胡蝶銀夢   作:てんぞー

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二夜目

 ある深夜、

 

 歩いていたら通り魔ロリに襲われた。

 

 言葉にしてみると酷い状況だ。いや、相手を見れば相手がロリというには肉体的な成長を感じる―――身長は低いがおそらくは十五前後、まぁ、そのあたりだと思う。発育の悪さは体を見れば解る。”肉”がついていない。運動をしていないのか、或いは運動ができなかったのか。そういう感じの所だろう。しかし目の前で振るわれる銀槍は早く、鋭く、そして何よりも強い。とてもだが確認する少女が振るえる様な速さではない。

 

 つまり、虫の力で身体能力そのものが強化されているのだろう。それを把握した所で回避動作に入らないと直撃で殺されると判断し、銀槍を飛び越えるように、ワンステップを銀槍の上において跳躍する。特別高い身体能力がなくても、重心移動と体の機能さえ把握していればこれぐらいは問題なく実行できる。故に前転する様に飛び越えながら逆さまになったところで右手で握っている戦利品を―――カマキリのカマを首を一撃で落とす為に振るう。

 

 それに反応した少女が首を逸らす事で回避しつつ、

 

 銀槍の先で破壊を目撃した。

 

 簡単に説明すれば、それは斬撃だった。突きだされた槍の軌跡に沿う様に真っ直ぐアスファルトの道路に斬撃が刻まれていた。少なくとも三メートル以上の斬撃が道路に刻まれているのを確認して冷や汗を感じつつ、飛び越えるという咄嗟の判断に感謝する。挑発したとはいえ、迷う事無く即死攻撃を叩き込んでくる相手に―――特に驚きもしない。そんなものだろう、と着地しながら思考し、

 

 背中を見せたまま着地し、振り返らないままそのまま少女へと向かってバックステップする。そこで背中合わせになったところで一旦足を止め、そして口を開く。

 

「こんばんわ、俺の名前は―――」

 

 言葉を言い終わる前に少女が振り向きながら刃を振るった。四肢を投げだす様に道路に転がって頭上の斬撃を回避しながらそのまま足元を右手のカマで振り払う。それを少女が飛び越えて回避する動作の最中に左手のを切り裂く軌道で投擲する。少女が銀槍を戻す動き、柄でカマを弾きながら砕くのを見て、相手の方が先程戦った小者よりも遥かに強敵であるのを認識する。

 

 楽しい。

 

 そう思いながら帰還アクションに潜り込む様に踏み込む。それに合わせて銀槍が回され、刃の切っ先が両断の軌道で入る。既にそれを読んでいたが故に体はその道から外れ、少女の横を抜ける様に横へと滑り込んでいた。そのまま残ったカマを武器として横へ通りながら滑らせる。この凶器がその性能を発揮するのであれば、このまま握って横を抜けるだけで両断できる。

 

 だが、それは阻まれる。

 

 鱗粉の様な、粉の煌めきが刃が少女に触れるのを拒絶していた。判断は素早く、カマを捨てる事を決意し、手放しながら横を抜け、背後へと回る。その瞬間には鱗粉に阻まれたカマが銀槍によって砕かれるのが見える。しかしそれでアクションを消費するというのであればそれでいい。予想よりも、未熟な相手かもしれない。とりあえずは、

 

「―――鉄比呂(くろがねひろ)十八歳、よろしくな!」

 

 背を押し付ける様にして衝撃をそこから遠し、鉄山靠を叩き込む。少女が車に跳ね飛ばされたような勢いで跳ね跳びながら道路に衝突し、ワンバウンドしながら近くの廃ビルを囲うフェンスに衝突し、突き抜け、その向こう側に転がってから立ち上がるのを見る。ふむ、と声を漏らしながらすぐさま立ち上がった少女を見る。自分と同年代どころか体を鍛えた大人でさえ一撃で気絶させる程の一撃を叩き込んだつもりだったが、

 

 何やら火力のみならず防御力すら化け物だったらしい。これで戦闘センスも悪くない、と来るとチートというやつに違いない。これは酷い。努力の蛮族相手にチート生物を出すとか。

 

 ―――蹂躙したくなって逆に興奮する。

 

 既に立ち上がって銀槍を構え直した少女はそれを振るう体勢に入っている。容赦のないその動作には殺意はない、が、殺すという意思は乗っているのが動作に見える。その事にひひひ、と声を漏らしながら踏み込む。振るわれる銀槍の軌跡に沿う様にその先端から放たれるものが見える。

 

 鱗粉だ。それが銀槍の正体になっている。それが振るわれた直線状の存在全てを完全に切断し、破壊している。それを黙しつつ前進する。体の動きは素早く、だが小さく、最低限の回避動作でダッキング、スウェイ、と技術を合わせながら簡易的な縮地法で鱗粉を潜りながら前へと進む。一歩目、鱗粉の端に引っかかった頬と肩が切れる。二歩目で腿と二の腕が切れる。が、気にする事はない。

 

 切り裂かれ、吹き飛ぶフェンスやアスファルトの塊、それらを足場に四方八方へ跳躍しつつ接近し、

 

 十三歩目で少女の前へ、銀槍を潜る様に到達する。ふん、と満足の息を鼻から吐き出しつつベルトを巻いた拳を握り、シングルアクションでそれを一瞬で、

 

 少女の腹へと叩き込む。

 

「挨拶したんだからちゃんと挨拶しかえせよ基本だろぉ―――!!」

 

「ぐぇっ」

 

 鱗粉に拳を阻まれる感触はあった。しかしそれを発勁でぶち抜き、衝撃を少女の腹に通した。その為にダイレクトなコンタクトは成功していないが、衝撃が貫通したおかげで少女が体を折り曲げながらその体が後ろへ一歩、下がる。その手からは銀槍は離れない。つまり戦闘続行可能な状態となっている。

 

「ネクスト! ダメージ・ヒント! お腹ァ!」

 

 少女が下がる前にマフラーを掴んで引き寄せながら腹パンを再び決める。今度は鱗粉がガードに入らない―――おそらくは一回重い攻撃を受けて意識が回らないからかもしれない。どうでもいい話だ。相手の未熟さ油断、あるいは慢心の結果だ。反省するべきは自分ではなく相手だ。なのでそのまま遠慮する事無く下がりそうな体をマフラーを引っ張る事で引き寄せながら拳を叩き込む事を続ける。

 

「今何時? 今深夜ァ! 通り魔なんぞしてんじゃねぇよ! ご近所の迷惑!」

 

 再び拳を叩き込む。

 

「なんか探し物しているみたいだけど俺、虫憑きですらねぇよ! 見れば解るだろ!」

 

 引っ張って腹を殴る。

 

「第一そこらへんの道路に不死っぽいのがいるわけねぇだろ! 常識で考えろ!」

 

 遠慮する事無く本気で少女の腹に拳を叩き込む。耐久力が人外のものであるという事はもう証明されている。本気で殴っても壊れない相手―――なんとも素敵ではないか。

 

「夜なんだから家に帰って寝ろ! ちゃんと歯ぁ磨けよ!」

 

 発勁で衝撃を通しつつ拳を少女の腹へと叩きこみ、体を吹き飛ばす。何度もバウンドしながら壁を砕いて動きを停止するその姿を目撃し、吐きだしたい言葉を吐きだして満足の息を吐く。やはり我慢はストレスの元。吐き出したい言葉を吐き出さずに置いているのが一番の悪なのだ、と。

 

「あぁ、スッキリした。通り魔だから殴っても犯罪じゃないからな。やっぱ正当防衛って最高だな」

 

 額の汗を拭おうとして、切れた所から流れ出る血が付着してしまったことに気付く。汗を拭おうとすれば逆に気持ち悪くなることにげっそりとしながら、ゆっくりと少女へと近づいて行く。途中で銀槍を離せない様に、握力を固定する様に拳を一撃叩き込んだので、やはり少女の手から銀槍は離れていない。しかしその銀槍の表面から銀色が剥がれ始めている。

 

 触手へと姿を変え、そしてそれは集まって一匹の蝶へと姿を変える。マジかよ、と声を零しながらそれが飛び去ってゆくのを眺め、溜息を吐く。とりあえずはポケットの中に携帯電話が無事である事を確かめ、少女の素顔の写真を何枚か取り、記録を取っておく。何か不都合があった場合はこれで脅迫なり追いかけるなりすればいいのだ。

 

 賢い蛮族はただの害虫である、という父の言葉を思い出して握りつぶす。

 

「しかし実にファンタジーだなぁ、虫憑きってのは。割と真面目な話、先にカマキリと戦っておいて良かった。アレが破壊力を実演してくれなかったら”耐えて接近する”なんて事に手を出しかねなかったし。やっぱ経験って大事だよなぁー」

 

 そう言いながら銀槍から松葉杖へとおそらくは戻ったのを確認し、倒れている少女へと視線を向ける。顔に浮かんでいたマーカーの様な文様はもうない。おそらくあれが戦闘態勢である事の証なのだろうか? しかしカマキリ使いと戦った時はそんな文様もなかった。やはり、今回の戦いと前回の戦いを比べる感じ、虫憑きでもタイプ差は出るのだろうか?

 

 格闘タイプとかドラゴンタイプとかそんな感じの。

 

「ともあれ、お兄さんが勝者だからねー。とりあえず戦利品探しと行きますか。はい、ちょっと動かないでねー、身体検査始めますよー、ぐへへーイヤーンな展開始まるぞ……! ……ツッコミがないから空しいわ」

 

 一人で漫才をしながら近づいて少女を確かめる。どうやら気を失っている、というよりは体に力が入らずに倒れている、という感じだ。立ち上がる事も出来ないのか苦しそうに目を閉じ、口をパクパクさせている。最初に殴った時の強度からして耐えれるかと思ったが―――やはりどこか体が悪いらしい。発勁を叩き込んだあたりからこういう感じになっている辺り、体の中がどこか壊れているのかもしれない。

 

 割と本気で殴った結果、寿命が縮まったなら―――まぁ、しょうがない。襲ってきた方が悪い。

 

 ともあれ、身体検査を始める。マフラーに触れてそこに何かを隠してないか、手、腕、胸、腰、腹、と何か隠していないかを確認する為に触れて行く。セクハラだえっちぃやらと非難の声を普通は浴びせられるところだが、戦利品漁りにも大分慣れてしまったため、悲しい事に特に感じる事はない。特にこんな貧相な胸、

 

 触っていると憐れみすら覚える。可哀想。

 

「お前もっと牛乳飲めよー? 好き嫌いして喰うもん飲むもんちゃんとしねぇと大きくならないからなぁ。まぁ、それはそれとして身体的な問題として大きくなれない場合があるんだけどな! 高校生入ってそのサイズだったら一生縁がないぜ! ……リアクションないからつまんないなぁー」

 

 腹パンでダウンさせたのはこっちだから仕方がないよなぁ、と愚痴りつつもそのまま上半身のチェックを終わらせて下半身のチェックに入る。短パンのポケットを調べたらベルトに何かを隠していないかを調べ、触れて確認したら靴を脱がしてその中に何かがないかを確認し、何もないのを確認したらまた靴を履かせる。その程度の慈悲だったら自分にもある。

 

「とりあえず身分証明書の類は一切持ってないな。もっかいケータイで写真を何枚か取って。っとー……良し、なんかちょっと犯罪チックな写真になったのは忘れよう。とりあえずほかに個人を特定できそうなものは……あった」

 

 松葉杖へと視線を向ける。なんだかんだでこれは個人で所有するのが難しい代物だ。というかそこそこ値段がする。その為に松葉杖や車椅子の様な道具は所有団体等により管理されている……筈だ。少なくとも自分が骨を折って入院したときは病院が一個一個タグをつけて管理していた筈だ。そういうあやふやな知識から松葉杖を握り、確かめる。

 

「うっし、あった」

 

 松葉杖に病院の名前が書いてあった。携帯電話をネットに繋げ、そこから病院の名前を検索して場所を確認する。病院の位置はここからそう遠くはない。少なくとも歩いて十数分という距離ではないが、どこかでタクシーかバスを拾えば問題なく行ける距離だ。いや、しかしこの時間帯でバスを探すのも面倒だ。やはりタクシーだろうか。

 

 と、ここで自然にこの少女を送り届ける事を考えていたことに気付く、

 

 視線を少女へと向け、彼女が苦しそうに呼吸を繰り返している事に注目し、そして溜息を吐く。

 

 自業自得―――とは言うが、やはり自分よりも若い少女を置きっぱなしにするのはどこか心が痛む。クソ生意気な少年を置き去りにするのは正直どうでもいいが、これが少女となると全く違う事になる。

 

 世の中、そういう贔屓で出来上がっているものだから特におかしなことはない。

 

「仕方がねぇなぁ、送り返してやるよ。放っておいたらここで死んでそうだし。俺が蛮族系紳士で良かったな」

 

 よっこらしょ、と声を漏らしながら少女を背に乗せる。ついでに開いている片手で松葉杖を握る。なんだかんだでダメージを喰らって、銀槍によって斬撃された切り傷が痛むが、切り傷が綺麗過ぎたせいか出血が小さい。これぐらいなら特に処置しなくてもほっとけば治るだろう、と経験から軽く当たりをつけておく。

 

「しっかし殺そうとした相手に救われるのってどういう気持ちよ? んン? えぇ? 悔しい? 悔しいのかな? それとも超困惑? ―――駄目だ、リアクションがねぇとクソつまらんわ。売れない芸人って良くこんな空しい事をやり続けられるよな、リアクションも笑いもない芸とか苦痛なだけじゃねーか」

 

 やれやれ、と呟きながら夜の道を歩き始める。

 

 ―――これで少しは楽しい非日常が始まればいいのだが、と思いながら。




 蛮族で紳士で腹パン族で煽る上にどこかファンサービスでゲスで満足というハイブリッド生物。最近主人公が属性過多じゃない? と書いてて思うけど書いてて爽快感があるならもうそれでいいんじゃないかなぁ、と思いつつロリをボディチェック、

 事案です。

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