胡蝶銀夢   作:てんぞー

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九夜目

 ―――あーあ……終わっちゃうかぁー……。

 

 荒れ狂う本能と虫とは別の部分で、冷静な部分があった。

 

 血管に直接マグマを流し込められたように体は熱い。唾を飲んでも一瞬で蒸発したかのように喉が渇く。ちゃんと食事はとっているのに、食欲以外の何かで体が飢えている。夢を喰らえ、同化しろ。アレはエネルギーと変わらない。相手を掴み、虫を掴めば、夢もまた同化できる。そうやって喰らえ、と虫が本能に語り掛けてくる。暴走の熱が体を焼き焦がす中で本能を経験と理性の二つで完全に制御しながら自分の心を解放し続ける。

 

 組んだ腕を解放しながら足を少し広めに開ける。左手で握る剣を一度腕と同化し、手の甲から蛇腹剣として変形させて出現させる。それと変わり、右手は何も握らない、鋼の甲殻に覆われた拳として握る。鋼を、鉄や自分以外の人間の死体を同化させた事から体は同化した物質の分だけ質量が増えている。見た目としては同化能力が発揮しない限りは何も見えない。しかし体で感じる重量は人間を遥かに超えるものだと知覚している。

 

 それこそ石壁を着地で粉砕してしまうぐらいの重量が自分にはある。

 

「ここから先へと進もうとするやつは俺が殺す。俺と戦うやつは確実に殺す。この違いが解るか? ま、言葉だけじゃ解らないよな―――」

 

 虫憑きが四人、抜けようと前へと出る。虫との同化を通して強化された身体能力で縮地で駆ける。一瞬で一人目の前に到着する。機械的なゴーグルを装着している顔へ真っ直ぐ右手を伸ばし、

 

 歯を砕く様に手を突き入れて下顎を掴んで引き抜き、それをそのまま鈍器として二人目の顔面へと叩き込み、左手の蛇腹剣で薙ぎ払う様に軌跡を描いて、虫憑き二人を回避行動に入らせる。それと同時に出現する虫―――見向きもせずに無視し、体に突き刺さる銃弾と刃を無視して接近する。一番近かった虫憑きの首を蛇腹剣を戻す動きで撥ね飛ばしながら最後の一人に接近し、腹を殴る。加減したため破裂はしない。しかし内部の骨を砕くには十分な威力はある。

 

 そのまま倒れる相手の顔を掴む。その眼が大きく開かれ、口から絶叫が漏れる。

 

「ゆ、夢がぁぁぁああ―――」

 

 絶叫を漏らしながらビクンビクンと跳ねる体の動きが停止し、そして音もなく虫が塵へと砕け、散って行く。その光景を誰もが無言で、そして言葉もなく眺める。虫の攻撃によって開いた体の穴、ダメージ、それをたった今生み出した死体で補充し、欠損を埋める。視線を持ち上げ、視線を目の前の集団へと向け、

 

「げぷっ」

 

 軽くげっぷをし、失礼、と口を手で押さえてから視線を向け直す。

 

「さて、見てわかったかもしれないけど―――俺は摩理程優しくねぇぞ。逃げたいなら素直に逃げとけ―――残った奴は一人として生かして帰すつもりはねぇからなぁ!」

 

 吠えながら一歩を踏み出す。その動きに逃げる数人が見える。その姿は完全に無視し、見逃す。暴走は今でも続いている。それを制御する事を―――放棄する。虫がすさまじい勢いで夢を食おうと、力を引き出し続ける。それでいいと思う。何せ摩理は戦う事に命を賭けていた。なら自分もまた、存在を賭ける程度の事をしなくては、等価ではない。

 

「さて、殺るか」

 

 勢い良く足元を踏み抜き、道路を砕きながら粉塵とアスファルトを舞い上げる。同時に放たれてくる雷や炎の槍、群体型の虫の攻撃が突き刺さる。体に突き刺さったものを虫の同化能力任せに同化し、体の質量を上昇させる。体の重量が更に増え、その重さに大地が更に砕ける。そこに追撃する様にもう一度大地を全力で踏み、

 

 道路を崩壊させる。

 

 地割れが広がりながら視界を奪う粉塵が巻き上がる。感知能力を持った虫以外からは狙われ難い環境を生み出す。その状況で臭い、音、そして気配を頼りに地を蹴り加速する。迷う事無く、真っ直ぐ、特別環境保全事務局の虫憑き集団、その正面へと衝突する様に飛び込む。一番近くにいた一人目の腹を右手で殴る。拳が腹を貫通し、その向こう側へと抜け、その背後にいた虫憑きの腹をついでに殴る。一人目で減速していたせいか威力が落ち、腹の中身をジュースにする程度で殺害する。

 

 腕を引き抜きながら腸を握り、それを自身と、そして金属、白コートの素材と同化させてワイヤー式の武装に変形させる。それを振り回しながら同化して取り込んだ雷と炎を同時にそれを通す様に吐きだし、被害を拡大させる様に行動しながら左手の蛇腹剣を普通の剣に戻し、それを硬化させながら振るう。踏み込みと同時に長く伸びる刃が三人纏めて両断する。

 

 悪あがきに左眼を銃で撃ち抜かれる。喉にナイフが突き刺さる。直接神経を引き抜かれて、それをストリングに演奏を始める様な、そんな激痛が体を走る。それを笑顔で無視しながら夢を虫に食わせて同化速度を加速させる。

 

「は! は! は! はぁ! 芸術性の欠片もねぇ! これが蛮族式だ!」

 

 武器を両方とも手放し、更に踏み込む。ストレートの一撃がカブトムシに阻まれる。その頭と腕を同化させ、そうして体の中身を掴んだところで同化を解除して引き抜く。同時にダッキングしながら絶叫する虫憑きの首を掴んで握り千切る。武器にも素材にも使えそうにない者には興味ない。必要なパーツだけを同化で取り込みつつ更に奥に踏み込む。

 

 自分から敵へと近づく必要はない。

 

 敵は自ら殺意を持って接近して来る。それを全力で、荒れるアスファルトの粉塵の中で迎撃し続ければいい。

 

 空間を、そして粉塵を超えて衝撃波が体を貫通する様に襲い掛かる。口から洩れる血液を笑いながら吐きだしながら襲い掛かってくるムカデを掌から剣を突きだす事で迎撃しつつ、握り直しながらワンアクションで真っ二つに斬る。その隙を縫う様に二十を超える小型のハチが手段となって襲い掛かってくる。ムカデの死体が消える前にそれを鞭の様にしならせてハチがやってくる範囲を薙ぎ払い、その先で音速を超えさせた衝撃波でハチを一匹残らず死滅させる。

 

「は! は! は! は! 次は誰だ! なんだ! もっとこいよオラァ! 殺せるもんなら殺してみろよ!」

 

 足場が崩れる。視線を向ける事なく、自分の足元が虫の仕業によって砂場と化し、沈んで行くのを理解する。震脚を叩き込んで衝撃を下へ、そこへ潜む虫を殺す様に放ちながら、踏み込んできた虫憑きの心臓を突きで貫通させ、握って引き抜きながら握りつぶす。穴という穴から吹きだす鮮血が体を、髪を、道路を今までにないほどに真っ赤に染め上げて行く。

 

 臓物と血と肉片が散乱していても地獄は終わらない。

 

「アイ! アム! ヘェル!」

 

 一歩で砂地から踏み出しながら頭に狙撃を喰らう。まともに喰らえば流石に死ねる為、事前に察知したその一撃を右手を犠牲に防ぎ、近くの虫憑きの握っている銃をその腕ごと同化し、狙撃のあった方へと向ける。

 

 喰らって同化した衝撃波、エネルギー、夢、それを銃口に詰めながら引き金を引く。

 

 反動に耐え切れなかった腕が肩まで吹き飛ぶ。また絶叫が増えるが、隙だと思って踏み込んできた虫憑きを左手一本で迎撃しながら腕を引き千切り、それを奪う様に同化して再生する。

 

「まだだ、まだ血が足りねぇ! 悲鳴も足りない! 憎悪も痛みも足りない! 未来が存在しないという痛みと憎悪と絶望! 未来を奪われる事で感じてみろ! こいつはクセになるぜぇ! さぁ、死ねぇ! 死んでしまえ! 死ぬんだよぉ!」

 

 笑いながら、返り血さえも同化しながら拳を目の前のダンゴムシに叩きつける。ぐさり、と嫌な音を立てながら拳の方が砕ける。その事実に笑みを浮かべながら砕け、破れ、骨の突き出ている傷跡から血が漏れだし―――そして鋭い刃の突き出る武器腕と化す。

 

 発勁、或いは浸透勁と呼ばれるような奥義をそのまま、刃の手でダンゴムシに叩き込む。それは物質の硬度を無視しながら美しい斬線を刻み込みながら誰かを守るために立ち向かった虫とその主の心を完全に殺す。消え行く虫を掴み、貪るようにその主の夢を同化させ、自身の夢を補充する。

 

 ―――もはや人間と表現するのがおかしい怪物が生み出されていた。

 

「次! 来いよ! まだまだやれるだろ! 特環も! お前らなんか被害者っぽいのも! 残ったって事は戦えるんだろ? 俺を殺したいんだろ? 俺に殺されに来たんだろ? だったらもうちょっと気張って笑顔浮かべて殺しに来いよ! 弱すぎてつまらねぇんだよ! こんなんじゃなんで虫憑きなったか解らねぇじゃねぇかよ! んだよ、こんな雑魚しかいねぇなら虫憑きにならずに良かったじゃねぇかバァーカ! バァーカ! クソが! 死ね!」

 

 逃げ出そうとする虫憑きが見えた。もはや相手が特別環境保全事務局だとか、そうじゃないとか、そんな事は関係なかった。ただただ暴走の熱に体を任せながら前へと踏み込み、そして道路を粉々に粉砕しながら一瞬で逃げる虫憑きの姿に追いつく。絶望に染まった表情は銃を向けながら虫を放ってくる。だがその間に手を伸ばし、顔面を掴んでそのまま握りつぶす。死ぬ前に放たれた弾丸が頬をかすめるが、虫は攻撃が届く前に霧散して消える。

 

 握りつぶした死体を解放しながら振り返る。

 

「で? 次に死にたい奴はどいつなんだ?」

 

 その言葉を聞いて、動く者は一人もいなかった。

 

 戦場となる住宅街は地獄としか表現の使用のない場所になっていた。整備された道路は完全に砕け散っていて下水道が見える状態ですらあった。人が住んでいる筈の住居も粉々に吹き飛ぶものがあれば、半分だけ綺麗に砕かれたものもある。その破壊現場を彩るのは茶色と赤色だ。まずは血と肉片、そして贓物の赤と、ピンクに近い赤色だ。所構わず場所を赤く染める血、そして腹を粉砕したことでぶちまけられた糞。それが戦場となっている一帯に広がって、血と糞の混じって醜悪な環境を生み出していた。

 

 そこで倒れる大量の屍。所属なんか関係なく、全ての共通の事実として、倒れている者は虫憑きだった。普通に考えればありえない。虫憑きがここまであっけなく蹂躙され、殺されるなんてことは。だがそれは今、発生している。目の前で。それが万人の心に恐怖と絶望感を生み出している。そしてそれを目撃し、笑みを浮かべ、

 

 ―――内心で泣く。

 

 どうしようもない。こんなのただの八つ当たりでしかない。こんなことをしたって意味がないのは誰よりも自分が理解している。こんな事を続けていれば自殺まっしぐらでしかない。だけど、それでも、こうやって八つ当たりしないとやっていられない。あと少しだけ自分が早ければ、あと少しだけ特別環境保全事務局の連中が遅ければ、あと少し摩理が狩りに出るのを遅らせてくれれば―――そんな思いばかりで胸の中が詰まってしまう。考えたくはない。頭を空っぽにして暴れたい。だけど出来ない。

 

 どんな状況、どんな精神状態でも考える事をやめてはならない。夢を手放してはならない。絶対に諦めてはいけない。諦めた瞬間を虫は常に狙っているのだから。絶望を嬉々として喰らいに来るのが虫なのだから。

 

 ―――そう、アリア・ヴァレィが言った。

 

 彼らは、決して友好的な隣人ではない、と。

 

「……そうだよな、諦めちゃいけないよな、アリア」

 

 また眠りにつけなかった憐れな元凶の事を思い出しながら口を開き、声を響かせる。

 

 もう摩理は死んでしまったのだろうか? ”不死の虫憑き”と出会う事は出来たのだろうか? 満足する事は出来たのだろうか? それとも涙を流しながら絶望したのだろうか? それが自分には解らない。好きだと、愛しているという感情は間違いなく本物だ。だからそれを信じて八つ当たりをするしか今の自分にはない。

 

 まぁいい。

 

 どうせやる事はいっしょだ。

 

 キレているのだ。血が熱いのだ。悲しいのだ。

 

 暴れるっきゃない。

 

「―――最も新しい同化型か」

 

 言葉に反応するのと同時に前へ一歩踏みながら拳を後ろへと向かって薙ぎ払う。同時に感触は肉を潰し、破壊する感触。しかし、それで終わってはならない、と本能が警報を鳴らす。そう感じれたのはどんな状況であっても、常に冷静に状況を観察し、経験から危機を察知する能力を持っていたからに過ぎない。故にそれに従う様にそのまま振り返りつつ、

 

 全力の拳を頭のない姿へと叩き込んだ。

 

 殴られた姿は数メートル殴り飛ばされると黒い塊となってバラバrとなり、そして赤い大地の上で集合し、醜悪な肉塊から人の姿へと形を変える。スーツ姿に左右で色の違うサングラス、と欠片もセンスを感じられない姿をした少年は成程、と呟く。

 

「これは手古摺りそうだな」

 

「ヘイ、今日のパーティーはメンバーシップオンリーだぜリトルボーイ。名前と住所と何年生か宣言してから参加しろよ」

 

 言葉を返しながら少年へと視線を向け、そして暴走の手綱を握る。本能的に相手が全力を出すべき敵だと察知し、暴れるだけだったら暴力に形、そして指向性を与える。何時でも打撃出来る様に右手で拳を作りつつ、左の同化した腕でトマホークを生み出し、それを千切る様に握る。視線で少年を捉える。

 

「”不死の虫憑き”だ。それ以上に何か言う必要はあるか?」

 

 摩理はどうした、会ったのか、何を話したのか―――聞きたい事、言いたい事はいっぱいあるが、

 

 その前に、

 

「なし! 死ねぇ!」

 

 致死打撃を食らわせても完全再生を果たした”不死”を殺す為に、踏み出す。




 これがグレート化した蛮族のスペックだ!!
・腹パンで爆死する
・有機物無機物関係なく同化
・我慢さえすればエネルギーも同化
・糞燃費だから補充しながらじゃないと戦えない

もしかして:人の形した虫

 誰だよこんなアイデアを電波にして寄越したやつ

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