胡蝶銀夢   作:てんぞー

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四匹目

 ―――特別環境保全事務局には侵入者を判断する為のシステムが存在する。ウィルスを持ち込んでいないか、変装ではないか、そういうのを判断する為に特別環境保全事務局、特に赤牧市の中央本部には厳重なチェックシステムが存在する。それこそ一般的に言えば頭がおかしい、と評価出来るぐらいに厳重なシステムが。話に聞いていた通りの内容に、思わず失笑を漏らしそうになっていた。全裸にしたうえで消毒のシャワーに脈拍のチェックに健康診断、更にレントゲンなどでの完全な身体のチェックが行われる。こういうテストを始めて通過し、漸く本人だと認められる。何も武器を持ち込んでいない事を証明する為に体のラインを見せる服装を特別環境保全事務局のコートに着せたりと、

 

 ―――正直デザインとシステムを考えた奴は天才だと思う。

 

 ピッチリスーツをしかも政府公認でとか相当頭の狂っている奴か、相当な天才にしか認められない。その欲望丸出しなデザインは実に評価したい。それを眺めるだけ為に特別環境保全事務局に就職したくなるぐらいには認めている。そんな事を考えながら体も、姿も、仕草も、動きも、そして関係も”きり”のまま、

 

 特別環境保全事務局中央本部へと帰還するかのように潜入する事に成功する。記憶を、心を、夢を同化してしまい、もう”きり”という虫憑きだった少女は己の一部となってしまって、帰ってこない。また一人喰らった相手が増えた事を記憶しつつ、同じ任務にいた仲間達に軽く手を振って別れを告げる。”きり”は彼らに関してはそこまで仲間意識を持っていた訳ではないが、それでも”蛮族”に立ち向かう事に対して団結と結束はしていた。

 

 おぉ、何とも涙ぐましい事だ!

 

 全ては無駄ではあるのだが。

 

 用意していた必勝の策、というのもたいしたことはなく、同化した記憶からも対応が出来ると判断している。

 

 ともあれ、中央本部の中央ホールに到着する。そこで一旦足を止め、広く広がる地下の機構に視線を向ける。とおりすがる研究者や職員、虫憑きは一切他人に興味を持っていないのか、此方へと視線すら向けない。余程おかしな行動を取りでもしない限り、三号指定の火種には興味どころか記憶すらしないだろう。

 

「ま、その方が私にとっても動きやすいんだけどね」

 

 意図的に口調を変えながら。歩き始める。ぶっちゃけるとあまり考えていない。世果埜春祈代を助け出す―――必要は一切ないのだ。何故なら世果埜春祈代は強い。戦わなくても解る。アレは強い事に理由が要らず、強くなってしまったから強い、という理不尽なタイプ、

 

 ―――自分や摩理と同じ様なタイプの生き物だ。

 

 故に、世果埜春祈代を助ける必要は一切存在しない。何故なら彼は彼自身の力で勝手に脱出し、そして好き勝手やってしまうだろうから。だから此方は此方で、一歩どころか二歩程真相に近い存在として、果たすべき仕事を果たしてしまおう、と結論付ける。大体八割方ノリのみで中央本部へと乗り込んできたが、せっかくここへ来たのだ、

 

 物理的エレクトリカルパレードを開催するのは少しだけ延期し、ちょっとだけ真面目にやるか、と決める。入口でゴーグルと武器は回収されてしまった上に、潜入の為に同化しておいた金属の類は全部吐き出してしまっている為、有事の際は肉体と現地調達でどうにかしなくてはならないが―――材料なら腐るほどいいな、と確認しつつ歩く。

 

 ”蛮族”としては初めてだが、”きり”としてであれば何度も歩いたことのある中央本部の内部だ。最近”傭兵”が振付を頑張って覚えているアイドルの歌を鼻歌に浮かべながら、ゆっくりとした足取りで情報室へと向かって歩き進める。焦る必要は一切ない、”きり”という少女に対して興味を持っている人間は極端に少ないのだから。そして誰も、同化した人間を見抜く方法はない―――心でも読めない限り。

 

 そしてそういう虫憑きは存在するが、むやみやたら虫を出そうものなら即刻処刑、或いは捕縛されるのがこの環境になる。故に”何時も通り”歩いて情報室へと、エレベーターに乗り換えながら移動を完了させる。白コートの中には”きり”のIDカードがある。それを使用して情報室の扉を開き、情報室の中に入る。既に中には数人の虫憑きや職員が情報取得の為にパソコンを使用していたりするが、その手を緩める姿はない。

 

 此方も遠慮する事無く黙ったまま一つのパソコンに近づき、IDとパスワードを入力して情報の閲覧を開始する。”きり”の権限は火種三号―――つまりそこそこ上位に入るレベルの虫憑きになる為、広く情報が公開されている。しかし、それでも制限される情報はある。手始めに”蛮族”、と検索して調べ始める。

 

 出てくる情報は放火、強盗、襲撃、そして能力に関する情報。

 

「”蛮族”は本人の自称であり、最も新しき同化型と呼ばれる存在……その能力は有機物無機物エネルギー関係なく同化する事で自らの一部とする能力。確認されているのは電線から電気エネルギーを吸収して行う放電や電磁加速砲、延焼手榴弾の炎と同化したことによる爆炎噴射、液体窒素との同化による絶対零度の接触。応用性は恐ろしく広く、そして凶悪極まりない……」

 

 ”蛮族”の評価は残忍であり愉快犯、討伐手段は少数精鋭の虫憑きによる持久戦である事。大人数で戦えば戦う程”蛮族”に対する回復手段を与えているだけであり、五人程度のチームで戦闘し、徹底的に時間を稼いで暴走と成虫化に追い込んでからの集中砲撃による殲滅が現実的、と書かれている。

 

 それを読んで良くそこまで考えられたものだ、と感心する。しかし、その情報には大事な大部分が乗っていない。

 

 何時、”蛮族”が初めて目撃されたのか。”不死”との交戦経験。”ハンター”との関係性。つまりモルフォチョウや”不死”、摩理に関する情報の部分がごっそりと抜けているのだ。初めて出現し、そして襲撃した時に何十人もの欠落者と死者を生み出した、という情報は存在しているが、何が原因で撤退したか、その動機が隠されている。

 

 ―――直接同化すればぶっこ抜けるか……?

 

 パソコンと同化し、夢と虫の出力任せにハッキングすれば大体の情報は抜けるだろうが、その場合、もう二度と”きり”の顔を使用する事は出来ない上に、今から戦闘をする羽目になる。それは少々勿体ないかもしれない。それに”不死”に関する情報はこの一年、ある程度追っていたが、

 

 まるで隠蔽されているかのように見つける事は困難だった。おそらくは中央本部のデータベースに存在するかどうかすら怪しい。そうなると”司書”の方に確かめに行った方がいいのかもしれない。中央本部で得られそうな情報に少々がっかりを感じつつも、そのまま次の情報を検索する。花城摩理―――”不死”―――”かっこう”―――一之黒亜梨子―――”霞王”―――”大食い”―――”アリア・ヴァレィ”―――青播磨島。

 

 ……んー、これぐらいにしておくか。

 

 三号の権限で閲覧できる情報に一通り目を通した所で、自分が知っている事以上の情報はないと確信し、直接”不死”とどこかでコンタクトを取る必要があるな、と思考する。結局の所興味は摩理の復活にしか存在しない訳だが、だが解決すべき問題は多々あるのだ。その一つは”大食い”と”不死”の対処にある。摩理をそのまま復活させただけでは、また”不死”やら”大食い”やらで暴れるに決まっている。

 

 そうじゃなくても一号指定というだけで”かっこう”に狙われる理由になるのだ。怪物系蛮族属性としては悪魔系英雄属性には絶対勝てない法則が存在しているのだ。そういうお約束の犠牲にはなりたくはないから、取れる手段は事前に全部売ってから余裕をもってチャージしておいた腹パン力で気持ちよく腹パンをしないといけない。

 

 腹パンをするときは元気に、カオスで、そして楽しくやらないと意味がないのだ。

 

「ふぅ、少し疲れたわね。ちょっと珈琲でも取ってこようかしら」

 

 ”きり”の声色と口調で呟きながら立ち上がる。パソコンを消しながら軽く体を動かし、調子を確かめながら情報室の外へと出る。小柄な体で、胸も大きくはない。おかげで元の体とそう大差のない感覚で動かせる体だ。いざ、という時はこの体で戦闘を行う事も出来るだろう。性能を再認識しつつも背後で閉じる扉の気配を確認し、歩き出す。

 

 ”きり”の記憶が正しければ、中央本部には職員用のフードコートが存在する。と成れば、そこで一息つくのも悪くはないだろう。中央本部結構いい場所かもしれないなぁ、なんて思いながらフードコートへと向かう。

 

 

                           ◆

 

 

「あら、”きり”じゃないの」

 

「あぁ、”レイダー”」

 

 フードコートは予想外に広かった。”きり”の記憶を通して理解してはいたが、それでも割と本格的だったところがツボだった。某有名珈琲店の店舗もなかにあったり、ここで働く人間に対してリラックスできる環境を用意しようとしていたのは良く解る―――ただし普通の人間は虫憑きを恐れ、絶対に信じないのでそのせいで全てを台無しにしていたが。

 

 その為、虫憑きがいるフードコートに普通の人間は寄ってこない。代わりに虫憑きは来る。そうやって円状のテーブルを一人で珈琲とドーナッツを食べながら占領していると、前方から茶髪、ボブカットの少女が歩いてくるのが目に入る。彼女のコードネームは”レイダー”であり異種五号に指定される虫憑き、そして”きり”の知り合いでもある、と思い出す。めんどくさいな、と思いつつ笑みを浮かべて対応する。

 

「そう言えば腹パン魔に殴られたって聞いたけど大丈夫だった?」

 

「平気よ。一回殴られたらそれで満足したのか”ノルマ達成!”って叫んでどこかへ消えたから」

 

「本物のキチガイね、ソレ」

 

 キチガイで悪かったな。好きでやってるんだよ。そう言うのを笑みで殺して飲み込み、視線を”レイダー”へと返す。

 

「で、どうかしたの?」

 

「いや、知り合いが負傷したって聞いたのにその態度はないでしょう、もう。まぁ、いいわ。無事だって事を確認できたし。何時もの不愛想な”きり”だったし」

 

「不愛想って何よ。笑えているじゃない」

 

「そーゆー意味じゃない、の! まぁいいや。なんか東京ドームを放火したっていう虫憑きが捕まったらしいから、私これから尋問に立ち会わなきゃ。じゃ、またね」

 

 そう言うと”レイダー”が背を向けてフードコートから出て行くのを見る。本当に”きり”の様子を確認しに来ただけなのか、駆け足で去って行くのが見える。”きり”自身はただの知り合いとしか感じていなかったようだが、いい友人じゃないか、と感想しておく。

 

 ―――もう意味はないんだけどな。

 

 心の中でげらげら笑っておく。悪役的に。

 

「しかし東京ドームを本能寺フィーバーしたのはどう足掻いてもハルキヨだから……あぁ、”レイダー”ちゃん心理系統の虫だったな。という事は今からハルキヨに欠落者にされちまうか、可愛そうに。間が悪かった、って奴だな。南無南無」

 

 世果埜春祈代は己の力で脱出するだろう。その時、間違いなく彼は周りにいる虫憑きを容赦なく焼き滅ぼすだろう。彼に手加減を期待するほうが間違っている。そういうのが出来ないから、自分や世果埜春祈代、摩理は本当に救いがないのだ。

 

 やろうと思えばできてしまう。戦えば強くなってしまう。覚えようとすれば使えてしまう。際限なく強さを身に着け、そして磨き上げてしまう。

 

 だから、魔人とも、生まれるべきではないとも言える。

 

「ま、私には関係ないよね、”レイダー”ちゃん。さよなら、っと」

 

 ”レイダー”による尋問が開始すれば間違いなく世果埜春祈代が脱出を始める。そして今の様子からすると、それも間もなく始まる、という感じだろう。どうしようかなぁ、と軽く悩む。このまま情報収集するのも何か面白くはない。この拳を振るうチャンスは近くても、それをただ振るうだけも芸がない。

 

 せっかく中央本部とか言う面白い場所へ来ているのに、本能寺タイムとエレクトリカルパレードするだけでは、こう、満足できないかもしれない。だからと言って普通に破壊をして回ってもワンパターンすぎる。

 

 と、そこで一つ、考えが頭に浮かび上がる。同化した”きり”の記憶を通して考えを確かめ、そして肯定する。思いついたことに笑みを浮かべ、そしてドーナッツと珈琲を一気に食べ終わらせる。くしゃくしゃに丸めたごみをごみ箱の中へと投げ込み、立ち上がって歩き始める。

 

「そんじゃ、”レイダー”ちゃんからヒント貰ったし、蛮族らしく略奪でもしますか」

 

 笑みを浮かべ、世果埜春祈代が暴れだしそうな前に、ササっと移動を始める。




 蛮ちゃん
  情け容赦のないド畜生

 ”きり”ちゃん
  黒髪ロングのふつぬーだったらしいけど、だがもういない!

 
 ”レイダー”ちゃん
  合掌。

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