シンフォニア 旅の合間に   作:ルーラー

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世界が統合されたら

「コレットちゃん全快のお祝いにメシにしようぜ~!」

 

 言い出したのはゼロスだった。

 

 アルテスタの家にて、コレットの『永続天使性無機結晶症』が治ったその日の夜のことである。

 

「メシメシってうるせーなぁ……」

 

 苦笑混じりにそう返すのはロイド。不満そうなセリフではあるが、口調に嬉しげなものがあるのは本人も否定しないだろう。

 

「だってよー、俺さまたち、親友だろ~? ロイド君が色々と疲れてるんじゃないかと思って、せっかく腕を振るったんだぜ~? 食ってもらえなかったら寂しくて泣いちゃうじゃんか~」

 

「肩つかんで揺さぶるなよ、おい! 本当、やめろって! 大体、料理なんて出来たのかよ、お前」

 

「ロイド君、俺さまをなんだと思って――」

 

「ナンパ好きのアホ神子、だろ?」

 

 しいなが二人の会話に割り込んできた。それにわざとらしく「俺さましょんぼり……」としょげてみせるゼロス。

 そんな彼を心配しているのだろうか、プレセアが表情の変化に乏しいその顔を向ける。

 

「ゼロスくん。どうか、しましたか……?」

 

「なにがよ?」

 

 返すゼロスの口調は、どことなく冷たく感じられる。

 

「いえ、いつも以上に、その……」

 

「うるさい、ってんだろ?」

 

 どこか呆れたようにしいなが言い捨てた。

 

「こいつはいつもこうだよ。放っておきなって。まったく、お調子者なんだから……」

 

「でひゃひゃひゃひゃ」

 

 『ほっとけ』とばかりに、あるいは道化のように、ゼロスは笑う。そんな姿にプレセアはどこか納得できないような表情を見せたが、敢えてそれ以上追及することはしなかった。それをすれば自分たちのこの『仲間』という関係は決定的に破綻してしまう、どうしてか、彼女にはそんな予感があったから。

 

「なーなー、マジでメシにしようぜ? 俺さま、もう腹ペコで死にそう……」

 

「そうね。わたしも空腹だわ」

 

 リフィルが同意の意を示し、ようやくロイドたちは食卓についたのだった。

 

 

「世界統合後のことなんだけどよ」

 

 食事の最中、一番最初に口を開いたのは、やはりというかなんというか、ゼロスだった。普段から口数の多い彼ではあるが、今日は特に、である。(はや)る気持ちを抑えるように、あるいはなにかをごまかそうとしているかのように、食事よりも会話を優先していた。

 

「やっぱり俺さまたち、世界を統合した英雄とかって、もてはやされたりすんのかな。でひゃひゃひゃひゃ」

 

「ああ、それはあるかもね」

 

 同意したのはクリームシチューをスプーンで口に運んでいたジーニアス。リフィルの弟である。

 

「もっとも、英雄って呼ばれる理由がわからないけどな」

 

 基本、ロイドたちは――少なくともロイド自身は『世界のために』動いているわけではない。ある意味、成り行きのようなもので、更にはクルシスの――ユグドラシルの望んでいた未来が間違っていると感じたからこそ世界を統合しようと考えたのだ。その結果がどう出ようとも自分は英雄視されないと思う。少なくとも、されたいと思ったことはロイドにはなかった。

 

「それでも世界を救うということに変わりはないでしょう? それならやはり、英雄と呼ばれるのだと僕は思いますよ? そう、4千年前に世界を救ったミトス・ユグドラシルが、一時とはいえ英雄視されたのと同じように」

 

 静かにそう口にしたのは、その英雄にしてロイドたちの敵である天使と同じ名を持つ少年、ミトス。

 

「つまり、英雄とは自称するものではありません。他者にそうであると認められるもの。それだけの結果を出した者に他者が与える称号。……そんなもの、僕たちは望んでなかったのに……」

 

「……ミトス?」

 

 ミトスの最後のほうのセリフは小さすぎて誰にも聴こえなかった。ジーニアスに怪訝そうな顔を向けられるも、なんでもない、と彼は首を横に振る。その表情が寂しげなものであったことに気づけた者は、果たしてこの場に何人いただろうか。

 

「あー、それはそれとして、アレだ」

 

 ゼロスがわざとらしいくらいの明るい声を出す。

 

「世界を統合しようってんなら、そういうときの対応も考えておかなきゃな~」

 

「まだ世界統合の糸口しか見つかっていない状態で、それは気が早すぎるのではなくて?」

 

 釘をさすようにピシャリとリフィル。しかしゼロスはそれにめげず、

 

「そりゃねえぜ~、リフィル様~。とりあえずエターナルソードを手に入れればいいわけだろ? それにたまにはこういう夢みたいな話もしないと心が疲れちまうぜ~。ほら、もしもの――『If(イフ)』の話だって」

 

 そんな話はしたところで意味がない。そう思う気持ちがないわけではなかったが、リフィルはそれに反対しなかった。これまでずっと問題が山積みだったのだし、これからもそうなのだろう。たまにはこういうひとときがあってもいいはずだ、そういう気持ちも彼女の中には確かにあった。

 

「で、さ。もしかしたら俺さまたち、それぞれ領地とかもらえちゃったりして~?」

 

 ――いや、もらえないだろう。

 

 その場の全員が一斉に心の中でツッコミを入れた。だが、誰も口には出さなかった。これはただのゼロスの空想――というより妄想だから。ありえないけれども、そんなことがあったらどうなるか、それをちょっとだけ真剣に考えてみるだけの、『遊び』だから。

 

「例えば、俺さまにはメルトキオのある大陸全部、とか?」

 

「広っ!!」

 

「欲張りすぎだろ、ゼロス……」

 

 ジーニアスが思わずといった感じに声を上げ、ロイドは呆れたように返す。

 

「んじゃあ無欲なロイド君はルインの周辺だな~、あの小島」

 

「まあ、確かにルインには俺の像が建ってるけどな……」

 

「今度は狭すぎっ! ゼロスと差がありすぎだよっ!」

 

 割とどうでもいいからなのか、ロイドは苦笑するだけだった。逆にどんどんヒートアップしていくジーニアス。ゼロスはかまうことなく続けていく。

 

「がきんちょとリフィル様はヘイムダール周辺ってところか?」

 

 それにとうとうジーニアスは手にしたスプーンをゼロスにつきつけた。

 

「二人でそんな狭い範囲!?」

 

「ジーニアス、突っ込むところが違うのではなくて?」

 

 リフィルは軽く自分の額に手をやり、

 

「そもそも、わたしたちはヘイムダールで受け入れてもらえない――」

 

「それはリフィル様たちがこれからなんとかしていくことなんじゃねーのか?」

 

「…………」

 

「そうだぜ、リフィル先生。そりゃ、いますぐは無理だと思うけど、世界を統合できたときにはリフィル先生とジーニアスがあの村に受け入れられるようになる日もきっと来る!」

 

 力強くロイドが言う。これを口に出来ただけでもこの『If』の話をした意味はあった、そう思いながら。

 

「それは――」

 

「そうだよね、そんな日も来るかもしれない」

 

 リフィルのセリフを明るい声で遮ったのはジーニアス。それは、そう意識して出した声なのだろうと、誰にもはっきりとわかったけれど。

 

「世界を統合できれば……。統合後の世界でなら――!」

 

 言って、ジーニアスは自分と同じく迫害される立場にあるハーフエルフであるミトスに力強い瞳を向けた。共にそんな世界を創ろうと、『友達』として信じているという、そんな想いと意志を込めて。

 

 それを受けるとミトスは、しかし、それから逃げるようにシチューの皿に視線を落とした。

 

 さすがにその場の空気を読んだのだろう。ゼロスが話の軌道修正を図る。

 

「あー、そういや、『統合後の世界』って、長ったらしくて微妙に言いにくくないか? もっとちゃんとした名称が欲しいよな~」

 

「ちゃんとした名称、かい?」

 

 ふむ、と考え込むようにしいながあごに手をやった。

 

「…………。いきなりは、思いつかないもんだねぇ……。ロイドはなんかあるかい?」

 

「え? 俺に振るのかよ。…………。う~ん、そうだなぁ……」

 

「……レザレノ」

 

 ぼそっとそう発言したのは、ずっと沈黙していたレザレノ・カンパニーの会長、リーガルだった。

 

「お、言うねぇ、おっさん。まさか自分の会社の名前をつけようとするとは」

 

「……抜け目ないです」

 

「さすが会社の会長、だね」

 

 ゼロスにはともかくプレセアやジーニアスにまでそう言われ、かなり本格的にうろたえるリーガル。

 

「い、いや、ちょっと思いついた名前を口にしてみただけだ。他意はない」

 

「まあ、いいけどよ。おっさんの領地はアルタミラのある小島ひとつなわけだし」

 

「なっ、なにっ! いくらなんでもそれ狭すぎるのではないか!? 神子よ!?」

 

「というか、なんであんたが決めてんだい、ゼロス」

 

「でひゃひゃひゃひゃ。ほら、俺さま、神子だし?」

 

「神子だっていうなら、コレットだってそうだろ?」

 

「痛いところを突いてくるねぇ、しいなは」

 

 本当に痛いところを突かれていたら、とても浮かべられないであろう軽薄な笑みを浮かべてゼロスはコレットに向いた。

 

「コレットちゃんはどうよ? しいなの領地」

 

「え? う~ん、そうだね~。やっぱりミズホかな」

 

「あたしも村ひとつなのかい!?」

 

 決めたのがコレットだからなのだろう。動揺した声をしいなは上げた。あるいはコレットの命を狙っていたことを彼女はいまだに根に持っていたり、とかついつい的外れなことまで考えてしまう。

 

「だって、ミズホはしいなの住んでいるところでしょ?」

 

「いや、それでもさぁ……」

 

「でひゃひゃひゃひゃ。まあ、しいなにはお似合いなんでないの? 村ひとつ」

 

「うるさいよ! アホ神子!!」

 

 ゼロスはしいなの怒気をどこ吹く風と受け流し、

 

「じゃあコレットちゃんの領地は、イセリアのある大陸全土かな~」

 

「あたしと扱いにかなり差がないかい?」

 

「そしてプレセアちゃんはオゼットのある大陸全土」

 

「もう文句を言う気も失せてきたよ……」

 

 うんざりした様子のしいなをゼロスはまたも「でひゃひゃひゃひゃ」と受け流し、ゼロスは皆に問いかけた。

 

「で、なにかいい名称は思いついたか?」

 

「いや、全然」

 

 しいなのその言葉にロイドを除く全員が首を横に振る。

 

「というか、ずっと話をしていただろ。考えちゃいなかったさ」

 

 しいなのその言葉に、今度はロイドを除く全員が首を縦に振った。

 

「よ~し。じゃあ俺さまの思いついた、とっておきの名称を教えてやるよ」

 

「とっておきのって、ゼロス、前もって考えてただろ?」

 

 ジーニアスの指摘をゼロスはこれまた「水を差すなよ、がきんちょ」と流す。そして、

 

「それはズバリ、『テセアラント』。どうよ? 『テセアラ』の名前はしっかり入ってて、語感は『シルヴァラント』に近いという、この平等感溢れるネーミングセンス!」

 

「なんか、テセアラの比重のほうが大きい気がするけどな、ボク」

 

 ジーニアスがジト目でそう言うと、それに加勢するようにリフィルが口を開いた。

 

「それに、そういうのでいいのだったら『シルヴァラ』でもいいのではなくて? これなら語感が『テセアラ』に近い上に、『シルヴァラント』の名前がすべては入っていない。『テセアラント』よりも平等な名称ではなくて?」

 

「ちっ。そうくるか。さすがはリフィル様……」

 

 ゼロスが微妙に悔しそうにしながらも引き下がったその瞬間。黙り込んでいたロイドが口を開いた。

 

「なあ、『アセリア』ってどうだ?」

 

『『アセリア』?』

 

 全員が復唱する。最初はきょとんとしていたが、何度か口の中で転がしてみると、やがて皆が皆、納得したような表情になった。

 

「いいんでないの? ロイド君にしては」

 

「俺にしてはって、どういう意味だよ」

 

 少しムッとするロイド。ゼロスはそれをなだめ、

 

「けどその名前、一体どこから出てきたんだ? ロイド君」

 

「ん? ああ、それはさ。『イセリア』があるだろ? それをちょっといじってみたんだよ」

 

「それはわかるけどよ。まさかそんな上手い名前になるなんてなぁ……」

 

「まず『アセリア』だろ? 次に『ウセリア』、それから『エセリア』に『オセリア』――」

 

「ちょい待ち、ロイド君。その次はまさか『カセリア』とか言わねーよな?」

 

「おっ、よくわかったな、ゼロス! で、その次は『キセリア』で、それから――」

 

「最後は『ンセリア』か? もしかして」

 

「そうそう。ゼロス、今日は冴えてるなー。で、さあ、やっぱり『アセリア』が一番いいかなって――」

 

「それで長いこと黙りこくってたのか、お前はっ!」

 

 そう怒鳴って、ゼロスは『ルイン』で買ったハリセンでロイドの頭をぺちんとはたいたのだった――。




今回はバトルメインの前の話とは違って、とことん『会話』に徹してみました。
しかしこの話、時系列的には『クラトスがロイドの父だとバレる』&『ミトスの正体が明らかになる』という超シリアスイベントの直前にあたるんですよね(苦笑)。
ゼロスのテンションが若干違和感あるくらい高いのは、そのせいだったり。

ちなみに僕は、『料理に薬を入れたのはゼロス』と思っています。
や、『コミックブレイド』に連載されていたコミック版で、それっぽい描写があったので。

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