが、そこをやられると重傷では済まないとは夕張の弁。

 正直なところ、よくわからないものとはいえ背中についているモノを吹き飛ばされる目に遭うのは御免だった。深海棲艦とまた相対して、その結果無残に殺されてしまうなど考えたくもない。

 あの下腹部に突き抜けた快感……確かに得難いものではあるし、また体験してみたいと心の何処かでは思うが……あれは危険なものであるような気がしていた。またあの快感を味わうと、何かが壊れる。きっと。

 できれば早々に艤装核を取り払って、とにかくここを出て行きたい。帰る場所がどこなのかさっぱりだが、少なくともここにいてもいいことはない気がした。

 そうしてひとしきり考え終わると、差し当たってすることもなく。頭もまたぼんやりし始め、日差しに当てられてうとうととし始めた時だった。部屋のドアが開かれ、そこから夕張が顔を出した。相変わらずぶかぶか気味なツナギ姿である。

「調子はどう?」

「まずまずね」

 とても良いとはいえないが、気分が悪いということはなかった。強いて言えば、やはり背中の艤装が少々気味が悪いぐらい。

「それならよかった。それで、貴女の検査結果が出たんだけど……」

 先ほど彼女から聞いた話によれば、艤装にもある程度決まった種類があるのだそうだ。それによって自分が何者であるかが分かる、と。

 自分の名前もわからないのに、艦娘として名前はわかるというのも皮肉なものだ。

 どうせ艦娘として戦うつもりは毛頭ないが、一応聞いておく。

「喜んで……くれるかはわからないけど、貴女相当珍しいわ」

「そんなのどうでもいいから、言うなら早く言って」

 もったいぶった口調に軽く苛立ちながらそう伝えると、夕張は苦笑しつつ。

「貴女は、今まで建造種が確認されていない幻の艦娘。陽炎型の七番艦……」

 自然、目を見開く。

 陽炎型、そして七番艦……聞き覚えもないのに、なぜか鳥肌が立つ。

 そして告げられる私の名前。それはもう、頭の何処かでわかっていた。

 

「初風」

 

 刹那、私の中を暖かい風が強く吹き抜けた。ぼやけた頭が、一瞬にして冴える。

 初風。その名前に言いようのない懐かしみを覚え、私は戸惑うほかなかった。

 




お楽しみいただけたでしょうか?
以前よりだいぶ伸びました。見返してみると不自然な場所が多すぎて……
なるべく早く更新する予定ですが、一週間に一話のペースを予定しています。

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