Fleet Is Not Your Collection   作:萩鷲

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03-1

 ――目を覚まし、身体を起こす。今は何時だろうと、枕元の時計を見る。

 

「ヒト、マル、ヒト――って、完全に寝坊じゃない!」

 

 いつもなら起こしに来てくれる同僚は、何故だか今日は起こしてくれなかったらしい。

 

「……今日は別に、寝坊しても困んないんだけどさ」

 

 私は今日、この泊地を去る。かねてから希望していた本土への転属が実現したのだ。だから、今日は出撃予定等は入っていない。迎えが来るまで、自由時間だ。もしかすると、気を遣って寝かせておいてくれたのかもしれない。

 ――だからって、寝坊はしたくなかったんだけどなあ。一回生活リズム崩れると、元に戻すの大変だし。でも、過ぎちゃったことはどうしようも無いか。それよりも、丁度お昼時だし、ご飯でも食べに行きましょ、うん。

 そんな風に考えつつベッドから降り、部屋に備え付けの洗面台で顔を洗って、制服に着替えて廊下に出る。

 ――寮の廊下は、やけに静かだった。昼間だし、皆自室に居ないんだろう。私はそのくらいに考えて、一階まで降りる。食堂は基地の方にあるから、一度外に出なくちゃいけない。

 そうして、私は寮を出て――

 

「――――え?」

 

 ――眼前に広がる地獄を、目の当たりにした。

 

    ◆◆◆

 

「――長月、突撃する!」

 

 雄叫びと共に、長月が加速する。後方に小さく白波を立たせながら、見る見る内に航行速度は最大戦速に到達する。そして、長月は電探と連携させた右手の十二・七センチ連装砲を構え――前方の皐月へと向け、発砲する。

 

「ボクとやり合う気なの? ――負けないよ!」

 

 軽い調子で言いながら、皐月は軽やかに旋回し長月の放った砲弾を回避する。長月の射撃はそもそも非常に高い精度を誇り、そこに電探の力も加わることによって、その正確さは驚異的と言える域に達している。しかし、正確であるということは、同時に着弾点の予測が容易だということでもある。

 

「中々、やるじゃないか――ならば、これでどうだ!」

 

 ――だが、長月が正確な射撃を続けてやる必要はどこにも無い。

 

「ふわっ、わっ、わぁー⁉︎」

 

 両手に構えた二基四門の主砲を乱射する、長月。皐月周辺を目掛けて多数の砲弾が飛来し、皐月はもろに水飛沫を被る。

 

「貰ったっ!」

 

 そうして、逃げ場の無くなった皐月に、長月は主砲を向け――

 

「――うーちゃん、砲雷撃戦、開始するぴょん!」

 

 ――咄嗟に身を翻した長月の右肩を、砲弾が掠める。

 

「皐月! 無事かぴょん⁉︎」

「ありがと、卯月!」

 

 合流した卯月が、長月と皐月の間に割って入る。

 

「幾ら長月が強くても、二人掛かりなら――」

「――残念だが、そうはさせない」

 

 ――皐月の喫水下で、爆発が起こる。

 

「うわあっ⁉︎」

「油断したな……!」

 

 長月のやや後方で、菊月が言う。足首には、四連装の酸素魚雷が装備されている。

 

「しまっ――皐月!」

 

 慌てて振り返った卯月の視界に入ったのは――魚雷内に充填されていた塗料を全身に被り、ピンク色に染まった皐月だった。

 

『――そこまでっ!』

 

 少し遅れて、無線越しに龍驤の声が響く。

 

『勝者、長月・菊月ペアや!』

「さすがだ、長月……お前のおかげだ」

「いやいや、最後の雷撃、見事だったぞ」

 

 互いに讃えあいながら、ハイタッチする長月と菊月。

 

「く、くそぅ……ボクが最初に先行し過ぎたから……」

「いや、うーちゃんにも至らない点があったぴょん。皐月だけのせいじゃないぴょん」

 

 落ち込む皐月を、慰める卯月。

 

「――ま、今回の演習は、連携の強化もそやけど、新装備の試し撃ちっちゅう部分が大きいからな。そない気にすることでもあらへん」

 

 四隻の側に、離れて観戦していた龍驤が歩み寄る。

 

「十二・七センチ連装砲を計八基と、十三号電探が四つ、卯月と菊月の分の四連装酸素魚雷に、うち用の艦載機。そして――新しい艦娘。向こうも随分、奮発してくれはったもんやなあ」

 

 先日、龍驤達大湊区第二十三番基地第一艦隊は、大湊区第十五番基地第二艦隊と共同で、とある作戦に従事した。結果的に、作戦は失敗に終わったが――第十五番基地の軽巡球磨の窮地を救った礼として、新装備の支給と艦娘の斡旋を受けたのだ。

 

「確か、トラック泊地だったか? 新たに配属される艦娘がいるのは」

「ああ。何処もかしこも戦力不足で、新造艦にしろ既存の艦の引き抜きにしろ大変だったらしいが――そいつが本土への転属を希望しとったのと、丁度トラック泊地を目的地とした護衛任務があるちゅうことで、うちらが護衛任務を引き受ける代わりに、そいつを任務報酬として連れて帰れるように掛け合ってくれたらしいな」

 

 ――トラック泊地。かつての大戦でこの国が拠点とした同名の泊地と、ほぼ同様の場所に設置された前線基地。防衛や警備を主任務とした本土の基地とは違い、深海棲艦の拠点への攻撃が主な役目だ。その任務特性上、所属する艦娘は精鋭が多く、大規模作戦時の中継拠点等としても運用されることから、鎮守府にも匹敵するほどの設備を持っている。

 

「ま、その話は置いといて、一旦帰投しよか。護衛対象の到着までは、出発出来へんし――」

 

 言いながら、龍驤は視線をずらす。

 

「――まさか、全身真っピンクのまま、他所へ行くわけにもいかへんやろしな」

「ははは……」

 

 視線の先で、手で顔に付着した塗料を拭っていた皐月が、苦笑いする。

 

「ほんじゃ、全艦原速で帰還――言うても、すぐそこやけどな」

 

 踵を返しながら龍驤が言い、それに従って全員が基地への帰路に着いた。

 

「――や、お帰り。どうだった、新装備の使い心地のほどは?」

 

 ――基地に到着した艦隊を、桟橋で出迎える軍服姿の男性。彼こそ、大湊区第二十三番基地の提督である。

 

「砲も電探も良い具合だった。菊月の様子からして、魚雷も問題無いようだったが――艦載機の方はどうだったんだ?」

「艦戦も艦攻もバッチリやったで」

「そいつは良かった」

 

 長月と龍驤の返答に、提督は笑みを浮かべる。

 

「しかし司令官、何故桟橋に?」

「君達の帰りが待ち切れなかった――とでも言いたい所だが、そういうわけじゃ無くてだな。そろそろ、例の護衛対象が到着するはずなんだ。その出迎えに外に出たついでさ」

 

 言って、提督は腕時計を覗く。

 

「と言うか……本当なら、もうとっくに着いてる時間なんだがね」

「何……⁉︎ まさか、道中で深海棲艦の襲撃に……!」

「いや、それは無いだろう。ここまでの移動は陸路のはずだからな。途中でトラブルが起こった可能性自体は、否定出来ないが」

 

 不安がる菊月の言葉を、提督はすぐに否定する。

 

「陸路? そういや、護衛対象ってなんなんや? うち、まだ聞いてへんで。てっきり、輸送船の類かと思っとったんやけど」

「ああ、そう言えば言っていなかったな。護衛対象は――」

「――すみませーん! 遅くなりましたー!」

 

 ――提督の言葉を遮るように、女性の声が響く。全員の視線が、声の方に向けられる。

 

「本日護衛して貰います――って、あれ?」

 

 視線の先に居た桃色の髪の女性はそう言い掛けて――提督の顔を目にした途端、きょとんとした表情になって言葉を止める。提督の方はと言えば、驚きに満ちた表情をしている。

 

「――相川?」

「ああ、やっぱり少佐でしたか! 久しぶりです!」

 

 提督が問い掛けると、桃色の髪の女性は明るい声で答えた。

 

「知り合いなの、司令官?」

 

 提督の反応に、皐月は問いかける。

 

「ああ。だが、お前――」

「――話は後にしましょう。まずは、そう、自己紹介です」

 

 何か言おうとした提督を制すようにして、桃色の髪の女性は姿勢を整え、敬礼し――

 

「工作艦、明石です! どうぞ、よろしくお願いします!」

 

 ――にこやかに微笑んで、そう名乗った。

 

「工作、艦……とは、なんだ?」

「菊月ぃ……講習で習ったはずぴょん? 艤装の応急修理なんかをする艦娘だぴょん」

 

 菊月の疑問に、やや呆れ顔の卯月が答える。

 

「それなら、別に艦娘である必要は無いのでは無いか……? うちにだって、普通の人間の整備士がいるぞ」

「そこは、艦娘だからこその仕事があるってことぴょん。艤装には工作機械としての機能もあるから、設備が無い場所でも修理が出来るんだぴょん。なんなら、海上でだって出来るはずぴょん」

「詳しいんですね」

 

 的確に説明する卯月の様子に、明石は感心した様子で言う。

 

「このくらいは基礎知識ぴょん。菊月、勉強苦手なのは知ってるけど、ちゃんとやらなきゃ駄目ぴょん?」

「分かっては、いるが……」

 

 卯月に諭され、ばつが悪そうにする菊月。

 

「まあ、それはさておきだ。相川――お前、なんでまた艦娘に」

「理由が無ければ、艦娘になってはいけませんか?」

 

 提督の問いに、少し真剣な表情になって答える明石。

 

「理由も無しに、なるような物じゃないだろう」

「確かに。ですが、秘密です」

 

 明石の返答に、提督は「そうかよ」と呟いて溜息を吐いた。

 

「司令官と明石さんは、どういう関係なんだ?」

 

 二人のやり取りは、随分と親しげで。長月は気になって、そんな質問を投げかける。

 

「僕がここに着任する前の、同僚だよ。僕が技術少佐で、相川……こいつが、技術中尉だった。一つの基地に居る技術士官なんて、そう数が多いわけでも無いから、良く一緒に仕事をしたし、個人的な付き合いもそれなりに深かった」

「えー、なんですか、それなりって。あの夜のことを忘れたんですか?」

 

 口を尖らせて、悪戯っぽい笑顔で提督に迫る明石。

 

「おお、二人は大人の関係だったぴょん⁉︎」

「断じて違う。お前も、誤解を招く言い方をするな。電車が止まって家に帰れなくなったからって、僕の家に押し掛けてきて、二人で徹夜でゲームをした時の話だろう?」

 

 卯月の言葉をすぐさま否定し、そう言う提督。

 

「まあ、そうなんですけどね。でも正直、仮にも女性と一つ屋根の下で一晩を共にして、手を出す素振りさえ見せなかった少佐は、それはそれでどうかと思いますけど」

 

 やれやれ、といった風に、明石は両手を広げる。

 

「僕にだって、選ぶ権利くらいあるだろう――と、個人的な話はこのくらいにしておこう」

 

 提督はそう言って、一旦話を切る。

 

「そうですね。ただでさえ、到着が遅れてしまいましたし……出発は、いつですか?」

「早いに越したことは無いし、今すぐにでも――と言いたい所だが」

 

 提督はちらと皐月を見る。

 

「……洗って来い、皐月」

「はーい……」

 

 皐月は頭を掻きつつ返事をして、塗料を滴らせながら基地内へと入って行った。

 

    ◆◆◆

 

 ――皐月が身体を洗い終えた後、艦隊は明石と共にトラック泊地へ向け出撃する。

 

「ところで――明石さん、だっけ? 昔の司令官って、どんな感じだったの?」

 

 道中、皐月がそんなことを問う。

 

「皐月、任務中だぞ。私語は謹め」

「えー、良いじゃんさ別に。今のところ平和だし」

 

 明石が何か言う前に、長月が咎め、皐月は口を尖らせる。

 

「長月は気にならないの? 司令官が僕らと会う前、どんな感じだったか」

「そんなことを気にしてどうする。なんの役にも――」

 

 長月は、言い掛けて――ふと、ある考えが浮かぶ。

 

「――いや、気が変わった。何か、昔の司令官について、面白い話は無いか?」

 

 ――思えば、私ばかり昔のことを話して、司令官の過去は良く知らない。なんだか、少しだけ不公平だ。

 

「なんだ、やっぱり長月も気になるんじゃん」

「まあ、な。良ければ、話して貰えないか?」

 

 長月の言葉を受けて、明石は顎に手を当てる。

 

「そうですね。では、とっておきをお話ししましょう」

「――ほほう、とっておきぴょん?」

 

 ニヤリとした表情で言う明石の言葉に、卯月が反応する。

 

「卯月、お前まで……」

「だってとっておきぴょん? 菊月は気にならないぴょん?」

 

 咎めようとした菊月に、卯月が詰め寄る。

 

「そ、それは……り、龍驤さん!」

「かまへんとちゃう?」

 

 詰め寄られた菊月は龍驤に助けを求めるが、返って来たのはそんな言葉だった。

 

「索敵なら、うちがちゃーんとしといたるわ。それに、正直うちも、ちょっち興味あるしな」

「皆さん乗り気ですねえ」

 

 龍驤の反応に、楽しそうに言う明石。菊月も、観念した様子で溜息を吐いた。

 

「では、そうですね――彼って、正直お人好しじゃないですか」

「そうだな。間違いない」

 

 即答する長月。この前の作戦や、自分の身の上について話した時に、それは嫌というほど痛感している。

 

「あはは、やっぱりこっちでもそうなんですね。でも、実は――昔は、あんなんじゃなかったんですよ。人とあまり関わろうとせず、他人なんて当てにしない。そんな人間でした」

 

 しかし――続けて明石の口から出た言葉に、思わず長月は驚愕の表情を顔に浮かべた。

 

「想像、出来ないな」

「私だって、あの頃の彼を見て、今こうなっているなんて想像出来ませんよ」

「なんで、それが今みたいになったのさ?」

 

 皐月の疑問の言葉に、興味津々という様子で長月も頷く。

 

「――助けられたんですよ。ある人にね。それからです、彼がああなったのは」

「……そう、いえば」

 

 明石の言葉に、長月はふと、少し前に提督が言っていたことを思い出す。確か――

 

「――お人好しの、爺さん?」

 

 ――そんなことを、言っていたような。

 

「おや、良く知ってますね。聞いたんですか?」

「聞いた、というか……言っていた、というか。なんにせよ、詳しいことは知らないが」

 

 良く思い返せば、昔はこうじゃなかった、とも言っていた気がする。自分に向けられた言葉でも無いので、あまりしっかりとは聞いていなかったが。

 

「ええ、爺さんです。私と彼が昔居た鎮守府の提督で、階級は元帥でした。今は確か、どこかの造船基地の最高責任者をしているそうですが――ともかく、彼はその元帥に、助けられたんです」

「何があったんだぴょん?」

 

 やや身を乗り出すようにして、卯月が尋ねる。

 

「あまり、詳しいことは言えませんが、とある事故が起こった際、彼の仕事に問題があったとして、責任を取らされそうになったんです。ろくな調査も行われずに、ね」

「それは、酷い話だな……」

 

 菊月が、思わず呟く。

 

「まあ、確かに、一番可能性として考えやすい原因ではあったんです。その上、さっきも言ったように、当時の彼はお世辞にも人当たりが良い人間ではありませんでしたから、あまり上から信用されていなかったんでしょうね。ですが、件の元帥だけは、違いました。彼を疑うことをせず、原因の究明に尽力したんです。勿論、彼は訊きました。どうして貴方は、そこまでするのか、と。元帥、なんて答えたと思います?」

 

 無論、明石の問い掛けは、解答を求める類の物では無い。

 

「――自分の部下の事を端から疑ったりする様な事は、あってはならない」

 

 ――だが。

 

「部下を邪険に扱うような事も、してはいけない」

 

 長月は――

 

「それが、上官というものだ――か?」

 

 ――その言葉を、聞いた事があった。

 

「――なんで、知ってるんですか?」

 

 驚愕した表情で、長月に問う明石。皐月達も、やや驚いた様子で長月を見つめた。

 

「司令官が、言っていたんだ。自分の新人時代の上官の言葉だ、とな」

 

 長月は、素っ気ない態度で答える。

 

「へえ……どうやら、彼はしっかり、提督をやっているみたいですね。良いことです」

 

 長月の言葉に、明石は感心したように言って、頷く。

 

「――長月ちゃんの言葉通りです。元帥は、そういう人間でした。結局、原因は全く別のところにあり、彼に処分が下されることはありませんでした。それからです。彼が、ああなったのは」

「恩人への、憧れ――ってところやな」

 

 索敵中の龍驤が、ぽつりと呟く。

 

「そうですね。もっとも、誰にでも出来ることでもありませんが、どうやら彼は、元々お人好しの素養があったようで。気が付いたら、あんな感じでしたよ」

 

 昔を懐かしむように、明石は語る。

 

「――あれ? でも待ってぴょん? 司令官は昔、根暗のコミュ症だったわけぴょん」

「そこまでは言ってませんって」

 

 あんまりな卯月の言い方に、明石は思わず吹き出す。

 

「じゃあ――なんでそんな司令官の過去を、明石さんは良く知ってるぴょん? 話し方からして、後から聞いた、って感じでも無いぴょん」

 

 ――が、続けられた卯月の言葉を耳にした瞬間、明石の表情が固まった。

 

「あー……そこ、突っ込みますかー……」

 

 明石は、しまったと言いたげな表情で呟いて、俯く。

 

「まあ、でも――彼の恥ずかしい話ばっかり暴露するのも、フェアじゃない、か」

 

 しかし、明石はすぐに顔を上げて、観念した顔になる。

 

「おお、もしかして、明石さんは司令官に――」

「――いいえ。残念ながら、卯月ちゃんが期待しているであろう感情は、私にはありませんでしたよ」

 

 卯月が言わんとしている事を察し、明石は先に答える。

 

「えー、違うぴょん? じゃあ、一体何ぴょん?」

「……恥ずかしいので、彼には黙っていて欲しいんですけど」

 

 前置きしてから、明石は語り出す。

 

「――私、彼を技術者として尊敬していたんです。私は機械(ハード)が専門で、彼は情報(ソフト)が専門だったんですが、正確には、私は機械(ハード)が専門というよりも、機械(ハード)しか出来なかったんです。情報(ソフト)面の才能は、さっぱりでした。ですが、彼は情報(ソフト)において高い技術を持ちつつ、機械(ハード)に関しても、平均以上の能力がありました。そんな彼に憧れて、あわよくば教えを乞おうとして、私はよく、彼の側に居ました。まあ、仕事をする時は、どっちにしろ大体一緒だったんですけどね」

「そんなに凄い人だったのか、司令官は」

 

 今の提督は、技術的な仕事はしていない。故に、提督の技術者としての能力は、長月達にしてみれば、今まで全く不明だったのだ。

 

「それは、あの若さで技術少佐ですからね。天才とまでは行かずとも、優れた能力の持ち主ですよ。もっとも、今の艦娘技術におけるソフト面の開発は、発展が頭打ち状態で、だから彼は、鎮守府を離れる頃には、正直暇を持て余していました。だからこそ、提督の仕事を引き受けたんでしょうが――ともかく、私が彼の過去について詳しいのは、しょっちゅう彼に付いて回っていたからですよ。例の件の時にも、ね」

「なるほど、明石さんは司令官のストーカーだったわけぴょ――痛っ⁉︎」

 

 ろくでもないことを口走る卯月の頭頂部を、菊月が十二・七センチ砲の砲身で殴る。

 

「菊月、何するぴょん⁉︎」

「お前こそ、何を言っている……少しは、言葉を選べ」

 

 呆れ半分、怒り半分な表情で菊月は言う。

 

「いえいえ、ストーカー、言い得て妙です。でも、彼があんな風に変わってから、ただ付いて回るだけじゃなく、雑談なんかもするようになって、気付いたら友人になっていました。共通の趣味もありましたし」

「なるほどー……そういうことかぴょん」

 

 納得した様子で、卯月は頷く。

 

「あ、じゃあ物のついでに、もう一個教えて欲しいぴょん」

「えー、なんですか? もう、話せることは、あらかた話しましたよ?」

 

 しかし、卯月は質問を続ける。明石は、少し困惑した表情になるが、嫌がっているという風では無い。

 

「司令官も訊いてたけど――明石さんは、なんで艦娘になったぴょん? うーちゃん、気になるぴょん」

「秘密です」

 

 卯月の問いに、表情一つ変えずに即答する明石。

 

「やっぱり、駄目かぴょん」

「ええ。こればっかりは、話せません」

 

 卯月も、最初から答えを期待してはいなかったのだろう、それ以上の追及はせず、押し黙る。結局、そこからは特別会話は展開されず――敵艦隊と遭遇することも無く、目的地のトラック泊地を望める位置まで辿り着く。

 

「――妙や」

 

 ――だが、何かがおかしい。

 

「妙って、何が?」

「静か過ぎへんか? 泊地から、人の気配を感じられん」

 

 龍驤の言葉を受けて、皐月は泊地をじっと見つめる。

 

「言われてみれば……確かに」

「心配し過ぎかもしれへんけど、念の為偵察機を飛ばすわ。各艦、一旦機関停止や」

 

 全員が航行を停止したのを確認してから、龍驤は航空甲板を展開して、偵察機を発艦させる。

 

「何か、あったんでしょうか?」

「それを今から確かめるんだろう」

 

 明石の言葉に、長月が素っ気ない態度で反応し――

 

「しかし――なんだろうな。嫌な、予感がする」

 

 ――真剣な表情で、呟いた。

 

「長月……あまり、不安を煽るようなことを言わないでくれ……」

 

 長月の言葉に、菊月が弱々しい声で言う。

 

「ああ、すまない。この前のバシー島のことを、思い出してしまってな」

「バシー島の……おい、まさか、トラック泊地に何かあったとでも、言うつもりか……⁉︎」

 

 より一層不安げな声になって、問う菊月。

 

「――菊月」

 

 ――菊月の問いに反応したのは、長月では無く、龍驤だった。

 

「なんだ、龍驤さん……?」

 

 恐る恐るといった様子で、龍驤の方を振り返る、菊月。

 

「――その、()()()や」

 

 ――龍驤の表情は、見たことも無いほどに、青ざめていた。

 

「トラック泊地は……死屍累々や。文字通りに、な……」

 

 震える声で言う、龍驤。

 

「そんな――!」

「冗談、だよね……?」

「は、泊地がそう簡単に、壊滅するわけ無いぴょん!」

「何故だ、何故そんなことに……!」

 

 龍驤の言葉に、各々が狼狽する。

 

「――まあ、嘘ならもう少しマシな物をつくだろうな」

 

 ――だが、長月は、あまりにも相変わらずだった。

 

「と、なると、生存者の確認に向かう必要があるな。急ぐぞ」

「……せやな、その通りや」

 

 いつも通り過ぎる長月のおかげか、龍驤は気を取り直す。

 

「しかし、長月は問題無さそうやし、うちもまあ、大丈夫やけど――皐月、卯月、菊月、それに明石はん。自分ら、人の死体は平気か?」

 

 龍驤は問うが、そもそも、艦娘になる過程において、精神面はかなり重要視される。多少死体を目にした程度で強いショックを受けるような者は、最初から適性検査の時点で振るい落とされるのだ。当然、龍驤も艦娘であるからには、それを知らないはずは無い。ならば、これは彼女の気遣いか――

 

「――ここで待ってるっちゅうなら、それでもええ」

 

 ――相当の惨状が、そこに広がっているのか。

 

「うーちゃんは、付いてくぴょん」

 

 最初に答えたのは、卯月だった。

 

「私も、共に行こう……」

 

 続いて、菊月も答える。卯月は少し驚いた様子で、菊月の方を見るが――いつになく真剣な表情の菊月に、口を挟むことが出来なかった。

 

「しばらく、お肉が食べれなくなりそうですね……」

 

 明石も、同行の意思を示す。

 

「ボク一人だけ、行かないってのは――さすがにちょっと、かっこ悪いよね」

 

 最後に、観念した様子で、皐月が呟いた。

 

「――そか。そんじゃ、全艦両舷前進原速。トラック泊地に、上陸するで」

 

 龍驤の言葉に従って、全員が航行を再開する。

 

「うっ……」

 

 ――潮の香りに混じって、血の香りが辺りに漂い始める。血の香りは、泊地と距離を詰めるほどに強まって行き、皐月は思わず鼻を押さえる。

 

「菊月、無理してないぴょん?」

「だ、大丈夫だ……」

 

 卯月の言葉を、菊月はあくまでも否定するが、表情は少し強張っている。強がっているだけだということは、一目で分かるが、卯月はそれ以上の追及はしなかった。

 

「血の香り、か――」

 

 呟いて、長月は瞼を閉じる。いつかの記憶――自身が深海棲艦と、そして、艦娘と初めて出遭った時の記憶が、脳裏に浮かぶ。

 

「――それが、どうしたと言うんだ」

 

 誰に向けるでもなく、吐き捨てるように言って、瞼を開く。トラック泊地は、すぐ目の前に迫っていた。

 

「……酷い」

 

 ――目視で泊地の様子が窺える位置まで来たところで、明石は思わず言葉を漏らした。

 

「さすがに、これは……堪えるぴょん」

 

 嫌悪感と恐怖のこもった声で呟く、卯月。皐月と菊月は、声すら出せずに目を逸らしていた。

 

「さすがに、これは――想像以上だな」

 

 ――辺り一面に、赤黒い染み。四肢や臓器、あるいは頭部と思しき残骸が、所々に散乱している。殆どが原型を留めておらず、果たして幾つの命が犠牲になったのかすら、判断出来ない。目の前の惨状を形容するならば、『地獄』の二文字以上に適切な言葉は無いだろう。

 

「菊月、それに皐月。やっぱり、戻った方が良いんじゃないかぴょん? 二人とも、今にも吐きそうぴょん」

「う……い、いや、平気だ……」

「こ、このくらい、なんとも、ないって……ね?」

 

 卯月の提案を、しかし二人は共に蹴って、しっかりと前を見据える。

 

「まあ、二人がそこまで言うなら、もう止めないぴょん」

 

 はっきり言って、二人の表情は、今にも嘔吐しそうなほど、不快感に溢れていたが――何を言っても引き下がりそうに無いと判断し、卯月は忠告の言葉をそこで切った。

 

「さて、生存者の捜索やけど――敵がどこかに潜んでいる可能性も無いとは言えんし、そもそも、ここの地理なんて誰も知らんやろから、効率の良い分担も出来へん。ちゅうわけで、固まって行動するで」

 

 龍驤は言って、桟橋から上陸する。

 

「て、敵……こ、こんな惨劇を引き起こした敵が、まだ、ここに……?」

「心配するなぴょん。血の色や、死体の状態からして、時間はそれなりに経過しているはずぴょん。きっと、とっくに下手人はいなくなってるぴょん」

 

 不安げな菊月を勇気付けるように言って、卯月も上陸する。菊月も、その背中に続いた。

 

「明石さんは、私達から離れないように気を付けてくれよ。確か工作艦は、殆ど戦闘力が無いんだろう?」

「確かに、その通りです。悪いですが、お任せしますよ」

「ぼ、ボクらに、まっかせてよ!」

 

 明石と長月、そして皐月も、泊地へと足を踏み入れ、捜索を開始する。

 ――トラック泊地は、何処もかしこも、似たような惨状が広がっていた。唯一寮の内部だけは、全員が出撃していたからなのか、綺麗な様子だったが、他は殆どが血肉塗れだ。

 

「こんな有様では、生存者など、存在しないのではないか……?」

「それを確認するために、こうして調べているんだろう」

「……なるほど、もっともだな」

 

 ある程度気を取り直したのか、菊月は多少は表情に余裕が戻っている。長月は、相変わらずだ。

 

「やっぱり、やめときゃ、良かったかなあ……」

「今更遅いぴょん」

「分かってるよ……」

 

 皐月はと言えば、まだ青い顔をしているが、それでもなんとか、堪えている。卯月にしても、普段と比べて表情はかなり険しい。

 

「ここも、誰も居ないようですね」

「せやな。おるのは、相変わらず仏さんだけや」

 

 龍驤と明石は、年長であることもあってか、比較的平気な様子だ。

 

「さて、お次はここやな」

 

 全員が廊下に出て、龍驤はすぐ隣の扉に手を掛ける。がっしりとした造りで、『第三格納庫』と書かれた札が貼られている。

 

「よいしょっ――と!」

 

 重めの扉が開け放たれると、中は代わり映えもせず赤で彩られていた。

 

「おい――あれ」

 

 無論、その程度の事柄を一々指摘する必要性は、既に存在しない。だから、長月は、そんなことに対して反応したわけでは無い。

 

「――あんた! 無事か⁉︎」

 

 ――格納庫の中心で、佇む少女が一人。

 

「……あ」

 

 少女の姿を認めた龍驤が側へと駆け寄り、それに気付いた少女は、小さく反応を示し――

 

「――っ!」

「わぶっ⁉︎」

 

 ――勢い良く、龍驤に抱きついた。

 

「――みんな! みんな死んじゃったのよ! 厳しいけど良いとこもあった提督も、頼もしかった戦艦の先輩も、仲の良かった空母の仲間も、優しくしてくれた巡洋艦の人達も、私なんかよりずっと小さな駆逐艦の子も、美味しい料理を作ってくれた食堂のおばさんも、いつもお世話になってた整備士のおじさんも、みんな! みんな、死んじゃった――!」

 

 少女は、龍驤の胸の中で、涙ながらに訴える。

 

「……そか。辛かったな」

 

 龍驤は――ただ、彼女の頭を撫でた。我が子をあやす、母親のように。

 

「えぐっ……ひぐっ……」

 

 ――誰も、口を開かず。少女が泣き止むまで、見守り続けた。

 

「……そろそろ、落ち着いたか?」

「……うん」

 

 しばらくして、少女は目を擦りながら、龍驤の胸から離れた。

 

「うちは、大湊区第二十三番基地所属、航空母艦の龍驤や。工作艦の護衛を務めて、ここに来た」

 

 そこで、ようやく龍驤は名乗る。

 

「大湊区、第二十三番基地……今日、私が、転属予定の、基地だった、ような」

 

 泣き腫らした顔で、少し息切れしたように、少女は言う。

 

「確かに、今日の任務を済ませたら、この泊地から一人、艦娘を迎える手筈になっとった」

「じゃあ、多分。それは、私ね――」

 

 少女は、涙の跡を袖で拭って、精一杯に顔を引き締め、敬礼する。

 

「――航空母艦、瑞鳳です。これから、お世話に、なります」

 

 そして、少女――瑞鳳は、名乗った。

 

「なるほど……あんたがな。まあ、どっちにしろ、ここ置いておくわけにもいかんやろし、一旦連れ帰る必要はあったんやけど、そういうことなら、面倒も無くてええ」

 

 龍驤は言って、懐から爪楊枝を一本取り出すと、口に咥えた。

 

「んで、自分の他に、生存者はおるんか?」

「ううん。あちこち、見て回ったけど、誰、も――」

 

 言いながら、瑞鳳は再度目に涙を浮かべ、目頭を押さえる。

 

「……さよか。と、なると、捜索は切り上げやな。あんた、艤装は?」

「ここの、奥に……取って、来ます」

 

 目に手を当てながら、瑞鳳は格納庫の奥へと向かう。

 

「大丈夫なのか、彼女は」

「そら、知り合いが仰山殺されたんや……まともでおられる方が、おかしいわ」

 

 長月の呟きに、龍驤が反応し、答えた。

 

「うちだって、あいつの立場やったら――到底、正気ではおられんやろな」

「……そういう、ものか」

 

 ――やはり、分からないな、私には。

 長月の胸中に浮かんだ思いは、言葉として吐き出されることは無かった。

 

「――お待たせ、しました」

 

 ――数分と経たずに、艤装を身に付けた瑞鳳が戻って来る。

 

「じゃ、瑞鳳はんの準備も出来たことやし――帰るで、みんな」

 

 龍驤の言葉に、全員が頷いて――彼女達は、トラック泊地を後にした。

 

    ◆◆◆

 

「――報告は、以上や」

「ご苦労。龍驤は、下がってくれて良いぞ」

 

 報告を終えた龍驤は、敬礼して執務室から退室する。

 

「さて――君が、瑞鳳か」

「はい、提督」

 

 提督に呼び掛けられた瑞鳳は、姿勢を正して敬礼する。泊地で見せた取り乱した様子は、既に微塵も感じられない。

 

「君は、今日のところはゆっくり休んでくれ。色々――色々あって、疲れただろう」

「……はい。精神的な疲労が、少し」

 

 表情はしっかりとしているが、少しだけ暗い声色で、答える瑞鳳。

 

「部屋は、二〇四を割り当てた。何か問題や要望があれば、すぐに伝えてくれ」

「分かりました」

 

 言って、瑞鳳も一礼すると執務室から退室した。

 

「――さて」

「厄介なことになったな」

「全くです」

 

 ――部屋には、提督と長月、そして明石の三人が残された。

 

「トラック泊地の壊滅、か。正直、実感が湧かないよ」

「だが、事実だ。どんなに現実離れしていようとな」

 

 提督は「分かっているさ」と返し、頭を抑える。

 

「はっきり言って、相当な非常事態だ。総司令部へ事の通達と、証拠としての記録映像の送信は既に行ったが――今頃、大変なことになっているだろうな」

「バシー島の件もまだ済んでいないだろうに、ご苦労なことだ」

 

 深海棲艦によって占領されたバシー島は、既に解放されている。だが、後処理や原因調査等は、そう簡単には終わらない。

 

「私……どうすれば良いんでしょう。トラック泊地が、あんなことになってしまって」

「それなら、確認を取った。とりあえず、一時的にうちの所属扱いになるそうだ。まあ、工作艦は貴重だから、すぐどこかしらに配属されることになるだろうが」

「と、なると。今のところは、ここに居ていいということですか」

 

 ほんの少しだけ安堵したような表情で言う、明石。

 

「そうなるな。部屋は、三〇六を使ってくれ」

「分かりました。では、早速使わせて頂きます」

 

 そうして、明石も執務室から退室した。

 

「――どうなることやら、な」

「どうなろうとも、今私達に出来るのは、目の前の仕事を片付けることだろう」

「ごもっとも」

 

 残った提督と長月は、いつも通りに執務を開始するのだった。

 

「――っ!」

 

 ――その頃、割り当てられた自室に到着し、ベッドで横になろうとしていた瑞鳳。

 

「やっぱり、駄目……」

 

 ――瞼を閉じると、網膜に焼き付いた、トラック泊地の惨状が、想起される。とても、休めやしなかった。

 

「早く……忘れないと」

 

 艦娘は、一人の人間である以上に、一つの兵器である。自身の精神状態さえも、自分だけの物では無いのだ。

 

「……分かってるんだけど、ね」

 

 とは言え、そう簡単には割り切れない。割り切れるはずも無い。

 

「――訓練でも、しよっかな」

 

 ――身体を動かせば、忘れられるかも知れない。そう上手く行かずとも、疲れ果てれば、嫌でも眠れるだろう。

 そう考えた瑞鳳は、自室から出て、再度執務室に向かう。

 

「失礼します」

 

 室内では、提督と長月が、大量の書類を前に執務を執り行っていた。

 

「お、どうした、瑞鳳」

 

 瑞鳳の存在を認め、提督は手を止めて視線を向けた。

 

「少し、自主訓練を行いたいのですが、艤装の使用許可は頂けるでしょうか?」

「ああ、構わんよ。だが――休まなくて良いのか?」

 

 提督は瑞鳳の要望を快諾するが、しかし少々心配そうに言葉を続けた。

 

「……問題、ありません」

 

 ――無論、嘘だ。心はぼろぼろで、身体だって、何時間もトラック泊地を彷徨っていて、疲れていないはずが無い。でも、到底休めるような気分では無いのだ。

 

「そう、か。分かった」

 

 提督は、瑞鳳の内心を知ってか知らずか、深く尋ねることはせずに、机に積み重ねられた書類の一枚を手に取り、サインをして瑞鳳に差し出した。

 

「許可証だ。この時間なら、一人くらいは整備班の人間がいるはずだ。適当に見せれば、それで良い」

「ありがとうございます。では、これで失礼させて――」

「――ああ、待て。一つだけ、頼みがある」

 

 用も済み、退室しようとした瑞鳳を、思い出したように提督が呼び止める。

 

「頼み、ですか?」

「そうだ。何、難しいことじゃない――もう少し、砕けた態度で接して貰いたいんだ」

「……はい?」

 

 提督の言葉を聞いた瑞鳳が、ぽかんとした表情になる。

 

「少し、君の態度は堅すぎる。僕はあまり、かしこまられるのに慣れていないんだ。頼むよ」

「……分かり、ました。善処、します」

 

 少しぎこちなく言って、瑞鳳は今度こそ退室した。

 

「変な提督だなあ」

 

 廊下に出てから、瑞鳳は呟く。丁寧さが足りないと怒られたことこそあれど、堅過ぎると言われたのは初めてだった。

 

「まあ、気を張らなくて良い、ってことなんだろうけど」

 

 ――でも、前までは。つい昨日までは、それが当たり前で。

 

「――格納庫、どこだったかな」

 

 瑞鳳は、想起された光景を振り払うように呟いて、格納庫を目指し歩き始める。基地の構造については、軽く見取り図に目を通した程度の知識しか無かったが、トラック泊地と比べればずっと小さく、分かりやすい。迷いもせず、すんなりと目的地まで辿り着く。付近の整備スタッフに許可証を見せ、艤装を装着して基地正面の練習海域に下りる。

 

「さあ、やるわよ! 攻撃隊、発艦!」

 

 晴らしようも無い暗い気分を、少しでも誤魔化すべく大声で叫び、瑞鳳は矢筒から艦載機を取り出し、弓の弦に当てがって引き絞る。精一杯まで引いて――上空に向け、艦載機を放つ。矢状だった艦載機はすぐに艦上攻撃機『天山』に姿を変え、しばらく上空を飛行した後に一気に海面近くまで高度を落とす。

 

「アウトレンジ――決めます!」

 

 練習海域内には、いくつもの練習用の標的が突き立てられている。その中で最も距離が遠い、戦艦用を想定しているであろう標的目掛けて、天山は航空魚雷を放った。結果は――全弾命中。役目を果たした攻撃隊を、航空甲板を展開し、回収する。

 

「――ほっほーん、なかなか見事なもんやなあ」

 

 ――艦載機の回収が済んだと同時に、瑞鳳の背後から、声が響く。

 

「龍驤、さん」

「おう、龍驤さんや」

 

 瑞鳳が振り返ってみれば、そこには龍驤がいた。

 

「自主練か?」

「そんなところ、です。龍驤さんも、ですか?」

「まーな」

 

 言いながら、龍驤は航空甲板を展開する。

 

「――うち、第一艦隊旗艦の癖に、秘書艦やっとらんやろ?」

 

 式神状の艦載機の束を、懐から取り出しつつ、龍驤は話し出す。

 

「そう、ですね。秘書艦は確か、あの緑髪の……」

「長月、や。凄いやっちゃで。新人とは思えんほど強いし、頭もよう回る。うちなんか到底敵わん。結果的にやけど、あいつが秘書艦になって良かったと思っとる。本当なら、旗艦も引き受けて欲しいくらいなんやけど、機動部隊編成で駆逐艦が旗艦っちゅうのは、ちょっと格好がつかへんからな」

 

 艦載機を一枚一枚、ゆっくりと指の間に挟んでいく、龍驤。

 

「でも、そいつは結果であって、うちが秘書艦をやっとらん理由やない。うちはな、時間が欲しかったんや。こうやって、自主練する時間がな。それについて、ちょこっとぼやいたら――あの提督、うちをあっさり秘書艦から外しよった。ま、ありがたい話ではあるんやけどな。軽過ぎてちょっちびびったわ」

 

 ――準備の済んだ艦載機を、龍驤は一斉に投擲する。甲板上を、滑らせるように。

 

「ま、おかげでこうして、存分に自主練させて貰っとるわけや。――あ、駆逐艦どもにゃ内緒やで? うち、なるべく努力を隠したいタイプなんや」

「……じゃあ、なんで、そんな話を、私にしたんですか?」

 

 瑞鳳が、疑問を口にする。そもそも彼女は、何を思って自身の身の上など語り出したのだろうか、と。

 

「――昔のうちを思い出したから、かなぁ」

 

 龍驤が答えると同時に、攻撃隊が航空魚雷を放ち、一瞬後に、演習用の航空魚雷が標的に衝突する鈍い音が、辺りに響いた。

 

「……なんですか、それ」

「そのまんまや。うちは、キミほど悲惨な目にはあっとらんけど――それでも昔は、色々あったんや」

 

 語りながら、龍驤はサンバイザー状の艦首の鍔を掴んで、目を伏せる。どこか、物悲しそうな表情で。

 

「――さて、と。頼んでもない自分語りを、長々と聞かせた詫びや。練習、付き合ったるで?」

「……ありがとう、ございます。お願いします」

 

 それ以上を龍驤は語らず――瑞鳳も、問い詰めることはせずに、練習を再開した。

 

    ◆◆◆

 

 トラック泊地の惨劇――あるいは、大湊区第二十三番基地への瑞鳳の着任――から、数日後。

 

「さあ、仕切るで!」

「さあ、やるわよ!」

 

 掛け声と共に、龍驤が航空甲板を展開し、瑞鳳が弓を引き絞る。

 

「――攻撃隊、発進!」

「――攻撃隊、発艦!」

 

 ほとんど同時に、二人は攻撃隊を発艦させる。アウトレンジから放たれた艦載機達は、急激に加速して一気に敵艦隊へと接近し、無数の航空魚雷を放つ。

 

『駆逐艦長月より、空母龍驤、及び瑞鳳へ! 重巡リ級二隻の撃沈と、戦艦ル級の大破を確認した!』

「上々、ってとこやな!」

 

 高い戦果に、龍驤は思わず嬉しそうな声を上げる。

 

「――残敵を掃討するぞ! 全駆逐艦、砲雷撃戦用意!」

 

 言うが早いか、敵艦隊へと突撃していた長月が主砲を放つ。砲弾は大破状態のル級に直撃し、爆散させ水柱を立てる。残りの敵艦も、皐月や卯月、菊月らの手によって、瞬く間に撃沈された。

 

「――瑞鳳、さっきの攻撃隊の動き、見事だったぞ」

「ありがと、長月」

 

 敵艦隊の全滅を確認し、合流した瑞鳳に、長月は声をかける。数日のうちにだいぶ馴染んだ様子で、受け応える瑞鳳の口調に、堅さやぎこちなさは無かった。

 

「なんや長月、うちのことは褒めてくれへんのか?」

「龍驤さんは、今更言うまでも無いだろう」

「えー、うちだって頑張ったんやでー? ほら、褒めて褒めてー」

「分かった分かった、龍驤さんも凄かった」

 

 長月は適当に褒めるが、龍驤はそれでも満足気な様子で頷く。

 ――そんな二人のやり取りを、瑞鳳はどこか浮かない顔で眺めていた。

 

「――はあ」

 

 ――まだ人は少ないけど、艦隊のみんなは仲が良いし、提督も、ちょっと変わってるけど、良い人だ。ここならきっと、上手くやって行ける。

 

「だから――早く、忘れなきゃ」

 

 でも、瞼を閉じれば、あの光景が、はっきりと映し出されて。ふとした時に、言いようの無い恐怖に襲われて。夜は、ありもしない血の香りに悩まされ。いざ眠りに就いても――夢の中では、かつての相棒が、仲間達が、のうのうと生き延びた私のことを、責める。

 

「忘れなきゃ」

 

 忘れなきゃ。忘れなきゃ。忘れなきゃ。忘れなきゃ。忘れなきゃ。忘れなきゃ。忘れなきゃ。忘れなきゃ。忘れなきゃ。――忘れろ。全部忘れて、今を生きれば、それで良い――

 

「――さて、海域の敵艦隊は殲滅したし、そろそろ帰投するで」

「あ――はい!」

 

 ――龍驤の言葉で、瑞鳳の意識が、一気に現実に引き戻される。

 

「なんや瑞鳳、ぼーっとしとったらあかんで?」

「だ、大丈夫です!」

 

 無論、今の瑞鳳の精神状態は、客観的に見れば、間違ってもまともではない。だが、瑞鳳は、自覚の上で誤魔化したわけではなく――

 

「――大丈夫、だから」

 

 ――自覚すら出来ないほどに、追い詰められているのだった。

 

「……ま、ええ。とりあえず、帰ろか」

 

 瑞鳳の返事に、どこか腑に落ちない表情になる龍驤だったが、すぐに踵を返し、主機を起動する。瑞鳳や、長月達も、龍驤の後に続いた。

 

「――艦隊、帰投したで」

 

 ――艦隊が無事に帰投した後、龍驤は相変わらずノックもせずに、執務室の扉を開け放った。長月も、龍驤の後ろに付いている。

 

「――なんだ。ノック一つ無しとは、礼を失した奴だな。貴様の教育は、どうなっているんだ」

「――っ⁉︎」

 

 ――直後、聞き慣れない声が響く。慌てて龍驤が室内に目を向けると、執務机の前に、軍服を着た見慣れない男性が一人、入り口側に背を向けて立っていた。男性は、顔だけを龍驤に向けて、じろりと睨む。

 

「……申し訳ありません。ですが、私は彼女らの自由意志を尊重する方針でして」

 

 提督は、執務机を挟んで、男性と向かい合うように立っていた。

 

「『自由意志を尊重する方針でして』。ふん。貴様は上官、彼女らは部下。それが大前提だろう。上下意識の欠如は、時に致命的な問題を引き起こすぞ」

「……肝に命じます」

 

 提督の返答に、「ふん」と不愉快そうに呟いて、男性は振り返る。向けられた威圧的な視線に、龍驤は姿勢を正す。龍驤の背後で様子を見ていた長月も、一歩横にずれて姿を現し、姿勢を正した。

 

「で、こいつらが?」

「はい。向かって左が、第一艦隊旗艦の、航空母艦龍驤。右が、秘書艦業務を任せている、駆逐艦長月です」

 

 提督の説明を受けながら、男性はじろじろと二人を見つめる。

 

「――片や、元横須賀鎮守府直属、第一航空戦隊所属。そして片や、初陣で装甲空母鬼を、それも単独で撃破した、期待のルーキー。ふん、技術者上がりの新人提督にしては、随分と良い艦を回されたようだな」

「許可したのは、あなたではないですか」

「ふん、俺は書類に判を押しただけだ」

 

 どこまでも不愉快そうな口調で言って、男性は気を付けの姿勢をした二人に歩み寄る。

 

「――初めましてだな。竜島(りゅうじま)杏花(きょうか)。そして、長岡つみき」

 

 艦名では無く、個人名で二人を呼ぶ男性。通常、艦娘の個人名は、『兵器としての意識を徹底させる』という意味合いから、書類等で個人の識別が必要である場合以外は、滅多に使用されることは無い。その個人名を、あえて使用している――把握しているということと、提督に対しての態度からして、彼の階級と立場は、かなり高いと推察される。

 

「よく、ご存知でいらっしゃいますね。失礼ですが、どなた様でしょうか」

 

 ――この男の機嫌を損ねるのは、危険だ。そう判断した長月は、精一杯に丁寧な口調を心がけつつ、問いかける。

 

「――俺は、大湊警備府提督、並びに大湊区の総責任者を務めている、斎藤という者だ。階級は大将。要するに、貴様らの上官の、更に上官に当たる。脳に刻んで記憶しろ」

 

 男性――斎藤大将は、少しだけ感心したような表情を見せながら、名乗った。

 

「しかし――ふん、やれば出来るじゃないか。……おい、竜島。貴様はどうなんだ」

「――は、はっ! 先ほどはご無礼、大変失礼致しました!」

 

 龍驤は敬礼しつつ、やや上ずった声で言う。

 

「……まあ、今日のところは勘弁してやろう。俺の温情に感謝するんだな」

 

 斎藤大将は呟いて、提督の方へ向き直った。

 

「艦娘も揃い始めたと聞いて、抜き打ちの視察に来たわけだが――ふん、お情けで合格にしておいてやる。ただし、次は無いぞ」

「はい、心得ました」

 

 提督の返答に、またしても「ふん」と呟いて、斎藤大将は懐から茶封筒を取り出し、提督に突き付けた。

 

「……これは?」

「令状だよ。俺がここに来た、もう一つの理由だ。そして、こいつの中身は、俺の視察なんかよりもずっと重大だぞ。――読め」

 

 斎藤大将に急かされ、提督は封筒の封を開け、中の令状を取り出し、無言で読み進める。

 

「……少々、危険な任務ではありませんか? 周辺の海域に、まだ例の深海棲艦が潜んでいる可能性は、捨て切れません」

 

 一通り読み終えた後、提督は顔を上げ、呟いた。

 

「ふん、俺が決めたことでは無い。もし異議があるならば、作戦の責任者に直接抗議しろ」

「では、責任者はどなたでしょうか?」

 

 声の調子はそのままに、しかしやや早口で、提督は問う。

 

「聞きたいか? ――村山元帥だ」

「――まさか」

 

 斎藤大将が口にした名前に、提督は驚愕を顔に浮かべる。

 

「村山元帥は、一線を退いたと聞きましたが」

「らしいな。だが、泊地を預けるとなれば、並の奴じゃあ駄目だからな。その点、あの爺さんは適任だろう。使える奴は親でも年寄りでも使うもんだ」

 

 言って、斎藤大将は踵を返す。

 

「――さて、俺は警備府に帰らせて貰うぜ。ま、精々頑張れよ」

 

 そのまま、斎藤大将は執務室を出た。

 

「……あー、疲れた。なんやあいつ、偉ぶり過ぎやろ」

 

 足音が遠ざかって行くのを確認してから、龍驤は呟いて大きな溜息を吐く。

 

「確かに、態度は大きかったが――それよりも、司令官。どうした?」

 

 険しい顔をしたままの司令官に歩み寄りつつ、長月は問う。

 

「――トラック泊地を奪還したことは、知っているか?」

 

 提督は、小さな声で、ぽつりと呟く。酷く、難しい表情で。

 

「初耳だが――それは、良いことじゃないか」

「ああ、良いことだ。だが、妙なんだ。あまりにも、妙過ぎるんだ」

 

 言って、提督は座席に座る。

 

「長月、龍驤。もしお前達が、敵の重要拠点を攻め落とした場合、どうする?」

「ええと――」

 

 長月は、顎に手を当てて悩む。実力が高かろうと、所詮は新兵である長月は、咄嗟に答えを出せず――

 

「――早急に、十分な人員を配置するべきや。奪い返されんようにな」

 

 ――戦略において、長月よりも経験を積んでいる龍驤は、さほど悩むこともなくすぐに答えを出した。

 

「おかしいとは、思っとったんや。バシー島の時は、過剰なくらいの防衛戦力を配置しときながら、トラック泊地はもぬけの殻やった」

「ああ。つまり、深海棲艦には拠点防衛をする程度の知能は存在するはずなのに、トラック泊地には防衛戦力を設置しなかった、ということになる。君達がトラック泊地に辿り着いた段階では、まだ配備が済んでいなかった――とも考えたが、奪還のための艦隊が派遣された際も、防衛の深海棲艦は存在しなかったらしい」

「明らかに、妙やな」

「……なるほど」

 

 言われてみれば妙だと、長月も納得する。

 

「しかし――つまり、どういうことや?」

「――僕なりの仮説はある。まずは、これを観てくれ」

 

 提督は、机上のノートパソコンを、龍驤達の方へ向け、動画を再生する。

 

「トラック泊地の監視カメラに残っていた映像を、回収したものらしい」

 

 画面上に映し出されているのは、トラック泊地基地内の、廊下と思しき場所。しばらくして、廊下を数人の艦娘達が走り抜け――直後、画面外から血飛沫が飛ぶ。その後、深海棲艦らしき影が、ゆっくりと歩きながら、画面内に入った。

 

「――こいつだ」

 

 提督は、動画を一時停止させる。

 

「こいつが、どうしたんや? 見たこと無いタイプの深海棲艦やし、新種なんやろけど」

 

 近付いて、画面を覗き込む龍驤。人型に、太い尻尾が生えたような姿で、遭遇したことも無ければ、資料等で見た覚えも無い。

 

「ああ、新種だ。恐らくは戦艦クラス。便宜上、『戦艦レ級』としておくが――こいつの手によって、トラック泊地は壊滅させられた」

「……つまり、トラック泊地を襲撃した敵艦隊の、旗艦だったっちゅうことか?」

 

 龍驤の問いに、提督は首を振る。

 

「敵は、艦隊なんて組んじゃいなかった。――()()だったんだ。あらゆる映像を分析したが、こいつ以外の深海棲艦は確認されなかったそうだ」

「――嘘やろ」

 

 ――提督の口から出た言葉に、龍驤の顔色が、青ざめる。

 

「さ、さすがにそりゃ無いやろ。トラック泊地にゃ、実戦経験豊富な艦娘が、仰山おったんやで? それが、一隻ぽっちに?」

「僕だって信じられないし、信じたくもない。トラック泊地が壊滅したというだけでも、相当に危険な事態なのに、その原因が、たった一隻の深海棲艦だというのだからな」

「――それで、司令官の仮説とやらは?」

 

 深刻な面持ちの二人の間に割って入るようにして、長月が問う。

 

「おっと、そうだったな。あくまでもこれは仮説で、更に言えば、根拠は勘と推測でしか無いんだが――この、戦艦レ級。深海棲艦にとっても、イレギュラーなんじゃないかと思うんだよ」

「どういうことや?」

 

 龍驤は問いながら、懐から爪楊枝を取り出し、口に咥える。相変わらずの癖だ。

 

「――いくら無双級の戦力だからと言って、単騎で敵拠点に突っ込ませるような真似をするか? 普通は、護衛の艦を付けるだろう。しかも、折角制圧した敵拠点をこいつは放置し、別働隊が制圧しに来るということさえも無かった」

「……確かにな。つまり、こいつは深海棲艦らの作戦に従って動いとるわけやなく、勝手に暴走しとる――と?」

「そう考えた方が、いくらか自然だろう」

 

 提督は、「あくまでも仮説だが」と付け加えるが、自信はある様子だ。

 

「しかし、そりゃ余計におっそろしいで。制御不能の核ミサイルみたいなもんやないか。なんの前触れも無く、本土に突っ込んで来るかもしれへんってことやろ?」

「……ああ。現在、軍は全力で対策を立てている」

 

 ――対策を立てたくらいで、どうにかなる相手なのか。龍驤の胸中にそんな思いが浮かぶが、さすがに口には出せない。

 

「そんな時に――こいつだ」

 

 提督は、斎藤大将から受け取った令状を、龍驤に手渡す。

 

「――トラック泊地、防衛任務?」

「現在、トラック泊地は再編に向けた準備を進めている。しかし、再編が済むまでガラ空きにしていては、さすがに深海棲艦に占領されてしまうだろう。それまでの、繋ぎの戦力として、君達に声がかかったんだ」

「また、手空きだったからか」

 

 長月の言葉に、「多分な」と提督は返す。

 

「君達以外にも、防衛に当たる艦隊はいるし、トラック泊地周辺海域では、本土近海や南西諸島海域に比べて強力な深海棲艦が出没するとはいえ、なんとかなるだろう。だが――」

「――レ級の再襲撃の可能性がある、と?」

 

 提督は、長月の問いに、無言で頷く。

 

「トラック泊地襲撃後のレ級の動向は不明だ。だが、現状目撃報告等は無く、今もトラック泊地周辺に留まっている可能性は高い。現在、警戒態勢は最大限まで引き上げられているが、それでも目撃されていないわけだからな。そうなると、そもそも移動していない、という可能性が出てくる」

「警備範囲の外に出たっちゅう可能性もあるやろ。人類の制海権は、まだまだお世辞にも広いとは言えんからな」

「それは、そうだが……」

 

 龍驤の反論に、提督は俯く。

 

「――心配してくれんのは、嬉しい。けどな、任務なんやで? だったら、しゃーないやろ。そのレ級とやらが出てこんことを、祈るしかないわ」

「……すまない。その通りだな」

 

 小さく呟いて、提督は顔を上げた。

 

「――トラック泊地防衛任務において、君達を指揮するのは、僕が最も尊敬する人だ。もういい歳のはずだが、提督としての能力は高く、その上人格者だ。あの人になら、君達を預けられる。彼の言葉は、僕の言葉だと思って従ってくれ。出発は明日の朝、マルナナマルマル。今日のところは、二人ともゆっくり休め」

「了解や」

「了解した」

 

 返事を返し、龍驤と長月は、一礼して執務室から退室した。


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