ジョン・メイトリックスは勇者部所属   作:乾操

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 前回の最後で『次回が最終回です』と言ったな。
 あれは嘘だ。
 書いてたら思いのほか長くなった。いい加減有言不実行の癖直さないと、娘のバラバラ死体が届く。


9・私たちはあなたの思い出づくりに協力します

 商店街のリコール社を目指し、位置エネルギー車は坂道を登る。

「見えたぞ、リコール社だ」

 運転席の大佐が言う。見ると、商店街の店の中、ずば抜けて大きなビルディングが立っていた。あれ、あの会社ってあんなに大きかったっけ。前に見た時は、三階建てくらいだったはずなんだけど……。

「夢に何言っても無駄よ樹」

「まぁ、そうだけどさ」

 車はリコール社の入り口の反対側の車線に停まる。窓から覗くと、大きな入り口には警備が数人立っていた。全員が銃を持っていて、まるで私達の襲来に備えているようだった。

「どうやって忍び込むんですか?」

 友奈さんが後部座席から大佐に訊く。すると、大佐はニヤリと笑いながら、

「正面ゲートから、堂々と入って行くさ」

「ご立派。利口じゃないけど勇気は買うわよ」

 お姉ちゃんが肩を叩く。

「で、あの警備をどう突破する?」

「決まってるだろ」

 言うや否や、大佐は車を急発進させた。そして、ハンドルを思いっきり切る。車の向かう先は、リコール社正面玄関。

 

 知ってた。

 

 位置エネルギー車の破壊的エネルギーはガラス扉を簡単に突き破った。ガラスの割れる甲高い音と、警備員たちの悲鳴がロビーに飽和する。何気に車の窓が強化ガラスだったため、車内にいた私達に被害はなかった。急な発進でもみくちゃになった以外は。

「やり過ぎだわ!」

 スカートを必死で抑えながら東郷先輩が呻く。お姉ちゃんなんかパンツ丸見えで女子力の欠片もない。対する大佐は冷静なもので、

「良いから武器を持て。来るぞ」

 窓の外を見ると、武装した屈強な男たちが横隊に並んでゾロゾロとこちらに向かってきていた。

「元グリーンベレーの俺に勝てるもんか」「元グリーンベレーの俺に勝てるもんか」「元グリーンベレーの俺に勝てるもんか」「元グリーンベレーの俺に勝てるもんか」

 同じような顔をした黒人の男たちだ。クローン・クックだ。一様に同じようなセリフを呟いている。

「い、一杯来たぁ~!」

あれだけガタイのいい男の人が密集していると、気持ち悪い。天井からぶら下がるシャンデリアに煌めく瞳の威圧感が尋常ではない。

「怯えることはない。奴はカカシだ。友奈、ロケットランチャーで吹き飛ばせ」

「はい!」

 友奈さんは車のサンルーフを開けて、ロケットランチャーと一緒に身を乗り出した。照準をクック軍団に合わせる。

「いくぞー。勇者ミサイルー!」

 掛け声と共に、引き金を引く。

 次の瞬間、発射口が煌めいて、白い噴煙を引きながらロケットが発射された。

 クック軍団とは逆の方向に。

 放たれたロケットは後ろの壁に激突、大爆発を起こした。車にカンカンとコンクリート片がぶつかる音が響く。

「やっだぁ……」

「友奈さん逆! 逆ですよ!」

「もう、友奈ちゃんったらおっちょこちょい」

「えへへ、ごめんね」

 一言謝って、友奈さんはランチャーを構え直す。今度は間違いなく、照準は軍団に合わせられている。

「改めて、勇者ミサイル!」

 二発目のロケットが発射される。ロケットは噴煙と共にクック軍団のど真ん中に突っ込み、大爆発を起こした。ダメージを受けたクローン・クック達が「モァイ……」と悲鳴を上げながらポンポン弾けて煙になっていく。

「やったね!」

「友奈ちゃん、やることが派手ね」

「よしいいぞ。そのまま撃ちつづけてくれ。俺達は弾幕を張る」

 私達は車の窓を開けて、銃口を外に突き出した。迫りくるマックたち。私達は狙いを定めた。

「よし撃て」

 号令一下、私達は一斉に引き金を引く。瞬間、凄まじい弾丸の雨がクック軍団に降り注いだ。

 弾丸が空気を切り裂く音、跳ね返る音、クックの放つ断末魔らしきヴォイス。ロビーはそれらの音で完全に支配されている。弾幕の前に、敵はどんどん倒されていった。

「ちょっと、これキリがないわよ!?」

 夏凜さんが悲鳴を上げる。

 弾幕は厚く、クローン・クックは次々と倒されていく。でも、一体倒されれば後ろからもう一体が補充されてきて、全くと言っていいほど減る気配はなかった。

「これはもう、強行突破するしかないな。向うに階段が見えるだろう」

 大佐がマシンガンをぶっ放しつつ奥を指す。たしかに、クック軍団の背後には広々とした階段が続いている。でも、あの軍団の中を強行突破するには、私たちでは些か戦力不足と言えるだろう。でも、ここで東郷先輩が、

「なら、こんなこともあろうかと作っておいたこの『装甲車椅子』を使いましょう」

「装甲車椅子?」

「そうよ」

 言うなり、先輩はポケットから何やらスイッチを取り出して、ぽちっとなとそれを押した。すると、車のボンネットが横に開いて、その中からえらく仰々しいデザインの車椅子が出てきた。前と横を鋼鉄で装甲して、運転席の後ろには人が乗れるスペースと銃眼がある。

 こんなの車椅子じゃないわ、ただの装甲車よ!

「こいつはカッコいいな!」

「私が運転しますから、みんなは後ろに乗ってください」

 先輩は肘でフロントガラスをかち割ると外に這い出て、装甲車椅子に着席した。

「ねぇ東郷さん、私達はそれに隠れられるけど、大佐はどこに隠れるの?」

 友奈さんが心配げに訊く。すると、大佐が、

「俺は大丈夫だ。筋肉が護ってくれる」

「そっか。なら、心配ないね」

 装甲車椅子がブルルンとエンジンをふかした。車椅子はゆっくりと地面に私たちも車から這い出て、車椅子に乗りこむ。友奈さんが危惧した通り大佐だけが装甲から見事にはみ出ているけど、なんか問題なさそうだ。

「みんな、舌を噛まないようにね」

 私達にそう注意すると、東郷先輩はレバーをガチャガチャ動かした。豪快なエンジン音が響き、車椅子は急激に加速する。

「うおおおおおおお!?」

 お姉ちゃんがこれまた女子力の欠片もない悲鳴を上げる。

「私を殺したいでしょぉぉぉぉぉぉぉ」

「東郷先輩ハイになってるぅ」

 走りだした装甲車椅子はクローン・クックを容赦なく跳ね飛ばしていく。もしこのクローン・クックが血や内臓をブシャブシャ吹き出していたら私達は卒倒していただろう。良かった良かった。

 装甲車椅子はクック達をポコスカ吹き飛ばしながら階段に到達、そのまま登り始める。

「ちょっと東郷壊れる。壊れちゃうからコレ!」

「喋ってたら舌噛みますよ

 感覚としては、自転車で階段を下る感覚に近い。全身を激しい振動が襲うのだ。

 スッゴイどうでも良い事なんだけど、階段でガタガタ揺れる度に東郷先輩のメガロポリスが揺れて私と夏凜さんは血の涙を流していた。今日は厄日だわ。

「このまま最上階まで行きますよ!」

「行っちゃおう、東郷さん!」

 装甲車椅子は東郷先輩の華麗なドライビングテクニックで階段をガタガタ駆け上がって行く。その間、私と夏凜さんはギリギリと歯を鳴らし続けていた。

 階段はずっとまっすぐ伸び続けていた。途中に他の階はなく、延々と前に進むだけである。

 やがて、階段の終わりがみるみる近づいてきて、車椅子はバッと広い空間に躍り出た。

 そこは薄暗い照明の空間で、奥にはさらに階段が続いている。部屋の両側は水槽になっていて、意味あり気にワニが悠々と泳いでいる。

「……うーん……発動機がもうダメだわ」

 東郷先輩がガチャガチャ動かしながら唸った。確かに、ここについた途端に車椅子のエンジンが煙を吐き始めた。ここまで酷使してきたから、無理もない。先輩は私達を降ろすと車椅子のエンジンと装甲をパージして、いつものスタイルに戻った。どういう仕組みだ。

「ここって、何階なんですかね」

 私は誰にでもなく訊いた。

「さあね。ジョン、何か分からない?」

「皆目見当つかんな。それより、皆弾薬は大丈夫か」

 ハッとして残弾をチャックする。すると、残りは良くて数発、私のなんか一発も残っていなかった。いつも弾切れしない癖に、こういう時は律儀に弾切れしてくる。

「下で撃ち過ぎたわね」

 夏凜さんが舌打ちした。

「とにかく、前に進みましょう。ここにいても仕方ないわ」

 お姉ちゃんが言う。もっともなことだ。

 私達は階段へ歩きだした。と、ちょうどその時。

「……何か聞こえない?」

 友奈さんが緊張の面持ちと共に呟いた。

「えっ?」

 私達は一様に元来た階段へ目をやる。

 ……敵うもんか……敵うもんか……。

「まずい、クローン・クックよ。追ってきたんだわ!」

 足音から察するに、相当の数が追ってきているようだ。私達はさっきみたいにバカみたいな弾幕も張れない上に、装甲車椅子で駆け上がることもできない。いずれ追いつかれるだろう。

「どうするの?」

 夏凜さんが焦りを含んだ声を上げる。すると、大佐は辺りをキョロキョロ見渡して、

「俺に考えがある」

 大佐が言うと同時、部屋に大量のクックが雪崩れ込んできた。

「き、きたぁぁぁぁぁぁ!」

「食らえぃ!」

 大佐は銃を構える。でも、その銃口はあらぬ方に向けられている。

「ジョンどこ狙ってんの! 脳みそまで筋肉に侵食されたのかしら!?」

「違う。こうするんだ!」

 大佐は引き金を引いた。すると、どうだろう。弾丸は部屋の両側の巨大な水槽に当たり、見事ガラスを粉砕した。その水槽には、前述の通り、ワニが泳いでいた。それも、お腹を大いに空かせたワニが……そいつらが、濁流の如く部屋に放たれる。

「モァイ!」

 放たれたワニは我先にとクローン・クックに襲いかかる。軍団は筋肉式ワニワニパニックに陥った。

「よし、俺達も逃げるぞ」

 大佐の言葉に、勇者部一同は階段に向けて駆け出した。

 だが。

「アッ!」

 ここで誤算が発生する。水槽が割れると同時、ワニと一緒に放出された水の量が、思ったより多く、激しかったのだ。その波にもまれ、東郷先輩が車椅子ごと転倒してしまった。

 後ろからは東郷先輩の身体を狙ったワニがじわじわと近づいてくる。

「くっ!」

「東郷さん!」

 友奈さんが悲鳴を上げ、あわてて駆け寄ろうとする。

「待ってて、今起こしてあげるから!」

「ダメよ友奈ちゃん!」

 でも、そんな友奈さんを東郷先輩は制止した。

「私に構わず行って! この先の階段じゃ、私は足手まといになるわ!」

 東郷先輩は銃をガチャリと言わせた。ここで時間を稼ぐつもりだろう。しかし、そんなことを許す友奈さんじゃない。

「嫌だ! 友達を見捨てる奴なんて、勇者じゃない!」

「友奈ちゃん!」

「風先輩たちは、先に行っててください。追いつきますから!」

 そう言うと友奈さんは転倒した東郷先輩の元へ駆けだした。

「うおおお! 東郷さんに手を出す奴は、鞄にするぞ!」

 だが、友奈さんの快足よりワニの方が一足早かった。大きな口を開けたワニは、倒れた東郷さんを掃除機のように吸いこんでしまった。

「!? 東郷さん!」

 そして、それを追いかけるように友奈さんもワニの口の中に飛び込んだ。二人を取りこんだワニは満足げに口を閉じる。

「うわあああああ、友奈と東郷が食われたあああああ!」

 夏凜さんが悲鳴を上げる。当然である。

「夏凜、落ち着きなさい」

 対して、お姉ちゃんは冷静だった。

「何言ってんのよ! 二人が食べられちゃったのよ!?」

「落ち着いて夏凜、これは夢、夢なのよ」

「ゆ、夢……」

 しばらく夏凜さんは脳の処理が追いつかなくなってだんまりしていた。少し経って、ようやく、

「あそっか……はぁ、夢で良かったわホント」

「まぁここまでリアルだとね。夢だということを忘れそうになるわ……」

 ワニに飲み込まれた二人を救うにはこの世界から脱出するほかない。私達は再び階段を登り始めた。

 今度の階段はさっきまでとは違って狭いらせん階段だった。両側の壁はコンクリートで、らせんになっているからすぐ先を窺うことが出来ない。

「五メートル間隔、音を立てるな」

 大佐が先頭に立って進む。この先いったい何が飛びだしてくるか、予想もつかなかった。

 しばらく階段を上り続ける。ずっとぐるぐる歩く物だから、途中で少し目が回った。

 やがて、階段は終わり、またも広い空間に出た。

「今度は何よ……」

「気を付けろ、何が出てくるか分からんぞ」

 そこはボイラー室らしく、そこら中で蒸気が噴出していた。ボイラーには火がくべてあって、ひどく熱い。カンボジアが天国に思える。

 暑さに喘ぎながら、部屋の出口を探す。

 そんな時、お姉ちゃんが何かに気付いた。

「……夏凜、何か言った?」

「言ってないわよ?」

「……樹?」

「ううん?」

「どうしたんだ風」

「いや、何か聞こえた気がして……」

「えぇ?」

 言われて、私達は耳を澄ました。ボイラーの駆動音やらなにやらが室内に響いている。そんな音の中に、幽かに人の声が混じっているように聞こえた。

「タイサァ……」

「ホントだ、何か聞こえる……」

「空耳かしら。大佐?」

「タイサァ……」

「あっちから聞こえるな」

 声に導かれ、迷路のようなボイラー室を駆け抜ける。そして、三つめの角を曲がった瞬間、大佐が突然右腕を撃ちぬかれた。

「ぬ゛っ!」

「きゃぁ!?」

 今さらの如く飛び散る鮮血に私は悲鳴を上げてしまった。

 慌てて物陰に隠れた。大佐に傷を負わせるなんて、一体何者なのだろう。

「大佐ァ」

「む、あの声は……」

「なに、ジョン知ってるの?」

 そっと物陰から顔を出す。ちらちらする炎の向こう、鎖帷子っぽい服を着たオジサンがこちらに銃を向けていた。

「誰ですか、あれ……」

「ベネットだ。恐らく、園子の精霊だろ」

「サリーさんの時も思ったんですけど、精霊って何なんすか」

「俺にもわからん」

 でも、なんだか因縁深そうな感じだ。可愛げの欠片もない精霊のベネットは銃を向けたまま、挑発的に大佐へ問いかける。

「大佐ぁ、腕はどんなだ?」

「こっちへ来て確かめろ」

「いや、結構。遠慮させてもらうぜ」

 この時、大佐は黙って私達になにやらジェスチャーを始めた。しきりにベネットの反対方向を指さしている。見ると、そこには出口と思しき扉があった。

「顔だしてみろ。一発で、眉間をぶち抜いてやるぜ。古い付き合いだ。苦しませたかねぇ」

「付き合い長いんですか?」

「いや、普通に初対面だ。たぶんノリだろ」

 大佐は、私達にその出口から出ていくように指示しているらしい。

「大佐は?」

「アイツの期待を裏切っちゃ悪い」

 静かに言うと、大佐は懐からナイフを抜きとった。そして、

「来いよベネット!」

「ちょっとジョン!?」

 お姉ちゃんが大佐を引き留める。

「アンタ珍しくダメージ受けてんのよ? それも利き腕を。大丈夫なの?」

 しかし、そんなお姉ちゃんに対して大佐はニヤリと一つ笑って、「信用しろ」とだけ言い、ゆっくりと身体をベネットの前にさらけ出した。

「来いよベネット。銃なんか捨てて、かかってこい! ……怖いのか?」

 見え透いた挑発だ。でも、ベネットと言う人(ていうか精霊?)は煽り耐性が壊滅的らしく、大佐に言われるや否や瞬間湯沸かし器よろしく顔を真っ赤にして、

「誰がテメェなんか! テメェなんか怖かねぇ!」

と叫んで銃を投げ捨て、ナイフを構えた。 

「野ァ郎ォォォぶっ殺してやアァァァァァァァァる!」

 精霊のベネットが大佐に襲いかかる。大佐は左腕でナイフを振りかざしながら応戦した。お姉ちゃんはそれを見ながら、

「私達は前に進むわよ」

「いいの風? あのままにしといて」

「ジョンなら大丈夫よきっと。樹もそう思うでしょ?」

「まぁね」

 私は大佐を見やった。どうやら今までにないくらい苦戦しているようだ。ちょっと心配な気もするけど——きっと、大佐なら大丈夫だ。

「行こう、現実に戻るために」

「ふん! ホァ!」

 筋肉同士の熱い戦いをその場に残し、私達は再び駆け出した。

 

 

 




(次回こそ)最後です。
夢から脱出なるか。大佐はベネットに勝てんのか。

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