Dies irae ーcredo quia absurdumー 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
△よりKrleg
□よりDumme Marlonette
掲げられた十字杖の周囲から闇色の短剣が生まれる。数は二十五。
「エニシアルダガー!」
叫びと共に短剣は中空を疾走する。一本一本が音速と同程度の速度。真っ直ぐに進むのではなく鋭角的な軌道を描き、さらには自ら淡く発光することで軌道を読ませない。
「よいっしょっとっ!」
予測困難だからこそ月村すずかは小手先ではなく、膂力任せの力技にて対処した。右腕を大きく振りあげ、掬いあげるように振り下ろす。大ぶりの一撃だ。無論それは唯の一撃ではない。形成位階に移行し、鋭く尖った犬歯、赤く染まった瞳。そして数センチは伸びた爪がその腕の振りを尋常ならざるものにする。
それにより生じたのは爪撃による衝撃波、そして掬いあげの余波で捲りあげられた地面だ。
それらが壁となった飛来する短剣からすずかの身を守る。
「チッ!」
ディアーチェの舌打ちが聞こえそれにすずかは笑みを浮かべた。防御として使った土壁はそれだけのためではない。目くらましとしても意味を持つ。土の壁を作った瞬間に弾けるように走りだす。自分から見て左に、ディアーチェからして右にだ。
飛び出した瞬間に、
「破壊の剣!」
土壁を突き破って闇色の剣が突き刺される。
「おっとと」
即座に避けたはずだが、破壊の剣の速度が僅かに上回りすずかの軍服の二の腕を焦がす。肌に傷は無いとはいえ避けきったと思ったので少しショック。
「腕上げたね、ディアーチェちゃん」
「無論。お主らと違ってピチピチであるからな! 成長の余地も大きいというものよ!」
「むか」
カッチーン、とすずかの頭の中で音がした。
「ピチピチって、幼いだけでしょうが!」
ディアーチェに対して、大きく弧を描くように疾走する。一歩踏みしめるごとに彼女の筋細胞がギチリと音を立てて強化されていく。素の身体能力ならば黒円卓においてユーノを除けばトップクラスなのが彼女だ。だからこそディアーチェは動くことなく砲撃や射撃に徹底しているのだ。彼女とて近接戦闘の心得はあるが、すずかに対抗できる練度ではない。
一歩ごとに地面を砕きながら疾走するすずかにディアーチェも短剣を放つことで阻害するがもはや止められるものではない。
互いの距離が数メートルまで近づいた所で、膝を深く沈め超加速。
距離を一瞬で零にし、
「はああっっ!」
先ほどと同程度の爪撃を放つ。それも一撃ではなく両手による双撃だ。大気を割砕しながらディアーチェへと叩き込まれる。
「くっ……!」
それに対してとっさにディアーチェは障壁を展開させた。無論彼女とてコレが悪手だというのはわかっていた。だがディアーチェの機動力では下手に回避すればその隙を突かれるのみ
だ。だからこそ彼女は防御を選び、
「それはダメだよね? 私に対してはさ」
障壁は爪撃の衝撃波は受け止めきったが、彼女の爪に触れた瞬間に
それが月村すずか=ファム・ファタルの形成位階における能力だ。
触れたものから魔力、生命力、精力、気力といた諸々を吸収し己のものとすること。触れなければならないという制約があるもの、彼女の戦闘スタイルとは相性がいい。すずかは基本的にインファイトタイプだ。五体を駆使した力技メインの動き。触れた勢いや触り方でも吸収量は変わるが、力任せに叩きつけるというのでもかなり効率がいい。
そして彼女の聖遺物こそが彼女自身に流れるその血。
『夜の血』。
『
「分っているとも……!」
その彼女の特性はわかっていた。もとよりお互いの手の内はある程度読めているのだ。防御という悪手を選んだ以上、それを挽回するために手段も用意してある。
障壁が消えた瞬間に十字杖から魔力の塊を生み出す。先ほどフェイトたちに放ったのと同質のソレだが威力は桁違い。
闇球は即座に、
ディアーチェとすずかの間に割り込む。
「なっ……!」
「ハッ!」
すずかは目を見開き、ディアーチェはすずかを笑い飛ばしながら、同時に闇に呑まれた。
それは彼女達二人を中心にした半径五メートルもあるほど巨大な球体だ。地面と大気を大きく抉りとる。
そして、
「ぐ、あぁっ!」
ディアーチェが顔を歪ませながら弾き出た。肩に無惨な爪痕が刻まれ、血が流れている。
闇が晴れてたそこには額から一筋の血を流したすずかだ。
基本的に通常の魔導も吸収できるが、ディアーチェの形成は聖遺物である『エルニシアクロイツ』の出現と魔導の強化。魔力ダメージ、物理ダメージだけでなく魂にもダメージを与えることができるようになる。だから、威力は半分以下に落ちるもすずかにダメージを与えることはできた。
「ふう、さすがやるね」
「当然、だとも」
僅かにディアーチェはふらつきながらも口元を歪め笑う。
「なんのために我らが死合っていると思うのだ」
「まぁ……私たちは目的違うわけだけどね」
「それが気に食わん。なぜ……いや、この役目に当てられた理由はわかる。わかるが……あの変質者の言いなりというのは……!」
「…………それは、まぁ、確かにね」
ディアーチェからなにかものすごく言い難そうな怒りと屈辱を滲みだし、すずかもらしくなく顔をしかめている。あの変質者に対していい思いなど一つもない。すずかもディアーチェも自ら望んでこの場にいるのが、それでもどうしてもあの男は気に食わない。
「まぁ……だからこそ」
「そうだね」
互いに頷きつつ、十字杖を構え、爪と牙、赤眼をさらに輝かせる。
「**** *******」
「ちゃんと見ていてね」
それは、二人の戦いを呆然と見るだけの二人に向けられていて。
そして、
「じゃあ、第二回戦」
「始めるとしよう」
△
「はあああぁぁぁぁ!!」
闇夜の中、アリサ・バニングスは天へと紅蓮の二刀が炎の花を咲かせる。それは頭上、神社の階段頂上へと放たれる超高速の二刀斬撃。迫りくる滅却の炎弾をすべて斬り落とすために刀身から炎が噴出し、花を咲かせるのだ。
「パイロシューター」
小さく、静かに、厳かに告げるのは階段頂上にいるシュテルだ。手にしているのはなのはの愛機であるレイジングハートに酷似した魔杖、彼女の聖遺物『ルシフェリオン』。形成位階によりもたらされる効果はディアーテェと同じで通常魔導の超強化だ。
それにより、周囲に展開した炎弾の数は三十二。
普通の魔導師ならば全て真っ直ぐの飛ばせるかどうかの数だが、彼女はそのどれもを完全に完全に操作できる。
そしてその一つ一つが活動位階と変わらず、滅却の性質を持っている。
燃えろ、燃えろ、燃え尽きろ。万象尽く燃え尽きろ。
その念が込められた炎に対し、
「はっ!」
笑い飛ばすように滅却の炎を焦がしていく。
シュテルの炎がなにもかも燃やし尽くす炎ならばアリサの炎はなによりも激しく燃え上がる炎だ。
言うなればプラスとマイナスの炎。相反する性質の炎がぶつかりあい、相殺される。
「どうしたのよ、シュテル。らしくもなく熱くなってるじゃない。そんなにお冠かしら?」
「ええ、あの変質者の言いなりというのも腹が煮えくりかえりそうですが、それ以上に」
言葉は続きながらも、二つの炎のぶつかりあいは止まらない。シュテルが飛ばした炎をアリサの炎が斬る。
「なにかしら?」
「私のオリジナルがどうにも不甲斐ないので、失望していました。ええ、まさかあの程度とは」
「あのねぇ……あの子はあんたや私と違って聖遺物無しでしょうが。それなのに私たちと同じことを求めるのは無理があるでしょうが」
聖遺物と『
そして六課の面子には聖遺物も『
「だとしても、少しはなんとかできるかと思ったんですよ」
「無茶苦茶よアンタ……」
「まぁ、私だって自覚してますよ。ですが感情とは別ものですよ」
「……そうね」
苦笑を浮かべる。どうにもシュテルは普段冷静にみえてかなりの激情家だ。沸点が低い、とでもいうのか。
まぁ、それは人のことは言えないのだけれど。
苦笑しながら、二刀を握る手を強くする。
彼女の聖遺物は黒円卓内でもかなり特殊な部類だ。すずかのような自身の血、シュテル、ディアーチェレヴィのように彼女達専用に作られたわけでもなく、カイトやギンガのように親から受け継いだわけでもない。
掛け値なしの五年前、彼女たちの黎明期においてアリサだけはただの少女だったのだ。
だからこそ、当時彼女には聖遺物にできるものがなく、かわりに、
「かつてから引き出すことにしたのよね」
アリサ・バニングスとしてではなく■■■としての記憶。彼女から受け継いだ中から抽出し自身の魂と、そして、
「あの子の魂で形成具現したのがこの二刀。『緋緋色金』」
かつてから受け継いだ不滅の誓いの炎に他ならない。
「さぁ行くわよ」
「望むところです」
魔杖の周囲に炎弾が浮遊し、紅蓮に二刀が熱量を上げる。
「**** ***」
「さぁ、思いだしなさい」
それは、二人の戦いを呆然と見るだけの二人に向けられていて。
そして、
「燃え上がりなさい」
「燃え尽きなさい」
□
「ほらぁ、歯食いしばれよっと!」
笑い混じりに銃口から狼の牙が放たれる。射撃の基本とかそういうのを全て無視した曲芸撃ち。しかし正確に、疾走するレヴィへと向けられていて、
「当たらないもんねー!」
雷光を宿したレヴィは尽くを避けきる。異常なまでに早い。二人の戦闘が始まってから十数分経つが実に一度も被弾していないほどだ。弾丸を回避しながらカイトに接近する。
だが、
「んで? 当たらなくて、その次はないのかよ」
鎖の音を立てて空中を疾走する。五、六本が広がるよう伸び、レヴィを絡め取ろうとする。
それに対し、レヴィは地面スレスレになるまで身を低くし、さらに加速する。四本は避け、二本は戦斧で打撃することでさらに加速する。そして、
「いいねぇ、また早くなったな」
「くっ!」
戦斧と銃剣が鍔競り合う。レヴィは顔を歪め、カイトは、煙草を咥えたまま笑ったままだ。
なぜなら、銃剣に触れた瞬間にレヴィの雷が弱まったからだ。
「おいおい、そんな顔すんなよ。わかってるだろ? おめぇじゃダメなんだよ」
「こ、こんな美少女を捕まえて何を言うか。まぁカイトみたいな不感症に好かれても嬉しくないからいいけどねっ」
「別に俺不感症じゃねぇっての。ただ、ちと理想が高いだけだ。ほら、俺ってロマンチストだし?」
「言ってろ、この馬鹿!」
叫びながら無理矢理レヴィが捻りだした雷撃が迸る。再び二人の距離が離れ、
「雷神衝!」
レヴィの掌から雷槍が五本放たれる。超音速で放たれるそれはあまりにも早い。だからこそ、
「よっと」
カイトは勘のみで引き金を絞った。大体こんな感じか、その程度の考えしかなく、しかしそれらは正確に雷槍に突き刺さる。
カイトの弾丸が雷槍に触れた瞬間に雷槍が消えた。かき消されるように、押しのけられるようにだ。それでも、かなり威力と速度は削がれレヴィへと向かい、彼女それでも回避した。
「おいおい、そんなチキるなよ。ろくに威力込めてないんだからよ」
「そう勧められて当たると思う?」
「いんや? むしろ避けきってみせろよ」
再びの曲芸撃ち。だがそれまでよりも銃弾の数は遥かに多く、また銃弾同士がぶつかり合い跳ねまわる。跳弾による面攻撃。
「あああああ!!」
叫び、駆け抜ける。全身に雷光を宿して疾走する。鋭角的になんども屈折し、時に雷槍を放つ事で進路をこじ開ける。
「はっはー! やるねぇ!」
レヴィの超高速軌道にもカイトの笑みは揺らがず、
「じゃ、こういうのはどうだ?」
再び、鎖がジャララと音を立てる。いや、今度はそれだけではなく、アスファルト、すなわち地面と擦り合う音も伴っていた。見れば、地面にカイトの鎖がレヴィを中心の円を描くように敷き詰めれていて、
「っつ!!」
すぐさま飛びあがるが、
「残念、遅いな」
レヴィの右足首に鎖が絡まる。その瞬間に雷光が一気に弱まった。
「ぐっ……!」
「ほらよっと!」
そしてからめとられて動けなくなったレヴィにカイトは再び発砲する。
動きが止められ、レヴィはとっさに障壁を展開するが、
「が、っああ!!」
紙きれのごとく突破され、レヴィの身体に突き刺さる。確かにレヴィは高速機動型であり、防御よりも回避に重視している。だから防御力はかなり低いが、それでもこれほどまでに簡単に破られるほどでもない。
だから特殊性はカイトにある。
「分ってるよなぁ。お前じゃな足りない」
そう嘯き、再び発砲する。無論、レヴィも黙っている訳ではない。
「足りなくて……結構! ていうか、さ」
全身から雷光を可能な限り捻りだす。すぐに鎖により減衰するがそれでもさらに放出し僅かに緩んだ隙に抜け出す。
空中で戒めから解き放たれたものの、かなりの速度で地面に激突し転がる。それでも、なにごともなかったように起き上がり、
「ーーーー誰なら、足りるんだよ」
その言葉に始めてカイトは笑みを消した。かわりにしてやったりという笑みをレヴィは浮かべる。
そうだ、彼にとってレヴィが足りずシュテルも、ディアーチェもアリサもすずかも足りない。ならば誰が足りうるのか。
一体誰が孤独に喘ぐ灰色狼と共にあれるというのか。
「うるせぇ、余計なお世話だ」
「ま、いいけどね。だからこそ、こうしてるわけでしょ」
「別に? あれはアレだ。なんとなく楽しそうだからやってるだけだっつうの。ま、てなわけで」
戦斧にさらなる雷光が迸り、灰色狼の牙が剥く。
「いい加減目覚ませよ、屍野郎にイカレ犬………それにむっつりさんよ」
「****** ****** *** ***」
カイトの言葉は二人の戦いを呆然と見てるだけの四人に向けられ、レヴィはそれを訂正するように叫び、
「んじゃまぁ、第二ラウンドだ」
「次は当たらないもんね!」
●
そして。今目の前で行われる戦いに対し、より強く回帰を促されたのは、三人。
魂が自己のより深いところまで沈んでいき、そこにあるかつての魂と触れあっていく。
それは旧世界の残滓でしかないが、強き輝きを放つもの。
彼女たちはそれに触れ、同時に。
▼
『喜んで、学べ』
Disce libens
▼
かつて、どこかで聞いたことがあるような詐欺師の声を聞き。
「あ、ああ……ああっ……!」
「ぬ、ぐ、うああっ……!」
内二つは塗りつぶされようとされたがそれに抗い、
「****」
内一つは。
「***** ****** **」
かつてに魂のほとんどを塗りつぶされ回帰していく。
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