胡蝶銀夢   作:てんぞー

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八夜目

 ―――特別環境保全事務局という組織を甘く見てはならない。

 

 そもそも政府の組織の力とは偉大である。

 

 資金があり、人員がある。それだけの様でこれは大きい。資金があるという事は装備を用意する事が出来るという事であり、またその資金を以って人員を揃える事が出来る。資金があればその人員も鍛える事が出来る。何をするにしても金の問題はついて回る。しかし政府の様にパワーバランスのトップに立つ存在が保有する組織の場合、潤沢な資金を得る事が出来る。それを通して優秀な指導員、最高の設備、最新鋭の装備を入手する事が出来る。これらを以って揃えた人員が、

 

 果たしてマフィアやヤクザ程度と同列に扱えるだろうか?

 

 否、腐らせずに資金を正しく使えば、それは恐ろしい怪物を生み出す。そして訓練された虫憑きとは怪物を超える兵器になる。そもそもからして、虫憑きを相手にする場合は最低限火器並の火力、あるいは破壊力がないと勝負にすらならない。それが訓練され、倒す筈の為の装備を持って戦える。戦力としてそれを保有する特別環境保全事務局の恐ろしさが解る。

 

 正面からぶつかり合えば軍隊ですら蹂躙できる。それだけの戦力を保有している。

 

 故に決して甘く見てはならない。個人により能力にむらがあったり、練度の違いはあるだろう。だが普通の人間よりは恐ろしく強く、そして普通の虫憑きよりも訓練されている為に強い。鍛えられたからだと用意された装備、支援を受けていない虫憑きのグループと、特別環境保全事務局の虫憑きがぶつかった場合、どうなるか結果は見えている。

 

 ―――その為、状況は異常の一言で尽きる。

 

 三つ巴の戦場、

 

 それをたった一人、訓練をせず、また装備も持たない者が一方的に散らしていた。

 

 ―――花城摩理は最強を名乗る虫憑きに相応しい。

 

 得物は銀色の槍。その体は着慣れたシャツとハーフパンツの姿。脆弱な肉体はモルフォチョウとの同化によって常人以上の状態へと引き上げられている。一撃必殺の破壊力を持った銀槍は振るえば鱗粉を飛ばし、その軌道上にある全ての存在を両断する。また、それだけではなく銀槍は摩理を守る為の鱗粉も放つ。銃弾であろうと弾く事の出来る防御能力に、相手の防御力を無視して斬撃を叩き込める攻撃力。攻防共に摩理の虫憑きとしての能力はすさまじい。

 

 だがその程度では物量差に押しつぶされる。

 

 真に恐ろしいのはそれを運用する能力だった。

 

 踏み込みと同時に銀槍を振るう。それで発生する鱗粉で斬撃を放つ。それが一撃必殺の威力を持っている事は既に把握されている。故に摩理の動きは小さく、そして早い。踏み込む一歩が小さければ、また銀槍を振るうアクションも小さい。故に繰り出される斬撃も小さく、回避が容易い。

 

 それを繋げる。

 

 二歩目と共に繰り出す斬撃は最初の一撃同様、素早く、規模の小さい斬撃となっている。動きは最低限に抑えている為に摩理の動きは軽い。端から見ればダンスのステップを軽やかに二歩取った様にしか見えない。しかし、二発目の斬撃は回避の着地を狙う様に、回避不能の斬撃を繰り出す動きだ。それは正確に狙い通りに着地行動に入ろうとしていた虫憑きを狩り殺す。

 

 その動きを自身の回避行動と同時に行っている。

 

 身を守る鱗粉を最小限に、攻撃のアクションを最低限に、そして確実に殺せる、落とせる相手を落とす。それは簡単に思える様で、摩理の様な強力な能力の持ち主にとっては難しい話だ。薙ぎ払えば倒せる、そういう”慢心”が心の中に存在し続けるからだ。

 

 が、敗北を経験してしまった。敗北を天才に学習させてしまった。それは敵対した相手の動きを覚えるのと同時に自身の動きで足りないものを自覚させてしまった。

 

 故に―――名実共に、花城摩理は最強の虫憑きと化した。

 

 花城摩理、”ハンター”を最強とさせるのはその虫憑きとしての能力ではなく、突出したバトルセンスだった。通常は命という鎖が存在している為に発揮されないが、

 

 それはもうない。

 

 故に摩理は一歩を踏む。刻む様な一歩だ。距離で言えば三十センチ程の一歩。その一歩を踏みながらも四方八方から来る悪意を、視線を完全に摩理は感じ取っていた。攻撃が来るならどこから、どのタイミングで、それを呼吸で意識しつつ鱗粉は広がり、領域が広がる。感知できる範囲、彼女の触覚とも言えるエリアが彼女に情報を届ける。

 

 消耗と動きを最低限に、最大の結果を生み出す為に。

 

「―――っ」

 

 言葉もなく振るわれる銀槍は余裕の現れではなく、もはや呼吸する事に集中しなければ息を吸うのが難しいから。動きを最低限にしているのは最大の効率を叩きだす為だけではなく、漏れて行く命の消費を抑える為。しかしそうやって生み出して行く動きは確実に次を生み出す。それをパズルピースの様に繋げて行き、

 

 大きな絵を生み出す。

 

 繰り出す細かい斬撃は確実に誰かの体に辺り、削り、抉り、そして殺す。戦場が夜の人気のない住宅街付近とはいえ、戦場は広くはない。故に出力を絞って細かな斬撃を繰り出すだけで避けきれない誰かがダメージを喰らう。それを確実に避けつつ削り続ければ相手の戦力は低下して行く。

 

 気が狂いそうなほど精密で緻密な作業を摩理は行っていた。

 

 しかしそれは確実に摩理を優位に立たせていた。特別環境保全事務局という訓練された虫憑きの集団に対して常に先手を奪う事で自身へのダメージを軽減しつつ確実に削り、彼女を倒す為に来た虫憑きグループを特別環境保全事務局の虫憑きから見た自分の反対側に置く事で、攻撃をそちらへ誘導している。

 

 最少の労力で最大の結果を生み出そうとしている。

 

 ―――しかし戦い始めて五分で限界が近くなる。

 

 ”ハンター”は最強である。しかし花城摩理は病弱だ。

 

 故に攻撃を繰り出せば繰り出す程衰弱して行く。限界の近い体で叩けば少しずつ崩壊して行くのは道理だ。

 

 踏み込み、振るい、穿ち、払い、そして突く。動きはシンプルであればあるほど隙が無い。それを直感的に理解し、そして自身のクセと合わせる事で動きに変化を与える―――理想的な戦闘の構築だ。実際そうやって踏み込んでくる敵を軽くいなしながらカウンターを決める、が、それは摩理の持つ体力の”上限”を削る行為でしかない。

 

 故に振るえば振るう程摩理の体を伝う汗の量が増え、口から洩れる苦悶の息が増える。最初は圧倒する程の鮮やかさを見せていた摩理の足取りもどんどん重力に縛られる様に減速し、重くなって行く。

 

 雷撃が迫るのを槍で切り払う。精彩に欠く動きであっても摩理は能力を合わせる事で雷撃を確実に弾く。しかしその動きは最初のそれと比べれば明らかに遅い。故にその隙を突く様に連携の訓練を重ねている特別環境保全事務局の虫付きが動く。仲間の屍を踏み越える事には慣れている。

 

 何よりも”そう”訓練されてる。仲間が夢を失って消えるなんて何時もの事だ。欠落者が生み出されることなども何時もの事だ。慣れている為―――消耗戦を取ったとも言える。

 

 特別環境保全事務局を甘く見てはならない。

 

 目的の為なら手段を選ばない度合いは、何処よりも恐ろしく酷い。

 

 ”ハンター”を討ち取る為にその身体状態を把握する事だって政府機関なのだから病院に頼めば容易に入手できる。それを利用して摩理の状態を把握したら、あとはそれに沿って作戦を構築するのみ、物量で攻めれば殲滅される前に力尽きる。故に、戦う前、準備の段階から摩理の敗北は決まっている。それを察している摩理も突破の為に動きを作る。目的は戦う事ではなく”不死の虫憑き”を見つけ出す事なのだから。

 

 突破を図る為に前に出る。

 

 虫憑きが壁となって道を塞ぐ。

 

 虫憑きが欠落者になる。

 

 攻撃され、それを回避する。

 

 体力が削られ、進めない。

 

 合間に挟まれる虫憑きグループからの攻撃を含め、摩理の行動は無限ループに入っていた。削るが削られる。無理やり突破しようものならその瞬間に体力全てを使い果たす。合間に挟まれる攻撃がそれを加速させ、そして死へと確実な道を強制していた。

 

 消耗戦を強いるという戦術は間違いなく正しい。

 

 ―――たった一つ、イレギュラーの登場を予想できれば。

 

 それは、叫び、破壊、吹き飛ばしながら登場した。

 

「―――摩理ィ―――! 好きだぁ―――! 愛してるぅ―――! 生きる為に全力で頑張っている君が愛おしい! なんかこのタイミング逃したら一生言えない気がしたから今叫ぶぞぉ! アイ・ラヴ・ユ―――! お前を! お前だけをラヴなんだよぉ! 来る前に願掛けにステーキ食ってきたよ! ハッハァ!」

 

 真っ直ぐ、住宅を突き破る様に登場したその姿を説明するには怪物的としか表現できない。

 

 両腕はまるで甲殻の様な鋼鉄に包まれ、片目は機械的な色を持っている。指の先まで完全に鋼鉄で完成されており、その顔は目元を隠す様な鋼の仮面に被っている。簡単にその状態を説明するならば、それは機械、或いは鋼と融合した人間の姿だった。辛うじて顔に刻まれたマーカーがその存在がなんであるかを証明していた。

 

 虫憑き―――同化型虫憑き。

 

 家を、壁を、道路を破壊する様に登場したその異形の姿に誰もが一瞬動きを停止する。だがその瞬間にも登場した怪物は動きを止める事がなかった。この状況で冷静に暴走しながら、誰がこの状況に混乱していたのかを本能的に理解していた。ベルトから抜いた銃が指と、手と融合―――同化して行く。それにより手と同化された銃を真っ直ぐ、

 

 混乱の極みのある存在へと向かって、本来の連射性を超える速度で十発の弾丸を叩き込む。

 

 血飛沫が上がり、死体が増える。その間、

 

 摩理が動いていた。口は何かを言おうとパクパクと動いていた。しかし漏れ出るのは苦悶の声であり、息だけだ。それを察している様に障害物全てを粉砕する様に突進し、弾き飛ばしながら摩理と合流した怪物が摩理へと手を伸ばす。そこで漸く思考の再起動を果たした者達が攻撃の矛先を向ける。

 

 しかしその前に二人が手をつなぎ、そして摩理が戦場の外側へと捨てられるように全力で放り投げられていた。まるで全て、最初から計画されていたかのような息を見せ、摩理は空中で体勢を整えながら屋根の上へ着地し、夜の闇へ目的を果たす為に消えて行く。

 

 その姿を追いかける虫憑きがある。

 

 それを止める為に怪物が地を蹴って追いつこうとする。その体に銃撃が放たれ―――突き刺さる。それに減速する事無く飛び上った虫憑きを怪物は首で捉え、開いている右拳をその腹へと叩き込む。

 

 その拳の衝撃で虫憑きの腹が爆裂し、胴体がごっそりと消える。

 

 壁を純粋な重量のみで踏み潰しながら、怪物が着地する。その立ち位置は摩理が去って行った方向、彼女を追いかけようとする存在の前に立ちはだかる様に位置する場所だ。そこで両腕を組んで立ち、周りの瓦礫から露出している金属に足で触れ、

 

 喰らう様に同化する。

 

 金属が同化し、変形し、変質し、そして銃撃で撃たれて欠損した腕の傷を埋める。まるで最初からノーダメージだったかの様な姿を見せながら首を右へ左へと骨を鳴らす様に動かし、口を開く。

 

「数分ほど前に君達と同じ地獄という教室で夢について勉強する事になった同化型超同化特化個体虫憑きの蛮族―――否、グレェートバンゾックです! 好きなものは摩理ちゃん! 嫌いなものは努力しない摩理ちゃん! 特技は腹パンです!」

 

 そう発言するのと同時に射撃が胸を貫く。虫から放たれる斬撃が腕を斬り飛ばす。投げ放たれたナイフが腹に突き刺さる。

 

 それを同化した。斬りおとされた腕を同化しなおす事で繋げ直した。胸の穴を近くの死体を同化する事で埋める。突き刺さったナイフを同化し、左の手首から剣に変形させて突きださせ、引き抜いて武装とする。

 

 同化。同化型虫憑き、その同化能力。摩理の様な特殊な能力を得ない代わりに、ひたすらそれだけに特化した本当の意味での怪物。

 

 それが鉄比呂という青年が望み、力に成れると思い、そして選んだ夢の形だった。

 

 怪物的過ぎる夢―――その表現だった。

 

「さあ! 体が熱いんだ! 血管をマグマが巡る様に熱いんだ! 本能が抑えきれないんだ! 虫が暴れろ暴れろって訴えかけてくるんだよ! 摩理ちゃんにカッコいい所を見せなきゃいけないんだよ!」

 

 だから、

 

「貴様ら全員死ねぇ―――!! 俺達の敵に生きる価値も、明日を迎える必要もねぇんだよぉ!」

 

 そう咆哮し、泣く様に比呂は笑っていた。助けに入り、摩理を逃がし、敵を殺すのは全く問題はない。

 

 しかし、摩理は絶対に助からない。

 

 絶対間に合わない。

 

 ―――ここで勝っても、摩理の未来に一切の変化は訪れない。

 

「希望なんてないのさ……俺にも、お前らにも」

 

 そして、それが虫憑きの運命だった。




 強いぞ!! 怖いぞ!! 更に狂人だぞ!! グレートバンゾック!

 同化型虫憑き超同化特化個体。エグザイルxブラックドックxウロボロス的なイメージと言えば伝わる人には伝わるんじゃないかなぁ。と言うわけで、敵にも味方にも誰にも希望が一切見えない泥沼の絶望オンリーな戦い、はっじまるよー。

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