Fleet Is Not Your Collection   作:萩鷲

6 / 7
シーンの切れ目が気に入らなかったので、前話と結合しました。
既存の部分はほぼ変わってないです。


03-3

「――金剛さんがやられましたね」

 

 ――吹雪は、少しだけ意外そうな表情で、しかし淡々と言う。

 

「だから言ったでしょ? 幾ら金剛さんが、単純な戦闘力ではボクらの中でも一番だからって、一人は無茶だって」

 

 キュロットスカートが似合う、ボーイッシュな容姿の艦娘が、やや呆れた様子で言う。航空巡洋艦の、最上だ。

 

「もがみんの言う通りですわ。吹雪さん、流石に彼女達を見くびり過ぎでは無くて?」

 

 どこか上品な気配を感じさせる、おさげの艦娘――最上と同型艦の三隈も、吹雪に苦言を呈した。

 

「適切なハンデだと思いますよ? 事実、向こうは二隻落ちましたから。質は勿論、数でもこちらが上回っている状況です」

「そうは言ってもね……秋月ちゃんもほら、何か言ってやってよ」

「――え、あ、秋月が、ですか?」

 

 最上に声をかけられた、駆逐艦娘――秋月は、やや動揺したような反応を示す。

 

「そう言われても、ええと……ふ、吹雪先輩? お二人ともこう仰られていますし、もう少し本気で行くべきじゃないでしょうか」

「……言われなくても、そのつもりですよ」

 

 言って、吹雪は最上と三隈を見る。

 

「最上さん、三隈さん。次鋒を頼みます」

「オッケー。でも、さすがに空母二隻分の航空隊相手じゃ、ボクらの本領は発揮出来ないよ?」

「分かっていますよ。加賀さんにも、そろそろ動いて貰いますから」

「なら、大丈夫ね」

 

 満足気に、二人は小さく頷く。

 

「じゃあ――行こっか、くまりんこ」

「ええ、もがみん」

 

 そうして、主機を起動し――向かい来る長月達の迎撃へと、出陣した。

 

「――敵影なし、だな」

 

 ――その一方で、長月達。

 

「向こうは五隻、こっちは四隻、その上個人個人の練度も間違いなく向こうが上――か」

「……悪い状況だぴょん」

 

 そう呟く卯月の表情は、流石にどこか憂鬱げだった。

 

『――ま、正直言うて、予想の範疇やな』

 

 無線機から、龍驤の声が響く。

 

『見栄張ったり、しょーもない嘘を言うような奴にゃ見えんかったしな、あの吹雪は』

「同感だ。実際、さっきの戦艦金剛にしても、演習という形だったから勝てたとしか言いようがない。もしも本気の戦争だったら、私達四隻などは容易に退けただろう。そもそも、一隻しか前に出て来なかった時点で、私達にはその程度が適正だと判断したという事だろうし――事実、現状を鑑みるに、その判断は正しかったとしか言えない」

『……せやなあ』

 

 小さく、溜息を吐く。勝利のビジョンは、殆ど見えてこない。

 

『――でも』

 

 ――しかし。

 

『目に物見せてやりたいのよ、あの生意気な駆逐艦に』

 

 それでも、瑞鳳はまだ、闘志を失っていない。

 

「なら――航空支援、しっかり頼むぞ。どうせ負けても何もないが、わざわざ負ける趣味もない」

「確かに、出来るなら勝ちたいぴょん」

『……ま、幾ら事実いうても、癪に触る物言いだったんは確かや』

 

 そして、残る三人も。

 

「皐月と菊月の分も、私達で頑張らないとな――と」

 

 ――電探に反応有り。二隻の、重巡クラスだ。更に、艦載機の反応も多数有る。

 

「龍驤さん、瑞鳳」

『ああ、分かった。敵やな』

『空の方は、任せといてね』

 

 二人の返事を聞いてから、卯月の方を見る。視線が合い、お互いに小さく頷いた。

 

「――長月! 突撃する!」

 

 一気に、航行速度を上げる。電探の反応は、みるみる近付き――

 

「――見えたぞ!」

 

 最上と三隈の姿と、彼女らの頭上の艦載機が、二人の視界に入るまで、そう時間は掛からなかった。

 

『さぁて――艦載機のみんなぁ! お仕事、お仕事ぉ!』

『航空母艦、瑞鳳――推して参ります!』

 

 艦載機越しに状況を確認した空母二人が、相手の艦載機に向けて艦戦を突撃させる。

 

「来たね――加賀さん!」

『分かっているわ。貴方達は、自分の仕事に集中しなさい』

 

 相手の艦戦も、同じく速度を上げ――航空隊同士のドッグファイトが、開始された。

 

「――そして、砲撃戦です! みっ……クマ!」

 

 ――勿論、主役はあくまで、長月に卯月、最上に三隈の四隻だ。

 

「くまりんこ!」

「ええ、もがみん!」

 

 最上と三隈は、長月達を砲撃で牽制しつつ、“航空甲板”が装備された左腕を、前方に突き出す。

 

「――晴嵐!」

 

 ――彼女ら二隻は、航空巡洋艦と呼称される、水上機運用能力を高めた重巡洋艦だ。無論、搭載数は水上機母艦や空母に遠く及ばないが、重巡洋艦としての戦闘能力をほぼそのままに、高性能な水上機を多数運用出来るが故に、万能性は高い。

 

「さあ、もがみんと三隈の立体的な航空砲雷撃戦、開始しますわ!」

「重巡洋艦が、水上爆撃機――航空巡洋艦か!」

 

 龍驤と瑞鳳の航空隊は、加賀の艦載機の相手をするので手一杯だ。最上と三隈の放つ水上機には、長月と卯月の二人で対応する他に無い。しかし、対空射撃をしながら砲雷撃戦を試みるのは、非常に困難である。丁度、先程の金剛の様に。まして、搭載火器の少ない駆逐艦では、ほぼ不可能と言っても過言では無いだろう。

 

「――卯月!」

「ぴょん!」

 

 ――“なら、最初からそんなこと、しなければ良い”。

 

「――突撃する! 我に続けぇ!」

「――睦月型の、本当の力ぁ!」

 

 二人は頭上の水上機を無視し、最上と三隈だけを見据え、一直線に突撃する。

 

「へぇ、そう来るか――けどっ!」

「簡単には、やらせませんわ!」

 

 航巡二隻は、二人との距離を保つべく後退しつつ、水上機による爆撃と主砲の砲撃を豪雨の様に降らせ続ける。

 

「怯むなよ、卯月!」

「言われなくても、ぴょん!」

 

 一発でも当たれば、それで終わり。だが、駆逐艦にとって、一発の被弾が命取りになるのは、普段だって同じだ。別段、特別なことではない。

 

「――射程圏内、入ったっ!」

 

 ――砲雷撃戦に持ち込める距離に、入ってさえしまえば。小回りが利く分、戦艦や重巡洋艦よりも、駆逐艦の方が有利とすら言える。

 

「砲雷撃戦、用意!」

「撃ぅてぇー、撃ぅてぇーい!」

 

 吹雪が、そのことを意図してルールを設定したのかどうかは、分からない。確かなのは、被弾即戦闘不能という条件は、駆逐艦に対する航空巡洋艦のアドバンテージから、装甲と火力という二つの項目を失わせたということだ。そして、それはそのまま戦艦にも当てはまることで、だからこそ、金剛は敗北したわけだが――しかし、先程の四対一、空母も含めれば六対一だった状況と違い、今回は二対二だ。更に言えば、航空巡洋艦は戦艦よりは小回りが利くし、水上爆撃機も運用出来る。少なくとも、金剛相手の時よりは、長月達の優位性は大きく減っている。良く言って、対等程度。

 

「中々やるけど、そのくらいじゃ――」

 

 ――つまり。

 

『――なら、このくらいならどないや?』

 

 多少の状況変化でも、均衡が崩れるということだ。

 

「敵艦載機――っ⁉︎」

 

 最上と三隈は慌てて対空射撃の構えを取るが、遅い。至近距離から、艦攻隊が航空魚雷を投下する。

 

「航空支援、感謝する!」

「龍驤さん、ナイスアシストぴょん!」

 

 そこに、長月と卯月も、同時攻撃を加え――

 

「くっそぉ……いったたた……」

「ああ、くまりんこのお洋服が……」

 

 ――回避が間に合わなくなった二人は、仲良く塗料塗れになった。

 

「……ちょっと、どういうことさ加賀さん。なんで、向こうの艦載機が」

『撃ち洩らしたわ。ごめんなさい』

「すぐに言ってよ!」

 

 塗料を滴らせながら、最上が抗議する。

 

「とは言え……負けは負け、か。慢心が無かったかと訊かれると、素直には肯けないし、うん。良い機会だったかもしれないね」

 

 しかし、それ以上の追及はせず、素直に負けを認めた。

 

「戻ろっか、くまりんこ」

「ですね、もがみん。……ああ、早くシャワーを浴びたいですわ」

 

 そして、二人とも踵を返し、トラック泊地へと引き返して行く。

 

「……なんとか、なったぴょん」

「とはいえ、龍驤さんの援護が無かったら、勝つのは難しかっただろうな」

「違いないぴょん……と、そだ、今のうちに、龍驤さん達の手助けを――」

 

 言いながら、卯月は主砲を未だ航空戦が繰り広げられる上空に向け――

 

「――っ、避けろっ!」

 

 ――直後、長月が叫んだ。 

 

「――うびゃぁ!?」

 

 だが、時既に遅し。静かに接近していた魚雷を、卯月はもろに喰らう。

 

「くっ――」

 

 電探を確認する。反応は四つ。うち二つは、最上と三隈だ。もう二つは駆逐艦で、恐らく魚雷を放った張本人だろうが――かなり距離がある。確かに、魚雷は最大射程は長い。とは言え、精度は決して高いとは言えず、誘導装置の類なども無い。超長距離から命中させるのは、相当な難易度のはずだ。しかし、相手はそれをやってのけた。

 

「――北東に駆逐艦二隻! 航空支援を求む!」

 

 ――そんな相手、一対二どころか、一対一でも勝つのは難しい。二人に、頼るしかない。

 

『よし来た! 今ちょうど、相手の艦戦を振り切ったとこや!』

『ここまで来たら、勝つわよ!』

 

 龍驤と瑞鳳が、二隻の駆逐艦目掛けて、攻撃隊を突撃させる。

 

「――秋月ちゃん」

「はい、心得ています、吹雪先輩」

 

 ――迫り来る攻撃隊に、秋月は照準を定める。

 

「この秋月が健在な限り! やらせはしません!」

 

 雄叫びと同時に、秋月の艤装の至る所に針鼠の様に乱立した高角砲と対空機銃とが、一斉に火を吹き、弾幕を展開した。

 

「――な、なんや、この弾幕は⁉︎」

「回避――駄目、逃げ場が!」

 

 ――慌てて攻撃隊を散開させる二人だったが、極めて広範囲に、高密度の弾幕を、それも一瞬で張られてしまえば、対処のしようなどあるはずも無く。

 

「――秋月、艦隊をお守りしました!」

 

 誇らしげに胸を張る秋月の視線の先には、被弾判定を受け不時着した艦載機のみが在った。

 

「……くそっ」

 

 小さく呟いて、長月は足を止める。頼みの綱の航空支援は失敗に終わった以上、突撃しても無残に返り討ちにあうだろうことは、火を見るよりも明らかだ。

 

『――聞こえていますか、駆逐艦長月、空母龍驤、空母瑞鳳』

 

 直後、無線越しに吹雪の声が響く。

 

「ああ、聞こえている」

『ばっちり、な』

『……何よ、降伏勧告?』

 

 長月は、いつもの調子で返事をするが――龍驤の声色には僅かに落胆の色が混じっており、瑞鳳に関しては、気に入らないという気持ちが分かりやすく込められている。

 

『違います。確かに、このまま戦闘を続ければ私達の勝利は確実でしょう。私達の存在は元より、加賀さんも半分以上の艦載機を発艦させずに温存していますし』

『あれで手加減しとったんかいな……』

 

 更に気落ちした様子で、龍驤はぼやく。五割以下の力しか使っていない相手に、二人掛かりでようやく拮抗状態だったなどと明かされてしまえば、無理も無い。

 

『しかし。この演習はあくまで、お互いの能力を確認する為のもののはずです。確かに、金剛さん、最上さんに三隈さん、加賀さんに秋月ちゃんの実力は、概ね分かっていただけたと思います。とは言えど――この私、駆逐艦吹雪の実力は。まだ、貴方達には殆ど伝わっていませんよね? 魚雷を一回投射しただけですし』

「……さっきの魚雷か。しかし、あれだけの長距離雷撃が出来るという時点で、実力は概ね察せるぞ」

『それはどうも。ですが――』

 

 吹雪は、わざとらしく一拍置いて。

 

『――駆逐艦の華は、近距離での白兵戦。そうは思いませんか? 駆逐艦、長月』

 

 ――それから、数分後。長月と吹雪は、演習海域の一角で相対していた。両者の距離は、おおよそ五メートル。当然、主砲も魚雷も射程圏内だ。

 お互い無言のまま、相手の出方を窺うように、睨み合い――

 

「――撃ち方始め!」

 

 ――先に動いたのは、吹雪だった。主砲を長月に向け、躊躇なく連射する。

 

「――砲雷撃戦、開始!」

 

 長月は勢いよく後進して砲弾を回避し、負けじと主砲を放って応戦する。

 

「狙いが甘い!」

 

 しかし、吹雪は砲撃に合わせ数歩ステップを踏むことで、次々に回避してみせる。

 

「照準が合っていれば良いというものでは、無いですよ!」

 

 最後の砲弾を回避すると同時に、魚雷を放つ。放射状の軌跡を描き迫る魚雷が、長月の逃げ場を奪う。

 

「知っているさ、そのくらいは!」

 

 海中に向けて砲撃し、自身に命中する前に、魚雷を爆散させる。吹雪と長月の間に、大きな水柱が立った。

 

「つまり――こうだろう!」

 

 水柱の向こうの吹雪の位置と、吹雪が回避する先であろう位置を予測し、それぞれ砲撃する。

 

「――残念、外れです」

 

 しかし、吹雪は予想に反し――

 

「――水柱を突き破ってくるとは、なぁっ!」

 

 不意を突かれ、優位を許す。向こうはもう攻撃態勢だ、迎撃は間に合わない。距離が近過ぎる、回避も間に合わない。

 

「貰った!」

 

 ほぼ勝利を確信した吹雪が、引き鉄を――

 

「――せいっ!」

 

 ――引く、直前。長月は、自身に突き付けられた吹雪の主砲の砲身を、素手で掴んだ。

 

「っ――⁉︎」

 

 そのまま、力尽くで自分から照準を逸らす。放たれた砲弾は、明後日の方へと飛んで行った。さすがの吹雪も、僅かながらに動揺の色を顔に出す。そんな様子を気にした風も無く、長月は吹雪の顔面に主砲を突きつけ――

 

「――なるほど」

 

 ――吹雪の回し蹴りが、長月の脇腹に刺さった。

 

「か、はっ――」

「鬼殺しは、まぐれでは無いようですね。反応速度、射撃精度、そして何より咄嗟の機転、とても素晴らしいです」

 

 続けざまに、胸部に掌底。小さく呻き声を上げて、長月はその場に崩れ落ちた。

 

「しかし。貴方には重要な物が欠けています。とても、重要な物が」

 

 解放された主砲を、構え直す吹雪。

 

「それは――貪欲さ。勝利を求める、生を渇望する、必死さ。そういった物が、貴方からは感じられない」

 

 ゆっくりと、長月の頭部に、砲身を突き付ける。

 

「まるで、ロボットか何かと戦っているようでしたよ。手強いことは手強いですが、脅威かと問われれば、まるっきり。現に貴方からは、こうやって一方的に痛め付けられた現状でさえ、怒りも憎しみも憤りも感じられない。本当に貴方は――()()()()だ」

 

 ――そして。

 

()()()()()

 

 長月の魚雷発射管から、一斉に魚雷が放たれた。

 

「――そうですか」

 

 完全な、不意打ち。それでも、吹雪はひらりと宙返りをして回避してみせた。

 

「知っているから、分かっているから、私は!」

()()()()()()

 

 先程までとは比べ物にならない早業で、吹雪は主砲を放つ。砲弾は、長月の主砲の先端を掠め、手から叩き落とした。結局のところ、吹雪も最初から手加減していたのだ。

 

「貴方の事情なんて、知ったことじゃないですよ。駆逐艦長月――いえ、長岡つみき」

 

 真っ直ぐに、吹雪は主砲を構える。

 

「私が言いたいのは、伝えたいのは、一つだけです」

 

 もう、長月に、抵抗の意思はなかった。

 

「そのままでは――貴方は、近い内に死にます」

 

 ――放たれた砲弾が、身体に直撃する。萌黄色の髪と、黒い制服が、明るい桃色に染まった。

 

「……そう、か」

 

 しかし、それを気にした風もなく、長月は小さく呟く。

 

「死にたいなら、勝手にしてください」

 

 吹雪は踵を返し、待機している加賀と秋月の方へと向かおうとする。

 

「――死にたく、ないなら?」

 

 その背中に、長月が、問いを投げかけた。

 

「死にたく、ないんですか?」

「……分からない」

 

 振り返らず、問い返した吹雪に、曖昧な答えを返す。

 

「なら、まずははっきりと。()()()()と、そう思えるようになってください」

 

 そう答え、吹雪は今度こそ、二人の方へと向かった。

 ――長月は、龍驤と瑞鳳が迎えに来るまで、その場でしばし、佇んでいた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。