踏み込みと同時に”不死の虫憑き”に正面に到達する。左手のトマホークを上から振り下ろし、それを頭に突き刺す。それを手放しながら腹を殴り、少年の体を殴り飛ばす。しかし殴り飛ばされながらトマホークが抜け、そして血や肉、骨ではなく黒い醜悪な虫しか見せないその体を見て、殴った感触を覚え、そして理性と本能、直感の三点でこの相手に対する評価を終える。
―――相性が悪い。
武器の類はこの相手には意味がない事を即座に理解し、武器の全てを放棄して両手を鋼鉄の甲殻の状態のみとし、そのまま再生を完了させる少年へと向かって踏み出す。重量のせいか踏み込みが若干重く、踏み出す大地が粉砕される。縮地の超速度で一瞬で横へと出現するも、少年、”不死の虫憑き”は涼しげな表情を浮かべたまま拳を握る。
「貴様ら下がってろ―――死ぬぞ」
拳を掌底へと変え、それを抉り込む様に胸へと叩き込む。通常なら完全に心臓を破壊する必殺の一撃となるが、まるで衝撃を逃がすかのように少年の背に穴が開いて、そこから破壊が抜けるのが見える。喰らったことで動きを刹那だけ拘束される此方に対してカウンターの拳が来る。威力を図る為にもそれを左の腕、盾の様に構えて喰らい、
両足が地面から浮いて、体が吹き飛ばされる。
「お、っと」
左腕が折れるのを知覚しながら予め同化しておいた鋼を腕と再同化させ、再生紛いの修復を行い、空中で一回転しながら体勢を整え直す。そんな此方へと向けて一瞬で相手が踏み込んで接近して来る。その足の踏み込みは此方と似た様な、あるいは同じ様な技術だ。故に踏み込みは軽く、そして此方へと到達するのも一瞬。明らかに見た目とはかけ離れた筋力を有する少年は拳を握り、それを此方へと向けてはなってくる。
「よ、ほ、そい」
それを脇の下に通し、左脇の下で掴んで止め、同時に右掌底で衝撃を顎に叩き込む。そのまま衝撃が抜けない様に注意しつつ顎を引いて首を曲げ、移動のエネルギーを体を捻る事で別方向へと転化させる。横向きを強引へ下へ、落下へと変化させる。そのまま少年の体を砕けた大地へと叩きつけながら衝撃が体から逃げないように腕と顎を解放しつつ蹴りを胴体へと叩き込む。
その衝撃派に自分を乗せて後ろへと宙返りを決めて着地し、真っ直ぐ地面へ埋まった少年へ視線を向ける。ゆっくりと道路から体を引きはがす少年の体はぼろぼろに見える。が、一瞬だけ黒く染まった後に元の状態へと復帰している。
「意外だな。先程までの暴れていたのは本当の姿ではなかったわけか」
そう言いながら”不死の虫憑き”は埃を祓いながら此方へと視線を向けていた。
「いや、キャラ作ってる感は確かに多少は認めるけどよ? 基本的に俺ヒャッハー系よ? まあ、割と気に入ってるし楽しいから基本脳筋蛮族スタイルでやってるけどさ、それを維持した結果死んだらクソもないだろ。まぁ、ヒャッハーできる瞬間があるならするっきゃないんだけどな!」
「なるほど、狂人の類か」
頷きながら少年の背後へと視線を向け、笑みを浮かべる。
「大! 正! 解! あとちょっと油断し過ぎ。な、摩理」
「―――」
”不死の虫憑き”が意識を本の一欠片を背後へ―――誰もいない背後へと向けた瞬間、本人と虫の、両方の意識を掻い潜って一歩で接近する。息を吐きながら内功を練り、それを必殺の一撃に昇華させて双掌を胸へと触るように押し付ける。血管を、神経を、骨を、肉を、そして内臓の全てを蹂躙して破壊する絶招。そこに一手加え、
内部を蹂躙する衝撃を一気に体の全方位から放出させ、文字通り挽肉へと変形させる。
が、それと同時に生み出されるのは大量の黒い虫の雨だ。爆散すると同時にまき散らされる黒い虫が雨の様に降り注ぎ、飛び散る。その虫が生きているのを確認する限り、虫憑き本人が死んでいるとはどうしても思えない。絶招でさえ殺せないか、と内心で舌打ちをしつつ、震脚を打ち込み、その場で鉄山靠を繰り出し、体に群がろうとしていた黒い虫を一気に吹き飛ばす。
やはり相性が悪い。火力不足だ。殴る潰す程度ではどうもダメなようだ。一瞬で全てを完全に蒸発させるぐらいの超火力でないと殺しきれないみたいだ。
しかもこの虫、
「昆虫図鑑で見たぞ! クマムシとかいうクッソ生き汚いクソの様なクソなクソの虫じゃねぇーか! 全くクソの様にしぶといのはクソの様に一緒だなクソ! 黒いからゴキ様かと思ったじゃねぇか!」
群がってくるクマムシの数が急激に増えたのを見て、これキレたな、と冷静に判断しながらもう一回震脚を叩き込み、自身の周囲のクマムシを吹き飛ばし、そのまま逃げる様に背後へと大きく跳躍する。それを追いかけてくる様に黒い虫が―――クマムシがクマムシを踏み、その次のが前のクマムシを踏み潰して迫ってくる。跳躍した此方の体を自分の体で作った橋を生み出し、それを走って追いかけてくる。
それに対応する為に懐から銃を同化して取り出す。銃の爆散と同時に衝撃が先頭のクマムシを散らし、体を更に後ろへと押し戻す。その勢いのまま上昇し、飛距離を伸ばし、電線の上に着地する。
それを千切る様に片手で握り、電線を通る電気の痛みに耐え、電気との同化を進める。体全体が帯電し始め、神経そのものが電気で刺激されるのを精神力で堪えながら破壊された銃を同化修復しつつ同化中の電気をつぎ込みながら、銃撃する。
帯電した同化銃から放たれる弾丸が電磁加速を以って常識を超える速度と破壊力を得る。音速を越えた弾丸が銃を爆散させながらクマムシの大群を正面から貫通しながら爆散させる。しかし大方の予想通り、その全てを殺しきるには程遠い。
とりあえず可能な殺害手段を一通り試したところで、本格的にこの少年が”不死”である事には認めざるを得なかった。少なくとも人体の破壊に特化した絶招、そして新しい技術で得た組み合わせも試したが―――耐電に耐火は間違いなく備えている。そしておそらくだが氷結が通じる相手ではなさそうなため、液体窒素を持って来て殺すという事もできなさそうだ。
そもそも、クマムシという虫がそういう死に難い生物なのだから。
迫ってくるクマムシの大群に対してもう一度、大きく後ろへと逃げる様に跳躍する。それを見たのか、クマムシが電柱の上で人の形を生み出し、少年の姿となる。此方も電柱の上に着地し、周辺から完全に他の虫憑きが姿を消しているのを確認する。―――仕方がないと言えば仕方のない話だ。此方がガン攻めをしているからこそそれなりに余裕があるが、一瞬でも気を抜いたりすればクマムシによって物理的に埋められるだろう。
クマムシに。
―――この調子だと同化に対してもそこを切り離す事で対応しそうだな。参ったな、手段は思いついても実行する方法がねぇわ。
「っつーわけで、逃げます。そろそろ摩理ちゃんが心配しているだろうし」
犬死と無駄死にするつもりは一切ない。摩理が死んでいるにせよ生きているにせよ、ここで自分まで死んでしまってはなんで虫憑きになったのかが分からなくなる。だったらここは冷静に考えて逃げるのが一番だ。
このままこのクマムシ相手に消耗戦を始めるのも選択肢の一つだ。だがその場合は”夢”の消耗戦になってしまう。夢は同化を通して補充できるが、それは近くに同化できる虫憑きがいる場合に限っての話だ。こうやって先に餌を逃がされてしまうと夢は補充できず、夢の消費が激しくまだ慣れていない此方が先に自滅する。
故に逃げる事が最善だと判断する。
それを理解するかのように笑い、口を開く。
「逃げられるとでも?」
「近くに病院があって、今俺ってばたっぷり電気を溜めこんでるからちょっとエキサイティングしいてもいいんだけどなぁ! ちょっと頑張って光っちゃおうかなぁ! スパァァキング蛮族! ……してもいいんだけどなぁ! っかぁ! 逃がしてくれないならしょうがないなぁ! ちょっとスパァァァキング! しちゃおっかなぁ! それが原因で一体何人死ぬかなぁ!」
”不死の虫憑き”が黙る。それを肯定として受け止める。警戒を見せる事無く警戒しつつ、足場にしている電柱を蹴って少年の上を飛び越える様に反対側へと抜け、そのまま摩理が消えた方角へと疾走する。逃走をしながらもゆっくりと同化した金属をkらだからはがし、重量を落としながら駆ける。
背後に遠ざかって行く特別環境保全事務局の気配を確かめつつも、走り、そして向かう。
―――最後に摩理の気配を感じれた場所に。
◆
―――大分特別環境保全事務局のいた場所から離れた。
同じ市内ではあるが、もはや追ってこれない距離まで撤退した。同化していて無駄に体を重くしていた金属は全て吐き出し、左腕だけを金属化させたまま虫との同化を解除する。その結果左腕が生態的な義手、の様なものになる―――同化型は何でも媒体となるものが必要らしく、同化する度にメンテナンスが出来るのだからこれでいい、と思いつつ、
最後に摩理の気配がした場所へ到着する。
それは、何の変哲もない住宅街だった。破壊の形跡が一切存在しない、そんな住宅街。ここで摩理の気配は完全に途絶えていた。死んだのか、或いは生命反応が微弱すぎて気配を発していないのか。どちらかだが―――おそらく死んでしまったのだろうと、現実的に判断する。
「ふぅ―――……せめて死体だけでも探さなきゃな」
呟き、同化を解除した虫―――トビバッタが肩の上に乗る。たくさん夢を食い荒らしたのにどうやらまだ夢を食い足りないらしく、探すなら同化しろと訴えかけている様にも感じる。
ウザイので足を一本千切る。
我慢は得意なのでダメージも平気な顔で受け流す―――決してダメージがない訳ではない。
「―――相変わらず君はホント意味が解らないな」
その声に振り返れば、白衣の青年姿のアリア・ヴァレィがそこにいた。その両腕には力なく目を瞑っている摩理の姿があった。その姿を見て、口を開く。
「……死んでるのか?」
「いや、欠落しているだけだ。摩理は自分の死を理解していた。だから死ぬ直前にモルフォチョウに自分の夢を全て食わせ、それを次へ託した。欠落者となった摩理の肉体は限りなく死に近いが―――まだ死んでいない。時間の問題だけどね」
「なら問題ないな。このために虫ガチャしたんだし」
「君だけだろうなぁ、虫憑きになるのをまるでソシャゲの様に扱うのは……」
アリアの前へと進み、摩理の体を受け取る。同年代の女の子にしても恐ろしく軽いその体は、明けたばかりの朝日を浴びてまるで燃え尽きたかのように、儚く見える。目の端に浮かんでいる涙を片手で拭ってから摩理の体を抱きしめ、
再び虫と―――トビバッタと同化する。
トビバッタが触手となって全身と同化し、虫憑きとしての能力、同化捕喰の能力が発動可能になる。それを利用して抱きしめる摩理の体を自分の肉体へ同化させ、取り込む。皮膚と皮膚が結合し、まるで沈み込んで行く摩理の体が完全に同化して消えるまで抱きしめ、同化を完了さる。
完全に摩理の体内への格納が完了してから再び虫との同化を解除する。トビバッタから不満げなオーラを感じるので適当に空へと向かって投げ捨てる。
「……うし、これで摩理ちゃんの心臓やら肉体を修復できた。あとはモルフォチョウを確保して、アレを体内で摩理と同化させれば完全な状態で再生出来る筈……だ。初めての試みすぎて何がどうなるか解らないだんけど。とりあえず同化した分の摩理ちゃんの体の正常化は出来たから、あとは夢さえ戻せば元に戻る筈」
「すべて計算通り、か」
アリアのその言葉に黙りながら空を見上げる。
もう既に朝になっている―――何時の間にか夜通しで戦い続けてしまったらしい。もうしばらくすれば通勤の為に家を出るサラリーマンやらでこの住宅街も人で潤うだろう。その時までここにいたら返り血やらで酷い姿をしている自分は間違いなく通報されるだろう。それじゃなくてもここでぼうっとしていたらまた”不死”の少年に追撃されるかもしれない。
今の摩理の同化分で割と夢に余裕がなくなってきているから、どこかで虫憑きを襲撃して補充する必要もある。
「ま、流石にこんなドタバタするのは予想外だったけどな。ガチャで出る虫も運だったし。狙ってエラーを起こす為に心臓止めて夢食わせたのも賭けだったし。それでも最終的に俺が勝ったって事はまだまだ俺には出番と役目があるって事なんだろうなぁー……」
そうか、とアリアが呟く。
「君はどうするんだ? モルフォチョウを捕まえるのかい?」
「今摩理ちゃんを再生した所でまた特環の連中に狙われるだけだしな。それに摩理ちゃんが夢を託した子の事に関しても思う事があるし―――」
―――摩理ちゃんから色々と話を聞いておいてよかった。
おかげで始まりの三匹、”不死”、狩り、と色んなところで話が繋がっているのを理解する。
「とりあえずはしばらくの間姿を消して、ちょくちょく特環とモルフォチョウの監視かねぇ」
「そうか……」
「サードちゃんは?」
「その言い方はやめてほしい―――いや、私は疲れたよ。……そろそろ静かに暮らして眠りたいよ」
「そっか」
疲れたような表情でそう呟いたアリアを責めるのは少々辛かった。この存在は―――虫を産むには少々優しすぎた。溜息を吐きながら耳を澄ませば少しずつ朝の喧噪が聞こえてくる。これから始まる逃亡生活の事を考えたら、少々急いだ方がいいかもしれない。
なんと言っても特環が来る前にアジトに爆弾を仕掛けておきたい。
こう、突入したら爆発的なアレで。
―――うっし、悲しい事は忘れないようにしつつ、明るい事を考えて頑張るか。
「んじゃ、縁があればまた腹パンしに行くよ」
「もう会いたくない」
ははは、と笑い声を上げながらアリアへと手を振る。一難去ってまた一難。特別環境保全事務局とはどう足掻いても敵対するしかない。
それだけではなくあの”不死”を蹂躙する為のメタ手段もどこからか調達する必要がある。
虫に食い殺されないように警戒し続ける必要もある。
摩理を再生する為にモルフォチョウをどうにかする必要もある。
人生、面倒な事にやる事だけはいっぱいある。しかしまだ摩理から告白の返事を聞いていないのだ。それを答えてもらうまでは死んでもらっては困る。
「疲れたけどやるしかない、か」
呟きながら目的を果たす為、朝日が照らす世界へ夜の夢から抜け出して歩き始める。
蛮族vs不死、勝者不死。どう足掻いても夢の消耗戦で負ける。
と言うわけで誰もが予想していたついにヒロイン同化しやがった感じで、よーやくbugが始まりそうな感じです。閑話いれたらbug本編はじまりますよ。まぁ、どうせ1日1更新なんだけど。
ぶっちゃけ、このプロローグ部分あってもなくてもいい気がするけど。
夢を食われる事を虫ガチャと呼ぶ。