【習作・ネタ】狂気無双   作:モーリン

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8話

 

 

 

 

劉備との邂逅からはや半年、西暦183年の春。

 

徐晃は相も変わらず旅をしていた。

 

漢という国をあっちいったりこっちいったりと、ぶらぶらと賊を討伐しながらである。

しかし此れほどまでに長い間賊討伐をしていた結果が、とうとうというべきか、漸くというべきか、現れてしまったのである

 

曰く、盗賊狩りと

 

この7年…いや、既に8年にさしかかろうとしている旅路の中で彼女が討伐した賊は8000にも上る。

そして死体の状態等、官軍では絶対に出せない切り口。まるで人間業ではない太刀筋がとうとう世間の目に留まったのである。

 

ただその名前は知られていない。

 

容姿は女性で黒髪という以外は謎の人物である。だが、確実にその存在は市井に広がっているのだ。

 

だからと言って徐晃はその盗賊狩りを辞めるつもりは全く無い。

殺人という快楽を得てかつ、官軍に追い回されずに済む。それだけで徐晃は十分であった。

そして今回も、とある賊達を殺しつくし、快楽を得ようとしていた。

 

 

徐晃の目の前には砦があり、うようよと賊が見て取れる。

現在徐晃は、砦を視界に納められる小高い丘の森に息を潜めている。

数は最低でも2000人以上。流石の徐晃もその人数を一人で相手にしようとは……考えていた。

 

(…行けなくは無い……弓矢が容易に打てない所…室内がいい、そこで暴れれば……あは)

 

徐晃の中では賊の2000や3000は条件が揃えば物の数ではない。

これは決してうぬぼれでもなんでもなく、徐晃自身が客観的に自身の武力を見ての判断である。

 

まず彼女のスペックを確認しよう。

身長は劉備より若干低いが、手足がすらっとしており無駄の無い筋肉が付いている。

そしてその怪力は凄まじいの一言である。5石位(110kg)の大岩でも軽々動かせるほどである。

 

刀剣の扱いは絶技と呼ばれるに相応しい程の熟練度。鉄すらも容易く切り落とす腕前はもはやこの国には対等に切り結べるものなど居ないのではないのであろうか。

そしてこの8年間殆ど一人で戦ってきて培った勘、危機察知能力。体力。そして…覇気。

たかが賊、されど賊。殆どが農民からの出が多い賊の中には官軍の正規軍に配属されていた腕っ節の強い輩も極稀に混ざっていた。

 

その者たちすら竦み怯えるほどの覇気も身に着けている。

…王者の風格ではなく、殺人者、魂を狩るものといった風に、相手の生存本能を脅かすような禍々しいものであるが。

 

さらに「気」の扱いも一年前と比べ物にならないほど上達している

原因は五斗米道と呼ばれる宗教団体に所属している者たちが使用する鍼での治療。

その際に使用する「気」を彼らから盗み見て学んだ。

 

盗み見るというのは少し御幣があった。

 

とある賊から女性を助け、邑へと送っていった際に、その五斗米道の者が丁度宿を借りており、そこでその被害にあった女性に治療をした。

その際に見た気の運用方法。正に目から鱗であったのだ。

此れほどまで「気」という者が便利なのかと、目を見張ったのは徐晃の中で記憶に新しい。

 

新天地と呼べるに値する衝撃的であったのだ。

 

徐晃は自然に「気」を扱い、自身の身体能力強化、武器の保護などを行っていた。それを誰からも教わることなく熟練するなど正に天才と呼ばれる者。

しかし、いくら天才でも分からないものは分からないのだ。しかし、一度見れば天才は乾いた砂が水を得るが如く、その技術を吸収したのだ。

 

と言ってもそこまで運用が変わるわけではない。

自己治癒能力を高め、更に居合いでのリーチの増幅…斬撃を飛ばすことにも成功しているが、徐晃はよっぽどのことが無い限り遣うことは無い。

何故なら、人を殺すという感触が手に体に頭に脳に伝わってこないからだ。それに居合い切りの型を取らないといけないので何かと不自由であった。

 

初めて使った瞬間は多少興奮したが、それだけであった。よって斬撃は飛ばさないように心がけている。

 

徐晃は賊を直接その手で殺しに来ているのだから。

 

 

 

「ふふ…でも、矢を射る賊は斬撃飛ばして矢毎斬るのもまた一興かな」

 

 

 

が、厄介なものは自分の手札を使って対応するのも悪くないと思っているのも事実であった。

何にせよ、彼女が殺すという行為を行うのは善意でも悪意でもなく、ましてや軍の作戦でもない。欲求に従うだけである。

よってその時の気分によって殺す方法も違ってくるというのは必然なのかもしれない。

 

「ま、それも叶わなさそうだけど」

 

徐晃が小さく、本当に小さく呟いたその時

 

「ん?おい!そこで何をやっている!?」

「姉者、声が大きい」

 

 

俯いている徐晃の後ろからがさがさっと音がしたと思っていたら草の根を掻き分け出てきたのは

オールバックに髪が長く、大剣を携えている女性と、水色の髪で片目を隠している女性、その手には弓を携えている。

そう、夏候惇に夏候淵である。

 

「…さぁ?」

「貴様…!?」

「姉者、少し落着け。すまん、今からそこの砦の賊を我が曹猛徳様が討伐する関係でな躍起になっていたのだ…それで、貴殿はそこで何をしておられる?」

 

夏候惇が答えをはぐらかした徐晃に向けて殺気を飛ばすが、それを見かねた夏候淵が姉を押さえ、事情を説明し改めて問う。

徐晃にしてみればとんだ邪魔が入ったと思っていたが、曹孟徳という名前は聞いたことがあった。

最近刺子の中でもで有名な人間である。善政を敷いており民にも信頼が厚い人物であった。

 

「…ちょっと賊を殺そうかと」

「敵討ちか?しかし、この人数を一人は自殺行為だぞ?」

「問題ありません…が、ここで暴れられると曹操に目を付けられそうだからね、退散するよ」

「貴様!華琳様を呼び捨てにするとは!そこになおれ!」

 

徐晃が曹操の名を呼び捨てにすると夏候惇が叫ぶ、夏候惇にとっては敬愛する曹操を呼び捨てにされるのはたまったものではないであろう。

此れが名のある人物や、夏候惇が知っている人物であればその限りではないが、相手はただの名も知らぬ女である。憤慨するのは仕方が無い。

が、そうは問屋が卸さない。

 

「姉者!落着け。…ふむ。何もしないのであれば……ん?」

 

夏候淵が何かを言いかけて止まる。

 

「ちょっと待て」

 

既に背を向けて歩き出そうとしている徐晃の姿を見て、夏候淵はある噂と目の前の徐晃を照らし合わせていた。

 

(黒髪と女性…曖昧だが、条件は一致している。何より姉者の殺気を受けて尚動じない胆力。…もしや)

 

そう結論を付け

律儀にも言葉を待っている徐晃の背に対して夏候淵は口をあけた

 

「我らと共に賊を討伐する気はあるか?」

「な、何を言っているんだ秋蘭?そんなこと、華琳様がお許しになる筈が無いではないか」

「責任は私がとる、どうだ?」

 

その言葉に徐晃は後ろを振り返って、提案した夏候淵を見る。

 

「…申し訳ないけど、名前も知らない人間には従えないよ」

「此れは失礼した。我が名は夏候淵。曹孟徳様の臣下である」

「私は夏候惇。華琳様の剣だ!」

「…私の名前は徐晃。……うーん…」

 

徐晃は夏候淵の提案を吟味する。

そもそも徐晃は殺しに来ているのだから夏候淵の提案に従えば目的を達することは容易い。何しろ官軍のお墨付きなのだ。相当暴れられる。

しかし、軍での行動は恐らく束縛が付いているはずだ。さらに賊との乱戦となれば敵と味方の区別が付けるかどうかである。

 

実際戦場で仲間を切るというのは珍しいことでもなんでもない。死という人が決して乗り越えられない概念を目の前にして兵士一人ひとりが冷静に戦える。

それは理想だ。確かに統率した兵ならそれらも可能になるのかもしれない。しかし、混戦になった場合はそういった気配りは不可能である。

全員生きるのに必死だからだ。

 

更にいえば、徐晃は賊と曹操軍の区別が付くかどうかである。確かに軍は同じような格好をしているが、これが乱戦時にも見分けが付くかどうか

そういった点で悩んでいた。

 

「…味方を切り殺しちゃうかもよ?」

「……それは困る。乱戦の時は多少は目を瞑れるが、目に付くようであったら流石に…」

「でしょ?それにここに曹孟徳が居ないと言う事は、作戦があるんじゃないの?」

「……」

 

徐晃の言っていることは最もであり反論する余地は夏候淵には無い。

確かに、夏候淵は目立った人物をヘッドバンディング…つまり、曹操軍の傘下へ置けないか推薦することは可能である。

が、採用するには曹操の目どおりが必要である。そこまでの権利は夏候淵には無い。

 

さらに既に決められた作戦が在るためそれを変更する権限も当然ながら持ち合わせていないし、既に主君である曹操は軍師の献策通りに事を進めようと動いている。

 

が、夏候淵でも取れる行動がある。

 

「ならば…私の矢を華琳様…曹操様へと渡してきて欲しい」

「は?自分でやれば?」

「賊を殺したいのだろう?…華琳様のお許しを得ればその目的は達することが出来るぞ?」

「うーん…どうしよっかな」

 

夏候淵は目の前の女性、徐晃をどうしても曹操の目の前にもって行きたかった。

何故なら、半年以上前に曹操は夏候惇と夏候淵にとある命を下したのだ。そう

 

『曹孟徳が告げる!この3件に関わる人物を探しだしなさい!』

 

曹操がいっていた事件の中心人物こそ、今目の前にいる徐晃だと夏候淵は判断している。

だからこそ、曹操に目通りをしてもらいたいのだ。もし違っていたとしたらその時は判断ミスで罰を受けるしかない。

だが、そうならないことを夏候淵は確信している。

 

「…うがー!もう!まどろっこしい!徐晃といったな!さっさと秋蘭の言うとおりにしろ!」

 

そして今までのやり取りを見ていてうずうずした夏候惇が遂に爆発した。

夏候惇にしては我慢していたほうである。目の前のやり取りは彼女にとってあまり価値が無いように思えていたのだ。

何より、夏候惇自身、ああいったことは苦手である。

 

「…ふふ、わかったよ。では夏候淵さん。矢を一本くださいな」

「ああ…では、宜しく頼む」

 

徐晃は矢を受け取り、夏候淵から曹操がいる位置と簡単な作戦を聞いて、その場所へ向かって歩いていった

 

「…秋蘭。いいのか?」

 

夏候惇は、ああは言ったものの内心ではちょっと軽率だったかな?と今更になり若干後悔していた。

 

「ああ、以前華琳様から受けた事件の人物…恐らく徐晃がそうだ」

 

その機敏を感じ取り姉である夏候惇を安心させる要素を伝える。

 

「事件…事件…ああ!って何だと!?…いや、しかし私の気を受けても平然としていた胆力……うーむ」

 

腕を組んで悩む夏候惇の姿を見て夏候淵はにこにこと見るだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「曹操様、御目通りしたい者がこの陣を尋ねていますが」

 

砦から少し離れた所で陣を構えており、作戦の決行時間を待っていた曹操の下へ伝令が赴いた。

 

「私に目通り?」

「はっ、何でも夏候淵様の矢を持ってきたと」

「秋蘭の…分かったわ、通しなさい」

「はっ!」

 

伝令がすぐさま下がり、少し間が空き、一人の女性が入ってきた。

 

「へぇ…」

 

陣の中心にいる曹操からそう言葉が漏れた。

陣に入ってきたのは一人の女性、徐晃である。凛とした佇まいできびきびと行動しており、その手には確かに夏候淵の矢を持っていると曹操は一人納得する。

しかし、それに対して言葉を漏らしたのではない。

 

徐晃の容姿に対して漏れた言葉である。

 

徐晃は夏候惇に似た美人だが、髪の毛はそれより幾分か蒼く、太陽の光に反射して輝いている。

顔もトップクラスの美貌を持っており、体系も出るところは出て、引っ込んでいるところは引っ込んでいる。

 

「貴方が曹操さんですか?」

 

開口一番、一応お辞儀をして礼を通した徐晃だが

 

「な!?曹操様に対して何たる無礼!」

 

様やもう少し丁寧な礼をとらなかったのがその横に居た猫耳フードを被った少女の勘に触ったのか、激昂して徐晃を糾弾した。

 

「待ちなさい荀彧。…その矢を見せて御覧なさい」

「…はい」

 

そうして徐晃は手に持っていた矢を目の前の曹操へと手渡した。

 

「…ふむ、確かに秋蘭が何時も使っている矢だわ……」

 

そうして曹操は考え込み、どこか納得した顔になった。

 

「…成る程。あなた、ここにはどうして来たの?」

「それは、あの賊を討伐しようと思って砦を見ていたら、夏候惇さんと夏候淵さんが来て今から討伐するという話なので退散しようとしましたが」

「秋蘭…ああ、夏候淵が貴方に矢を持たせて私に会わせた訳ね」

 

なるほど、と曹操は一人納得する。

 

「討伐って…相手は3000も居るのよ!?たった一人でだなんて…自殺願望者?」

「…私はただ彼らを殺せればいいの、数なんて関係ないよ」

 

あっけからんといいのける徐晃に対して曹操は若干微笑んだ。その顔は期待を孕んでいた

 

「ふふ…成る程、ではこの曹孟徳が許す!我が策の内であれば存分に暴れなさい」

 

そう、言い放つ曹操を驚きの顔を浮かべて荀彧は見る。

 

「曹操様!?」

「……はぁ、まあいいか」

 

徐晃は曹操の雰囲気から察してここで引いたら悪いほうで目を付けられると悟り、殺せるのであればいいかと考え了承した。

 

「ただ、貴方方の配下に加わった覚えは無いので、ある程度自由にさせてもらいますよ」

「ええ、いいでしょう。だけど、我が軍は誰も貴方に手を貸さないわ」

「好都合です」

 

そうして徐晃は賊を殺せるという大儀名文と官軍の許可を得たのであった。

 

「それでは、我が隊の殿を任せるわ」

 

その一言で徐晃の配置が決まった。隊の殿とは一番後ろということである。

此れは撤退戦では最前線の位置になり、この策の中ではかなりの激戦区である。

予め夏候淵に今回の策の内容を聞いていた徐晃はその言葉を聞いて若干やる気を出したのは言うまでもない。

 

 

 

 

そして作戦開始時、銅鑼の音がけたたましく辺りを木霊する。

 

 

「「「うおおおお!」」」

 

 

この作戦では曹操隊を囮にして、賊が全員出てき終わったら後ろから夏候惇、夏候淵の両隊が背後からの奇襲をしかけ殲滅するという策である。

此方の戦力はだいたい2000で賊は3000と、数で負けているのでこういった策が必要になってくるのは必然だ。

 

曹孟徳に無駄は無い。

 

よって最低被害で賊を殲滅させることが重要である。勿論、名を売るというのも目的だが、この場ではまだ飛躍するような名は売れないであろう。

だが、今回の策は荀彧が命を賭して曹操へと献策したものである。つまるところ試験の意味合いの方が強いと思われる。

 

そう、荀彧が綿密な作戦を立てその通り進むはずであったのだ。

 

徐晃が来るまでは

 

 

「ふふ…わらわらと……最高だね」

 

曹操隊の殿より、更に砦よりにぽつんと徐晃は腕を組んでみていた。

その顔には満面の笑みである。内心、やっぱり夏候淵の意向に従ってよかったと今になって思う。

 

「ちょっと!あまり突出してると死ぬわよ!?」

 

後ろから大きな声で徐晃を注意する荀彧の声が聞こえてきたが、当の徐晃は気にせずわらわらと沸いてくる賊を見続ける。

既に彼女の頭の中では一人ひとりどう殺していくかをシミュレートしているのだ。

 

「…まぁ、作戦はちゃんとしようかな」

 

シミュレートし終えて、そういば作戦中であったという事をぎりぎりで思い出し

ぎりぎり突出しておらず且つ、夏候姉妹の突撃に邪魔にならない程度の位置を陣取る。

 

「ふふ…さて、始めますか」

 

そして、居合いの構えを取った。雄たけびと共に駆けてきた先頭の賊が徐晃の間合いに入った瞬間……一閃

霞むような速さ…否。遠目から見ても刀の軌跡が全く見えない程の速度の斬撃が先頭の賊を両断した

 

「へあ?」

 

彼の最後はあまりにもあっけなく、その人生という名のステージから退場して逝った。

 

さらに、同じように隣の盗賊を抜刀時に両断した。

 

「あは、あははははは!!」

 

それでも止まらない賊を見て、そして後ろに居る曹操隊の兵士が賊に対して迎撃体制をとり、この死が多数行きかう中心で殺しが出来ることに徐晃は感謝し、興奮した。

 

笑っている間も全く手は休まっていない。超高速で敵を両断し続け、かつ敵からの矢や剣での斬撃、槍での突きをその手に持っている刀で両断し、防ぎ、ステップでかわしながら

血風を巻き起こし、徐晃に血化粧を施している。

 

「最高だよ!!」

 

正に圧巻である。後ろにも目が…いや、全方位に目があるのではないかという位に全方位からの攻撃に瞬時に反応し、無駄は一切無く流麗に賊を両断している。

 

「あああああ!?」

「押せ!数でおせええええええええ!」

 

それでも一人というのはやはり敵に対して希望を与えてくれる。だが、そうは問屋が卸さない。

 

「おおおおお!」

 

曹操隊の人間も賊に対して奮闘する。金属の音と断末魔、血の匂い肉の匂い。そして…死の匂い。

 

「いい!此れほどまでにいいとは!」

 

徐晃は絶頂に達するくらいの快感と興奮に包まれていた。

徐晃が一度に殺した賊の数は最高で512人の大隊に及ぶ程の数である。その時もかなり興奮していたが、今回は相手が3000というかなりの大規模

そして、戦争という死を具現化したような、闘争本能を刺激する場の空気に触発されて、今までにない程の快感を覚えていた。

 

「あっははははは!」

 

既に衣服は返り血で真っ赤になっている。着物の綺麗な蘭の刺繍はいまや返り血でどす黒く染まっている。

いや、もう血で染まっていないところの方が面積として少ないだろう。そして返り血の面積は徐晃が刀を一振りする度に増え続けている。

 

まさに鬼人。いや、鬼神。

 

爛々とした瞳で次に殺す賊を見て、一瞬で距離を詰めて馬や防御しようと眼前に掲げた剣ごと断ち切る。

 

「ば、化け物め!!」

 

そうして、口々に徐晃を罵る言葉は逆に快楽になっている。いや、その罵った賊を殺す際に上げる断末魔を聞いて快楽を覚えるのだ。

 

「ぐぎゃああああ!?」

 

右肩から腕を飛ばされて、激痛で声を上げる賊に対して、隣の賊を巻き込むように首を切断しながら隣の賊にも深く切り込む。

 

「があああ!?」

 

そうしてまた同じ行動を両の手の刀で繰り返しながら戦場に大きな血の華を咲かせ続けた。

 

 

 

 

 

 

「……」

「…な、なによあれ」

「え?え?」

 

後方に控えた曹操、荀彧、許緒の三名は徐晃の凄まじさをまざまざと見せ付けられた。

この距離からでも曹操しかその太刀筋を見れない。他の二名には刀の刀身を見ることすら叶わない。

一振りで賊が二人死ぬか、ぎりぎり生き残る。

 

此れだけ見れば夏候惇の方が多く殺せる。しかし、徐晃の特筆すべき点はその速さ。

 

一秒の間に2回刀を振る。それが二つだ。そう、理論上1秒で8人もの賊を殺せるのだ。

しかも、周りから絶え間なく攻撃に晒されているのに、まるで見えているか如く、その攻撃を捌き、いなし、避ける。

そしてその動作の中でも敵を絶え間なく殺し続けているのだから驚きを通り越して恐怖を抱いた。

 

後方の兵士も血の大輪を咲かせている徐晃を見て恐怖する。

 

まさに化け物。

 

彼女が殺した賊の数は既に100を越している。

そしてそれが今、この瞬間にも増え続けているという異常性。

 

「…まさか……成る程。秋蘭が私に徐晃を見せた真意が漸く分かったわ」

「そ、曹操様、それはどういうことでございますか?」

「…彼女は「盗賊狩り」よ。あの噂の当人だわ」

「盗賊狩り……」

 

そう、ここに来て曹操は確信した。徐晃は以前、夏候惇と夏候淵に課した命を思い出す。

賊の惨殺事件。民衆にとっては治安向上や夜も安心して眠れるというのだから事件にするのは些か疑問であったが、それでも事件である。

当初は眉唾ものの話で誰も信じていなかった、しかし曹操はその事を信じていなかった。絶対に誰かが動いている。そう確信していた

 

 

「これは、流石に予想以上よ…」

 

その曹操をもってしても絶句である。

 

「曹操様!夏候惇隊、夏候淵隊が動き出しました!」

 

ここに来て作戦通り夏候姉妹が動き出し、敵を更に混乱させていく。

更なる乱戦になった。

 

「総員攻撃態勢をとれ!賊を討伐していくわ!ただし、逃げれるように隙間を空けておきなさい!」

「「「了解!!!」」」

 

荀彧の言葉で正気を取り戻し、すぐさま隊に指示を与える。

そして徐晃が居る所に目を向けると…血の大輪は咲かなくなっていた。

 

「まさか…」

 

頭に徐晃の死という言葉がよぎるが…今は目の前の作戦が大事である。

 

「…さぁ!ここが正念場よ!気勢を高めよ!一気に叩き潰すわ!!」

「おう!」

「「「おおお!!」」」

 

そうして一気に攻勢にでた曹操隊。

既に賊の周りには夏候惇隊と夏候淵隊が包囲殲滅しており、中は味方と敵で入り混じっている。

と、様子を見ていた曹操の目の端に徐晃を捕らえた。

 

その徐晃は既に戦うような雰囲気は出しておらず、既に刀は納刀している。

それでも徐晃に切り込んできた賊を神速の抜刀で両断しながら曹操の近くへと歩いてくる。

 

「無茶苦茶ね…」

 

荀彧がそう零すが、曹操も同じような感想であった。近くで見たら剣の軌跡は全く目で追えなかったのだ。

 

そうして、徐晃は曹操の居る位置にまで歩を進めた。

 

「混戦になったから曹操さんの兵士を殺さないように下がったけど、問題ないですよね?」

 

曹操の近くへ来てそう徐晃は言う。

その姿は真っ赤に染まっており、既に血で染まっていないところを見つけるほうが難しい。

その徐晃に許緒と荀彧は思いっきり引いている。

 

「ええ、問題ないわ。貴方のお陰で我が軍の被害も軽微、感謝するわ」

「そうですか。では、私はこれで」

 

すでに作戦は大詰めで徐晃は自分の力はもはや必要ないのと、最高のひと時を過ごせたという事でさっさと帰ろうとする。

 

「お待ちなさい。貴方に礼をしたいわ、是非陳留まで来ていただけないかしら?」

「!?そ、曹操様!危険です!」

 

曹操の言葉を荀彧がその真意を直ぐに理解し、静止の声を上げる

 

「黙りなさい荀彧。まだ貴方の試験は終わっていないわ」

「…はっ。出すぎた真似を致しまして申し訳ありません」

 

そうして、荀彧を叱った曹操は徐晃に目を向けて

 

「どうかしら?」

 

そう問いかける。その目は徐晃を欲していることが丸分かりで艶がある瞳をしている。

その事に対して荀彧は嫉妬し、徐晃に対してきつい視線を送るが

 

「ん~私としては賊を殺せるだけ殺せたのでこれ以上の物は望んでおりません」

 

そうして背を向ける徐晃、しかし曹操は徐晃を返す気は無い。

 

「あら、この曹孟徳の申し出を断るのかしら?」

「…正直言って面倒くさい事になりそうなのでここら辺でお暇したいのが本音です」

「そう、でも貴方が帰るというのならもっと面倒くさい事になるけど、宜しいの?」

 

曹操は徐晃に対して興味を持っていた。

あの鬼神の如き戦闘力を魅せていたと思えば、こうして人間臭い所もある。

そして、曹操は徐晃の性癖を既に見切っている。

 

「私のお礼は此れよりももっと大きい戦場を用意するわ」

 

どう?と早速手札を切る曹操は強かである。

 

「…これ以上の?」

 

徐晃はこれ以上の戦場…いや、これ以上死という概念に近づける場所を用意できるのかと。

たまらず返事を返そうとするがしかし、冷静な徐晃は待ったを掛ける。

 

そして曹操の言葉を吟味する。

 

もっと大きな戦場を用意するという事は恐らく将として配下に加える心算であろうと予測した。

 

「……ある程度自由に動けるのであればその話、お受けします」

「ふふ、頭の回転が速いのね。嫌いじゃないわ」

 

曹操は笑みを作り、徐晃は面倒臭いという表情を前面に出しながらもそう返事をした。

 

 

そうして徐晃は一時的に曹操の傘下へと加わったのであった。

 

 




誤字脱字等御座いましたら、ご指摘の程よろしくお願いします

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