ジョン・メイトリックスは勇者部所属   作:乾操

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2・カメレオンみたい……

 部活の時間、私達勇者部は体操着に着替えてグラウンドの隅に立っていた。周りではサッカー部と野球部の声が朗々と響き渡っている。

 勇者部をグラウンドに集めたのは夏凜さんだ。どうやら、何か企んでいるらしい。

「いったい何が始まるんです?」

 私は訊いた。すると、横からお姉ちゃんが、

「第三次大戦だ! ……なんちゃってー」

「あっ、それ昨日テレビでやってた筋肉モリモリマッチョマンの映画ですよねー」

 友奈さんも反応する。昨日の映画は最高に面白かった。あれほどの名作にはそうそう出会えるものではない。そんな素晴らしい作品が今、従来の吹き替えに加え、完全新規吹き替えを収録した数量限定ディレクターズ・カット版ブルーレイディスクとして好評発売中だ。パッケージは豪華スチールブック仕様で、吹き替え声優インタビューも付いてくる。さらに、この吹き替えシリーズの商品を併せて購入すると抽選で名言集カレンダーと、運が良ければ新録版吹き替え台本までもがもらえるらしい。

 コイツは最高の商品だ、買わない手はない。

「それって洋画?」

「はい。東郷先輩は見なかったんですか?」

「ええ。もっぱら邦画ばかりで」

「面白かったんですよ。なんか他人事と思えない映画で」

 私達は一斉に大佐を注視した。体操服が筋肉ではち切れそうな大佐は、私達が注視するのに気付いて、「なんだよ」といった表情を見せた。

「……とにかく、アンタ達はたるんでるのよ! いつバーテックスが来るか分かんないのよ!?」

「まぁまぁ夏凜。イライラしちゃって働き過ぎィ?」

「そうだよ夏凜ちゃん。カルシウムでも摂ってリラックスしな」

「ふざけないで!」 

 ふむ、マジで怒ってるな? 

 夏凜さんはフンヌと息巻いた。

「いい? 私は本気(マジ)よ。今日はアンタ達をビシバシ鍛えてやるわ。特訓よ!」 

 え~……季節はもう夏に入ろうとしてるのに外で特訓とか、チョー最悪だ。カンボジアが天国に思える。

「特訓? なんだか楽しそう! 私走るの好きだよー!」

「そいつはいい。トレーニングへの『熱い情熱』を決して失わないことが成功への最大の条件だともいう」

 友奈さんと大佐はノリノリだ。さすが勇者部筋肉三人組の二人。腕力になら一応の自信があるらしい東郷先輩も、

「私も第五匍匐前進なら腕だけでどこまでもいけるけど……」

 東郷先輩が地面を這いずりまわってる姿に若干の興味が沸くけど、やるとなると話は別だ。

「ていうか、こう言うのは部長たる私が決めるのよ。でも、夏凜のいうのもまぁもっともな話よね」

 夏凜さんの案に一応の同意を見せたお姉ちゃん。だけど、単に訓練するだけなことをこの人が認めるはずもない。

「そうでしょ? だから、私が教官となって——」

「だから、勇者部それぞれの個性を出すべく、交代で教官役をしよう!」

「…………は?」

 唖然とする夏凜さん。そんな彼女を他所に勇者部一同は大いに盛り上がった。

「なんか良く分かんないけど面白そう!」

「興味深いですね」

「筋肉だ」

 要は、みんなそれぞれ好きな事すればいいということだ。その間は、みんなもそれに従うと。なるほど、確かに面白そう。

「…………」

「夏凜ったら何しょぼくれてんのよ。言いだしっぺだから、最初に教官役やらせてあげるわよ」

「……! そ、そう!? いいの?」

 嬉しそうに頬を綻ばせる夏凜さん。先輩にこう言うのも何だけど、可愛い。

「一同傾注! これより、夏凜教官主導の訓練を開始する!」

「はーい!」

お姉ちゃんの号令の下、私達は一列に並んで夏凜さんを見据えた。当の本人は若干困惑してたけど、すぐに気を取り直して、鬼教官モードに入った。

「ビシバシ鍛えていくわよ! まずは口からクソ垂れる前と後に『マム』を付けろ! 分かったかウジ虫ども!」

「まむ、いえす、まむ!」

「ふざけるな! 大声出せ!」

「マム、イエス、マム!」

「もっとネイティブに!」

「Ma'am Yes Ma'am!」

 恐ろしい。まさか夏凜教官がここまでガチ系だとは思わなかった。大佐なんか「良いぞ海兵隊!」なんて喚いてるし、友奈さんはヘラヘラしてるし、お姉ちゃんは突如ドーナッツを取り出して微笑みデブごっこ始めるし。

 こんな中、東郷先輩だけが、

「こんなの勇者部じゃないわ! ただのブートキャンプよ!」

と珍しく文句を言っていた。とにかく、今日は動きたくないらしい。対して、夏凜軍曹は容赦と言う言葉を知らない。

「だったら鍛えればいいだろ! さぁ東郷も声だせ!」

 でも、夏凜さんの天下はそこまでだった。

「はーいしゅ~りょ~。次は東郷ねー」

「んなっ!?」

 お姉ちゃんの号令によって夏凜さんの教官タイムは幕を閉じた。これからは東郷先輩の時代である。どうやら東郷先輩はそんなに動き回りたくないらしいし、これは楽なの期待できそう。

「うーむ……。はい、決まりました。では、私の話を聞いてください」

 どうやら訓示系らしい。これは楽そう。

「——お前らは女や子供たちを殺したんだ。我々の町に空からうどんをばら撒いた。そのお前らが我々を『テロリスト』と呼ぶぅ!! 」

 なんか始まった。

「友奈さん、東郷先輩何言ってるんですか?」

「えっ、分かるわけないじゃん」

「ですよね」

 東郷先輩の演説が響く。

「瀬戸内海全域から全ての軍隊を撤退させろ。即刻ぅ! そして永遠になぁ!」

「いやさ、東郷。もうわけわかんないから」

「これだからテロリストは気に食わねぇんだ」

 お姉ちゃんと大佐に止められて東郷先輩の演説は終わりを告げた。

 続いては私が教官役。

「えっと、発声練習しましょう!」

「発声練習?」

 夏凜さんが舐めくさった声を上げる。おっと、発声練習を舐めんじゃねぇよ。

「結構体力使うんですよ」

「えー? そうかしら。声を出すだけでしょ?」

「じゃぁそう言う夏凜さん、とりあえず『あー』と声を出してみてください」

「分かったわ。あー」

 まったく、夏凜さんったらさっき散々声張れだの喚いてたくせにいざ発声練習となるとただのカカシですな。全くお笑いだ。劇団員が見たら、奴らも笑うでしょう。

「もっとお腹から声を出してください」

「あー!」

「ダメですよ、そんなじゃ喉潰れちゃいます」

 喉で無理やり声を出すと喉を傷つけちゃう。下手すると喀血するよマジで。

「横隔膜を張る感じです。ほら、やってみますから私のお腹を挟みこむように触ってみてください」

 あー、と声を出した。私のお腹を触る夏凜さんは「オォウ……」とおもしろい声を上げた。

「こら夏凜! 人の妹の腹に濫りに触るな。ジョンの腹触ってなさい。アイツも腹式発声出来るから」

 お姉ちゃんが大佐に振ると、大佐は何故か上半身裸になり、これまた何故か全身に泥を塗りたくり、またまた何故か近くにあった大きな木の上にスルスルと登って、太い枝の上に立ち、力の限り叫んだ。

「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

「ね?」

「色々突っ込みたいところがあるんだけど」

「泥を塗るのはプレデターに探知されないようにだね」

「その通りよ友奈ちゃん」

「いや、私が言いたいのは……はぁ、もういい」

 夏凜さんは呆れかえっていた。

 次の教官役は木の上にいる大佐だ。大佐は飛び降りて、身体についた泥を拭い取った。

「で、ジョン。何すんの?」

「筋トレだ。腕立てを百回」

「ひゃっ!?」

 お姉ちゃんが変な声を上げる。私も同様だ。か弱い女の子に腕立て百回なんて、あまりにも過酷に思える。勇者部の一応筋肉要員である夏凜さんと友奈さんもウーンと言っている。私達女子の中で余裕なのは車椅子生活であるが故に腕力のある東郷先輩くらいなものだ。

「あ、あのさジョン。さすがにいきなり百回は、無理かな~……」

「いつも平気でやってることだろうが!」

「やってねぇよ!」

 でも、教官の言う事には従うこと……そう言ったのは、他ならぬお姉ちゃんだ。我が姉ながら、余計なことを言ってくれたものだ。

「やるんだ」

 大佐の鋭い眼光が私達の身体を射抜く。なんか筋トレになった瞬間大佐の目の色が変わった気がする。

 まぁ考えてみれば、あの体つきは見るからに筋トレ大好き人間のものだ。なんか讃州中ボディビル部の名誉部員らしいし、筋トレに命かけてるんだろう。

 私達はしぶしぶ地面に身体を伏せた。

「よし行くぞ! イーチ……」

 大佐が数を数えはじめた、その時。

 グラウンドの隅に固めておいた私達の鞄。その中にしまわれていたスマートフォンが、けたたましく鳴り響いた。

「!?」

 辺りを見回すと、野球部やサッカー部の人たちがぴたりと止まっていた。ボールも空中で止まっている。そよいでいたはずの風も、いつの間にか無くなっていた。

「これは……」

「樹海化ね……」

 樹海化……それは、四国全体が神樹様の作りだした結界に包まれるという事。私達はその結界の中で人類の敵『バーテックス』と戦い、そいつが神樹様にたどり着く前に、倒さなければならない。倒さないと、人類が滅びる。『審判の日』的なものが来る。

「とりあえず、筋トレどころじゃないわね……」

 お姉ちゃんが真剣な面持ちで言う。でも、腕立て百回から解放されたという喜びを隠しきれていなかった。

 

 

 

 

 樹海化と同時、私達は『勇者(コマンドー)』に変身した。変身すればそれぞれ個性的な武器が使えるようになる。具体的には、私は変幻自在なワイヤーが武器で、お姉ちゃんは身長ほどもある大剣、友奈さんは籠手、東郷先輩は銃、夏凜さんは刀、大佐は筋肉だ。もっとも、お姉ちゃん曰く大佐のそれは『勇者(コマンドー)システム』とは若干違うものらしいけど。

 私達が変身し終わるのと大佐がデエェェェェェェエンと武装し終わるのは一緒。大佐はマシンガンを構えながら、

「さぁ、敵はどこだ」

 筋トレを中断されたことが気に入らないらしい。さっきまでの大佐は確か筋肉を高める人の顔をしてた。今の大佐は全く違う顔をしてる。 

 私達が変身し終わったと同時、向うからバーテックスの放つカカシ……『星屑』の大軍が殺到してきた。クラゲのようなものからクモのようなモノまで色々で何ともまぁキモイ。

「お前らみんな死ねぃ!」

 大佐の弾幕が炸裂した。

 バーテックスに通常兵器は通用しない。それでも大佐の機銃弾が通用するのはひとえに筋肉の賜だ。大佐曰く、筋肉は万能なのだ。

「やることが派手だねぇ」

 お姉ちゃんが感心した様子で呟く。大佐の強みは扱う武器の多様さ。

「武器は一体どこから取り出しているんだ」

とか

「弾切れしないのか」

とかまぁ色んな疑問があるけれども、それもこれも全て『筋肉のおかげ』でかたが付く。ツッコミを入れようものなら、ある朝目覚めるとベッド脇のコップの中に大事なタマタマが浮かぶことになる。忘れないことだ。

 そんなことはさておき、大佐の弾幕のおかげで飛来した星屑たちは文字通り星屑同然になった。

「大気圏で燃え尽きてろ」

「やるわね。さぁ~、私たちも負けてらんないわよ!」

 お姉ちゃんが大剣を構えながら意気込む。私たちもそれぞれ得物を構えたりした。

「あっ」

 と、そんな時、友奈さんが何かに気付いたような声を上げた。

「ちょっと友奈、人が折角やる気満々になってるのに——」

「あそこ」

 友奈さんが指さす方向、そこでは大きなバーテックスが自分の身体を軋ませながらこっちへゆっくりと近づいてくる姿が見えた。

「そうねバーテックスね。だから、あれを倒すのよ!」

「違います! その手前ですよ」

 私達はグッと目を凝らした。

 確かに友奈さんの言う通り、バーテックスから数十メートルほど離れた場所に女の子らしき人影があるのが見えた。何かの間違いかと思って目をこすってみたけど間違いなくそこにいる。バーテックスはゆっくりではあるけどこちらに向かっている。女の子が立っているのはその進路上。このまま行けば……。

「間違いなく死ぬわね」

 お姉ちゃんが眉間にしわを寄せる。

「お姉ちゃん、あの子なんで逃げないのかな」

「腰を抜かして動けなくなっているのかも……東郷、援護して! 私達はあの子の場所へ行くわよ!」

「了解!」

 指示に従って跳び上がる。

 勇者(コマンドー)に変身することで私達の身体能力は数倍にも上がる。思いっきりジャンプしたら十数メートル、いや、数十メートルの高さまで跳べるし、それを利用して素早く移動することもできる。

 そんな私達の上を大佐が飛んでいった。

「行くぞ! ターボタイム!」

 大佐の移動速度は私たち以上で、本気を出したら音速を越えられるとも噂されている。

「相変わらず速いわね」

 夏凜さんがどことなく悔し気に言った。夏凜さんの勇者(コマンドー)としての長所の一つが『機動性』らしい。図体に似合わず自分より高速移動する大佐にちょっとジェラシーを感じているようだ。

「あの筋肉じゃしょうがないわよ」

「そうだよ夏凜ちゃん」

「分かってるわよそんなこと。なんか釈然としないけど」

 筋肉さえあれば物理法則の壁なんて余裕で超えられる。これは常識だから。

 戦闘時の長距離会話はスマホ(スマートフォンの略。断じてスマッチョフォンの略ではない)を使う。お姉ちゃんは大佐に女の子の安否を確かめるべく電話をかけた。

「コマンドー、繰り返しますコマンドー。こちら部長の風よ。女の子は? ……なにィ!? 見失ったァ!?」

 お姉ちゃんが目をひん剥いて電話口に吠える。どうしたんだろう、もしかしてバーテックスに食べられたのかな? 私たちもスマホを取り出して回線につなぐ。

「突然消えた? どういうことよ」

『そのままの意味だ。消えたんだよ。スッと』

「バカ言ってんじゃないわよ」

「消えた子はもういいから、バーテックスを倒すのが先決よ風」

 夏凜さんが刀を振り回しながら言う。確かに、女の子が『消えた』のなら一応無事とも取れる。ともなれば、目の前の敵に対応すべきだ。

「それもそうね……よし、勇者部一同、親玉のバーテックスを殲滅するわよ!」

「了解」

 

 

 バーテックス自体は割かしあっさり倒すことが出来た。

 戦いの後、夕暮れに染まる部室。私達の話題は例の女の子のことで持ちきりだった。

 『樹海』は神樹様の作り出した結界で、そこで戦えるのは神樹様から力を分けてもらっている私達『勇者(コマンドー)』だけ。でも、夏凜さんが言うには、私達以外には勇者(コマンドー)は存在しないらしい。

 あの子は、いったい何者なのか。

 そんな私達の疑問に『勇者部の筋肉』ことジョン・メイトリクス大佐が一つの答えを出した。

「奴はプレデターだ」

 なるほど、あの女の子の正体がプレデターなら突然姿を消したことの説明もできる。あの女の子は宇宙から飛来した戦士なんだ。

「アイツがプレデターという事は、いずれ戦うことになるわね……」

 夕日に照らされながら夏凜さんが深刻そうに言う。私たちも無言でそれに頷いた。

 でも、この時私達は気付いていなかった。この予想が、大きな間違いだということに。

 




とりあえず連投になりましたが、以降間隔は広めです。

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