Dies irae ーcredo quia absurdumー 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
司法の塔が腐敗していく。二人の魔人がぶつかり合うことで破壊がまき散らさせていき外壁も虫食いだらけになっていた。地上本部上半分は既に炎上し倒壊寸前だ。
それでも、 カイトとナハトは止まることはない
『汝 は 出 て 行 け 我 は 彼 ら を 識 り た い
ツィエム・エレーヌ ヴェネドゥアー・オタム
我 は 汝 を 召 還 す ―― 闇 の 焔 王 悪 辣 の 主 よ
ディエスミエス・イェスケット・ボエネド――エセフ・ドゥヴェマー・エニテマウス
無価値なるもの 無頼なるもの 邪悪なるもの 不正の器――敵意の天使 焔の王よ 出で参れ』
ナハトの詠唱と共に無価値の炎が激しさを増す。溢れる黒炎はそれまでとは桁違い。発動の瞬間に発生したそれは一瞬で塔の最上十階分を一瞬で燃やし尽くした。デスサイスに纏わりついた腐炎は形を持ち長大な剣となる。一瞬に数十メートルにまで伸びる腐剣が大気を腐らせ、燃やしながら振るわれれば、
『――――
カイトの動きが変わる。呟いた瞬間に双刃銃の刃部分が伸び二振りの長剣となる。それでも刃渡り一メートル程度でナハトの腐剣に比べれれば頼りない。それはカイトも解っていた。
だからこそ迫る腐剣を回避する。
音もなく中空を蹴り腐剣の範囲から脱出し、
「――!」
駆ける。
中空や崩れ落ちる破片を蹴って縦横無尽に駆け巡る。それまでのような獣じみた勘任せのような動きとは違う。体重が消え去り、まるで羽毛のように身軽な動きだ。剣の太刀筋すら変わり、銃としてではなく完全に双剣として機能していた。
「シッー!」
「はっ!」
二人の影が交叉する。
放たれた斬撃はカイトの方が圧倒的に多かった。一瞬の交叉、ナハトがデスサイスで腐炎を纏わせた一閃を放つ間に十数もの斬撃を放っていた。羽根でも鋼鉄の羽根だ。
動きの速度に関してはナハトを完全に超越していた。
「軽いな」
「うっせぇのろまが」
十数放たれながらナハトに届いた一閃は一つだけ。残りは全てナハトの一閃に潰されている。だからこそナハトの斬撃もまた威力を減らしながらカイトに届くも決定的な一撃とはならない。互いに肩の斬痕が刻まれ、
即座にカイトが跳ねる。速いというよりも素早い。
「フンーー!」
鎖を振るう。獣頭は牙を剝きナハトの周囲を螺旋状に蠢く。即席の防御壁が生まれた。当然ながら無価値の炎が宿されていて攻防一体であるからこそ突っ込めば被害は免れない。それは腐炎への対抗策を持つカイトでも同じだ。
『――――
呟きと共にカイトから表情が抜け落ち、
腐滅の炎壁すり抜ける。
「なに――!?」
見れば剣が変わっている。灰色だった刀身が黒く染まり、呪詛のような文様が浮かんでいく。右は青で、左は白。ナハトですら眉を潜める不気味な刃。まるで幾千幾万もの怨恨を込めて打たれたような死神の一刀。
「トーテンタンツ……!」
「あぁそうだ!」
そしてそれはナハトも同じだ。彼もまた幾千幾万の死の上に立つ罪悪の王。積み上げてきた死でいうならばカイトですら遠く及ばない死神。
鎖の壁の中という超至近距離で二人はにらみ合い。
「!!」
斬撃が交叉する。
先ほどと同じ構図だが、カイトは己の魔術行使によって動きがまた変わっている。それまでの体重が消え去った鋼鉄の羽根のような動きではない。
亡霊の如く。剣速は神速。動きは不鮮明。不規則であるが故に動きを先読みすることは困難だ。それらの死の風が心臓に、首に、両手首に、胸の中央に。凡そ人間の急所にほぼ同時に刃が奔る。
同時にナハトの一閃。速度としてはカイトに劣るが威力は桁違いだ。逆袈裟に放たれる剣撃は属性は変わらず、それでも強度は一瞬一瞬に高まっている。
それらが激突する。
カイトの双閃がナハトの首を挟み込み。
ナハトの一閃がカイトの脇腹に食い込む。
それでも、
「どんだけカルシウム取ってんだお前。実は小魚とか好きなのか?」
「人言えたことか」
双閃はナハトの首を薄皮一枚で切り裂き、一閃は脇腹にわずか食い込むだけで止まっている。どちらも血がにじんでいるが、致命傷には程遠い。
互いの特性が必殺になるはずの一撃を止めたのだ。互いに蹴りつけ距離を取る。
「あぁ、訂正しよう。面白い渇望どころではない馬鹿げた渇望だよ。貴様、顔に合わずどれだけロマンチストだ」
「はっ、夢とロマンはいい男の条件の一つだぜ」
交わされる言葉の内容は言うまでもなくカイトの特性。
彼の能力は明らかにおかしいのだ。弱体化したとはい魔刃の権能すら無効化する創造位階。ナハトの炎の本質は、その一歩上であるからこそ弱体化していようとも本来ならば創造位階であろうと
も抗えない。
零秒で転移するギンガも、燃やし尽くすシュテルも、闇に鎮めるディアーチェも、雷で切り開くレヴィも、闇と血を纏うすずかも、燃え上がるアリサも。他の黒円卓の騎士すらも防げない。一時的に同胞であるティーダやゼストでも同じだ。
無価値の炎はこの世のありとあらゆるものを蹂躙し、腐滅させ――魂まで塵とする負の奔流だ。
それは絶対だ。単純な物理法則を超越した一つ上の法則だからこそ、物質界の存在はそれを否定できない。故に防ぐにはそれ自体が法則である流出位階でなければならないのだ。そして今この天にその資格を持つのは僅か数人のみ。
そしてそれにカイトは含まれていない。
彼が自力でそこの高みに行くのも不可能だ。
それでもカイトがナハトの腐炎を防ぐのは、
「俺が欲しいのはたった一つだ。言っただろ、なにが無価値の炎無価値の炎だ、中二病が。痛々しいんだよ、下らねぇ」
つまりは――そういうことだ。
カイト・クォルトリーズがずっと求めてきたこと。たった一つ唯一無二が欲しい。それさえあれば他はどうでもいい。要らない下らないどうでもいい。有象無象だったら俺の轍になれ。
彼はそう願い、その渇望は彼にとって唯一無二でないもの全てを無価値と食い散らかす。
『永劫破壊《エイヴィヒカイト》』だろうと魔導だろうと、それ以外のなんだろうと関係ない。一切合切、今のカイトにはどうでもいいのだから。
ナハトの言う通り。馬鹿みたいな、夢見る子供のような渇望。独善的と利己的と罵られても仕方のないからもしれない。
それでも。
「あぁ、知るかよ。もうあったんだ。見つけたんだよ俺は、一番大事なたった一つかけがえのないものを――」
額にある小さな傷こそがそれの証。黒と白の斑髪に隠れているそれは目立たないがそれでも確かにある。
それこそが証だ。
否定すればいい。貶せばいい。笑えばいいさ。
それでも俺の感じた輝きは本物だから。
「俺は負けねぇ。地獄の魔王だか罪悪だが知らねぇけど、俺のたった一つにくらべれば糞見てぇなもんだ。ぶっちゃけ天がどうとか神がどうとかも俺的にはどうでもいいしな」
傲岸不遜、目の前にいるナハトに世界すらも下らないと言い切るカイトにしかし、
「は、は、くははは」
ナハトは笑う。
「
「女と世界で女選べない男なんて糞だろうが」
「あぁなるほど――傲慢だな貴様」
「大事なもん間違えないだけだ」
答えにナハトは苦笑する。まるで誰かをカイトに重ねているよぬ目を細め、
「ならば見せろよ新鋭、俺もお前もどうせ本命の前座だ。道化らしく派手にやれよ」
「馬鹿が。俺の物語の主人公は俺だぜ、そんなんだから大事な所奪われるんだ」
言葉と共に二人は再びぶつかる。
無価値の炎と餓狼の食い散らかしが互いを消滅し合っていく。
状況は先ほどと変わらない。互いの能力は同一で強度も現段階では同じだ。いや、正確にいえばナハトのほうが圧倒的に上でもカイトの性質がその差異を無視している。
故に互角。
一時間に満たぬ戦いでありながらもその密度は他に類を見ない。
刃も鎖も銃弾もデスサイスも獣鎖も体術も。単純な物理衝撃ですら消し去る二人であるから勝負を付けるだけの手傷を負うことはない。少しずつ、それぞれの認識を超えて抜けるがそれも軽微なものだ。
既に日は暮れて辺りは暗く、最早地上本部の半分以上は腐り燃えて崩壊しているが、それを構う二人ではない。崩れゆく瓦礫を足場とすることを当然として何度も交叉する。
「オラァッ!」
「ハァッ!」
何回目か、何十回目か、あるいは何百にまで交叉は繰り返される。それでも激突は激しさを増すばかり。並の人間が間に入れば一瞬で魂ごと消え去る攻防である。
「それでも、足りん」
ナハトは言う。
「座に、神に挑むのだろう。再び怒りの日を迎えるために、翡翠の幻想として世界を変えると謳うのだろう貴様らは――ならば足りない」
彼は知っているのだ。彼もまたかつて世の興亡を担った者一人だから、その時の戦いを知っているのだ。それを省みてナハトは言っていたのだ。
「なにが言いてぇんだ」
「あぁ、つまり」
――空気が変わった。
「……!」
カイトが咄嗟に距離を取りながら食い散らかしの魔弾を可能な限りばらまくが、
「そのままではただの塵で終わるということだ」
触れる前に溢れる黒炎が弾丸を消滅させた
そして世界に穴が開く。
『―――主に大いなる祈祷を捧ぐ
ヘメンエタンツ
エルアティ・ティエイプ・アジア・ハイン・テウ・ミノセル・アカドン
ヴァイヴァー・エイエ・エクセ・エルアー・ハイヴァー・カヴァフォット
アクセス――我がシン
アッシャー・イェツラー・ブリアー・アティルト―――開けジュデッカ』
黒炎が爆発的に勢いを増した。一瞬にて数千メートルにまで高く伸びあがる炎の壁。眼下の街でそれを見た常人はそれだけで魂が消し飛ばされ、魔力を持った者も再起不能になる。『
「っおおおおおおおおおおおおおおお!」
叫びカイトは引き金を可能な限り引きまくる。一瞬にて百にまで届く銃弾の壁で変わらず食い散らかしの特性を宿している。
「無駄だ」
それでもナハトが纏う黒炎に容易く腐り消える。もはや先ほどまでの拮抗は完全に崩れ、天秤はどうしようもないほどナハトに傾いていた。
ジュデッカ――それに接続したことでナハトは存在の根底から書き換えられていた。
水銀に用意された肉の器は水銀の薫陶を掻き消しナハトの神気によって作り替えられて腐滅の炎に完全に対応している。新生した強度はカイトの創造を完全に無価値とする強度。
求道の流出位階のソレに等しい。
存在そのものレベルが違う。
求道神に等しいだけの魔格べリアルはそれだけで一つの宇宙であり、完成し完結している。自分以外の存在に左右されることはなくその性質は永遠に変わらない。単純な強度では覇道の流出を平均的に上回っている。
故に創造位階以下を無効化するカイトの創造では最早通用しない。
「だから、どうしたぁあああ!!」
それでもカイトは怯まない。引き金を引き、魔術を使い、斬撃を叩き込む。
それでも何もかもが届かない。全て触れる前にあふれる無価値の炎に滅ぼされる。
「あぁ……」
最早ナハトはカイトの攻撃に構わなかった。カイト自身を意識から外したわけではない。それでも、接続した場所から流れ込む力を受け取りそれがどういうものかを認識し、
「なるほど、これは嗤える。滑稽だよ貴様らは、喝采してやろうその生き様を」
デスサイスを振るった。
「う、おおおおおおおおおおおおおお!?」
回避行動を取った。それでも追い付かず、
右腕が消し飛んだ。
それだけでなく軌道上数千メートルが吹き飛ぶ。
「ぐ、ぎ、あ……!」
右腕は文字通り吹き飛んだ瞬間に腐炎に包まれて消滅する。そしてそれだけで当然終わらない。残った体にも無価値の炎が残されていて今にもカイトを燃やし尽くそうとしている。もしカイトの特性が無ければ一瞬で消え去っていた。それでも生まれた猶予はたった数秒でしかない。数秒後には全身を、魂までを燃やし尽くす。
腕をなくし、胸の辺りに足までも腐り燃えていく。立つことはもうできるはずもなく崩れ落ち、
「ぁ……」
落ちる。崩落した塔を灰色狼は堕ちていく。そうして瞳から光を失い、数秒で死ぬしかない灰色狼へ魔刃は言う。
「貴様も男ならば血反吐履いて結果を出してみろ」
ナハトさんが本気を出しました。
パラロス知らない人向けに説明。
ユーノ除いて今のナハトには現時点全登場人物が束になって絶対に勝てないくらいです。
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