胡蝶銀夢   作:てんぞー

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七夜目

「しっかし、割と有意義な朝だったなー。珍しい事もあるもんだ」

 

 焼き芋を食べ終えてから半日ネットカフェに引きこもり、外に出ると空は大分暮れていた。季節の影響からかもう既に夜空が出ている。しかし、だからといって遅い時間である訳ではない。今頃晩御飯食べるのがちょうどよい頃だろう。少なくとも自分の目に入るレストランは今、客であふれていて盛況を見せている。つまり、

 

 何時もの自分の朝食タイムだ。

 

 何時もは、だろう。生憎と本日に限っては規則正しい生活となってしまっている。朝食は十五秒チャージのゼリー飲料で済ませてしまったが、昼食に関しては大盛りカレー四人前で済ませた。その他にも色々と細かく食べている上に、全く運動を朝からしていない為、まだ夕食の時間と言っても腹が空いていない。

 

 それでネットカフェから出てしまった。どうしよう。ぶっちゃければ、やる事がない。人を殴る事が職業の為、仕事が入ってくるのは不定期だ。抗争だとかの最中だと割と引っ張りだこで人を壁に埋める作業が始まるのだが、今はそういう事がなくて非常に暇な時間が多い。何時も摩理の所へお茶会をしに行くのも深夜になってからが多い。あまり早い時間に病院へ行くと、看護師や医者が偶にやってきて面倒になったりするのだ。

 

 その場合はその場合で気配を遮断するやらで方法があるのだが、ぶっちゃければ面倒という言葉が付きまとう。それでも摩理の顔を見れるという事でデメリットの全てが消し飛ぶような気がしなくもない。つまりは、何時も通りの話だ。自分の気分のまま、心の赴くままに生きる。それだけの話。そして心は摩理の笑顔を求めている。即ち今から会いに行こう、そういう事だ。

 

「んじゃあ、お土産を買うか」

 

 そうと決まったらコンビニへと向かうだけだ。あまりカロリーの高いものは嫌がれるのは解ったので、そこらへん考えて購入する必要がある。ではコンビニへ向かおうとしたところで、足を止める。

 

「んあ、虫の気配だ」

 

 と言っても正確には虫の気配を感じ取っている訳ではない。人間ではない、隠蔽された存在の気配を感じ取る。それはあのカマキリ使いのカマキリが現れる前の感覚、摩理がモルフォチョウを出していない時の感覚と近い。虫の感知能力は存在していなくても、気配の遮断と気配の察知能力、どちらかを覚えておけば出来るようになることだ。それでおそらく虫だと思える存在の気配を察知する。

 

「まぁ、あんまし興味はないんだけど……」

 

 とは言いつつ、視線は気配の主を求めて街中を駆け巡る。喧嘩のネタになるというのなら割と虫憑きとのエンカウントも捨てたものじゃない、というかバッチコイな話だ。何よりこれで”不死の虫憑き”に出会えればそれを生け捕りにして摩理に渡せば好感度アップは間違いなし。物凄い俗物的な理由だが欲望一番の人間としてはこのスタンスに間違いはないと思う。

 

 そういう事もあり、視線を駆け巡らせていると、気配の主を見つける。

 

 路地裏へと消えて行く姿は白いコート姿の存在であった。それを目撃し、そしてその姿に会う存在をそういえば摩理から聞いていたな、と口に出さず思い出し、その名前を口にする。

 

「―――特別環境保全事務局」

 

 通称特環。政府の虫憑きに対抗する組織。毒を以て毒を制する存在。虫憑きに対して虫憑きをぶつける事で多くの夢を奪っている罪深い組織―――らしい。個人的には摩理にさえ関わらなければどうでもいい話だが、ここで目撃してしまえば話は違う。今いる場所から摩理のいる病院の距離はそう離れている訳ではないのだ。ともなると、あの白コートの存在が今、何故街にいるのか。それは実に気になってくる話だ。

 

「んじゃ追うか」

 

 アジトに戻って武装調達する時間もないな、と確認しつつ、夜の人混みに紛れる様に気配を紛らわせつつ、白コートが消えた路地裏へと向かって小走りで駆けて行く。この辺りの地理に関しては地図がなくても自分の手の裏の様に理解している。故に数分遅れて路地裏に入っても、隠れられそうな場所、移動できる場所を把握している。

 

 経験とその知識を合わせて相手の移動ルートを算出し、気配を殺しながら喧噪から離れた静かな夜の路地裏を探索し始める。人の気配は全くしないその場で、相手の気配を見つける事は難しくはなかった。人の気配は消されていても、虫特有の異質な気配に関しては完全に消えていなかった。あるいは隠密能力のない虫は気配を消しきれないのかもしれない。

 

 ともあれ、気配を追えば路地裏を歩く白コートの姿が見える。気配の主はその近くにある、自分の目では見えない虫一匹だけだ。他に人や虫の気配はない。本当ならグルっと回って他に誰かいないかを調べたい所だが、生憎そんな余裕はない。特環が一人で任務に当たる事は本当に少ないらしい。あったとしてもそれは一号指定の”かっこう”等の恐ろしく強い虫憑きが派遣されている場合になる……と、聞いている。

 

 目の前のが”かっこう”ではない事を祈って、

 

 意識外から踏み込み、一瞬で距離を零にし、懐の内側へと着地する。相手が此方を意識していない間に右手の拳を握り、それを下から捻り込む様に腹に叩き込み、そのまま路地裏の壁に叩きつける様にストレートへと相手を殴ったまま替え、真っ直ぐ体をめり込ませる。

 

「ハロー! アンド! グッドイーブニング! ノーサンキュー! 実は英語苦手です!」

 

「っ!?」

 

 相手が口を開く。その前に首を一回殴って音を奪い、足首を砕く様に蹴り、相手が壁から剥がれる前に両手首を握り潰して砕く。そのまま相手の首を掴み、壁に押さえつける。

 

「はい、そこ虫を呼ばない。俺の背後で呼び出そうとしているのはなんとなく察しがつくから。二秒以内に霧散させないと首をへし折る。二……一―――」

 

 背後から殺意が消える。虫の出現が食い止められたところでとりあえずの安全を確保する。いや、相手が通信機の類を持っている可能性がある。その場合、異常が直ぐに察知されてしまう。尋問は素早く終わらせなくてはならない。それを意識し、意思の半分を警戒に回しながら相手へと視線を向ける。

 

「お前に友達はいるか? 戦友は? 職場の仲間は? 家族は? やりたい事はあるかな? 叶えたい夢は? 忘れられない夢は? 捨てる事の出来ない夢は? 見続けたい夢は? ある? あるよな、虫憑きだもん。夢がなきゃ今頃暴走してるか欠落者だもんな。生憎とまだ俺は虫憑きじゃないからそこらへん解ってあげられないけど、素敵だと思っておくぜ。まぁ、それとこれとは別の話なんだけど―――とりあえず夢を見続けたいなら素直に答えた方がいいよ? 脈で嘘をついているか否かを把握しているから。はいなら一回瞬き、いいえなら二回瞬きで返事しよう……オーケイ?」

 

 瞬きが一回。その事によーしよしよし、と口に出して褒める。ブリーダーは褒めるという事を忘れてはならないのだ。

 

 もっぱら絶望ブリーダーだが。

 

「んじゃ質問その一、お前は特別環境保全事務局の一員である……うん、瞬き一回だから肯定だね。よしよし、ちゃんと出来るじゃないか。こんな風にちゃんと答えれば何も問題ない、問題ないんだよ? では君以外にも今、この周辺には同僚がいるのかな? おや、瞬き二回か。うーん、しかし今嘘をついたね? 脈が荒れたもん。これはペナルティだねー」

 

 開いている片手で相手の左手の指をとりあえず三本千切る。その事に悲鳴を上げそうになるが、首を強く押さえつけてその悲鳴を無理やり押し殺す。

 

「ほら、遊んじゃ駄目だよ。俺って割と容赦ないからさ、そこらへん加減が出来ないんだ。今のは警告だからちょっくら派手にやったけど、君以外にもいるってなら別に君にこだわる必要はないんだ。他のお友達とちょっとお話するだけで済むんだよ? ちょっとめんどくさいから君で済ませているだけで。うん? 良し、解ってくれたかな? お友達の事を本当に思っているなら、ここで嘘をつかないのが一番だよ。君が死んだら次の情報源を求めて拷問するだけだからね」

 

 尋問から拷問に何時の間にかシフトしているが、そこは気にしない。

 

 とりあえず、

 

 ―――一番重要な情報を聞きだそう。

 

「お前らの目的は花城摩理、虫憑き”ハンター”である。イエスか、ノーか。答えろ」

 

 瞬き一回、肯定だ。どこから情報が漏れたのかは知らない。しかし”ハンター”という有名な虫憑きを狩る虫憑き、その正体が花城摩理である事が完全に繋がってしまっていた。しかも特別環境保全事務局に。政府組織である以上、潤沢な人員と予算が存在する。それはつまり、摩理に表の世界における居場所を完全に殺すという事実であり、そして病院というライフラインを封じる事でもある。

 

 ―――花城摩理は詰んでいた。

 

「情報ありがとよ。でも情報漏れは怖いんでな」

 

 そのまま首をへし折り、死体を解放する。残酷な事をしている自覚はあったが、摩理がヤバイとなるとそういう事を気にしている訳にはいかなかった。ぶっちゃけた話、摩理は強い。

 

 まともに戦えば自分よりも強い。

 

 というか一撃必殺な攻撃を連射できるのに弱い訳がない。少なくとも”今”の摩理であれば自分を殺す事ぐらい出来るだろう。だからと言って、摩理が特別環境保全事務局に勝利できるというわけではない。摩理の体はボロボロであり、心もボロボロだ。この状態で戦闘でも行えば、間違いなくその体が先に崩壊する。それに数の暴力とは恐ろしい。

 

 どんなに強くても夢という限界値が存在する以上、数の暴力を当てられた虫憑きは死ぬしかないのだ。

 

 つまりこのまま放置していると摩理は死ぬ。

 

 そして自分が介入したとしても摩理は死ぬ。

 

 どう足掻いても摩理は死ぬ。救えない。

 

 救いなんて欠片もないのだ。

 

「とりあえずこいつの服を回収しておくか、何かに使えるかもしれないし……えーと……お、ハンドガンなんかもってやがる。SOCOMじゃねぇか、良いもんもってやがるぜ。後は格闘用ナイフ三本にメタルワイヤーか。全部貰っておくぜ―――っとと、無線機は破壊しておこっと」

 

 ベルトに銃とナイフを差し、腕に何時でも使える様にワイヤーを巻きつけておく。そして回収した白いコートをリュックサックの中に詰めておく。出来る事ならもう少し武装が欲しいからアジトへと戻りたい所だが、そんな時間がある訳ではない。素早く装備の回収を完了させたらそのままリュックサックを背負い、路地裏を通って病院へと向かって駆け出す。

 

 ―――非常に珍しい事に、焦りを感じていた。

 

 そしておそらく、ここまでの焦りを感じるのは人生初だったのかもしれない。

 

 ”ハンター”花城摩理。彼女に狂わされたのは彼女に狩られた虫憑きだけではない。

 

 どうやら自分も、彼女によって狂わされてしまったのだろう。

 

 故に、全速力で路地裏を駆ける。知っている最短の道を走り抜けて行き、体力を使いきらない様に病院へと向かって走って行く。今日、この日は早く起きれた事に軽く感謝しつつ、ゴミ箱を足場に、そこから壁を蹴って、それで加速する様に体を前へと飛ばす。

 

 前へ、前へ、そうやってひたすら体を前へと飛ばし続け、そして路地裏から勢いよく飛び出る。

 

 そこまで来るともはや病院は目視の距離に入ってくる。まだ時間的には病院が機能している時間になる。つまりナースや医者が普通に勤務している時間帯だ。お茶会と称して病室へ忍び込む時間はもっと後になるが、それを気にするだけの暇は今はない。道路を超えて病院へと到着した所で、気配を殺し、病院の裏手へと前庭を突っ切る様に真っ直ぐ走る。

 

 そこで摩理の病室の裏手へと到着すると、でっぱりと窓のふちを利用して一気に体を上へと押し上げ、そのまま大きく開いている摩理の病室の中へと前転しながら飛び込む。

 

 見慣れた病室に摩理の姿はなかった。何時もは自分が座っている席、そこには白衣を着た青年の姿が―――アリア・ヴァレィの姿があった。焦ったような、疲れた様な、悲しむ様な、少しだけ怒ったような、そんな複雑な表情を浮かべつつアリアは此方へと視線を向ける。

 

「君は―――」

 

「俺の事はどうでもいい、それよりも摩理はどこだ。この時間なら外に出てるとかねぇだろ? 検査か? ……いや、そんな表情してねぇもんな。なんてこった、こんな時に限って狩りに出たのかよ……」

 

 せめて病室にいてくれれば逃がす事も出来た。その先でゆっくりと死ぬ運命かもしれないが、少なくとも今、という状況は回避できたかも知れない。しかし、摩理が外へ狩りに出かけたとなると話は違う。摩理の体は限界が来ている。そんな状態で戦闘を行えば、間違いなく今日が命日になる。

 

 よろよろ、と近くの壁に寄り掛かる。その様子を見ていたアリアが此方へと視線を向ける。

 

「……特環か」

 

「正解。今夜摩理ちゃんを捕まえるってさ。いや、摩理ちゃんの状態からすれば捕まればいい方か」

 

 溜息を吐き、寄り掛かった壁から離れる。絶望している暇なんてないのだ。そんな暇があったらこの状況をどうにかしなくてはならない。

 

 そう、それだけ。状況がどんなに詰んでいても動かずにはいられない。動かなくてはいけない。

 

 そう決めているから、心がそうしろと言うから、そう生きると決めているから。

 

 終わった後でも絶対に諦めない、その頭の悪さが自分らしさなのだろうから。

 

「うっし、再起動完了。死ぬ前に摩理ちゃん回収して逃亡だな」

 

「……諦めていないんだね、君は」

 

「オフコース、人生、生き足掻くのが楽しいもんさ。劣勢は楽しんでこそ―――と、言いたい所だけど本気で摩理ちゃんの事をどうにかしたいからな。だったら諦められないさ」

 

 リュックサックを背負い直し、視線をアリアへと向ける。アリアはその視線を受け止め、そして小さく溜息を吐く。

 

「……今日、定期検査の結果が出た。駄目だった。手術を受ければ助かるかもしれない。だけど摩理にはそれだけの体力が残されていなかった。その時、摩理を助ける事を諦めてしまったのかもしれない……だから、いや、だからこそ―――するべきことはすべきなんだろうね」

 

 そう言って、アリアは視線を向ける。そして口を開いた。

 

「―――君の夢は一体どんな味がするんだろうね」

 

「胃もたれすんなよ? 俺の夢は一味違うぜ」

 

 言葉を返し、

 

 ―――そして知覚するよりも早く、喰われた。




 次回、お祭りタイム。摩理ちゃんは、特環は、通りすがりの腹パン魔は!

 タイトルとあらすじをまともにしました。そろそろまともにするべき頃だろ思った。ともあれ、次回から蛮族が真蛮族になりますよ

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