Dies irae ーcredo quia absurdumー   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

42 / 43
推奨BGM;Unus Mundus


第四十章 消えぬ絆

カイト・クォルトリーズの生まれはくそったれ(・・・・・)だった。

 とある管理内世界で生まれた彼だったが、管理世界でもピンキリだ。クラナガンのように極めて発展した地もあれば魔法文化も科学文化も地球の中世欧州レベルのところもある。治安も世界によって良し悪しの差はあるし、世界内でも地域による。

 

 カイトが育ったのはそれらでも最底辺の世界だった。

 

 スラム、なんて生易しい場所ではない。行き場所を失ったどうしようもない者たちが集まっているのだ。無法地帯なのは当然で、ろくでなしばかり集まるのも必然だった。そうして集まったくそったれたちがくそみたいな生活を送っているのだからくそみたいな町が生まれるのは極々真っ当だったろう。

 

 そこにあるのは『弱肉強食』の四文字。

 

 弱い物から死んでいく。ある程度の魔法文化は存在していたから、例え年少者でも魔法や魔力、レアスキルの創意工夫で力を得ていた。人が死ぬのが当たり前。人を殺すのも当たり前。そうやって大人から子供まで争いの中にあったからこれもまた必然的に曲者揃いだ。

 戦闘能力知能容姿精神、誰もがそれぞれ突出した個我を持った狂人ばかりの街が生まれた。

 言うまでもなくそんな街に常人が住みつけるわけでもなく、行き場を失った者や自殺志願以外からは完全に隔離された世界が生まれた。

 管理局でも手を焼くような場所だったが、基本的に彼らは外界のことに興味などなく放っておいてもらえれば管理局と争うこともなかった。それだから何時しか不干渉となって、その街は世界から隔離されていったのだ。

 

 そんな街でカイトは生まれ育った。

 

 父親は彼が生まれた時は既に死んでいた。残されたのは生活に困るか困らないか微妙な程度の金と遺伝の黒と白の斑髪、それに父が使っていた魔力伝導率の高い双刃銃だけだった。

 母はいたが病弱でカイトが物心ついて少ししてから死んだ。病弱というにはあまりにも快活で、芯の強い女だったがそれでも死んだ。

 そうして順当(・・)にカイトは天涯孤独の身となった。

 悲しくなかったといえば嘘になる。このくそったれの街の中で、死にゆく身でありながらそれらを笑い飛ばせる母は純粋に好きだったし、顔も知らない父親だって別に恨みがあったわけでもない。それでも感傷に浸って生きていけるような世界ではなかった。

 この時カイトは八歳。

 時空管理局でも最年少の類だった高町なのはたちよりもなお幼い。いや、殺戮の場自体には物心ついた瞬間からいたのだから比べることが間違っているだろう。

 

 そうしてカイト・クォルトリーズのくそったれな生は続いていく。

 

 無論、簡単に生きていけたわけでもない。例えどれだけ小さいころから子守唄代わりに『灰色狼』と呼ばれていた父の殺戮ならぬ食い散らかしの技巧を知り、両親譲りの糞度胸があって、少なくない魔力があっても。それだけでは生きていくのは難しい。

 身体に銃弾をばらまかれたことがある。

 腕がぶっ飛んだことがある。

 致死性の猛毒によって体を蝕まれたことがある。

 数百メートルの高さから叩き落とされたことがある。

 超一流の達人と戦うことになったことがある。

 一歩間違えれば即座に死ぬということがあまりにも当然のようにあった。

 

 ――それでも彼は死ななかった。

 

 体をぶち抜いた銃弾は偶然大事な器官から外れていた。

 ぶっ飛んだ腕は腕を吹き飛ばした奴を殺して偶然通りかかった医者に繋げてもらった。

 致死性の猛毒は偶然近くにあったいくつかの薬草を飲み込んだら死ぬことはなかった。

 数百メートルから落ちたら偶然上昇気流が発生し、尚且つ高層建築の壁を何度も蹴りつけることで一命をとりとめた。

 超一流の達人と相対したときは偶然現れた別の達人に仕向けることができた。

 

 そういうことがなんどもあった。

 どころかただなんとなく、勘で動いたらそれが生存に繋がったということが当然のようにあったのだ。

 それに疑問を持ちながら、それでも確たる理由もない以上どうしようもなく、その“勘”で生き続けた。

 それが何だったのかを知るのかは彼が天涯孤独の身となってから凡そ四年後のこと。

 彼が隔離された街の中でも屈指の実力者となり『灰色狼(ガウス)』などと呼ばれ始めたあたりのこと。興味本位で街から出て、

 

 カイト・クォルトリーズは己の真実の断片を知ることになるのだ。

 

 新月。

 

 翡翠。

 

 水銀。

 

 ■■。

 

 ■■――そして自滅因子。

 

 種明かしをしてしまえば自分の人生は至極わかりやすくできていて、実に起伏に富んでいた。ライトノベルにでもすれば過去に影がある系主人公という中二病なのがすぐに出来上がる。

 そんなものが彼の人生なのだ。

 勘でも運でも偶然でも必然でもない。

 カイト・クォルトリーズがこれまで死ななかったのは運命なのだ。彼があの街で死ぬことなどあってはならないし、在りえない。死ぬことすら許されないのだ。死にたくても死ねない。自分が死ぬべき時はもっと別にあるという確固たる確信があるのだ。

 そこから彼の地獄は始まる。翡翠だけではなく水銀ともであった為に既知感の呪いを受けた。脳裏に吹き荒れる砂嵐、ありとあらゆるものへのデジャブ。用意され、繰り返し続ける恐怖劇。神様の操り人形(マリオネット)

 カイトは■■に最も近い存在であるからこそ決して舞台から降ろされることはない。永劫を回帰してもそれらの呪いからは決して逃げられないのだ。

 

 だからこそ彼は欲したのだ。

 

 カイト自身こそが求める魂の唯一無二を。

 かつて(・・・)と変わらず誰よりも神の玩具であるという自覚があったからこそ。かけがえのない、なによりも尊い刹那を求めた。それ以外がどうなってもいいと思えるくらいの閃光を欲したのだ。

 そして見つけた。

 彼女はかつてとは随分様変わりしたが、それでも■■に近しいことには変わりない。彼女もまた歌劇から逃れられない。

 自分の宝石を後生大事に抱えていく翡翠も。

 未練たらしくかつてへ回帰し続ける水銀も。

 彼らは憤怒に塗れているからこそ決して諦めない。もとよりそういう次元の話ではないのだ。アレらは悲願を達成するまでその在り方を絶対に変えない。

 未だ巡り会えぬアイツら(・・・・)は言うまでもない。

 

だから解っていないんだ(・・・・・・・・・・・)

 

 今のまま行ったってどうしようもない。 どいつもこいつも先を見ていないんだ。そういうところばっかり変わっていない。大事なものを愛でてるばかり。

 

 そうじゃないだろうと思うのだ。

 

 だからここで終わるわけにはいかない。

 

 落下していく身は今にも消滅寸前だ。右腕と下肢は腐滅している。特に右腕と共に消え去った右の双刃銃の消滅によるダメージは甚大だ。今の自分は文字通り魂を半分滅ぼされている。放っておけば消滅は当然だ。聖遺物の使徒は聖遺物を破壊されることによって死ぬ。それは変わらない法則。そして広がりゆく黒炎はすぐにでももう片方の双刃銃を滅ぼし、頭部に至って塵ひとつ残さない。

 なまじこの状態をどうにかしてもナハトそのものへの対抗策がない。

 頭上のナハトの背に闇の翼が生まれる。それ自体が神気の塊であり、一度羽ばたけば周囲に爆風と破壊を生む。比喩でもなんでもなく彼が羽ばたいただけで地上は完全に滅びるだろう。

 いや、それ以上にあの翼が生み出されたということはナハト――べリアルが完全に接続しているということ。

 それはすなわち完全にこの世の法則から外れ神格の領域へと至ったのだ。カイトを一蹴に伏したのは所詮は発動時の余波でしかない。

 これこそがべリアルの真の姿。闇の翼を担う反天使(ダストエンジェル)。無頼なる罪悪の王。どうしたって、カイト単体ではべリアルに対抗しきれれない。

 例えカイトが魔人としてはほぼ極限域だとしても絶対に勝てはしない。神格の壁とはそれほどまに厳然であり明確なのだ。

 

 それでも挑まなければならない。

 

 それでも勝たなければならない。

 

「俺が狙ってるのは何時だって勝ちだ」

 

 だからこそ――

 

「あぁ……デジャブるなぁ」

 

 あらゆる感覚に既知感が襲い、

 

――――推奨BGM:Gregorio――――

 

『アセトアミノフェン アルガトロバン アレビアチン エビリファイ クラビット クラリシッド グルコバイ 』

 

 カイトの口から紡がれるはずのない言葉が発せられた。

 

「なに……!?」

 

 それを聞いた瞬間にナハトに驚愕が生まれた。今展開したばかりの『式』の構成が崩れていたのだ。腐滅の黒炎が揺らいでいく。神すら殺すことのできる魔刃の真価が砂上の楼閣の如く儚く消え去っていく。

 

『 ザイロリック ジェイゾロフト セフゾン テオドール テガフール テグレトール

 デパス デパケン トレドミン ニューロタン ノルバスク』

 

 消え去っていた肉体が再生する。消滅したはずの双刃銃もまた。それまでとなんら遜色なく、寧ろそれまでを圧倒的に超過する魔力を以て。

 

『レンドルミン リピトール リウマトレック エリテマトーデス

ファルマナント ヘパタイティス パルマナリー ファイブロシス オートイミューン ディズィーズ

アクワイアド インミューノー デフィシエンスィー シンドローム 』

 

 消える、滅びる、無くなっていく。べリアルの『式』が根こそぎ消滅していく。まるで『式』そのものが自壊するような病毒にも侵されたように。

 在りえない。

 神格は神格でなければ殺せない。ナハトは厳密に言えば神格ではないとはいえ強度は同格であるからその法則は当てはまる。それにも関わらずナハトの神威が揺らいでいるのが現実だ。

 ならば――同格が現れたのか。否だ。魔群も魔鏡も適正の合わない存在に無理やり型にはめられているからこそ、自分のように門を開くことはできない。また水銀と翡翠も不干渉のはずだ。そうだから、ナハトはカイトと戦ったのだ。

 

 ならばなに原因あるのか。

 

 問うまでもない。

 

『マリグナント・チューマー・アポトーシスッッ!!』 

 

「貴様かぁーー!!」

 

 復活したカイトへと、いや彼の魂の奥底に存在する()へと叫ぶ。同時、地上本部、そして存在していたすべての黒炎が消滅、否自壊する。それだけではない。ありとあらゆる魔術、魔法、レアスキル。およそ異能に分類される全てがその宣言と共に消え去った。

 

「くは、ははは! はははははっはは! 久しいなぁ――兄弟(・・)!」

 

「誰が兄弟だ、ふざけやがって。俺の兄弟はハーレム気質な兄貴だけだ」

 

「魂の系譜というものだ。あぁ本当に、お前たちは相変わらずだよ」

 

 全身に血に塗れながらそれでも五体満足で健在であるカイトにナハトは嗤う。先の宣言と共に地上全ての腐炎を消え去った病毒の覇道は最早ない。

 それは■■と同格以下を完全に自壊させるとはいえ今の彼ら(・・)では継続展開は難しい。だからこそ、放っておけば永遠に消えない無価値の炎を完全に消し飛ばしたのだ。

 

 ――よって状況は振出に戻る。

 

 異能殺しの力を求道にて発現するカイトと黒翼を担い無価値の炎をたぎらせるナハト。

 強度に隔絶の違いはあれど、構図は同じだ。ナハトの『式』は大陸に亀裂を入れるほどの威力があり、カイトは最早それらを問答無用で消滅させる。

 だからこそ構図は全く同じでも――結果は決まっている。

 

『ヘメンエタン・エルアティ・ティエイプ・アジア・ハイン・テウ・ミノセル・アカドン

 ヴァイヴァー・エイエ・エクセ・エルアー・ハイヴァー・カヴァフォット』

 

 ナハトの詠唱と共にデスサイスに膨大な量の腐炎が集う。それは瞬く間に巨大化し剣というにはおこがましいほどに長大な柱となる。天を貫く黒い柱、先端部分が果てしなく遠く肉眼では全く見えない。神の炎すらも両断する腐敗の概念。

 

「――腐滅しろ」

 

 その一言に振り下ろされ、

 

魔剣(イニシャライズ)――青の断絶(レゾリューター)

 

 カイトは言葉と共に腕を振り上げ引き金を引く。右の銃口から放たれたのは青い弾丸。迫る大剣の前ではあまりにもか弱い。

 上昇する青の弾丸と振り下ろされる腐剣。それらが激突し、

 

 弾丸が巨大な膜となって黒炎の悉くを消滅させた。

 

「はーー!」

 

 巨大といっても腐剣からみればあまりにも小さい。精々が十数メートルという程度だ。

 それにも関わらず炎剣を構成していた全ての無価値の炎は青い膜に吸収され消滅する。それにナハトは構わない。カイトもまた当然ように。

 

 そう、今のナハトとカイトは先ほどと実力差が逆転している。

 

 ただの魔人であったカイトには、求道流出並のナハトには絶対に叶わない。

 それでも今は違うのだ。

 共に接続していう存在がいる。ナハトは門を開けることでその力を得て完結した。

 そしてカイト――■■■■――は■■何よりも愛しい宝石として愛されている。

 その差異。だからこそそれは決定的だ。

 自滅因子である以上カイトの上限値は■■依存であるからそれ以下のナハトにはどうしたって覆せない。だからカイトは笑みを浮かべず。ナハトは笑う。

 

『ああ 正義と不法にどんな関わりがあるだろう

 光と闇に何の繋がりがあるだろう

 彼と我に如何なる調和が許されるのか

 是総て否

  無価値なり―

 

 相容れず反発し侵し合い喰らい合う殺し合う以外に途などない

 嗚呼汝

 我が半身よ

 泣けるものなら泣いてやりたい

 愛があるなら愛してやりたい』

 

 自らの敗北が決定しているというのにも関わらずナハトに迷いはない。まるでこうなることを初めから狙っていたように。詠唱と共に発せられたのは殺意だ。殺すという念。死ねという命令。ただひたすらに収斂された究極系。それがナハトの全身から放たれる。

 

『されどまた 是も否―絶対の否定こそが我が本質である故に

 この身に涙などなく

 この魂に愛など無い

 彼我の溝は絶望なれば 絶死をもって告げるまで

 

 来たれ獣・我が爪牙よ(SAMECH・VAU・RESCH・TAU)』

 

 それは究極の霊子兵器。ただの人間ならばにらまれただけで粉微塵であり、カイトの足元と背後、視界に入ったというだけで無機物であるはずの建物、そしてさらには空間さえても腐っていく。そしてそれはカイトへ迫り、

 

魔剣(イニシャライズ)――赤の光波(デリーター)

 

 右の銃口からぶっ放された(・・・・・・)赤い閃光に喰い散らかされる。それはいわゆる収束砲。それまでのナハトとカイトの戦闘、さらには地上で行われていた全ての戦闘で消費され空気中に漂っていた魔力、さらには先の異能殺しで消え去った異能も、青の断絶で消された腐剣の神気も余すことなく内包した極光。掛け値なしに神格すらも滅ぼすことのできる赤き破壊。

 それは殺意の霊子兵器を粉砕し、

 

「――」

 

 ナハトの黒炎を全て吹き飛ばし、さらには亀裂を入れ、黒翼と両腕両足を完全に粉砕する。奇妙な喝采音と共に砕け散った己に苦笑し、

 

「悪くない傲慢だ。お前が決めろ、そういう役割のが貴様の役割のはずだろう」

 

「あぁ言われなくてもやってやるよ。あばよデーモン、地獄でポップコーン喰いながら観戦してな」

 

 言葉と共に左の銃口から先と同じ分だけの極光が放たれナハトは完全に消滅した。

 

 

 




いろいろ詰め込みすぎたかも

これで一区切りですねー

感想評価お願いします

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。