新緑香るある日の午後、私達勇者部は神妙な面持ちのお姉ちゃんと対面していた。私達に伝えておかなければならない事があるのだという。
「で、お姉ちゃん、それって?」
「うん。実は、昨日大赦から連絡があったの。『壁』が、枯れ始めたって」
「!?」
『壁』というのはこの四国を取り囲む神樹様の根で作られた文字通り大きな壁で、これが四国に死のウイルス、そしてバーテックスが一気に侵入するのを防いでいる。この壁が壊れようものなら審判の日待ったなしの大惨事大戦だ。
「今のところは私達と大赦以外このことに気付いていないわ。不思議なことにね」
目に見えて枯れているというなら、海岸に暮らす人ならすぐに気付くはず。そして、パニックを起こしかねない。でも、ニュースでは何も言っていないし、そんな噂も聞かない。
本当に不思議。
お姉ちゃんは腕を組んだ。
「詳しいことは大赦の調査待ちよ」
そう言って、ポケットから一枚のプリントを取り出す。
「まぁ、今はそんなことどうだっていいの。本題はこれからよ」
「えっ」
「みんな、これを見て」
お姉ちゃんが広げたプリントには鮮やかな色調ででかでかと文字が書かれていた。学校近くのバル・ベルデ商店街の発行したものだ。そこに書かれていたのは——。
「ヒーローショー?」
私達は異口同音に声を上げた。お姉ちゃんが笑顔で「そう!」と答える。
「デパートの屋上とかでやってたあれよ」
「あっ、私、昔ターボマンのヒーローショー見ましたよ。『ターボディスケットを食らえー!』って」
友奈さんが懐かしそうに言う。私も昔家族で見に行った記憶がある。私は相棒のブースター(首の座らないピンク色の熊みたいな生き物)の方が好きだったけど、どうも人気の今一つなキャラだった。
お姉ちゃんが請け負ってきたのはバル・ベルデ商店街のご当地ヒーロー『仮面エンリケス』のヒーローショーだった。かなり昔からいるちょっと色黒なヒーローで、誕生自体はターボマンより古いヒーローだったはず。
「あれ、まだ続いてたんですね」
「東郷も知ってるの?」
「みんな知ってますよ。知らないのは夏凜ちゃん位じゃないかしら。大佐もご存知ですか?」
「知ってるよ。テレビに出てたアホだろ? で、なんでこんな依頼を受けてきたんだ?」
お姉ちゃんが言うにはなんでも本職のスーツアクターの人が急な用事で来られなくなって、その代わりに出てほしいとのことだった。本来なら中止にするところだけど、折角の名物イベント、中止にするくらいなら勇者部が請け負いましょうと宣言したらしい。
「あんたってホント突拍子もない依頼受けてくるわね」
「褒めるなよ」
「褒めてないわよ」
まぁ、その突拍子のなさがお姉ちゃんが勇者部部長たる所以でもあるんだけど。
スーツは仮面エンリケスの分と悪役の分全部がそろっていて、ショーの大まかな流れも決まっているらしい。そこにお姉ちゃんが細かな肉付けをしていくということだ。
「どんなストーリーなの?」
「悪の組織ムエタイXが放つ怪人と商店街の平和をかけた戦い……まぁ、定番ものね」
スーツは二種類。一つは我らがヒーロー『エンリケス仮面』。もう一つはムエタイXの怪人。名前は適当に決めてくれていいらしい。
「とりあえず、エンリケス仮面は友奈にやってもらうわね。怪人は夏凜」
「ちょっと、何で私が怪人なのよ」
「なによ私の可愛い妹にやらせるつもり?」
「言ってないでしょそんなこと。アンタや大佐がやればいいじゃない」
「私は演出・脚本だから。それにジョンは」
そこまで言うとお姉ちゃんは大佐とスーツを見比べた。大佐の背は190センチにも達するし、筋肉も尋常でない。怪人スーツを着こんでちょっと力んだら肉圧でスーツが破れ飛んでしまう。まぁそれはそれで中々エキサイティングな演出にも見えるけど、相手はあくまで良い子のみんなだから、そんな破廉恥なことは出来ない。
「運動神経が良くて、体格もちょうどいいのがアンタなのよ。期待してるから、がんばりなさいな」
「……まぁ、そこまで言うなら、やってあげないこともないけど」
「ふっ、相変わらずチョロイな夏凜は」
「そこの筋肉うるさいわよ」
夏凜さんはそう言いながら大佐にパンチした。が、あの筋肉にパンチするなんて鉄骨にパンチするようなモノ。殴ると同時、夏凜さんは手から異様な音が発生して声にならない悲鳴を上げながら床の上でゴロゴロ悶絶した。
「ところでお姉ちゃん、そのヒーローショーはいつやるの?」
「うん? 来週の日曜日よ」
「えっ、もう一週間ちょっとしかないの?」
お姉ちゃんの立てる計画はどうしていつもこうギリギリ何だろう。脚本はおおよそ出来ているというけど、他にも練習することはあるだろうに。もっとも、こんなハードスケジュールでもばっちりこなすのが勇者部のいいところなんだけど。
「樹は音響お願いね。東郷はナレーション、ジョンは舞台監督。私は当日は東郷と一緒にナレーションするから。さっそく練習始めていくわよ。ほら夏凜もいつまで悶絶してるつもりよ」
「モァイ……」
「夏凜ちゃんその呻き声面白いね」
友奈さんは脳天気に笑った。
「エンリケス仮面は敵に止めを刺す時に必ず使わないといけない技があるの。必殺技ってやつね」
体育館のステージ上には友奈さんと夏凜さんが立っていて、そこへパイプ椅子に座ったお姉ちゃんが指示をしていく。その隣には舞監(舞台監督のこと)の大佐が窮屈そうに収まっているのだけど、指示を出すのはもっぱらお姉ちゃんの仕事だ。ちなみに私と東郷先輩は大佐のさらに横に座っている。
「設定はガバガバなのにそこはしっかりしてるんですね」
東郷先輩の言う『ガバガバな設定』というのは主に仮面エンリケスの生い立ちに関する設定のことで、これがショーをやるたびに変わっていた。今回は流浪の傭兵という設定らしい。
「どんな技なんですか?」
友奈さんがワクワクしながら訊く。
「えっと……まず首の骨を折ります」
「死ぬほど疲れますね」
「今までの人が異常体質だったのかしら」
技自体は何の変哲もない跳び蹴りだった。首の骨を折る理由が皆目見当つかない。でも、私達は伝統を重んじていくスタイルだから、友奈さんがまるで本当に首の骨を折ったかのように見える演出を施すことにした。
「ジョンお願い」
「任せろ」
大佐はドスドスとステージの上に登った。そして、シュワッチと友奈さんの隣に相変わらず静かに素早く移動すると、目にも留まらぬ速さで首を抱え込んで、思い切り捻り上げた。
ゴキャッと嫌な音が響く。
そして、大佐は友奈さんをそのまま夏凜さんにむかって放り投げた。投げられた友奈さんはちょうど夏凜さんに飛び蹴りを食らわせる形でぶつかり、二人はもつれ合いながら転がった。
「流石ジョン。やるわね」
「これで当日も安泰そうですね」
お姉ちゃんと東郷先輩はホッとした様子で言う。でも、夏凜さんだけが違って、
「何呑気なこと言ってんのよ! 友奈の首の骨折っちゃって! 死んじゃったんじゃないの!?」
「生きてるよ」
「うわ!?」
「ジョンがそのことに配慮しないわけないでしょ。だーいじょうぶ心配ないわよ」
「そうだよー、夏凜ちゃん。人間には215本も骨があんのよ。一本くらい何よ」
「その一本が致命傷なのよ! ていうか明らかに一本以上折れてたような気がする」
しかし、友奈さんはピンピンしていた。首もきちんとすわっている。どんな魔法を使ったのやら。
でも、こんな光景見せたら良い子のみんなは怖がってしまうんじゃないかな。
そう思ったから、そのことをお姉ちゃんに訊くと、
「大丈夫よ。幼稚園の劇で普通に撃ちあいしててもみんな喜んでるじゃない」
「うーん、それもそうかなぁ」
言われてみれば、前にやった幼稚園の子たちに見せるお芝居で、友奈さん演じるダンコ大尉がモブキャラを盛大に射殺していたけど(詳しくは前作一話を見てこいカルロ)特に何も言われなかった。そもそも、必殺技のパフォーマンスが『首の骨を折る』なんていう常識的に考えてめちゃくちゃな設定な時点で問題にならなかった。
「よーし、それじゃぁみんな! 本番に向けてビシバシやっていくわよ!」
「はい!」
その日から一週間、体育館には友奈さんの首の骨が折れる(ような)音が響き続けた。
一緒に活動していたバスケ部とハンドボール部は集団でノイローゼになった。
※
そして本番当日。
ショーは屋外でやるから天気が心配だったけど、幸いにして空はまさに秋晴れといった様子で、高く澄み渡っていた。観客席はちびっ子たちでごった返しており、エンリケス仮面が根強い人気を誇っていることが窺える。
『みなさーん、こんにちわー!』
東郷先輩とお姉ちゃんが司会席から観客席に呼びかけた。ちびっ子たちはそれに元気いっぱいで答える。
『みんな元気だねー。司会のお姉さん一号、東郷美森だよー』
『同じく二号、犬吠埼風でっす!』
『今日はみんな集まってくれてありがとう! お姉さん、とっても嬉しいわ』
『でも、みんなが会いに来たのは、私達じゃないだろ~?』
お姉ちゃんのおどけた声に客席からキャハハと明るい笑いが起きる。掴みはばっちりだ。お姉ちゃんは続ける。
『それじゃ、みんなで名前を呼ぼう! せーの……』
「エンリケスかめーん!」
ちびっ子たちが叫ぶと同時、私は音響のスイッチを入れた。ゴキゲンで軽快な音楽が会場に響き渡る。そして、しばらくしない内に友奈さん扮するエンリケス仮面がステージ上に姿を現した。客席から割れんばかりの歓声が上がる。
「やぁ、良い子のみんな。今日は来てくれてありがとう!」
友奈さんお得意のイケメンボイスがスーツ内に仕込まれた小型マイクを通してハキハキと響く。ちびっ子たちは目をキラキラ輝かせて(プレデターではない)エンリケス仮面を見ている。
エンリケス仮面は客席にまんべんなく手を振ると腰に手を当てて仁王立ちしながら言った。
「実は、今日は良い子のみんなに紹介したい人がいるんだ。僕の相棒なんだけど」
この『相棒』という設定はお姉ちゃんオリジナルである。ラストでエンリケス仮面が必殺技を叩き込む時、なんの脈絡もなく大佐がステージに登壇したりしたらちびっ子諸君は混乱するに違いない。それならば、最初からステージに立たせておけばいい、というお姉ちゃんの英断の賜だ。
この相棒、皆さんは分かっていると思うけど、大佐である。
「僕の相棒、ターミネーターだ」
音響のスイッチを入れる。重厚なBGMが会場に流れ出した。
デデンデンデデン……デデンデンデデン……。
BGMと共にステージに現れたのはライダースーツで身を固め、サングラスとショットガンを装備した大佐だった。観客席からは「ひゅ~……でけぇ」という声が聞こえる。
「このターミネーターは頼れるサイボーグなんだ」
「そうだ。正確にはサイボーグ101型だ」
「人間にしか見えないでしょ? でも中身は機械なのさ」
「金属の骨格を造って、その上を生きた細胞で覆ってある」
ちびっ子たちは目をキラキラさせながら、
「すっげぇ……!」
「カッコいい……」
と口々に言っている。さすがはバル・ベルデ商店街に通うようなちびっ子。だてに末法な世界に生きているわけじゃない。
友奈さんは続けた。
「実は、今日この場所にムエタイXの怪人が現れたという情報を聞いたんだ。早く見つけて、口を縫い合わせなければならない。良い子のみんな、怪人を見なかったかい?」
「知らなーい」
と、ちびっ子たちの大合唱。
「そうか……くそぅ、怪人め、どこだ!」
友奈さんは大げさな素振で辺りをキョロキョロ見回している。すると、どこからともなくハキハキした声が響いてきた。
「ここよっ!」
そう言って、私が鳴らした壮大なBGMと共に現れたのは夏凜さん扮する怪人『にぼっしー』である。煮干しに手足が生えて二足歩行する怪人だ。煮干しの頭に当たる部分は点を向いているデザイン上、視界確保のため胸の辺りには夏凜さんの顔がある。
「現れたな怪人にぼっしー!」
「ふはは、四国中の人を煮干しで溺れさせてやるぅ」
何とも微妙な野望を抱いた怪人だ。
「そうはさせないぞ!」
「ふはは、これでも食らえエンリケス仮面。煮干しビームっ!」
夏凛さんはお辞儀するような形になって着ぐるみ煮干しの頭を友奈さんに向けた。すると、煮干しの口がパカッと開いて出汁が勢いよく噴き出した。
「うわっぷ!」
出汁は友奈さんに命中した。
「ふははは。出汁まみれになれぇ」
客席からはエンリケス仮面を応援する声援とにぼっしーへの罵声がステージへと発射されている。ちなみにこの時大佐演じるサイボーグ101型は何もせず、デデンデンデデンと友奈さんを見守っているだけだった。頼りになる相棒とは何だったのか。
『エンリケス仮面がやられちゃったわ』
『あぁ~、このままじゃ文明社会は彼女に征服されてしまいます』
司会席ではお姉ちゃんと東郷先輩が残念そうな声を上げている。それを聞いてか、客席からの応援の声はますます勢いを増した。
「やめろにぼっしー! ぶっ飛ばすぞ~」
「ふははは、やれるものならやってみなさい」
『みんな、エンリケス仮面を応援してあげて!』
東郷先輩がマイクに叫ぶ。それに併せて私も熱いBGMを流した。すると客席のボルテージはみるみる上がっていき、会場は熱気と出汁の香りに包まれた。
「うおおおおおお!」
「ぐはぁ!」
友奈さんは出汁攻撃をものともせず駆け出して、にぼっしーに体当たりをかました。
そこから数分間、二人は熱い戦いを繰り広げた。かたや大赦で訓練を受けてきたプロ、かたや武術の達人、その二人の演じる戦闘シーンともなれば、迫力満点なものになるのは必然といってよかった。ちなみに大佐はその間ずっとステージ脇でデデンデンデデンと立っていた。
そしてステージはついにクライマックス。よれよれになったにぼっしーに、エンリケス仮面が必殺技をお見舞いするのだ。
「いくぞにぼっしー! 受けてみろ、私の必殺技!」
友奈さんがそう言うや先ほどまで微塵も動かなかった大佐がシュワッと友奈さんの隣に移動して、頭を抱え込むと思いっきりゴキリと捻りあげた。そしてその勢いを利用して友奈さんの身体をにぼっしーに向けて放り投げた。
友奈さんの身体はちょうど跳び蹴りをする形で夏凜さんにぶち当たった。
「グッハアァァァ!」
夏凜さんは断末魔の絶叫と共にもんどりうって倒れた。一瞬、会場が静寂に包まれる。
『エンリケス仮面の首折バル・ベルデ蹴りが決まりました! 正義の勝利です! ばんざーい!』
東郷先輩の声にちびっ子たちは大いに反応してくれて、万歳三唱を始めた。
「ばんざーい!」「ばんざーい!」「アメリカばんざーい!」
そして、万歳三唱が落ち着くと客席からは拍手喝さいの嵐がステージに贈られた。その拍手に、大佐は諸手を振って答えた。
「はっはっは、ありがとう。いや、ありがとう」
友奈さんと夏凜さんはその時ステージの隅で目を回していた。
※
数日後、勇者部に大きな段ボール箱が届けられた。中身は子供たちからの大量のファンレターで、たどたどしくも元気いっぱいな絵や文字が描かれていた
「それにしても、ファンレターがジョン宛ばっかりね」
集計してみると、七割が大佐宛て、二割が友奈さん宛て、一割が東郷先輩とお姉ちゃん宛てだった。友奈さん充てや司会二人組充てのものは無難ながらも嬉しいことが書いてあったんだけど、大佐宛ての内容はバラエティに富んでいた。例を挙げると、
「ぼくもあんなマッチョになりたい」
みたいな男の子のロマン的なものから、
「すてき。だいて」
みたいな男にだらしのないヴァカ女のものとか色々。
しかし、ステージで友奈さんの次に身体を張っていた夏凜さんには一通もなかった。
「なんで大佐にあって私に無いのよ!」
「怪人にファンレターを書く酔狂なちびっこなんていないわよ」
「だってだって、樹にもあったのよ!? もらってないの私だけじゃない」
私宛ても一通だけあった。素晴らしい音響でしたという内容で、中々目の付け所がシャープなちびっ子もいるもんだと感心した。
「怪人はそういう運命なのよ。諦めな」
「ぐぬぬ」
お姉ちゃんが夏凜さんの肩をポンと叩く。すると、その時友奈さんが、
「ねぇ、夏凜ちゃん!」
「何よ」
「夏凜ちゃん宛てのがあったよ!」
「なんですって!? ちょっとよこしなさい!」
夏凜さんは友奈さんの手からファンレターをひったくって読み始めた。そして、「ふぉおぉおおおお!」と大歓声を上げた。
「そうよねそうよね! やっぱりわかる人にはわかるのよね! 私のアクションの良さがっ!」
私は喜び震える夏凜さんの後ろに回ってファンレターを覗きこんだ。そこには夏凜さんの演技の素晴らしさが綴られた可愛らしい色文字が並んでいた。でも、この字は……。
「この字って……むぐ」
友奈さんが私の口にそっと人差し指を当てて口を塞いだ。
「余計なことを言うと口を縫い合わすぞ」
最近の友奈さん、キツイや……。
最初、怪人を『レンタルビデオ男』にしようと思ったけどネタが分かりにくいうえにコマンドー関係ないのでやめました。