胡蝶銀夢   作:てんぞー

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六夜目

 ―――やかましく扉を叩く音に目を覚ます。

 

 眠気を振り払いながら重い瞼を開けてみると、顔にかかるのは陽の光だった。その暖かさにうめき声を上げながら両手で顔を覆い、瞼を閉じる。そのまま籠っている布団の中に黙り込んで眠ろうとするが、扉をやかましく叩く音がそれを許してくれない。苛立ちを殺しながら上半身を持ち上げ、そのまま布団から滑るように体をだし、ベッドから降りる。

 

「うるせぇ! やかましいんだよ! 今何時だと思ってんだよ!! 一時だよ一時! 俺は! 夜型! のぉ! 人間! なの! 次ドアを叩いたら地獄まで追っかけて穴が開くまで腹を殴り続けるからなてめぇ!」

 

「そんな事言わないで下さいよぉ! 仕事ですよ仕事!」

 

「支度すっから十分だけ待ってろ! クソ、朝と昼はだるいってのに……」

 

 ぶつぶつと文句を口の中で転がしながら立ち上がり、昨晩から点けっぱなしだったステレオの電源を切る。その足で部屋の端に設置してある鏡の前へと移動し、自分の姿を確認する。寝起きを含めて酷い陰鬱な表情をしている。上半身には何も来ておらず、ボクサーパンツ一枚という姿だ。荒れ狂う様に統一性のないつんつんの黒髪も、寝癖のせいでいつも以上に荒れ狂っている。流石にこのまま外に出るのはヤバイよなぁ、と冷静に考え、のそのそと歩き始める。

 

 そこらへんに放っておいたベルトとジーンズを回収する。それに足を通しながらクローゼットの中に適当に叩き込んでおいた黒いハーフスリーブシャツを取る。少々乱暴に叩き込んだせいか皺がついてしまっているが、そこまで気にする事ではないので確保して袖に手を通す。そこから洗面所へと向かい、歯を磨く時間を短縮する為に軽く口をゆすいで綺麗にし、髪を軽く濡らして落ち着かせる―――といっても髪の毛は全く落ち着いてくれないのだが。

 

 見た目がある程度まともになったところで冷蔵庫へと向かう。十五秒チャージが自慢のゼリー飲料を取り出して一気飲みし、ゴミ箱に飲み終わったごみを捨てて扉へと向かう。

 

 と、その前にもう一回鏡で自分の姿を確認する。一応上着でも着ておいた方がいいか、とコートラックから赤いハーフジャケットを取り、それを着てから扉へと向かい、開ける。その向こう側では疲れた様子で小太りの男が立っていた。服装はいかにもカジュアルなものだが、チームの一員である事を示す様なマークをジャケットの腕の部分につけていた。

 

 どうでもいい話だ。そこまでそこらへんは興味ない。

 

「で、えーと……誰だっけ……サブロウタくん?」

 

「名前一文字もあってないっすよ……! というかサブロウタとかどんだけ古い名前引っ張ってくるんですか! 普通ネタにしたって田中とか加藤とからへんでしょ! って、そうじゃない! 大変っすよ、なんかもうクッソ強い用心棒を雇ったとかで……!」

 

「うん、なんとなく察した。昼間は眠いから嫌なんだけどなぁ」

 

「お金はしっかりだしますからぁ!」

 

 はいはい、と言葉を吐き、ついて行く。めんどくさい話だが、生きて行く以上縁というものは絶対発生する。そしてケンカ屋なんて商売は特にそういう人の縁から仕事を貰っている。その為、仕事が出来る時はしっかり仕事をしてお金を溜めておかないと裏切られた時、どうにもならない場合がある。なのでめんどくさくとも、しっかりとやる必要がある。

 

 

                           ◆

 

 

「―――あー、だるかった……」

 

 眠気を噛み殺しながら路地裏から出て、表通りに戻る。緊急と呼ばれた割には相手は弱かった―――少なくとも虫憑きと比べるとやはり眠くなるぐらいには弱かった。戦闘開始しているのに何かを喋ろうと口を開いたので容赦なく踏み込んで腹を殴りながら発勁、楽な仕事だった。手に入れたばかりの五万円をポケットの財布の中にしまいながら軽く当たりを見渡し、自動販売機を探す。道路の反対側に自販機を見つけ、車に気を付けながらも信号を無視して反対側へと回り込み、自販機の前へと到着する。

 

「これこれ、これがないとやってらんないわぁ」

 

 小銭を取り出して迷う事無くブラックの缶珈琲を購入する。その蓋を開け、口にしてようやく一息がつける。ふぅ、と息を吐きながらカフェインがまだ眠気に支配されている頭を覚醒させる事を祈ってもう一口飲む。これがなきゃ昼はやってられない、と思いつつ未だにまともに動かない頭で体を引きずり、歩き出す。

 

 特に目的地はない。ただ歩くだけ。このまま部屋に戻って寝るのも何かつまらない、というだけの話だ。

 

 軽く街を見ながら歩くだけの時間、直ぐに目に引っかかるものが見える。

 

 ビルの壁に貼られた宣伝用のポスターだ。その内容はいたってシンプル、”貴方もXXXで勉強し、夢へと向かってステップアップしませんか?”と書いてある内容だ。普段なら気にする事もない、そんな内容のポスター、しかし今に限っては違う。

 

「夢、ねぇ」

 

 夢―――それは虫憑きの原動力であり寿命。どれだけ強固に夢をよりどころにしているか、あるいはどれだけ強い夢を抱いているのか。それが虫憑き達の強さと寿命を決めてしまう。形のない、不確かで不確実なもの。それが夢になる。そして自分が唯一交流を持つ虫憑き、花城摩理の夢は”生きる”事、それだけだった。たったそれだけのシンプルな夢なのに、摩理はそれに全力で、命を賭けていた。彼女が自分のやっている事に気付いても、その軸はぶれていない。彼女は生きたい、生きて未来を視たいだけなのだ。

 

 それと比べて自分はどうなのだろうか。

 

「比べると軽くヘコむよなぁ」

 

 まぁ、そういうキャラなのだからしょうがない、と思いつつ後ろへと一歩踏み出しながら振り返る。

 

「うおっ」

 

「あっ」

 

 急すぎる動作だったのか、後ろを通ろうとした誰かにぶつかり、手元の缶珈琲の中身が盛大に飛んだ。

 

 

                           ◆

 

 

「いや、ホント申し訳ないわ」

 

「いやいや、こっちも注意せずに歩いてたのが悪いんで」

 

 場所は変わり近くの公園へと移る。目の前のベンチにはあえて特徴をあげるなら”特徴のない”青年が座っている。その服装はラフなカジュアルなものでありながら、ブランドも、そしてその顔もパっとしない特徴のなさが目立つ青年だった。問題はその青年の特徴のなさではなく、その青年に珈琲をぶちまけてしまったことである。頭から珈琲をぶちまけた結果、そのままにして返すわけにもいかず、頭を洗える公園へと連れてきたという風になっている。

 

 正直眠すぎてやってしまったことなので、罪悪感はある。敵やら知り合いならいざ知らず、これが全く知らない相手となると流石に違う。

 

「とりあえずこれ、クリーニング代なんで……」

 

「あぁ、いやいや、そんなに貰う程じゃないんで。いや、マジで貰っても困るだけだから!」

 

 財布から取りだした一万円を渡そうとするも、相手が拒否。とりあえずそう言うのは何も必要ない、と言われてしまう。しかしそれではやはり自分の気が収まらない。公園の中を見て、そして外を見る。道路の方へ視線を向けると珍しく焼き芋の屋台を見つける。近年では全く見かけなくなった焼き芋の屋台だが、まだ生き残っている事に若干驚きつつ、特徴のない青年を待たせて、小走りで二人前の焼き芋を購入し、そしてそのまま小走りで片方を渡す。

 

「流石にあんなことして何もしないってのも悪い気しかしないから受け取って欲しい。個人的な自己満足だから」

 

「いや、うん、まぁ、自己満足と言うなら……」

 

 そう言って青年は焼き芋を受け取る。新聞紙にくるまれた焼き芋をだし、齧りつく。焼きたての焼き芋は皮が若干硬く感じられるも中身は甘く、そして柔らかい。長い間焼き芋食べてなかったなぁ、なんてことを思い出し、ベンチの成年の横へと座る。なんかこんな風にベンチに誰かと座ったなぁ、という事を思い出しつつ。

 

「普段はこんなぽかしないんだけどなぁ……うわぁ、凄い恥ずかしいわぁ……」

 

「あはは……その、なんというかどんまい? 人間だれしもミスをするもんですから」

 

「いやぁ、ほんと不注意だったわ。らしくない事を考えるもんじゃないなぁー……」

 

 はぁ、と溜息をつきながら焼き芋を食べる。これも全部あのポスターが悪いのだ。脳筋族に対して頭を使う等と無理な事をさせるのが悪い。しかし、悩むのは仕方のない話だ。自分の生き方を二十代続ける事は出来ても、もし三十まで生き残ってしまったらどうしようか、そういう考えも偶にはあるのだ。なるべく考えたくはないが、

 

 客観的に見て自分は強い。少なくとも強さ次第だが虫憑きと殴り合って無傷で勝利出来るぐらいには強い。そしてそれを押し出した生活を続けた場合、生き残ってしまう場合がある。長生きを望んでいる訳ではない。しかし摩理を見ていると羨ましいと思ってしまう事は多々ある。焦りはない、しかし偶に思ってしまう事はある。

 

「夢って何だろうなぁ」

 

「えーと……」

 

「あ、ごめん。関係のない話だったよな。いや、ね? 知り合いの子が大きな夢を抱いて、それをかなえる為に苦悩しながら頑張っているんだけどさ、好き勝手生きている自分はそれと比べてちっと虚しくないかなぁ、って。基本好き勝手に生きてるから夢らしい夢はないし。あったとしても大したもんにはならなそうだし。なんか少しずつ歳を取る度に夢とかいいから、現実見なきゃいけないって気がしてきてなぁー……」

 

 自分は今、思春期ギリギリの年齢だ。

 

 それは思春期が終わりをつげ、青年期に入り、そして大人になる為の準備期間。

 

 夢を見るのをやめて、大人として現実を見始める時。そう考えると自分が悩むのも少しはあるのかもしれない。今まで通り、好き勝手に生きるのは間違いがない。だけどそこには夢がない、そう思うと非常に空虚に感じられてしまう。

 

 胸を焦がす程の夢がないのは、なんだかあの娘とつりあって無い様で悔しいのだ。片思いはかくして辛いものである。

 

「―――そんなに、悩む必要はないんじゃないですか?」

 

「ふぇ?」

 

 横、ベンチに座っている青年へと視線を向けると、言葉を探す様に青年が言葉を続ける。

 

「なんというか……夢、と言ってもそこまで複雑に考えるもんじゃない、というか……。もっと簡単に考えていいんじゃないかなぁ、って。それに夢って言ったって結局は”実現したい事”という意味が大きい。だからもし、夢に迷ったらそこで一旦足を止めて、手を胸に当てて、そして考えればいいと思いますよ。自分がやりたい事、自分が成したい事」

 

 そして、

 

「自分の心がどうしたいのかを。そんな複雑に考えない、そんなので十分すぎると思いますよ」

 

 青年のその言葉に一旦動きを停止し、そして青年を眺める。数秒間そのまま固まって、再び頭が動き出す。複雑に考える必要はなく、心のままに。なるほど―――結局は何時もの自分通りであれ、という事なのだろう。たったそれだけの話だが、誰か、それも自分の心の割合を奪っている相手の事を考え始めるとそのままでいられないのは実に難しい事だ。

 

 しかし、心のまま。その響きは素晴らしく美しい。端的に言えば気に入った。

 

「えーと……なんか外した?」

 

「あぁ、いやいや。言葉に納得していただけだから。心のままに、っての。ホントそうだよな、心のままにってやつ。簡単に思えて難しくて簡単だよなぁ、って話」

 

「結局どっちなんですかそれ」

 

 多分その場のノリと気分次第なのではないだろうか。

 

 突発的な事で軽く悩んだことだが、こうやって答えを得ると非常に楽になる。朝起きた時は眠いしダルイし仕事はクソだし、で非常に嫌な一日なるかと思っていたが、こんな風に有意義な時間を過ごせるとなると早起きも悪くはないのかもしれない。そんな事を思いながら焼き芋を食べ終え、新聞紙を丸めてゴミ箱の中へと向けて投げる。

 

 見事ゴミ箱の中へと入った新聞紙を見てガッツポーズを決め、

 

「なんか引き止めちゃったみたいで悪かったね」

 

「いや、こっちも御馳走になったんでそれで御相子って事で」

 

「んじゃまた縁があったら」

 

 軽く握手を交わしながらサヨナラを告げて、歩き出す。陽が沈むまではまだ時間がある。それまではネットカフェで適当に時間を潰すのも悪くはないかもしれない。

 

 そんな事を思いつつ夜、合うまでの暇な時間を潰して行く。




 戦犯はオフの日だったアイツだったそうです。

 そろそろプロローグ部分の最終夜始まるわよー。

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