胡蝶銀夢   作:てんぞー

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二匹目

 ―――アザラシを食べた結果、肉が生焼けだったこともあって全員その場で倒れる。

 

 数時間後、まともなレストランで食事する事が決定した。

 

 

                           ◆

 

 

 落ち着いた音楽が流れる中華料理屋のテーブルの席についているのは自分、”傭兵”、世果埜春祈代、そして欠落者摩理の四人となる。既にテーブルについてから一時間が経過している事もあり、様々な料理がテーブルの上に並んでいる。既に空になっている皿もあるが、それを一瞥してから更にメニューから二、三品程適当に頼んでおく。”傭兵”はチンジャオロースを皿ごと自分の所へと持って行くように食べ、世果埜春祈代もご飯を丼でもらうと、それに麻婆豆腐を全て乗せ、箸で口の中に入れられるだけ入れて頬張っている。それに負けぬように、こっちもこっちで、片っ端から豚の角煮を生地で挟んで口の中に放り込み、食べている。

 

 敵も味方も疑う事も悩む事も、そんな事が一切ない、ひたすら食べるだけの満たされた時間がしばらく続いた。割と真面目にアザラシを食べた事を後悔しつつ、その味の被害を忘れる為に中華料理を口の中へ放り込み、そしてそれを腹の中へと流し続ける。特に虫憑きとなると消費するエネルギーが尋常ではない。元々大食いだった事を含め、同化型である事もあり、そして摩理を維持する為に摩理と虫の分の食事をしなくてはならなく、

 

 食べる量は昔の数倍になっている。豚の角煮を食べ終わったら炒飯を皿ごと握って蓮華で一気に全部平らげる様に口の中に流し込み、口の中が少々パサついたらお茶を一気飲みして潤す、テーブルの上の料理が減る度に適当にメニューからランダムに頼み、また料理を補充させる。

 

 ひたすらそれを続け、テーブルの絵の料理が半分ほど消えたところで、漸く箸や蓮華の動きを止める。

 

「んっまぁーい! あぁ、生き返るわー。やっぱその場のノリでアザラシなんか食うんじゃなかったね。まさかその場でハライタになるとは予想できなかったわ……つかお前だよハルキヨ! ”火力には自信があるぜ!”とかお前が言うからアザラシを焼くのを任せたんだよ! なのになんで生焼けだったんだよ! お前一回料理のイロハを学んで来いよ!」

 

「はぁ!? 何言ってんだよお前! ”俺知ってるぜ、料理ってじっくり弱火で焼くもんだろ?”とか言ってたのお前じゃねぇか! 弱火にして焼いて我慢できなくなって食ったからお前も共犯だよ! 俺一人じゃなくてお前も学びなおせよ!」

 

「おじさんだけ完全にとばっちり」

 

 自分からアザラシを食べたのだからそれだけは絶対にない。途中、見物客が悲鳴を上げていたような気もするが、これもしかして明日のニュースになるんじゃないだろうか。もしかしなくてもニュースになるだろう。そしてそれでブチギレた特別環境保全事務局がまた遊びにやってくるのだ。考えずに行動すると何時もこんな風に連中を呼び込んでしまう。解っているが楽しいのでどうしようもない。

 

 とりあえず、店員にテーブルが寂しいと言って、追加で料理を持ってこさせる。先程までの様なものスゴイ勢いで食べる事はなく、今度は話す程度の余裕を持って食べる。

 

「んじゃ改めて自己紹介すっか。人間、自己紹介程度ができなきゃ社会に進出する事もできないからな。だから挨拶は超大事だ。挨拶の出来ない奴は出会いがしらにリンチされてもしょうがないほどに」

 

「その挨拶に対するこだわりは一体なんなんだ」

 

「とりあえず、もう知っているとは思うけど火種一号指定同化型虫憑きの”蛮族”です。どーもよろしく」

 

「世果埜春祈代だ。もう言ってるけどハルキヨでもいいぜ。かっこいいけど長いから」

 

 ”傭兵”が生温かい視線を世果埜春祈代へ向けているのは、間違いなく少年時代を思い出し、そして世果埜春祈代のセンスに関する部分を感じ取ったからだろう。自分もまだちょっとだけそちらに足を突っ込んでいる感じがある気がするが、どちらかというと完全にヒャッハー枠なので厨二的な波動は少ない。というより厨二ごっこするぐらいだったら笑いながら路地裏で喧嘩をする中学生時代だった。

 

 改めて考えると酷い中学時代だった。おい、お前ジャンプしろよを普通にやっていたのだから。

 

「えーと、とりあえずハルキヨ君も俺の事もう言ったけど蛮ちゃんでいいよ。なんか蛮族って言われるのは嫌いじゃないけど最近だとそう呼んでくるの敵ばかりだし。だからと言って本名を教えるのも最近色々とアレだし。こう、最近の特環にはフレンドリーさが足りないな! お前敵だけどフレンドリーに殺してやる! って感じの精神が足りないな! どいつもこいつも未来を全く見てない奴ばかりで相手するだけ疲れるわー」

 

「発言がすっげぇジジ臭いのはこの際無視しておくな? とりあえず青播磨島でアリア・ヴァレィに会った」

 

「あー……」

 

 それで大体察した。青播磨島―――それはもはや地図から消し去られた島であり、アリア・ヴァレィが特別環境保全事務局から逃れて平和に暮らす為に隠れていた場所でもある。しかし、それはバレてしまい、特別環境保全事務局による焦土作戦が実行された。自衛隊、そして虫憑きという二段構えの布陣により爆撃と集中砲火、完全殲滅が実行された。そして、地図から青播磨島という島は完全に消滅した。同時に全ての記録からも消去され、人の記憶からも消える様に消去された。

 

 そこに炎を操る一号指定が暴れた、という情報は”同化”した虫憑きの記憶からサルベージしている。だからそれが目の前の青年、世果埜春祈代である事にも結び付く。あの時、一応自分も青播磨島にはいた。しかし相手にしていたのは青播磨島に上陸していた虫憑き達ではなく、爆撃等の攻撃を行っていた自衛隊の方に攻撃していた。

 

 アリア・ヴァレィと会った、という事は世果埜春祈代が青播磨島の方で虫憑きを相手に戦いながら接触した、とかそういう感じなのだろう。ニアミスというやつだ。

 

「なんかアリアのヤツ言ってたか?」

 

「あぁ、なんか”ハンター”に不埒な事をしていたら遠慮なく殴り飛ばしてくれ、だとよ」

 

 そう言って小さく笑いながら、摩理へと視線を向ける。摩理、というよりは欠落者摩理―――摩理の”ぬけがら”だ。とはいえ、これが大事な摩理の体である事に違いはないのだ。となると大事に扱うしかないし、実際今までそうしてきた。空っぽになった心は産めればいい、という理論で日本をぶらついたりもしたが―――結局何も変化はない。だからこの一年は本当に無駄なだけだったが、それはそれで楽しかったから良いと思う。とりあえず、今の所摩理は何も食べていない。欠落者である故、能動的に行動は起こさない。だから箸で適当な料理を持ち上げ、それを摩理の口へと運んで食べさせてあげる。

 

 そうしないと摩理は食べる事が出来ない。一人で体を洗う事もトイレへ行くことも着替える事も出来ない。

 

 これが虫憑きのなれの果てだと考えると首を吊りたくなるのは誰もがそうだろう。

 

「……”ハンター”なら俺の願いを満たせると思ったけど、どうやらそう言う風にはいかないようだな。チッ、期待外れ―――というわけか?」

 

「まぁ、アリアに何を言われたかは知らないけど、今の所”ハンター”って呼べる虫憑きは二人存在するんだよ」

 

 その言葉に世果埜春祈代がほう、と言葉を口から零す。

 

「その様子から察するに戦いたいんだろ? そういう気配があるし、何よりも戦い慣れている体をしているし。だから教えてやんよ。現在”ハンター”は二人存在している。一つはここにある欠落者摩理、欠落者になってしまった摩理、その体だ。そしてもう一つは―――摩理から自由となって解放された摩理の虫、モルフォチョウだ」

 

 世果埜春祈代が今言ったことを飲み込めるように数秒言葉を止め、そして世果埜春祈代が飲み込んだかのように頷いたのを見て話を続ける。途中で疑問を挟み込んでこない辺り、視聴者としては優秀だと判断しておく。

 

「―――そしてこの二人目が現在の”ハンター”としての本体だって言える。摩理の願いの関係でモルフォチョウは摩理の死をトリガーに摩理から離れ、そしてその親友へと取りついた。そのモルフォチョウの中には摩理の夢が、心が、そして記憶が詰まっている。つまりモルフォチョウは外付けHDDの様に機能している訳よ……ここまで言えば大体解るか?」

 

 成程な、と世果埜春祈代が呟く。

 

「つまり”ハンター”に会いたきゃそっちへ会いに行け、って事か。つか死んだんじゃねぇのかよ」

 

「そこらへんは説明がクッソ面倒だから省いてやってるんだよ、察せよ―――あ、すいません! 胡麻団子……あぁいや、クソ、面倒だ。すいません、デザートメニューをリストから片っ端人数分お願いします。あ、はい、出来るだけ早くお願いします」

 

 厨房の方から発狂する様な悲鳴が聞こえるが、お金はちゃんとキャッシュで持ち歩いているのだ。虫憑きになって、一号指定になって、そして指名手配されてからはカードやクレジットなんて使えなくなっている。そのせいで信じられるのはキャッシュだけなのだ。辛い現実だが、定期的に特別環境保全事務局のお金のある銀行を襲撃しているので、実はそこまで貧乏ではない。

 

 しかし、現在の状況は割とややこしい。亜梨子にモルフォチョウがついているが、そのモルフォチョウはおそらく摩理が死んでいると判断しているだろう。そしてそのモルフォチョウ内で眠っている摩理もまた、体の方は死んでいると思っているだろう。ここで俺が亜梨子やモルフォチョウ内の摩理にいきなり会えば、余計な混乱や暴走を引き起こしかねない。もっと事を段階的に進める必要がある。

 

「つかおじさん、さっきから静かだけどどうしたんだ」

 

 横でおとなしいおじさんへと向けると、スマホを片手に弄っている姿が見え、

 

「ん? あぁ、今春のイベントだから暇がある内にイベント進めておこうかなぁ、って。おじさんこう見えて課金兵だから」

 

「傭兵で課金兵とかもう救いがないな」

 

 スマホを軽くのぞきこんでみると百万以上の金額がチャージされていた。自分でも割とゲーム等は遊ぶ方だが、そこまでチャージして使いきれるのか、という疑惑は会った。何やらスマホに映っているアイドルに向かってロシア語で返事を返しているが、本人が幸せそうなのでそっとしておく。きっと、これがダメな大人の一例なのだろう。

 

 と、そこで死にそうな顔の店員がデザートをフルセットで運んできた。テーブルの上を綺麗にしてからそれを並べ、荒い息を吐きながら店員が床に倒れ込み、厨房から出てきた料理人に引きずられる様にそのまま退場する。そう言えば物騒な事ばかり秘匿とか考えずに喋っていたが、何時もこんな感じだし問題ないな、と結論付ける。

 

「ふん……」

 

 胡麻団子を二個口の中に放り入れながらそう世果埜春祈代は息を吐く。

 

「青播磨島から持ってたけど、なんだかめんどくせぇ流れになってるな、これ」

 

「虫憑きになった時点で大分めんどくさい事になってると思うけどな」

 

 蓮華に乗せた杏仁豆腐を摩理の口へと運び、それを食べさせながら面倒なのは嫌だ、と呟く。喧嘩は好きだ。楽しく喧嘩するのが好きだ。殴り合った後笑って床に転がる様な戦いがしたい。だけど世の中、力を認めない連中が多い。そして力に対する制約も多い。実に面倒だ。

 

「因果応報、って奴かなぁ。面倒なのは嫌なんだけどね。何も考えずに頭の中を空っぽにして、大笑いしながら楽しく殴りあえるのが理想なのに、それを目指そうとすればするほど何故か面倒事ばかり絡みついてくる。なんで気持ちよく喧嘩させてくれないんだろうなぁー。特環潰したとしても出来る訳じゃないし」

 

 好き勝手に今でも生きている。

 

 だけど、それ以上しなくてはならない事がある。

 

 それが面倒なのだ。

 

 だけど、

 

 ―――与えられたご都合主義に満足する様なクソの様な展開はいらない。

 

 死ね、死んでしまえ。何故そんな事で満足しなくてはならないのだ。与えられたものに妥協なんてしてたまるか。ご都合主義なんて絶対に認めない。エンディングは泥水を啜りながら自分の両手で掴みとる事に意味があるのだ。

 

 だから面倒だけど、それでもがんばれるのだ。全力を尽くすに値するのだ。

 

「んー―――となると直接赤牧市に直接行くしかねぇか」

 

「今あそこには”かっこう”がいるらしいからタイミングが会うか挑発できれば腹パンできるかもしれんね。あ、会ったら俺の代わりに腹パンしといて。こう、”摩理ちゃんマインドの近くに居やがってクソヤロウ!”な感じに」

 

「お前ら同じ様な事言ってるな」

 

 虫憑きとして考えれば親と子なのだからそんなもんだろう、と納得し、

 

 世果埜春祈代の物語への参戦に、少しずつ部隊が出来上がって行くのを感じる。世果埜春祈代―――火種一号がモルフォチョウに近づけば、それだけ特別環境保全事務局の警戒は上がり、そしてその周辺は更に混沌とし始める。

 

 まずは一手―――モルフォチョウ内の摩理を活性化させ始める事からだ。




 ”傭兵”さん
  オススメはロシアの子らしい。お給料はいっぱいもらっているけどがちゃで溶かすタイプ。なお運は死んでいるらしい。

 摩理ちゃん
  無表情であーんもぐもぐ、介護され系ヒロイン

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