胡蝶銀夢   作:てんぞー

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五匹目

 忘れてはならないのは特別環境保全事務局が戦闘集団、である事だ。あくまでも保護や捕獲は活動の一環であり、容赦なく敵であれば殲滅する非情さを持った組織だ。それ故に装備は豊富で、珍しいものを持っている。それこそオーバテクノロジー、と呼べるような武器さえその武器庫には入っている。

 

 その中に”不死”にダメージを与えられるものがあれば上等だ。

 

 武器庫のすぐそばの通路まで到達すると、上の方から爆音と濃密な気配を感じる。世果埜春祈代が暴れだしたのだろう、爆破の衝撃で近くの監視カメラが壊れるのを確認する。それを見て、トビバッタを呼び出す。肩に着地したトビバッタは触手となって体と同化し、マーカーとなって皮膚に浮かび上がる。虫と同化したその状態で一歩目を踏み出しながら、体の変態を始める。

 

 骨は砕ける様にバキ、と醜い音を鳴らす。

 

 皮膚は縮み、伸び、そして色が変わって行く。

 

 断裂する筋肉は本来の姿へと戻って行く。

 

 グロテスクとも表現できる変態は苦痛を全身にみなぎらせる。痛みは自分が存在していると、自己がそこにあるのだと証明してくれる。故にそれを認識しながら、背の低い少女の姿から背の高い男の姿へと、激痛を響かせる音と共に変わって行く。

 

 ”きり”の姿から”蛮族”の姿へと。

 

「コートは性能がいいしそのまま使わせてもらおう。あぁ、でも男であのピチピチスーツはねぇや。同化して―――」

 

 服装もごっそりと、何時も通りのジーンズと白い無地のシャツに変える。コートはそのままだが、色を白から灰色へと変える。コート以外は大体何時も通りのラフな格好に変わった。と、そこで髪を伸ばしたままにしていたのを思い出し、ひっこめる。鏡を確認しないと色とかまで正しいかどうかは解らない。偶に混ざりすぎた結果瞳の色や髪の微妙な色を忘れてしまう場合がある。鏡はないので自分の再現具合がどんな感じ化は解らないが―――大体こんなものだろう、と納得しておく。

 

「オープン・セサミ」

 

 悲鳴や叫び声が聞こえる中、それを一切合切無視しながらヤクザキックで武器庫の扉を蹴る。しかし武器庫の扉は大きく歪む程度で、その扉を開かない。足を扉につけたままふむ、と軽く呟いてから足を下ろし、手を武器庫の扉につけ、同化する。そのまま武器庫の扉、その鋼を体内へと取り込み、扉を消し去る。同時にそれを使って両腕を覆う甲殻や、何時でも武装を作り出せるように意識しておく。

 

 剣や槍、ハンマーの様な簡単な構造は作れるが、銃の様な複雑な物は同化再生出来ても生成は出来ない、一応そう言う制約はある―――脳の容量の問題で。だから武器は、銃の様な複雑な構造をしている武器は同化して体内で保管しておくのがベストだが―――今回は潜入の時点でその方法を捨てなくてはならなかった。

 

「さてさて、秘密の花園にはなにがあるかなぁ!」

 

 ズラリ、と正面には銃と刀剣類が広がる棚がある。そこからライフルを五種類ほど同化させる。剣は見れば大体コピー出来る為、必要なのは材料だけだ。そのまま奥へと視線を滑らし、幻獣に保管されている武装を見つける。あまり同化し過ぎると質量が、体重が増えてしまう。二百キロぐらいならまだ笑えるが、場合によっては一トンを超える事もある。

 

 そうすると電車や車に乗れなくなってしまったり、逃げる時に支障が出るので同化する量は程々にしなくてはならない。

 

 ただ、その考えも吹っ飛ぶぐらい素敵な兵器が、武器庫の奥の箱の中に眠っていた。それを引っ張り出し、右手と同化させるのを完了させるのと同時に武器庫の入り口に気配を感じる。視線を其方へと向ければ白コート姿の虫憑きが見える。男か女かは解らない。だからとりあえず、右腕と同化させた兵器を、

 

 ―――電磁加速砲を向ける。

 

「特環の科学力は化け物かァ!」

 

 げらげらと笑いながら電磁加速砲―――レールガンを放つ。放つのに必要なエネルギーは電力と言う形で体内に同化し、溜め込んでいる。同化を通して再現している紛い物のレールガンではない、本物のレールガンだ。どういう機構の用意された兵器。放たれる弾丸は一瞬で電磁加速を持って加速と同時に空間を抉るように焦がし、そして電撃を撒き散らしながら武器庫内の火薬と反応し、

 

 部位庫内を爆破と炎で満たしながら正面の虫憑きを肉片よりも細かい、血の霧に変える。火薬と反応した爆破する武器庫内の炎で体を焼かれながら、げらげらと笑い、”きり”の肉で自分の体を修復する。

 

「武器ゲェット! 昼間だけど大分エンジンがかかってきたぞハルキヨくぅーん!」

 

 笑いながらそう叫ぶと、上から返事のような爆発を感じる。世果埜春祈代も世果埜春祈代で、楽しく遊んでいるのだろう。いいなぁ、と呟きながらレールガンを体の中へと格納し、近くに落ちていたナイフを握って武器庫の外へと向かって歩き出す。引火に誘爆、その繰り返しが武器庫内を地獄絵図に染め上げていたが、それに気にする事なく体を焦がしつつ、武器庫の外へ出る。そこも炎で満たされているが、足元には何故か死体がある。右半身だけがないのが少しだけ気になるが、使えるものは使えるので、そのまま同化して焦げた部分を再生する。

 

「―――さて、舐めプもおここまでにしないとなぁ。肉も余裕があるわけじゃないし……とっとと合流して帰るか」

 

 一体何のために来たのだろうか、と人は言うのかもしれない。

 

 しかしあえて言おう。

 

 来た事に意味があるのだと。大体ノリと気分で決めているのだから。

 

「んじゃ―――殺りますか」

 

 視線を炎で燃えている通路の先へと向ける。銃を握った白コート姿の虫憑き達が見える。その対応の速さから、彼らが決してただの雑魚ではない事は解っているが、それでも、

 

 役者不足だと言わざるを得ない。

 

 右手で目元をスワイプし、目元を隠す鋼鉄の仮面をかぶり、左手のナイフを一旦体内へ同化させ―――その数を八倍に、八本の短剣として出現させて両手の指の間に握る。同時に体内に溜め込んだ電流を少しずつ解放し始め、帯電しながら前へと踏み出す。動作を目撃した敵が戦闘態勢に入るも、通路は狭い。大型の虫が出現するスペースは存在しない。三歩、一秒かの時間で通路の奥まで到着し、左手で薙ぎ払う様に顔を切り裂き、電気を纏った右の爪拳を腹へと突き刺す。拳が深く腹に食い込み、そして指の間の刃が腸や胃に突き刺さる。

 

 そこから電流が流れ込み、虫憑きがスコープの裏側で涙を流しながら痙攣する。その体を、拳が突き刺さったままの状態で掲げる様に持ち上げる。

 

「さあ、俺は情けも容赦もしねぇぞ! 死にたい奴から来い! 来なくても俺が近づくけどな!」 レッツ! パーティィ!」

 

「き、キチガイだぁ―――!」

 

「おう、ストレートに表現するのやめーや」

 

 痙攣を続けている肉体を生きたまま同化し、肉と夢を補充する。視線を曲がり角の先へと向け、そしてに集まりつつある虫憑きの姿を確認し―――数を数えるよりも早く床を蹴って加速する。炎で燃える通路、その炎がちりちりと肌を焦がす感覚を加速によって生まれる風で蹴散らしながら、二アクションで踏み込む。アクションと同時に付きだす拳で顔面を穿ち、刃が顔を抉りつつも、純粋な腕力で頭を風船のように破裂させる。

 

 脳髄が飛び散り、骨が吹き飛ぶ。殴った拳が気ずつ蜘蛛、そんなものは一瞬で再生する。同化型、そして同化能力の再生力は再生特化と言ってもいいほどの生存力を誇っている。

 

 一人殺している間に銃弾が体に突き刺さる。しかしハンドガン程度の威力であれば同化した肉体で欠損部位を埋めるだけで済む上に、弾丸で鉄を補充できる。ありがとう、と笑顔を浮かべながら言葉にし、振り返りながら次の虫憑きへと接近する。

 

 蹂躙、虐殺、圧倒、殺戮。

 

 純然たる力の差は覆らない。不屈の闘志、代々受け継いできた技術、守るために決めた覚悟。

 

「だけど! その程度じゃ! 俺を! 殺せないんだけどね! ゴチになりまぁーす!」

 

 分離型の虫憑き、虫が衝撃波を放ち、それに合わせて銃撃をしてくる虫憑きは手首からワイヤーを伸ばし、虫に突き刺す。ワイヤーを通して虫を同化して夢を喰らい、一瞬で勝負を決める。技術なんて直接相手をしなければ意味がない。次に出てくる刀を持った虫憑きは武装自体が虫という珍しいタイプだが、攻撃をわざと受けて虫を同化してしまえば無意味。一瞬で欠落者になった二人の虫憑きを肉ごと取り込み、ダメージを回復させる。

 

 次の瞬間には空間が切り替わる―――おそらくはディオストレイの虫憑き―――特殊型虫憑きによる領域の展開と掌握。搦め手で来る事に笑みを蒸らしながら拳を振り上げ、手を開く。掌から剣を一本取り出し、そこに力を夢を込め、そしてありったけの電力を叩き込む。一瞬で刀身を破壊してライトセイバーみたいな兵器と化した瞬間に全力で振り下ろし、領域そのものを攻撃する。

 

 閃光と共に空間が爆裂し、領域が内側から吹き飛ぶ。崩れ落ちる虫憑きの姿に縮地で近づき、踏み潰す様に同化する。

 

「純然たる力の差は相性程度でどうにかなるもんじゃねぇよお前ら! 100レベ相手に50レベぶつけて勝てるとか思ってるのかよ!! まぁ、お前らは俺からすりゃあ30レベもいいところなんだけどな! 一号指定でもなきゃ俺は殺せないぜぇ」

 

「キチガイ! キチガイ!」

 

「誰だよさっきから戦わずにキチガイコールしてるだけのやつは!!」

 

 誰か逃げた気配がする。まぁいいや、と感想を抱きながら横へ体をスライドし、真空の刃を回避しながら接近してきた虫憑きの拳を左手で受け止める。そのまま蹴り上げ、浮かび上がった体に追撃する様にサマーソルトを決め、両足で頭を掴んで床へと投げつけ、落下と同時に回転しながら踵落としを繰り出して頭を砕く。

 

 次から次へと虫憑きがやってくる。このまま相手をするのは悪くはないが―――殺して意味があるのは分離型だけだ。特殊型は出来る事ならあまり殺したくはないのが本音だ。

 

「と言うわけで略奪タイム終―――了―――!」

 

 近づいてくる虫憑きをすれ違いざまに喉を切り裂きながら後退し、ステップで壁際へと移動する。そのまま回転蹴りを壁へと叩き込んで壁を粉砕し、その向こう側へと入る。

 

「失礼」

 

 男子トイレだった。誰もいないのは解っているが言葉を残しつつそのまま進んで、男子トイレの逆側の壁を今度は壁で粉砕する。そこにある女子トイレを更に突き抜けて、壁を粉砕し、

 

 エレベーターシャフトに到達する。

 

 振り返りながら右手に同化させたレールガンを浮かび上がらせ、ランダムに二、三発と弾丸を放つ。視界の先で血霧がいくつか生み出されるのが見える。其方へと視線を向けながらもう三発程レールガンを打ち込み、聞こえてくる悲鳴によし、と頷きながら右手を元のナイフを挟む指に戻す。割と電力消費が激しく、後で充電という名の電力の同化をし直さなければいけなさそうだと思いつつも、エレベーターシャフトの壁を蹴って上へと向かう。

 

 壁に足を同化させるように真横に立ち、扉を粉砕しようとしたところで、

 

 赤白く扉が変色し、融解するのが目に映る。

 

 そうやって誘拐された扉の向こう側から世果埜春祈代が顔を見せた。

 

「お」

 

「あ」

 

「やっほ」

 

 ハイタッチを決める。燃え盛る炎の中で君とハイタッチ、ヒーローショーでやってそうな状況だ。

 

「ういーっす。なんだ、お前も遊びに来てたのかよ。早く言えよ、なら一緒に誘ったのによ」

 

「馬鹿言えよ、お前が東京ドームを派手にやったから俺も何かしたいと思ってちょっと武器庫吹っ飛ばして来たんだよ」

 

「マジかよ、でも規模は俺の方が大きいぜ」

 

「おい、損害額は俺の方が上だよ、俺の勝ちだろこれ」

 

 言葉を止め、反射的に世果埜春祈代と共に上へと跳躍する。次の瞬間大砲の様な轟音が響き、先程まで立っていた空間を射撃が通過する。そして、その場所に黒い姿の青年が降臨した。そのセンスの欠片も感じない黒一色の姿、虫憑きであれば知らない者はいない。

 

「げぇ、”かっこう”」

 

「お前は”蛮族”か」

 

 ”かっこう”が虫と同化している銃の照準を此方へと向けてくる。反射的に鉄板を壁から引きはがし、それを盾の様に下へと落とし、”かっこう”の射撃の壁にする。

 

 轟音が響き、鉄板が貫通され、勢いよく打ち上げられる。

 

「おやつの時間までに帰らなきゃ摩理ちゃんが心配するから!」

 

「じゃあな”かっこう”」

 

 ”かっこう”の射撃によって打ち上げられた鉄板を足場に、乗って一気に上へと押し上げられるように跳躍し、

 

 そのまま上へ、出口へと向かって逃亡する。自分と世果埜春祈代を同時に相手できる存在等”かっこう”以外にはおらず、それも追う事は出来ない。

 

 逃亡は約束されていた。

 

 

                           ◆

 

 

 結果として見れば中央本部には大打撃が与えられた。しかしその当初の目的が一切存在しない、ただの目的のない”遊び”だと知れば憤慨する者もいるだろう。

 

 しかし、理不尽とはそういうものである。

 

 唐突にやってきて、そして唐突に消える。災害を残せば幸運を残す事もある。

 

 そして、

 

 虫にどうある事を望み、夢としたら―――そうであるという形に縛られる。




 蛮ちゃん
  レールガンというサイコガンを手に入れた。これを見つけてぶっ放せただけで割と満足。当初の目的は忘れてしまった。


 実は蹂躙とか虐殺は【描写がどうしても薄くなるから嫌い】なんだ。そう、対等なバトルとかだと長くう描写できるのに、虐殺や蹂躙だと一瞬で終わってしまって、バトルの楽しさが消えてしまうんだ。やっぱり強い相手と戦っているのが楽しいわ、書くのは。

 今まであんまし蹂躙とか書いてなかったし、いい機会だと思ってやってみたけどやっぱり苦手。蹂躙系は最後の最後で空気が微妙になるから、作者的にはそこをどうにかしたいのがなぁ……。

 ただ勝つだけなら蛮族でも出来るんや。文字通り。

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