胡蝶銀夢   作:てんぞー

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三夜目

「はい、気をつけてね」

 

「ういーっす」

 

 タクシーの後部座席で横になって倒れている少女を引っ張り出し、背負ったら松葉杖を握ってタクシーから離れる。離れた事を確認したタクシーがランプで行く道を照らしながら去って行く。それが完全に消えるのを見届けたら背中に背負った少女の位置を軽く調整し、松葉杖を握りながら歩き出す。歩き出す、とは言うがタクシーに病院の前に泊めてもらったため、そう歩く必要はない。ただ数歩歩き、病院の門を抜ければそれでいいだけの話だ。ただ病院の正面についたところで、足を止める。

 

 このまま病院に入っていいのだろうか?

 

 まず全く見知らぬ血だらけの男が少女を背負っている。この時点でスリーストライク、バッターアウトだ。それのみならず少女の方は暴行の跡が存在する。これで場外ホームランだ。そして男の携帯電話にはちょいエロな少女の写真が記録されている。振るったボールが全てデッドボールの様な勢いだ。これはどう考えてもあかんとしか言えないコースだ。つまりこのまま正面から侵入するのはなし、という事になる。

 

 じゃあ直接病室にスニークするしかない。

 

 という事で、姿勢を低くしながら病院の入り口へと近づく。そのまま入らず、自動ではない事ん位感謝しつつフロントを確認する―――眠そうに片肘をデスクについて半分眠っている姿が見える。この調子なら気配を殺すだけでいいだろうと判断し、自分と、そして触れている少女の気配を引きずり込む様についでに殺す。そのまま足音を一切立てずにフロント前をすり抜けて進む。そのまま階段の前まで移動し、

 

 肩に顎を乗せる様に目を閉じる少女に視線を向ける。

 

「で、病室何号室よ」

 

「……」

 

「狸寝入りしても呼吸で起きてるってバレバレだからな。ついでに言えば今背中に鼓動を感じるから焦っているのも伝わってくるぞぉ……クックックック……睨むのは止めてとっとと俺が紳士的な内に吐けよオラ。それとも物理的に吐くか」

 

「……あっち」

 

 渋々、といった様子で目を開けた少女が指差しで病室を伝え始める。それに従い、誰もいない事を確認しつつ少女の病室へと向かって移動する。階段を上がる必要があったとはいえ、そこまで遠い訳でもなかった。人の気配に注意しながら進む為に少し遅く移動したが、それでも深夜の病院、徘徊しているような人はほとんど存在しない。だから接触する様な心配もなく、そのままするりと病室の前まで移動し、扉が音を鳴らさないように慎重の開け、

 

 そして漸く目的地に到着する。

 

 部屋について扉を閉め、そこで漸く安心してベッドの上に少女を投げ捨てて近くの椅子に座る。一応深夜とはいえ、声が響くかもしれないから声量には気を付けながら声を発す。

 

「はい、お疲れ様ー。もう大体ダメージ抜けてるのは解ってるからさ、狸寝入りしたり猫を被る必要もないぞ」

 

 足を組み、腕を組みながら視線をベッドの上へと放り投げた少女の方へと向ける。放り投げられた少女はごろり、と転がるように仰向けになると上半身を持ち上げ、視線を此方へと向けてくる。間違いなくその視線は此方を睨むものであり、敵意を感じるものだ。しかし個人的に勝利した時点で戦意は完全になくなって、優越感しか残っていないので、気にする事なくタクシーを拾う間に購入しておいた缶コーヒーをポケットから取り出し、飲み始める。少し時間が経過しているから生温くなっているが、味に変わりはない。これでいい。

 

「俺の名前は鉄比呂。中学校卒業したら高校行かずに社会のクズを始めた蛮族だよー。はい、俺の自己紹介は済んだし今度はお前の番だよ?」

 

「……なんで自己紹介されたらしかえす、って思っているんですか」

 

「馬鹿だなぁ、お前。自己紹介すら出来ないとなるとお前社会に出てどうするんだよ! 言っておくけどバイト戦士にジョブチェンジするにしたって自己紹介は必須だぞ? 企業戦士も必須だとして、ホームレスだとしても裏路地のノブさんとかそんな感じの路地裏王への挨拶に自己紹介できなきゃいけないんだぞ。それとは別に拳の挨拶ってのもあるけどな」

 

「……」

 

 少女が呆れた視線を此方へと向けてくる。が、それに取り合う予定はない。さあ、と視線で先を促す。それを受けた少女は悩む様な、困ったような表情を浮かべ、考える。それもそうだ、今目の前にいる自分はこの少女を倒した男であり、もう一回戦闘になれば負ける可能性が高い。その時はどうなるか解ったものじゃない。それを思考したのか、此方からは彼女が会話の主導権が此方にしか存在しない、という事実に気づいたように見えた。

 

「……花城摩理……です」

 

「摩理ちゃんね、なんだ可愛らしい名前持ってるなら挨拶した時にちゃんと言っておけよ。お前、俺お前の事負け犬ならぬ負け虫ちゃんって呼ぼうと思っていたんだぜ」

 

 少女―――花城摩理が呆れた様な表情を浮かべる。警戒はしたままだが、それでも完全に敵ではない、と理解したのだろうか。その表情からは必要以上の力みが消えた。それを見て、今まで持っていた松葉杖を壁に寄り掛からせるように置く。それを見て摩理が口を開く。

 

「……なんで……助けてくれたんですか?」

 

「面白そうだから」

 

 摩理のゆっくりとした質問に、即答した。何故なら真面目に面白そうという理由でしか自分が動いていないからだ。勿論、それを信じる程馬鹿正直な人物ではないだろう、摩理は。ふざけられた、と思い少しだけ怒りを見せる様な表情に変わるが、そんな摩理に対して指を持ち上げ、チチチ、と口で音を鳴らしながら指を横に振る。

 

「割と真面目な話俺は愉快だと思う事でしか動かないぞ。なんて言ったって高校がつまらなさそうって理由でドロップアウトしたからなぁ! 第一俺の様な馬鹿じゃない限り一般人で正面から虫憑きと殴り合おうともしないだろ。俺を勝手に複雑な理由で動く頭の良い人間にしないでくれ。面白そうな事、自分の興味でしか動く事の出来ない家族三代揃っての蛮族ファミリーなんだよ。というわけで答えは面白そう。それだけなんだよ。ボコった相手に丁寧に送リ帰されるのってどんな気持ち? 俺そういう経験ないから気持ちを共有してやれないんだわ、ごめんなぁー……」

 

「一つ解りました。貴方嫌いです」

 

 ―――まぁ、そんな感じの認識でいいよな。

 

 心の中で苦笑しながら摩理へと視線を向ける。今度はちゃんと怒りの表情を表面に見せて、出しているのが解る。弄ると輝くタイプ? たぶんそんな感じだと思う。あまりからかいすぎて印象を悪くするのもつまらない話だ。ここは少しだけいじりたい欲望を抑え、飲み終わった缶珈琲を近くのゴミ箱の中に投げ捨てながらさて、と声を漏らす。

 

「お話しようぜ摩理ちゃん。基本的に夜型の人間だから朝は眠いけど夜は元気が有り余る上に暇で暇でしょうがないんだ。ケンカ屋なんて商売もやってるけど今日は仕事がないしさ、一晩中時間が余ってるんだわ。だから、ほら、戦利品何も獲得できなかったしその代わりに何か面白い話か摩理ちゃんの身の上話でも聞かせてくれよ。それともアレだ、虫憑きに関して話してくれよ。色々と興味があるんだわ、俺」

 

 小さく笑いながらそう言うと、摩理が半眼で睨んでくる。

 

「……馴れ馴れしいです」

 

「そういうキャラだからなぁ」

 

「……ちょっと待っててください」

 

 そう言うと摩理はベッドの横のテーブルに置いてある水差しと薬瓶を手に取り、薬を口の中に放り込むとそれを水で流し込む。おそらく彼女の体を維持する為の薬か何かだろう。病院にいる事も含め、おそらく体の内側に重病でも抱えているのだろう―――あまり興味がない。ほいほい同情するのも精神的にあまり宜しくない。そういうのは本人が望んだ時だけにやっておくものだ―――見た目だけ。

 

「えっと……あまり自分の事は話したくはないので……虫憑きの事で」

 

「彼を知り己を知れば百戦危うからず……って昔の人も言ってたしな。カモンカモン」

 

 笑顔で答えると、摩理は呆れた様な表情を向けてくる。しかしそれにも徐々に慣れてきたのか、溜息と咳を一回零してから摩理がゆっくりと口を開く。

 

 

                           ◆

 

 

 それからゆっくりと、時間をかけて摩理と話した。

 

 話したというには少々語弊があるかもしれない。基本的には聞きに徹していたのだから。摩理は語ってくれた。まず虫憑きとは何だったのかを。夢を食われ、そして虫に食われ続ける代わりに力を、能力を手に入れた存在であると。始まりの三匹というのが原因で多くの虫憑きが存在している事。分離型、特殊型、同化型という三種類に虫憑きは分類できる事。

 

 摩理の語る虫憑きに関する情報はどれも新しく、新鮮で、そして未知の事ばかりであった。特別環境保全事務局なんていう政府組織が虫憑きの対処に当たっている事なんて全く知らなかったし、虫憑きが意外とたくさんいる事も知らなかった。摩理が教えてくれるその話は正直な話、経験さえしていなければただの妄想として捨てる事が出来たかもしれない。しかし、その内容は実に面白かった。自分が経験してきたのとは全く違う世界が存在している、

 

 それはなんとも魅了して心を離さない内容だった。

 

 羨ましい。素直にそう思えた。世界は狭いように思えて、まだ下があったのだ。隠れていて触れる事の出来ない未知が確かに存在していたのだ。今まではそれを見る事も触れる事もできなかった。だがあのカマキリ使いとの事件を通して、漸くその世界に触れる事が出来たのだ。世界は歯車で動くシステマチックなものだと思っていた。

 

 だが違う。剣も魔法も存在しないファンタジーが現代で生きていたのだ。

 

 ゆっくりと、しかし確かに、摩理に負担がかからない様に話を聞きだした。途中で合いの手を入れる事で聞いてますよ、とアピールしつつ摩理が疲れないように途中で休みを入れたりし、そして虫憑きに関する話を聞きだした。予想外にスケールが大きく、面白い話だった。聞き終わってから大きく息を吐きだすと、そこから更に苦笑を吐きだすしかなかった。

 

「なんつーか……実に愉快だねぇ。面白い事を求めて毎晩好き勝手やっているくせに、それでいて漸く思春期ギリギリで虫憑きなんてエキサイティングな存在にエンカウントできるんだから。ホント世の中どんな展開が広がるのかわかったもんじゃないか。まじめな学生以外のルートは割と総当たりでぶつかってみたのに、小さな善意がこんな風に繋がるなんて―――やっぱり腹パンが鍵か」

 

「あまり口を挟みたくないけど、狂ってると思います」

 

 寧ろどんなに長生きしても最終的に死ぬという結果で満たされているこの世の中、好き勝手に生きずに、狂って生きずにどうやって過ごせと言うのだ。どんなに頑張っても結果しか残せないので、そりゃあ狂いもする。そうだよなぁ、と胸の中で呟くと、あの、という声が摩理の方からかかってくる。

 

「―――虫憑きになりたいんですか?」

 

「いんや、欠片も興味ないけど?」

 

「えー……」

 

 いや、だってよく考えてみろよ。

 

「虫ってのは夢を食うんだろ? んで自分の夢を食わせないとその力が使えないんだろ? しかも夢の外部補充は原則的に不可能と来た。これって”弾薬補充できない銃”と一緒じゃないか。力が凶悪で面白い事は認めるけど破壊されたら一緒に死ぬしかない兵器とかどう足掻いても欠陥兵器すぎて欲しくないわ。武器に求めたいのは安定性と信頼性だからな。虫なんて意味不明なもん使ってるやつの気がしれんわ。弱いし。腹パンで倒せるのに虫とかいらんわー」

 

「……やっぱり嫌いです」

 

 そう言って視線を背ける摩理の姿を見て小さく笑う。まぁ、虫憑きという連中が面白いのは認めるが、接する相手としてだ。自分がそれになろうとは欠片も思わない。夢の残量が寿命に繋がるなんて、自分で自分の限界を設定する様なものだ。そんなつまらない存在になりたいとは思わない。しかしもし、

 

 虫憑きになる時が来たら、

 

 それはきっと、虫憑きでしか出来ない事があって、自分の心が本気でそれを求めた場合になる。

 

「―――っと、長く話し込んじまったな。楽しかったから時間を忘れちゃったけど、これ以上残ってたら見つかりそうだし退散すっか」

 

 よっこらしょ、と声を漏らして椅子から立ち上がりつつ自分の体を確認する。いつも持ち歩いている包帯で簡易的な応急処置だけはしておいたから血は出ていないが、アジトに帰ったらちゃんとした処置をしたほうがいいのかもしれないな、と思いつつ窓の方へと向かう。此方へ視線を向ける摩理に対してんじゃ、と声を漏らしながら片手を上げる。

 

「明日の夜も遊びに来るから、夜の街うろついてたら腹パンな」

 

「えっ」

 

 ハッハー、と大声で叫びながら開けた窓から飛び降りる。数階ほどの高さがある病室だったが、受け身さえ取ればダメージは全く問題ない。そんな事よりも、

 

 彼女の存在のおかげで新しい世界が見えた。

 

 即ち、

 

 ―――俺の世界はもっと面白くなる。

 

 その事実に、胸が躍っていた。




 ヒロくん
  蛮族紳士系蛮族。面白い事がしたい。愉快な事が好き。自分勝手に生きれば俺の勝ちスタイル。やっぱり蛮族。

 マリちゃん
  胸が絶望的可哀想だけど腹パンしやすいお腹の子。対応が丁寧に見えるのは困惑八割の状態だから。笑顔にしてから腹パンしたい。

 ボーイ・ミーツ・ガール(拳とお腹)。酷いものを書いている自覚はあるけどタイトルとあらすじの時点で大分吹っ切れている感。

 こんな奴が目の前に現れたら警戒する前にひたすら困惑する。

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