胡蝶銀夢   作:てんぞー

5 / 18
五夜目

 ―――それからも深夜のお茶会は続く。

 

 話す内容は虫憑きの事には限らず、摩理の感じられない病院の外、その普通の世界の話になる。たとえば新しいレストランを見てきた、今日こんな学生がいたのだが、面白い話を聞いたからちょっと話させてくれ―――そんな、本当に他愛のない話しかしなかった。お互いの価値観をぶつけ合うような話も、何かを主張する様なめんどくさい話も一切する事はなかった。ただ深夜にお菓子を食べて普通に時間を潰す、それだけの夜が続いた。

 

 何の成果もない数か月だった。

 

 会う摩理の警戒心は薄れて、次第に心を開いて行くのは解る。最終的にはただの馬鹿だと確信した摩理が全くの遠慮をしなくなるのも予想通りだ。昼間に見舞いに来てくれる新しい友達を摩理は得たらしい。少し寂しそうに、少し楽しそうに、その事を夜に語る様になった。それは間違いなく摩理の心に色々と自覚を促していた。

 

 だからと言って変われるのが人間ではないのだが。

 

 そう、人間とは非常に度し難い生物である。表面上は全く別人に代わっているようで、その中身に一切の変化はない。摩理も表面上は優しくなった。いや、実際は優しくなった。どことも知らない自分の様な馬鹿に対して普通に察する事が出来るし、新しくやってきた”昼間の友達”に対しても優しく接する事が出来ている。間違いなく、良い方向に進んでいる様に見えるだろう。だが実際は全然違う。摩理の根本は一切変化していない。生きたいという意思は弱まるどころか強くなって行く。

 

 日常という世界につながりが、未練が出来れば出来るほどその意思は強固になって行く。摩理は更に焦り始める。夜のお茶会の回数が最初は週に五日ほどだった。残りの二日は摩理が虫憑きを狩りに行く日となっていた。だが今ではそれも逆転する。お茶会が二日、そして狩りに行く日が週五日となってしまっている。

 

 摩理の探している物の答えは絶対に見つからない。”不死の虫憑き”なんて見つかる訳がない。

 

 そんな存在が丁寧に摩理の前に現れる筈がない。だから摩理のシナリオは希望だけを見せた絶望で終わるに決まっている。だからこそ、その中で足掻こうとする摩理の姿に感銘を、愛おしさを感じるのだろう。

 

 ―――俺には夢と言える夢がないから。

 

 

                           ◆

 

 

「摩っ理っちゃーん! トゥナイトもお茶会しに来たよー。……ってあら、いないわ。今夜も狩りに出かけてるのか。良く頑張るなぁ……羨ましいぐらいに。努力と無縁の男に努力の話は辛い」

 

 よ、と声を零しながら入り慣れた病室へと窓から侵入する。もはや慣れ切った侵入ルートだ。普段は窓が閉じているが、鍵だけは開いてある。それは勿論自分を中にいれるためなのだが、窓が開いている時がある。この時は大体摩理が狩りの為に外へと出かけてしまった場合だ。そういう時は大抵狩りから帰って来ても直ぐにベッドに直行してしまう場合が多いが、なんだかんだで摩理が寂しがりやだってのは解っている。だから基本は帰ってくるまで病室で待っていたりする。

 

 だから座り慣れた椅子に座り、足を組みながら月明かりだけが光源となるこの部屋で摩理の帰りを待つ。何時もはお菓子を持ち込んでいるリュックの中からMP3プレイヤーを取り出し、それにつながっているイヤホンを耳にいれてスイッチをいれる。普段は余り使う事のないものだが、こうやって暇を潰すにはちょうど良いものではないかと思っている。中に入れている曲は適当にネットにつないで購入してきた曲で、ぶっちゃければ名前もバンドも知らない。

 

 感覚派は感覚派らしく、フィーリング的な部分で曲を選び、それが良かったと感じたらそれを聞くのだ。

 

 そうやって病室で摩理の帰りを待っている間―――感じるのは視線だ。

 

 視線、何時もの視線。摩理を見守る視線だ。誰かは知らないが、きっとそれは摩理の語ってはいない大事な誰かなのかもしれない。しかしそこまで興味は持たない、持てない。直接かかわってくる事でもしない限り、自分から話しかける事も探る様な事もしない―――一種のマナーの様なものだ。必要とあれば、あるいはそういう気分であればそこらへんのマナーはガン無視するところではあるが、。しかし、視線は見ているだけで干渉しようとする意思がない。

 

 ならばそれでいいのだろう。お互い、興味があるのは摩理にのみなのだろうし。

 

「ま、そういうもんじゃ―――」

 

 と、言葉を呟こうとし、

 

 素早く窓のふちに着地する姿がある。視線を窓の方へと向ければ、汗をかき、息を荒げながら病室へと帰還する摩理の姿があった。尋常じゃない程に焦っている摩理の様子は病室に返ってくるのと同時に松葉杖を投げ捨て、そのままの足で病室内のクローゼットへと向かう。そのまま視線を一切気にする事無く服を脱ぎはじめ、入院服に着替え、呷る様に薬を一気飲みする。そこで一回言葉でもかけるべきか、と悩み、やめ、そのまま無言で焦燥した摩理の様子を眺め、

 

 素早くベッドの中へと潜り込む姿を見る。

 

 そのまま数秒、無言でベッドの中にいる摩理を眺めてから口を開く。

 

「お帰り。その様子だとあんまりいい成果じゃなかったみたいだねぇ?」

 

 若干あおりを含むような言い方に対して摩理は無言だった。少し震える様な、そんな様子を見せながらベッドの中に潜ったまま、無言で肯定した。その尋常じゃない様子が答えだった。見ていれば解る。摩理はたどり着いてしまったのだ。

 

 自分が今まで何をしていたのかを、その罪悪感に。

 

「あーあ。気付いちゃったかぁ。見ないふりをすれば楽だったのに。気付かなければ辛い事なんてなかったのに。ま、神様は超えられない試練を与える事はないらしいしぃ? 摩理ちゃんもやる気と気合と根性で色々と突っ切ればなんとかなるんじゃないかな?」

 

 小さく笑いながらそう言うと、摩理はゆっくりとベッドの中かあ顔を見せ、此方へと視線を向ける。

 

「ねぇ……私がやっていたことの意味を知ってたの?」

 

「虫憑きを殺すって事は相手の夢を奪ったり未来を奪うって事? 俺の事を初対面で殺しにかかるんだから最初から承知の上でやってたんだと思ったけどね、俺は」

 

 それっきり摩理は黙り、ベッドの中で震えながら丸まっていた。その姿を見て軽く溜息を吐く。今夜はこれ以上この場にいたとしてもする事は何もないし、出来る事もないだろう。つけたばかりだがMP3プレイヤーの電源を切ってリュックの中へと押し込み、そのまま椅子から立ち上がる。

 

「んじゃ今夜は元気がなさそうだし、俺は帰るわ。じゃあな、また明日」

 

 リュックを背負い直し、窓から飛び降りて病院を出る。

 

 

                           ◆

 

 

「さて、一気に暇になったなぁ、どうしよっかなぁ」

 

 病院から出て少しの距離に自動販売機がある。その横に寄り掛かりながら自動販売機で購入した缶珈琲を飲む。珍しく何時ものブランドではなく新しいブランドを飲む事に挑戦してみたが、やはりいつものが一番だなぁ、と思いつつ飲み進めていると、此方へと向かって近づいてくる気配があるのを感じ取る。ふむ、と声を漏らしながら視線をそちらへと向けると、

 

 そこには白衣姿の青年の姿があった。

 

 その姿を確認してから自動販売機へと向き、ポケットの中に入れておいた小銭で自分が愛飲している缶珈琲を購入する。出てきたばかりで暖かいそれを青年の方へと投げる。ちょっと驚いた様子で青年は珈琲を受け取る。その光景を確認しつつ今飲んでいる缶珈琲を一気に飲み干し、二本目を購入する。

 

「えーと……初めまして、でいいんだっけ? 摩理ちゃんの保護者か何かかな?」

 

「いや、彼女のご両親は既に死んでいるよ。まぁ、ある意味保護者のような立場かもしれないけど、まぁ……あまり、細かい事を君は気にしないし、興味を持つわけでもないんだろ?」

 

「まあの」

 

 そりゃそうだ。背景として相手がどういう人物であるかを知るのは身を守る為、そしてコミュニケーションとして必要なのだ。そこに特に興味がある訳じゃない。ただ知っておくことは知らないでおくことよりも重要なのだ。知識を持っているだけでは意味はない、それを運用する事に意味があるのだから。だけど、知識がない事よりはある事の方が遥かに良い事であるのは明白だ。なので情報というものは基本、あった方がいい。ただ興味がないからそこまで必死に集める訳でもない。

 

「んで、白衣のお兄さんは俺に何か用かな? 摩理ちゃんの裸を見ちゃったことに関しては許して。あのロリボディじゃ欲情したくてもできないから」

 

「君の精神がそういうレベルから逸脱しているのは見ていれば良く解るから、そういうのはいいから」

 

 ―――この白衣、意外と言い返すな……。

 

 ふむ、と声を漏らしてから白衣の青年へと視線を向ける。

 

「どーも、鉄比呂です」

 

「こんばんわ、アリア・ヴァレィです―――って君は今、言い返さなかったら迷う事無く殴りに来ていたでしょ」

 

「やっぱ解るかぁ」

 

 なんだっけ、と口に小さく呟き、そして思い出す。確かアリア・ヴァレィとかいうのが虫憑きを生み出せる感じの存在であったと。確かそんな感じの話を摩理から聞いた覚えがある。自分自身、虫憑きになるつもりは全くないので、完全にスルーしていた話だが、確か三人だが三匹だが、そんな感じの虫憑きを生み出す存在がいたはずだ。そしてアリア・ヴァレィがその一人なら、目の前にいる白衣の青年がそのうちの一人である、という事になる。

 

「悪いけど基本的に虫憑きはノーセンキュー」

 

「うん、多分そうだろうし無理やり夢を食べようとすれば多分無事には済まないだろうし、そういう事をしに来たんじゃないんだ。ぶっちゃければ摩理の事を話に来たんだ」

 

「そっか、んじゃこんなところで立ち話するのもアレだし、適当なベンチでも探そうか白衣の兄さん」

 

「……なんか若干テンションが下がっていない?」

 

 テンションが下がる? それもそうだ。何故ならどう考えても面倒な話だ。そして面倒な話とは結局のところ、頭を使う話でもある。拳で解決の出来ない事態というのは基本的に自分の領分の外側だ。考えるし、計算するし、計画だってする。だけど基本的には殴って、食って、笑うだけの蛮族ライフスタイルが一番好きなのだ。それから外れる様なのは面倒だ。

 

 面倒、というよりは”重い”のだ。そういう鎖の様な重さは自分の好む所じゃない。

 

 そんな事を思考しつつ、アリア・ヴァレィと共に近くの公園へと移動し、適当なベンチに座る。やはり深夜の公園には人の気配が一切なく、街灯が僅かな光源として機能している程度だった。ベンチは夜の風が浸み込んだように冷たくなっており、座ると少々気持ち悪かった。が、立っているよりはマシである事に違いはない。

 

 間に一人分の距離を開ける様にベンチに座る。

 

 互いに視線は向けないように、夜の闇を見つめて話し始める。

 

「で、えーと……摩理ちゃんの事だっけ」

 

「あぁ、うん。まずは摩理に普通に接してくれてありがとう。理想としては彼女が飛び出す事を止めてくれる事だったけど、友達が一人もいない彼女に接する事の出来る身近な人物としていてくれてありがとう」

 

「話の切り出し方がめんどくさい」

 

 その言葉にアリア・ヴァレィは一瞬だけ言葉を止めると、小さく苦笑する。

 

「こういう喋り方に慣れてしまってね、申し訳ない」

 

 そう言ってからアリア・ヴァレィは一旦言葉を止め、そして言う。

 

「―――摩理にはあんまり時間が残されていない。具体的に言うと安静にして一ヶ月程度、また外へ飛び出せばそれが最後の夜になりかねない」

 

 へぇ、と声を零す。

 

「まぁ、最初見た時から長くはないって思ってたけど、もうそんな感じか。摩理ちゃんの事、割と本気で好きだったんだけどなぁ……寂しくなるなぁ。ま、生きていれば死ぬ事もあるし、殺していれば殺される事もあるさ。身の上は不幸だけど散々好き勝手やってるんだから妥当な終わりだよ」

 

 早かれ遅かれそうなるものだ。好き勝手やればその因果を受けるものだ。

 

 その言葉を受け、アリア・ヴァレィが言う。

 

「君は……何とかしてあげようとは思わないのかい?」

 

「いや、出来るならするけど?」

 

「人生経験はそれなりにあるつもりだし、人の心に関してもそれなりに知っているから少しは自信を持っていたんだけどなぁ……」

 

「まぁ、俺って存在が特殊すぎるからあんまり気にしない方がいいよ?」

 

「うん、まぁ、なんとなくそこらへんは察した」

 

 胸を張るとアリア・ヴァレィが苦笑する。今までの会話でこの男、この存在の心というものが少しずつだが掴めてきた。心の底から摩理の事を心配し、どうにかしたいと、それを願っている。それが言葉に伝わってくる。だから、

 

「そうだなぁー……」

 

 と、アリア・ヴァレィに対して言葉を呟く。彼が言いたい事、伝えたい事は言葉にしなくても大体伝わってくる。だから自分の率直な気持ちを口にする。

 

「―――割と真面目な話、摩理が羨ましい。夢に対して必死になる事の出来るあの姿勢には惚れてすらいる。俺には絶対無理だ。好き勝手生きているだけのヤツが夢の為に一直線とかどう考えてもないだろ。だから邪魔なんかできないし、やめろとも言えないわ。夢のない奴が夢を持っているヤツの邪魔しちゃいけねーだろ」

 

 どんなにやり方が間違っていても、どんなに酷い結果になろうとも、

 

 夢を追いかけるその姿勢は尊い。

 

 摩理のその姿は苦しいながらも美しい。

 

 きっと、今日の事が原因で摩理は休むだろう、しばらくは。

 

 ―――でもまた夜の街へ出る。それが夢であり、業でもあるのだから。摩理は止められない。

 

「そんな無理している女の子をそっと支える俺はきっとかっこいい。凄くかっこいい」

 

「君、馬鹿だろ?」

 

「良くご存じで」

 

 肯定し、小さく笑い、そうだなぁ、と呟き、空を見上げる。

 

 なんだかんだで摩理と出会い、数か月が経過している。それだけあれば十分だろう。

 

「今は全く、と言っていいほど虫憑きに関しては興味はない」

 

 だけど、

 

「―――”その時”、それでどうにかなるんだったら……夢、食わせてもいいかな」

 

 そう呟き、視線を前方の闇から外して頭上の星空を見上げ様に向け、そして思う。

 

 ―――これってやっぱりロリコンかなぁ……。

 

 自分の感情に、欲望に、そして心に素直に生きる。その為なら適当な夢を見つけ、潰れるまでの短い時間を全力で駆け抜ける。

 

 それもまた、自分らしく楽しいんじゃないだろうか。




Q.蹂躙系? 最強系? チート系? どういうssなのこれ?
A.ロリコンに目覚めた蛮族が好き勝手に腹パンをする原作の空気無視のss

 伏線張ったりする面倒な話を挟めば暴れる話は近いわー。書いていてこういう話が一番疲れて微妙だと思う。しかし話の構成とかを考えるろ少し歪だったりおかしかったりしても入れなきゃ話が唐突になるものよね。

 bugの開始前のお話はあとちょいで終わりますよ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。