これまた見覚えのあるベッドに寝かされていた道長は、窓から射し込む日差しを避けるためにカーテンを引こうと腰を起こし、激痛に襲われた。
「ーーーー⁉」
腰から始まった痛みは、すぐに体中に伝播し、そして新たな痛みを引き起こす。改めて体中を確認すると至る所に包帯が巻かれ、片足は骨折しているのか持ち上げられていた。
「ーーようやく目覚めたようね」
掛けられた声に驚いて道長が振り返ると、再び激痛が走った。それでも相手の人物を視界に収めることには成功し、ようやく誰だか半別がついた。
「……
「ええ、そうよ。ーーで、私があげた情報は役に立ったのかしら?」
そう言われて、道長はようやく自分が何故
気になるのは
その疑問に答えるかのように、淡希は喋り始めた。
「まず『
道長はほっと一息つく。どうやら美琴はやり遂げたみたいだった。勝率の低い賭けであったが、一人で成し遂げたのだろう。
これじゃあ俺が行く意味もなかったのかもしれんな、と道長が一人悦に浸っていると、淡希が言葉の水を掛けた。
「
何だそれは。
道長は呆然とする。
御坂美琴が
けれども、
「どう? 驚いたでしょ。けど、これは最初から決まっていたことなの」
それを『プラン』と淡希は言った。
学園都市で密かに行われ続けている、学園都市統括理事会会長アイレスター=クロウリーが描く計画。
「さて、もう一度問うわ。――――学園都市に恨みはない?」
「俺は――――」
道長昨也が人殺しを行ってしまったのも、その罪をこの身に背負うことになったのも、今こうして重傷を負っているのも、全て『プラン』によるものだとして。
ならば道長昨也には一体何が残る?
『プラン』はいつから始まっていた?
『
考えれば考えるほど、道長の中の“自分”が希薄になっていく。
学校のクラスメートは本当に友人か? 監視のために送り込まれた『暗部』の人間ではないか?
近所の住人に怪しいところはないか? 知らないうちに思考を誘導されてはいないか?
疑い出せば切りがない。けれども、偶然に思えるような事態までもが『プラン』の内だと言うのならば、全てが疑わしく思えてしまう。
それもこれも、学園都市が原因だ。
「俺は――――」
差し出された白い手を握ろうと腕を動かす。
そして何度目かになる激痛が走った。
痛い。ただ純粋に道長は思う。
そう、痛いのだ。身体中の傷が痛いのだ。道長昨也は痛いのだ。そして“彼女”も痛かったはずなのだ。
痛い。そう呟いて、道長は腕を戻す。
分かっていたことだ。どんな経緯だろうと、“彼女”を殺したのは紛れもない自分であり、他の誰でもない。そこにどんな思惑が入り込んでいようと関係ないことであるし、たとえどんなに誰かを助けたとしても過去の事実は消え去りはしない。
だから、名も無き
自分は何のために動いたのか。クローンたちを助けるためであろう。ならば、それは達成されたのであり、それは素晴らしいことなのだ。
けれども、道長の中に渦巻くこのもやもやが消えることはないだろう。
クローンたちをこの手で助ける。それは彼にとって贖罪であり、逃避だったのだ。
結局のところ、道長は認めたくなかったのである。
“彼女”を、
全ては仕組まれていたと思うことで、贖罪行為で自身を正当化しようと、殺人の罪から逃げようとしていたのだ。
けれどそれは、ただの責任転換でしかない。
己の罪は、己で背負わなければならないのだ。 だから、道長は差し出されたその手を握るわけにはいかない。
「俺は、あんたたちの仲間にはならない」
道長昨也の回答に、結標淡希はやはり不敵に笑った。
学園都市のとあるオープンカフェで、二人の少女が腰掛けていた。
一人は高校生。後ろ首を晒したおさげの髪型に、上半身はサラシという大胆な格好。昼間から外に出歩く姿とは思えない。
もう一人は中学生。溢れんばかりの巨乳を抱え、金髪を華麗に腰まで垂らしている。『女王』の名に恥じぬ貫禄を携えた歳不相応なその様は、見るものに年齢詐称を疑わせても仕方が無いと言える。
間違いなく人目を引く二人だったが、『女王』の少女によって周囲の人間は誰一人彼女たちを認識できなくなっているので問題はない。
「改めて思ったけど、あなたの
「当然じゃない。私を誰だと思ってるのよぉ。でも御坂さんには弾かれちゃうのよねぇ。なによ、あの電磁フィールド」
可愛らしく悔しがる金髪の少女。それでも彼女は『女王』の名を欲しいままに振る舞う存在であり、その見せる表情は果たして本物なのだろうか?
「まあ結局、みんな手のひらの上なわけだしぃ」
金髪の少女はニヤリと笑う。そしてそれに同意するようにおさげの少女は不敵に笑った。
学園都市が進める『プラン』。全てはその計画通りに事は進んでいる。
例えば御坂美琴。心優しい、現実を知らない子供である。自身のクローンが虐殺されていると知れば、必ずそれを阻止するために行動する。
例えば垣根帝督。自身が、『プラン』の主軸である
例えば道長昨也。罪を清算する千載一遇のチャンスがあると知れば、それに乗らない道理はない。
あとはそうなるように、彼らの周りを弄るだけ。
精神の書き換えを呼吸よりも簡単にこなす彼女にとって、その程度造作もない。
全ては『プラン』通りに、与えられた任務通りに事を終わらせた二人の少女は、昼の明かりの下、優雅に紅茶を啜る。
「それでぇ、ホントウによかったわけぇ?
おさげの少女の願い、学園都市に刃向かう愚かな計画を知っている金髪の少女はそう尋ねる。
そこに、道長昨也を人間として見る目はない。彼女にとっては道長昨也など、人の形をした置物も同然である。人権など与えないし、事実として彼女は
けれども、おさげの少女はあり得ないとばかりに首を振った。
「アレはこっちには来ないわよ」
それにね、と彼女は続ける。
「私は歳下にしか興味ないの」
「うわぁ。やっぱ真性のショタコンだわぁ」