Dies irae ーcredo quia absurdumー 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
日は沈みかけ、機動六課によるバーベキューが始まった。
後から来たはやてで主導で鉄板焼きがふるまわれる。さらには海鳴在住の知己も集まって、かなりにぎやかな宴会となっている。
鉄板の上肉や野菜が焼かれていく。耳に心地よい焼ける音に、香ばしい匂いは素晴らしい。
これらの鉄板焼きは部隊長である八神はやて自ら作られたものであり、最近なにかと忙しい彼女の身を考えれば実に貴重な食事だ。
鉄板ごとにグループで別れ、エリキャロにザフィーラにフェイトの使い魔であるアルフに義姉であるエイミィ、なのはの姉である高町美由紀。それから、はやてと同じタイミングで来たカイトの義兄であるユーノとなのは、フェイト、はやて、アリサにはやて達を迎えた月村すずかに守護騎士の三人。
そして、少し小さな鉄板にいたのは、
「……」
「……」
カイトとスバルだ。先ほどまではティアナやリインもいたがその二人もその場の空気に耐えられず別の鉄板に行ってしまった。
だから、二人は同じ鉄板に向かい合い。
「おい、それ俺が育てた肉だ。返せ」
「やだね、こういうのは早い者勝ちって相場が決まってるでしょ」
「どこの野蛮人の常識だ?」
「……って、とか言いつつ私のキープしてたお肉取らないでよ!」
「早いモノ勝ち、なんだろ?」
「……くぅ」
「け」
本当にイライラすると、目の前にいる少女を見てカイトは思う。やること一つ一つがやたら感に触ってしょうがない。自分でもよくわからないが胸から湧き上がる感情は制御が難しい。
「ていうか、なんでお前俺の前で食ってんだよ。他行けよ他」
「私の勝手でしょ、そっちこそどっか行ってよね」
「いやだね、俺がどこに座ろうと俺の勝手だろ」
「私だって私の勝手でしょう」
「…………」
「…………」
視線がぶつかり合い火花を散らす。
ああ、ホントに意味が解らない。どうしてこんなにも腹立たしいのだろうか。自分自身わりと社交的とは言わなくても、大概の人間を自分が面白いように接することができるし、大体の相手はからかいの対象だ。例外といえばどうにも相性が悪いというか、扱いにくいのはやてとかやたら生真面目で面倒臭いギンガだ。
それでも。
それでもこうやってガキみたいにガン飛ばしまくっているなんて、あまりにもらしくない。
「んーー」
「な、なに」
目の前の少女を見直してみる。
空を思わせる青い髪に青い目。活発そうな雰囲気。ニッコリ笑えば実に快活な笑みを浮かべるだろう。もっともカイトは見たこと無いのだが。肉体だって近接の格闘少女だけあって引き締められていて、出るとこは出て引っ込む所は引っ込んでいる。体だけ見れば悪くない。
それなのに、どうしてむかつく。
「ああ……なんだっ」
どうにも言い難い感情に思わず髪をかきむしる。スバルが変な目で見るが気にしない。
「なぁ……」
「な、なに?」
「なんや、また喧嘩か? あかんで仲好くせな」
「……」
「……」
いきなりはやてが現れた。カイトは見慣れているがスバルからは珍しい私服姿だ。
「なんや? なんで二人して半目で見るん?」
「……なんでこっち来たんすか。兄貴の所にいなくていいんすか?」
「部下の人間関係のフォローも部隊長の役目や」
「……本音は」
「あえて少し離れることでユーノ君の気を引く作戦」
「なぁ、こんなのが俺らの上司って正直どうよ」
「……正直、ちょっと」
「だよなぁ」
「なんでそこだけ仲好くなるんや」
別に仲いいつもりはない。というかよくよく周囲に意識を向けてみれば周りの連中がチラチラこっちのことを気にしている。ユーノやアリサ、すずかは笑いをこらえてるようだし。
「まぁ、あれや。肉の取り合いとかで喧嘩しちゃあかん。まだいろいろあるんやからな。なんやったなはやてちゃんがなんか作ってやろか?」
そういって得意げに腕まくりするはやて。まぁ、人間性はともかくとして、料理はうまいのだ。
「じゃあ……焼うどん大盛りニンニクビタビタで」
「私も、それで」
「りょーかいや」
鼻歌交じりに鉄板にむかって料理をしだす。というか、よくうどんとかあったな。
「……」
「……」
目が合う。またなにか文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、周りがチラチラ見てくるので止める。
嫌味以外でなにを言うか迷って、なにも出てこなくて髪をくしゃくしゃとかいて。
「……」
「……」
何もでてこなくて、黙ったままだった。
●
湯船に顔を突っ伏して顔をぬらす。バーベキューも終わり一、二時間程度はたった。所代わって海鳴のスーパー銭湯だ。二十人近くの大人数での入浴はこういうところでないとできない。その上で男はカイト、エリオ、ユーノしかいないし、他の客も少ないから男湯はほとんど貸し切りだ。女湯は知らんが。
とりあえず、エリオはユーノに押しつけて、カイトは一人露天風呂だ。ここが一番色々いい。
「……」
肩までを少し熱めの湯に浸か、思考するのはやっぱり、スバルのことだ。
正直言うならば、どうして自分がスバルのことを気に食わないのかはある程度理由は解っている。
つまり、いつか、かつて、ずっと昔のことの残滓。
もうすでに消え去ったはず物語の欠片。
それが今も自分たちに残り続けていて、自分のそれと、スバルのそれが互いに毛嫌いしているということだろう。
かつての世界のことでカイトが知っていることはそれほど多くない。記憶とも言えないような事ばかりだ。完全に覚えているのは仲間内でも兄のユーノにあのクソうざい、かつてと何一つ変わっていない変質者くらい。かつてを結構多めに継承しているアリサでも自分と繋がりが深かったことしか覚えてないらしい。すずかは大分乖離してるから本当に最低限の知識のみ。
そして、自分は。
「何とも言えないんだよなぁ」
どうやらかつての自分はかなりのひねくれ者だったらしい。今までに数回だけ、その意識に触れたことがあるがひねくれ者というか頭イカレていた。あんなのが自分のかつてだとか頭が痛い。ただのチンピラだろ。
結局、今は継承でも解脱でもなく宙ぶらりんな状態でいるのが現状だ。ユーノも腐れ変質者もなにも言ってこないし。
だから、気になっているのは一つ。
「あいつの事を嫌ってるのは、俺自身かあの野郎かってことだ」
そうカイト・S・クォルトリーズがスバル・ナカジマを嫌っているのか----それとも■■■■が■■■■・■■■■■■を嫌っているのか。どちらなのか。
他人(いやこの場合他人というのは違うが)から感情を植え付けられているのは腹が立つ。
今ここで生きているのは■■■■ではなくカイト・S・クォルトリーズなのだから。いくら思想とか受け継いだり、能力をある程度受け取っていてもそれは譲らないことだ。
今を生きているのはあくまで自分だという矜持はある。
「…………カーッ」
濡れた髪をかく。頭がこんがらがった時の自分の癖だ。
本当にそこらへんどうなっているのだろうか。正直、魂とかそこらへんの仕組みは漠然としか解っていない。他人のことなら解る事もあるが、自分のこととなるとまた別だ。そして同時にあの野郎ならそこらへんうまくやれるだろうからムカつくのだ。
スバルとどう向き合うべきか。
わからない。
カイト自身、ここまで腹が立つというか、ムカつくというか、ある意味で気になる存在はいなかった。
だから、思うのだ。
「もしかしたら」
もしかしたらと。淡い期待にも似た感情。アレは自分の求めていた存在かもしれないと思うのだ。これまで会ってきたのはどいつも違った。ユーノもあの腐れ変質者も別だ。
だから、もしかしたら。
何度も思い、そして
「…………」
「…………」
湯船のすぐ近く、胸をタオルで隠し顔を引きつらせたスバルがいた。
「…………」
「…………」
湯気で在る程度隠れている----わけではない。ある法術により魔人として存在するカイトの感覚ならばあってないようなものだ。
すでに髪は洗ったのか青い髪はしっとりと濡れていてところどころに肌に張り付いていて、艶めかしい。普段から体のラインが出るバリアジャケットを着ていたが、結構着やせする体型らしく胸は何気に大きい。はやてよりは間違いなく大きいだろう。
タオルで乳首そのものは隠されているとはいえ、体に張り付いているからうっすらと形は解る。15歳という平均よりも恐らくは大きく上回る胸に対し、腰はキュッとくびれている。なにより目を引くのが引き締まったカモシカの如き脚。遠目に見てもうっすら脂肪もあって、肉感的で美しいとすら言える。
少女と女性の中間地点の限定された美しさがあった。
それにさすがのカイトも一瞬言葉を失った。
「…………」
「…………」
「…………スゥ」
スバルが大きく息を吸った。
「んなっ!」
どう見ても叫ぶモーションだ。それを見て、カイトは湯船から飛び出す。人外染みた身体能力にものを言わせて叫ばれる前にスバルの口を塞ぐ。
「んーー! んーー!」
「だぁー! あんま暴れんなっ! つうか、あれだここは混浴だっ! てめぇに叫ぶ権利はないんだよ!」
「!!」
混浴、という言葉にスバルの動きが止まり、目が見開かれる。どうやら知らなかったらしい。
「ここは子供風呂と露店風呂だけ混浴だ。叫ぶのはお角違いだぜ? わかるよな」
「…………」
納得はできたのか、叫ぶのは止めてくれた。
内心、息をつく。いくら混浴とはいえこの状況で叫ばれたら間違いなくカイトが悪者にされる。特にアリサ辺りは強烈な打撃をしてくるだろう。それは避けたい。
とりあえず、叫ぶ様子もないのでスバルの口から手を離した。
「はぁ、まったくなんでこうなるのやら……」
離しながら距離を取る。さすがにいつまでも至近距離というのは拙いだろう。
嘆息し、スバルの顔を見れば、
「…………」
顔が真っ赤だった。そういえば、湯船から飛び出したから今カイトは掛け値なしに全裸だ。どうやら刺激が強かったらしい。案外真っ赤に頬を染めた顔は可愛かった。
「んだよ? どうしたぁ?」
あえて、局部を隠さずに普通に答える。
それに対し、スバルはさらに顔を赤くし、右腕で自分の胸を、左手で腰回りを隠すように自分を抱きしめる。
「べ、別に……なにも」
恥ずかしいならば戻ればいいのだろうに。羞恥心よりもここでカイトに対して引くと言うのことが許せなかったのか、動きは無い。
「ま、あれだ。安心しろよ。なにもしねぇからよ」
まぁ、なにかできるようなタイミングでもないし。それにやっぱりいくら体は良くても、なんかダメだ。
「ていうか、あれだ。まずそんな気になんねぇし」
「…………」
どうやら意味が理解できなかったらしい。未だに赤い顔で首を傾げたから、
「だから、勃たねえんだよ。お前じゃ無理」
半分本気で半分冗談。そのくらいの割合で言った言葉にやはり最初は理解できなかったようで。首を傾げたままだった。
それでも一拍開けてから気付いたようで、
「…………んなっ!」
なんとも言えない表情と声を上げていた。それが存外おもしろかったから、
「ま、あれだよな。フェイトさんとかシグナム姐さんくらいのワガママボディじゃないとな。あーでもどうだろうな、お前存外いい体してるし、フェイトさんか……すずかさんの声真似とかしてくれよ。あれならすげー燃えると思うからよ」
「…っ…………!」
したり顔で呟くカイトに対し、スバルが思っていたことは一つだ。
ちょっとだれかアルカンシェル持ってこい。
スバルだってどういう意味か理解できる。元々ミッドチルダではそこらへんの知識を得るのはわりと早い。結婚自体も男女共に15から可能だ。だから、知識としてはスバルだって持っている。
つまり、自分が果てしなく馬鹿にされているのはわかった。
「…………」
もはや、体を隠すことはせずに----跳んだ。
「まぁ、そんなことには………って、んがっぁ!?」
なにやら勝手に頷いていたカイトへと跳躍し、同時にそのにやけ面に拳を叩き込んで湯船の中に叩き落としながら人生で初ともいえる口汚い叫びを放っていた。
「ぶっ殺すよこのふにゃちんがぁぁぁぁぁぁあああああっ!!」
日常編はこれでおわりです。
次話からはバトルバトル。
つーかプチクライマックス
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