とある道化の回転方向(トルネイダー)   作:笛吹き男

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終 章 フォーワンセルフ(Silly_Clown)

 道長(みちなが)昨也(さくや)が目を覚ますと、見覚えのある病室にいた。

 これまた見覚えのあるベッドに寝かされていた道長は、窓から射し込む日差しを避けるためにカーテンを引こうと腰を起こし、激痛に襲われた。

「ーーーー⁉」

 腰から始まった痛みは、すぐに体中に伝播し、そして新たな痛みを引き起こす。改めて体中を確認すると至る所に包帯が巻かれ、片足は骨折しているのか持ち上げられていた。

「ーーようやく目覚めたようね」

 掛けられた声に驚いて道長が振り返ると、再び激痛が走った。それでも相手の人物を視界に収めることには成功し、ようやく誰だか半別がついた。

「……結標(むすじめ)淡希(あわき)……」

「ええ、そうよ。ーーで、私があげた情報は役に立ったのかしら?」

 そう言われて、道長はようやく自分が何故病院(ここ)にいるのか思い出した。

 幻想御手(レベルアッパー)で能力を元に戻した上で強化し、更には何かの強化薬と思われるものを奪って服用してみて力を得たものの、呆気なく撃墜されるという無様な結末。一方通行(アクセラレータ)を倒し『絶対能力進化(レベル6シフト)』を止める絶好の機会だったというのに、その舞台にすら立てず敗北した。

 気になるのは御坂(みさか)美琴(みこと)の末路だ。己の命と引き換えに部の悪い賭けに出た彼女結末は、一体どうなったのだろうか。

 その疑問に答えるかのように、淡希は喋り始めた。

「まず『絶対能力進化(レベル6シフト)』だけど、中止になるそうよ」

 道長はほっと一息つく。どうやら美琴はやり遂げたみたいだった。勝率の低い賭けであったが、一人で成し遂げたのだろう。

 これじゃあ俺が行く意味もなかったのかもしれんな、と道長が一人悦に浸っていると、淡希が言葉の水を掛けた。

たまたま(・・・・・)現場に居合わせた無能力者(レベル0)と協力して超電磁砲(レールガン)一方通行(アクセラレータ)に勝利。いや、前面に出て戦った無能力者(レベル0)に負けたことにより、一方通行(アクセラレータ)の『最強』に疑問が生じ、そのまま計画は白色に戻る。こういう結末のようよ」

 何だそれは。

 道長は呆然とする。

 御坂美琴が一方通行(アクセラレータ)に勝利した。それはまだいい。自分は垣根(かきね)帝督(ていとく)に手も足も出なかったが、美琴は正真正銘の超能力者(レベル5)なのだから。

 けれども、無能力者(レベル0)が助けに入り、あまつさえ一方通行(アクセラレータ)を打倒したというのはどういうことか。

「どう? 驚いたでしょ。けど、これは最初から決まっていたことなの」

 それを『プラン』と淡希は言った。

 学園都市で密かに行われ続けている、学園都市統括理事会会長アイレスター=クロウリーが描く計画。妹達(シスターズ)が生み出されたのも、一万人ものクローンが殺されたのも、『絶対能力進化(レベル6シフト)』がこの段階で中止されたのも全て、『プラン』に従ったものだという。

「さて、もう一度問うわ。――――学園都市に恨みはない?」

「俺は――――」

 道長昨也が人殺しを行ってしまったのも、その罪をこの身に背負うことになったのも、今こうして重傷を負っているのも、全て『プラン』によるものだとして。

 ならば道長昨也には一体何が残る?

 『プラン』はいつから始まっていた? 

 『超能力進化(レベル5シフト)』に参加したときか? 『回転方向(トルネイダー)』の能力を手に入れたときか? それとも学園都市にやってきたそのときか?

 考えれば考えるほど、道長の中の“自分”が希薄になっていく。

 学校のクラスメートは本当に友人か? 監視のために送り込まれた『暗部』の人間ではないか?

 近所の住人に怪しいところはないか? 知らないうちに思考を誘導されてはいないか?

 疑い出せば切りがない。けれども、偶然に思えるような事態までもが『プラン』の内だと言うのならば、全てが疑わしく思えてしまう。

 それもこれも、学園都市が原因だ。

「俺は――――」

 差し出された白い手を握ろうと腕を動かす。

 そして何度目かになる激痛が走った。

 痛い。ただ純粋に道長は思う。

 そう、痛いのだ。身体中の傷が痛いのだ。道長昨也は痛いのだ。そして“彼女”も痛かったはずなのだ。

 痛い。そう呟いて、道長は腕を戻す。

 分かっていたことだ。どんな経緯だろうと、“彼女”を殺したのは紛れもない自分であり、他の誰でもない。そこにどんな思惑が入り込んでいようと関係ないことであるし、たとえどんなに誰かを助けたとしても過去の事実は消え去りはしない。

 だから、名も無き無能力者(レベル0)の存在に感謝することはあっても、恨むなんて、妬むなんてしてはいけない。

 自分は何のために動いたのか。クローンたちを助けるためであろう。ならば、それは達成されたのであり、それは素晴らしいことなのだ。

 けれども、道長の中に渦巻くこのもやもやが消えることはないだろう。

 クローンたちをこの手で助ける。それは彼にとって贖罪であり、逃避だったのだ。

 結局のところ、道長は認めたくなかったのである。

 “彼女”を、欠陥電気(レディオノイズ)試行検体(プロとタイプ)を殺す瞬間、仕方がないことだと本当は一瞬思ってしまった事実を。放たれた銃弾を、“彼女”の額に撃ち返したのは、確かに自分自身なのだという事を。

 全ては仕組まれていたと思うことで、贖罪行為で自身を正当化しようと、殺人の罪から逃げようとしていたのだ。

 けれどそれは、ただの責任転換でしかない。

 己の罪は、己で背負わなければならないのだ。 だから、道長は差し出されたその手を握るわけにはいかない。

「俺は、あんたたちの仲間にはならない」

 道長昨也の回答に、結標淡希はやはり不敵に笑った。

 

 

 

 学園都市のとあるオープンカフェで、二人の少女が腰掛けていた。

 一人は高校生。後ろ首を晒したおさげの髪型に、上半身はサラシという大胆な格好。昼間から外に出歩く姿とは思えない。

 もう一人は中学生。溢れんばかりの巨乳を抱え、金髪を華麗に腰まで垂らしている。『女王』の名に恥じぬ貫禄を携えた歳不相応なその様は、見るものに年齢詐称を疑わせても仕方が無いと言える。

 間違いなく人目を引く二人だったが、『女王』の少女によって周囲の人間は誰一人彼女たちを認識できなくなっているので問題はない。

「改めて思ったけど、あなたの能力(それ)、反則よね」

「当然じゃない。私を誰だと思ってるのよぉ。でも御坂さんには弾かれちゃうのよねぇ。なによ、あの電磁フィールド」

 可愛らしく悔しがる金髪の少女。それでも彼女は『女王』の名を欲しいままに振る舞う存在であり、その見せる表情は果たして本物なのだろうか?

「まあ結局、みんな手のひらの上なわけだしぃ」

 金髪の少女はニヤリと笑う。そしてそれに同意するようにおさげの少女は不敵に笑った。

 学園都市が進める『プラン』。全てはその計画通りに事は進んでいる。

 例えば御坂美琴。心優しい、現実を知らない子供である。自身のクローンが虐殺されていると知れば、必ずそれを阻止するために行動する。

 例えば垣根帝督。自身が、『プラン』の主軸である一方通行(アクセラレータ)のスペアであることを知っている彼は、『第二候補(スペアプラン)』から『第一候補(メインプラン)』へと成り代わろうと躍起である。そのために、一方通行(アクセラレータ)の代理に成り得る存在を潰し回っている彼である。一方通行(アクセラレータ)の成り損ない、失敗作(グーフィーズ)の存在は知っているであろうし、その内の一人でも居場所が知れれば当然、殺しに行く。

 例えば道長昨也。罪を清算する千載一遇のチャンスがあると知れば、それに乗らない道理はない。

 あとはそうなるように、彼らの周りを弄るだけ。

 精神の書き換えを呼吸よりも簡単にこなす彼女にとって、その程度造作もない。

 全ては『プラン』通りに、与えられた任務通りに事を終わらせた二人の少女は、昼の明かりの下、優雅に紅茶を啜る。

「それでぇ、ホントウによかったわけぇ? 回転方向(トルネイダー)をあなたの傀儡にしなくてもぉ」

 おさげの少女の願い、学園都市に刃向かう愚かな計画を知っている金髪の少女はそう尋ねる。

 そこに、道長昨也を人間として見る目はない。彼女にとっては道長昨也など、人の形をした置物も同然である。人権など与えないし、事実として彼女は他人(ヒト)の権利など簡単に踏み躙る。

 回転方向(トルネイダー)などただのゴミであるが、だからといって価値がないわけではない。切れるカードが多いに越したことはないだろうと、金髪の少女は打診する。

 けれども、おさげの少女はあり得ないとばかりに首を振った。

「アレはこっちには来ないわよ」

 それにね、と彼女は続ける。

「私は歳下にしか興味ないの」

「うわぁ。やっぱ真性のショタコンだわぁ」

 


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