【習作・ネタ】狂気無双   作:モーリン

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23話

 

砦内部は既に混沌としていた。

袁紹軍の黄金の部隊、曹操軍の蒼い部隊。劉備軍の緑の部隊。そして黄巾賊。

南と北の砦内部への入り口から三つの軍が黄巾賊を食い破っていく。

 

その中でも夏候惇、関羽は奇襲の時から全く動きが鈍ることなく、その身を血化粧で着飾っていた。

 

「くそおおおお!」

「化け物がぁあ!!!」

 

その声がした方向に二人は同時に閃光を走らせる。

身にまとう簡易な防具毎断絶する武技は妙技と表しても問題ないほどだ。

 

「があああ!?」

「ぎゃああああああ!」

 

断末魔を上げて絶命する賊。そして背中合わせで肩で息をする二人。

 

「はぁ…はぁ…」

「はぁ……ふぅー」

 

しかしその集中力は、その鋭い眼光は全く衰えていない。寧ろ己の限界を超えんばかりに気勢が高まっているのだ。

だが、周りの賊は化け物と表している二人の息が上がっている事を目にして、絶好の機会と判断したようだ。

上の階から呆れるほど賊がどんどん追加されていき、二人を瞬く間に囲んでいった。

 

「は!化け物といえど、所詮は人間。野郎共!この二人を殺せ!!」

「「「おおお!!」」」

 

賊が雄たけびと共に殺到する……その直前に、轟音と共に砦の入り口から人間が数人、彗星の様に吹っ飛んできて、囲んでいた賊を巻き込んで壁へと叩きつけられた。

吹っ飛んできた方向を瞬時に見る賊と二人。その視線の先には堂々と二つの刀を携えて歩いてくる黒い髪を少し赤色で汚し、血化粧を纏った人物。

 

徐晃である

 

「南側の外に賊はもう殆ど居ませんから、殺しに来ました」

 

本当に軽く言葉を紡いだ徐晃は、にやりと夏候惇と関羽を見る。

 

「ふん!余計なことを」

「全く、相も変らぬ強さだな」

 

徐晃が現れてからのやり取りで既に呼吸を整えた二人は、徐晃を皮肉った。

そして先ほど複数吹っ飛んだお陰で穴が出来ている包囲網から一気に駆けて、自分の隊を呼んだ

 

「夏候惇隊!華琳様の本軍と合流し、敵大将の首を献上するぞ!続け!!」

「関羽隊!此方も桃香様の軍と合流し我らが先に首を上げるぞ!!」

「「おう!!」」

 

そう、目的を忘れてはいないのだ。

故に、視界の端で捕らえている各軍の兵隊の色から本陣の位置を大まかに予測し、一丸となって駆ける。

 

「「どけぇえええ!!」」

 

賊の壁へと食い込み、破竹の勢いで二人の隊が徐晃を残して、おそらく居るであろう各軍の本隊に向かって突貫していった。

その様を切りかかる賊を常人では不可視の剣速で切り刻んで見ていた徐晃。

 

「……何となく、仲がいい…のかな?」

 

殺しの快感で脳が少し蕩けている状態での思考は、そこまでの結論しか思い当たらなかった。

そして徐晃はその事を脳内から追い出して、周辺の賊を切り刻みながら、賊が降りてきた階段の方面へと進む。

 

砦の中は非常に広い。出入り口の広場は1000人は優に収容できるスペースを確保してあり、砦より城と言っても謙遜無い規模だ。

しかし、80000もの人数が収容できるのだ。それ相応の広さが無いのは逆に可笑しい。

 

「くそ!止めろ!あれを止めるんだー!!」

 

階段にも多くの賊が徐晃を待ち構えていた。だが、彼女に対してはかえって好都合である。

鎧袖一触で彼らを掃討する姿は畏怖を与え、戦意を喪失させているほどだ。

 

「止めて見せてよ。もっと、もっと!もっと来て!」

 

その戦意喪失に拍車を掛けているのが徐晃の狂気。

残酷非道に賊の一部を切断し、その断末魔を楽しみ、快感を得ている。

まるで自分達の悪意がそのまま自分達へと降りかかっているような錯覚。

 

階段を上る毎に、彼女が歩を進める毎に聞こえる死の足音。

 

満面の笑顔で魂を狩り、阿鼻叫喚を作り出しているその姿は正に死神。彼女が通った階段は既に死屍累々の道が出来上がる。

そして、砦の二階に上がり更に待ち受けていた大勢の賊に対して笑いながら突貫し、目を見開き彼らの最後の表情を楽しむ。

 

「う、うわあああああ!?」

「来るな!来るなぁあああああああ!?」

 

正気は保てなかった。彼女の剣閃の範囲内に一歩でも…いや、つま先が入った瞬間に殺される未来の姿しか彼らには思い浮かばない。

 

「お、おい!全員で掛かれば」

「ならてめぇがいけや!!」

「おい!やめろ、やめろおおおおお!?」

 

混乱した賊に指示を出し、後ろに下がっていた男を別の賊達が腕を抑えて徐晃に向けて押し出した。

にたりと笑った徐晃はその二つの刀をその賊だけに対して動かした。

 

「はへ?」

 

涙と鼻水で汚れた表情で惚けた声を零した。地面に立っていたはずなのに、浮いているという感覚に対してその言葉が零れたのだ。

まるで水溜りに向かって躓き、転倒したように水分を含んだ音が彼の耳に届いた。

 

急いで立ち上がらないと、そう思って手と足を動かそうとするが、感覚はあるはずなのに自身の視界が全く変化が無い。

そう、今間違いなく両腕を動かし、自身の体を持ち上げようとしているのだ。でも、持ち上がらない。

 

そこで彼は気付く。此れほどまで混乱していたのに何故か辺りが静かである。

 

いや、違う。何故か周りがゆっくりと動いているのだ。

 

その様子をちらりと見ていると、視界の端に光るものが見えた。体を転がすよようにその方向へと体を向けると

絶世の美女が綺麗な顔を浮かべて此方へと微笑んでいるのではないか。

 

「あ、ああ……綺麗だ」

 

その言葉と同時に男の頭部へ眼球を貫通するように二振りの刀が彼の頭部を貫いた。

傷口から血が噴出し、男は数度体を激しく痙攣させて…絶命した。血だらけのその体には既に、手足は無かった。

 

「ふふ…おやすみ」

 

静かにそう彼へと言葉を送る。なんてことは無い。ただ単にそうしたかっただけである。

一人で何度も楽しめるのだ。楽しめるという理由で賊を惨殺する彼女の心境は何者にも理解できない。

いや、常人は理解しようとも思わないだろう。

 

「おい!何だよお前!気持ち悪りぃよ!何だよもう!いい加減にしてくれよ!やめろ、やめろよおおお!!」

 

完全に狂気に飲まれた賊の一人が徐晃へ向けて剣を構えながら、支離滅裂な、しかし素直な激情を彼女にぶつけた。

もうこの場に居る賊には徐晃を倒すという意志は既に喪失している。

先ほど殺された男に向けて二振りの剣を振った瞬間に、左右の腕と左右の足がそれぞれ宙に舞ったのだ。

 

そして無様に自身の血の池に体が投げ出され、頭部を突き刺され死亡した。

 

本当に一瞬であったのだ。彼らにとっては。故に悟ったのだ、この化け物には絶対に敵わないと。

 

カタカタと金属が揺れる音が空間に響いた。その音は至るところから発せられている。

そう、彼らの体が震えてその粗末な剣が振動で揺れ、床や壁、隣の剣にぶつかって音が発せられているのだ。

 

賊の言葉に真顔になり、声を上げた賊の方へと体を向ける。そして嘲笑う。

 

「ふふ…あは、あははははははは!やめる?この私が?殺しをやめる?ありえない!ありえないよ!

私が私である限り、そして君達みたいな獣が居る限り私の狩りは終わらないんだよ!わかる?この気持ち、この感触、この心地よさ、この感動!この快感!!」

 

ぞわりと徐晃中心に冷気が発せられる。いや、冷気が発せられたように、賊達の体に冬の水が全身を襲ったかのような冷たい感覚が全身を駆け巡った。

 

「理解なんかされなくて良い、共感されなくても良い……この感動が、この快楽が独り占めできるだけで…………満足だよ」

 

口が裂けたかのように歪な笑顔を浮かべ瞳孔が完全に開ききり、その深い蒼の瞳に誰もが吸い込まれそうになる。

既に魔境と化した空間。空気に錘が付いているように重く、呼吸するのが精一杯の賊。誰も彼もが恐怖という二文字を脳裏に刻み付けられた。

 

事実、その狂気と恐怖を受けて失禁し、気絶するものも見える。

 

そして彼らは既に、我慢の限界であった。

 

 

「あ、ああ……うわあああああああ!!殺せええええええ!ころせえええええええ!」

「「「「ああああああああああああ!!!」」」」

 

 

一刻も早くこの人間を殺さなければ行けない。一刻も早くここから逃げないといけない。

叫喚地獄の様に賊達が雄たけびという慟哭を上げながら、階段へ、徐晃へと一気に殺到する。

 

 

その光景を笑いながら受け止め、気で極限まで強化した肉体を駆使して…紫電となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ、我らが波才の首、頂戴しようではないか!全軍、この趙子龍に続け!!」

「「は!」」

 

曹操軍、劉備軍、袁紹軍が賊を駆逐している中、一足先に突出した部隊が存在していた。

趙雲隊である。巧みに部隊を纏め上げ、彼女自身の武勇と知恵で賊を蹂躙し、北側の二階へと足を運んだ。

それでも大群と言えるほどの物量で何とか趙雲隊を押し留めようとしているが、それも彼女の槍の前では紙も同然であった。

 

「ちぃ!?夏候惇隊!我らも二階へと歩を進めるぞ!」

 

本体と合流し、曹操の無事と他のメンバーの無事を確認した直後に残りの夏候惇隊を引き連れて再度、砦へと潜入した。

奥から沸いてくる賊はもはや悪あがき程度の抵抗である。いかに堅牢な砦を持っていても、それを引き剥がせば赤子も同然。

正規に訓練している人間の方が戦闘に関して一日の長があるからだ。

 

「ええい!鬱陶しい!」

 

しかし、趙雲よりも素早さが劣っている夏候惇隊では、賊の物量に捕まり、中々硬直状態から抜け出せない。

切れども切れども奥から賊が軍に向かって、突撃してくるのだ。

 

しかし、そこに救世主が現れる。

 

鈍く光る鉄球が速度を落とすことなく、夏候惇隊を阻んでいた賊をなぎ払った。そう、許緒である。

 

「春蘭様!」

「さすが季衣!でかしたぞ!」

 

その空いた空間に躍り出て階段を上っていく、趙雲に遅れて漸く二回へと進出することが出来たのだ。

既にそこには趙雲隊と関羽隊がそれぞれ賊を相手にしているが、それらを尻目に、新たに向かってくる賊を相手にする。

 

「く!夏候惇がもう来たか!」

「はん!関羽。我らが波才の首を上げるのだ!」

「ぬかせ!」

 

既に一回の賊は鎮圧寸前である。死体もそれ相応の多さで、この砦内は混沌としていた。

彼女達が中心となり、賊を紙切れのように葬っていき、他の部屋を後から来る本体へ任せ

とうとう、最上階へと全軍が駆け足で階段を駆け昇り、その空間へと足を運んだ。

 

「ふ、並ばれましたか」

「ふん、趙子龍といったな、波才の首は渡さんぞ!」

「……待て」

 

そう、運んだのだ。

 

 

関羽が静かに二人に対してそう言った。何を馬鹿なと関羽を見ると、その目が驚愕を語っているように見開いている。

そして二歩ほど遅れていた夏候惇、趙雲は関羽の隣まで歩を進め最上階の部屋を見る。

 

そして、その光景に絶句した。

 

砦周辺、砦内部一階、二階と、踏破してきた。そう、同じ砦の中のはず。

その筈なのに、そこの最上階だけは空気が決定的に何か違っていた。一言で表すのなら……重い。

下の階の喧騒は嘘のように、一番激戦になる筈だった空間が、静かなのだ。

 

最上階の部屋は真っ赤であった。数多の賊が絶命し、微かに息をしている者が、死を待つように呻いている。

 

全員が体の一部を切断されて、もはや誰の手足か分からない、誰の首か分からない、悲惨すぎる有様。

 

「ごはぁ!?」

 

誰かが何かを吐いた音が彼女達の鼓膜を打った。そこで漸く、呼吸を取り戻し音の根源の方向へと視線を移した。

 

そこに居たのは黒髪の鬼。否。徐晃である。

 

片手の刀を大男の心臓…より若干下を刺し、男の体を貫通し、片手で宙に浮かばせていた。

その刀からてらてらと光る血液が刀の鍔を通して徐晃の右手を汚し、床に血の池を作っている。

 

「ぐ、ぐおおおおお!!」

 

最後の気力を振り絞ったのか、雄たけびを上げながら賊の大男、波才は右手で持った剣を徐晃に切りつけようと振りかぶった。

 

その瞬間に彼の腕が宙に舞う。

 

「があああああああ!?」

 

勢い良く傷口から血が噴出し、徐晃を汚すが、彼女は嫌な顔一つせず全てを受け入れていた。

そして切り上げた左手の刀で彼の上半身と下半身を分かれさせ、更に男の絶叫が室内を満たす。

 

「あ…ああ……て、天和……さ…ま。…に、にげ」

 

一時の時間がたち、とうとう叫ぶ気力が無くなり、その体力が無くなって瞳から光を失っていた。

だが宙で血だらけに成りながらも彼は視線を天へと向けて、何かを呟いた。……が

 

最後まで言葉を発せられずに徐晃が右手の刀を一気に引きぬき、重力の檻に引きこまれるように落下する波才の首に剣閃を走らせ……絶命させた。

 

地面に落ちた拍子に首も分離し、勢い良く北の入り口の方へと転がった。

それに気付いた徐晃はその転がった方向へと視線を向け、夏候惇、関羽、趙雲の三人の姿を認識した。

 

「…その首が波才だよ。私は興味ないから、誰か貰っていってもいいよ」

 

この室内には相応しくない、綺麗で穏やかな声が徐晃から発せられる。

だが、誰も言葉を発することが出来なかった。彼女達は本当に徐晃が仲間なのか、一度胸中で問うた程である。

 

危険すぎる

 

南側の入り口から他の兵士が見えていないとなると、一人でこの階まで来て一人で制圧したということになる。

死んでいる賊は目算で2000以上はいる。室内だと矢は殆ど機能せず、また槍もそのリーチで他の人間に当たって使いづらい。

だから死んでいる賊の殆どが剣や短剣を握って絶命しているのが見て取れた。

 

平原では槍、矢、剣と、多彩なリーチ差での波状攻撃と柱などの障害物や、壁など無いから避ける範囲も限られている。

しかし、室内は徐晃の独壇場なのだ。壁や柱を使い、天上すら足場と利用し、三次元的な動きで敵を切り刻むのだ。

 

故にこの数字は徐晃にとって何ら驚くことではない。また、あの防衛戦で限界を突破し、徐々にだがその能力も上がってきているのだ。

 

(…秋蘭、これも徐晃なのか?)

 

冷や汗を垂らして徐晃を凝視する夏候惇。確かに、確かに味方は一人も切り殺していない。

あの時も、味方を巻き込まないように賊をふっ飛ばしている。だが、それを差し引いても、これは危険すぎる。

 

彼女達も賊達の首を刎ねたり、その胴体をなぎ払ったりし、徐晃と余り変わらない様な死体を築いてここまで来ている。

その自覚はあるし、殺人という行為については、各々の「信念」を見出し、それに則って犯しているのだ。

 

だが、徐晃のように殺人を楽しむという事は無い。むしろ、殺人というより、武を命がけで競っているという感覚が彼女達には近いだろう。

だからこそ、徐晃の殺人快楽は彼女達でも理解できないのだ。故に恐れたのだ。

 

「……その首は徐晃殿が上げた首、我々が貰うような人物だと思うのならば、失望するぞ」

 

以前の事もあり、いち早く気を取り直した趙雲が槍の血糊を振り払い、厳しい顔で徐晃を見る。隣の関羽も厳しい表情だ。

 

「そうですか」

 

そうして、転がった首まで歩いていき、生気が無い瞳を虚空に向けている生首の髪を掴み、掲げ

 

「曹孟徳が客将、徐公明。敵将波才を討ち取った」

 

首から血が滴る中、この戦の最後を宣言した。

そのタイミングで徐晃が通ってきた南門から賊達がその手に武器を携えて援軍に駆けつけた。

しかし、徐晃が掲げているその首を見て、自分達を支えている人物が死んだという現実を悟った。

 

波才の首が徐晃に獲られた事は瞬く間に全軍に広がり、賊へと降伏勧告を行い。この戦は決着した。

同盟軍の死者は7000程度に対して、賊の死者は戦闘員の総数の半分以上、37000という数字であった。

 

荀彧、諸葛亮の策が上手く回り、それぞれの兵士が呼応し、士気が高く保てていたのだ。

そして、奇襲組の獅子奮迅の活躍。連盟軍の龍の如くの勢い。

 

最後に徐晃の狂気での結果であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん!此度の戦、大儀でありました!この事は朝廷の耳に入ることでしょう。それでは、解散ですわ!」

 

 

戦後、砦内の捕まっていた女性を全員、専用部隊を作成し、助け、各村へと兵士が護衛に付いて帰っていった。

賊は何人か見せしめで処刑した。その際、劉備が止めに入り必要最低限にまで抑えられた。そして賊の心を完全に折れさせ、それぞれの軍が大量の捕虜として扱った。

全員その場で処刑でも誰も文句は言わないが、曹操は彼らを労働力として使うことを既に決めている。

 

彼らの生涯は既に決まったのだ。一生曹操軍の手足となり従事すること。これが賊の末路である。

だが、それでもかなり良いほうだろう。彼らは命を奪い、女を犯し、物を奪ってきたのだ。

殺されないだけでもましだ。国を憂いてたった人間もいた筈だが、結局は人間権力や力を手に入れれば、こうなることは簡単に予測できる。

 

そう、権力に溺れない者が上に立ち、国を導く。これがこの国にとっては理想なのだろう。

民主主義はこの時代ではまだ早すぎる。何故なら民に学が無いからである。

 

各軍、死体の処理や兵士の手当て、物資の補給などを行い、丁度四日程で陣を引き払い、帰って行った。

 

「徐晃。ずいぶんと暴れたようね」

 

他の軍が全て陣を引き払い、各々の領地へ帰って行ったが、この連盟軍は転戦を行っているのだ。

次の賊の情報まで無駄な出費を避ける為、こうして陣を維持しているのだ。

その各天幕の中で曹操が徐晃を呼んで、開口一言、そう言い放った。

 

「うーん、まぁそうですね。首も上げれましたし」

「……その首を他人に上げようとしていたのは頂けないけど、まぁ義務では無いこと。…その件については今後、気をつけて欲しいとしか私からは言えないわ」

「わかりました。気をつけます」

 

曹操は夏候惇から徐晃の行いを細かく聞いている。今現在、曹操と会話をしている徐晃が残虐非道の限りを尽くした。という事を。

だが、曹操はその事については黙認している。この件では曹操陣営が不利になるような事は、一つも無い。

相手は略奪を繰り返してきた賊だ。そして、討伐命令が既に朝廷から下されているのだ。問題ない。

 

何より、民衆には賊を退治したという情報しか来ないからだ。

 

これがもし、国通しでの戦闘であったら問題だ。戦争に関係ない商人等で情報操作が可能な現状、残虐非道の噂が流れれば、それは曹操にとって不利益となる。

それだけで強引に大義名分として結びつけて他国が侵略してくる可能性も僅かながらあるのだ。

 

首を上げた件もそうだ。

 

幸い、徐晃が差し出した相手は武に重きを置いている人間であったから、突っぱねてくれたのだ。

これがもし、他の人で、一対一であれば…と考えると、これは反省してもらいたい。

 

しかし、あの夏候惇があれほど危険を訴えるとなると、軍内部に影響を与えかねない。

だが、それでも信頼をしている夏候淵と許緒の存在もいる。いくら夏候惇が危険と訴えても一人の意見だけで、徐晃を排除するのは不可能。

それこそ、軍内部の影響が出る。

 

この件は既に荀彧に相談してあるが、今はまだ経過を見守るしかない。という見解だ。

 

荀彧も夏候惇の話を聞いたが、彼女は損得でそれを判断し、まだ得の方が勝っているということである。

よって、徐晃は排除せず、今回の失態の件だけを注意するに留めただけだなのだ。

 

それに、曹操はそれを差し引いても徐晃が欲しいと思っている。

 

だが、まだ物にする時期ではない。必ず彼女を曹操の前に跪かせる機会が廻ってくる筈だ。その時でいいのだ。

 

それに、この位の人物の手綱を引けなくて何が覇王であるか。

 

「分かれば宜しい」

 

だが、この問題を放置するわけにも行かないのも事実。いかに徐晃を夏候惇に認めさせるか、頭を悩ませる曹操であった。

 

 

 

 

 


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